寂しがり少女

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明奈
アキナ

「今日の試合、勝利おめでとうございます」

「ありがとう」

聞けば、午前中に試合があったことからオルフェウスは午後からは休みらしく、アルデナさんは病院に訪れたらしい。
ジャパンエリアまで送ってくれることになったアルデナさんと歩きながら私は試合に勝ったことを祝えば、嬉しそうに微笑む。だけどすぐに目を伏せて呟いた。

「……ミスターKの采配があったから勝てたんだ」

「そうでしょうね…………」

アルデナさんはそれ以外は何も言わなかった。
日本との試合だってまだ控えてるんだし、詳しい事は教えてはもらえないと分かってたので追求はせずに私達は会話を終える。

「……今日、君に会いに来たのは聞きたい事があったからなんだ」

ふと、アルデナさんが足を止める。そして真っ直ぐと私を見た。海のような真っ青な瞳が私を写す。

「君さえ良ければ……ミスターKの事、教えてほしい」

影山の悪事については兄が話していたし、身をもって体験しただろう。その中でアルデナさんが聞きたいと言っているのはまた別の…………過去の話、だろう。

「……私の知っている範疇なら…………」

とはいえ、私だって響木さんに聞いたぐらいの知識しかないので、そんな保険をかけながら頷いた。


プロサッカー選手だった父が年齢のせいで引退に追い込まれ、家庭環境さえ狂わされた影山零治。
それからサッカーに愛憎入り混じった感情をぶつけるようになったと、FFI開催前の飛鷹さんの指導兼自分のリハビリをしている時に響木さんに教えてもらった。
その感情は本当に複雑で「憎むことでしかサッカーを愛せない」と響木さんに言わしめるほどだ。

「そうなのか……父、か…………」

セントラルエリアの少し外れにある公園のベンチに腰掛けながらそんな話をすれば、アルデナさんは驚いたように目を開いて、それから俯いてしまった。

「教えてくれてありがとう。フドウ。……少しだけミスターKのことが分かった気がする」

「……それで?」

「え?」

「ミスターKの過去を知ってどうするんですか?同情でも誘ってチーム内の不和の解決でも図ります?」

「不和ってなんでそれを……」

影山の過去を知りたがった理由だと思ったことを挙げれば、アルデナさんは驚いたように目を見開いた。

「中継の様子から。……アルデナさんが耳を傾けたから周りの選手もミスターKに従ったみたいでしたので」

ハーフタイム中に映ったオルフェウスの様子を思い出しながら私は答えた。

「……よく、見てるんだね」

「たまたま目に入っただけですよ」

それに、過去を知った所で彼らが影山に対して“信頼”するとは思えないけれど。

「いや……チームの問題について解決するのは選手自身だ。ただ俺個人の意思であの人について知りたかったんだ」

私の指摘は予想外だったのか目を瞬かせていたアルデナさんだけど、やがて首を横に振って最初の疑問に答えた。チームK戦の時から思っていたけれど、律義な人だと思う。
他チームの選手に適当を言わずに、正直にあくまでも自分のため、だと言うのだから。

「……あの人の指導を受けて思ったんだ。あの力は、」

「すみませんが」

それから話そうとするアルデナさんの言葉を少しだけ声量を上げて遮った。

「私が、あの男の過去を教えたのはデモーニオの面会の連絡をくれたお礼みたいなものなので。…………これ以上のことは私には関係ない」

「え?あ、ああ……」

自分でも冷たい言い方をしてしまったなと思ったのは言い終えてからだった。
だけどアルデナさん達の監督になったあの男について、日本代表の私が知る義理がないはずだ。……兄ちゃんみたいな師として長い付き合いがあるならともかく、代用品として育てられた私なら尚更。

―『……ミスターKがアキナを守ることを由とした。それは紛れもない事実なんだ』

そう思いたいのに思い出すのはデモーニオの言葉で、ますます気持ちがざわついた。反射的に舌打ちをしそうになるのを我慢するために下唇を噛みながら俯く。

その時だった。

とんっと私の足元に何か当たった。

「?」

「ボール?」

目線を下げればそこにはサッカーボールが転がっていた。隣のアルデナさんも気づいたのか声を上げる。


「すみませーん!ボール蹴っ飛ばしちゃって……!」

それから公園の広場の方からこちらに駆け寄ってくる男の子が見えた。その隣にはさらに一回り小さな男の子も。
兄弟だと、一目で分かった。

「お兄ちゃんボール、パスー!」

「あ、こら、ダメだろ!」

弟の方が、ボールを受け取りに走ろうとする兄の手を握り、私達に向かって空いている手を大きく振ってそんなことを言う。ボールを飛ばした手前兄は申し訳なさそうに止めるけれど、弟はお構いなしだ。

「お兄ちゃんって私か……」

足元にボールがあるのは私だし、と思わず苦笑しながら立ち上がってボールを足で掬って少しだけリフティング。
ずいぶん土汚れがついたボールは、この兄弟が楽しくサッカーをしていた証だ。……幼い頃、兄ちゃんとボールを蹴っていた時を思い出して懐かしく感じる。

「ちゃんと受け取れよー!」

私は兄弟の距離感を目で測りながら声を上げて、それからボールを蹴った。ちゃんとあの年頃の子にも取りやすい、山なりのループパス。

「わっ……あ、ありがとうございます!」

「ますー!」

そしてしっかり兄の方の足元へとボールは着地して、兄弟揃ってお礼を述べてまた再び走り去るのを私はジャージのポケットから手を出して手を振り返しながら見守っていた。

……ボールを蹴って、先ほどまでざわついていた胸中が落ち着いていることに気づいた。

結局、私だって全然冷静になれていなかった。
影山は関係ない。イナズマジャパンとしてサッカーをすることが一番大事なのに。

「……アルデナさん、さっきは当たってすみません」

自分の気持ちを整理できた私は、座ったままこちらを見つめていたアルデナさんの方を向いて改めて先程の態度について頭を下げた。
……今更、都合がいいと思われたかもしれないと諸々のやり取りを後悔をしながら顔を上げると。

「凄いね、君は」

「え?」

アルデナさんは笑顔を浮かべていた。
凄い、なんてまさか “白い流星” と呼ばれる彼に言われるとは思わずに固まっている間にアルデナさんは立ち上がって微笑みかけた。

「ついさっきまで悩んでとは思えないぐらい正確なパスだった。サッカーが大好きだからこそ、できるプレーだ」

なんて私がさっきをボールを蹴った姿を見て、思ってくれたのだろうか。

「チームKの試合の時から思っていたけれど……君は色んな姿があるんだね」

「……よく言われます」

世界大会に入ってからよく言われる言葉に私は思わず苦笑してしてまう。正直、常日頃からサッカーの時みたいに鋭ければいいのになと思わなくもないから。

「フドウ……前から思っていたんだけどね」

そんな私をどこか優し気な目で見ていたアルデナさんは小さく頷いたかと思えば、少しだけ屈んで私と目線を合わせた。

「俺。君と仲良くなりたいんだ」

「え?」

「デモーニオのように同じように名前を呼びたいし、呼んでほしいって思っているんだけど……どうかな?」

君たちの仲が良い姿を見ていたらいいなって思って。と小首を傾げながら彼が申し出たのは、名前の呼び方だった。

「仲良く……」

「あ!流石に昨日今日知り合った俺が、デモーニオと同じように信頼してもらえるとは思ってないよ!それでも、それぐらい仲良くなりたいってことで……」

まさかそんな事を言われると思ってなくて、固まっていると断られると思ったのかアルデナさんが慌てたように手を振って言葉をつけ足して、その姿に私も急いで返答を返す。

「いえ、ちょっと驚いただけで……!名前で呼んでくれて大丈夫ですよ」

「!本当かい……!」

「はい。私もアルデナさ、違った。……フィディオさんと仲良くできるのは嬉しいので」

そう頷けば、フィディオさんは嬉しそうに目を輝かせた。そんな彼を見て大袈裟だなと笑ってしまう。
確かキャプテンとも名前で呼び合う仲だったし、その時もこんなやり取りをしてたかと思うとさらに微笑ましく感じる。

「ありがとう、アキナ!」

フィディオさんは嬉しそうに礼を言って私の手を握った。

その時だった。

プルルルル……

「わっ!」

「ん?」

私のジャージの右ポケットから音が鳴り響いた。それが、携帯の着信音だと気づいたのはすぐで。

「すみません……!」

私は慌ててフィディオさんも手を外しながら携帯電話を取り出す。そして一度断りを入れて画面を見れば『春奈』と妹の名前が記載されていた。

「えと……」

人といるのに通話ってしていいのか、迷惑じゃないのか?と思わずフィディオさんと携帯電話を交互に見ていると、その様子を見ていた彼は「俺の事は気にしないでいいよ」と苦笑しながら言ってくれたので私はもう一度頭を下げてから通話開始ボタンを押す。

「もしもし?春奈?」

ライオコット島では基本一緒にいる事が多いから、通話なんて久々で、何か緊急の連絡なのかと携帯電話を耳に当てる。

『不動!?大丈夫か……!?』

「えっ……!?」

電話相手が春奈だと思っていた私は聞こえたその声に、驚きで携帯電話を落としそうになる。

「か、風丸さん?!」

電話の相手は風丸さんだった。春奈の携帯から、風丸さんに焦ったように名前を呼ばれる理由が分からず一気に頭が混乱する。

『今どこにいるんだ?』

「え?今はセントラルエリアの公園に……」

その間にも風丸さんの通話越しの声が聞こえて、投げかけられた質問に答えるために周りを見回しながら返答をする。

『……分かった。迎えに行く』

「えっ……!?」

すると、風丸さんは短くそう答えたかと思うと同時に電子音が聞こえ、うんともすんとも言わなくなってしまった携帯。呆然と画面を見れば『通話終了』の文字が。

「迎えに行くって……」

今からフィディオさんに送ってもらうところだったのに……。

アキナは愛されてるね」

「あ、あい……?」

風丸さんはすぐに宿舎を飛び出すような勢いだったし、折り返し電話しても繋がらない気がしてどうしようと携帯画面を見つめていると、隣にいるフィディオさんがにこりと微笑んでそんな事を言ってきた。

アキナが一人にならないように迎えに来てくれてるんだろ?入れ違いになっても大変そうだし、待っておいた方がいいんじゃないかな」

「……そうですね」

フィディオさんと一緒にいる……送ってもらっていると言えなかったので彼の言う通り風丸さんに勘違いさせてしまった。……合流したら、ちゃんと説明しないとな。

「すみません、フィディオさん。私の連絡不足で手間をかけさせて…………」

それから風丸さんだけでなく、目の前のフィディオさんにも迷惑をかけた事実に私は謝って頭を下げようとする。

「こらっ」

「わっ」

だけどそのまえにフィディオさんの短い𠮟責と共につんっと額をつつかれて、下げようとした頭が反射的に仰け反る。
その時に見えたフィディオさんの表情は少しだけ怒っているような真面目な表情だった。

「俺はアキナと一緒にいた時間を手間だなんて思ってないんだから、そんな顔しないでよ」

そんな顔、がどんな表情をしていたか分からなかったけれど、フィディオさんの指摘から、勝手に彼の気持ちを代弁して罪悪感を募らせていたのだろう。

「君と仲良くなりたいって伝えれた。それだけでも嬉しいよ」

「フィディオさん…………」

それからフィディオさんは微笑んでくれた。その言葉は紛れもない本心で、名前を呼び合って嬉しそうなフィディオさんを思い出す。

「それに世界を目指すライバル同士、困った時はお互い様だろ?」

君のところのキャプテンに教わったことだよ?なんていたずらっぽく笑われれば私に言えることなんてもうなくて。

私は少しだけ俯いて一度深呼吸をして、顔を上げた。

「途中まで送ってくれてありがとうございます。フィディオさん」

そして、この場でふさわしい笑顔で途中まで送ってくれて色々話してくれたフィディオさんに礼を言う。

「うん、アキナは笑っていた方が可愛いよ」

それに対して、フィディオさんは慣れない言葉と一緒に穏やかに笑い返してくれた。
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