寂しがり少女
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負けた。
ジ・エンパイア対イナズマジャパンの試合は2-1でイナズマジャパンの敗北だった。
けどキャプテンや司令塔、監督の不在の中での試合は得る者がたくさんあった。
立向居くんは新しい必殺技 “魔王・ザ・ハンド” を完成させ、ジ・エンパイアの強力な必殺タクティクスも一年生達の力で破っていた。それはマネージャーがイナズマジャパンのサッカーを思い出させてくれたおかげだと言っていた。
さらに、鉄壁の守りを誇るアルゼンチンから1点もぎ取れたのは “グランドファイア” という虎丸くんとヒロトさん、豪炎寺さんの新しい必殺技だ。彼らが連日練習をしていたのはこの必殺技なのだろう。
負けたことは残念だと思うけど、これで終わりという訳じゃない。
これからの試合を勝ち進めていけば、決勝トーナメントへ行ける可能性は十分にある。
「飛鷹さんが立向居くんの背中押してくれたって聞きましたよ」
「俺はキャプテンが言ってくれたことをそのまま伝えただけだ。……なんで知ってるんだ」
「一年生のみんなから試合の流れを聞いた時に立向居くんが言ってたので」
夕食中。私は飛鷹さんの皿にトマトを入れながら口を開いた。ちなみにトマトに関してはもう諦めたのか言ってくることはなくなった。
試合が終わる頃には渋滞もなくなっていて、アルデナさんの厚意で日本の宿舎まで送って貰った私達。それからみんなに経由を説明した後に、試合の感想だったり次の試合に向けての士気を高めあった。
その後に私は個人的に、一年生と綱海さんのところへ謝りに行った。
『何もできなくてごめんなさい』と。
そうしたらみんな最初はキョトンとして、それから慌てて首を振って許してくれた。
不動さんのせいじゃない。相手は影山だったんだから仕方ないって。
その後に試合の詳細について教えてもらった。壁山くんや栗松くんなんかは身振り手振りで試合で感じたアルゼンチン代表の威圧感だったり、必殺タクティクスのことだったりと事細かに。
兄に言った方がと口に挟もうとしたものの、「司令塔である不動さんの戦術の役に立つはずッス!」なんて壁山くん筆頭に期待に満ちた目を向けられれば、応えないという選択肢はなかった。
「本当優しい人たちです……」
私はトマトを移し終え、やっと自分のおかずに箸をつけながら同級生のやり取りを思い返す。
彼らの優しさは嬉しい。嬉しいはずなのに…………
「嬉しくなさそうだな」
飛鷹さんは箸を動かしながら平然とそう、指摘した。
誤魔化しても仕方ない。私は首をすくめてそれから呟いた。
「……少し自己嫌悪しているだけですよ」
一年生の特訓を中途半端にしたまま、試合すらも行けなかった自分が嫌になった。
私がいたら……イタリアエリアに行かずに残っていたら司令塔として役に立てたのでは……いや、でもあの時の私に影山を放っておく選択肢なんてなかった。あのままじゃ、デモーニオにも会えなかったし…………けれど、
「飯覚めるぞ」
その一言と頭をこつん、と小突かれた。思わず飛鷹さんを見れば呆れたようにこちらを見ていた。
「終わったことを言っても意味ないだろ」
「それは、そうですけど……」
飛鷹さんは素っ気なかったけれど、私だって慰めてほしい訳じゃない。
ただ、自分でこの感情を消化できていないだけ……無理矢理飲み込むしかないんだけど。
「……次頑張ればいい。そうだろ」
「え?」
さっきまで食事をしていた飛鷹さんは私の顔を見てそう告げた。
それは試合中に立向居くんに語りかけていた時と同じような真剣な眼差しで、どこまでも真っ直ぐだ。
「それに、オレの知っている不動明奈はこれぐらいの事じゃ折れねぇ」
だろ?と挑発的な笑みを浮かべる飛鷹さん。私はその言葉を理解している、それから応えるようにハッと笑みを浮かべた。
「別に、全然折れてないし」
私はぶっきらぼうに言い捨て、食事を再開させた。
いつもは自分食事を食べ終わったら席を立つ飛鷹さんだったけれど、今日は私が食べ終わるまで見守ってくれている。
「飛鷹さん」
だから夕食を食べ終えてから私は、待ってくれている飛鷹さんの顔の前へ作った拳を突き出した。
「明日から頑張りましょうね」
「……オウ」
そう、笑いかければきょとんとしていた飛鷹さんもすぐに笑みを浮かべて拳をつくり、それからコンッと互いの拳を当てた。
飛鷹さんもキャプテンの受け売りをしたんだし、私もキャプテンがしてくれたことをしてみたけれど…………好きだな。これ。
+++
「充電、良しっと」
夜の食堂。しっかりビデオカメラの充電を挿したことを確認して、私はノートとペンケースを持った。
この本戦の宿舎でもビデオカメラの持ち込みが厳禁なのは健在だから、私は目金さんから借りたカメラで撮影していたイナズマジャパンの試合風景のデータをまとめていたところだ。アルゼンチン戦に関しては明日、兄と見返す予定だ。
時計を見れば就寝時間ギリギリで、慌てて食堂の電気を落として部屋へと向かった。
だけど、階段を昇る前に私はあることに気づいた。
食堂と反対側の談話室から明かりが漏れていることに。
…………消し忘れか?
アジア予選の時なんて私以外就寝時間後に起きている選手を見た事がなかったので、そう思った私は電気を消すためにその部屋へと訪れ、扉を開けた。
「明奈ちゃん?」
「え?わっ!……ヒロトさん!?」
誰もいないと思い込んでいた私は、聞こえた声に文字通り飛びあがりながら声が聞こえた方を向く。
そこには談話室の備え付けのソファーに座っているヒロトさんがいて、手に本を持ちながら不思議そうに私を見ていた。
「どうしたの?明奈ちゃんも本を読みに?」
「え、いや…………就寝時間近くなのに、灯りついてるの見えたから……それで…………」
「就寝時間?…………あっ」
備え付けの時計を見たヒロトさんは今気づいたかのように目を丸くしていた。それから慌てて本を備え付けられた小さい本棚へと返していた。
私はその様子を壁際に寄りかかりながら見守っていると、本を片付け終えたヒロトさんとぱちりと目が合った。
「ちょっと読書に夢中になりすぎて、時間全然気づかなかったよ」
気づかなかった事に少しだけ照れくさそうに笑みを浮かべるヒロトさん。
「教えてくれてありがとう」
「いえ……私もたまたま気づいただけなので…………えっと、ヒロトさん」
「ん?」
改めて名前を呼べば、彼は笑みを浮かべて小さく首を傾げる。その表情はいつも通りに見える。だけど…………
「……大丈夫ですか?」
「…………えっ」
いつも通りには見えなくて、お節介も承知でそう声を掛けた。
するとヒロトさんは驚いたように目を丸くする。
「……笑顔がいつもと違うなって…………いえ、原因は分かっているんですが……」
きっと今日の試合の事だろう。
最初にキャプテンマークを付けていた風丸さんは追加点を阻止するために動き、足を負傷した(幸い軽症で明日の練習には問題ないとのことだ)。
その後にキャプテンとして、周りをまとめていたのはヒロトさんだった。
「…………流石だな、明奈ちゃんは」
言うべきか最後まで迷っていた私だったけれど、先にヒロトさんが肩をすくめて笑う。先程の私を安心させるような笑みではない、少し自嘲めいた笑みだった。
初めて見るヒロトさんの表情を呆けていると、いつの間にか彼は目の前にいた。そして――
「ちょっと、ごめんね」
「わわっ?!」
手を背中に回され、体を引き寄せられた。
抱きしめられている。と気づいたのは彼の赤髪がすぐ近くに見えて、包まれるような感覚があったから。
「ひ、ヒロトさん……!?」
最近はみんなと得点を決めた後とかにハイタッチだったり肩を叩いたり等と、前よりも他人との触れあいには慣れてきた自覚はある。
だけどやっぱり兄妹以外に抱きしめられることには慣れなくて顔が赤くなる。
「少しだけ……このままでいいかな」
「……っ!」
だけど、ヒロトさんの声に顔の熱が引いていくのが分かった。
彼の声は、あまりにも苦しそうだったから。
……今日の試合、やり切れなかったんだろう。
今までのイナズマジャパンはキャプテンと司令塔の兄に頼りすぎているきらいがあった。そんな二人が不在の中、日本代表はどうアルゼンチンに渡り合えるかどうか……監督はそれを見るために試合会場に姿を現わさなかったのだろう。
そんな監督の意図通り、負けはしたものの得るものはたくさんあった試合ではあった。
それでもみんな勝ちたかった。
失点を防ぐために怪我をしてしまった風丸さんの想いを引き継いでキャプテンを任されたんだから、その悔しさも人一倍だ。
だけどキャプテン達の言葉を信じているから、明日にはきっといつも通り次の試合に向けて前向きに練習に取り組むのだろう。
だからこの苦しみも今日だけで消化しようとして……忘れるために読書に没頭してたんだろうな。そして私に心配をかけないようにいつものような笑顔で振る舞っていた。
…………試合を出れなかった事にしょげて、飛鷹さんに元気づけてもらった自分と比べるとずっと大人だな。兄ちゃんもだけど、一才差しかないなんて思えない。
そんなヒロトさんが自分を頼ってくれていた。
たまたま出会ったのが私だったからだと分かっていても…………どうにかしたかった。
「!……明奈ちゃん?」
気づけば私は肯定の言葉を口にするより先に、腕を動かしてヒロトさんの後頭部を撫でていた。兄ちゃんがよくしてくれた、落ち着ける方法だ。
「…………ん」
ヒロトさんは不思議そうに名前を呟いていたけれど、やがて何も言わずに少しだけ強く抱きしめられた。だけど、苦しさは感じない……優しい力だった。
「 “グランドファイア” 、かっこよかったですよ」
「……本当?」
「こんな所で嘘ついてどうするんですか?」
「…………うん、そうだね」
少しして、ヒロトさんは私から離れた。
それから談話室の灯りを消して私達は互いに自室へと帰るため一緒に歩く。私は持ってきたノートとペンケースを抱えていて、ヒロトさんは手ぶらだ。
その最中の階段を昇りながら話すのは試合の事。……抱きしめられた事にはお互い触れなかった。
私が新しい必殺技の感想を伝えれば、褒められると思ってなかったのか驚いた顔のヒロトさんがいて可笑しい気持ちになりながら頷いた。
すると、ヒロトさんは一度ゆっくりと目を閉じて開いた。
「優しいね。明奈ちゃんは」
それから微笑むヒロトさんは、私がよく知る彼の素直な表情で。
「周りが優しくしてくれるから……そう、なれたんです」
「……そっか」
「もちろん、ヒロトさんもその一人ですよ」
アジア予選の時から変わらない態度で接してくれたヒロトさんを思い出しながら伝えた所で、私は自室へと辿り着いた。
「じゃあ、また明日」
私は扉のドアノブに手をかけながら、ヒロトさんへと挨拶をしようと振り返る。
「おやすみなさい。ヒロトさん……ヒロトさん?」
「!あぁ……」
だけど、彼は何かを考えるかのように胸に手を当てて顔を伏せていた。名前を呼べば思い出したかのように顔を上げる。
それからふっと笑って私に手を伸ばした。
「おやすみ、明奈ちゃん」
そしてさらりと私の横髪を撫でて、笑った。
その笑みはライオコット島に来てすぐに買い物に同伴した時の笑顔と似ていて……とても優しい笑顔だった。
「?はい……?」
けど、私に分かるのはそれだけで。彼の笑顔の真意は分からないまま曖昧に頷くことしかできなかった。
それでも、ヒロトさんは私の反応に満足そうに頷いて私が部屋に戻るのを見送ってくれていた。
部屋に入った私は机の上にノートとペンケースを置きながら思い出すのは、先程ヒロトさんに撫でられた時の事で、何となく彼が触れた髪に触れる。
兄ちゃんに頭を撫でられる事はあるけれど、感覚が全く違うもので……不思議だった。
「女の子扱い……ってことかな……?」
呟いてみたけれど、何だか実感が湧かなくて少しだけ落ち着かなかった。
ジ・エンパイア対イナズマジャパンの試合は2-1でイナズマジャパンの敗北だった。
けどキャプテンや司令塔、監督の不在の中での試合は得る者がたくさんあった。
立向居くんは新しい必殺技 “魔王・ザ・ハンド” を完成させ、ジ・エンパイアの強力な必殺タクティクスも一年生達の力で破っていた。それはマネージャーがイナズマジャパンのサッカーを思い出させてくれたおかげだと言っていた。
さらに、鉄壁の守りを誇るアルゼンチンから1点もぎ取れたのは “グランドファイア” という虎丸くんとヒロトさん、豪炎寺さんの新しい必殺技だ。彼らが連日練習をしていたのはこの必殺技なのだろう。
負けたことは残念だと思うけど、これで終わりという訳じゃない。
これからの試合を勝ち進めていけば、決勝トーナメントへ行ける可能性は十分にある。
「飛鷹さんが立向居くんの背中押してくれたって聞きましたよ」
「俺はキャプテンが言ってくれたことをそのまま伝えただけだ。……なんで知ってるんだ」
「一年生のみんなから試合の流れを聞いた時に立向居くんが言ってたので」
夕食中。私は飛鷹さんの皿にトマトを入れながら口を開いた。ちなみにトマトに関してはもう諦めたのか言ってくることはなくなった。
試合が終わる頃には渋滞もなくなっていて、アルデナさんの厚意で日本の宿舎まで送って貰った私達。それからみんなに経由を説明した後に、試合の感想だったり次の試合に向けての士気を高めあった。
その後に私は個人的に、一年生と綱海さんのところへ謝りに行った。
『何もできなくてごめんなさい』と。
そうしたらみんな最初はキョトンとして、それから慌てて首を振って許してくれた。
不動さんのせいじゃない。相手は影山だったんだから仕方ないって。
その後に試合の詳細について教えてもらった。壁山くんや栗松くんなんかは身振り手振りで試合で感じたアルゼンチン代表の威圧感だったり、必殺タクティクスのことだったりと事細かに。
兄に言った方がと口に挟もうとしたものの、「司令塔である不動さんの戦術の役に立つはずッス!」なんて壁山くん筆頭に期待に満ちた目を向けられれば、応えないという選択肢はなかった。
「本当優しい人たちです……」
私はトマトを移し終え、やっと自分のおかずに箸をつけながら同級生のやり取りを思い返す。
彼らの優しさは嬉しい。嬉しいはずなのに…………
「嬉しくなさそうだな」
飛鷹さんは箸を動かしながら平然とそう、指摘した。
誤魔化しても仕方ない。私は首をすくめてそれから呟いた。
「……少し自己嫌悪しているだけですよ」
一年生の特訓を中途半端にしたまま、試合すらも行けなかった自分が嫌になった。
私がいたら……イタリアエリアに行かずに残っていたら司令塔として役に立てたのでは……いや、でもあの時の私に影山を放っておく選択肢なんてなかった。あのままじゃ、デモーニオにも会えなかったし…………けれど、
「飯覚めるぞ」
その一言と頭をこつん、と小突かれた。思わず飛鷹さんを見れば呆れたようにこちらを見ていた。
「終わったことを言っても意味ないだろ」
「それは、そうですけど……」
飛鷹さんは素っ気なかったけれど、私だって慰めてほしい訳じゃない。
ただ、自分でこの感情を消化できていないだけ……無理矢理飲み込むしかないんだけど。
「……次頑張ればいい。そうだろ」
「え?」
さっきまで食事をしていた飛鷹さんは私の顔を見てそう告げた。
それは試合中に立向居くんに語りかけていた時と同じような真剣な眼差しで、どこまでも真っ直ぐだ。
「それに、オレの知っている不動明奈はこれぐらいの事じゃ折れねぇ」
だろ?と挑発的な笑みを浮かべる飛鷹さん。私はその言葉を理解している、それから応えるようにハッと笑みを浮かべた。
「別に、全然折れてないし」
私はぶっきらぼうに言い捨て、食事を再開させた。
いつもは自分食事を食べ終わったら席を立つ飛鷹さんだったけれど、今日は私が食べ終わるまで見守ってくれている。
「飛鷹さん」
だから夕食を食べ終えてから私は、待ってくれている飛鷹さんの顔の前へ作った拳を突き出した。
「明日から頑張りましょうね」
「……オウ」
そう、笑いかければきょとんとしていた飛鷹さんもすぐに笑みを浮かべて拳をつくり、それからコンッと互いの拳を当てた。
飛鷹さんもキャプテンの受け売りをしたんだし、私もキャプテンがしてくれたことをしてみたけれど…………好きだな。これ。
+++
「充電、良しっと」
夜の食堂。しっかりビデオカメラの充電を挿したことを確認して、私はノートとペンケースを持った。
この本戦の宿舎でもビデオカメラの持ち込みが厳禁なのは健在だから、私は目金さんから借りたカメラで撮影していたイナズマジャパンの試合風景のデータをまとめていたところだ。アルゼンチン戦に関しては明日、兄と見返す予定だ。
時計を見れば就寝時間ギリギリで、慌てて食堂の電気を落として部屋へと向かった。
だけど、階段を昇る前に私はあることに気づいた。
食堂と反対側の談話室から明かりが漏れていることに。
…………消し忘れか?
アジア予選の時なんて私以外就寝時間後に起きている選手を見た事がなかったので、そう思った私は電気を消すためにその部屋へと訪れ、扉を開けた。
「明奈ちゃん?」
「え?わっ!……ヒロトさん!?」
誰もいないと思い込んでいた私は、聞こえた声に文字通り飛びあがりながら声が聞こえた方を向く。
そこには談話室の備え付けのソファーに座っているヒロトさんがいて、手に本を持ちながら不思議そうに私を見ていた。
「どうしたの?明奈ちゃんも本を読みに?」
「え、いや…………就寝時間近くなのに、灯りついてるの見えたから……それで…………」
「就寝時間?…………あっ」
備え付けの時計を見たヒロトさんは今気づいたかのように目を丸くしていた。それから慌てて本を備え付けられた小さい本棚へと返していた。
私はその様子を壁際に寄りかかりながら見守っていると、本を片付け終えたヒロトさんとぱちりと目が合った。
「ちょっと読書に夢中になりすぎて、時間全然気づかなかったよ」
気づかなかった事に少しだけ照れくさそうに笑みを浮かべるヒロトさん。
「教えてくれてありがとう」
「いえ……私もたまたま気づいただけなので…………えっと、ヒロトさん」
「ん?」
改めて名前を呼べば、彼は笑みを浮かべて小さく首を傾げる。その表情はいつも通りに見える。だけど…………
「……大丈夫ですか?」
「…………えっ」
いつも通りには見えなくて、お節介も承知でそう声を掛けた。
するとヒロトさんは驚いたように目を丸くする。
「……笑顔がいつもと違うなって…………いえ、原因は分かっているんですが……」
きっと今日の試合の事だろう。
最初にキャプテンマークを付けていた風丸さんは追加点を阻止するために動き、足を負傷した(幸い軽症で明日の練習には問題ないとのことだ)。
その後にキャプテンとして、周りをまとめていたのはヒロトさんだった。
「…………流石だな、明奈ちゃんは」
言うべきか最後まで迷っていた私だったけれど、先にヒロトさんが肩をすくめて笑う。先程の私を安心させるような笑みではない、少し自嘲めいた笑みだった。
初めて見るヒロトさんの表情を呆けていると、いつの間にか彼は目の前にいた。そして――
「ちょっと、ごめんね」
「わわっ?!」
手を背中に回され、体を引き寄せられた。
抱きしめられている。と気づいたのは彼の赤髪がすぐ近くに見えて、包まれるような感覚があったから。
「ひ、ヒロトさん……!?」
最近はみんなと得点を決めた後とかにハイタッチだったり肩を叩いたり等と、前よりも他人との触れあいには慣れてきた自覚はある。
だけどやっぱり兄妹以外に抱きしめられることには慣れなくて顔が赤くなる。
「少しだけ……このままでいいかな」
「……っ!」
だけど、ヒロトさんの声に顔の熱が引いていくのが分かった。
彼の声は、あまりにも苦しそうだったから。
……今日の試合、やり切れなかったんだろう。
今までのイナズマジャパンはキャプテンと司令塔の兄に頼りすぎているきらいがあった。そんな二人が不在の中、日本代表はどうアルゼンチンに渡り合えるかどうか……監督はそれを見るために試合会場に姿を現わさなかったのだろう。
そんな監督の意図通り、負けはしたものの得るものはたくさんあった試合ではあった。
それでもみんな勝ちたかった。
失点を防ぐために怪我をしてしまった風丸さんの想いを引き継いでキャプテンを任されたんだから、その悔しさも人一倍だ。
だけどキャプテン達の言葉を信じているから、明日にはきっといつも通り次の試合に向けて前向きに練習に取り組むのだろう。
だからこの苦しみも今日だけで消化しようとして……忘れるために読書に没頭してたんだろうな。そして私に心配をかけないようにいつものような笑顔で振る舞っていた。
…………試合を出れなかった事にしょげて、飛鷹さんに元気づけてもらった自分と比べるとずっと大人だな。兄ちゃんもだけど、一才差しかないなんて思えない。
そんなヒロトさんが自分を頼ってくれていた。
たまたま出会ったのが私だったからだと分かっていても…………どうにかしたかった。
「!……明奈ちゃん?」
気づけば私は肯定の言葉を口にするより先に、腕を動かしてヒロトさんの後頭部を撫でていた。兄ちゃんがよくしてくれた、落ち着ける方法だ。
「…………ん」
ヒロトさんは不思議そうに名前を呟いていたけれど、やがて何も言わずに少しだけ強く抱きしめられた。だけど、苦しさは感じない……優しい力だった。
「 “グランドファイア” 、かっこよかったですよ」
「……本当?」
「こんな所で嘘ついてどうするんですか?」
「…………うん、そうだね」
少しして、ヒロトさんは私から離れた。
それから談話室の灯りを消して私達は互いに自室へと帰るため一緒に歩く。私は持ってきたノートとペンケースを抱えていて、ヒロトさんは手ぶらだ。
その最中の階段を昇りながら話すのは試合の事。……抱きしめられた事にはお互い触れなかった。
私が新しい必殺技の感想を伝えれば、褒められると思ってなかったのか驚いた顔のヒロトさんがいて可笑しい気持ちになりながら頷いた。
すると、ヒロトさんは一度ゆっくりと目を閉じて開いた。
「優しいね。明奈ちゃんは」
それから微笑むヒロトさんは、私がよく知る彼の素直な表情で。
「周りが優しくしてくれるから……そう、なれたんです」
「……そっか」
「もちろん、ヒロトさんもその一人ですよ」
アジア予選の時から変わらない態度で接してくれたヒロトさんを思い出しながら伝えた所で、私は自室へと辿り着いた。
「じゃあ、また明日」
私は扉のドアノブに手をかけながら、ヒロトさんへと挨拶をしようと振り返る。
「おやすみなさい。ヒロトさん……ヒロトさん?」
「!あぁ……」
だけど、彼は何かを考えるかのように胸に手を当てて顔を伏せていた。名前を呼べば思い出したかのように顔を上げる。
それからふっと笑って私に手を伸ばした。
「おやすみ、明奈ちゃん」
そしてさらりと私の横髪を撫でて、笑った。
その笑みはライオコット島に来てすぐに買い物に同伴した時の笑顔と似ていて……とても優しい笑顔だった。
「?はい……?」
けど、私に分かるのはそれだけで。彼の笑顔の真意は分からないまま曖昧に頷くことしかできなかった。
それでも、ヒロトさんは私の反応に満足そうに頷いて私が部屋に戻るのを見送ってくれていた。
部屋に入った私は机の上にノートとペンケースを置きながら思い出すのは、先程ヒロトさんに撫でられた時の事で、何となく彼が触れた髪に触れる。
兄ちゃんに頭を撫でられる事はあるけれど、感覚が全く違うもので……不思議だった。
「女の子扱い……ってことかな……?」
呟いてみたけれど、何だか実感が湧かなくて少しだけ落ち着かなかった。