寂しがり少女

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明奈
アキナ

呼び出した救急車に乗った冬花さんはセントラルエリアの総合病院へ入院することになったらしい。
同行していた久遠監督は冬花さんの付き添いで一泊すると、夜遅くに響木さんに付き添われ帰って来たキャプテンを出迎えた際に教えてもらった。

あの時―冬花さんが倒れた時と状況は似ていたけれど決定的に違うところがあった。
前はただ不安そうにしていたキャプテンだったけれど、今日帰ってきたキャプテンは……目元が赤かったけれど確かに笑顔を浮かべていた。

「冬花さん、元気になりましたか?」

そんな姿を見て、もう彼女の不安は解消されたんだなと安堵して私は声をかければ大きく頷いた。

「ああ!まだ検査があるから帰ってくるのはもうちょっと先だけど…………フユッペはもう大丈夫だ!」

「よかった……」

笑顔で話すキャプテンを見て、私はほっと息をつく。

……キャプテンにおぶられている時の冬花さんは確かに目を開いていて、気絶をしている訳ではなかった。
だけどキャプテンの呼びかけに何にも反応しない姿は、まるで心が何処かにいってしまった空っぽの器のように感じてしまって……報告で急いでいたから一目しか見れていないけれど、何時間経ってもその一瞬見た姿が忘れられない。

だから寝付けなくて、何となく食堂で水を飲んでいるタイミングでキャプテンが帰って来た。

「不動」

「はい……?」

次に出会える冬花さんは私達がよく知る彼女だろうとキャプテンの話を聞いて安心していると、響木さんに名前を呼ばれた。

「明日の朝、円堂と一緒に冬花くんのお見舞いに行ってくれないか?」

「えっ」

響木さんに突然言われた頼みに私は目を見張った。

「それは、構いませんが…………私がいたら邪魔なのでは?」

嬉しい頼みだとは思いつつも、冬花さんだって父親や幼なじみのキャプテンと話したいと思うし、完全部外者な自分が同行するのは場違いではないかと首を傾げた矢先、

「何言ってんだよ!不動っ!」

「いっ!?」

バシンッとキャプテンに背中を叩かれた。

「不動がいた方がフユッペも喜ぶって!一緒に行こうぜっフユッペのお見舞い!!」

邪魔とか寂しい事言うなよ!と笑い飛ばすキャプテンは私の懸念なんて一切考えてなくて……そんな彼に感化された私は自分の気持ちに素直になることにした。

「じゃあ……同行させて頂きます」

「おうっ」

お見舞いの品どうしよう オレはやっぱりこれだ! えっ、サッカーボールですか?なんてキャプテンとやり取りをしていると、響木さんが再び口を開いた。

「それに……お前には、伝えておかないといけない事もある」

「えっ……はぁ……」

先程まで笑みを浮かべて見守っていた響木さんが固い表情をしながら呟いた言葉に首を傾げるも、彼は詳細を話す事はなく「明日、寝坊すんなよ」と言葉を告げて階段を上がって行ってしまった。

私とキャプテンは顔を見合わせて首を傾げるも答えは出ずに、結局明日のために就寝することに。

「伝える事……か…………」

寝る前に風呂(時間も遅いしシャワーだけにするらしい)に行ったキャプテンを見送ってから個室へと帰った私は、寝る準備は出来ていたのですぐにベットへと寝転んで響木さんに告げられた言葉を一人、呟いた。

それから、冬花さんに会えるのが嬉しい気持ちと……伝えたい話に一抹の不安を抱えながら私は目を閉じた。


+++

それから次の日の早朝。私達は病院の面会可能時間に合わせて病院へと向かう間、キャプテンに冬花さんの『記憶喪失』について教えてもらっていた。

「え!?不動、フユッペと久遠監督に血の繋がりがないって分かってたのか!?」

「……何となく」

両親を失った心の傷を忘れさせ、別の記憶を作り出す催眠療法。その際に幼い頃に遊んでいたキャプテンの存在も忘れていたが、サッカーを通じてキャプテン達と関わるうちに記憶が蘇ったらしい。
そんな療法をしたのは久遠監督で、実の父親じゃないという話に納得すればキャプテンに驚かれた。

「顔つきや性格が親子にしては似てないなとは思ってました。…………まぁ、でも……」

私はぎゅっとお見舞いの品が入った紙袋を抱え直した。

「……血の繋がりなんて些細なものですよ」

例え本当の親子じゃなくても冬花さんは久遠監督を「お父さん」と慕っているし、久遠監督だって冬花さんが倒れたと聞いて資料を放り出して駆け出す姿は娘を想う父親そのものだった。

「……そうだな」

私にもいる義理の家族を思い出して呟いた言葉に、キャプテンは静かに笑みを浮かべた。

「あとさ、昨日はサンキューな!」

それからキャプテンは思い出したかのように笑顔で礼を言う。

「監督や救急車を呼ぶように言ってくれて助かった。オレ、フユッペが心配で頭回らなくてさ……」

そう言って申し訳なさそうに眉を下げて後頭部を掻くキャプテン。
確かに、あの時のキャプテンは必死に冬花さんに呼びかけていて……久遠監督の元まで運ぶ際に私達を見つけて頼ったのだろう。

「……救急車を呼んだのは風丸さんなんで、彼にも礼を言っといてくださいよ」

「おう!……ん?そう言えば2人で何の練習をしてたんだ?」

「……まだ、内緒です」

不思議そうに首を傾げるキャプテンに口の前に人差し指を立てて笑った。



「おはようございます!」

「おはようございます」

「円堂、不動」

「マモルくん、明奈ちゃん。おはよう!」

それから冬花さんがいる病室へと訪れれば、親子揃って読書をしていたらしい二人は顔を上げてこちらを見る。彼女の様子から私もお見舞いに来ることは知っていたらしい。

「おはよう!大丈夫か?」

「うん。もう大丈夫!」

記憶を取り戻したらしい冬花さんは前と少しだけ雰囲気が変わったように見えるけれど、家族を思い出せた事に嬉しそうに目を細めて微笑む冬花さんは私の知っている冬花さんで。

明奈ちゃんも、来てくれてありがとう」

「いえ。……大事に至らなくてよかったです」

キャプテンと話し終えてから、私の手を取ってくれて微笑んでくれてて嬉しかった。

「あっ、そうだ。マモルくんのおじいちゃんのこと」

「えっ?」

喜んでくれる彼女を見てお見舞いに来てもよかったなと思いながら、私はキャプテンと冬花さんの話の邪魔にならないように見舞いの品を棚の上に置いて少しだけ端に寄る。
話の内容は冬花さんの膝の上に置かれている、先程まで読んでいたノートのことのようで。

「そこから先は私が話すわ」

キャプテンのおじいさんと関係あるらしい話だったものの、当時の幼い冬花さんの記憶では詳しいことが分からず、キャプテンが首を傾げていると病室の扉から第三者の声が聞こえた。

そこにいたのは…………

「夏未!」

「鬼瓦さん」

FFIで同行はしなかったものの雷門サッカー部のマネージャーだった雷門夏未さんと、つい先日ミスターKのことについて響木さんと連絡を取っていた鬼瓦刑事だった。

「夏未、話すって何を?」

キャプテンの反応から、ライオコット島に雷門さんが来ていた事は知っていたみたいで、彼女もすぐに本題に入り始めた。

雷門さんと鬼瓦刑事が話すのは亡くなったと思われていたキャプテンのおじいさん―円堂大介さんが生きているという事。そして彼を国外に逃亡したのは、冬花さんの実の父親という事だった。

冬花さんの父親は影山零治に仕えていた人間だった。
ただし、それは表の顔しか知らない時の話で、彼の悪事を知ってからはそれを見過ごすことができずに裏から大介さんを逃がした……らしい。

―『お前には、伝えておかないといけない事もある』

響木さんが言っていたのは、もしかしてこれなんだろうか。

「まさか、冬花の両親は影山の手で……」

「違いますよね」

その後に彼女の両親が亡くなった事を考えれば、十分に考えられる話を久遠監督は呟くけれど……私はそうは思えなかった。

吐き出した声は自分でも驚くほど低くて、静かな病室にいやに響いた。

「影山は円堂大介の生存を知らないのでしょう。…………だったら、手を下す理由がない」

冬花さんの両親に危害を加えるという事は……『円堂大介の逃亡を手伝った』という事実を知っている事になる。
だけど影山の今までの態度からそれを疑っているようには見えなかったので、私は答え合わせのために鬼瓦刑事を見れば、静かに頷いた。

「ああ。不動の言う通り、奴は手を下してはいない。……だが」

「だが?」

「調べていく内に、俺達はとんでもない事実にぶち当たった」

一度言葉を区切り、雷門さんと目を合わせた後に一瞬だけ私を見たかと思えば再び真っ直ぐと視線を向け、鬼瓦刑事は言葉を続けた。


「影山は操られていた可能性がある……もっと恐ろしい存在に」

「…………えっ」

周りが衝撃で声も出ない状況下で私は思わず声を漏らしてしまう。

操られている……影山が?
いや、でももし影山の背後に『誰か』がいたとしたら……あの男の持っていた大きな力にも納得がいく。

だけど……だったら…………

だったらどこまでが、あの人の意思なんだろう……?

明奈ちゃんっ!」

「ッ……!!」

隣から名前を呼ぶ声にハッと私は慌てて顔を上げる。

明奈ちゃん大丈夫……?どうしたの?どこか体調悪いの?」

「あっ…………冬花さん……」

ベットに座ったままの冬花さんが、心配そうに私を見つめながら優しく手を握る。そんな心優しい彼女に対して私はまだ “あの事” を言っていないことを思い出す。

……この場で “あの時の私” を知っているのは、キャプテンと雷門さんだけだ。

「だい、じょうぶです。冬花さん。心配してくれて、ありがとうございます」

じくりと胸に広がる懐かしい感情を押さえつけるように、胸の上に空いている方の手を置きながら私は冬花さんに笑いかけた。
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