寂しがり少女
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「そしてこの必殺タクティクスは…………カウンターに弱い!」
「円堂!」
「オウッ!」
豪炎寺さんの合図により、キャプテンは彼に向けてロングパスを出した。全員攻撃の必殺タクティクスなので自陣の守りは薄く、戻ってきた一之瀬さんも勢いを付けすぎたのか、転倒してしまった。
その間にも必殺技のため、豪炎寺さんは虎丸くんとヒロトさんに呼びかけた。
「「「 “グランドファイア” !!」」」
それからジ・エンパイア戦で完成させた必殺技を撃った。実際に見るのは初めてだ。
その強力な必殺シュートは、キーパーが必殺技を出すより先に、ゴールへと突き刺さった。
勢いづいたイナズマジャパンは逆転ゴールを狙うために、攻め込むもユニコーンのDFの要である土門さんに阻まれる。
その後も土門さんは染岡さんとヒロトさんをマークさんとの連携必殺技 “ジ・イカロス” で抜く。
そしてマークさんからパスを受け取った一之瀬さんがディフェンスを躱してボールをFWのディランに回すも、再びボールは一之瀬さんの元へ。
「ユーが、決めるんだ!」
「ッ……うん!」
ユニコーンにも何か強い思いがある。気迫の強さの一因を思わせるようなやり取りの末に、一之瀬さんはゴール前のキャプテンの前へとドリブルで攻め込んできた。
「絶対にゴールは奪う!」
「来い!一之瀬っ!!」
一之瀬さんの言葉にキャプテンは真剣な眼差しで彼を真っ直ぐと見据えた。
「 “ペガサスショット” !」
「 “イジゲン・ザ・ハンド” !」
一之瀬さんは今までに一番強力なシュートを撃ってきた。
その必殺技にキャプテンの技は破られる――が、軌道を変えたボールはゴールポストに当たり、跳ね返った。
地に着いたボールはスピンがかかり、真っ直ぐキャプテンの胸へと来て彼はしっかりとそれを受け止める。
キャプテンと一之瀬さんの一対一の勝負。勝ったのは運を味方にしたキャプテンだった。
それから試合は3-3の同点のまま進み、ボールがラインの外に出た時ユニコーン側で選手交代が行われた。
新しく入る選手はエディ・ハワード。そして交代選手は―一之瀬さんだった。ユニコーン内でもその指示は予想外だったのか戸惑いの表情を浮かべていたけれど、唯一土門さんは何か心当たりがあるのか顔を伏せていた。
……確かに彼は最初から全力で試合に臨んでいたこともあって、先程から大量の汗を掻いているし、交代だって不自然なことではない。
だけど、一之瀬さん自身はその指示に納得できていないようで、監督に抗議をしているようだった。だけど監督が何かを言った後に、チームに一言託して重い足取りでピッチを出ていった。
そんな一之瀬さんの姿を見届けたユニコーンの選手達は互いに頷き合っていた。
「そうだ。試合はまだ終わってない……!」
キャプテンもそんなユニコーンの選手の姿に、気合を入れるように声を上げた。
試合が再開され、タイムアップは刻々と迫ってきていた。
イナズマジャパンもユニコーンも互いに一歩も譲らない激しい攻防戦を繰り返していた。
試合の熱気に酔いそうな感覚に陥りながらも、ボールを奪うため、チームに繋ぐために奮闘する。
そして、ついにボールはイナズマジャパンのエースストライカーへと渡った。
「 “爆熱スクリュー” !!」
豪炎寺さんの必殺シュートがゴールへと突き刺さり、4-3になった所で、試合終了のホイッスルがグラウンドに響いた。
《ここで試合終了ーっ!!4対3!イナズマジャパンがアメリカ代表ユニコーンを破りましたーっ!!》
《FFI世界大会の歴史に残る、と言っても過言ではない名勝負でしたね》
イナズマジャパン対ユニコーン。勝ったのはイナズマジャパンだった。
+++
試合の勝利をみんなで喜び合った後、ベンチに行けば秋さんから一之瀬さんについて詳しい話を冬花さんと一緒に聞いた。
「そうだったんですか。一之瀬さんがそんな思いで試合をしていたなんて……」
「はい。……実際に戦って肌で感じましたが………強い人ですね」
冬花さんの言葉に私も頷く。
過去に遭った事故による後遺症や、その手術など………それにより一之瀬さんはイナズマジャパンとの試合が “最後の試合” だったかもしれないということを秋さんは教えてくれた。
「相手が円堂くんだから、辛さを乗り越えて本気で戦えたのよ」
秋さんが彼の体のことを知ったのは試合前だったらしく、ハーフタイムの時にキャプテンも知ることになったらしい。
前半は心ここにあらずだった秋さんだったけれど、そう話す彼女はいつものような優しい笑顔を浮かべていた。
そんな秋さんの視線の先にはキャプテンと一之瀬さんが話していた。
ピッチを去った時の一之瀬さんは全てを諦めたように見えたけれど、キャプテンと固い握手を交わす彼の笑顔は清々しいものだった。
「マモルくん……だから?」
「ヤツは仲間の思いを全て受け止める。どんな思いでもな。それが円堂守だ」
響木さんもかつての教え子だったからか一之瀬さんの事情は察していたのだろう。
そして一之瀬さんがあんなに強く戦えたのは、その思いを受け止めてくれるキャプテンがいたから。そう教えてくれて、思い当たる節しかない言葉に私達は顔を見合わせて笑った。
「明奈ちゃん、いっぱい心配かけてごめんね」
「……秋さんが元気になってくれて、よかったです」
それから改めて秋さんに申し訳なさそうに謝られるも、私が笑顔で本音を伝えれば秋さんも小さく微笑んだ。
「……不安、解消されましたか?」
「うん。……一之瀬くんのサッカーを見れてよかった」
「……っ」
彼の本心を聞けたからか、秋さんの表情にはもう迷いはなくてひたすら穏やかで、そんな彼女を見た私は試合中はずっと考えないようにしていた心配の感情が溢れ出してつい彼女に抱き着いた。
「わっ……明奈ちゃん?」
「……一之瀬さん、手術成功できたらいいですね」
「!……ええ」
秋さんは抱き着かれたことに驚いていたようだったけど、私の言葉に穏やかに相槌を打って背中に腕を回して抱きしめくれる。
そんな優しい秋さんの事を、思えば思うほどやっぱり…………
+++
試合を終えたクジャクスタジアム。
クールダウンと、ライオコット島行きの船の関係で選手達はしばらく待機している間、私はアメリカ代表の控え室に赴いた。
「……秋さんに対して、体のことを誤魔化すためにプロポーズまがいなことをするのはどうかと……むぐっ」
「な、んで知ってるんだよ!?」
ユニコーンの控え室前。
一之瀬さんと対峙をして開口一番、私が一番気になっていることを指摘しようとすれば顔を真っ赤にした彼にすごい勢いで手で口を塞がれ、そのまま人通りの少ない廊下へと連れ出された。
「た、確かに体のことを誤魔化したのは事実だよ。だけどあの言葉に対しては限りなく本音だ……結局、有耶無耶にはしたけれど…………」
連れ出されている最中に、私が訪ねた経由を簡潔に説明をすれば一之瀬さんは百面相しながら説明をするも、最後には照れた様子で片手で顔を覆っていた。
……試合の時は気迫の強さに圧巻されていたけれど、フィールド外では至って普通の男子だな、なんて思うのは失礼だろうか。
私が試合外に一之瀬さんに話しかけた理由は単純だ。
その時の秋さんにはとてもじゃないが聞けなかった一之瀬さんの好意が本物かどうか知りたかった。
怪我の後遺症のことを言えないのはまだ分かるけれど、その誤魔化しとして告白まがいなことをしたのなら…………あんなに一之瀬さんのことで悩んでいた秋さんに失礼だと思ったから。
けれど、結局は杞憂だったようで。
一之瀬さんの秋さんへの想いは本物だと、彼の態度を見れば一目瞭然だった。
「…………一之瀬さんは」
だからこそ、思い出すのはその時の話をした秋さんの態度で。
踏み込むべきではな、と頭では分かりつつも……どうしても確かめたかった。
「好きな人が、他の人が好きだとしても…………」
「うん、好きだよ」
言葉を詰まらせる私と正反対に、一之瀬さんは即答した。その顔はまだ頬が赤いけれど、視線は真っ直ぐで真剣なものだ。
「だからこそ……簡単に諦めるつもりはない」
そんな真剣な表情は、彼は秋さんの好きな人を分かった上でそう言っている。
そんな風に思い続けれるなんて、凄い人だな。……さっきまで普通の男子だと思っていたけれど訂正だ。
「……恋ってそういうものだよ」
私の困惑が顔に出ていたらしい。一之瀬さんは真剣な表情からふっと肩の力を抜いて小さく笑った。
「……恋…………」
「それと……この際だから言うけれど、」
試合の時とは違うけれど、それと同じぐらいの熱量を目の当たりにして、思わず言葉を失っているとふと一之瀬さんは咳払いを一つして私を見た。
「……あんまり秋に抱き着くのはやめてほしい。同性だって妬けるから」
「……はぁ?」
不服そうな視線を向けた彼が言っているのは試合後のベンチでのやり取りだろう。……確かにしばらく秋さんに抱きついてたし、何ならその時に一瞬だけフィールドから刺すような視線も感じた気もしたけど。
「…………心せまい」
「仕方ないだろ、男なんだから……!」
「えぇー……」
……とはいえ、同性ですらも嫉妬するなんて。恋するとそんなに盲目になるものなのか(嫉妬で思い出すのは佐久間さんの件だけど、あれは兄妹間のことなのでセーフだろう。多分)
「あれ?一之瀬くん?明奈ちゃん?」
「!」
そんな事を話していると、ひょこっと曲がり角から現れたのは秋さんで私達が話していることに不思議そうに目を丸くしていた。
「2人で何を話してたの?」
「彼に秋さんに話があるから呼んで来てくれないかって引き留められてました」
「はぁ!?」
一之瀬さんが何か言う前に私がそう言えば、彼は先程までの嫉妬全開の表情から一変。焦ったように私を見たけれどスルーしておく。
「ふふっ、そんな事しなくても会いに行くつもりだったよ」
「そっか……ありがとう、秋」
わざわざ頼もうとする一之瀬さんがおかしかったのか、秋さんは手に口を当ててくすくすと笑えば、恨めしそうに自分を見ていた一之瀬さんも彼女を前にすればたちまち頬を緩ませて嬉しそうに笑う。
前までならそんな2人を見ても仲のいい友人同士のやり取りだと思ったけれど……一之瀬さんの好意を知った今、秋さんの見つめる瞳は他の人に向けるものとは違うことが分かった。
けれど…………。
「秋さんっ!」
「わっ」
「!」
私はもう一度秋さんに抱きついて、彼女に顔を合わせる。
「私は先に控え室に帰っておきますね」
「ええ、迷わないようにね」
好意云々はともかく、先程の秋さんの言い方から彼女だって一之瀬さんと話したいことはあるはずなのでそう伝えれば、秋さんは優しい笑顔で頷いてくれた。
それから秋さんから離れて、控え室を目指そうとする前に先程から私の背中に視線を送る彼を見る。
「意見したいなら、秋さんを惚れさせてからですよ」
「なッ……!」
ちゃんと秋さんの死角でべーと舌を出してから小声で告げれば、一之瀬さんは目を見開いていて、そんな彼を見てから私は小走りで控え室へと向かった。
別に一之瀬さんが嫌いというわけではない。だけど、生憎自分の行動を制限してまで応援するような仲でもないのも事実な訳で。
子供っぽい自覚はあったけれど、姉みたいな存在の秋さんをまだ譲りたくなかった。
「2人共、いつの間にか仲良しなったんだね。やっぱりあんなに熱いサッカーをしたから?」
「あはは……」
背中越しに楽しげに話す秋さんとそれに苦笑いをしている一之瀬さんの声が聞こえた。
「恋、か…………」
一人になった廊下を歩きながら、私はポツリと呟く。
そんな事、デモーニオに聞かれて初めて考えるようになったことだ。
……恋愛をテーマにした本を数冊読んでみてもピンと来なかったけれど…………一之瀬さんの話を……恋をしている人の熱量を直で感じて少しだけ、分かった。
だからこそ思い知る。
それは、私じゃ扱いきれないものだと。
家族と同等か、それ以上に大切な人なんて存在。
……万が一失ったらと思ったらダメだった。
恋に対してこんな風に思ってしまう自分は、やっぱり向いていないだろう。
「……そもそも、相手もいないし」
期待するデモーニオには悪いけれど、自分に恋は早すぎる。
そう自分の気持ちに整理をつけた私はグッと伸びをしながら無意識で力が入ってしまった体を解す。
気づけばイナズマジャパンの控え室前だった。
「…………よしっ」
私は小さく息を吐いて、普段通りの表情になったことを手で確認しながら控え室の扉を開ける。
「一之瀬さんに秋さん取られたぁ」
本当はそんな事を思ってはいないけれど、わざとふざけるように嘆きながら私は兄妹の元へと歩いて行った。
「円堂!」
「オウッ!」
豪炎寺さんの合図により、キャプテンは彼に向けてロングパスを出した。全員攻撃の必殺タクティクスなので自陣の守りは薄く、戻ってきた一之瀬さんも勢いを付けすぎたのか、転倒してしまった。
その間にも必殺技のため、豪炎寺さんは虎丸くんとヒロトさんに呼びかけた。
「「「 “グランドファイア” !!」」」
それからジ・エンパイア戦で完成させた必殺技を撃った。実際に見るのは初めてだ。
その強力な必殺シュートは、キーパーが必殺技を出すより先に、ゴールへと突き刺さった。
勢いづいたイナズマジャパンは逆転ゴールを狙うために、攻め込むもユニコーンのDFの要である土門さんに阻まれる。
その後も土門さんは染岡さんとヒロトさんをマークさんとの連携必殺技 “ジ・イカロス” で抜く。
そしてマークさんからパスを受け取った一之瀬さんがディフェンスを躱してボールをFWのディランに回すも、再びボールは一之瀬さんの元へ。
「ユーが、決めるんだ!」
「ッ……うん!」
ユニコーンにも何か強い思いがある。気迫の強さの一因を思わせるようなやり取りの末に、一之瀬さんはゴール前のキャプテンの前へとドリブルで攻め込んできた。
「絶対にゴールは奪う!」
「来い!一之瀬っ!!」
一之瀬さんの言葉にキャプテンは真剣な眼差しで彼を真っ直ぐと見据えた。
「 “ペガサスショット” !」
「 “イジゲン・ザ・ハンド” !」
一之瀬さんは今までに一番強力なシュートを撃ってきた。
その必殺技にキャプテンの技は破られる――が、軌道を変えたボールはゴールポストに当たり、跳ね返った。
地に着いたボールはスピンがかかり、真っ直ぐキャプテンの胸へと来て彼はしっかりとそれを受け止める。
キャプテンと一之瀬さんの一対一の勝負。勝ったのは運を味方にしたキャプテンだった。
それから試合は3-3の同点のまま進み、ボールがラインの外に出た時ユニコーン側で選手交代が行われた。
新しく入る選手はエディ・ハワード。そして交代選手は―一之瀬さんだった。ユニコーン内でもその指示は予想外だったのか戸惑いの表情を浮かべていたけれど、唯一土門さんは何か心当たりがあるのか顔を伏せていた。
……確かに彼は最初から全力で試合に臨んでいたこともあって、先程から大量の汗を掻いているし、交代だって不自然なことではない。
だけど、一之瀬さん自身はその指示に納得できていないようで、監督に抗議をしているようだった。だけど監督が何かを言った後に、チームに一言託して重い足取りでピッチを出ていった。
そんな一之瀬さんの姿を見届けたユニコーンの選手達は互いに頷き合っていた。
「そうだ。試合はまだ終わってない……!」
キャプテンもそんなユニコーンの選手の姿に、気合を入れるように声を上げた。
試合が再開され、タイムアップは刻々と迫ってきていた。
イナズマジャパンもユニコーンも互いに一歩も譲らない激しい攻防戦を繰り返していた。
試合の熱気に酔いそうな感覚に陥りながらも、ボールを奪うため、チームに繋ぐために奮闘する。
そして、ついにボールはイナズマジャパンのエースストライカーへと渡った。
「 “爆熱スクリュー” !!」
豪炎寺さんの必殺シュートがゴールへと突き刺さり、4-3になった所で、試合終了のホイッスルがグラウンドに響いた。
《ここで試合終了ーっ!!4対3!イナズマジャパンがアメリカ代表ユニコーンを破りましたーっ!!》
《FFI世界大会の歴史に残る、と言っても過言ではない名勝負でしたね》
イナズマジャパン対ユニコーン。勝ったのはイナズマジャパンだった。
+++
試合の勝利をみんなで喜び合った後、ベンチに行けば秋さんから一之瀬さんについて詳しい話を冬花さんと一緒に聞いた。
「そうだったんですか。一之瀬さんがそんな思いで試合をしていたなんて……」
「はい。……実際に戦って肌で感じましたが………強い人ですね」
冬花さんの言葉に私も頷く。
過去に遭った事故による後遺症や、その手術など………それにより一之瀬さんはイナズマジャパンとの試合が “最後の試合” だったかもしれないということを秋さんは教えてくれた。
「相手が円堂くんだから、辛さを乗り越えて本気で戦えたのよ」
秋さんが彼の体のことを知ったのは試合前だったらしく、ハーフタイムの時にキャプテンも知ることになったらしい。
前半は心ここにあらずだった秋さんだったけれど、そう話す彼女はいつものような優しい笑顔を浮かべていた。
そんな秋さんの視線の先にはキャプテンと一之瀬さんが話していた。
ピッチを去った時の一之瀬さんは全てを諦めたように見えたけれど、キャプテンと固い握手を交わす彼の笑顔は清々しいものだった。
「マモルくん……だから?」
「ヤツは仲間の思いを全て受け止める。どんな思いでもな。それが円堂守だ」
響木さんもかつての教え子だったからか一之瀬さんの事情は察していたのだろう。
そして一之瀬さんがあんなに強く戦えたのは、その思いを受け止めてくれるキャプテンがいたから。そう教えてくれて、思い当たる節しかない言葉に私達は顔を見合わせて笑った。
「明奈ちゃん、いっぱい心配かけてごめんね」
「……秋さんが元気になってくれて、よかったです」
それから改めて秋さんに申し訳なさそうに謝られるも、私が笑顔で本音を伝えれば秋さんも小さく微笑んだ。
「……不安、解消されましたか?」
「うん。……一之瀬くんのサッカーを見れてよかった」
「……っ」
彼の本心を聞けたからか、秋さんの表情にはもう迷いはなくてひたすら穏やかで、そんな彼女を見た私は試合中はずっと考えないようにしていた心配の感情が溢れ出してつい彼女に抱き着いた。
「わっ……明奈ちゃん?」
「……一之瀬さん、手術成功できたらいいですね」
「!……ええ」
秋さんは抱き着かれたことに驚いていたようだったけど、私の言葉に穏やかに相槌を打って背中に腕を回して抱きしめくれる。
そんな優しい秋さんの事を、思えば思うほどやっぱり…………
+++
試合を終えたクジャクスタジアム。
クールダウンと、ライオコット島行きの船の関係で選手達はしばらく待機している間、私はアメリカ代表の控え室に赴いた。
「……秋さんに対して、体のことを誤魔化すためにプロポーズまがいなことをするのはどうかと……むぐっ」
「な、んで知ってるんだよ!?」
ユニコーンの控え室前。
一之瀬さんと対峙をして開口一番、私が一番気になっていることを指摘しようとすれば顔を真っ赤にした彼にすごい勢いで手で口を塞がれ、そのまま人通りの少ない廊下へと連れ出された。
「た、確かに体のことを誤魔化したのは事実だよ。だけどあの言葉に対しては限りなく本音だ……結局、有耶無耶にはしたけれど…………」
連れ出されている最中に、私が訪ねた経由を簡潔に説明をすれば一之瀬さんは百面相しながら説明をするも、最後には照れた様子で片手で顔を覆っていた。
……試合の時は気迫の強さに圧巻されていたけれど、フィールド外では至って普通の男子だな、なんて思うのは失礼だろうか。
私が試合外に一之瀬さんに話しかけた理由は単純だ。
その時の秋さんにはとてもじゃないが聞けなかった一之瀬さんの好意が本物かどうか知りたかった。
怪我の後遺症のことを言えないのはまだ分かるけれど、その誤魔化しとして告白まがいなことをしたのなら…………あんなに一之瀬さんのことで悩んでいた秋さんに失礼だと思ったから。
けれど、結局は杞憂だったようで。
一之瀬さんの秋さんへの想いは本物だと、彼の態度を見れば一目瞭然だった。
「…………一之瀬さんは」
だからこそ、思い出すのはその時の話をした秋さんの態度で。
踏み込むべきではな、と頭では分かりつつも……どうしても確かめたかった。
「好きな人が、他の人が好きだとしても…………」
「うん、好きだよ」
言葉を詰まらせる私と正反対に、一之瀬さんは即答した。その顔はまだ頬が赤いけれど、視線は真っ直ぐで真剣なものだ。
「だからこそ……簡単に諦めるつもりはない」
そんな真剣な表情は、彼は秋さんの好きな人を分かった上でそう言っている。
そんな風に思い続けれるなんて、凄い人だな。……さっきまで普通の男子だと思っていたけれど訂正だ。
「……恋ってそういうものだよ」
私の困惑が顔に出ていたらしい。一之瀬さんは真剣な表情からふっと肩の力を抜いて小さく笑った。
「……恋…………」
「それと……この際だから言うけれど、」
試合の時とは違うけれど、それと同じぐらいの熱量を目の当たりにして、思わず言葉を失っているとふと一之瀬さんは咳払いを一つして私を見た。
「……あんまり秋に抱き着くのはやめてほしい。同性だって妬けるから」
「……はぁ?」
不服そうな視線を向けた彼が言っているのは試合後のベンチでのやり取りだろう。……確かにしばらく秋さんに抱きついてたし、何ならその時に一瞬だけフィールドから刺すような視線も感じた気もしたけど。
「…………心せまい」
「仕方ないだろ、男なんだから……!」
「えぇー……」
……とはいえ、同性ですらも嫉妬するなんて。恋するとそんなに盲目になるものなのか(嫉妬で思い出すのは佐久間さんの件だけど、あれは兄妹間のことなのでセーフだろう。多分)
「あれ?一之瀬くん?明奈ちゃん?」
「!」
そんな事を話していると、ひょこっと曲がり角から現れたのは秋さんで私達が話していることに不思議そうに目を丸くしていた。
「2人で何を話してたの?」
「彼に秋さんに話があるから呼んで来てくれないかって引き留められてました」
「はぁ!?」
一之瀬さんが何か言う前に私がそう言えば、彼は先程までの嫉妬全開の表情から一変。焦ったように私を見たけれどスルーしておく。
「ふふっ、そんな事しなくても会いに行くつもりだったよ」
「そっか……ありがとう、秋」
わざわざ頼もうとする一之瀬さんがおかしかったのか、秋さんは手に口を当ててくすくすと笑えば、恨めしそうに自分を見ていた一之瀬さんも彼女を前にすればたちまち頬を緩ませて嬉しそうに笑う。
前までならそんな2人を見ても仲のいい友人同士のやり取りだと思ったけれど……一之瀬さんの好意を知った今、秋さんの見つめる瞳は他の人に向けるものとは違うことが分かった。
けれど…………。
「秋さんっ!」
「わっ」
「!」
私はもう一度秋さんに抱きついて、彼女に顔を合わせる。
「私は先に控え室に帰っておきますね」
「ええ、迷わないようにね」
好意云々はともかく、先程の秋さんの言い方から彼女だって一之瀬さんと話したいことはあるはずなのでそう伝えれば、秋さんは優しい笑顔で頷いてくれた。
それから秋さんから離れて、控え室を目指そうとする前に先程から私の背中に視線を送る彼を見る。
「意見したいなら、秋さんを惚れさせてからですよ」
「なッ……!」
ちゃんと秋さんの死角でべーと舌を出してから小声で告げれば、一之瀬さんは目を見開いていて、そんな彼を見てから私は小走りで控え室へと向かった。
別に一之瀬さんが嫌いというわけではない。だけど、生憎自分の行動を制限してまで応援するような仲でもないのも事実な訳で。
子供っぽい自覚はあったけれど、姉みたいな存在の秋さんをまだ譲りたくなかった。
「2人共、いつの間にか仲良しなったんだね。やっぱりあんなに熱いサッカーをしたから?」
「あはは……」
背中越しに楽しげに話す秋さんとそれに苦笑いをしている一之瀬さんの声が聞こえた。
「恋、か…………」
一人になった廊下を歩きながら、私はポツリと呟く。
そんな事、デモーニオに聞かれて初めて考えるようになったことだ。
……恋愛をテーマにした本を数冊読んでみてもピンと来なかったけれど…………一之瀬さんの話を……恋をしている人の熱量を直で感じて少しだけ、分かった。
だからこそ思い知る。
それは、私じゃ扱いきれないものだと。
家族と同等か、それ以上に大切な人なんて存在。
……万が一失ったらと思ったらダメだった。
恋に対してこんな風に思ってしまう自分は、やっぱり向いていないだろう。
「……そもそも、相手もいないし」
期待するデモーニオには悪いけれど、自分に恋は早すぎる。
そう自分の気持ちに整理をつけた私はグッと伸びをしながら無意識で力が入ってしまった体を解す。
気づけばイナズマジャパンの控え室前だった。
「…………よしっ」
私は小さく息を吐いて、普段通りの表情になったことを手で確認しながら控え室の扉を開ける。
「一之瀬さんに秋さん取られたぁ」
本当はそんな事を思ってはいないけれど、わざとふざけるように嘆きながら私は兄妹の元へと歩いて行った。