Que Sera, Sera. -ケセラセラ-
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『……でさ、そういう時は木兎はストレートが多くて、』
普段の練習終わりより、少し早い時間帯を3人で帰っている。明日、春高二次予選、つまり春高代表決定戦を控えていたため、今日は早めの解散だったのだ
研磨は少し後ろを歩き、サチは少し前を歩く。この、なんとも不揃いな感じが、いつもの俺たちを表しているようで面白い。
『でも赤葦がいるからなあ。うまく躱されちゃうか、』
誰かに話しているのか、それとも独り言なのか。
それは、俺にも研磨にも、正直よくわからない。多分、空回っているというか、平静を装おうとしているか、もしくは無言の時間をつくらないようにしている。
原因はアレ。さっき、俺がサチに「春高終わったら、ちゃんと告白するから」と告げたこと。
「サチさーん。試合は明日なんだし、相手はよく知ってるし、今更研究とかしたってしょうがないし。だから今日は早く寝なさいよ」
『私ベンチだし、動くわけじゃないから』
言ってるそばから、ふぁあ、とあくびをするその人。
お口を閉じると、今度はお手製の他校情報ノートをサブバックから引っ張り出す。
「こらこら。歩きながらノートを見るんじゃありません」
『えー。大丈夫だよ、昔は本を読みながら歩いてた』
「小学生の頃な。んで、水たまりにはまって靴から服から真っ黒にしてたのはどこのどなたですか?」
伊達に幼馴染をやっているわけではない。
サチの行動パターンは知っているというか身に染みている。
『うるさーい』
「とにかく、ノートは没収デス」
図と文字とでびっしり埋め尽くされたノートを後ろから引っ張り上げ、俺のカバンのポケットに突っ込んだ。
これで帰りつくまでは見れまい。
『それ、何か月もかけて収集した内容が詰まってるから、絶対落とさないでよ。汚すのもダメね』
「へいへーい」
こんな中身のない会話を、学校を出てからずっと続けている。
まあ、無理もないよなあ。
バレーボール以外にまっっったく興味のなかったサチが、まず恋愛という言葉を認識できたことがすごい。そのうえ、俺の好意に気付いたことは奇跡かもしれない。さらにさらに、俺の告白を待ってくれるらしい。
正直、このタイミングでここまで進むとは思っていなかった。
せいぜい、春高終わって、バレーボールと物理的に離れた頃合いで、意識してくれればいいかな、くらいにしか考えていなかったから、嬉しい誤算である。
でもそれにしたって、長かった。
まだうまくいくとは決まっていないけど、それでも長かった。鈍感さには定評があったが、その評価に見合う鈍さであった。
そんなことを考えている間にも、サチはずっと独り言をつぶやいていた。研磨はもうサチの言葉を耳に入れることすら辞めたようだ。スマホをポチポチしている。
「研磨、歩きスマホやめなさい」
不満そうな顔をする研磨の手からスマホをもぎ取り、これまたカバンのポケットに入れた。
やはり、俺の幼馴染たちは非常に手がかかる。
『守備はしっかりしてるし、サーブで崩すならやっぱコース狙った方がいいよね、』
ああ、でも強力サーブも捨てがたい。
そんな葛藤を口にも顔にも出しているサチさんに、「着きましたよー」と声をかける。
自分の家に着いたことも気づかないくらいには、動転している、というかテンションが高い。
あー。勢いに任せすぎた。せめて、明日の二次予選終わってからにすればよかった。
そんなことを今更思っても、もう遅い。口にしてしまったのだから。
これはたぶん、サチは今日、眠れないだろうなあ。
『研磨も一緒だったから気づかなかった』
サチがそんなことを口走る。そういや確かに、ここまで―――自分らの家を通り越してサチの家の前まで―――研磨が付いてくるのは珍しい。
『じゃ、明日』
軽く手を挙げて、軽やかに玄関扉をあけた。その後ろ姿は、平常心でいよう、と身構えているようなそんな感じで。その、必死に自分の動揺を隠そうとするサチが、なんとも愛おしく思ってしまうのだった。
サチを送り終えると、急に静かになった。改めて、サチの異常さに意識がいく。あいつ、ずっとしゃべってたんだなあ。普段の彼女からは想像できないことだ。
「……おれ、一緒に帰るの辞めようか?」
先ほどまで黙りこくっていた研磨が、不敵な笑みを浮かべながら。
この顔は、気づかれてるなあ。
「さすが研磨。察しがいいことで」
「あんなサチ見てたらすぐわかるよ。異常だったから」
「異常って。まあ、ちょっと急ぎすぎたのは反省してる。サチにも悪いことした」
「付き合ってる?」
「別に? 春高終わるまではこのまま。だから、俺たちが引退するまでは、相手してくださいヨ」
「ふーん」と返す研磨は、しかし俺とサチが付き合っていようがいまいが、たいして興味はなさそうだった。
「結婚式にはさすがに呼んでね。一応、幼馴染だし」
前言撤回する。
興味がないわけではなく、もうだいぶ先を進んでいるようだ。
「いやいやいや、さすがに気が早い。まだ先でしょーが」
「クロもサチも、気が付いたら大学卒業して社会人になってて、働くのが楽しすぎて30歳とか40歳とかなってそうだよね。別に、結婚にこだわらなくてもいいと思うけど、クロたちはタイミング逃したら、ずっと逃したままな気もしなくもないよね」
「そ、れは、」
そんなことを考えたこともなかったが。
確かに、どうせ働くなら、バレーボールと同じくらい熱中できる仕事がいいとは思う。サチは、どう思っているのだろうか―――いや、あいつは何も考えてないな。
「そうならないように、細心の注意を払います」
そのあたりで、互いの家についた。
いつものように別れを告げ、自宅の玄関の鍵を開ける。居間からテレビの音が聞こえてくるので、祖父母がまだ起きているということがわかり、明日が試合なのだとまた実感する。
明日の試合で勝って、春高へ行く。サチのことは、春高の後。大丈夫、サチは待ってくれると言ったから。
歩いて帰ってきたせいか、10月にしては、少し暑いなあ、と。
疲れた。
なんだかいろんなことがあって、玄関のドアを開けて、閉めたとたんに、急に疲れがふってきた。
リビングでゆったりしていた母親にただいまの挨拶をし、とりあえず荷物を部屋に投げ入れる。こういう日は風呂につかるのがよい。
着替えを持って、そのまま浴室へと向かう。
来ていた服を洗濯籠に投げ入れて、母はすでに風呂に入っているだろうから、と、体を洗うこともせず浴槽の中にインした。いつもより早めに帰ったせいか、お湯もまだ少し熱い。
『ふぅーーーーー』
顔をゴシゴシとお湯で洗うと、少しさっぱりした。
お湯につかりながらのんびりしていると、今日のことを思い出すのは必然的で。
今日は朝からいろいろあった。
元チームメイトたちと言い合いをして。
鉄朗から「春高終わったら、ちゃんと告白するから。待ってて」と、もうこれが告白ではないのか、というようなことを言われて。
家までの帰り道、研磨と一緒でよかった。
無言の時間が嫌で、私がずっと一人でしゃべっていたけど、研磨も鉄朗も何も言わないでくれた。
そういう優しい二人だから、ここまで長く幼馴染できてたんだよなあ、と。
春高終わったら、鉄朗とは幼馴染ではなくなるのだろうか。
そんなことを考えると、急に動悸が襲ってくる。どうしたものかと、鼻の下までお湯につかって、湯の中で、ぶくぶくと音を立てて空気を絞り出す。ぶくぶくしながら、何も考えたくなくて、今日の出来事も一緒に絞り出してしまおうと自棄になる。
計画通り今日の出来事を水というかお湯に流すと、ふと思い出される何か。……なんだっけ? 今ふと、思考の片隅に現れたのに。
なーんか忘れている気がする。
朝、私は何らかのミッションを抱えていたきがするのだけど。
なんだっけなあ、としばらくぶくぶくを続けていると。
不意にお湯に流したはずの鉄朗の顔が思い出されて、そして思い至る。
―――今日、鉄朗の誕生日だった。
プレゼントは用意している。時間をかけて丁寧に選んだ。
朝、忘れないようにカバンの中にいれた。
そして、渡さないまま、まだカバンの中に、ある。
なんてことだ。
がば、と浴槽から立ち上がる。
でも後から入りなおすことは面倒なので、急いで洗髪をして体を洗い、体を拭いて。
髪を乾かす時間はさすがに惜しくて、滴り落ちる水気をふき取るだけで、適当な服を着た。
『ちょっと鉄朗の家言ってくる』
相変わらずまったりしていた母に声をかけ、プレゼントと携帯電話を持って家を出た。
『く、く、く、くーろーお、』
あった。黒尾鉄朗。
普段携帯電話など使わないから、目的の人物を探すのにも一苦労だ。
そうしてようやく名前を見つけたころには、その人の家の前についていて。鉄朗の部屋の電気はついているから、部屋にいることはわかる。
プルルルル、
コールが鳴る。
鉄朗が出るまでののコール音は、やけにドキドキした。
「え、サチさん?」
4コール目途中くらいでコール音が消えて、代わりに鉄朗の戸惑った声が聞こえてくる。
『今下にいるー下りてきて』
「下!?」
ガタガタ、という音とともに、鉄朗の部屋のカーテンが勢いよく開き、鉄朗の姿が見えた。
と思ったら、すぐに見えなくなり、ダダダダダ、という激しい音。
静かになったなあ、と思ったら、黒尾家の玄関扉が開いた。ちなみに引き戸タイプ。
「こんな夜更けに! 一人じゃ危ないでしょーが」
開口一番怒られた。
『すぐそこじゃん。1分かそこら』
いつものように軽く返した。ことを後悔する。
「あのさあ」
気づいたときには、すぐ後ろに鉄朗の家のブロック塀があって、でもすぐ前には鉄朗が迫っていて、というか腕を強引につかまれていた。
「こういう風にされたらどうすんの。力じゃ、男にはかなわないんですよ」
言葉通り、抜け出そうと力を入れても、バレーボールで鍛え上げられた鉄朗の体は、びくりともしなかった。
それでも、どうにかならないかなあ、とじたばたしていたところ。
急に腕が解放されて、しかし今度は鉄朗の腕の中にいた。
「頼むから、心配させるようなことしないで」
抱きしめられているので、鉄朗の声は耳元から聞こえてきて。
声も態度も、今までの―――幼馴染の時とは違う。
私たちの関係性はまだ幼馴染のはずだけど。でも今は、そうではないような。というか、これは幼馴染の距離ではない。
『わ、かった、』
でもその距離が嫌なわけではなかった。寧ろ、安心するというか落ち着くというか。心臓はうるさいのに安心するって、矛盾している。
恋愛って、矛盾だらけだ。
肯定的な返事をしたので、鉄朗もようやく私を放してくれた。しかし離れ際、「髪も乾かしてないし、」と、怠惰が目ざとく見つかった。
「で、そんなに急いでどうしたの」
『あー、大事な用事を忘れてて、』
いそいそとポケットから紙包みをとり出す。
『遅くなったけど。誕生日おめでとう』
目が合わせられなかったのは、見逃してほしい。当日にプレゼントを渡せたのだから、及第点だ。
鉄朗は手に取り、「用意してくれてたんだ」とか言っている。
『失礼な! ちゃんと何日も前から用意してましたー』
ふん、としてから、自分の失言に気が付く。
何日も前からって、張り切ってたのばれるじゃん!
『……嘘。そんな前からは準備してない、ここ最近というか、忘れてたというか、』
ごにょごにょしていたら、ふは、と鉄朗が笑う。
「わかったわかった。慌てて用意してくれたのな、サンキュ」
”嘘”と言ったことが嘘であるとバレている。
なんだか格好がつかないなあ、とため息をついていると、びりびりと鉄朗が包装を破いて中身を出した。
「なんだっけ、コレ」
『磁器ネックレス。……肩こりとかでつける人もいるけど。どっちかっていうと、ネックレス、みたいな、感じで……選んだ』
腕にはめるのは、邪魔になるし。
バレー用具は持っているから必要ないだろうし。
受験勉強用に文房具、は、なんか負けた気がして(何にだよ、というツッコミはなしで)。
だから、もらったプレゼントを思い返してみた。
シュシュは、普段身に着けるものだから、そういうのを返したいなあ、と思って。
反応がないから、顔を見ることができない。
しばらく押し黙ってうつむいていたら、不意に顔を覗き込まれる。
『っ、』
「ちょっとつけてもらえません?」
輪っか外れねーんだけど、と言いながら、丸いままの磁器ネックレスを渡される。
金具の外し方がわからないらしい。器用だし、気も利くし、しかしこういうところが、なんというか男の子だなあ、と思った。
金具を外して背伸びしようとしたら、私の腕の高さに合わせて鉄朗が屈む。
おかげでスムーズにつけることができた。
「ど?」
『強豪っぽい』
「っぽいって。音駒、強豪でよくない?」
しばらく付け心地を試すかのように、指で触ったり首を回したりしていたが、しっくりきたのか、「明日は梟にも勝てる気がする」と口にした。
『勝ってもらわないと困る』
「言うねえ、」
用事も済んだので帰ろうとしたところ、またもや腕をつかまれた。
「はいはい。じゃあまずは髪を乾かしてから帰りましょうねー」
『自然に乾くからいいよ、』
「風邪ひくでしょーが。観念しなさい」
そうして黒尾家の洗面所にドライヤーとタオルとともに閉じ込められ、髪の毛から湿気がなくなってきてようやく、家まで送り届けられたのだった。
42矛盾だらけの誕生日プレゼント
「あ、そうそう。明日は赤い方つけてくださいネ」
『わかった』
「月曜日からは、青い方つけて学校に行きましょうネ」
『それは、……検討しておきます』
普段の練習終わりより、少し早い時間帯を3人で帰っている。明日、春高二次予選、つまり春高代表決定戦を控えていたため、今日は早めの解散だったのだ
研磨は少し後ろを歩き、サチは少し前を歩く。この、なんとも不揃いな感じが、いつもの俺たちを表しているようで面白い。
『でも赤葦がいるからなあ。うまく躱されちゃうか、』
誰かに話しているのか、それとも独り言なのか。
それは、俺にも研磨にも、正直よくわからない。多分、空回っているというか、平静を装おうとしているか、もしくは無言の時間をつくらないようにしている。
原因はアレ。さっき、俺がサチに「春高終わったら、ちゃんと告白するから」と告げたこと。
「サチさーん。試合は明日なんだし、相手はよく知ってるし、今更研究とかしたってしょうがないし。だから今日は早く寝なさいよ」
『私ベンチだし、動くわけじゃないから』
言ってるそばから、ふぁあ、とあくびをするその人。
お口を閉じると、今度はお手製の他校情報ノートをサブバックから引っ張り出す。
「こらこら。歩きながらノートを見るんじゃありません」
『えー。大丈夫だよ、昔は本を読みながら歩いてた』
「小学生の頃な。んで、水たまりにはまって靴から服から真っ黒にしてたのはどこのどなたですか?」
伊達に幼馴染をやっているわけではない。
サチの行動パターンは知っているというか身に染みている。
『うるさーい』
「とにかく、ノートは没収デス」
図と文字とでびっしり埋め尽くされたノートを後ろから引っ張り上げ、俺のカバンのポケットに突っ込んだ。
これで帰りつくまでは見れまい。
『それ、何か月もかけて収集した内容が詰まってるから、絶対落とさないでよ。汚すのもダメね』
「へいへーい」
こんな中身のない会話を、学校を出てからずっと続けている。
まあ、無理もないよなあ。
バレーボール以外にまっっったく興味のなかったサチが、まず恋愛という言葉を認識できたことがすごい。そのうえ、俺の好意に気付いたことは奇跡かもしれない。さらにさらに、俺の告白を待ってくれるらしい。
正直、このタイミングでここまで進むとは思っていなかった。
せいぜい、春高終わって、バレーボールと物理的に離れた頃合いで、意識してくれればいいかな、くらいにしか考えていなかったから、嬉しい誤算である。
でもそれにしたって、長かった。
まだうまくいくとは決まっていないけど、それでも長かった。鈍感さには定評があったが、その評価に見合う鈍さであった。
そんなことを考えている間にも、サチはずっと独り言をつぶやいていた。研磨はもうサチの言葉を耳に入れることすら辞めたようだ。スマホをポチポチしている。
「研磨、歩きスマホやめなさい」
不満そうな顔をする研磨の手からスマホをもぎ取り、これまたカバンのポケットに入れた。
やはり、俺の幼馴染たちは非常に手がかかる。
『守備はしっかりしてるし、サーブで崩すならやっぱコース狙った方がいいよね、』
ああ、でも強力サーブも捨てがたい。
そんな葛藤を口にも顔にも出しているサチさんに、「着きましたよー」と声をかける。
自分の家に着いたことも気づかないくらいには、動転している、というかテンションが高い。
あー。勢いに任せすぎた。せめて、明日の二次予選終わってからにすればよかった。
そんなことを今更思っても、もう遅い。口にしてしまったのだから。
これはたぶん、サチは今日、眠れないだろうなあ。
『研磨も一緒だったから気づかなかった』
サチがそんなことを口走る。そういや確かに、ここまで―――自分らの家を通り越してサチの家の前まで―――研磨が付いてくるのは珍しい。
『じゃ、明日』
軽く手を挙げて、軽やかに玄関扉をあけた。その後ろ姿は、平常心でいよう、と身構えているようなそんな感じで。その、必死に自分の動揺を隠そうとするサチが、なんとも愛おしく思ってしまうのだった。
サチを送り終えると、急に静かになった。改めて、サチの異常さに意識がいく。あいつ、ずっとしゃべってたんだなあ。普段の彼女からは想像できないことだ。
「……おれ、一緒に帰るの辞めようか?」
先ほどまで黙りこくっていた研磨が、不敵な笑みを浮かべながら。
この顔は、気づかれてるなあ。
「さすが研磨。察しがいいことで」
「あんなサチ見てたらすぐわかるよ。異常だったから」
「異常って。まあ、ちょっと急ぎすぎたのは反省してる。サチにも悪いことした」
「付き合ってる?」
「別に? 春高終わるまではこのまま。だから、俺たちが引退するまでは、相手してくださいヨ」
「ふーん」と返す研磨は、しかし俺とサチが付き合っていようがいまいが、たいして興味はなさそうだった。
「結婚式にはさすがに呼んでね。一応、幼馴染だし」
前言撤回する。
興味がないわけではなく、もうだいぶ先を進んでいるようだ。
「いやいやいや、さすがに気が早い。まだ先でしょーが」
「クロもサチも、気が付いたら大学卒業して社会人になってて、働くのが楽しすぎて30歳とか40歳とかなってそうだよね。別に、結婚にこだわらなくてもいいと思うけど、クロたちはタイミング逃したら、ずっと逃したままな気もしなくもないよね」
「そ、れは、」
そんなことを考えたこともなかったが。
確かに、どうせ働くなら、バレーボールと同じくらい熱中できる仕事がいいとは思う。サチは、どう思っているのだろうか―――いや、あいつは何も考えてないな。
「そうならないように、細心の注意を払います」
そのあたりで、互いの家についた。
いつものように別れを告げ、自宅の玄関の鍵を開ける。居間からテレビの音が聞こえてくるので、祖父母がまだ起きているということがわかり、明日が試合なのだとまた実感する。
明日の試合で勝って、春高へ行く。サチのことは、春高の後。大丈夫、サチは待ってくれると言ったから。
歩いて帰ってきたせいか、10月にしては、少し暑いなあ、と。
疲れた。
なんだかいろんなことがあって、玄関のドアを開けて、閉めたとたんに、急に疲れがふってきた。
リビングでゆったりしていた母親にただいまの挨拶をし、とりあえず荷物を部屋に投げ入れる。こういう日は風呂につかるのがよい。
着替えを持って、そのまま浴室へと向かう。
来ていた服を洗濯籠に投げ入れて、母はすでに風呂に入っているだろうから、と、体を洗うこともせず浴槽の中にインした。いつもより早めに帰ったせいか、お湯もまだ少し熱い。
『ふぅーーーーー』
顔をゴシゴシとお湯で洗うと、少しさっぱりした。
お湯につかりながらのんびりしていると、今日のことを思い出すのは必然的で。
今日は朝からいろいろあった。
元チームメイトたちと言い合いをして。
鉄朗から「春高終わったら、ちゃんと告白するから。待ってて」と、もうこれが告白ではないのか、というようなことを言われて。
家までの帰り道、研磨と一緒でよかった。
無言の時間が嫌で、私がずっと一人でしゃべっていたけど、研磨も鉄朗も何も言わないでくれた。
そういう優しい二人だから、ここまで長く幼馴染できてたんだよなあ、と。
春高終わったら、鉄朗とは幼馴染ではなくなるのだろうか。
そんなことを考えると、急に動悸が襲ってくる。どうしたものかと、鼻の下までお湯につかって、湯の中で、ぶくぶくと音を立てて空気を絞り出す。ぶくぶくしながら、何も考えたくなくて、今日の出来事も一緒に絞り出してしまおうと自棄になる。
計画通り今日の出来事を水というかお湯に流すと、ふと思い出される何か。……なんだっけ? 今ふと、思考の片隅に現れたのに。
なーんか忘れている気がする。
朝、私は何らかのミッションを抱えていたきがするのだけど。
なんだっけなあ、としばらくぶくぶくを続けていると。
不意にお湯に流したはずの鉄朗の顔が思い出されて、そして思い至る。
―――今日、鉄朗の誕生日だった。
プレゼントは用意している。時間をかけて丁寧に選んだ。
朝、忘れないようにカバンの中にいれた。
そして、渡さないまま、まだカバンの中に、ある。
なんてことだ。
がば、と浴槽から立ち上がる。
でも後から入りなおすことは面倒なので、急いで洗髪をして体を洗い、体を拭いて。
髪を乾かす時間はさすがに惜しくて、滴り落ちる水気をふき取るだけで、適当な服を着た。
『ちょっと鉄朗の家言ってくる』
相変わらずまったりしていた母に声をかけ、プレゼントと携帯電話を持って家を出た。
『く、く、く、くーろーお、』
あった。黒尾鉄朗。
普段携帯電話など使わないから、目的の人物を探すのにも一苦労だ。
そうしてようやく名前を見つけたころには、その人の家の前についていて。鉄朗の部屋の電気はついているから、部屋にいることはわかる。
プルルルル、
コールが鳴る。
鉄朗が出るまでののコール音は、やけにドキドキした。
「え、サチさん?」
4コール目途中くらいでコール音が消えて、代わりに鉄朗の戸惑った声が聞こえてくる。
『今下にいるー下りてきて』
「下!?」
ガタガタ、という音とともに、鉄朗の部屋のカーテンが勢いよく開き、鉄朗の姿が見えた。
と思ったら、すぐに見えなくなり、ダダダダダ、という激しい音。
静かになったなあ、と思ったら、黒尾家の玄関扉が開いた。ちなみに引き戸タイプ。
「こんな夜更けに! 一人じゃ危ないでしょーが」
開口一番怒られた。
『すぐそこじゃん。1分かそこら』
いつものように軽く返した。ことを後悔する。
「あのさあ」
気づいたときには、すぐ後ろに鉄朗の家のブロック塀があって、でもすぐ前には鉄朗が迫っていて、というか腕を強引につかまれていた。
「こういう風にされたらどうすんの。力じゃ、男にはかなわないんですよ」
言葉通り、抜け出そうと力を入れても、バレーボールで鍛え上げられた鉄朗の体は、びくりともしなかった。
それでも、どうにかならないかなあ、とじたばたしていたところ。
急に腕が解放されて、しかし今度は鉄朗の腕の中にいた。
「頼むから、心配させるようなことしないで」
抱きしめられているので、鉄朗の声は耳元から聞こえてきて。
声も態度も、今までの―――幼馴染の時とは違う。
私たちの関係性はまだ幼馴染のはずだけど。でも今は、そうではないような。というか、これは幼馴染の距離ではない。
『わ、かった、』
でもその距離が嫌なわけではなかった。寧ろ、安心するというか落ち着くというか。心臓はうるさいのに安心するって、矛盾している。
恋愛って、矛盾だらけだ。
肯定的な返事をしたので、鉄朗もようやく私を放してくれた。しかし離れ際、「髪も乾かしてないし、」と、怠惰が目ざとく見つかった。
「で、そんなに急いでどうしたの」
『あー、大事な用事を忘れてて、』
いそいそとポケットから紙包みをとり出す。
『遅くなったけど。誕生日おめでとう』
目が合わせられなかったのは、見逃してほしい。当日にプレゼントを渡せたのだから、及第点だ。
鉄朗は手に取り、「用意してくれてたんだ」とか言っている。
『失礼な! ちゃんと何日も前から用意してましたー』
ふん、としてから、自分の失言に気が付く。
何日も前からって、張り切ってたのばれるじゃん!
『……嘘。そんな前からは準備してない、ここ最近というか、忘れてたというか、』
ごにょごにょしていたら、ふは、と鉄朗が笑う。
「わかったわかった。慌てて用意してくれたのな、サンキュ」
”嘘”と言ったことが嘘であるとバレている。
なんだか格好がつかないなあ、とため息をついていると、びりびりと鉄朗が包装を破いて中身を出した。
「なんだっけ、コレ」
『磁器ネックレス。……肩こりとかでつける人もいるけど。どっちかっていうと、ネックレス、みたいな、感じで……選んだ』
腕にはめるのは、邪魔になるし。
バレー用具は持っているから必要ないだろうし。
受験勉強用に文房具、は、なんか負けた気がして(何にだよ、というツッコミはなしで)。
だから、もらったプレゼントを思い返してみた。
シュシュは、普段身に着けるものだから、そういうのを返したいなあ、と思って。
反応がないから、顔を見ることができない。
しばらく押し黙ってうつむいていたら、不意に顔を覗き込まれる。
『っ、』
「ちょっとつけてもらえません?」
輪っか外れねーんだけど、と言いながら、丸いままの磁器ネックレスを渡される。
金具の外し方がわからないらしい。器用だし、気も利くし、しかしこういうところが、なんというか男の子だなあ、と思った。
金具を外して背伸びしようとしたら、私の腕の高さに合わせて鉄朗が屈む。
おかげでスムーズにつけることができた。
「ど?」
『強豪っぽい』
「っぽいって。音駒、強豪でよくない?」
しばらく付け心地を試すかのように、指で触ったり首を回したりしていたが、しっくりきたのか、「明日は梟にも勝てる気がする」と口にした。
『勝ってもらわないと困る』
「言うねえ、」
用事も済んだので帰ろうとしたところ、またもや腕をつかまれた。
「はいはい。じゃあまずは髪を乾かしてから帰りましょうねー」
『自然に乾くからいいよ、』
「風邪ひくでしょーが。観念しなさい」
そうして黒尾家の洗面所にドライヤーとタオルとともに閉じ込められ、髪の毛から湿気がなくなってきてようやく、家まで送り届けられたのだった。
42矛盾だらけの誕生日プレゼント
「あ、そうそう。明日は赤い方つけてくださいネ」
『わかった』
「月曜日からは、青い方つけて学校に行きましょうネ」
『それは、……検討しておきます』