番外編
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全部を抱きしめたくて仕方がないのに
69の後の話。「んー」
「どうしたのお姉ちゃん?ずっと自分の顔触って」
秋と冬花に買い物の約束を取り付けたのちに、二人とは入浴のために別れ再び姉妹で話していた。その最中、何度か自分の頬に手をやって考え込むような仕草をする明奈を春奈は不思議そうに見た。
「……もしかしてボディクリーム肌に合わなかった?」
「あ、違う違う。そんなんじゃないよ」
双子だからといって肌の性質が合うとは限らない。肌を荒らしてしまったら大変だと春奈は眉を下げるも、明奈はすぐに手を振って大丈夫だと伝える。
「ただ……我ながら笑うの下手になっちゃったなーって……思っちゃって…………」
それからやや視線を下げながらぽつりと明奈は呟いた。
笑顔が下手、という自覚はあった。
影山の元にいた頃には笑顔は作って貼り付けるものだと覚えてしまった明奈。さらに兄妹への罪悪感を拗らせていたアジア予選では眉間に皺を寄せていた事の方が多い。
その結果、素直に笑うことが文字通り“下手”になってしまった。
「くど……冬花さんには柔らかくなったって言ってもらったけれど、もうちょっと自然に笑えたらなぁ」
いっそのこと鏡で笑顔の練習してみるべきか?とライオコット島に着いたばかりの時、自分の無愛想さのせいで萎縮させてしまった同級生を思い出しながら明奈はソファーの背凭れに体を預けて一つため息をついた。
「お姉ちゃん……」
春奈は姉がそうなってしまった経由を考え、苦しい気持ちが溢れそうになるもののぶんぶんと頭を振って、なんとか顔に出さないようにする。態度に出してしまえば、姉は心配かけないようになんとか笑おうとするからだ。
確かに幼少期の時に自分を元気づけてくれた満面の笑みとは少し違うかもしれない。それでも、自分と話している時に浮かべる作ったものじゃない、気の抜けた小さな笑みの暖かさは何も変わっていない。
そんな明奈の笑顔が、春奈は好きだった。
それに明奈は自覚がないが笑顔を浮かべる場面は少しずつだけど増えている。何なら春奈はその笑顔に心揺れている人物がいる事を知っているがもちろん、それを明奈に言うつもりは微塵もなかった。
とにかく今は笑顔のぎこちなさに落ち込んでいる姉を元気づけたい。
その一心で春奈はしばらく考えて、それから一つの案が浮かびポンッと手を叩いた。
「そうだ!小さい頃にお姉ちゃんが一番笑っていた事すれば、笑顔も自然になるかも!」
「一番、笑っていた事?」
元気よく提案する春奈に明奈は訝しげに眉を寄せる。
「と、いうことで!お姉ちゃんバンザイ!」
明奈は最初はサッカーかと思ったが、春奈のそんな要望により違うものかと考えるも答えは見つからず、首を傾げながら言われるがまま両腕を上げる。
「よしっ」
「……春奈?」
そんな姿を見て、春奈は満足そうに頷いて笑った。それはにんまりと何か企んでいる笑みだった。
明奈はそんな妹の笑みを見て、嫌な予感に顔をひきつらせたのと同時だった。
「こちょこちょこちょ~!!」
「っ!!?ちょっ……!!?」
春奈は明奈に飛びつき、ソファーに倒れ込むことも気にせずそのままの状態で脇の下に手を伸ばし、くすぐり始めた。
「くぅ……!!~~ぷっ、あははっ!は、春奈!こらっ、やめっ!」
「ほら、お姉ちゃん今笑えてるー!」
「ちがっ、違うっ!意味合いが違う~!!」
妹に乗り上げられ、目を白黒させていた明奈だったがすぐに襲い掛かったくすぐったさに身をよじらせて笑い始める。
これが相手が真帝国学園の友人(但し小鳥遊は除く)だったり、義兄の明王だったらとっくに腹に蹴りを入れているだろう。
だが、自分のために行動してくれた妹に強く言えず、明奈は抵抗もそこそこにひたすら笑わされていた。
「ふふっ、お姉ちゃん小さい頃よりこちょこちょ弱くなった?」
「んんっ、弱く、なってない……!」
「えー?本当??」
「きゃっ、まってそこだめっ!あははは~!」
そして春奈も明奈が昔から自分に甘いことを自覚済みであった。
笑ってるお姉ちゃんやっぱり可愛いなぁとしみじみ思っているが、明奈からしたらたまったもんじゃない。
上げた腕をとっくに降ろしているものの、春奈の手は挟まったまま動かされているのでくすぐったさは変わらず、明奈は笑い声をあげるしかなかった。
「春奈、明奈」
「!」
明奈の腹筋が辛くなってきたところで、扉の方から低く名前を呼ばれる声に春奈はぎくりと体の動きを止める。
「ひ、ひぅ……」
名前を呼ばれたのは明奈も同じだったが、ようやく解放された彼女はそれどころじゃなく、ソファーにそのまま力なく寝転んだ。それから何とか首だけを扉の方へと向ければ、
「……廊下まで声が丸聞こえだ」
兄である鬼道が扉に凭れ掛かっていた。
談話室に入った瞬間、春奈に押し倒されている明奈という絵面に一瞬固まったものの、持ち前のポーカーフェイスで平然を装いとりあえず原因であろう春奈に咎めるように視線を送った。
「お姉ちゃんごめんね、ちょっと楽しくなっちゃって…………」
そこで春奈はやっと明奈の上から体を降ろして、必死に呼吸をしている明奈に申し訳なさそうに眉を下げた。
「……ん、いいよ」
幼少期のくすぐり合いっこを思い出してやったのだろう妹に対して、怒る気持ちが持てない明奈は何とか体を起こして春奈の頭を軽く撫でた。
「お姉ちゃん……!」
「けど…………次、一緒に寝る時に覚えておいてね……」
「うっ」
確かに、怒る気持ちはない。だけど仕返しをする気は十分にあった。本当はすぐにでも飛びついてくすぐってやりたかったけれど、また談話室で騒ぐのも悪いのでやめておいた明奈はにこりと笑顔でそう告げた。
そんな笑顔を見た春奈はびくりと肩を跳ねさせえーと……と視線を彷徨わせ、それから……
「あ!寝る前に明日のマネージャーの仕事確認しなくちゃ!じゃあおやすみ、お姉ちゃん、お兄ちゃん!!」
逃げた。
「大丈夫か?」
「……なんとか」
空いた隣の席に腰掛けた鬼道は明奈が落ち着いたタイミングで声を掛ける。
「相変わらず、お前は春奈には甘いな」
「甘くもなるよ。双子だけど、私は春奈のお姉ちゃんだもん。…………それに、いっぱい待たせたし」
そんな鬼道の言葉に明奈は小さく照れくさそうに笑みを浮かべた後に、過去を思い出して目を伏せた。
幼少期の手紙も曖昧な理由だけで一方的に終わらせ、その後の真帝国学園、そしてアジア予選中の散々に突き放してしまった。それなのに妹は自分を姉だと慕ってくれている。
よっぽどのことじゃない限り、春奈の頼みを断ることなんてできないだろうな。と明奈はこっそり苦笑した。
だけど、この意思はかつての罪悪感を和らげたいというわけではない。ただ、姉として妹を想う純粋な気持ちだった。
「そうか……」
鬼道も明奈のそんな気持ちを分かっているからこそ、そこまで強く言わずに基本的に傍観の立場に立っていた。双子の姉妹ということで、自分がいない方が話しやすいこともあると思うからだ。
もちろん、先程のように春奈が暴走した時に止めるのは自分の役割だ。そこで思い出すのは春奈にくすぐられて笑っていた明奈で。アジア予選中に見せた作り物の笑顔から少しずつ彼女自身の笑顔に戻っているが、まだ慣れていないのか少々ぎこちない。
なので、無邪気に笑う(笑わされている)明奈を見て、懐かしく思ったのは鬼道も同じだった。
その結果。
「ひゃうっ……!?」
出来心で、鬼道は明奈の脇腹をつついた。
予想もしてなかった感覚に明奈は高い声を出して反射的に身を引く。それからすぐに顔を上げて犯人を見る。
「~っ!兄ちゃん!」
そして、自分が出してしまった情けない声の恥ずかしさにみるみると顔を赤くしながら、兄へ抗議の意を込めて声を上げる明奈。
「……扱い違わないか」
猫の威嚇のように睨みつける明奈の姿は、笑顔で許していた春奈との対応とはまるで違う。
そのことに鬼道は内心落ち込みながら思わず呟いたのだった。