寂しがり少女
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予選の残り一試合であるイタリア戦が近づき、イナズマジャパンの練習はさらに力が入っていた。
決勝トーナメントに進むために勝たなくてはいけない気持ちと、何かと関わりのあるフィディオさんとの試合をキャプテンは心待ちにしているようで、より張り切っているように見える。
「休憩だ」
ライオコット島の高い気温で体を思いっきり動かせば欲するのは水分で、今日ドリンクを用意してくれた冬花さんは自分達に合った専用ドリンクをボトルにそれぞれイラストを描いていて、誰のものか分かりやすくしてくれた。
「明奈ちゃんはやっぱりこれ」
「うさぎ……」
私に向けて冬花さんが差し出したのは……茶色の毛で、緑のツリ目が描かれたデフォルメ調のうさぎだった。
「……この描かれているのって…………」
「うん、明奈ちゃん」
特徴的すぎるイラストを見て尋ねてみれば正解、と楽しげに微笑む冬花さん。
「へぇ、上手く描かれてるじゃねぇか」
「私にしては可愛いすぎませんか?でも、えっと……ありがとうございます」
「うんっ」
周りには言われる事は何故かあったけれど、自分じゃあんなに可愛い動物に似てるなんて思った事ない。
笑いながら褒める綱海さんの反応に困りつつも、そんな気遣いをしてくれる冬花さんの優しさは嬉しかったので、礼を伝えれば彼女は微笑みながら頷いた。
ドリンクを飲み終えた後、再び再開される練習に気持ちを切り替えてグラウンドへと走った。
+++
ハードな練習を終えた後の夕食は賑やかながらも和やかなもので。今日のメニューはハンバーグだった。
「ごっそさん!」
「ニンジン残ってます」
「えっ」
食事を終えて元気よく声を上げる綱海さんだったものの、冬花さんに笑顔でそう指摘されているのが見えた。……綱海さん、まだニンジン残してるの見つかったのか。触れないでおこう。
「明奈っ、お前、うさぎだったらニンジン好きだよなっ!俺の食べるか?!」
「げっ、ちょっと!なんで私に話を振るんですか……!!」
席も離れていて油断していた私はとんでもない理論で話を振られ思わず声を上げる。
そこで冬花さんは私の皿を見て、あ。と声を上げる。
「明奈ちゃんも。またミニトマトを飛鷹さんに食べてもらおうとしてたでしょ」
「うっ……」
私の皿にはミニトマトだけが残っていて、飛鷹さんの皿に移そうとした際に綱海さんに声を掛けられてしまった。
「残念だったな、不動」
「うぐぐ……」
素知らぬ顔で夕食を食べ進める飛鷹さんを睨みつけるも皿の上のミニトマトがなくなる訳ではない。思わず綱海さんを見れば同じような心境だったらしく苦々しい顔をしてこちらを見ていた。
「お二人とも、食べないと栄養が偏ります」
「うぅ……」
「でも……」
食べないといけないのは分かりつつも、苦手なモノはどうしても食べられない。
ミニトマトの噛んだ瞬間に口の中で弾ける感覚が……無理だ。どうしても受け付けない。
「だから…………」
綱海さんと一緒に目線を逸らしたタイミングで、冬花さんは小さく笑って綱海さんの目の前に皿を置いた後、私の前にもことんと小皿を置く。
綱海さんはオレンジ色のゼリーで、私のは……ミニトマトだったけれどサラダの上に乗っているのとは違うものに見えた。
綱海さんの方はニンジンをすりおろして甘く味付けをしたゼリーらしく、懐疑的だったものの綱海さんは一口食べればお気に召したのかパクパクとさっきの渋りようが嘘かのように食べ進めていく。
……綱海さんはちゃんとゼリーの形だから食べやすいんだろうけれど…………。
取り残された感覚に襲われながら、小皿を再び見る。……確かにサラダのミニトマトとは違うけれど、形はミニトマトなのでなかなかフォークが進まない。
「明奈ちゃんの方は、ミニトマトをシロップ漬けにしてみたの。皮も剥いてるから食べやすいと思うよ」
「シロップ漬け……ミニトマトに……?」
ニンジンをゼリーにするという発想もすごいけれど、ミニトマトにそんな味付けを思いつくのも驚きだ。……それにこんな小さなものの皮を剥くなんて手間もかかるはずで……彼女の好意を無下にはできずに私は恐る恐る口に入れる。
「!甘い……」
私の苦手だった皮の感覚や、溢れる酸っぱさをまるで感じない柔らかくて甘いミニトマトはまるでデザートのようで思わず固まった。
「美味しいです。これ……!」
「本当?よかった……!」
素直に感想を伝えれば、ほっとした様子で胸に手を置いて笑みを浮かべる冬花さん。
「少しずつ食べられるようになろうね」
「はいっ」
自分がミニトマトを美味しく食べれる日がくるなんて思わなかったな……そう思いながら食べている間も冬花さんは優しく見守ってくれていた。
「ドリンクといい、ゼリーやシロップ漬けといい、一人前のマネージャーになろうと一生懸命だな」
「ああ。フユッペは今もこれからも大事な仲間さ!」
「うん!」
イナズマジャパンを支えてくれるマネージャーの一人として、頑張ってくれる冬花さんを見た風丸さんの言葉にキャプテンはそう笑いかければ冬花さんは花が咲くような笑顔を浮かべた。
……こんな選手一人一人に気を遣ってくれるマネージャー業なんて、改めて凄いなと思いながら小皿にある最後のミニトマトを口に入れて美味しく食べさせてもらった。
「明奈さんって本当に長女なんですか?」
「長女だよっ……!」
好き嫌いの一つもない虎丸くんは私の苦労もちっとも分かってくれずに、隣で呆れた顔でそんな事を言うものだから思わず声を上げれば冬花さんを見守って微笑んでいたみんなにもれなく苦笑された。
+++
今日の練習は練習試合を行うと、久遠監督に言われた。
「練習試合?」
「相手はスペイン代表、レッドマタドール」
それから目金さんから補足として、グループBの強豪国だと教えられた。
決勝トーナメントに進出できるのはグループ上位2チーム。そして、イナズマジャパンの次の相手は現在1位のイタリア。
他のチームの勝敗次第にもよるけれど、一敗したイナズマジャパンが実力で決勝トーナメントを突破するために、次の試合は勝たなくてはいけない。
そしてそれは、今日の練習相手であるレッドマタドールも同じとのことで、互いの戦力アップのため練習試合が行われることになった。
それから、グラウンドへと現れたレッドマタドールの選手達と挨拶を交わして行われた試合。
兄ちゃんがドリブルで攻め上がれば、彼を中心に私と佐久間さんが横について走る。
「次の試合には、あの技が重要になる!」
「レッドマタドールには練習台になってもらいましょう……!」
「「「 “皇帝ペンギン3号” !!」」」
次のオルフェウスの監督であるミスターKこと影山の存在を思い出せば、力が入る。
私達は連携必殺技でレッドマタドールから先制点を取ることができた。
「まぁ、こんなモンか」
「技の完成も前以上だ。なっ、鬼道!」
「……クッ!」
「鬼道?」
パチンッとハイタッチをしながら技の精度が上がっている事に佐久間さんと喜んでいたけれど、兄は固い表情のまま歯を食いしばっていて、ハイタッチどころではなかった。
「……兄ちゃん」
影山の呪縛を振り切ったけれど……やっぱりあの男は兄ちゃんの心の奥深くに根付いているみたいだ。
それから試合は1対1の同点で終わった。互いに全力の攻防でぶつかった結果だ。大半は満足ができる試合ができていたと思う。
だけど……この試合での兄は私達を置いて一人突っ込むことが多く…………少し、心配だった。
+++
「うん、最初に走った時よりずっと早くなってる」
「本当ですかっ」
練習試合後のミーティングも終え、今日の練習が終わったタイミングで風丸さんに話しかけられ、私達は再びグラウンドに足を運んでいた。
―そろそろボールを蹴ってタイミングを合わせてみないか?
朝に一緒に走るようになってからずいぶん経ったこともあって、風丸さんはそう提案してくれた。
実際、グラウンドで走ることに集中してみれば本戦大会が始まったばかりの時より自分のタイムはぐっと縮まっていて、風丸さんにも褒めてもらえた。元陸上部の人間に褒められるとより成長を実感できるのは単純だろうか。
「じゃあ次はドリブルしながらだな」
「はい!」
軽いアップも終わらせて本格的にボールを蹴ることになった。
自分のスピードも上がったし、もしかしたらいけるかもしれない、と意気揚々と頷いたものの、その考えが甘かったと思い知らされたのはものの数十分後だった。
「っ……!」
「とっ……ドンマイだ、不動」
走りながらさらに早く走る彼にボールをパスするも……ボールは追いつかずにグラウンドの外へと転がっていく。
結局、風丸さんが手伝ってくれたにも関わらず彼のスピードに合わせたパスは一度も通らなかった。
……吹雪さんなら、合わせられただろうな。
一度、休憩するために私はベンチに座りながら汗を拭く。その間に思い出すのはアメリカ戦の時の2人の必殺技。
風丸さんは陸上部、吹雪さんは雪国で育った環境から足が早い選手だ。だからこそ息の合った連携をできた訳で……私に付き合わせるよりも、そっちに集中してもらった方がいいのだろうか…………だけど、
「最後のパス、いい感じだったな」
「っ……!」
無意識にタオルを持つ手に力が入っている事に気づいたのは、同じく隣で汗を拭いている風丸さんの一言から。
私が顔を上げれば右側に座る風丸さんは満足そうに頷いていて、こちらを見て微笑んだ。
「そうですか……?」
だけど私は、彼と同じ感情になれずに思わず聞けば彼はああ、と短く肯定する。
「一生懸命な不動を見ると、俺も負けてられないなと思う」
「一生懸命……」
楽しそうに笑う風丸さんのそんな言葉に思わず呆気に取られた。
走るのが好きなんだろうな、汗は流れているものの疲労を感じさせない爽やかな笑顔は何だか眩しく思えて、少しだけ目を細める。
「そうですね……風丸さんに追いつくため、私も頑張ります」
その笑顔を見て、一瞬でも諦めていた自分を恥じて私は首を横に振った。
彼は……私ならできるって信じてくれている。
―『だったら俺も手伝うよ』
だからこそ私の自己満足だったはずの特訓に手を貸してくれて、試合に生かすために練習にも付き合ってくれている。
そんな彼の信頼に……応えたい。
イナズマジャパンの一人として、役に立ちたい。
このチームでまだサッカーをやりたい。
改めてそう思った私は首に掛けていたタオルを外して、ベンチから立ち上がった。
「風丸さん、まだいけますか?」
「ああ……もちろんだ」
それから足元に転がるボールを抱えれば、風丸さんもタオルをベンチへと置きながら立ち上がる。
「俺は……」
「?」
それからグラウンドへと入る前に、風丸さんは少しだけ顔を俯かせて何かを呟いたので聞き返せば、彼は顔を上げて私を真っ直ぐ見つめた。
「……ヒロトのようにはできないから、自分自身のやり方でお前を支えるよ」
「……えっ?ヒロトさん?」
なんで今、彼の名前が出るんだろう?
突然出されたこの場にいない選手の名前に思わず目を丸くするけれど、風丸さんは満足したように笑いかけてからグラウンドへと走って行った。
「…………??」
……まぁ、今はサッカーに集中しない、と?
+++
「風丸っ!!不動っ!!」
それから夕陽が沈みかけるまでボールを蹴っていれば、砂浜側からキャプテンの私達を呼ぶ声が聞こえた。聞いたことのない、切羽詰まった声に私達は足を止めて弾かれたようにそちらに顔を向ける。
「円堂?」
「冬花さん?」
「フユッペが倒れたんだ……!それでっ、久遠監督を……!」
「……は!?」
「えっ……!?」
フェンス越しに私達を呼ぶキャプテンの背中には冬花さんがおぶられていた。
それからキャプテンに言われた言葉に慌てて彼女の様子を見れば……明らかに普通の状態ではなかった。
「風丸さんは救急車をっ!私は監督を呼んできます!!」
「分かった!」
「キャプテンは冬花さんの元にいてあげてください……!」
「っあ、ああ……!」
只事ではないと理解してから私は風丸さんにそう指示をすれば彼は急いで宿舎へと駆け出す。私も必死に彼女の名を呼びかけるキャプテンにもそう伝えてから、急いで宿舎の監督の部屋へ向かった。
「久遠監督!」
「……不動?」
「冬花さんが、倒れて……!!」
「っ!……っ冬花!」
資料をまとめていたらしい監督はノックもせずに入った私に訝しげに眉を寄せるも、彼女の名前を出せば監督は目を見開いてそれから部屋を飛び出した。
ただ、それは予想外の事態という訳ではなく、恐れていたことが起きたかのような表情を浮かべていた。
「響木さんの指示に従って今晩過ごすように……!」
宿舎を出る前に私にそう指示を出す久遠監督はいつも以上に焦っていて……それは、初めて見る冬花さんの父親としての顔だった。
決勝トーナメントに進むために勝たなくてはいけない気持ちと、何かと関わりのあるフィディオさんとの試合をキャプテンは心待ちにしているようで、より張り切っているように見える。
「休憩だ」
ライオコット島の高い気温で体を思いっきり動かせば欲するのは水分で、今日ドリンクを用意してくれた冬花さんは自分達に合った専用ドリンクをボトルにそれぞれイラストを描いていて、誰のものか分かりやすくしてくれた。
「明奈ちゃんはやっぱりこれ」
「うさぎ……」
私に向けて冬花さんが差し出したのは……茶色の毛で、緑のツリ目が描かれたデフォルメ調のうさぎだった。
「……この描かれているのって…………」
「うん、明奈ちゃん」
特徴的すぎるイラストを見て尋ねてみれば正解、と楽しげに微笑む冬花さん。
「へぇ、上手く描かれてるじゃねぇか」
「私にしては可愛いすぎませんか?でも、えっと……ありがとうございます」
「うんっ」
周りには言われる事は何故かあったけれど、自分じゃあんなに可愛い動物に似てるなんて思った事ない。
笑いながら褒める綱海さんの反応に困りつつも、そんな気遣いをしてくれる冬花さんの優しさは嬉しかったので、礼を伝えれば彼女は微笑みながら頷いた。
ドリンクを飲み終えた後、再び再開される練習に気持ちを切り替えてグラウンドへと走った。
+++
ハードな練習を終えた後の夕食は賑やかながらも和やかなもので。今日のメニューはハンバーグだった。
「ごっそさん!」
「ニンジン残ってます」
「えっ」
食事を終えて元気よく声を上げる綱海さんだったものの、冬花さんに笑顔でそう指摘されているのが見えた。……綱海さん、まだニンジン残してるの見つかったのか。触れないでおこう。
「明奈っ、お前、うさぎだったらニンジン好きだよなっ!俺の食べるか?!」
「げっ、ちょっと!なんで私に話を振るんですか……!!」
席も離れていて油断していた私はとんでもない理論で話を振られ思わず声を上げる。
そこで冬花さんは私の皿を見て、あ。と声を上げる。
「明奈ちゃんも。またミニトマトを飛鷹さんに食べてもらおうとしてたでしょ」
「うっ……」
私の皿にはミニトマトだけが残っていて、飛鷹さんの皿に移そうとした際に綱海さんに声を掛けられてしまった。
「残念だったな、不動」
「うぐぐ……」
素知らぬ顔で夕食を食べ進める飛鷹さんを睨みつけるも皿の上のミニトマトがなくなる訳ではない。思わず綱海さんを見れば同じような心境だったらしく苦々しい顔をしてこちらを見ていた。
「お二人とも、食べないと栄養が偏ります」
「うぅ……」
「でも……」
食べないといけないのは分かりつつも、苦手なモノはどうしても食べられない。
ミニトマトの噛んだ瞬間に口の中で弾ける感覚が……無理だ。どうしても受け付けない。
「だから…………」
綱海さんと一緒に目線を逸らしたタイミングで、冬花さんは小さく笑って綱海さんの目の前に皿を置いた後、私の前にもことんと小皿を置く。
綱海さんはオレンジ色のゼリーで、私のは……ミニトマトだったけれどサラダの上に乗っているのとは違うものに見えた。
綱海さんの方はニンジンをすりおろして甘く味付けをしたゼリーらしく、懐疑的だったものの綱海さんは一口食べればお気に召したのかパクパクとさっきの渋りようが嘘かのように食べ進めていく。
……綱海さんはちゃんとゼリーの形だから食べやすいんだろうけれど…………。
取り残された感覚に襲われながら、小皿を再び見る。……確かにサラダのミニトマトとは違うけれど、形はミニトマトなのでなかなかフォークが進まない。
「明奈ちゃんの方は、ミニトマトをシロップ漬けにしてみたの。皮も剥いてるから食べやすいと思うよ」
「シロップ漬け……ミニトマトに……?」
ニンジンをゼリーにするという発想もすごいけれど、ミニトマトにそんな味付けを思いつくのも驚きだ。……それにこんな小さなものの皮を剥くなんて手間もかかるはずで……彼女の好意を無下にはできずに私は恐る恐る口に入れる。
「!甘い……」
私の苦手だった皮の感覚や、溢れる酸っぱさをまるで感じない柔らかくて甘いミニトマトはまるでデザートのようで思わず固まった。
「美味しいです。これ……!」
「本当?よかった……!」
素直に感想を伝えれば、ほっとした様子で胸に手を置いて笑みを浮かべる冬花さん。
「少しずつ食べられるようになろうね」
「はいっ」
自分がミニトマトを美味しく食べれる日がくるなんて思わなかったな……そう思いながら食べている間も冬花さんは優しく見守ってくれていた。
「ドリンクといい、ゼリーやシロップ漬けといい、一人前のマネージャーになろうと一生懸命だな」
「ああ。フユッペは今もこれからも大事な仲間さ!」
「うん!」
イナズマジャパンを支えてくれるマネージャーの一人として、頑張ってくれる冬花さんを見た風丸さんの言葉にキャプテンはそう笑いかければ冬花さんは花が咲くような笑顔を浮かべた。
……こんな選手一人一人に気を遣ってくれるマネージャー業なんて、改めて凄いなと思いながら小皿にある最後のミニトマトを口に入れて美味しく食べさせてもらった。
「明奈さんって本当に長女なんですか?」
「長女だよっ……!」
好き嫌いの一つもない虎丸くんは私の苦労もちっとも分かってくれずに、隣で呆れた顔でそんな事を言うものだから思わず声を上げれば冬花さんを見守って微笑んでいたみんなにもれなく苦笑された。
+++
今日の練習は練習試合を行うと、久遠監督に言われた。
「練習試合?」
「相手はスペイン代表、レッドマタドール」
それから目金さんから補足として、グループBの強豪国だと教えられた。
決勝トーナメントに進出できるのはグループ上位2チーム。そして、イナズマジャパンの次の相手は現在1位のイタリア。
他のチームの勝敗次第にもよるけれど、一敗したイナズマジャパンが実力で決勝トーナメントを突破するために、次の試合は勝たなくてはいけない。
そしてそれは、今日の練習相手であるレッドマタドールも同じとのことで、互いの戦力アップのため練習試合が行われることになった。
それから、グラウンドへと現れたレッドマタドールの選手達と挨拶を交わして行われた試合。
兄ちゃんがドリブルで攻め上がれば、彼を中心に私と佐久間さんが横について走る。
「次の試合には、あの技が重要になる!」
「レッドマタドールには練習台になってもらいましょう……!」
「「「 “皇帝ペンギン3号” !!」」」
次のオルフェウスの監督であるミスターKこと影山の存在を思い出せば、力が入る。
私達は連携必殺技でレッドマタドールから先制点を取ることができた。
「まぁ、こんなモンか」
「技の完成も前以上だ。なっ、鬼道!」
「……クッ!」
「鬼道?」
パチンッとハイタッチをしながら技の精度が上がっている事に佐久間さんと喜んでいたけれど、兄は固い表情のまま歯を食いしばっていて、ハイタッチどころではなかった。
「……兄ちゃん」
影山の呪縛を振り切ったけれど……やっぱりあの男は兄ちゃんの心の奥深くに根付いているみたいだ。
それから試合は1対1の同点で終わった。互いに全力の攻防でぶつかった結果だ。大半は満足ができる試合ができていたと思う。
だけど……この試合での兄は私達を置いて一人突っ込むことが多く…………少し、心配だった。
+++
「うん、最初に走った時よりずっと早くなってる」
「本当ですかっ」
練習試合後のミーティングも終え、今日の練習が終わったタイミングで風丸さんに話しかけられ、私達は再びグラウンドに足を運んでいた。
―そろそろボールを蹴ってタイミングを合わせてみないか?
朝に一緒に走るようになってからずいぶん経ったこともあって、風丸さんはそう提案してくれた。
実際、グラウンドで走ることに集中してみれば本戦大会が始まったばかりの時より自分のタイムはぐっと縮まっていて、風丸さんにも褒めてもらえた。元陸上部の人間に褒められるとより成長を実感できるのは単純だろうか。
「じゃあ次はドリブルしながらだな」
「はい!」
軽いアップも終わらせて本格的にボールを蹴ることになった。
自分のスピードも上がったし、もしかしたらいけるかもしれない、と意気揚々と頷いたものの、その考えが甘かったと思い知らされたのはものの数十分後だった。
「っ……!」
「とっ……ドンマイだ、不動」
走りながらさらに早く走る彼にボールをパスするも……ボールは追いつかずにグラウンドの外へと転がっていく。
結局、風丸さんが手伝ってくれたにも関わらず彼のスピードに合わせたパスは一度も通らなかった。
……吹雪さんなら、合わせられただろうな。
一度、休憩するために私はベンチに座りながら汗を拭く。その間に思い出すのはアメリカ戦の時の2人の必殺技。
風丸さんは陸上部、吹雪さんは雪国で育った環境から足が早い選手だ。だからこそ息の合った連携をできた訳で……私に付き合わせるよりも、そっちに集中してもらった方がいいのだろうか…………だけど、
「最後のパス、いい感じだったな」
「っ……!」
無意識にタオルを持つ手に力が入っている事に気づいたのは、同じく隣で汗を拭いている風丸さんの一言から。
私が顔を上げれば右側に座る風丸さんは満足そうに頷いていて、こちらを見て微笑んだ。
「そうですか……?」
だけど私は、彼と同じ感情になれずに思わず聞けば彼はああ、と短く肯定する。
「一生懸命な不動を見ると、俺も負けてられないなと思う」
「一生懸命……」
楽しそうに笑う風丸さんのそんな言葉に思わず呆気に取られた。
走るのが好きなんだろうな、汗は流れているものの疲労を感じさせない爽やかな笑顔は何だか眩しく思えて、少しだけ目を細める。
「そうですね……風丸さんに追いつくため、私も頑張ります」
その笑顔を見て、一瞬でも諦めていた自分を恥じて私は首を横に振った。
彼は……私ならできるって信じてくれている。
―『だったら俺も手伝うよ』
だからこそ私の自己満足だったはずの特訓に手を貸してくれて、試合に生かすために練習にも付き合ってくれている。
そんな彼の信頼に……応えたい。
イナズマジャパンの一人として、役に立ちたい。
このチームでまだサッカーをやりたい。
改めてそう思った私は首に掛けていたタオルを外して、ベンチから立ち上がった。
「風丸さん、まだいけますか?」
「ああ……もちろんだ」
それから足元に転がるボールを抱えれば、風丸さんもタオルをベンチへと置きながら立ち上がる。
「俺は……」
「?」
それからグラウンドへと入る前に、風丸さんは少しだけ顔を俯かせて何かを呟いたので聞き返せば、彼は顔を上げて私を真っ直ぐ見つめた。
「……ヒロトのようにはできないから、自分自身のやり方でお前を支えるよ」
「……えっ?ヒロトさん?」
なんで今、彼の名前が出るんだろう?
突然出されたこの場にいない選手の名前に思わず目を丸くするけれど、風丸さんは満足したように笑いかけてからグラウンドへと走って行った。
「…………??」
……まぁ、今はサッカーに集中しない、と?
+++
「風丸っ!!不動っ!!」
それから夕陽が沈みかけるまでボールを蹴っていれば、砂浜側からキャプテンの私達を呼ぶ声が聞こえた。聞いたことのない、切羽詰まった声に私達は足を止めて弾かれたようにそちらに顔を向ける。
「円堂?」
「冬花さん?」
「フユッペが倒れたんだ……!それでっ、久遠監督を……!」
「……は!?」
「えっ……!?」
フェンス越しに私達を呼ぶキャプテンの背中には冬花さんがおぶられていた。
それからキャプテンに言われた言葉に慌てて彼女の様子を見れば……明らかに普通の状態ではなかった。
「風丸さんは救急車をっ!私は監督を呼んできます!!」
「分かった!」
「キャプテンは冬花さんの元にいてあげてください……!」
「っあ、ああ……!」
只事ではないと理解してから私は風丸さんにそう指示をすれば彼は急いで宿舎へと駆け出す。私も必死に彼女の名を呼びかけるキャプテンにもそう伝えてから、急いで宿舎の監督の部屋へ向かった。
「久遠監督!」
「……不動?」
「冬花さんが、倒れて……!!」
「っ!……っ冬花!」
資料をまとめていたらしい監督はノックもせずに入った私に訝しげに眉を寄せるも、彼女の名前を出せば監督は目を見開いてそれから部屋を飛び出した。
ただ、それは予想外の事態という訳ではなく、恐れていたことが起きたかのような表情を浮かべていた。
「響木さんの指示に従って今晩過ごすように……!」
宿舎を出る前に私にそう指示を出す久遠監督はいつも以上に焦っていて……それは、初めて見る冬花さんの父親としての顔だった。