寂しがり少女
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イナズマジャパンが敗北した次の日。いつも通りの練習が始まった。
午前の練習中のチーム戦。アルゼンチン戦の敗北により次の試合に負けられないという気持ちがチームの一体感を高めているように感じた。
だけど、気がかりもあった。
「失敗失敗……」
パスを取りこぼした栗松くんは誤魔化すように笑いながらボールを取りに行っている。
だけど、そのミスは右足にボールが触れた時に起こったことで。
昨日説明してくれたアルゼンチン戦の出来事の中に相手のチームのタクティクスを破るために、壁山くんや木暮くんと一緒に動いていた。
その時に話してはくれなかったけれど、中継映像では栗松くんは豪炎寺さんにボールを繋げるために無理矢理動いていたかのように見えた。
「栗松くん、ちょっと……」
私は彼の足の様子を確認したくて、ボールを取りに行った彼についていこうとすれば、そのボールを足で止める第三者の姿が見えて私は足を止める。
「久しぶりだね」
「ふ、吹雪さん!?」
「「「吹雪!!!」」」
そこにいたのはアジア予選決勝で負傷して日本に残っていた吹雪士郎さんだった。
それから練習を一度中断して、みんな吹雪さんの所に駆け寄っていた。私はその様子を後ろの方から眺めている。
吹雪さんは怪我は完全に治したそうで、久遠監督に呼ばれて再び代表選手としてチームに戻ることになった。
心強いメンバーの帰還に周りは浮かれていたけれど、見落とせない部分がある。
「吹雪さんが戻るということは、代表から落とされる人もいるってことですね……」
そう、代表メンバーの人数は決まっている。追加するのなら、誰かと交代しなければならない。
「その通りだ」
そこで、久遠監督もやってきて全員に緊張が走る。監督は腕を組み交代をする選手へと視線を向けた。
「吹雪に代わって代表から外れるのは――栗松だ」
「っ!」
「栗松っスか!?」
「これは世界に勝ち抜くための判断だ」
アルゼンチン戦で活躍した栗松に対する冷たいとも取れる対応に、壁山くんをはじめとした同級生たちは抗議の声を上げる。
「ほら、お姉ちゃんも監督を説得してよ!」
「……監督が交代するって言うには理由がある。……栗松くんだって分かってるから何も言わないんでしょ」
「お姉ちゃん!」
春奈に腕を引っ張られてそう頼まれるも彼の足の様子から頷くことはできなかった。事実、栗松くん本人は悔しそうに俯くだけで自分から抗議しようとはしていない。
「帰国の準備をしろ」
それだけを告げて、監督は背を向けて去って行った。
栗松くん以外の同級生達は尚も食い下がらなくて、どう止めようか迷っていると「やめろ!」と怒号が飛んだ。
その声の主は染岡さんだった。
「栗松に必要なのは同情じゃねぇ。とっとと日本へ帰ることだ!」
そう言ってから染岡さんはさっさと、先にグラウンドへ走っていく。
そんな彼の反応に壁山くんはショックを受けていたけれど、彼だからこそ言える言葉だということをキャプテンは説明していた。
早く日本へ帰り一秒も時間を無駄にせず特訓しろと、努力して日本代表に選ばれた染岡さんだからこそ伝えられる言葉だった。
「分かったでヤンス!俺もレベルアップして戻ってくるでヤンス!」
栗松くんにもその思いは十二分に伝わったようで、彼も帰国を決意をした。
その日の練習終わりの夕方。私達は帰国する栗松くんの見送りのため空港に向かっていた。
「栗松くん。君の思い、僕が引き継ぐからね」
空へ飛び立つイナズマジェットに乗る栗松くんに別れを惜しんでいるみんな。その中で交代で代表入りする吹雪さんが意思の強い眼差しで呟いた。
「……足、早く治りますように」
「気づいていたのか、明奈」
「まぁね」
気づいていたのは私だけじゃない。
栗松くんが足を痛めていたことも、その治療もすぐには終わらない事も察したから監督は交代させたんだろう。
だけど同級生としてもっと色々話してみたかったな。
…………なんて人見知りのくせにそんなことを思うのは成長、かもしれない。
+++
翌日の朝。イナズマジャパンはMRのテレビでイタリア対イギリスの試合中継を視聴していた。イタリアとは今後戦って勝たないといけない。そのためのデータ収集だ。
イギリス代表の『ナイツオブクイーン』は私達と試合をした時よりも強くなっていて、前半に必殺タクティクス “無敵の槍” を駆使して『オルフェウス』から先制点を入れた。
そんなナイツオブクイーンに防戦一方だったオルフェウスの動きが変ったのは後半からだった。
必殺タクティクスの攻略をしてから勢いづいたオルフェウス。前半とは全く違うチームのように思える鮮やかな動きで得点を重ねた結果、オルフェウスが逆転勝利を収めていた。
「鬼道、今の試合!」
「ああ、間違いない。イタリア代表の力を引き出し、イギリスを破る作戦を授けたのは影山だ」
試合が終わり、テレビの電源を消した後に佐久間さんと兄ちゃんがそう話しているのが聞こえた。兄ちゃん達も指導を受けていたんだ、嫌でも分かるだろう。さらにあの男が指導者としてさらに強くなっていることも。
イタリア代表選手の交代は防げたけれど、監督が影山だと言う事は変わらない。またオルフェウスに嫌がらせでもするかと映像の見れる範囲で注意深く見ていけれどその気配はなく……ただ素直に試合に勝たせた。
「…………」
だったら私の介入するものではない。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ん?」
ストレッチを終えて宿舎に帰る前に春奈に呼び止められてそんな風に心配された私は思わず首を傾げる。
「お兄ちゃん達……いつもと違うかったから…………お姉ちゃんも無理していつも通りに振る舞ってるんじゃって思って……」
「ああ……」
春奈の心配はつい先ほどまでしていた練習についてだった。
朝の試合を見た後の練習、キャプテン、兄ちゃん、佐久間さんは影山のことが気掛かりな気持ちからかプレーもいつもより乱雑だった。
そして周りもその気迫に圧倒されたり、吞まれたり……そんな状況下で久遠監督に練習中止という指示を下された。
その後は各々ストレッチを終えた選手から宿舎へと帰り、私もグラウンドを出た矢先に春奈に話しかけられた。
「私は……熱くなっている三人を見ていたら逆に冷静になれただけだよ。だから無理なんかしてないよ」
「……ほんとう?」
「ほんとうっ」
「そっか……」
影山の策略に嵌った中で私だけ変わらない様子に心配してくれたんだろうと分かり、春奈の頭の上にぽんっと手を置けば彼女はやっと安心したように息をついた。
「……影山が何しようと、私にはもう関係ないからさ」
「え?」
ぽつりと呟いた言葉に驚いたように目を見開く春奈に私は笑いかける。
+++
宿舎に戻った私は思わぬタイミングで自由時間になった今、何をしようか考える。
MRで試合映像を見返したい気持ちはあるけれど、今はサッカーのことは置いておくべきなんだろう。
…………サッカー以外となると、びっくりするぐらい予定が何も浮かばない。昨日のヒロトさんみたいに読書するのもいいかもしれない。
そんな事を思いながら歩いていると、
プルルルル……
私が横切るタイミングで宿舎の通路に置いていある電話が鳴った。
「えっ」
咄嗟に周りを見回すも私以外人がいなくて、呼び出し音は未だに鳴り響いている。
……電話するの苦手なんだけど、このままにはできないか。
私は渋々受話器を手にとって耳に当てた。
「はい。こちら日本代表イナズマジャパンの宿泊施設です」
「…………フドウ?」
しばらく静まっていた受話器の向こうから聞こえたのは聞き覚えのある声だった。
「……アルデナさん?」
その声は、今日の朝(テレビ越し)に見たイタリア代表オルフェウスのキャプテン。フィディオ・アルデナさんだった。
「……キャプテンに用事ですか?呼びましょうか?」
「ううん、話したい相手はマモルじゃないよ」
彼がどうして日本の宿舎に電話かけてきたのか見当つかず、とりあえずキャプテンの名前を出してみるもアルデナさんはそう否定した。だったら誰に、と考えていると……
「君と話したかったんだ。フドウ」
「え?」
早速本人が出てくれるなんて運がいいな、なんて嬉しそうなアルデナさんの声が聞こえた。
+++
「明奈ちゃん、出かけるの?」
「あ、冬花さん」
電話を終えて、私はジャージに着替えて宿舎の出入口へと歩いていると、冬花さんと鉢合わせた。
「はい。少し……冬花さんは今日出掛ける用事あったりしますか?」
「え?この後、買い出しに行こうと思ってたけれど……」
自由時間になった今、私みたいに出掛ける人もいるだろうと思い立ち聞いてみれば冬花さんはそう答えた。
「絶対一人で行かないでください」
聞いてよかった、と私はぎゅっと冬花さんの手を握りながら頼んだ。
「え?」
「外出する時は誰か……男子について行ってもらうようにお願いします。単独行動は絶対しないでください……色々危ないので」
思い出すのはイタリアエリアで絡んできた不審者で。狙いが女子なのか、選手なのか分からないので彼女にそう言いつけた。監督には一応伝えているけれど警戒するに越したことはない。
「う、うん……?」
冬花さんは困惑したような顔をしているけれど、私の顔を見てこくりと頷いた。そこでほっと肩の力を抜いて手を離した。
「よかった……それだけです。失礼します」
「えっ、明奈ちゃん……?」
それから私も急ぎの用事ではあったのですぐに頭を下げて、宿舎を出ていった。
「単独行動は危ないって……だったら明奈ちゃんも危ないんじゃ…………」
不安そうに呟く冬花さんの声は扉を閉めた私の耳には届かなかった。
午前の練習中のチーム戦。アルゼンチン戦の敗北により次の試合に負けられないという気持ちがチームの一体感を高めているように感じた。
だけど、気がかりもあった。
「失敗失敗……」
パスを取りこぼした栗松くんは誤魔化すように笑いながらボールを取りに行っている。
だけど、そのミスは右足にボールが触れた時に起こったことで。
昨日説明してくれたアルゼンチン戦の出来事の中に相手のチームのタクティクスを破るために、壁山くんや木暮くんと一緒に動いていた。
その時に話してはくれなかったけれど、中継映像では栗松くんは豪炎寺さんにボールを繋げるために無理矢理動いていたかのように見えた。
「栗松くん、ちょっと……」
私は彼の足の様子を確認したくて、ボールを取りに行った彼についていこうとすれば、そのボールを足で止める第三者の姿が見えて私は足を止める。
「久しぶりだね」
「ふ、吹雪さん!?」
「「「吹雪!!!」」」
そこにいたのはアジア予選決勝で負傷して日本に残っていた吹雪士郎さんだった。
それから練習を一度中断して、みんな吹雪さんの所に駆け寄っていた。私はその様子を後ろの方から眺めている。
吹雪さんは怪我は完全に治したそうで、久遠監督に呼ばれて再び代表選手としてチームに戻ることになった。
心強いメンバーの帰還に周りは浮かれていたけれど、見落とせない部分がある。
「吹雪さんが戻るということは、代表から落とされる人もいるってことですね……」
そう、代表メンバーの人数は決まっている。追加するのなら、誰かと交代しなければならない。
「その通りだ」
そこで、久遠監督もやってきて全員に緊張が走る。監督は腕を組み交代をする選手へと視線を向けた。
「吹雪に代わって代表から外れるのは――栗松だ」
「っ!」
「栗松っスか!?」
「これは世界に勝ち抜くための判断だ」
アルゼンチン戦で活躍した栗松に対する冷たいとも取れる対応に、壁山くんをはじめとした同級生たちは抗議の声を上げる。
「ほら、お姉ちゃんも監督を説得してよ!」
「……監督が交代するって言うには理由がある。……栗松くんだって分かってるから何も言わないんでしょ」
「お姉ちゃん!」
春奈に腕を引っ張られてそう頼まれるも彼の足の様子から頷くことはできなかった。事実、栗松くん本人は悔しそうに俯くだけで自分から抗議しようとはしていない。
「帰国の準備をしろ」
それだけを告げて、監督は背を向けて去って行った。
栗松くん以外の同級生達は尚も食い下がらなくて、どう止めようか迷っていると「やめろ!」と怒号が飛んだ。
その声の主は染岡さんだった。
「栗松に必要なのは同情じゃねぇ。とっとと日本へ帰ることだ!」
そう言ってから染岡さんはさっさと、先にグラウンドへ走っていく。
そんな彼の反応に壁山くんはショックを受けていたけれど、彼だからこそ言える言葉だということをキャプテンは説明していた。
早く日本へ帰り一秒も時間を無駄にせず特訓しろと、努力して日本代表に選ばれた染岡さんだからこそ伝えられる言葉だった。
「分かったでヤンス!俺もレベルアップして戻ってくるでヤンス!」
栗松くんにもその思いは十二分に伝わったようで、彼も帰国を決意をした。
その日の練習終わりの夕方。私達は帰国する栗松くんの見送りのため空港に向かっていた。
「栗松くん。君の思い、僕が引き継ぐからね」
空へ飛び立つイナズマジェットに乗る栗松くんに別れを惜しんでいるみんな。その中で交代で代表入りする吹雪さんが意思の強い眼差しで呟いた。
「……足、早く治りますように」
「気づいていたのか、明奈」
「まぁね」
気づいていたのは私だけじゃない。
栗松くんが足を痛めていたことも、その治療もすぐには終わらない事も察したから監督は交代させたんだろう。
だけど同級生としてもっと色々話してみたかったな。
…………なんて人見知りのくせにそんなことを思うのは成長、かもしれない。
+++
翌日の朝。イナズマジャパンはMRのテレビでイタリア対イギリスの試合中継を視聴していた。イタリアとは今後戦って勝たないといけない。そのためのデータ収集だ。
イギリス代表の『ナイツオブクイーン』は私達と試合をした時よりも強くなっていて、前半に必殺タクティクス “無敵の槍” を駆使して『オルフェウス』から先制点を入れた。
そんなナイツオブクイーンに防戦一方だったオルフェウスの動きが変ったのは後半からだった。
必殺タクティクスの攻略をしてから勢いづいたオルフェウス。前半とは全く違うチームのように思える鮮やかな動きで得点を重ねた結果、オルフェウスが逆転勝利を収めていた。
「鬼道、今の試合!」
「ああ、間違いない。イタリア代表の力を引き出し、イギリスを破る作戦を授けたのは影山だ」
試合が終わり、テレビの電源を消した後に佐久間さんと兄ちゃんがそう話しているのが聞こえた。兄ちゃん達も指導を受けていたんだ、嫌でも分かるだろう。さらにあの男が指導者としてさらに強くなっていることも。
イタリア代表選手の交代は防げたけれど、監督が影山だと言う事は変わらない。またオルフェウスに嫌がらせでもするかと映像の見れる範囲で注意深く見ていけれどその気配はなく……ただ素直に試合に勝たせた。
「…………」
だったら私の介入するものではない。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ん?」
ストレッチを終えて宿舎に帰る前に春奈に呼び止められてそんな風に心配された私は思わず首を傾げる。
「お兄ちゃん達……いつもと違うかったから…………お姉ちゃんも無理していつも通りに振る舞ってるんじゃって思って……」
「ああ……」
春奈の心配はつい先ほどまでしていた練習についてだった。
朝の試合を見た後の練習、キャプテン、兄ちゃん、佐久間さんは影山のことが気掛かりな気持ちからかプレーもいつもより乱雑だった。
そして周りもその気迫に圧倒されたり、吞まれたり……そんな状況下で久遠監督に練習中止という指示を下された。
その後は各々ストレッチを終えた選手から宿舎へと帰り、私もグラウンドを出た矢先に春奈に話しかけられた。
「私は……熱くなっている三人を見ていたら逆に冷静になれただけだよ。だから無理なんかしてないよ」
「……ほんとう?」
「ほんとうっ」
「そっか……」
影山の策略に嵌った中で私だけ変わらない様子に心配してくれたんだろうと分かり、春奈の頭の上にぽんっと手を置けば彼女はやっと安心したように息をついた。
「……影山が何しようと、私にはもう関係ないからさ」
「え?」
ぽつりと呟いた言葉に驚いたように目を見開く春奈に私は笑いかける。
+++
宿舎に戻った私は思わぬタイミングで自由時間になった今、何をしようか考える。
MRで試合映像を見返したい気持ちはあるけれど、今はサッカーのことは置いておくべきなんだろう。
…………サッカー以外となると、びっくりするぐらい予定が何も浮かばない。昨日のヒロトさんみたいに読書するのもいいかもしれない。
そんな事を思いながら歩いていると、
プルルルル……
私が横切るタイミングで宿舎の通路に置いていある電話が鳴った。
「えっ」
咄嗟に周りを見回すも私以外人がいなくて、呼び出し音は未だに鳴り響いている。
……電話するの苦手なんだけど、このままにはできないか。
私は渋々受話器を手にとって耳に当てた。
「はい。こちら日本代表イナズマジャパンの宿泊施設です」
「…………フドウ?」
しばらく静まっていた受話器の向こうから聞こえたのは聞き覚えのある声だった。
「……アルデナさん?」
その声は、今日の朝(テレビ越し)に見たイタリア代表オルフェウスのキャプテン。フィディオ・アルデナさんだった。
「……キャプテンに用事ですか?呼びましょうか?」
「ううん、話したい相手はマモルじゃないよ」
彼がどうして日本の宿舎に電話かけてきたのか見当つかず、とりあえずキャプテンの名前を出してみるもアルデナさんはそう否定した。だったら誰に、と考えていると……
「君と話したかったんだ。フドウ」
「え?」
早速本人が出てくれるなんて運がいいな、なんて嬉しそうなアルデナさんの声が聞こえた。
+++
「明奈ちゃん、出かけるの?」
「あ、冬花さん」
電話を終えて、私はジャージに着替えて宿舎の出入口へと歩いていると、冬花さんと鉢合わせた。
「はい。少し……冬花さんは今日出掛ける用事あったりしますか?」
「え?この後、買い出しに行こうと思ってたけれど……」
自由時間になった今、私みたいに出掛ける人もいるだろうと思い立ち聞いてみれば冬花さんはそう答えた。
「絶対一人で行かないでください」
聞いてよかった、と私はぎゅっと冬花さんの手を握りながら頼んだ。
「え?」
「外出する時は誰か……男子について行ってもらうようにお願いします。単独行動は絶対しないでください……色々危ないので」
思い出すのはイタリアエリアで絡んできた不審者で。狙いが女子なのか、選手なのか分からないので彼女にそう言いつけた。監督には一応伝えているけれど警戒するに越したことはない。
「う、うん……?」
冬花さんは困惑したような顔をしているけれど、私の顔を見てこくりと頷いた。そこでほっと肩の力を抜いて手を離した。
「よかった……それだけです。失礼します」
「えっ、明奈ちゃん……?」
それから私も急ぎの用事ではあったのですぐに頭を下げて、宿舎を出ていった。
「単独行動は危ないって……だったら明奈ちゃんも危ないんじゃ…………」
不安そうに呟く冬花さんの声は扉を閉めた私の耳には届かなかった。