Short Novel
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
Campanula -カンパニュラ-
―――チリン
静かな空間で、風鈴が鳴る。通常、夏の風物詩と言われる風鈴はしかし、その場所には季節を問わず1年中ぶら下げられていたため、風情は感じない。感じないが、感傷に浸らずにはいられない。
風鈴の音色を楽しむのが好きで、それを知っていた彼が、いつかの誕生日にプレゼントしてくれたのがこの風鈴である。
木ノ葉の里の暗部として、日々命のやり取りをしていた当時、任務のない日にこれを聞くと、不思議と心が落ち着いた。
普段は音もなくただそこにあるのに、風邪が吹くと自分の存在を凛として主張する。
そんな、私の平穏を守ってくれた風鈴も、一時期私の心を乱していたことがある。送り主を失った後―――というよりは、私がその人を手にかけた後しばらくのことだ。
命令だった。大層な志を掲げて里を抜け、抜け忍となった彼に、木ノ葉から追手がつかない筈がなく。そしてその役は私に回ってきた。
彼の最後の瞬間を、私はこの先もずっと忘れることはないだろう。
”ナマエに殺されるなら、本望だよ”
笑って、とても優しい顔で、彼は逝った。里を抜けるほどの大層な志は、結局私には理解できなくて。
抜け忍をはじめ、誰かを暗殺することに対して深く考えないようにしていたが、優しくて大好きだった彼を殺めることは、言葉では言い表せないほど苦しく、辛かった。
そして任務完遂の後、ベランダに下げているこの風鈴の音を聞くたびに心がざわついた。彼の最期の言葉と笑顔が頭から離れない。
任務を遂行しただけ。彼は抜け忍だった。私とは袂を分かつことを選んだのだ。
そう割り切ろうとするのだが、簡単には割り切れず、任務ではうまく動けないことが増えた。任務を失敗することこそなかったが、それまででは考えられないようなケガが増え、病院送りになったことも数知れず。
しまいには家でこうして風鈴の音を聞くだけで、呼吸が苦しくなってしまう。
重要任務からは外され、家に閉じこもり。
風鈴の音を聞きたくはないのに、しかし取り外してしまうのは、彼を、彼との思い出を否定しているようで、イヤだった。
少しでも音が聞こえないようにと、窓をきっちり閉めて、カーテンも固く閉ざす。
しかし、部屋の中が静かなせいか、音は完全には消せない。
ベランダにつながる隙間という隙間をすべてふさぎ、布団を何重にもかぶって、ようやく音から逃れられたはいいものの、朝なのか夜なのかもわからないほどに私の周りは真っ暗だった。
「最近見ないと思たら、こんなくらい部屋で何してるのよ」
不意に呆れた声がした。
布団の中から顔を出すと、同僚が立っていた。白髪に鼻まで隠れるマスク。左目には縦に伸びた傷跡があり、普段は額当てがあてがわれているはずだが、それが見当たらないということはオフだったのだろう。
『カ、カシ』
久方ぶりに声を出したせいか、かすれてしまった。
暗部ではカカシと組むことも多く、年齢も同じということもあり、懇意にしていた。といっても、カカシが暗部から正規部隊に戻ってからは顔を合わせることも少なくなったくらいの「懇意」である。
「大丈夫、じゃ、ないよな」
その言葉とともに、ふわりと柔らかな風を感じて、反射のように耳をふさいだ。
しかし、あの心をざわつかせるのに、どうしようもなく焦がれてしまう音色は聞こえてこなくて。かわりに何かが肩に触れた。
それがマントであることに、一瞬遅れて気が付く。
意図がわからずカカシを見上げれば、穏和な笑みをたたえている―――知らない表情だった。
「このままここにいるのは体に悪いデショ。少し歩きましょうか」
私の返事ははなから期待していないようで、というか必要とはしていないようで、立てる?とか言いながら私の肩に腕を回す。
そうして半ば強制的に外へ連れ出され、近くのベンチまで無言で歩いた。
「聞いたよ、任務のこと」
ベンチに下ろされ、そこでようやく季節は夏から秋に移ろいでいることを思い知る。肌寒い風が吹き、カカシに駆けられたマントがなかったら、冷え切っていただろう。
カカシも隣に腰かけ、ポケットから2人分の飲み物を取り出し、一つを私に差し出した。
自然な流れでそれを受け取ったものの、違和感を感じずにはいられない。さっきの表情もそう、こんなお節介なカカシは知らない。
「辛いよな。大切な人を失うのは」
『、』
その言葉に、カカシの過去を思い出した。同じ班になった人を自分の手で殺めることになった過去を。
『……ごめん、思い出させたね』
慰霊碑の前で、朝早くから何時間も突っ立っているカカシを何度も見ていたし、暗部の任務をこなす姿は身の危険を顧みず確かに優秀であったが、同時に死に急いでいるようにも見えた。
その理由はきっと、カカシのいう「大切な人を失う」ことだったのだろう。
『しばらく調子悪いけど、休みもらえたし、ちょっと休めば大丈夫。外を歩くのも気持ちいいね』
ありがと、と続けて受け取った飲み物に口をつける。温かいナニかだったが、味はよくわからなかった。
「お前ってやつは、あいかわらず頑固だねえ」
軽いため息も加えられる。
一体私の何を知っているのだろうか、とは口には出さず、無言で飲み物をすすった。
「ところでそれ、上手いの?」
自分で渡したくせして、私がすすっている飲み物を皆がらカカシが口を開く。
『同じ味じゃないの?』
「いや? 俺、甘いの苦手だし」
『……私も苦手ですけど?』
なんで私にだけ甘い飲み物を買ってくるのよ。……というか、これ甘いんだ。
「前に飲んでなかった? 同じシリーズの新作だって言うからこれにしたんだけど。マシュマロ味」
『は!? マシュマロ味!?』
甘い飲み物って言ったって、もう少し選びようがあったのではないか。
久しぶりに会う同僚に、いきなり買ってくるべきものではない。しかも、甘党かどうかも覚えていないような関係性の同僚に。
正直、味はわからなかったのだが、マシュマロ味とか言われると、イメージしただけでなんだか甘く感じてしまうから不思議である。先ほどまですすっていた勢いは一気になくなり、まじまじと感を凝視する。凝視したところで中身は変わらないのだけれど。
「……やっぱり、味がわからないみたいね、お前」
『そもそも甘党かどうかも覚えいない同僚に、選ぶ味がマシュマロ味って方がどうかと思うけど』
馬鹿にされたので、即座に反論すると、「いやそうじゃなくて」とカカシが私の缶を取り上げた。
「俺のもナマエのも同じお茶なのよ、これ」
言うや否や、私の缶を傾けて口に含む。甘いのが苦手なカカシの、眉一つ動かない様子から、確かに甘くないことがうかがえる。
「ちなみに、お前が甘いの好きではないことも覚えているし、仰せのとおりマシュマロ味を選ぶようなこともしません」
『なんでそんなウソ―――』
「味がわからなくなるくらい、追い詰められてるんだよ、お前は」
カカシの言葉に、鎌をかけられたことに思い至る。うかつにもキレイにそれにはまってしまった自分を心の中で冷笑する。
「飯も食べれてないんでしょ?」
『べつに、』
「俺もそうだったから。……同じ経験をした同僚からのアドバイス」
そう言って、先ほど取り上げられた缶がまた手元に納められた。まだほんのり温かい。
「これ以上、自分に無頓着になるのはよせ。暗部からは足を洗いなさい。……お前には、向いてない」
放たれたアドバイスは一見すると実力がないと見下されているような内容なのだが、はたけカカシという人物は―――私の知るカカシという人物は、それこそお節介ではなかったものの、誰かを貶めるようなヤツではなかった。むしろ、仲間思いのヤツだ。だから、素直に受け止められた。
『そっか、向いてない、か』
「ま、書くいう俺も、暗部の時より今の方がやりがいを感じているんだけどね」
カカシがやりがい、などと口にするのは珍しいと思う。初めて聞いた。
私の知る彼ならば、任務遂行はやりがいとかではなく、贖罪であったはずだ。自分のことが許せなくて、自分がどうにかなるのはしょうがない、というかむしろ自分の命が何かの役に立つなら本望とでも言っているように。
そんな危うさが確かにあった。
それがどうだろう。今、隣に腰かけているカカシからは、過去の危うさは感じられなかった。
『なんか、安心した』
「ん?」
『死にたがっているようだったから。私の隊長だった頃のカカシは』
「……あのさ、今お前の心配をしてるんだけど?」
起伏が少ない感情の中で、最大限のあきれ顔をしたカカシが、ため息交じりに「まいーや」と続ける。
「で、これは三代目からの手紙」
渡されたのは手紙ではなく指示書である。
表紙に、中忍試験と書かれている。
『……任務じゃん』
「ま、そうとも言うね」
『いや、そうとしか言わない』
カカシが持ってきたのだから、中身は知っているのだろう、とその場で指示書を開く。
中には指示書らしく、日程やら内容やらが記載されており、近く打ち合わせ会議が開かれるらしい。
「俺のアドバイスを受け入れるのなら、明日、三代目の所へ連れてくるよう言われてるんだけど、どうする?」
どうするも何も、三代目からの指示であれば従うのが私の役目ではないのだろうか。
そんな考えはエリート忍者のカカシにはお見通しのようで、「だから手紙って言ったでしょ」と。
『どういう意味?』
「三代目は、ナマエの意向を汲みたいそうだ。だから強要はしないと仰せだ」
『……』
私が所属する暗部は火影直轄の部隊なのだが、暗部を中心に根強い権力を持つダンゾウの息もかかる―――付き合っていた彼を暗殺するという任務も、普段三代目に肩入れしていた私に対する、ダンゾウからの嫌がらせであるところも大きい。
火影直属の暗部の一員である私に、任務を受けるかどうか、おそらくは暗部に残るかどうかを自分で決めてもいいということだろうか。三代目らしい優しさである。
『明日、三代目の所に行く』
「そ。じゃ、まずは精のつくものでも食べますか」
今度も、私の返事などお構いなしに、カカシが舵取り役のようだ。私に拒否権はなかった。
この日を境に、カカシとは不思議な縁ができたわけだが、それはまあ追々話すとして、それからしばらく時間はかかったが、ベランダに下げた風鈴は、私を苦しめるものではなくなった。
辛いことを思い出さないわけではない。でも、それもまた私を構成する一つなのだと思えるようになった。
大好きだった彼は、今頃どこにいるのだろうか。
死後の世界があるのならば、天国や地獄の中にいるのかもしれない。
願わくば、天国で、楽しく幸せに過ごせていることを。
もしかすると、風鈴の音が彼の耳にも届いているかもしれない、なんて思いながら今日も風鈴の音を糧にする。
―――――
Campanula-カンパニュラ-
風鈴草/ラテン語:小さな鐘/花言葉:感謝・思いやり、誠実・清らかさ、優しさ・可憐、冷静・知性
―――チリン
静かな空間で、風鈴が鳴る。通常、夏の風物詩と言われる風鈴はしかし、その場所には季節を問わず1年中ぶら下げられていたため、風情は感じない。感じないが、感傷に浸らずにはいられない。
風鈴の音色を楽しむのが好きで、それを知っていた彼が、いつかの誕生日にプレゼントしてくれたのがこの風鈴である。
木ノ葉の里の暗部として、日々命のやり取りをしていた当時、任務のない日にこれを聞くと、不思議と心が落ち着いた。
普段は音もなくただそこにあるのに、風邪が吹くと自分の存在を凛として主張する。
そんな、私の平穏を守ってくれた風鈴も、一時期私の心を乱していたことがある。送り主を失った後―――というよりは、私がその人を手にかけた後しばらくのことだ。
命令だった。大層な志を掲げて里を抜け、抜け忍となった彼に、木ノ葉から追手がつかない筈がなく。そしてその役は私に回ってきた。
彼の最後の瞬間を、私はこの先もずっと忘れることはないだろう。
”ナマエに殺されるなら、本望だよ”
笑って、とても優しい顔で、彼は逝った。里を抜けるほどの大層な志は、結局私には理解できなくて。
抜け忍をはじめ、誰かを暗殺することに対して深く考えないようにしていたが、優しくて大好きだった彼を殺めることは、言葉では言い表せないほど苦しく、辛かった。
そして任務完遂の後、ベランダに下げているこの風鈴の音を聞くたびに心がざわついた。彼の最期の言葉と笑顔が頭から離れない。
任務を遂行しただけ。彼は抜け忍だった。私とは袂を分かつことを選んだのだ。
そう割り切ろうとするのだが、簡単には割り切れず、任務ではうまく動けないことが増えた。任務を失敗することこそなかったが、それまででは考えられないようなケガが増え、病院送りになったことも数知れず。
しまいには家でこうして風鈴の音を聞くだけで、呼吸が苦しくなってしまう。
重要任務からは外され、家に閉じこもり。
風鈴の音を聞きたくはないのに、しかし取り外してしまうのは、彼を、彼との思い出を否定しているようで、イヤだった。
少しでも音が聞こえないようにと、窓をきっちり閉めて、カーテンも固く閉ざす。
しかし、部屋の中が静かなせいか、音は完全には消せない。
ベランダにつながる隙間という隙間をすべてふさぎ、布団を何重にもかぶって、ようやく音から逃れられたはいいものの、朝なのか夜なのかもわからないほどに私の周りは真っ暗だった。
「最近見ないと思たら、こんなくらい部屋で何してるのよ」
不意に呆れた声がした。
布団の中から顔を出すと、同僚が立っていた。白髪に鼻まで隠れるマスク。左目には縦に伸びた傷跡があり、普段は額当てがあてがわれているはずだが、それが見当たらないということはオフだったのだろう。
『カ、カシ』
久方ぶりに声を出したせいか、かすれてしまった。
暗部ではカカシと組むことも多く、年齢も同じということもあり、懇意にしていた。といっても、カカシが暗部から正規部隊に戻ってからは顔を合わせることも少なくなったくらいの「懇意」である。
「大丈夫、じゃ、ないよな」
その言葉とともに、ふわりと柔らかな風を感じて、反射のように耳をふさいだ。
しかし、あの心をざわつかせるのに、どうしようもなく焦がれてしまう音色は聞こえてこなくて。かわりに何かが肩に触れた。
それがマントであることに、一瞬遅れて気が付く。
意図がわからずカカシを見上げれば、穏和な笑みをたたえている―――知らない表情だった。
「このままここにいるのは体に悪いデショ。少し歩きましょうか」
私の返事ははなから期待していないようで、というか必要とはしていないようで、立てる?とか言いながら私の肩に腕を回す。
そうして半ば強制的に外へ連れ出され、近くのベンチまで無言で歩いた。
「聞いたよ、任務のこと」
ベンチに下ろされ、そこでようやく季節は夏から秋に移ろいでいることを思い知る。肌寒い風が吹き、カカシに駆けられたマントがなかったら、冷え切っていただろう。
カカシも隣に腰かけ、ポケットから2人分の飲み物を取り出し、一つを私に差し出した。
自然な流れでそれを受け取ったものの、違和感を感じずにはいられない。さっきの表情もそう、こんなお節介なカカシは知らない。
「辛いよな。大切な人を失うのは」
『、』
その言葉に、カカシの過去を思い出した。同じ班になった人を自分の手で殺めることになった過去を。
『……ごめん、思い出させたね』
慰霊碑の前で、朝早くから何時間も突っ立っているカカシを何度も見ていたし、暗部の任務をこなす姿は身の危険を顧みず確かに優秀であったが、同時に死に急いでいるようにも見えた。
その理由はきっと、カカシのいう「大切な人を失う」ことだったのだろう。
『しばらく調子悪いけど、休みもらえたし、ちょっと休めば大丈夫。外を歩くのも気持ちいいね』
ありがと、と続けて受け取った飲み物に口をつける。温かいナニかだったが、味はよくわからなかった。
「お前ってやつは、あいかわらず頑固だねえ」
軽いため息も加えられる。
一体私の何を知っているのだろうか、とは口には出さず、無言で飲み物をすすった。
「ところでそれ、上手いの?」
自分で渡したくせして、私がすすっている飲み物を皆がらカカシが口を開く。
『同じ味じゃないの?』
「いや? 俺、甘いの苦手だし」
『……私も苦手ですけど?』
なんで私にだけ甘い飲み物を買ってくるのよ。……というか、これ甘いんだ。
「前に飲んでなかった? 同じシリーズの新作だって言うからこれにしたんだけど。マシュマロ味」
『は!? マシュマロ味!?』
甘い飲み物って言ったって、もう少し選びようがあったのではないか。
久しぶりに会う同僚に、いきなり買ってくるべきものではない。しかも、甘党かどうかも覚えていないような関係性の同僚に。
正直、味はわからなかったのだが、マシュマロ味とか言われると、イメージしただけでなんだか甘く感じてしまうから不思議である。先ほどまですすっていた勢いは一気になくなり、まじまじと感を凝視する。凝視したところで中身は変わらないのだけれど。
「……やっぱり、味がわからないみたいね、お前」
『そもそも甘党かどうかも覚えいない同僚に、選ぶ味がマシュマロ味って方がどうかと思うけど』
馬鹿にされたので、即座に反論すると、「いやそうじゃなくて」とカカシが私の缶を取り上げた。
「俺のもナマエのも同じお茶なのよ、これ」
言うや否や、私の缶を傾けて口に含む。甘いのが苦手なカカシの、眉一つ動かない様子から、確かに甘くないことがうかがえる。
「ちなみに、お前が甘いの好きではないことも覚えているし、仰せのとおりマシュマロ味を選ぶようなこともしません」
『なんでそんなウソ―――』
「味がわからなくなるくらい、追い詰められてるんだよ、お前は」
カカシの言葉に、鎌をかけられたことに思い至る。うかつにもキレイにそれにはまってしまった自分を心の中で冷笑する。
「飯も食べれてないんでしょ?」
『べつに、』
「俺もそうだったから。……同じ経験をした同僚からのアドバイス」
そう言って、先ほど取り上げられた缶がまた手元に納められた。まだほんのり温かい。
「これ以上、自分に無頓着になるのはよせ。暗部からは足を洗いなさい。……お前には、向いてない」
放たれたアドバイスは一見すると実力がないと見下されているような内容なのだが、はたけカカシという人物は―――私の知るカカシという人物は、それこそお節介ではなかったものの、誰かを貶めるようなヤツではなかった。むしろ、仲間思いのヤツだ。だから、素直に受け止められた。
『そっか、向いてない、か』
「ま、書くいう俺も、暗部の時より今の方がやりがいを感じているんだけどね」
カカシがやりがい、などと口にするのは珍しいと思う。初めて聞いた。
私の知る彼ならば、任務遂行はやりがいとかではなく、贖罪であったはずだ。自分のことが許せなくて、自分がどうにかなるのはしょうがない、というかむしろ自分の命が何かの役に立つなら本望とでも言っているように。
そんな危うさが確かにあった。
それがどうだろう。今、隣に腰かけているカカシからは、過去の危うさは感じられなかった。
『なんか、安心した』
「ん?」
『死にたがっているようだったから。私の隊長だった頃のカカシは』
「……あのさ、今お前の心配をしてるんだけど?」
起伏が少ない感情の中で、最大限のあきれ顔をしたカカシが、ため息交じりに「まいーや」と続ける。
「で、これは三代目からの手紙」
渡されたのは手紙ではなく指示書である。
表紙に、中忍試験と書かれている。
『……任務じゃん』
「ま、そうとも言うね」
『いや、そうとしか言わない』
カカシが持ってきたのだから、中身は知っているのだろう、とその場で指示書を開く。
中には指示書らしく、日程やら内容やらが記載されており、近く打ち合わせ会議が開かれるらしい。
「俺のアドバイスを受け入れるのなら、明日、三代目の所へ連れてくるよう言われてるんだけど、どうする?」
どうするも何も、三代目からの指示であれば従うのが私の役目ではないのだろうか。
そんな考えはエリート忍者のカカシにはお見通しのようで、「だから手紙って言ったでしょ」と。
『どういう意味?』
「三代目は、ナマエの意向を汲みたいそうだ。だから強要はしないと仰せだ」
『……』
私が所属する暗部は火影直轄の部隊なのだが、暗部を中心に根強い権力を持つダンゾウの息もかかる―――付き合っていた彼を暗殺するという任務も、普段三代目に肩入れしていた私に対する、ダンゾウからの嫌がらせであるところも大きい。
火影直属の暗部の一員である私に、任務を受けるかどうか、おそらくは暗部に残るかどうかを自分で決めてもいいということだろうか。三代目らしい優しさである。
『明日、三代目の所に行く』
「そ。じゃ、まずは精のつくものでも食べますか」
今度も、私の返事などお構いなしに、カカシが舵取り役のようだ。私に拒否権はなかった。
この日を境に、カカシとは不思議な縁ができたわけだが、それはまあ追々話すとして、それからしばらく時間はかかったが、ベランダに下げた風鈴は、私を苦しめるものではなくなった。
辛いことを思い出さないわけではない。でも、それもまた私を構成する一つなのだと思えるようになった。
大好きだった彼は、今頃どこにいるのだろうか。
死後の世界があるのならば、天国や地獄の中にいるのかもしれない。
願わくば、天国で、楽しく幸せに過ごせていることを。
もしかすると、風鈴の音が彼の耳にも届いているかもしれない、なんて思いながら今日も風鈴の音を糧にする。
END
―――――
Campanula-カンパニュラ-
風鈴草/ラテン語:小さな鐘/花言葉:感謝・思いやり、誠実・清らかさ、優しさ・可憐、冷静・知性
3/3ページ