Que Sera, Sera. -ケセラセラ-
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2セット目序盤は、音駒が1点をリードする展開で進んでいる。
取ったら取られ、取られたら取り返す、手に汗握る展開だ。
そんなチームを、いつものようにベンチから眺める。
だんだんとリエーフが調子を上げてきている―――レシーブはまだまだだけれども。
一方で、敵チームの狙いは山本に集中し始めた。音駒の「4」を着ているのだ、そんなことはこれまでもたくさんあった。
でも、これまでは、夜久がいた。そして今日は夜久はいない。
それがきっと、今の彼にとって大きな焦りというか不安になっているのだ。
守りの音駒でリベロの座に居座る夜久。その存在感はすさまじい。
そしてそれは、鉄朗にとっても同じ。
いつもは後輩たちを褒めて煽ってうまく鼓舞しているのに、今日はそれがない。夜久不在により、精神的にも余裕がないし、後衛も守備に参加するという出番が増えていることも相まって、体力的にも余裕がないのだと思う。
そんな心配を他所に、それでも音駒は崩れない。
いくら余裕がなくとも、毎日毎日体にしみこませてきたレシーブの形は崩れないのだ。
そこで山本が、自分で拾ってトスを呼び、スパイクを決め、13対15で戸美のタイムアウト。
『ね、』
隅にいる海に話しかける
「どうかした?」
『リエーフのブロック気にしてるっぽい』
「黒尾?」
うん、と頷けば、「了解」と返ってくる。
みなまで言わずとも、音駒3年ズは察してくれるようだ。なんて都合のいい集団。
「折を見て、フォローしておくよ」
もちろん、鉄朗のフォローだ。
ありがとう、と返して、今度は鉄朗のユニフォームを少し引っ張った。
「ん?」
声をかけたはいいが、何を言うかは決めていなかった。
でも、なにか、声をかけるべきだと直感が言っている。
『……』
がんばって? いや頑張ってるし。
いつも通りに? といっても特にミスないし。
落ち着いて? いや落ち着いてはいる。
何も言えなくて鉄朗を見上げる形になり、そんな私の頭を、逆に鉄朗がなでる。
「んな心配しなくても、大丈夫デス」
私はそんな心配な顔をしていたのだろうか。
余裕のない鉄朗に、余裕のあるように見せかける行動をさせてしまった。
そこで、タイムアウト終了のホイッスルが鳴る。
二、と笑ってコートへ向かう鉄朗に、無意識に出た言葉は変な言葉で。
『不安になったら触るんじゃないの』
しかし、かけた言葉の意味は伝わったようで。
はっとした表情でこちらをふり返った。
衝動的に、ポニーテールのワンポイントとなっていたあの赤いシュシュを外して―――髪ゴムで結わった上からシュシュをしていた―――、右腕に着ける。
一緒に戦っているよ。そういう意味を込めて。
私は右手に。鉄朗は首元に。一緒にいるよ、と。
鉄朗が、ネックレスに触れた。
少しだけ、ほんの少しだけ、ほっとしたような顔に見えたのは、私の都合の良い解釈なのだろうか。
早鐘のように脈打つ心臓を効果音に、試合の行く末を見守る。
ケガを押して、それでもピンサとして試合に臨む相手チームの4番。
そしてここぞとばかりのタイミングで顔を出す、鉄朗の一人時間差。
もう少し。もう少し。
ぎゅっとこぶしを握ったところで。
鉄朗がボールを落とした。珍しい落とし方だった。
―――なんかやったな。
突き指か爪を痛めたか。
鉄朗とリベロ芝山が交代している間に、救急箱を準備する。
「爪やった、」
『見せて』
鉄朗が左手を開くと、右手の指の爪が割れ、そこから出血している。
『ガーゼ、』
言いながら鉄朗の指にそれを当てて、止血を試みる。
そこまで大出血というわけではないから、強めに抑えておけば、血は止まる。
「こんな時に、」と心の中の声が漏れ出ている。
鉄朗の焦る気持ちもわかる。
セット終盤、接戦も接戦なのだ。そんなときに、コートの外にいたら、誰だってそうなるだろう。
血が止まったことを確認して、手早く救急箱から絆創膏をとり出す。
その間に、試合は24対24に進んでいる。
チラチラと試合を除く鉄朗に、『大丈夫、研磨がいるし、みんないるし、』と自然と口が開いていた。
鉄朗の長い指にきつめに貼り付ける。
絆創膏の上からテーピングを巻きながら、『鉄朗が育ててきたんでしょ。その後輩たちが、無力なわけがない』とつぶやく。一刻も早く巻き終わろうと必死ではあるので、鉄朗がどんな顔をしているかはわからない。
「……そうだよなー。なんか、一人で焦ってたな、俺」
そんな声が聞こえてきたところで。
はっと息をのむ鉄朗に、思わず私もコートを見た。
リエーフが―――いつも後ろを守る人のことなんか考えないブン回しブロックをしているあのリエーフが―――、フロアを守る芝山に配慮したブロックをした。ドシャットのためではなくて、コースを絞るためのそれ。
そして、山本の強打で、試合が―――終わった。
ピ―――とホイッスルが鳴る。
……勝った。
音駒が東京都の第三位であり、そして、春高の出場が決まった。
思わずウル、と来たが、まずはこの人をコートへ送り込まねば。
巻きかけのテーピングを適当にハサミで切って、両手で思い切り、大きな背中を押し出した。
コートの中では、みんなが喜びを爆発させている。
ああ、良かった。
張りつめていたものが、一気に消え去ってしまったようで、気づいたときにはヘナヘナとその場に座り込んでいた。
足に力が入らない。
そんな自分を知り、そこでようやく、緊張していたのだと思いいたる。
私、プレイヤーじゃないのに。
そんな疑問が頭に浮かんだ。
緊張なんてしないと思っていた。だってマネージャーだし。
でも違う。私も一緒に戦っていた。私も音駒だった。
「サチ」
振り向くと、鉄朗がこぶしを掲げている。
私もグーにして、鉄朗のこぶしに合わせた。
「サチさーん!」
「勝ちましたっ!!」
すぐに下級生が叫びながら駆け寄ってきて、誰が何を言っているかわからなかったけど、みんなでもみくちゃになって勝利の余韻に浸った。11月半ばだというのに、そこはまるで、真夏の体育館のようだった。
帰り道の電車の中。
規則正しい呼吸音が聞こえてくる。
「倉木が充電切れとは珍しいね」
前に突っ立っている海が、俺の隣で眠りこけているサチを見て、そんなことを口にした。
「徹夜つってたしなあ」とは夜久。
「早く寝なさいって忠告したんデスけどねえ、」
「それは無理だろ。だって倉木だぞ」
「そうだねえ、」
ちなみに、壁、サチ、俺、夜久の順。目の前に海が立っている。
他の学年は研磨も含めて違う車両に乗っていた。3年に変な気を使っているのかもしれないし、ただの偶然なのかもしれない。
「泣いてたな」
「泣いてたね」
「……嬉しいデスね」
言わされた感はある。あるけど、それでもよかった。
思い返せば、淡泊だったサチが、少しずつ心開いてくれて、ようやく笑うようになって。
3年になってからのサチは、なんだか急成長をしたような、そんな感じがする。
音駒の勝利を、俺らと同じくらい、泣いて喜んでくれた。自分のことを、ちゃんと音駒のチームの一員なのだと、そう考えてくれていることが、どうしようもなく嬉しいのだ。
「ところで黒尾さんよ、」
ニヤニヤと夜久がこちらを見ている。
「なんですかー」
「倉木と、何か進展があっただろ」
「ありませーん」
「へえ。じゃあ、その若者には似つかない黒いヒモはなんだよ」
「ヒモって! ヒモじゃねーし」
首元から、話題のソレをひっぱろうとするので、慌ててジャージのチャックを上まで締めて首をすくめた。
「誕生日プレゼントだからやっくんは触らないでくださーい」
「はあ? やっぱ抜け駆けしやがって、」
「違いますーーー」
そんな言い合いをしていたところ、「二人とも」と海に諫められる。
「電車の中だし、それに倉木が起きるよ」
サチに目をやると、少しだけ眉を寄せている。
「でもさ。試合中、黒尾のフォロー頼まれたよ」
海の言葉に目をみはる。
「付き合ってんのか、って言ったら急に照れてもいた」
夜久の言葉で、ああもう時間の問題だなあ、と観念する。
「はいはい、言いましたよ、言いました」
「何て?」
「……春高終わったら、ちゃんと告白する」
いうや否や、ぷはーっと夜久が笑う。
「おいヘタレかよ。その時告れよ」
「うるせー。文句があるなら自分が告りなさい」
「じゃあ、相手連れてきてくださいー」
そこでまた、海から「電車の中だし、」と同じ指摘を受け、日常だなあ、とふと思った。
春高へ行く。まだもう少し、この日常が続く。
信頼できる仲間と、心のよりどころである幼馴染がいて。
サチとの関係性を進めたい一方で、今この瞬間がずっと続けばいいのに、とも思うから。
44関守にゆだねたい
送る月日に関守なし、とはよく言ったもので。
もしも送る月日に関守がいたならば。
バレーボールとサチのシーソーをうまくならしてくれるのだろうか。
取ったら取られ、取られたら取り返す、手に汗握る展開だ。
そんなチームを、いつものようにベンチから眺める。
だんだんとリエーフが調子を上げてきている―――レシーブはまだまだだけれども。
一方で、敵チームの狙いは山本に集中し始めた。音駒の「4」を着ているのだ、そんなことはこれまでもたくさんあった。
でも、これまでは、夜久がいた。そして今日は夜久はいない。
それがきっと、今の彼にとって大きな焦りというか不安になっているのだ。
守りの音駒でリベロの座に居座る夜久。その存在感はすさまじい。
そしてそれは、鉄朗にとっても同じ。
いつもは後輩たちを褒めて煽ってうまく鼓舞しているのに、今日はそれがない。夜久不在により、精神的にも余裕がないし、後衛も守備に参加するという出番が増えていることも相まって、体力的にも余裕がないのだと思う。
そんな心配を他所に、それでも音駒は崩れない。
いくら余裕がなくとも、毎日毎日体にしみこませてきたレシーブの形は崩れないのだ。
そこで山本が、自分で拾ってトスを呼び、スパイクを決め、13対15で戸美のタイムアウト。
『ね、』
隅にいる海に話しかける
「どうかした?」
『リエーフのブロック気にしてるっぽい』
「黒尾?」
うん、と頷けば、「了解」と返ってくる。
みなまで言わずとも、音駒3年ズは察してくれるようだ。なんて都合のいい集団。
「折を見て、フォローしておくよ」
もちろん、鉄朗のフォローだ。
ありがとう、と返して、今度は鉄朗のユニフォームを少し引っ張った。
「ん?」
声をかけたはいいが、何を言うかは決めていなかった。
でも、なにか、声をかけるべきだと直感が言っている。
『……』
がんばって? いや頑張ってるし。
いつも通りに? といっても特にミスないし。
落ち着いて? いや落ち着いてはいる。
何も言えなくて鉄朗を見上げる形になり、そんな私の頭を、逆に鉄朗がなでる。
「んな心配しなくても、大丈夫デス」
私はそんな心配な顔をしていたのだろうか。
余裕のない鉄朗に、余裕のあるように見せかける行動をさせてしまった。
そこで、タイムアウト終了のホイッスルが鳴る。
二、と笑ってコートへ向かう鉄朗に、無意識に出た言葉は変な言葉で。
『不安になったら触るんじゃないの』
しかし、かけた言葉の意味は伝わったようで。
はっとした表情でこちらをふり返った。
衝動的に、ポニーテールのワンポイントとなっていたあの赤いシュシュを外して―――髪ゴムで結わった上からシュシュをしていた―――、右腕に着ける。
一緒に戦っているよ。そういう意味を込めて。
私は右手に。鉄朗は首元に。一緒にいるよ、と。
鉄朗が、ネックレスに触れた。
少しだけ、ほんの少しだけ、ほっとしたような顔に見えたのは、私の都合の良い解釈なのだろうか。
早鐘のように脈打つ心臓を効果音に、試合の行く末を見守る。
ケガを押して、それでもピンサとして試合に臨む相手チームの4番。
そしてここぞとばかりのタイミングで顔を出す、鉄朗の一人時間差。
もう少し。もう少し。
ぎゅっとこぶしを握ったところで。
鉄朗がボールを落とした。珍しい落とし方だった。
―――なんかやったな。
突き指か爪を痛めたか。
鉄朗とリベロ芝山が交代している間に、救急箱を準備する。
「爪やった、」
『見せて』
鉄朗が左手を開くと、右手の指の爪が割れ、そこから出血している。
『ガーゼ、』
言いながら鉄朗の指にそれを当てて、止血を試みる。
そこまで大出血というわけではないから、強めに抑えておけば、血は止まる。
「こんな時に、」と心の中の声が漏れ出ている。
鉄朗の焦る気持ちもわかる。
セット終盤、接戦も接戦なのだ。そんなときに、コートの外にいたら、誰だってそうなるだろう。
血が止まったことを確認して、手早く救急箱から絆創膏をとり出す。
その間に、試合は24対24に進んでいる。
チラチラと試合を除く鉄朗に、『大丈夫、研磨がいるし、みんないるし、』と自然と口が開いていた。
鉄朗の長い指にきつめに貼り付ける。
絆創膏の上からテーピングを巻きながら、『鉄朗が育ててきたんでしょ。その後輩たちが、無力なわけがない』とつぶやく。一刻も早く巻き終わろうと必死ではあるので、鉄朗がどんな顔をしているかはわからない。
「……そうだよなー。なんか、一人で焦ってたな、俺」
そんな声が聞こえてきたところで。
はっと息をのむ鉄朗に、思わず私もコートを見た。
リエーフが―――いつも後ろを守る人のことなんか考えないブン回しブロックをしているあのリエーフが―――、フロアを守る芝山に配慮したブロックをした。ドシャットのためではなくて、コースを絞るためのそれ。
そして、山本の強打で、試合が―――終わった。
ピ―――とホイッスルが鳴る。
……勝った。
音駒が東京都の第三位であり、そして、春高の出場が決まった。
思わずウル、と来たが、まずはこの人をコートへ送り込まねば。
巻きかけのテーピングを適当にハサミで切って、両手で思い切り、大きな背中を押し出した。
コートの中では、みんなが喜びを爆発させている。
ああ、良かった。
張りつめていたものが、一気に消え去ってしまったようで、気づいたときにはヘナヘナとその場に座り込んでいた。
足に力が入らない。
そんな自分を知り、そこでようやく、緊張していたのだと思いいたる。
私、プレイヤーじゃないのに。
そんな疑問が頭に浮かんだ。
緊張なんてしないと思っていた。だってマネージャーだし。
でも違う。私も一緒に戦っていた。私も音駒だった。
「サチ」
振り向くと、鉄朗がこぶしを掲げている。
私もグーにして、鉄朗のこぶしに合わせた。
「サチさーん!」
「勝ちましたっ!!」
すぐに下級生が叫びながら駆け寄ってきて、誰が何を言っているかわからなかったけど、みんなでもみくちゃになって勝利の余韻に浸った。11月半ばだというのに、そこはまるで、真夏の体育館のようだった。
帰り道の電車の中。
規則正しい呼吸音が聞こえてくる。
「倉木が充電切れとは珍しいね」
前に突っ立っている海が、俺の隣で眠りこけているサチを見て、そんなことを口にした。
「徹夜つってたしなあ」とは夜久。
「早く寝なさいって忠告したんデスけどねえ、」
「それは無理だろ。だって倉木だぞ」
「そうだねえ、」
ちなみに、壁、サチ、俺、夜久の順。目の前に海が立っている。
他の学年は研磨も含めて違う車両に乗っていた。3年に変な気を使っているのかもしれないし、ただの偶然なのかもしれない。
「泣いてたな」
「泣いてたね」
「……嬉しいデスね」
言わされた感はある。あるけど、それでもよかった。
思い返せば、淡泊だったサチが、少しずつ心開いてくれて、ようやく笑うようになって。
3年になってからのサチは、なんだか急成長をしたような、そんな感じがする。
音駒の勝利を、俺らと同じくらい、泣いて喜んでくれた。自分のことを、ちゃんと音駒のチームの一員なのだと、そう考えてくれていることが、どうしようもなく嬉しいのだ。
「ところで黒尾さんよ、」
ニヤニヤと夜久がこちらを見ている。
「なんですかー」
「倉木と、何か進展があっただろ」
「ありませーん」
「へえ。じゃあ、その若者には似つかない黒いヒモはなんだよ」
「ヒモって! ヒモじゃねーし」
首元から、話題のソレをひっぱろうとするので、慌ててジャージのチャックを上まで締めて首をすくめた。
「誕生日プレゼントだからやっくんは触らないでくださーい」
「はあ? やっぱ抜け駆けしやがって、」
「違いますーーー」
そんな言い合いをしていたところ、「二人とも」と海に諫められる。
「電車の中だし、それに倉木が起きるよ」
サチに目をやると、少しだけ眉を寄せている。
「でもさ。試合中、黒尾のフォロー頼まれたよ」
海の言葉に目をみはる。
「付き合ってんのか、って言ったら急に照れてもいた」
夜久の言葉で、ああもう時間の問題だなあ、と観念する。
「はいはい、言いましたよ、言いました」
「何て?」
「……春高終わったら、ちゃんと告白する」
いうや否や、ぷはーっと夜久が笑う。
「おいヘタレかよ。その時告れよ」
「うるせー。文句があるなら自分が告りなさい」
「じゃあ、相手連れてきてくださいー」
そこでまた、海から「電車の中だし、」と同じ指摘を受け、日常だなあ、とふと思った。
春高へ行く。まだもう少し、この日常が続く。
信頼できる仲間と、心のよりどころである幼馴染がいて。
サチとの関係性を進めたい一方で、今この瞬間がずっと続けばいいのに、とも思うから。
44関守にゆだねたい
送る月日に関守なし、とはよく言ったもので。
もしも送る月日に関守がいたならば。
バレーボールとサチのシーソーをうまくならしてくれるのだろうか。