寂しがり少女
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ヒロト視点
「きらきら光る お空の星よ――……」
歌い慣れてない声音は少しだけ不安そうだけど、それでも俺達の期待に応えられるよう目を閉じて『きらきら星』を歌う彼女。
焚き火の明かりに照らされたその顔はとても―……綺麗だった。
「明奈ちゃんも今日は疲れただろ?そろそろ休みなよ」
明奈ちゃんの隣に座って歌の感想を正直に伝えれば、照れたように俯きながら礼を言ってくれた。
その後も話していたけれど彼女の言葉数が少なくなって来たのに気づいて、提案すればビクッと肩が跳ねた。
「いえ……まだ大丈夫……」
だけど明奈ちゃんは目を擦りながらもまだ起きようとしていて、彼女らしくない聞き分けのなさに首を傾げていると、今にも寝そうな声音で口を動かした。
「だって今、寝たら……ヒロトさん一人で寂しいから…………」
その言葉で俺の立場を自分に置き換えているんだなと分かった。
自分が一人で起きるのが寂しいから、懸命に起きようと頑張ってくれている。……寝ぼけていて行動もいつも以上に素直になっているんだろう。
「寂しくないよ。明奈ちゃんも木暮くんも傍にいるんだから」
「……本当?」
「本当。ほら……おやすみ」
だから俺はそんな明奈ちゃんに大丈夫だと知らせるように笑みを浮かべれば、顔を覗き込んで確認しようとする。
ぐっと近くなった顔に驚いたけれど、俺は平然を装って彼女を眠らせるように促した。……どさくさに紛れて彼女の肩を抱き寄せながら。
「…………ん」
ぽすんと俺の肩に頭を置いた明奈ちゃんはすぐに静かに寝息を立てて眠りに落ちた。
彼女が自分の隣でこんな風に無防備に眠る姿を見るなんて……初めて会った時は、思いもしなかったな。
アジア予選決勝戦の時まで、いつ見ても彼女は寂しそうだった。
エイリア学園の時は単純に興味が沸いた。おひさま園で飼っていたうさぎによく似た女の子。
『父親』のために強さを求めているのに、その力を疑問的に思っているちぐはぐさが気になって……手を伸ばしたけれど、バッサリと突っぱねられたことは覚えている(その時は俺も無遠慮だったなと反省している)
それから、FFIが開催される前の選考試合の集まりで姿を見た時には、安堵した。
―『しばらく、サッカーはしたくない』
あまりにも苦しそうに呟いていた彼女が、もう一度サッカーをしようと決めてくれたから。
周りと馴れ合おうとしない姿は相変わらずだけど、あの時よりもずっと大人しくなったと思う。……俺の事に気づいてなかったのには驚いたし、ちょっと寂しかったりしたけれど。
そんな孤独だった彼女に変化が訪れたのはアジア予選決勝戦から。
そこで分かったのは、本来の不動明奈という存在で。
サッカーに関して言えば明奈ちゃんは司令塔の一角を担ってくれる頼もしいプレーヤーで、イナズマジャパンには欠かせない選手だ。
それでも……過去の名残かたまに荒い時はあれど、普段の彼女は少しだけ世間に疎いぐらいの普通の女の子だった。
「明奈ちゃん……」
ポツリと名前を呼びながら、肩に寄りかかる彼女を見れば穏やかに寝息を立てている。
そんな彼女を眺めていれば、信頼されていて嬉しい気持ちと……異性として意識をされていないという悔しい気持ちを感じた。
―『俺、明奈ちゃんには笑ってほしいって思うんだ』
思い出すのは、明奈ちゃんを好きになった彼に告げた言葉。
その時の俺は、笑うことすら不慣れな彼女に対して同情してた。
だから彼が―風丸くんが明奈ちゃんの事を好きだと聞いて、それで彼女が笑うのなら、応援してもいいかななんて思っていた。
それから、チームメイトと関わることが増えた彼女の笑顔は日に日に柔らかい自然なものになっていった。
風丸くんも彼女の背中を押していると察したのは、明奈ちゃんが会話の中で彼の名前を出す機会が増えたことに気づいたから。
彼女が笑ってくれるようになった。俺の目的は達成されているのに……何故か満たされなかった。
「…………」
ふと、寄りかかっている彼女の手に触れる。
自分に比べれば小さく柔らかい。彼女の体温は特段高い訳でもないのに、暖かく感じて胸には安心感が広がった。
それを経験したのはアルゼンチン戦後の娯楽室。
……あの時は、彼女が自分の不調を見抜いて心配そうに見上げてくれているのを見て、いつの間にか腕を伸ばして、抱きしめていた。
無意識でしてしまったことだ。
何も知らない彼女の善意に付け込んで、こんな事をするべきことではないと頭では理解していた。
すぐに離さないといけないと思ったのに、ぎこちなく頭を撫でてくれる彼女を前に体は動かなかった。
傷ついている自分を放って置けなかったんだろう。チームメイトのおかげだと明奈ちゃんは笑っていたけれど、音無さんがあんなに懐いている姿を見れば、昔から優しい子だったのは想像できる。
「ん~……」
ふと凭れ掛かっていた明奈ちゃんの頭が動いた。
起こしてしまったかなと顔を向けるも彼女は少しだけ身じろいで、それから先程よりも穏やかな表情で眠った。
「……!」
その時に彼女は自分の手に触れていた俺の手をぎゅっと握っていた。
……俺と手を繋いで安心してくれたのかな。もしそうだったら嬉しいな。
俺はそんな彼女に応えるようにその手を握り返して明奈ちゃんの顔をじっと見る。
周りが自分を置いて眠るだけでも孤独を感じる寂しがり屋な子なのに、それをハッキリと口に出せない不器用な子。
そんな彼女が俺は……
「好き、だよ」
そう一言、呟けば確信を得る。
やっと、やっと分かったこの感情の正体。
空を見れば満月と一緒に満点の星空が煌めいて、まるで自分の心を映しているような綺麗な夜空。
「好きだよ、明奈ちゃん」
俺はもう一度、眠っている彼女にそう伝えた。
+++
「お疲れ、明奈ちゃん」
「お疲れ様です」
それから次の日……というよりカッパと遭遇した自分達と周りとでは時間の流れが違うらしく、森で迷ったその日の夕食後。
娯楽室で本を読んでいると明奈ちゃんがやって来て、いつになく疲れた様子の彼女はすぐに隣の席に腰掛ければ大きく息を吐きながら背凭れに体を預ける。
「午後からの練習、頑張ったね」
「意地でやり切りました。ヒロトさんや木暮くんよりはマシですけど」
声を掛ければ、彼女は力なく笑みを浮かべて肩をすくめた。
俺達は慣れない森での外泊やカッパ達とのサッカーをしていたけれど、周りからすれば昼休憩を過ごしていただけなのでその後はいつも通りの練習が行なわれた。
流石にカッパを理由に練習を疎かにはできないなとやり切ったものの、いつも以上に疲れている様子に周りから不思議そうに首を傾げられていた事を思い出す。
「それに……みんなとやるサッカーは楽しいので」
疲れてはいるけれど、明奈ちゃんの顔には前のような苦しさは感じない清々しいもので。
「分かるよ。楽しいよね、サッカー」
彼女もサッカーの楽しさを思い出せた一人だと微笑みかければ、明奈ちゃんも同じ気持ちだったのか、楽しそうに柔らかな表情を浮かべた。
「疲労が溜まったのも事実ですけどね。木暮くんも夕食の時に力尽きちゃって……壁山くんが運んで行ったんですよ」
その後に思い出したかのように同級生とのやり取りを話してくすくす笑っている明奈ちゃん。揺れた髪からふわりと香る甘い匂いに彼女が風呂上がりだということに気づいた。
「明奈ちゃんももう寝るの?」
「はい。少しだけデータの整理をしてから寝ようかと」
そう頷いた明奈ちゃんはタイミング良く小さく欠伸を漏らす。
こんなに疲れている様子を見るのは初めてだなと思って……そこまで心を許してくれていることにまた、嬉しくなってしまう。
イナズマジャパンの選手なら、きっと誰でも微笑むのだろうと分かっていても。
「……笑顔が増えたね」
「え?」
俺の指摘に明奈ちゃんは目を丸くした。
「前に笑うのが苦手って言っていたけれど、だいぶ自然になったと思う。今の明奈ちゃん、さらに可愛いくなった」
「か、かわっ……!?えっ、なんですか……いきなり…………」
きょとんとしていた表情から、その言葉を飲み込んだ途端に眠そうな顔をしていた明奈ちゃんは一瞬で目を覚まして、頬を赤くしながら困ったように眉を下げる。
「ま、また女の子扱い、ですか……?」
それから明奈ちゃんが口にしたのは俺がよく彼女に伝えた言葉で。……単純に性別の違いによる気遣いだと思っているようだった。それでも疑問形なのは……その気遣いの理由が分からないからだろう。
「うさぎだからでも、女の子だからでもないよ」
俺はすぐ近くにあった明奈ちゃんの手の握った。
あの時と違って起きている明奈ちゃんの手はピクリと揺れるけれど気づかないフリをして真っ直ぐと彼女を見る。
「明奈ちゃんだからだよ」
「……えっと…………?」
微笑んで伝えれば、明奈ちゃんは先程の照れの余韻で顔が赤いままさらに困惑した表情を浮かべていて、ますます混乱させているんだろうという事は分かる。
そんな純粋な彼女が可愛いくて、自分の口元がさらに緩むのを感じながらぎゅっと握った手に力を込めていると。
「ヒロト、不動……?」
娯楽室の入口付近で第三者の声が聞こえた。
「~~っ!?か、風丸さんっ」
真っ先に気づいたのは明奈ちゃんで、彼女は彼の顔を見て、それから俺に握られている手を見れば再び彼女の顔はじわじわと赤みがかり慌てて勢いよく立ち上がる。
「お、おやすみなさい……!!」
それから、早口でそう言ったかと思えば風丸くんを横切って、逃げるように娯楽室を出ていった。
「…………少しは意識してくれたのかな」
他の人とも関わっている間にそういう感情も生まれてきたのか。
再び静かになった娯楽室で俺はポツリと呟く。
だって、前に手を繋いでも指摘されれても、不思議そうにするだけで素面だった彼女を見ている身としては、あんなに顔を赤くして逃げ出す彼女の反応は意外だった。
……そんな一面を見るだけで、もっと彼女の色んな顔を見てみたいと改めて思う。
「ヒロト……い、今のは……」
「風丸くん、俺やっと気づけたんだ」
それから動揺を隠せずにこちらを見る風丸くんを見て、俺はソファーから立ち上がって彼の目の前に立った。
目の前の彼はあの時―あの子を好きだと言った時―と変わらない目でこちらを見る。サッカーをしている時とは違う、どこか警戒しているような目つきは俺より先に俺の気持ちを察していたようだった。……知っていたのに、教えてくれないなんてひどいな。いや、でも恋ってそういうものなのかな?
だから俺もその事に触れないで、笑顔であの時の彼のように宣言をした。
「明奈ちゃんのことが好きなんだ」
―気づくのが遅れたぐらいじゃ、諦めきれないよ。
笑顔だけじゃ物足りない、もっと自分の言葉に表情を変える彼女を見たい。
なんて我ながら欲深くなってしまったなと思いながら呆然と立ち尽くす彼に笑いかけた。
「きらきら光る お空の星よ――……」
歌い慣れてない声音は少しだけ不安そうだけど、それでも俺達の期待に応えられるよう目を閉じて『きらきら星』を歌う彼女。
焚き火の明かりに照らされたその顔はとても―……綺麗だった。
「明奈ちゃんも今日は疲れただろ?そろそろ休みなよ」
明奈ちゃんの隣に座って歌の感想を正直に伝えれば、照れたように俯きながら礼を言ってくれた。
その後も話していたけれど彼女の言葉数が少なくなって来たのに気づいて、提案すればビクッと肩が跳ねた。
「いえ……まだ大丈夫……」
だけど明奈ちゃんは目を擦りながらもまだ起きようとしていて、彼女らしくない聞き分けのなさに首を傾げていると、今にも寝そうな声音で口を動かした。
「だって今、寝たら……ヒロトさん一人で寂しいから…………」
その言葉で俺の立場を自分に置き換えているんだなと分かった。
自分が一人で起きるのが寂しいから、懸命に起きようと頑張ってくれている。……寝ぼけていて行動もいつも以上に素直になっているんだろう。
「寂しくないよ。明奈ちゃんも木暮くんも傍にいるんだから」
「……本当?」
「本当。ほら……おやすみ」
だから俺はそんな明奈ちゃんに大丈夫だと知らせるように笑みを浮かべれば、顔を覗き込んで確認しようとする。
ぐっと近くなった顔に驚いたけれど、俺は平然を装って彼女を眠らせるように促した。……どさくさに紛れて彼女の肩を抱き寄せながら。
「…………ん」
ぽすんと俺の肩に頭を置いた明奈ちゃんはすぐに静かに寝息を立てて眠りに落ちた。
彼女が自分の隣でこんな風に無防備に眠る姿を見るなんて……初めて会った時は、思いもしなかったな。
アジア予選決勝戦の時まで、いつ見ても彼女は寂しそうだった。
エイリア学園の時は単純に興味が沸いた。おひさま園で飼っていたうさぎによく似た女の子。
『父親』のために強さを求めているのに、その力を疑問的に思っているちぐはぐさが気になって……手を伸ばしたけれど、バッサリと突っぱねられたことは覚えている(その時は俺も無遠慮だったなと反省している)
それから、FFIが開催される前の選考試合の集まりで姿を見た時には、安堵した。
―『しばらく、サッカーはしたくない』
あまりにも苦しそうに呟いていた彼女が、もう一度サッカーをしようと決めてくれたから。
周りと馴れ合おうとしない姿は相変わらずだけど、あの時よりもずっと大人しくなったと思う。……俺の事に気づいてなかったのには驚いたし、ちょっと寂しかったりしたけれど。
そんな孤独だった彼女に変化が訪れたのはアジア予選決勝戦から。
そこで分かったのは、本来の不動明奈という存在で。
サッカーに関して言えば明奈ちゃんは司令塔の一角を担ってくれる頼もしいプレーヤーで、イナズマジャパンには欠かせない選手だ。
それでも……過去の名残かたまに荒い時はあれど、普段の彼女は少しだけ世間に疎いぐらいの普通の女の子だった。
「明奈ちゃん……」
ポツリと名前を呼びながら、肩に寄りかかる彼女を見れば穏やかに寝息を立てている。
そんな彼女を眺めていれば、信頼されていて嬉しい気持ちと……異性として意識をされていないという悔しい気持ちを感じた。
―『俺、明奈ちゃんには笑ってほしいって思うんだ』
思い出すのは、明奈ちゃんを好きになった彼に告げた言葉。
その時の俺は、笑うことすら不慣れな彼女に対して同情してた。
だから彼が―風丸くんが明奈ちゃんの事を好きだと聞いて、それで彼女が笑うのなら、応援してもいいかななんて思っていた。
それから、チームメイトと関わることが増えた彼女の笑顔は日に日に柔らかい自然なものになっていった。
風丸くんも彼女の背中を押していると察したのは、明奈ちゃんが会話の中で彼の名前を出す機会が増えたことに気づいたから。
彼女が笑ってくれるようになった。俺の目的は達成されているのに……何故か満たされなかった。
「…………」
ふと、寄りかかっている彼女の手に触れる。
自分に比べれば小さく柔らかい。彼女の体温は特段高い訳でもないのに、暖かく感じて胸には安心感が広がった。
それを経験したのはアルゼンチン戦後の娯楽室。
……あの時は、彼女が自分の不調を見抜いて心配そうに見上げてくれているのを見て、いつの間にか腕を伸ばして、抱きしめていた。
無意識でしてしまったことだ。
何も知らない彼女の善意に付け込んで、こんな事をするべきことではないと頭では理解していた。
すぐに離さないといけないと思ったのに、ぎこちなく頭を撫でてくれる彼女を前に体は動かなかった。
傷ついている自分を放って置けなかったんだろう。チームメイトのおかげだと明奈ちゃんは笑っていたけれど、音無さんがあんなに懐いている姿を見れば、昔から優しい子だったのは想像できる。
「ん~……」
ふと凭れ掛かっていた明奈ちゃんの頭が動いた。
起こしてしまったかなと顔を向けるも彼女は少しだけ身じろいで、それから先程よりも穏やかな表情で眠った。
「……!」
その時に彼女は自分の手に触れていた俺の手をぎゅっと握っていた。
……俺と手を繋いで安心してくれたのかな。もしそうだったら嬉しいな。
俺はそんな彼女に応えるようにその手を握り返して明奈ちゃんの顔をじっと見る。
周りが自分を置いて眠るだけでも孤独を感じる寂しがり屋な子なのに、それをハッキリと口に出せない不器用な子。
そんな彼女が俺は……
「好き、だよ」
そう一言、呟けば確信を得る。
やっと、やっと分かったこの感情の正体。
空を見れば満月と一緒に満点の星空が煌めいて、まるで自分の心を映しているような綺麗な夜空。
「好きだよ、明奈ちゃん」
俺はもう一度、眠っている彼女にそう伝えた。
+++
「お疲れ、明奈ちゃん」
「お疲れ様です」
それから次の日……というよりカッパと遭遇した自分達と周りとでは時間の流れが違うらしく、森で迷ったその日の夕食後。
娯楽室で本を読んでいると明奈ちゃんがやって来て、いつになく疲れた様子の彼女はすぐに隣の席に腰掛ければ大きく息を吐きながら背凭れに体を預ける。
「午後からの練習、頑張ったね」
「意地でやり切りました。ヒロトさんや木暮くんよりはマシですけど」
声を掛ければ、彼女は力なく笑みを浮かべて肩をすくめた。
俺達は慣れない森での外泊やカッパ達とのサッカーをしていたけれど、周りからすれば昼休憩を過ごしていただけなのでその後はいつも通りの練習が行なわれた。
流石にカッパを理由に練習を疎かにはできないなとやり切ったものの、いつも以上に疲れている様子に周りから不思議そうに首を傾げられていた事を思い出す。
「それに……みんなとやるサッカーは楽しいので」
疲れてはいるけれど、明奈ちゃんの顔には前のような苦しさは感じない清々しいもので。
「分かるよ。楽しいよね、サッカー」
彼女もサッカーの楽しさを思い出せた一人だと微笑みかければ、明奈ちゃんも同じ気持ちだったのか、楽しそうに柔らかな表情を浮かべた。
「疲労が溜まったのも事実ですけどね。木暮くんも夕食の時に力尽きちゃって……壁山くんが運んで行ったんですよ」
その後に思い出したかのように同級生とのやり取りを話してくすくす笑っている明奈ちゃん。揺れた髪からふわりと香る甘い匂いに彼女が風呂上がりだということに気づいた。
「明奈ちゃんももう寝るの?」
「はい。少しだけデータの整理をしてから寝ようかと」
そう頷いた明奈ちゃんはタイミング良く小さく欠伸を漏らす。
こんなに疲れている様子を見るのは初めてだなと思って……そこまで心を許してくれていることにまた、嬉しくなってしまう。
イナズマジャパンの選手なら、きっと誰でも微笑むのだろうと分かっていても。
「……笑顔が増えたね」
「え?」
俺の指摘に明奈ちゃんは目を丸くした。
「前に笑うのが苦手って言っていたけれど、だいぶ自然になったと思う。今の明奈ちゃん、さらに可愛いくなった」
「か、かわっ……!?えっ、なんですか……いきなり…………」
きょとんとしていた表情から、その言葉を飲み込んだ途端に眠そうな顔をしていた明奈ちゃんは一瞬で目を覚まして、頬を赤くしながら困ったように眉を下げる。
「ま、また女の子扱い、ですか……?」
それから明奈ちゃんが口にしたのは俺がよく彼女に伝えた言葉で。……単純に性別の違いによる気遣いだと思っているようだった。それでも疑問形なのは……その気遣いの理由が分からないからだろう。
「うさぎだからでも、女の子だからでもないよ」
俺はすぐ近くにあった明奈ちゃんの手の握った。
あの時と違って起きている明奈ちゃんの手はピクリと揺れるけれど気づかないフリをして真っ直ぐと彼女を見る。
「明奈ちゃんだからだよ」
「……えっと…………?」
微笑んで伝えれば、明奈ちゃんは先程の照れの余韻で顔が赤いままさらに困惑した表情を浮かべていて、ますます混乱させているんだろうという事は分かる。
そんな純粋な彼女が可愛いくて、自分の口元がさらに緩むのを感じながらぎゅっと握った手に力を込めていると。
「ヒロト、不動……?」
娯楽室の入口付近で第三者の声が聞こえた。
「~~っ!?か、風丸さんっ」
真っ先に気づいたのは明奈ちゃんで、彼女は彼の顔を見て、それから俺に握られている手を見れば再び彼女の顔はじわじわと赤みがかり慌てて勢いよく立ち上がる。
「お、おやすみなさい……!!」
それから、早口でそう言ったかと思えば風丸くんを横切って、逃げるように娯楽室を出ていった。
「…………少しは意識してくれたのかな」
他の人とも関わっている間にそういう感情も生まれてきたのか。
再び静かになった娯楽室で俺はポツリと呟く。
だって、前に手を繋いでも指摘されれても、不思議そうにするだけで素面だった彼女を見ている身としては、あんなに顔を赤くして逃げ出す彼女の反応は意外だった。
……そんな一面を見るだけで、もっと彼女の色んな顔を見てみたいと改めて思う。
「ヒロト……い、今のは……」
「風丸くん、俺やっと気づけたんだ」
それから動揺を隠せずにこちらを見る風丸くんを見て、俺はソファーから立ち上がって彼の目の前に立った。
目の前の彼はあの時―あの子を好きだと言った時―と変わらない目でこちらを見る。サッカーをしている時とは違う、どこか警戒しているような目つきは俺より先に俺の気持ちを察していたようだった。……知っていたのに、教えてくれないなんてひどいな。いや、でも恋ってそういうものなのかな?
だから俺もその事に触れないで、笑顔であの時の彼のように宣言をした。
「明奈ちゃんのことが好きなんだ」
―気づくのが遅れたぐらいじゃ、諦めきれないよ。
笑顔だけじゃ物足りない、もっと自分の言葉に表情を変える彼女を見たい。
なんて我ながら欲深くなってしまったなと思いながら呆然と立ち尽くす彼に笑いかけた。