寂しがり少女
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その日は夕飯前にイナズマジャパン全員がMRのテレビの前にいた。
昨日行われていたアメリカ代表『ユニコーン』と、イギリス代表『ナイツオブクィーン』との試合のダイジェスト版が放送されるからだ。
アメリカ代表にはキャプテン達の元チームメイトである一之瀬一哉さんと土門飛鳥さんが加入しているらしい。真・帝国学園の時にも雷門イレブンとしていたけれど、その時の私に相手選手を見る余裕がなかったので印象薄い。だけど苦楽を共にしてきたキャプテン達は別だ。
ユニコーンの中心として活躍する2人に雷門にいた人達は嬉しそうに歓声を上げている。
もちろん、ユニコーンには彼らだけじゃない。キャプテンのマーク・クルーガーとFWのディラン・キースをはじめとした強力な選手だっているし、それに最大の強みは互いを信用している抜群のチームワークだ。
そんなユニコーンはナイツオブクイーンを翻弄して、この試合では勝利を納めていた。
「元チームメイトとしては嬉しいような……。でも、戦う相手としては嬉しくないような……。複雑な気持ちですね……」
「っ……」
次の試合の対戦相手の手強さに苦笑を浮かべながら呟く春奈。その隣にいる秋さんも悩まし気な表情を浮かべていた。
「うーん、何だろう。この感じ……」
「どうした?」
ふと、試合を見ていたキャプテンが首を傾げた。視線の先は画面内の一之瀬さん。
なんでもいつものプレーと違いがあるとか。兄も気づいたらしくキャプテンに同意していた。
いつものプレー、なんて私には知らないけれど……ただ、ボールを蹴る一之瀬さんの表情はどこか険しく……覚悟を決めているように感じた。
「レベルアップしたからじゃないのか?」
「レベルアップ……うん、そうだな!きっと!!」
けれど、それが相違点なのか私は知らないのでわざわざ指摘をしなくてもいいだろうと考えていると、キャプテンはキャプテンで風丸さんの言葉に納得していた。
「よし!夕飯前にもうひと練習だ!」
それから約束した元チームメイトと戦えるということからキャプテンはさらに気合を高め、夕飯前の空いた少しの時間でさえもサッカーをするために立ち上がれば、周りも元気よく立ち上がってMRを出ていった。
「一之瀬さん達ってどんな人達なんでしょうねー。明奈さんは知ってます?」
「あー……知ってるような、知らないような?」
「?なんですかそれ」
練習中、マネージャーは夕飯作りで不在だけどドリンクやタオルは用意してくれていて、練習をこなした後にタオルで汗を拭きながら虎丸くんと話しているのはもちろん、次の対戦相手についてだ。
対戦相手の情報なんて中々得られず、もっと前だと敵同士だったんだ。名前だけは把握している状態なので虎丸くんの質問にも私は曖昧な返答をして肩をすくめる。
「なぁなぁ、明奈ー!」
「ぐえっ」
だけどその時、急に右肩が重くなり押し潰されたカエルのような声が出てしまう。
「……なんですか、綱海さん」
急に肩を組んできたこの気軽さと声で誰か分かった私は軽く目線を上げれば明るい笑みを浮かべる綱海さんがいた。
「次の試合、なんかアドバイスねぇか?」
「…………だいぶ、ザックリしてますね」
試合の戦略について聞かれる事は増えたけれど、こんな抽象的に聞かれるのは初めてでつい呟いてしまった。……綱海さんらしいと言えば、綱海さんらしいけれど。
「やっぱさ、熱くなってるあいつらを見ると、こっちまで熱くなっちまうだろ?」
「あ、それは分かります!」
キャプテン達の熱気に当てられたとからりと笑う綱海さんに同意する虎丸くん。確かに、もうすぐ夕飯の時間なのに雷門中の人達はまだ特訓を続けている様子からそれほどまでに凄い相手なんだろうと思った。
「そうですね…………」
生憎今はノートがないので私は口元に手を当てながら、脳内で綱海さんのデータを思い出しながら考える。
「攻撃は最大の防御、ですかね」
それから、私は綱海さんの目を見て伝えれば、彼は目をパチリと一度瞬きをしてそれからパァッと目を輝かせた。
「分かったぜ明奈!よし、じゃあ早速朝から海で特訓だっ!!お前も来るか?」
「朝はランニングしてるので遠慮しておきます」
「そっか!」
その場合私も海で泳ぐことになるのか?なんて思いながらもやんわりと断ったけれど、綱海さんは嫌な顔一つせずにどこかスッキリした表情で再びグラウンドへと戻って行った。
「明奈さん」
嵐のような人だな、なんて思っていると虎丸くんに話しかけられた。
「今のってアドバイスだったんですか?俺の時よりだいぶ短いというか……」
「大丈夫。私も綱海さんが何に納得したか分かってないから」
「えっ」
しっかり一つの必殺技の完成を見守った経験則から、不安げに伝える虎丸くんにあえて笑い飛ばせば驚いたようにこっちを見たので私は誤解を受けたままにしないよう補足をしておく。
「綱海さん自身が納得してるんだからいいんだよ。それにあの人の場合、細かく言っても窮屈に感じてしまうだけだろうし」
もちろん、適当を言ったつもりはない。
ユニコーンの高い実力を考えるに攻撃の手段を増やしておくに越したことないと思ったから。
その攻撃を綱海さんはどんな形で作るかは彼次第だけど。
「…………増えましたよねぇ」
「え?何が??」
マネージャーに男子が来るの遅くなるかもと連絡しないとなと日も沈みかけなのに活気づくグラウンドを一瞥していると、不意に虎丸くんがポツリと呟いた。
「明奈さんを名前で呼ぶ人」
「え?」
聞き返せば答えられたのはよく分からない話だった。
「アジア予選中はお兄さんの鬼道さんを除けば俺が唯一呼んでたのになぁ」
なんて目線を下げながらどこか面白くなさそうに呟く虎丸くんを見て、久しぶりに変ないじけ方をされていることに気づいた。
「そう言われれば確かに……いや、君だってわりと強引な呼び方だった記憶があるけれど」
「勢いで呼んだらいけるかなって!」
なんて笑顔で話す虎丸くんだけど、当時の人付き合いを碌にしてなかった自分に親しくなろうとするなんて勇気あるな。……私が虎丸くんと同じ立場なら絶対話しかけない。
「……まぁ、虎丸くんが最初に呼んでくれたから、周りだって呼びやすくなったんじゃない?」
「そうですか?」
「そうだよ。豪炎寺さんだって虎丸くんや兄ちゃんが私を名前で呼んでてうつったって言ってたし」
「えっ、そんな経由だったんですか!?」
「あれ言ってなかったっけ」
てっきり話していたと思ったけれど、虎丸くんの反応を見るに初めて言ったことなんだろう。
その時の事を思い出せば、名前を呼ぶのに律儀に確認をとる人もいれば、いつの間にか呼んでいる人もいるし名前一つで性格が出るなと思う。
「それに……呼ばれ方に特に拘りはないって自分では思っていたけれど……みんなに名前で呼ばれるの結構嬉しいってのも呼ばれてから気づけたし」
試合で得点を決めた時、ハイタッチをするため私の名前を呼んで手を伸ばす虎丸くんを思い出して思わず笑みがこぼれる。
「虎丸くんのおかげだね」
「…………」
さっきから少し寂しそうな虎丸くんに私は自分の思いを伝えれば、虎丸くんは目を真ん丸にして私を見る。
「……なんか、丸め込まれてませんか、俺」
「センパイの褒め言葉は素直に受け取っておきなー?」
それから虎丸くんはすぐにムスッとして顔を逸らすものの赤くなった頬はバッチリ見たし、何なら耳が赤くなっていて照れていることは一目瞭然。
そんな年相応の姿がなんだか可愛く思えて私はぽんぽんっと背中を叩きながら冗談めいた口調で彼に絡んでいると、
「可愛いやりとりをしてるね」
「わっ!」
「あ。ヒロトさん」
グラウンドからベンチに来たヒロトさんが微笑ましそうにこちらを見てそんな感想を口にした。とりあえずマネージャーの代わりにタオルとドリンクを渡せばありがとう、と微笑まれる。
「何の話をしていたの?」
「名前で呼んでくれて嬉しいねって話です」
「名前?…………ああ」
タオルで汗を拭き取りながら尋ねるヒロトさんそう答えれば彼はすぐに納得したように頷いた。
「そうだね……俺も明奈ちゃんに名前を呼んでもらえた時は嬉しかったよ」
「ふふっ、ありがとうございます」
そう言って懐かしむように微笑むヒロトさんに、彼も私と同じように思ってくれたのが嬉しくて礼を言えば、ヒロトさんは私の顔を見ながらタオルから手を離した。そして、
「それに……もっと仲良くなりたいと思ってるよ」
さらりと私の髪を撫でた。
「えっと……?」
彼に触れられるのはアルゼンチン戦の夜の時以来で、思わず彼を見てしまう。私の様子を見守るようにこちらへ視線を送るヒロトさんの表情は優しいもので、決して不快感を感じるものではない。
―『ちゃんと1人の女の子として見てるよ』
だけどそれに対して、どんな反応をすればいいか分からないのは名前を呼び合うようになった時の言葉を思い出してしまったからで。
「……あの、ヒロトさん…………」
「もぉ~!俺をダシにしないで下さいっ!」
「っ!」
いい加減、その言葉の意味合いをしっかり聞いておくべきかと口を開くものの、私とヒロトさんの間に虎丸くんが割って入ってきたことで咄嗟に口を噤んだ。
……グラウンドの傍で何聞こうとしているんだ、自分は。
「ダシになんか使っていないよ」
「ダメです!今のヒロトさんはあわよくばって感じでした!!」
「……何の話してるんだ…………」
何度か頭を振って、それから再び彼らを見れば威嚇するように怒る虎丸くんとそれを笑顔で躱すヒロトさんがいた。……なかなかに珍しい光景だと思う。会話についての内容はよく分からないけれど。
「…………とりあえず私達だけでも食堂行きませんか?大半が遅れるって連絡は早めにしといたほうがいいと思うので」
「……はい」
「そうだね」
夕食の時間が迫っているので私は今グラウンド外に出ている2人にそう提案をすれば、喧嘩未満のやり取りをしていた彼らには届いたらしく頷いてもらえた。
「じゃあ行こうか、明奈ちゃん」
「あっ!……行きますよ、明奈さん!」
「えっ、ちょ……!?」
それと同時に右手をヒロトさんに繋がれたかと思えば、それを見た虎丸くんが慌てて私の左手を握った。
それから何故か3人仲良く宿舎まで歩く、ということに。
「……ヒロトさん、虎丸くんをあまりからかっちゃダメですよ」
「ふふっ、そんなんじゃないよ」
途中からヒロトさんはわざと虎丸くんを怒らせているような態度に見えたので、一言言うもあまり効果は期待できなさそうだった。
……それでも、虎丸くんのおかげで『いつも通り』の空気感になった事には内心安堵している自分がいる。
分からない事を知りたいと思う自分と、知らないままでいいと思う自分がいた。
「あと10分以内に食堂に来ないと夕食抜きになりますよー」
「「「ええっ!!!」」」
その後、しばらく待ったものの人数がちらほらしか増えない食堂に痺れを切らしたマネージャーから託されたメガホン片手に、まだグラウンドに残っている選手(ほぼ雷門の人達)に呼びかけるのはそれから数十分後のことだった。
マネージャーだって色んな予定を立てて動いているのだから当たり前である。
昨日行われていたアメリカ代表『ユニコーン』と、イギリス代表『ナイツオブクィーン』との試合のダイジェスト版が放送されるからだ。
アメリカ代表にはキャプテン達の元チームメイトである一之瀬一哉さんと土門飛鳥さんが加入しているらしい。真・帝国学園の時にも雷門イレブンとしていたけれど、その時の私に相手選手を見る余裕がなかったので印象薄い。だけど苦楽を共にしてきたキャプテン達は別だ。
ユニコーンの中心として活躍する2人に雷門にいた人達は嬉しそうに歓声を上げている。
もちろん、ユニコーンには彼らだけじゃない。キャプテンのマーク・クルーガーとFWのディラン・キースをはじめとした強力な選手だっているし、それに最大の強みは互いを信用している抜群のチームワークだ。
そんなユニコーンはナイツオブクイーンを翻弄して、この試合では勝利を納めていた。
「元チームメイトとしては嬉しいような……。でも、戦う相手としては嬉しくないような……。複雑な気持ちですね……」
「っ……」
次の試合の対戦相手の手強さに苦笑を浮かべながら呟く春奈。その隣にいる秋さんも悩まし気な表情を浮かべていた。
「うーん、何だろう。この感じ……」
「どうした?」
ふと、試合を見ていたキャプテンが首を傾げた。視線の先は画面内の一之瀬さん。
なんでもいつものプレーと違いがあるとか。兄も気づいたらしくキャプテンに同意していた。
いつものプレー、なんて私には知らないけれど……ただ、ボールを蹴る一之瀬さんの表情はどこか険しく……覚悟を決めているように感じた。
「レベルアップしたからじゃないのか?」
「レベルアップ……うん、そうだな!きっと!!」
けれど、それが相違点なのか私は知らないのでわざわざ指摘をしなくてもいいだろうと考えていると、キャプテンはキャプテンで風丸さんの言葉に納得していた。
「よし!夕飯前にもうひと練習だ!」
それから約束した元チームメイトと戦えるということからキャプテンはさらに気合を高め、夕飯前の空いた少しの時間でさえもサッカーをするために立ち上がれば、周りも元気よく立ち上がってMRを出ていった。
「一之瀬さん達ってどんな人達なんでしょうねー。明奈さんは知ってます?」
「あー……知ってるような、知らないような?」
「?なんですかそれ」
練習中、マネージャーは夕飯作りで不在だけどドリンクやタオルは用意してくれていて、練習をこなした後にタオルで汗を拭きながら虎丸くんと話しているのはもちろん、次の対戦相手についてだ。
対戦相手の情報なんて中々得られず、もっと前だと敵同士だったんだ。名前だけは把握している状態なので虎丸くんの質問にも私は曖昧な返答をして肩をすくめる。
「なぁなぁ、明奈ー!」
「ぐえっ」
だけどその時、急に右肩が重くなり押し潰されたカエルのような声が出てしまう。
「……なんですか、綱海さん」
急に肩を組んできたこの気軽さと声で誰か分かった私は軽く目線を上げれば明るい笑みを浮かべる綱海さんがいた。
「次の試合、なんかアドバイスねぇか?」
「…………だいぶ、ザックリしてますね」
試合の戦略について聞かれる事は増えたけれど、こんな抽象的に聞かれるのは初めてでつい呟いてしまった。……綱海さんらしいと言えば、綱海さんらしいけれど。
「やっぱさ、熱くなってるあいつらを見ると、こっちまで熱くなっちまうだろ?」
「あ、それは分かります!」
キャプテン達の熱気に当てられたとからりと笑う綱海さんに同意する虎丸くん。確かに、もうすぐ夕飯の時間なのに雷門中の人達はまだ特訓を続けている様子からそれほどまでに凄い相手なんだろうと思った。
「そうですね…………」
生憎今はノートがないので私は口元に手を当てながら、脳内で綱海さんのデータを思い出しながら考える。
「攻撃は最大の防御、ですかね」
それから、私は綱海さんの目を見て伝えれば、彼は目をパチリと一度瞬きをしてそれからパァッと目を輝かせた。
「分かったぜ明奈!よし、じゃあ早速朝から海で特訓だっ!!お前も来るか?」
「朝はランニングしてるので遠慮しておきます」
「そっか!」
その場合私も海で泳ぐことになるのか?なんて思いながらもやんわりと断ったけれど、綱海さんは嫌な顔一つせずにどこかスッキリした表情で再びグラウンドへと戻って行った。
「明奈さん」
嵐のような人だな、なんて思っていると虎丸くんに話しかけられた。
「今のってアドバイスだったんですか?俺の時よりだいぶ短いというか……」
「大丈夫。私も綱海さんが何に納得したか分かってないから」
「えっ」
しっかり一つの必殺技の完成を見守った経験則から、不安げに伝える虎丸くんにあえて笑い飛ばせば驚いたようにこっちを見たので私は誤解を受けたままにしないよう補足をしておく。
「綱海さん自身が納得してるんだからいいんだよ。それにあの人の場合、細かく言っても窮屈に感じてしまうだけだろうし」
もちろん、適当を言ったつもりはない。
ユニコーンの高い実力を考えるに攻撃の手段を増やしておくに越したことないと思ったから。
その攻撃を綱海さんはどんな形で作るかは彼次第だけど。
「…………増えましたよねぇ」
「え?何が??」
マネージャーに男子が来るの遅くなるかもと連絡しないとなと日も沈みかけなのに活気づくグラウンドを一瞥していると、不意に虎丸くんがポツリと呟いた。
「明奈さんを名前で呼ぶ人」
「え?」
聞き返せば答えられたのはよく分からない話だった。
「アジア予選中はお兄さんの鬼道さんを除けば俺が唯一呼んでたのになぁ」
なんて目線を下げながらどこか面白くなさそうに呟く虎丸くんを見て、久しぶりに変ないじけ方をされていることに気づいた。
「そう言われれば確かに……いや、君だってわりと強引な呼び方だった記憶があるけれど」
「勢いで呼んだらいけるかなって!」
なんて笑顔で話す虎丸くんだけど、当時の人付き合いを碌にしてなかった自分に親しくなろうとするなんて勇気あるな。……私が虎丸くんと同じ立場なら絶対話しかけない。
「……まぁ、虎丸くんが最初に呼んでくれたから、周りだって呼びやすくなったんじゃない?」
「そうですか?」
「そうだよ。豪炎寺さんだって虎丸くんや兄ちゃんが私を名前で呼んでてうつったって言ってたし」
「えっ、そんな経由だったんですか!?」
「あれ言ってなかったっけ」
てっきり話していたと思ったけれど、虎丸くんの反応を見るに初めて言ったことなんだろう。
その時の事を思い出せば、名前を呼ぶのに律儀に確認をとる人もいれば、いつの間にか呼んでいる人もいるし名前一つで性格が出るなと思う。
「それに……呼ばれ方に特に拘りはないって自分では思っていたけれど……みんなに名前で呼ばれるの結構嬉しいってのも呼ばれてから気づけたし」
試合で得点を決めた時、ハイタッチをするため私の名前を呼んで手を伸ばす虎丸くんを思い出して思わず笑みがこぼれる。
「虎丸くんのおかげだね」
「…………」
さっきから少し寂しそうな虎丸くんに私は自分の思いを伝えれば、虎丸くんは目を真ん丸にして私を見る。
「……なんか、丸め込まれてませんか、俺」
「センパイの褒め言葉は素直に受け取っておきなー?」
それから虎丸くんはすぐにムスッとして顔を逸らすものの赤くなった頬はバッチリ見たし、何なら耳が赤くなっていて照れていることは一目瞭然。
そんな年相応の姿がなんだか可愛く思えて私はぽんぽんっと背中を叩きながら冗談めいた口調で彼に絡んでいると、
「可愛いやりとりをしてるね」
「わっ!」
「あ。ヒロトさん」
グラウンドからベンチに来たヒロトさんが微笑ましそうにこちらを見てそんな感想を口にした。とりあえずマネージャーの代わりにタオルとドリンクを渡せばありがとう、と微笑まれる。
「何の話をしていたの?」
「名前で呼んでくれて嬉しいねって話です」
「名前?…………ああ」
タオルで汗を拭き取りながら尋ねるヒロトさんそう答えれば彼はすぐに納得したように頷いた。
「そうだね……俺も明奈ちゃんに名前を呼んでもらえた時は嬉しかったよ」
「ふふっ、ありがとうございます」
そう言って懐かしむように微笑むヒロトさんに、彼も私と同じように思ってくれたのが嬉しくて礼を言えば、ヒロトさんは私の顔を見ながらタオルから手を離した。そして、
「それに……もっと仲良くなりたいと思ってるよ」
さらりと私の髪を撫でた。
「えっと……?」
彼に触れられるのはアルゼンチン戦の夜の時以来で、思わず彼を見てしまう。私の様子を見守るようにこちらへ視線を送るヒロトさんの表情は優しいもので、決して不快感を感じるものではない。
―『ちゃんと1人の女の子として見てるよ』
だけどそれに対して、どんな反応をすればいいか分からないのは名前を呼び合うようになった時の言葉を思い出してしまったからで。
「……あの、ヒロトさん…………」
「もぉ~!俺をダシにしないで下さいっ!」
「っ!」
いい加減、その言葉の意味合いをしっかり聞いておくべきかと口を開くものの、私とヒロトさんの間に虎丸くんが割って入ってきたことで咄嗟に口を噤んだ。
……グラウンドの傍で何聞こうとしているんだ、自分は。
「ダシになんか使っていないよ」
「ダメです!今のヒロトさんはあわよくばって感じでした!!」
「……何の話してるんだ…………」
何度か頭を振って、それから再び彼らを見れば威嚇するように怒る虎丸くんとそれを笑顔で躱すヒロトさんがいた。……なかなかに珍しい光景だと思う。会話についての内容はよく分からないけれど。
「…………とりあえず私達だけでも食堂行きませんか?大半が遅れるって連絡は早めにしといたほうがいいと思うので」
「……はい」
「そうだね」
夕食の時間が迫っているので私は今グラウンド外に出ている2人にそう提案をすれば、喧嘩未満のやり取りをしていた彼らには届いたらしく頷いてもらえた。
「じゃあ行こうか、明奈ちゃん」
「あっ!……行きますよ、明奈さん!」
「えっ、ちょ……!?」
それと同時に右手をヒロトさんに繋がれたかと思えば、それを見た虎丸くんが慌てて私の左手を握った。
それから何故か3人仲良く宿舎まで歩く、ということに。
「……ヒロトさん、虎丸くんをあまりからかっちゃダメですよ」
「ふふっ、そんなんじゃないよ」
途中からヒロトさんはわざと虎丸くんを怒らせているような態度に見えたので、一言言うもあまり効果は期待できなさそうだった。
……それでも、虎丸くんのおかげで『いつも通り』の空気感になった事には内心安堵している自分がいる。
分からない事を知りたいと思う自分と、知らないままでいいと思う自分がいた。
「あと10分以内に食堂に来ないと夕食抜きになりますよー」
「「「ええっ!!!」」」
その後、しばらく待ったものの人数がちらほらしか増えない食堂に痺れを切らしたマネージャーから託されたメガホン片手に、まだグラウンドに残っている選手(ほぼ雷門の人達)に呼びかけるのはそれから数十分後のことだった。
マネージャーだって色んな予定を立てて動いているのだから当たり前である。