寂しがり少女
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日の練習は攻撃と守備を分かれる強化目的のもので、それ以外の選手はピッチの外で歓声を上げながら見学。私もベンチで選手の動きを観察をする側にいた。
「だったら! “タイガードライブ” !」
「 “イジゲン・ザ・ハンド” !」
フィールドではパスを出せない状況だと周りを見て把握した虎丸くんが自分から必殺技を放つ。止められこそしたものの、彼の成長を物語っていた。
過去のトラウマからシュートを怖がっていた名残はすっかりなくなっていて、キャプテンや豪炎寺さんも嬉しそうに頷き合い虎丸くんを賞賛していた。
「みんなー!そろそろ休憩よー!」
そのタイミングで秋さんの休憩を知らせる声が聞こえた。
「今日はサンドイッチですよー!」
秋さんだけでなく春奈や冬花さんも手に大きなバスケットを持っていて、選手は昼食休憩のため準備に取り掛かった。
「「「いっただきまーす!!!」」」
グラウンドに全員が座れるレジャーシートを敷いた後に、きちんと手を洗って昼食を食べ始めた。
今日の昼食はたまごやハム、きゅうりなど数種類のサンドイッチだった。春奈曰く、全て冬花さんが作ってくれたらしい。
こんなにたくさん、一つ一つ丁寧に作られいるサンドイッチにみんな美味しそうに食べていて、褒めれられていた冬花さんは恥ずかしそうに頬を染めながらも礼を言っていた。
「おいしいね、明奈ちゃん」
「はい」
隣に座ったヒロトさんも笑顔を浮かべていて、私も頷きながらたまごサンドを落とさないように持ちながら食べる。
「あ、ついてるよ」
ふと、ヒロトさんが私の口元を見ながら自分の口の横をとんと指差す。
「わわっ、ありがとうございます……」
それが自分の口元にパンくずがついている指摘だと気づいて、少し恥ずかしく思いながら置いてあるウェットティッシュを取ろうと手を伸ばすも……先にヒロトさんが手に取った。
「動かないで」
「え?」
それからウェットティッシュを持ったヒロトさんが、持っていない方の手を頬に添えたかと思えば、ウェットティッシュで優しく口元を拭ってくれた。
「はい、取れたよ」
食べかすを拭き取ってくれたらしいヒロトさんが穏やかに微笑むのを見て……じわじわと恥ずかしさから顔に熱が集まって思わず手で顔を覆う。
俯いてたから周りの声しか聞き取れなくて、その中で「ごほっ……!?」「鬼道!」と咳き込む兄ちゃんに慌てる佐久間さんの声が聞こえたような……聞こえなかったような…………。
「……い、言ってくれたら自分で取れますよ…………」
「ふふっ、ごめんね」
何とか声を絞り出せば楽しそうなヒロトさんの声が聞こえた。
河童?との遭遇をした日からヒロトさんに世話を焼かれる事が多くなった…………気がする。
確かにキャンプの話で木暮くんと一緒に盛り上がった自覚はあるけれど……子供っぽいと思われたのかな。
夜にもかわいいって褒められたし、理由を聞けば私だからとかよく分からない事言われたし……嫌だとは思わないけれどやっぱり恥ずかしい訳で。
「……ヒロト…………」
「ん?どうしたの、風丸くん」
ヒロトさんを見れば神妙な顔つきをしている風丸さんと話していて……割り込むのも邪魔かと思って、真意は聞けなかった。
「…………」
「虎丸くん?」
何とか顔の熱を冷ましている最中、みんなが昼食を楽しむ中で唯一虎丸くんはどこか寂しそうにサンドイッチを食べていて、どうしたんだろうと首を傾げて名前を呼んでも聞こえていないのか反応はない。
「あと今日はとっておきの差し入れがあるんですよ!」
いつもは元気よく返事をしてくれるのにな、と思っているとふと春奈が思い出したかのように手を叩いた。
「差し入れ?」
「日本にいるみんなからの手紙よ!」
首を傾げるみんなに秋さんが紙袋を掲げながらそう言った。
それから名前別に仕分けてくれたらしいマネージャーから各々家族や友人からの手紙を貰う。
「真帝国のみんなからだ……」
私宛に渡されたのは真帝国のみんなからのそれぞれの手紙で……メールでやり取りをすることもあるけれど、やっぱり手紙の方が文字の暖かみを感じて私は好きだなぁ……と忍ちゃんや弥谷くん達の字を見て頬が緩む。
「明王兄さんからも来てる……」
それから義兄からも手紙が来ているので驚いた。
しかも普通の手紙よりその封筒が少し分厚くて不思議に思いながら開ければ、一枚の紙と……さらに中に小さな手紙が入っていた。
「?」
首を傾げながら先に一枚の紙を見れば、それは明王兄さんの字で一言簡潔に書かれていた。
―見たくないなら捨てろ。
「えぇ?」
見たくない?中に入っていた手紙のことか?
応援でもなく、近況報告でもない手紙にただただ不思議に思いながら一緒に入っている手紙を取り出して、目に入った宛名を見て―……
「…………」
明王兄さんが言いたかった事が分かった私は、その手紙をもう一度、封筒へと押し込んで封を閉じた。
+++
練習終わりの夕食の時間。周りはいつも通り賑やかに談笑をしていた。
「お前も一緒に行くか?虎丸!」
「……行きたきゃ勝手に行ってください」
久々にサーフィンをしたいと盛り上がっていた綱海さんはふと目についた虎丸くんを誘うも、いつになく投げやりな口調で断っている姿が目につく。
「虎丸くん、大丈夫?」
そんな彼を見て思い出すのは、午後からの練習だった。
午前中はあんなに調子のよかった虎丸くんがミスを繰り返すようになっていて結局、彼の調子が戻ることがなかった。そのことを気にしているのかと尋ねてみた。
「明奈さんには関係ありません」
「……そう」
だけどそんな風にピシャリと言い切られてしまえば私に出来ることはなくて、大人しく引き下がる。
「ごちそうさまでした……」
それから虎丸くんはほとんど食事に手をつけずに席から立ち上がり、綱海さん達にケンカを吹っ掛けたかと思えばあの憧れであるはずの豪炎寺さんの話も聞かずに、とっとと食堂から出ていってしまった。
「なんだあいつ?」
「ほっとけほっとけ」
「オレ、ちょっと話してくる」
「キャプテン」
そんないつもと違う虎丸くんの様子に、キャプテンは立ち上がるも、静止をかけたのは飛鷹さんだった。
「俺に任せてもらえませんか」
それから周りが驚く中、飛鷹さんは虎丸くんと同じように食器を片付けて食堂から出ていってしまった。
……私には、虎丸くんの不調の原因は分からなかったけれど、彼は分かっているという事だろうか。だったら任せておこう。
「明奈」
「ん、どうしたの?兄ちゃん」
そう思いながら食事を食べ終えて一息ついていると、兄に声を掛けられた。
「午後の練習。虎丸程ではなかったが、お前のプレーもいつもと違ったが……何かあったのか?」
「……えっ?」
思わず肩が跳ねた。彼みたいなミスはしていなかったけれど、少しのズレがあったと兄は指摘する。…………やっぱり兄ちゃんの鋭さには敵わないなと苦笑いをしてしまう。
「……ちょっと、疲れが溜まってたかも。今日は早めに休むようにするよ」
「…………そうか」
だけど、正直に言おうにも考えがまとまらなくて、私は席から立ち上がって笑顔を浮かべた。対して、兄は何か言いたそうな顔をしたものの頷いて、そんな優しさが申し訳なくなった。
+++
休むとは言ったけれど、全然眠くないし……自室での椅子に座ってしばらく選手をまとめたノートを見返していたけれど、頭の中に内容が入らずに結局ノートを閉じた。
「……明日には、ちゃんと戻らないと」
はぁと小さくため息をついて、何となく窓から夜空を見ているとふとグラウンドへと歩いて行く二つの影が見えた。
「…………」
目を凝らして誰かを確認して、私は宿舎を出た。
それから彼ら―飛鷹さんと虎丸くんに気づかれないように木の陰に隠れながらグラウンドでパス回しをする2人の会話を聞いた。
盗み聞きはよくないと思いつつも……やっぱり気になるという気持ちの方が勝ってしまった。
「そうか。お袋さんが心配で……」
「乃々美姉ちゃんがいるから、大丈夫だと思うんですけど……母さんは体がそんなに丈夫じゃないから……」
ボールを蹴り合いながら話すのは……虎丸くんの不調の原因だろう。店を手伝う人がいてくれるという話は聞いたけれど、やはり病弱な母親の事が気掛かりなようだった。
「いい奴だな、お前。母親想いで」
そんな彼の想いを聞けば、飛鷹さんはそんな感想を口にする。
やっぱり虎丸くんの事情を知れば誰だってそう思うだろう。
「当たり前じゃないですか。母さんはどんなに苦しい時だって、いつもオレの事を一番大切に思ってくれたんです」
「……当たり前、か」
虎丸くんが口にする “当たり前” が自分にはとても眩しいものに感じて私は木に凭れ掛かりながらゆっくりと息を吐く。
虎丸くんのお母さんとは何度か話したこともあるけれど、息子である虎丸くんを深く想っている人だとすぐに分かったし、虎丸くんだってそれに応えられるいい子だ。
「なるほど…………ホームシックって奴か」
そんな素敵なお母さんだからこそ、寂しいと思う気持ちがきっと手紙きっかけで溢れたんだろう。
「~っ、ふんっ!」
図星だったみたいだ。
虎丸くんは力強いボールを蹴るも、飛鷹さんは少し驚きながらも難なく受け止めた。
それからボールを蹴り合いながら虎丸くんは飛鷹さんに何故自分の不調を見抜いたのかと質問すれば、彼は自分を慕う年下の仲間のおかげだと説明する。……私も思い当たる節があったので彼の返答には納得した。
「仲間…ですか……。いいですね、そういうの」
「ん?」
だけど、虎丸くんはその言葉に少しだけ寂しそうな顔をして俯いた。
「オレは自分のサッカーのせいで、本当のことを話せる仲間なんて一人も作れなかったから……」
天才故に、孤独になってしまった小学生プレーヤー。
……少々生意気な所もあるけれど根は素直な彼だからこそ割り切れるものでもなかったのだろう。
「……おかしなもんだな」
そんな虎丸くんの言葉を聞いて、飛鷹さんは静かに笑みを浮かべた。
「えっ?」
「仲間のいない天才小学生と、サッカーを知らなかった不良……それと、」
「!」
そう静かに語る飛鷹さんが……確かにこちらを見て、口角を上げた。
「サッカーしか知らなかった女子が一緒に、世界を相手に戦ってるなんてよ」
それから、私が隠れている木の方へと体を向けてボールを山なりに蹴った。
「わわっ!?」
「えっ?明奈さん!?」
咄嗟に木から体を出してボールを受け取れば、気づいていなかった虎丸くんが私の登場に驚いたような声を上げる。
「……わ、わざわざ引っ張り出すなよ!」
「隠れなくてもいいだろ。……お前だって、虎丸の事放っておけなかったんだろ?」
「~~っ!」
姿を晒した以上、もう一度隠れることなんて出来ずに私はボールを足で掬って手に抱えてから、グラウンドへと足を踏み入れた。
「……明奈さん…………」
話している内容もしっかり耳に入ったらしい虎丸くんから視線をもらうも、恥ずかしく思って思わず目線を逸らしながら私は彼にボールを回した。
「…………元気そうじゃん」
「!……へへっ」
強めのパスだったけれど、難なく受け止める虎丸くんの動きはいつもの見慣れたもので短く指摘すれば彼は嬉しそうに笑った。
「飛鷹さん、本当にうまくなりましたね」
「そうか?」
「はい、ですよね!明奈さんっ」
「うん。コントロールも安定しているし、トラップだってちゃんと体全体を使えている」
それから虎丸くんはリフティングをしながら褒めるのは飛鷹さんのプレーで、当の本人は自覚がないようだったけれどかつてコーチをしていた私は彼の変化を肯定するために首を縦に振った。
ただの初心者から世界を相手にできるレベルまで成長できたのは、本人の努力だろう。
「ずっと練習してたんですね!」
「っ!?」
「あっ」
「でなくちゃ、オレからボールを取るなんて有り得ないですよ。……たとえマグレでも!」
そう話していた虎丸くんは急にドリブルを始め、驚いている飛鷹さんを簡単に抜かした。抜かし終えた虎丸くんはいたずらっぽい笑みを浮かべて自分の鼻の下を指でこすっている。
すっかり調子を取り戻した彼を見て、飛鷹さんは虎丸くんに背を向けたまま目を閉じて優しい笑みを浮かべた。
「……昨日今日サッカーを始めた俺は、練習あるのみだったんだ。響木さんと出会わなければ、俺は今でもケンカに明け暮れていただろう」
お前にも色々教わったな、と飛鷹さんは私を見るものだからその時の事を思い出して少しだけ懐かしい気持ちになりながらジャージのポケットに手を突っ込む。
「響木さんに恩があるのは貴方だけじゃないので。私だって彼にスカウトされたから……ここにいる」
元々彼のサッカーを指導するという人付き合いのきっかけを教えてくれたのは響木さんだったなと思い返してから飛鷹さんを見れば、目が合ったのでお互いどちらともなく頷き合う。
「少しでもうまくなって、チームの役に立たないとな」
「響木さんの思いに応えるためにも」
「…………」
お互い必死すぎて、空き地での特訓に楽しい思い出なんて少なかったけれど力になっていることは間違いない。
「虎丸、俺たちは仲間だ。何かあったらいつでも相談しな。少しは力になれるかもしれない」
「すみませんでした……」
そんな思いを飛鷹さんが伝えれば、虎丸くんに言葉が届いたのか素直に謝った。
「飛鷹さん。……あまり料理はうまくないですね」
「えっ!?そうか!?」
「あの雷雷丼、醤油が多すぎ。あと油はもっと少ないほうが。それと……」
飛鷹さんと試合に向けての気持ちを確かめ合えたし、虎丸くんとも仲間としてさらに打ち解けてきた事を嬉しく思っている間にも、彼らは何故か料理の話をしていて、聞けばグラウンドに行く前に飛鷹さんが響木さん直伝の手料理を振る舞ったらしい。
私もアジア予選中の不安定の時に作ってもらったなと懐かしく思いながら、飛鷹さんを見るも虎丸くんの意見にたじたじのようで。
ついさっきまであんなにかっこよく仲間について説いていた人と同一人物には見えずに笑ってしまった。
飛鷹さんだって、十分にいい人だ。
「今度の休み、オレが料理を教えてあげますよ!」
「お、おう……」
それからも話は進み、虎丸くんは意気揚々と腰に手を当ててそんな事を言っていて、飛鷹さんが頷いたのを確認してから虎丸くんはこちらを見た……?
「明奈さんも!一緒に作りましょうねっ!」
「……えっ、私も!?」
完全に他人事のつもりだったので反応が遅れた。
料理なんて、明王兄さんに教わって多少作れるようにはなったけれど、仲間内に振る舞ってたり、定食屋で料理を作っている経験者と並ぶには絶対実力が足りてないと感じ、思わず顔が引きつるも目の前の小虎がそんなんで折れる訳なく。
「大丈夫です!2人まとめてオレが面倒見ますよっ!」
なんて笑う虎丸くんはすっかり元気を取り戻していて、料理は大変だろうけれど、ホームシックで寂しそうにしているよりは全然いい顔つきだなと思った。
「……虎丸くん」
「はい?」
私はそんな彼の隣に立って、ぽんと頭の上に手を乗せた。
「……お母さん、大事にしなよ」
「?もちろんですよ」
私に言われずとも、既にお母さん想いな彼は不思議そうに首を傾げながらも私の言葉に大きく頷いた。
「あ、明奈さんもお母さん大事にしなくちゃダメですよ!明奈さん、女の子なのに口悪くなっちゃう時あるんですから」
「はー?余計なお世話だよ、全く」
虎丸くんの会話の延長戦の軽口に、私はつんっと額をつついて笑った。
+++
あれからしばらく二人といて、虎丸くんから明日の朝みんなに謝るという話を聞いてから私は個室へと戻った。
「お母さんを大事に、か…………」
虎丸くんに言われた言葉を繰り返しながら、閉じたばかりの扉に凭れ掛かり小さくため息をつく。
それから私は自分のジャージのポケットから取り出したのは明王兄さんからの手紙で。無言でその中にある少しだけ古い手紙を取り出して目の前に掲げて改めて宛名を見る。
「私は…………どっちなんだろう」
その宛名には簡潔に名前だけが書かれていた。
『明奈へ』という名前だけ。
だけどそれは…………古い記憶の中で確かに見覚えのあるもので。
不動家の母さんの字だった。
「だったら! “タイガードライブ” !」
「 “イジゲン・ザ・ハンド” !」
フィールドではパスを出せない状況だと周りを見て把握した虎丸くんが自分から必殺技を放つ。止められこそしたものの、彼の成長を物語っていた。
過去のトラウマからシュートを怖がっていた名残はすっかりなくなっていて、キャプテンや豪炎寺さんも嬉しそうに頷き合い虎丸くんを賞賛していた。
「みんなー!そろそろ休憩よー!」
そのタイミングで秋さんの休憩を知らせる声が聞こえた。
「今日はサンドイッチですよー!」
秋さんだけでなく春奈や冬花さんも手に大きなバスケットを持っていて、選手は昼食休憩のため準備に取り掛かった。
「「「いっただきまーす!!!」」」
グラウンドに全員が座れるレジャーシートを敷いた後に、きちんと手を洗って昼食を食べ始めた。
今日の昼食はたまごやハム、きゅうりなど数種類のサンドイッチだった。春奈曰く、全て冬花さんが作ってくれたらしい。
こんなにたくさん、一つ一つ丁寧に作られいるサンドイッチにみんな美味しそうに食べていて、褒めれられていた冬花さんは恥ずかしそうに頬を染めながらも礼を言っていた。
「おいしいね、明奈ちゃん」
「はい」
隣に座ったヒロトさんも笑顔を浮かべていて、私も頷きながらたまごサンドを落とさないように持ちながら食べる。
「あ、ついてるよ」
ふと、ヒロトさんが私の口元を見ながら自分の口の横をとんと指差す。
「わわっ、ありがとうございます……」
それが自分の口元にパンくずがついている指摘だと気づいて、少し恥ずかしく思いながら置いてあるウェットティッシュを取ろうと手を伸ばすも……先にヒロトさんが手に取った。
「動かないで」
「え?」
それからウェットティッシュを持ったヒロトさんが、持っていない方の手を頬に添えたかと思えば、ウェットティッシュで優しく口元を拭ってくれた。
「はい、取れたよ」
食べかすを拭き取ってくれたらしいヒロトさんが穏やかに微笑むのを見て……じわじわと恥ずかしさから顔に熱が集まって思わず手で顔を覆う。
俯いてたから周りの声しか聞き取れなくて、その中で「ごほっ……!?」「鬼道!」と咳き込む兄ちゃんに慌てる佐久間さんの声が聞こえたような……聞こえなかったような…………。
「……い、言ってくれたら自分で取れますよ…………」
「ふふっ、ごめんね」
何とか声を絞り出せば楽しそうなヒロトさんの声が聞こえた。
河童?との遭遇をした日からヒロトさんに世話を焼かれる事が多くなった…………気がする。
確かにキャンプの話で木暮くんと一緒に盛り上がった自覚はあるけれど……子供っぽいと思われたのかな。
夜にもかわいいって褒められたし、理由を聞けば私だからとかよく分からない事言われたし……嫌だとは思わないけれどやっぱり恥ずかしい訳で。
「……ヒロト…………」
「ん?どうしたの、風丸くん」
ヒロトさんを見れば神妙な顔つきをしている風丸さんと話していて……割り込むのも邪魔かと思って、真意は聞けなかった。
「…………」
「虎丸くん?」
何とか顔の熱を冷ましている最中、みんなが昼食を楽しむ中で唯一虎丸くんはどこか寂しそうにサンドイッチを食べていて、どうしたんだろうと首を傾げて名前を呼んでも聞こえていないのか反応はない。
「あと今日はとっておきの差し入れがあるんですよ!」
いつもは元気よく返事をしてくれるのにな、と思っているとふと春奈が思い出したかのように手を叩いた。
「差し入れ?」
「日本にいるみんなからの手紙よ!」
首を傾げるみんなに秋さんが紙袋を掲げながらそう言った。
それから名前別に仕分けてくれたらしいマネージャーから各々家族や友人からの手紙を貰う。
「真帝国のみんなからだ……」
私宛に渡されたのは真帝国のみんなからのそれぞれの手紙で……メールでやり取りをすることもあるけれど、やっぱり手紙の方が文字の暖かみを感じて私は好きだなぁ……と忍ちゃんや弥谷くん達の字を見て頬が緩む。
「明王兄さんからも来てる……」
それから義兄からも手紙が来ているので驚いた。
しかも普通の手紙よりその封筒が少し分厚くて不思議に思いながら開ければ、一枚の紙と……さらに中に小さな手紙が入っていた。
「?」
首を傾げながら先に一枚の紙を見れば、それは明王兄さんの字で一言簡潔に書かれていた。
―見たくないなら捨てろ。
「えぇ?」
見たくない?中に入っていた手紙のことか?
応援でもなく、近況報告でもない手紙にただただ不思議に思いながら一緒に入っている手紙を取り出して、目に入った宛名を見て―……
「…………」
明王兄さんが言いたかった事が分かった私は、その手紙をもう一度、封筒へと押し込んで封を閉じた。
+++
練習終わりの夕食の時間。周りはいつも通り賑やかに談笑をしていた。
「お前も一緒に行くか?虎丸!」
「……行きたきゃ勝手に行ってください」
久々にサーフィンをしたいと盛り上がっていた綱海さんはふと目についた虎丸くんを誘うも、いつになく投げやりな口調で断っている姿が目につく。
「虎丸くん、大丈夫?」
そんな彼を見て思い出すのは、午後からの練習だった。
午前中はあんなに調子のよかった虎丸くんがミスを繰り返すようになっていて結局、彼の調子が戻ることがなかった。そのことを気にしているのかと尋ねてみた。
「明奈さんには関係ありません」
「……そう」
だけどそんな風にピシャリと言い切られてしまえば私に出来ることはなくて、大人しく引き下がる。
「ごちそうさまでした……」
それから虎丸くんはほとんど食事に手をつけずに席から立ち上がり、綱海さん達にケンカを吹っ掛けたかと思えばあの憧れであるはずの豪炎寺さんの話も聞かずに、とっとと食堂から出ていってしまった。
「なんだあいつ?」
「ほっとけほっとけ」
「オレ、ちょっと話してくる」
「キャプテン」
そんないつもと違う虎丸くんの様子に、キャプテンは立ち上がるも、静止をかけたのは飛鷹さんだった。
「俺に任せてもらえませんか」
それから周りが驚く中、飛鷹さんは虎丸くんと同じように食器を片付けて食堂から出ていってしまった。
……私には、虎丸くんの不調の原因は分からなかったけれど、彼は分かっているという事だろうか。だったら任せておこう。
「明奈」
「ん、どうしたの?兄ちゃん」
そう思いながら食事を食べ終えて一息ついていると、兄に声を掛けられた。
「午後の練習。虎丸程ではなかったが、お前のプレーもいつもと違ったが……何かあったのか?」
「……えっ?」
思わず肩が跳ねた。彼みたいなミスはしていなかったけれど、少しのズレがあったと兄は指摘する。…………やっぱり兄ちゃんの鋭さには敵わないなと苦笑いをしてしまう。
「……ちょっと、疲れが溜まってたかも。今日は早めに休むようにするよ」
「…………そうか」
だけど、正直に言おうにも考えがまとまらなくて、私は席から立ち上がって笑顔を浮かべた。対して、兄は何か言いたそうな顔をしたものの頷いて、そんな優しさが申し訳なくなった。
+++
休むとは言ったけれど、全然眠くないし……自室での椅子に座ってしばらく選手をまとめたノートを見返していたけれど、頭の中に内容が入らずに結局ノートを閉じた。
「……明日には、ちゃんと戻らないと」
はぁと小さくため息をついて、何となく窓から夜空を見ているとふとグラウンドへと歩いて行く二つの影が見えた。
「…………」
目を凝らして誰かを確認して、私は宿舎を出た。
それから彼ら―飛鷹さんと虎丸くんに気づかれないように木の陰に隠れながらグラウンドでパス回しをする2人の会話を聞いた。
盗み聞きはよくないと思いつつも……やっぱり気になるという気持ちの方が勝ってしまった。
「そうか。お袋さんが心配で……」
「乃々美姉ちゃんがいるから、大丈夫だと思うんですけど……母さんは体がそんなに丈夫じゃないから……」
ボールを蹴り合いながら話すのは……虎丸くんの不調の原因だろう。店を手伝う人がいてくれるという話は聞いたけれど、やはり病弱な母親の事が気掛かりなようだった。
「いい奴だな、お前。母親想いで」
そんな彼の想いを聞けば、飛鷹さんはそんな感想を口にする。
やっぱり虎丸くんの事情を知れば誰だってそう思うだろう。
「当たり前じゃないですか。母さんはどんなに苦しい時だって、いつもオレの事を一番大切に思ってくれたんです」
「……当たり前、か」
虎丸くんが口にする “当たり前” が自分にはとても眩しいものに感じて私は木に凭れ掛かりながらゆっくりと息を吐く。
虎丸くんのお母さんとは何度か話したこともあるけれど、息子である虎丸くんを深く想っている人だとすぐに分かったし、虎丸くんだってそれに応えられるいい子だ。
「なるほど…………ホームシックって奴か」
そんな素敵なお母さんだからこそ、寂しいと思う気持ちがきっと手紙きっかけで溢れたんだろう。
「~っ、ふんっ!」
図星だったみたいだ。
虎丸くんは力強いボールを蹴るも、飛鷹さんは少し驚きながらも難なく受け止めた。
それからボールを蹴り合いながら虎丸くんは飛鷹さんに何故自分の不調を見抜いたのかと質問すれば、彼は自分を慕う年下の仲間のおかげだと説明する。……私も思い当たる節があったので彼の返答には納得した。
「仲間…ですか……。いいですね、そういうの」
「ん?」
だけど、虎丸くんはその言葉に少しだけ寂しそうな顔をして俯いた。
「オレは自分のサッカーのせいで、本当のことを話せる仲間なんて一人も作れなかったから……」
天才故に、孤独になってしまった小学生プレーヤー。
……少々生意気な所もあるけれど根は素直な彼だからこそ割り切れるものでもなかったのだろう。
「……おかしなもんだな」
そんな虎丸くんの言葉を聞いて、飛鷹さんは静かに笑みを浮かべた。
「えっ?」
「仲間のいない天才小学生と、サッカーを知らなかった不良……それと、」
「!」
そう静かに語る飛鷹さんが……確かにこちらを見て、口角を上げた。
「サッカーしか知らなかった女子が一緒に、世界を相手に戦ってるなんてよ」
それから、私が隠れている木の方へと体を向けてボールを山なりに蹴った。
「わわっ!?」
「えっ?明奈さん!?」
咄嗟に木から体を出してボールを受け取れば、気づいていなかった虎丸くんが私の登場に驚いたような声を上げる。
「……わ、わざわざ引っ張り出すなよ!」
「隠れなくてもいいだろ。……お前だって、虎丸の事放っておけなかったんだろ?」
「~~っ!」
姿を晒した以上、もう一度隠れることなんて出来ずに私はボールを足で掬って手に抱えてから、グラウンドへと足を踏み入れた。
「……明奈さん…………」
話している内容もしっかり耳に入ったらしい虎丸くんから視線をもらうも、恥ずかしく思って思わず目線を逸らしながら私は彼にボールを回した。
「…………元気そうじゃん」
「!……へへっ」
強めのパスだったけれど、難なく受け止める虎丸くんの動きはいつもの見慣れたもので短く指摘すれば彼は嬉しそうに笑った。
「飛鷹さん、本当にうまくなりましたね」
「そうか?」
「はい、ですよね!明奈さんっ」
「うん。コントロールも安定しているし、トラップだってちゃんと体全体を使えている」
それから虎丸くんはリフティングをしながら褒めるのは飛鷹さんのプレーで、当の本人は自覚がないようだったけれどかつてコーチをしていた私は彼の変化を肯定するために首を縦に振った。
ただの初心者から世界を相手にできるレベルまで成長できたのは、本人の努力だろう。
「ずっと練習してたんですね!」
「っ!?」
「あっ」
「でなくちゃ、オレからボールを取るなんて有り得ないですよ。……たとえマグレでも!」
そう話していた虎丸くんは急にドリブルを始め、驚いている飛鷹さんを簡単に抜かした。抜かし終えた虎丸くんはいたずらっぽい笑みを浮かべて自分の鼻の下を指でこすっている。
すっかり調子を取り戻した彼を見て、飛鷹さんは虎丸くんに背を向けたまま目を閉じて優しい笑みを浮かべた。
「……昨日今日サッカーを始めた俺は、練習あるのみだったんだ。響木さんと出会わなければ、俺は今でもケンカに明け暮れていただろう」
お前にも色々教わったな、と飛鷹さんは私を見るものだからその時の事を思い出して少しだけ懐かしい気持ちになりながらジャージのポケットに手を突っ込む。
「響木さんに恩があるのは貴方だけじゃないので。私だって彼にスカウトされたから……ここにいる」
元々彼のサッカーを指導するという人付き合いのきっかけを教えてくれたのは響木さんだったなと思い返してから飛鷹さんを見れば、目が合ったのでお互いどちらともなく頷き合う。
「少しでもうまくなって、チームの役に立たないとな」
「響木さんの思いに応えるためにも」
「…………」
お互い必死すぎて、空き地での特訓に楽しい思い出なんて少なかったけれど力になっていることは間違いない。
「虎丸、俺たちは仲間だ。何かあったらいつでも相談しな。少しは力になれるかもしれない」
「すみませんでした……」
そんな思いを飛鷹さんが伝えれば、虎丸くんに言葉が届いたのか素直に謝った。
「飛鷹さん。……あまり料理はうまくないですね」
「えっ!?そうか!?」
「あの雷雷丼、醤油が多すぎ。あと油はもっと少ないほうが。それと……」
飛鷹さんと試合に向けての気持ちを確かめ合えたし、虎丸くんとも仲間としてさらに打ち解けてきた事を嬉しく思っている間にも、彼らは何故か料理の話をしていて、聞けばグラウンドに行く前に飛鷹さんが響木さん直伝の手料理を振る舞ったらしい。
私もアジア予選中の不安定の時に作ってもらったなと懐かしく思いながら、飛鷹さんを見るも虎丸くんの意見にたじたじのようで。
ついさっきまであんなにかっこよく仲間について説いていた人と同一人物には見えずに笑ってしまった。
飛鷹さんだって、十分にいい人だ。
「今度の休み、オレが料理を教えてあげますよ!」
「お、おう……」
それからも話は進み、虎丸くんは意気揚々と腰に手を当ててそんな事を言っていて、飛鷹さんが頷いたのを確認してから虎丸くんはこちらを見た……?
「明奈さんも!一緒に作りましょうねっ!」
「……えっ、私も!?」
完全に他人事のつもりだったので反応が遅れた。
料理なんて、明王兄さんに教わって多少作れるようにはなったけれど、仲間内に振る舞ってたり、定食屋で料理を作っている経験者と並ぶには絶対実力が足りてないと感じ、思わず顔が引きつるも目の前の小虎がそんなんで折れる訳なく。
「大丈夫です!2人まとめてオレが面倒見ますよっ!」
なんて笑う虎丸くんはすっかり元気を取り戻していて、料理は大変だろうけれど、ホームシックで寂しそうにしているよりは全然いい顔つきだなと思った。
「……虎丸くん」
「はい?」
私はそんな彼の隣に立って、ぽんと頭の上に手を乗せた。
「……お母さん、大事にしなよ」
「?もちろんですよ」
私に言われずとも、既にお母さん想いな彼は不思議そうに首を傾げながらも私の言葉に大きく頷いた。
「あ、明奈さんもお母さん大事にしなくちゃダメですよ!明奈さん、女の子なのに口悪くなっちゃう時あるんですから」
「はー?余計なお世話だよ、全く」
虎丸くんの会話の延長戦の軽口に、私はつんっと額をつついて笑った。
+++
あれからしばらく二人といて、虎丸くんから明日の朝みんなに謝るという話を聞いてから私は個室へと戻った。
「お母さんを大事に、か…………」
虎丸くんに言われた言葉を繰り返しながら、閉じたばかりの扉に凭れ掛かり小さくため息をつく。
それから私は自分のジャージのポケットから取り出したのは明王兄さんからの手紙で。無言でその中にある少しだけ古い手紙を取り出して目の前に掲げて改めて宛名を見る。
「私は…………どっちなんだろう」
その宛名には簡潔に名前だけが書かれていた。
『明奈へ』という名前だけ。
だけどそれは…………古い記憶の中で確かに見覚えのあるもので。
不動家の母さんの字だった。