寂しがり少女

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明奈
アキナ

「不動……っ」

「風丸さん」

それから少しして肩で息をしている風丸さんが走って来るのが見えた。

「じゃあ、俺はそろそろ行くね」

「は、はい。色々……ありがとうございました」

一緒に迎えを待ってくれていたフィディオさんは風丸さんを見てジャージからチームメイトだと分かったのか笑顔でそう挨拶をしてくれて、私も慌てて頭を下げれば彼は病室で再会した時と同じ爽やかな笑みを浮かべた。

「こちらこそ、話が出来てよかったよ」

なんて明るく言ってからフィディオさんは再び私の手を握ったかと思えば、流れるような仕草で私を引っ張られすぐ目の前に彼の顔があった。
どうしたんだろう、と思った矢先だった。

ちゅっとフィディオさんの唇が私の頬に触れて、離れた。

「へ……」

「……ッ!?」

「またね、アキナ

その光景に固まっている間にもフィディオさんは平然とした様子でウインクを一つして、そのまま去って行ってしまった。

「いまの…………」

呆然と小さくなっていく背中を見送って、口づけを落とされた頬に触れながら呟いた。
……外国じゃキスなんて日常茶飯事って聞いたし、フィディオさんなりの挨拶、なんだろうか?

「不動」

「わっ!?」

フィディオさんの行動が読めずに首を捻っていると、眺めていた手を横から握られ少し強めに引っ張られる。

「…………帰るぞ」

その手を握ったのは風丸さんだと気づいたのは彼にそう告げられたからで。

「は、はい……?」

いつもよりずっと静かで、強引な風丸さんに違和感を感じつつ私は頷いた。



「…………なんで、」

「え?」

いつもより早足の彼に手を引っ張られたまま巡回バスに乗ったところで、ずっと黙り込んでいた風丸さんが口を開いた。

「……佐久間から聞いた。一人で危ない目に遭ったのに、なんでそのことを黙っていた」

「……!」

出てきた彼の名前から風丸さんの話している内容が例の不審者達のことだと気づいた。なんで佐久間さんは話したんだろうかと思いながら私は目線を下げる。

「そいつらの事をむやみやたら口に出して、周りを不安にさせるのも悪いと思って……まだ何も分かっていないし」

その判断は私だけじゃない。兄と話し合ってきめたことだ。
それに宿舎に着いてから久遠監督に一応報告した時も同じような判断を下された。
私はそのことを教えようと風丸さんを見て口を開く。

「監督には言ってます。それで、単独行動をしないように心掛けろって……言われ、て…………」

その時に告げられた言葉を復唱していくも、段々と声が小さくなって視線も下がってしまった。

―『不動!?大丈夫か……!?』

思い出すのは電話越しの風丸さんのどこか切羽詰まったような声。
あの時は勢いに呑まれていて呆然としていたので気づかなかったけれど、佐久間さんに不審者の話を聞いたと教えられた事で私の中で仮説が建つ。

一度不審者に絡まれていた自分が一人で外にいると知って、風丸さんは心配で電話をかけてくれたし、急いで迎えに来てくれた。

「…………すみません」

それから私の心配をしてくれているのは、彼だけじゃない事も改めて思い知る。
佐久間さんや兄ちゃんはもちろん、監督だって自分の事を気に掛けてくれていたし、デモーニオだって私を𠮟った。

フィディオさんに送ってもらったのだって、デモーニオが提案したからで…………私は一人で帰るつもりだった。
自分の事だから、結果的に助かったから、とあれらの事を一番軽視していたのは他でもない自分だ。

「……久遠も心配していた」

「…………冬花さん?」

謝る私を一瞥して風丸さんは腕を組み替える。それから出てきた名前に私は首を傾げた。

「一人で出歩くなって言ったお前が、一人でどこか行ってしまったことを心配していたぞ」

「えっ……あっ……」

言われてその時の事を思い出して、思わず口元を手に当てた。
……確かにその時はデモーニオがいる病院にとにかく早く行きたくて、注意喚起はしたけれど自分の説明もそこそこに出て行ってしまった。

「俺は、久遠がその話を音無に話していたところに佐久間と一緒に鉢合わせた。それから音無にお前を迎えに行くように頼まれた」

その時に連絡を取るために携帯を借りた、と風丸さんは説明をする。その表情はやっぱり固くて、口調も淡々としているように感じる。
アジア予選の時は、私の不誠実さから彼に注意される事も少なくなかった。だけど、その時よりも怒っているように感じて、思わず俯いてしまう。

「風丸さん……」

優しい彼に、そんな顔をさせてしまった罪悪感と不安感で胸はいっぱいだった。
……優しすぎて、苦しくなるなんて、かつてそんな言葉を吐き捨てたくせに、いつもみたいに笑ってくれない彼を見て寂しく思ってしまうなんて自分勝手にもほどがある。

そんな表情にさせてしまったのは他でもない自分なのに。

「心配かけて……ごめんなさい」

私はもう一度風丸さんに謝った。
自分のために慌てて駆け付けてくれた優しい人への謝罪。

「もう、黙って一人で出歩かないか?」

「……はい」

「……そうか」

投げかけられた問いに私はこくりと頷けば、眉を寄せて私を見ていた風丸さんは一度目を閉じて、大きく息をつく。

「不動に何もなくて、よかった」

そして次に目を開いた時には風丸さんは肩の力を抜いて、小さく笑みを浮かべていた。
いつもの見慣れた風丸さんに戻ってくれた。そのことになによりほっとしてして自分の頬が緩んだことを感じた。


「音無に頼まれなくても、迎えに行くつもりだったんだ」

「え?」

それからいつもの空気感に戻ってからバスがジャパンエリアに到着するまでのあいだ、話していると風丸さんは眉を下げて少しだけ照れくさそうに呟いた。

「前に言っただろ俺はお前が頼ってくれた方が嬉しいって……なのに、佐久間に教えて貰うまで俺はお前がそんな危ない目に遭っていたことなんて一切気づかなくて…………それが悔しくて、とにかくいち早く不動に会って、安心したかった」

まぁ、別の意味で危なかったけれど……と気まずげに呟く風丸さんの言葉の意味は分からないけれど、彼の言葉は私を思ってくれていることが伝わる。
悔しい、なんて自分が伏せていただけなのにそう思ってくれるなんてやっぱり優しい人だと思う。

「……サッカーに関する頼みなら、すぐ言えるんですが…………それ以外だと、ちょっと苦手で」

「そうだな……佐久間の時もだいぶ遠慮してたしな」

「う……」

チームの勝利のために必要なことならすぐに言い出せるのに、と思いながら呟けば、風丸さんはその時の事を思い出したのか小しだけ可笑しそうに笑い、思わず言葉を詰まらせる。

「だったら……俺がもっと気づけるように頑張るよ」

その間にも風丸さんは一人納得するように頷いて微笑みかける。

そんな穏やか笑顔を見て、それが散々心配かけた自分に向けられることが勿体ないように感じて、私はそのまま疑問を口にした。

「風丸さんが優しい人だと知ってはいますが……なんでここまで私を気に掛けてくれるんですか?」

「えっ!?」

びくっと風丸さんの肩が跳ねた。

「そ、それは……!」

「……いえ、理屈とかじゃないですよね。特にこのチームじゃ」

慌ててつつも言い淀む風丸さんを見て、私は答えのない質問をしてしまったな、と首を横に振った。
同級生との特訓然り、アルゼンチン戦後の基山さんだったりと自分を頼ってくれて嬉しいと思ったのは私だって同じだ。

「……そうだな。仲間が困っていたら手を伸ばすのがイナズマジャパンだ」

私の言葉に慌てて風丸さんは驚いたように目を丸くして、それからキャプテンみたいな言葉を言いながら笑った。




それからバスがジャパンエリアに辿り着いた頃には周りは橙色に染まっていた。

「ととっ」

「おっと」

そんな空を見ながらバスを降りたもので足元が疎かになっていた私は少しだけ躓きかけて、すぐに風丸さんが手を取って転ばないようにしてくれた。

「あ、ありがとうございます」

「ああ」

我ながら子供っぽいなと思って恥ずかしかったのを誤魔化しながら礼を言えば、風丸さんは頷いて私が立ったのを確認してそのまま手を離そうとする。

それを見た私は、咄嗟に風丸さんの手を握り直した。

「不動?」

「……宿舎まで、繋いでていいですか」

私は思わず俯きながら、呟く。
自分でも何でこんな事をしたのか分からなかった。

ただ、このまま彼の手が離れるのが……なんだか寂しく思ってしまったから。

「ま、迷っちゃうかもしれないので……!ほら私、方向音痴ですし!!」

「ああ……分かった」

とはいえ、兄妹以外の人に自分から触れることに慣れてなくてじわじわと顔に熱が集まるのを私は誤魔化すように早口で言えば、風丸さんは最初は驚いていたけれど、すぐに微笑んで再び手を握ってくれた。
私の言葉を真っ直ぐと信じてくれている風丸さんの笑みに、安心感と少しだけ申し訳なさを感じた。

本当のところ、私はジャパンエリアの道は風丸さんとの走り込みのおかげでそれなりに覚えることができていた。本当は手を繋がなくても迷ったりなんかしないと思う。
だけど風丸さんはそれを知らないことをいいことに、私はそんな言い訳をしながら手を繋いでしまった。

夕日に照らされる中、歩いた宿舎までの道のり。


不思議と彼の手の暖かさが心地よく感じた。


+++


「フユッペ!もう大丈夫なのか?」

それから次の日の練習の時間前、グラウンドへとやって来たマネージャーの姿を確認したキャプテンが駆け寄り、そして冬花さんに話しかける。

「マモルくん、昨日はありがとう。お父さんから聞いた。病院に連れてってくれたこと」

「病院?」

「急に気分が悪くなって。そのあとはよく覚えてなくて」

「冬花さんっ」

明奈ちゃん」

心配そうな表情を浮かべるキャプテンに穏やかな笑みを浮かべて話す冬花さん。それから気になる単語に首を傾げる秋さんに答えている最中、私もキャプテンに続いて駆け寄った。

「えと、あの、キャプテンに聞いたんですが……大丈夫ですか?」

急に倒れて……なんて事を大きくしそうだと思って詳しい内容は言えなかった。冬花さんが覚えていないなら尚更。


昨日、風丸さんと宿舎へと帰った早々に、春奈に飛びつかれて怒られたし佐久間さんにも呆れられた。
それにちゃんと反省しつつも、買い物に行くと言っていた冬花さんが全く帰って来ていない事が気掛かりで何となく待っていると、夜に帰ってきたのはキャプテンだった。

それからキャプテンに冬花さんが急に倒れたので病院へと連れていった、今晩久遠監督も付き添って一泊するという事を教えてもらった。
キャプテンは何か詳細を知っているようだったけれど、私には伏せていて、私も気づかないフリをしておいた。
冬花さんは人違いだと思っているけれどキャプテンは頑なに幼なじみだと言っているんだし、彼らにもきっと何かあるんだろう。

私が思っていた事に巻き込まれている訳ではないと安心したものの、倒れたという事実はとても気掛かりで。だからいつも通り立っている冬花さんを見てもやっぱり不安になってしまう。

明奈ちゃんもありがとう」

顔に出てしまっていたんだろう。冬花さんは私の表情を見て、一瞬目を丸くするもすぐに微笑んだ。

「え?」

明奈が男の子と一緒に行くように言ってくれたから、マモルくんを誘おうって思ったの。私は大丈夫だよ」

明奈ちゃんは何もなかった?と冬花さんは私を安心させるように頭を撫でながら小首を傾げる。

「は、はい!心配、かけました……」

私はこくこくと首を縦に振って、心配かけてしまったことを遅れて謝れば冬花さんは何もなくてよかった、と小さく微笑んだ。

「もう、いいのか?」

「うん。心配かけてごめんなさい」

「よかった……!」

私が安堵した隣でキャプテンはまだ心配していたものの、冬花さんの笑みを見て安心した表情を見せた。

その後、やって来た久遠監督に昨日の練習を集中できなかった事に頭を下げ、再びアメリカ戦に向けての練習を再開をした。
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