寂しがり少女
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「お前が遭遇した不審者って奴についても分かったことがあったら知らせる」
「はい。よろしくお願いします」
現時点の情報を伝え終えた鬼瓦刑事と雷門さんは引き続き調査のためすぐに病院を出るらしい。その見送りのためにキャプテンと一緒に廊下に出れば、鬼瓦刑事に件の不審者についてそう告げられた。
「……明るくなったな」
下げていた頭を上げれば、鬼瓦刑事は私の顔をじっと見ていて……それから安心するかのように小さく笑みを浮かべられた。
「…………そう、ですかね」
そこで鬼瓦刑事と会ったのが真帝国学園後以来だという事を思い出して、思わず頬を掻きながら私は目を逸らす。
「おう、年相応のガキらしい姿になった」
「わわっ……!」
素っ気ない反応だったものの、鬼瓦刑事は嬉しそうに笑ってぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でてきた。加減知らずのちょっとカサついた大きな手は相変わらずだ。
「もう、あんな事言うなよ」
「!」
それから手を離したタイミングで、私にしか聞こえない声量でそう呟かれた。
―『お前さんみたいな子供が、死んだほうがいい、なんて悲しい事言うな』
その言葉で思い出すのは自暴自棄になっていた私に対して、本気で悲しそうに諭してくれた鬼瓦刑事の顔で。
「言いませんよ」
私を心配してくれた大人の一人であるこの人にも自分はもう大丈夫だと伝えたくて頷けば、刑事は私の顔を見て驚いたように目を丸くした。
「そうか」
それから目を細めて嬉しそうに笑ってくれた。
「それが本来の貴女かしら?不動明奈さん」
「!」
そんなやり取りを見守っていたらしい雷門さんにも声を掛けられる。
報告のためか表情が固かった雷門さんが初めて笑みを浮かべた。雷門中学校の理事長の令嬢とは聞いてたけれど、それに似合う優雅な笑みで少し緊張してしまう。
「あの……真・帝国学園の件は…………」
それに、雷門さんと直接的なやり取りはしてないにしろ真・帝国学園の事を考えれば気軽に話しかけるなんて出来ずに俯きながら謝罪をしようとしたけれど、
「今の不動は頼れる仲間の一人だぜ!」
明るいキャプテンの声に私の暗い謝罪は掻き消された。
「!キャプテン……」
「ん?」
仲間だと真っ直ぐ告げる彼に面食らうも、彼は小首を傾げて自分の言葉に疑っている素振りも見せない…………キャプテンらしいと言えば、そうだけど。
「……ありがとう、ございます」
自分を信じてくれて嬉しいけれど、やっぱり少し照れ臭いなと思いながらポツリと漏らした言葉はすぐ隣にいたキャプテンにもバッチリ聞かれていて、ニッと明るい笑みを浮かべられた。
「円堂くんは相変わらずね」
そして雷門さんはそんなキャプテンに呆れたような言葉を送りつつも笑みを浮かべていた。かつての雷門中だってキャプテンの明るさに救われたんだろうとすぐに想像できる。
けれど、雷門さんの優し気な瞳には懐かしさだけでない気がして……いや、これ以上の詮索はやめよう。
「ごめんなさいね。みんなと協力してサッカーをする今の不動さんを疑ってた訳じゃないの……実際の貴女を見て安心しただけよ」
「いえ……試合、見てくれてありがとうございます」
それから私の緊張を見抜いたらしい雷門さんに謝られたけれど、今度はちゃんと反応を返すことができた。
「本当はもっと話したいけれど……それは今度の機会ね」
「わ、私も……!」
それから穏やかにそう言ってくれる雷門さんに私は反射的に言葉を返した。
「ら、雷門さんと話せたらなと思って、ます……」
今はイナズマジャパンを離れているけれど、雷門中を支えたマネージャーの一人としてよく秋さんや春奈から話は聞いていた事から素直にそう思った。
「夏未でいいわよ」
そんな私に対して意外そうにパチパチと瞬きをしたのちに夏美さんは微笑んで、そう言ってくれた。
+++
「響木さんといい、なんでおじさん達って力の加減下手くそなんですかね」
「ふふっ、なんでだろうね」
貸してもらった椅子に座りながら冬花さんに呟けば、彼女はくすくす笑いながら鬼瓦刑事に乱暴に撫でられてぐしゃぐしゃになった髪を撫でて直してくれた。
雷門さ……夏未さんとも名前呼びをするようになった後、結局私は見送りをキャプテンに任せて冬花さんのいる病室にとんぼ返りをしていた。
……何となく、夏未さんもキャプテンと2人で話したそうに見えたし。
「久遠監督も頭撫でるの下手だったりします?」
「どうだろ?でも……抱きしめてくれる力はすっごく優しくて暖かかったよ」
私達の会話も気にせずに読書をしている久遠監督をちらりと見てから、冬花さんにそっと耳打ちをしてみれば彼女は嬉しそうにはにかんでそんな事を話してくれた。
正直意外だったけれど冬花さんから詳しい話を聞いて納得した。
両親を失った辛い記憶のショックから、一度は潰れそうになった冬花さんを救ったのはキャプテンの言葉とイナズマジャパンやサッカーへの想い。
そして、過去の記憶に耐えられるように自分を守りながら強く育ててくれた久遠監督のおかげらしい。
父親としての久遠監督については知らない事の方が多いけれど……冬花さんの言葉や表情を見れば紛れもない彼らは “家族” だ。
「冬花さんが暖かいのは、久遠監督似かもしれませんね」
自分の頭を撫でてくれる冬花さんの手の暖かさを感じながら呟けば、そうかも。なんて彼女は穏やかに笑った。
「そういえば、明奈ちゃん。大丈夫?」
「え?」
「……影山の話をした時、すごく顔色悪かったから」
それからふと表情を曇らせる冬花さんに聞き返せば、鬼瓦刑事に教えてもらった情報に動揺した時の話になり、私は自然と背筋が伸びる。
「……ごめんなさい、冬花さん」
「?どうして、明奈ちゃんが謝るの?」
「だって…………」
それから座ったまま頭を下げれば驚いたような声が聞こえた。
……私の環境については韓国戦の時に響木さんや明王兄さんから聞いたらしい冬花さん。だったら、思わない訳がない。
「……冬花さんのお父さんを苦しめたあの男を、私は…………」
―盲目にも父親として慕っていた。
印象が悪くなる、なんてものじゃないだろう。
嫌われるなら受け入れるつもりだ。それでも冬花さんは優しいから無理をさせてしまうかもしれない。
辛い記憶のショックから立ち上がった彼女を傷つけるかもしれない自分の存在に対して、どういう行動を取れば正解なんだろうと考えながら膝の上にに置いた握り拳を見つめていると。
「大丈夫だよ」
その手に彼女の手が重なった。思わず顔を上げれば冬花さんは穏やかな笑みを浮かべていて、重なった手を握ったかと思えばぐいっと引っ張られた。
「わっ!?」
そのままぽすりと頭を彼女の胸の中に預けてしまう。
「ふ、冬花さん……?」
「明奈ちゃんは、明奈ちゃんだよ」
「ッ!」
いきなり抱きしめられて混乱したものの、優しく後頭部を撫でてくれる手と暖かな声に私の体の緊張は解けていった。
「……嫌いにならない?」
「ならないよ」
そんな雰囲気に飲まれた私は抱きしめ返しながら、覚悟はしていたけれどやっぱり怖かった事を聞いてみれば、冬花さんはおかしそうに笑いながら否定をしてくれた。
「明奈ちゃんの事も忘れないでよかった」
それから嬉しそうに呟く冬花さんの優しさがとにかく嬉しくて、私は少しだけ強く頭を押し付けた。
+++
「明奈ちゃん?」
ふと、明奈の腕の力が緩んだように感じて冬花は首を傾げて彼女の顔を覗き込む。
「……寝ちゃった」
そこにはすうすうと穏やかな寝息を立てている明奈がいた。そんな珍しい光景に目を丸くしたもののどうしようかと冬花が目線を送るのは父親でありチームの監督である久遠道也だった。
「……しばらく、そのままで構わない」
「ありがとう、お父さん」
久遠は読んでいた本から顔を上げて、眠る明奈を一瞥したのちに冬花にそう伝えれば、彼女はほっとしたように表情を緩めて眠る明奈を優しく見守る。
記憶を取り戻した影響か、円堂達との出会いの影響か浮かべている笑みはFFIが始まる前よりもどこかしっかりしたような冬花の姿に久遠は内心安堵しながら、そんな娘に寄りかかって眠っている少女を見やる。
響木と円堂が帰ってくるまで冬花が心配で起きていた明奈だったが、冬花の元気な姿を実際に見て安心したのか、眠ってしまったようだ。
経歴が特殊すぎる女子選手。
それが不動明奈に対する久遠の最初の印象だった。
FFI唯一の女子選手ということで、アジア予選から注目を集めていた明奈(最も本人はそれどころじゃなかったので自覚はかなり薄かったが)。
響木経由で彼女の存在を知った久遠だが当然、その経歴も把握していた。もちろん選抜に関しては決して同情的な理由ではない。明奈自身の実力でもぎ取ったものだ。
観察力に優れボールのキープ力も高く、自分より大柄な男子に対しても物怖じせずに攻めるプレイヤー。
アジア予選では過去の罪悪感からチームプレーもできずに不安定な所もあったが、彼女をジョーカーとして試合に出した韓国戦を機に試合中に私情を持ち込むことない安定した精神力を持つ選手へと成長した。
しかし、それはあくまでサッカー選手としての評価だ。
影山零治へと引き取られた明奈のその後の生活を響木から聞かされた時、その “異常性” に久遠は最初眉をひそめた。
殆どをサッカーの時間に充てており中学生になるまで学校にも通わなかった明奈は当然、本来学校生活で学ぶ同世代との関わりは一切排除されていた。その中で大人しかいない状況下で過ごすというものは、齢一桁の少女が放り込まれる場にすればあまりにも孤独だ。
さらに合わせて過酷な特訓ともなれば成長する前に潰れる可能性だって十分に考えられる。
それでも明奈は耐えた。耐えることができた。
不動明奈が天才だからとか、特別要領がいいとかそういう訳ではない。
その理由はかつての韓国戦で彼女の義兄が呟いた言葉の通りだ。
―『……一人になることが嫌だったんだとよ』
彼女は人一倍孤独を恐れていた。
だからこそ、強者である限り一人にはしない。という影山の言葉を精神的支柱にそんな特殊な環境を耐え抜いた。
何度も家族と離れることになった明奈にとって “孤独にならない” ということが一番肝心な事なのだろう。
そしてそれは今も変わっていない。
「……んんー……」
「明奈ちゃん?」
ふと、明奈の名を呼ぶ冬花の声が聞こえ久遠は顔を上げる。ベットを見れば冬花が明奈が起きるのかと顔を覗き込んでいた。
「んぅ……」
「……ふふっ」
だが明奈は起きることなく、少し唸った後にぐりぐりと冬花の胸元へと顔を埋めて再び眠りについた。
眠るだけでも珍しいと思ったのに、甘える姿を見た冬花は驚いたもののすぐに笑みを零した。
「妹がいたらこんな感じなのかな……」
穏やかに眠る明奈と優しく寝かしつけながら楽しそうに微笑む冬花。
そんな二人の姿を見て、久遠は徐に立ち上がり壁側に設置されている棚から一枚のブランケットを取り出した。
「かけてあげなさい」
「うん」
それから娘へと手渡せば、冬花は笑顔で頷き明奈の肩にそっとブランケットを掛けた。
その姿を見ながら久遠は先程の2人のやり取りを思い出す。
寂しさを押し殺し、冬花の気持ちを優先させたように相手を気遣い、本音を隠す生き方も間違いとは言わない。
それでも、不動明奈はまだ13歳の少女だ。
その生き方を選択するには、早すぎる。
しかし、久遠に明奈の “サッカー” 以外に関する脆さについて指摘する権利はなかった。
本人に自覚がなく、さらに言えばその問題については世界大会において影響を及ぼすものではなかったから。
それ以上踏み込む事は監督の権限を超えているだろう。
だから明奈を心配する感情は、ただの娘を持つ父親としてのものだった。
「はい。よろしくお願いします」
現時点の情報を伝え終えた鬼瓦刑事と雷門さんは引き続き調査のためすぐに病院を出るらしい。その見送りのためにキャプテンと一緒に廊下に出れば、鬼瓦刑事に件の不審者についてそう告げられた。
「……明るくなったな」
下げていた頭を上げれば、鬼瓦刑事は私の顔をじっと見ていて……それから安心するかのように小さく笑みを浮かべられた。
「…………そう、ですかね」
そこで鬼瓦刑事と会ったのが真帝国学園後以来だという事を思い出して、思わず頬を掻きながら私は目を逸らす。
「おう、年相応のガキらしい姿になった」
「わわっ……!」
素っ気ない反応だったものの、鬼瓦刑事は嬉しそうに笑ってぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でてきた。加減知らずのちょっとカサついた大きな手は相変わらずだ。
「もう、あんな事言うなよ」
「!」
それから手を離したタイミングで、私にしか聞こえない声量でそう呟かれた。
―『お前さんみたいな子供が、死んだほうがいい、なんて悲しい事言うな』
その言葉で思い出すのは自暴自棄になっていた私に対して、本気で悲しそうに諭してくれた鬼瓦刑事の顔で。
「言いませんよ」
私を心配してくれた大人の一人であるこの人にも自分はもう大丈夫だと伝えたくて頷けば、刑事は私の顔を見て驚いたように目を丸くした。
「そうか」
それから目を細めて嬉しそうに笑ってくれた。
「それが本来の貴女かしら?不動明奈さん」
「!」
そんなやり取りを見守っていたらしい雷門さんにも声を掛けられる。
報告のためか表情が固かった雷門さんが初めて笑みを浮かべた。雷門中学校の理事長の令嬢とは聞いてたけれど、それに似合う優雅な笑みで少し緊張してしまう。
「あの……真・帝国学園の件は…………」
それに、雷門さんと直接的なやり取りはしてないにしろ真・帝国学園の事を考えれば気軽に話しかけるなんて出来ずに俯きながら謝罪をしようとしたけれど、
「今の不動は頼れる仲間の一人だぜ!」
明るいキャプテンの声に私の暗い謝罪は掻き消された。
「!キャプテン……」
「ん?」
仲間だと真っ直ぐ告げる彼に面食らうも、彼は小首を傾げて自分の言葉に疑っている素振りも見せない…………キャプテンらしいと言えば、そうだけど。
「……ありがとう、ございます」
自分を信じてくれて嬉しいけれど、やっぱり少し照れ臭いなと思いながらポツリと漏らした言葉はすぐ隣にいたキャプテンにもバッチリ聞かれていて、ニッと明るい笑みを浮かべられた。
「円堂くんは相変わらずね」
そして雷門さんはそんなキャプテンに呆れたような言葉を送りつつも笑みを浮かべていた。かつての雷門中だってキャプテンの明るさに救われたんだろうとすぐに想像できる。
けれど、雷門さんの優し気な瞳には懐かしさだけでない気がして……いや、これ以上の詮索はやめよう。
「ごめんなさいね。みんなと協力してサッカーをする今の不動さんを疑ってた訳じゃないの……実際の貴女を見て安心しただけよ」
「いえ……試合、見てくれてありがとうございます」
それから私の緊張を見抜いたらしい雷門さんに謝られたけれど、今度はちゃんと反応を返すことができた。
「本当はもっと話したいけれど……それは今度の機会ね」
「わ、私も……!」
それから穏やかにそう言ってくれる雷門さんに私は反射的に言葉を返した。
「ら、雷門さんと話せたらなと思って、ます……」
今はイナズマジャパンを離れているけれど、雷門中を支えたマネージャーの一人としてよく秋さんや春奈から話は聞いていた事から素直にそう思った。
「夏未でいいわよ」
そんな私に対して意外そうにパチパチと瞬きをしたのちに夏美さんは微笑んで、そう言ってくれた。
+++
「響木さんといい、なんでおじさん達って力の加減下手くそなんですかね」
「ふふっ、なんでだろうね」
貸してもらった椅子に座りながら冬花さんに呟けば、彼女はくすくす笑いながら鬼瓦刑事に乱暴に撫でられてぐしゃぐしゃになった髪を撫でて直してくれた。
雷門さ……夏未さんとも名前呼びをするようになった後、結局私は見送りをキャプテンに任せて冬花さんのいる病室にとんぼ返りをしていた。
……何となく、夏未さんもキャプテンと2人で話したそうに見えたし。
「久遠監督も頭撫でるの下手だったりします?」
「どうだろ?でも……抱きしめてくれる力はすっごく優しくて暖かかったよ」
私達の会話も気にせずに読書をしている久遠監督をちらりと見てから、冬花さんにそっと耳打ちをしてみれば彼女は嬉しそうにはにかんでそんな事を話してくれた。
正直意外だったけれど冬花さんから詳しい話を聞いて納得した。
両親を失った辛い記憶のショックから、一度は潰れそうになった冬花さんを救ったのはキャプテンの言葉とイナズマジャパンやサッカーへの想い。
そして、過去の記憶に耐えられるように自分を守りながら強く育ててくれた久遠監督のおかげらしい。
父親としての久遠監督については知らない事の方が多いけれど……冬花さんの言葉や表情を見れば紛れもない彼らは “家族” だ。
「冬花さんが暖かいのは、久遠監督似かもしれませんね」
自分の頭を撫でてくれる冬花さんの手の暖かさを感じながら呟けば、そうかも。なんて彼女は穏やかに笑った。
「そういえば、明奈ちゃん。大丈夫?」
「え?」
「……影山の話をした時、すごく顔色悪かったから」
それからふと表情を曇らせる冬花さんに聞き返せば、鬼瓦刑事に教えてもらった情報に動揺した時の話になり、私は自然と背筋が伸びる。
「……ごめんなさい、冬花さん」
「?どうして、明奈ちゃんが謝るの?」
「だって…………」
それから座ったまま頭を下げれば驚いたような声が聞こえた。
……私の環境については韓国戦の時に響木さんや明王兄さんから聞いたらしい冬花さん。だったら、思わない訳がない。
「……冬花さんのお父さんを苦しめたあの男を、私は…………」
―盲目にも父親として慕っていた。
印象が悪くなる、なんてものじゃないだろう。
嫌われるなら受け入れるつもりだ。それでも冬花さんは優しいから無理をさせてしまうかもしれない。
辛い記憶のショックから立ち上がった彼女を傷つけるかもしれない自分の存在に対して、どういう行動を取れば正解なんだろうと考えながら膝の上にに置いた握り拳を見つめていると。
「大丈夫だよ」
その手に彼女の手が重なった。思わず顔を上げれば冬花さんは穏やかな笑みを浮かべていて、重なった手を握ったかと思えばぐいっと引っ張られた。
「わっ!?」
そのままぽすりと頭を彼女の胸の中に預けてしまう。
「ふ、冬花さん……?」
「明奈ちゃんは、明奈ちゃんだよ」
「ッ!」
いきなり抱きしめられて混乱したものの、優しく後頭部を撫でてくれる手と暖かな声に私の体の緊張は解けていった。
「……嫌いにならない?」
「ならないよ」
そんな雰囲気に飲まれた私は抱きしめ返しながら、覚悟はしていたけれどやっぱり怖かった事を聞いてみれば、冬花さんはおかしそうに笑いながら否定をしてくれた。
「明奈ちゃんの事も忘れないでよかった」
それから嬉しそうに呟く冬花さんの優しさがとにかく嬉しくて、私は少しだけ強く頭を押し付けた。
+++
「明奈ちゃん?」
ふと、明奈の腕の力が緩んだように感じて冬花は首を傾げて彼女の顔を覗き込む。
「……寝ちゃった」
そこにはすうすうと穏やかな寝息を立てている明奈がいた。そんな珍しい光景に目を丸くしたもののどうしようかと冬花が目線を送るのは父親でありチームの監督である久遠道也だった。
「……しばらく、そのままで構わない」
「ありがとう、お父さん」
久遠は読んでいた本から顔を上げて、眠る明奈を一瞥したのちに冬花にそう伝えれば、彼女はほっとしたように表情を緩めて眠る明奈を優しく見守る。
記憶を取り戻した影響か、円堂達との出会いの影響か浮かべている笑みはFFIが始まる前よりもどこかしっかりしたような冬花の姿に久遠は内心安堵しながら、そんな娘に寄りかかって眠っている少女を見やる。
響木と円堂が帰ってくるまで冬花が心配で起きていた明奈だったが、冬花の元気な姿を実際に見て安心したのか、眠ってしまったようだ。
経歴が特殊すぎる女子選手。
それが不動明奈に対する久遠の最初の印象だった。
FFI唯一の女子選手ということで、アジア予選から注目を集めていた明奈(最も本人はそれどころじゃなかったので自覚はかなり薄かったが)。
響木経由で彼女の存在を知った久遠だが当然、その経歴も把握していた。もちろん選抜に関しては決して同情的な理由ではない。明奈自身の実力でもぎ取ったものだ。
観察力に優れボールのキープ力も高く、自分より大柄な男子に対しても物怖じせずに攻めるプレイヤー。
アジア予選では過去の罪悪感からチームプレーもできずに不安定な所もあったが、彼女をジョーカーとして試合に出した韓国戦を機に試合中に私情を持ち込むことない安定した精神力を持つ選手へと成長した。
しかし、それはあくまでサッカー選手としての評価だ。
影山零治へと引き取られた明奈のその後の生活を響木から聞かされた時、その “異常性” に久遠は最初眉をひそめた。
殆どをサッカーの時間に充てており中学生になるまで学校にも通わなかった明奈は当然、本来学校生活で学ぶ同世代との関わりは一切排除されていた。その中で大人しかいない状況下で過ごすというものは、齢一桁の少女が放り込まれる場にすればあまりにも孤独だ。
さらに合わせて過酷な特訓ともなれば成長する前に潰れる可能性だって十分に考えられる。
それでも明奈は耐えた。耐えることができた。
不動明奈が天才だからとか、特別要領がいいとかそういう訳ではない。
その理由はかつての韓国戦で彼女の義兄が呟いた言葉の通りだ。
―『……一人になることが嫌だったんだとよ』
彼女は人一倍孤独を恐れていた。
だからこそ、強者である限り一人にはしない。という影山の言葉を精神的支柱にそんな特殊な環境を耐え抜いた。
何度も家族と離れることになった明奈にとって “孤独にならない” ということが一番肝心な事なのだろう。
そしてそれは今も変わっていない。
「……んんー……」
「明奈ちゃん?」
ふと、明奈の名を呼ぶ冬花の声が聞こえ久遠は顔を上げる。ベットを見れば冬花が明奈が起きるのかと顔を覗き込んでいた。
「んぅ……」
「……ふふっ」
だが明奈は起きることなく、少し唸った後にぐりぐりと冬花の胸元へと顔を埋めて再び眠りについた。
眠るだけでも珍しいと思ったのに、甘える姿を見た冬花は驚いたもののすぐに笑みを零した。
「妹がいたらこんな感じなのかな……」
穏やかに眠る明奈と優しく寝かしつけながら楽しそうに微笑む冬花。
そんな二人の姿を見て、久遠は徐に立ち上がり壁側に設置されている棚から一枚のブランケットを取り出した。
「かけてあげなさい」
「うん」
それから娘へと手渡せば、冬花は笑顔で頷き明奈の肩にそっとブランケットを掛けた。
その姿を見ながら久遠は先程の2人のやり取りを思い出す。
寂しさを押し殺し、冬花の気持ちを優先させたように相手を気遣い、本音を隠す生き方も間違いとは言わない。
それでも、不動明奈はまだ13歳の少女だ。
その生き方を選択するには、早すぎる。
しかし、久遠に明奈の “サッカー” 以外に関する脆さについて指摘する権利はなかった。
本人に自覚がなく、さらに言えばその問題については世界大会において影響を及ぼすものではなかったから。
それ以上踏み込む事は監督の権限を超えているだろう。
だから明奈を心配する感情は、ただの娘を持つ父親としてのものだった。