Que Sera, Sera. -ケセラセラ-
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春高が終わるまでは、私もバレーボールに専念する。
そう決めると、鉄朗との距離に、必要以上のドキドキはしなくなった。
もちろん、心臓はうるさいけど、それ以上に、残り少ないバレーボールの時間を―――鉄朗や、このメンバーでできるバレーボールの時間を―――しっかり楽しむことが、とても大切なのだと思えて。
毎日が、嘘のように楽しかった。
あれだけ憂鬱だった受験勉強にも身が入るし、部活動も楽しいし。
何だろう、何をしてもうまくいくような、そんな感じ。
こんな感覚、これまでなかった気がする。恋って、すごい。
そんな青春真っただ中、かつ、明日はいよいよ春高二次予選(代表決定戦)というこのよき日に。
私にとっては一大イベントがあった。
今日は、幼馴染、黒尾鉄朗の誕生日である。
プレゼントは、正直すごく悩んだ。
悩んだが、悩む時間も楽しいというのは、新鮮な感覚だった。
いつもなら、だらだらと、研磨とか夜久とか適当な人とノリで買っていたのだけど、今回は自分でちゃんと選びたくて、一人で買い物へ行って、ほとんど一日かけて選んだ。
喜んでくれるといいけど。いや、私がこんなに時間をかけて選んだんだから喜べ、とは思う。
土日の部活は、鉄朗と研磨と学校へ向かうのだけど、この日は2人とも朝練ということで先に出ていた。ここ最近の朝練の日は、マネはどちらか一人が出る当番制を採用しており、この日は咲良が当番だったので、私はゆっくりと家を出たのだった。
体育館につくと、朝練が終わって一区切りしており、体育館のあちこちでわちゃわちゃとしている。そんな中でも、私が着いたことに気が付くと「おはようございます」とちゃんと挨拶してくれるから、みんないいヤツだと思う。
この後の動きを主将であるところの鉄朗と確認しようと、その人を探していたところ、『げ、』と思わず口から出てしまった。見ただけでわかる、鉄朗の機嫌が悪い。すこぶる悪い。
なんでこんな日に機嫌が悪くなるんだ、なんて悪態をついてみるが、答えがわかるはずもなく。
研磨の近くにいそいそと近寄って、『鉄朗なんかあったの?』と確認する。
「……さあ。本人に聞いてみたら?」
『えー。機嫌悪い人にこちらから近づくような真似はしたくない』
2人でブツブツと話していたせいか、黒尾がパッとこちらを振り向いた。
「サチさん、ちょっといい」
うわー。
声の低さが、鉄朗の機嫌の悪さを顕著に表しており、しかし周囲はソレに気が付かないから不思議だ。あからさまにテンション低いじゃん。
『何ですかー。ご機嫌斜めの黒尾さん』
「あ、やっぱバレちゃう?」
『まあねー。で、何』
この数週間で、こうやって、通常運転で話をするスキルを身に着けた。
我ながら、適応能力がありすぎて己惚れる。
「今日はさ、中の仕事メインでやってほしいなーと思いまして」
いたって真面目な内容に、思わずきょとんとする。
『別、に、いいけど。わざわざなんで?』
「あー、ほら。明日はいよいよ代表決定戦だし、さ。みんなのコンディションチェックやってほしいなーと、ネ」
『ふーん。……わかった』
鉄朗の言葉が、建前だということくらいはわかった。でもそれ以上のことはわからない。
よくわからないけど、訳を聞いても教えてくれないような感じがして、とりあえず了承すると、すぐに練習が始まったのだった。
10月半ば。8月に比べれば、涼しいくらいの気温なのだが、体育館の中は部員全員のやる気と熱気に包まれていた。そのもわっとした空気が、嫌いじゃないな、とふと思った。
そんな風に黄昏ていたところ。
「サチさん! テーピングなくなりました」
指をぐるぐる巻きにしていたリエーフに呼ばれる。確かにテーピングが切れてしまっている。普段なら多めに置いておくのだけど、在庫整理というか試合前に微妙なのから先に片そうと思って、その微妙に残っていたものだけを置いていた。それが、試合前日にようやく使い切れたようである。
『持ってくるから、ちょっと待ってて、』
基礎練習が終わって、ただいま試合形式中であった。
咲良は得点板をやっていて手が離せなさそうなので、自分で取ってこようと立ちあがる。
「ちょい待ち」
それをなぜか鉄朗に制止される。
『ん? 他になんか持ってくるのある?』
「いや、そうじゃなくて。俺とってくるから、サチさんは作業続けてて」
試合中に、―――リベロと交換中ではあったが―――なぜかわざわざマネを差し置いて、部室へ雑用しにいくと言う主将。
単純に意味が分からない。
『いやいや、これも私の仕事ですけど』
そう返せば、少しだけむっとするその人。しかしそれも一瞬で、近しい人にしかわからない機微だろうなあ、と。
「……寄り道せずに戻ってきなさいよ」
『言われなくともそうしますー』
鉄朗の不可解な行動に『?』を浮かべつつ、しかし部室からテーピングをとって戻るころには、その不可解さも忘れ去っていた。
リエーフが待っているだろうから、と急ぎ足で体育館へ向かっていると、見かけないジャージ姿の人影が、ちょっとした広場になっているところのベンチにあった。他校の人だ。
どこか練習試合でもしているのかな。
まあでも、私には関係ないことだったので、目の視界の隅に入っただけで、その場を通り過ぎようとしたところ。
「春高なんて言ってさー。行けるわけないよね」
「ほんと。現実見ろよって思うわー」
春高、という言葉に引っかかった。
思わず足を止める。
この声と話し方と、そして見覚えのあるジャージ。いやな思い出がよみがえる。
「明日負けるに決まってる」
音駒の女子バレは、明日の代表決定戦には残っていない。
ということは、彼女たちがバカにしているのは、男バレのことの裏付けで。
気づいたときには、足早に彼女らに近づいていた。
『負けるわけないじゃない』
思わず睨みつけると、あちらも負けじと睨みつけてくる。
彼女たちは、私の元チームメイトであった。インハイ予選ぶりに遭遇した。
「まだいたの。いつまでも黒尾にひっついてさあ」
「いい加減、黒尾のこと解放してあげなさいよ」
そんな話をしているわけではない。
『負けないから』
怒鳴るわけでもなく、ただ述べるでもなく。
明日、音駒は確かに勝てるのだという確信だった。
「あいつらが残れるわけないじゃん。これまでがマグレだっただけで、」
『マグレじゃない。みんな、毎日コツコツ努力してきたんだから』
「ただ努力すれば勝てるとでも? そんな甘い世界じゃないわよ」
カツカツとにじり寄ってきたので、負けじとこちらも距離を詰めた。
言いたいことは山ほどある。
『大した努力もしないヤツが、知ったような口を利かないで』
「っ、」
この人たちだって、たしかに、朝練には参加していたかもしれない。
でも、参加しているだけで、そこに熱量は感じられなかった。
ただ本数をこなすだけ。なんなら、隙を見てさぼりさえしていた。
練習にだって、どれだけ真面目に参加していたのかはわからない。
『悔しいなら、もっとちゃんと練習すればいいじゃない。ひたむきにがむしゃらに。そんな努力もしないで、知ったような口をきいて、あんたたちはいったい何を知っているわけ?』
でも。
中学時代の私は、そんな彼女らを見ようとはしていなかった。
練習しないならそれでいいんじゃない。個人の自由でしょ。
この人たちに、面と向かって正すことに、労力を割く必要はないと思っていたのだ。
チームメイトではなく、他人だったのだ。
だから今度は、”元”チームメイトにはなってしまったけど、ちゃんとかかわろうと思う。
「何よ。ちょっとバレーがうまいくらいで、」
元チームメイトが、ギリ、と顔をゆがめた。
『謝って』
「は?」
『ウチのチームに謝って。明日、勝って全国に行くんだから』
しばらく睨みあっていたら、「……んない、」と聞こえる。
『なに?』
「意味わかんない。ちょっと冗談言ったくらいで、」
『冗談に聞こえないし、冗談でも許せない』
ぴしゃりと言い放つ。
互いに、収拾がつかなくなっていた。
「何でも持ってるやつに、うちらの気持ちがわかるはずない」
『……なにそれ』
「バレーボールのセンスも、身体能力も、守ってくれる幼馴染も、」
そうして、片方がぽろぽろ、と涙を流し始めると、もう一人もつられて泣き出す。
別に泣かれても、罪悪感はなかった。
確かに、私は何かを持っているのかもしれない。それは、彼女らがうらやましがるものなのかもしれない。
でも、彼女たちだって私にないものを持っているわけで。一方的になんでも持っている、などと決めつけられたくはない。そもそも私の何を知っている。
『……人を貶めるよりも、自分の力を磨く方がいいじゃん』
「っ、」
『自分にないものばかり数えるんじゃなくて。今持っているものをふやしていきなよ』
なんだか説教じみたことを言ってしまった。
相手側が二人とも泣き出してしまったので、ヒートアップしていた気持ちも、なんだか冷めた。
それを悟ったのか、二人は謝ることなく、女バレが使うほうの体育館へ駆けていった。
『……ふう、』
2人の背中を見ながら、ため息をつく。安堵感なのか、何なのか。
力が抜けると、両手が小刻みに震え始めて、目頭がうるうるとした。
ナニコレ、どういうこと。
自分の体の反応に戸惑う。
どすればいいかわからなくて、その場に立ちすくみ、あふれ出る水分をぬぐっていたら。
不意に、視界が暗くなった。すぐに、知っている匂いが後を追ってくる。
ソレが、鉄朗のジャージであることに気付くのに、鉄朗の匂いであることに、少し時間がかかる。
幼馴染の大きなジャージが、私の頭から下をすっぽり隠してくれていた。泣いている姿を誰にも見られないようにしてくれているのだとわかった。
『てつろ、』
「んー?」
ポンポン、とジャージ越しに、頭を優しくなでることを忘れない幼馴染。
困ったときには、いつも鉄朗が隣にいてくれるよなあ、と。
この人がいなくなったら、私は前を向いて歩けるのだろうか。
そんな不安が一瞬頭をよぎったのだけど、そのままやり過ごすこととする。
今はただ、この優しさをありがたく享受しようと思う。
40他人ではない、元チームメイトたちへ
そう決めると、鉄朗との距離に、必要以上のドキドキはしなくなった。
もちろん、心臓はうるさいけど、それ以上に、残り少ないバレーボールの時間を―――鉄朗や、このメンバーでできるバレーボールの時間を―――しっかり楽しむことが、とても大切なのだと思えて。
毎日が、嘘のように楽しかった。
あれだけ憂鬱だった受験勉強にも身が入るし、部活動も楽しいし。
何だろう、何をしてもうまくいくような、そんな感じ。
こんな感覚、これまでなかった気がする。恋って、すごい。
そんな青春真っただ中、かつ、明日はいよいよ春高二次予選(代表決定戦)というこのよき日に。
私にとっては一大イベントがあった。
今日は、幼馴染、黒尾鉄朗の誕生日である。
プレゼントは、正直すごく悩んだ。
悩んだが、悩む時間も楽しいというのは、新鮮な感覚だった。
いつもなら、だらだらと、研磨とか夜久とか適当な人とノリで買っていたのだけど、今回は自分でちゃんと選びたくて、一人で買い物へ行って、ほとんど一日かけて選んだ。
喜んでくれるといいけど。いや、私がこんなに時間をかけて選んだんだから喜べ、とは思う。
土日の部活は、鉄朗と研磨と学校へ向かうのだけど、この日は2人とも朝練ということで先に出ていた。ここ最近の朝練の日は、マネはどちらか一人が出る当番制を採用しており、この日は咲良が当番だったので、私はゆっくりと家を出たのだった。
体育館につくと、朝練が終わって一区切りしており、体育館のあちこちでわちゃわちゃとしている。そんな中でも、私が着いたことに気が付くと「おはようございます」とちゃんと挨拶してくれるから、みんないいヤツだと思う。
この後の動きを主将であるところの鉄朗と確認しようと、その人を探していたところ、『げ、』と思わず口から出てしまった。見ただけでわかる、鉄朗の機嫌が悪い。すこぶる悪い。
なんでこんな日に機嫌が悪くなるんだ、なんて悪態をついてみるが、答えがわかるはずもなく。
研磨の近くにいそいそと近寄って、『鉄朗なんかあったの?』と確認する。
「……さあ。本人に聞いてみたら?」
『えー。機嫌悪い人にこちらから近づくような真似はしたくない』
2人でブツブツと話していたせいか、黒尾がパッとこちらを振り向いた。
「サチさん、ちょっといい」
うわー。
声の低さが、鉄朗の機嫌の悪さを顕著に表しており、しかし周囲はソレに気が付かないから不思議だ。あからさまにテンション低いじゃん。
『何ですかー。ご機嫌斜めの黒尾さん』
「あ、やっぱバレちゃう?」
『まあねー。で、何』
この数週間で、こうやって、通常運転で話をするスキルを身に着けた。
我ながら、適応能力がありすぎて己惚れる。
「今日はさ、中の仕事メインでやってほしいなーと思いまして」
いたって真面目な内容に、思わずきょとんとする。
『別、に、いいけど。わざわざなんで?』
「あー、ほら。明日はいよいよ代表決定戦だし、さ。みんなのコンディションチェックやってほしいなーと、ネ」
『ふーん。……わかった』
鉄朗の言葉が、建前だということくらいはわかった。でもそれ以上のことはわからない。
よくわからないけど、訳を聞いても教えてくれないような感じがして、とりあえず了承すると、すぐに練習が始まったのだった。
10月半ば。8月に比べれば、涼しいくらいの気温なのだが、体育館の中は部員全員のやる気と熱気に包まれていた。そのもわっとした空気が、嫌いじゃないな、とふと思った。
そんな風に黄昏ていたところ。
「サチさん! テーピングなくなりました」
指をぐるぐる巻きにしていたリエーフに呼ばれる。確かにテーピングが切れてしまっている。普段なら多めに置いておくのだけど、在庫整理というか試合前に微妙なのから先に片そうと思って、その微妙に残っていたものだけを置いていた。それが、試合前日にようやく使い切れたようである。
『持ってくるから、ちょっと待ってて、』
基礎練習が終わって、ただいま試合形式中であった。
咲良は得点板をやっていて手が離せなさそうなので、自分で取ってこようと立ちあがる。
「ちょい待ち」
それをなぜか鉄朗に制止される。
『ん? 他になんか持ってくるのある?』
「いや、そうじゃなくて。俺とってくるから、サチさんは作業続けてて」
試合中に、―――リベロと交換中ではあったが―――なぜかわざわざマネを差し置いて、部室へ雑用しにいくと言う主将。
単純に意味が分からない。
『いやいや、これも私の仕事ですけど』
そう返せば、少しだけむっとするその人。しかしそれも一瞬で、近しい人にしかわからない機微だろうなあ、と。
「……寄り道せずに戻ってきなさいよ」
『言われなくともそうしますー』
鉄朗の不可解な行動に『?』を浮かべつつ、しかし部室からテーピングをとって戻るころには、その不可解さも忘れ去っていた。
リエーフが待っているだろうから、と急ぎ足で体育館へ向かっていると、見かけないジャージ姿の人影が、ちょっとした広場になっているところのベンチにあった。他校の人だ。
どこか練習試合でもしているのかな。
まあでも、私には関係ないことだったので、目の視界の隅に入っただけで、その場を通り過ぎようとしたところ。
「春高なんて言ってさー。行けるわけないよね」
「ほんと。現実見ろよって思うわー」
春高、という言葉に引っかかった。
思わず足を止める。
この声と話し方と、そして見覚えのあるジャージ。いやな思い出がよみがえる。
「明日負けるに決まってる」
音駒の女子バレは、明日の代表決定戦には残っていない。
ということは、彼女たちがバカにしているのは、男バレのことの裏付けで。
気づいたときには、足早に彼女らに近づいていた。
『負けるわけないじゃない』
思わず睨みつけると、あちらも負けじと睨みつけてくる。
彼女たちは、私の元チームメイトであった。インハイ予選ぶりに遭遇した。
「まだいたの。いつまでも黒尾にひっついてさあ」
「いい加減、黒尾のこと解放してあげなさいよ」
そんな話をしているわけではない。
『負けないから』
怒鳴るわけでもなく、ただ述べるでもなく。
明日、音駒は確かに勝てるのだという確信だった。
「あいつらが残れるわけないじゃん。これまでがマグレだっただけで、」
『マグレじゃない。みんな、毎日コツコツ努力してきたんだから』
「ただ努力すれば勝てるとでも? そんな甘い世界じゃないわよ」
カツカツとにじり寄ってきたので、負けじとこちらも距離を詰めた。
言いたいことは山ほどある。
『大した努力もしないヤツが、知ったような口を利かないで』
「っ、」
この人たちだって、たしかに、朝練には参加していたかもしれない。
でも、参加しているだけで、そこに熱量は感じられなかった。
ただ本数をこなすだけ。なんなら、隙を見てさぼりさえしていた。
練習にだって、どれだけ真面目に参加していたのかはわからない。
『悔しいなら、もっとちゃんと練習すればいいじゃない。ひたむきにがむしゃらに。そんな努力もしないで、知ったような口をきいて、あんたたちはいったい何を知っているわけ?』
でも。
中学時代の私は、そんな彼女らを見ようとはしていなかった。
練習しないならそれでいいんじゃない。個人の自由でしょ。
この人たちに、面と向かって正すことに、労力を割く必要はないと思っていたのだ。
チームメイトではなく、他人だったのだ。
だから今度は、”元”チームメイトにはなってしまったけど、ちゃんとかかわろうと思う。
「何よ。ちょっとバレーがうまいくらいで、」
元チームメイトが、ギリ、と顔をゆがめた。
『謝って』
「は?」
『ウチのチームに謝って。明日、勝って全国に行くんだから』
しばらく睨みあっていたら、「……んない、」と聞こえる。
『なに?』
「意味わかんない。ちょっと冗談言ったくらいで、」
『冗談に聞こえないし、冗談でも許せない』
ぴしゃりと言い放つ。
互いに、収拾がつかなくなっていた。
「何でも持ってるやつに、うちらの気持ちがわかるはずない」
『……なにそれ』
「バレーボールのセンスも、身体能力も、守ってくれる幼馴染も、」
そうして、片方がぽろぽろ、と涙を流し始めると、もう一人もつられて泣き出す。
別に泣かれても、罪悪感はなかった。
確かに、私は何かを持っているのかもしれない。それは、彼女らがうらやましがるものなのかもしれない。
でも、彼女たちだって私にないものを持っているわけで。一方的になんでも持っている、などと決めつけられたくはない。そもそも私の何を知っている。
『……人を貶めるよりも、自分の力を磨く方がいいじゃん』
「っ、」
『自分にないものばかり数えるんじゃなくて。今持っているものをふやしていきなよ』
なんだか説教じみたことを言ってしまった。
相手側が二人とも泣き出してしまったので、ヒートアップしていた気持ちも、なんだか冷めた。
それを悟ったのか、二人は謝ることなく、女バレが使うほうの体育館へ駆けていった。
『……ふう、』
2人の背中を見ながら、ため息をつく。安堵感なのか、何なのか。
力が抜けると、両手が小刻みに震え始めて、目頭がうるうるとした。
ナニコレ、どういうこと。
自分の体の反応に戸惑う。
どすればいいかわからなくて、その場に立ちすくみ、あふれ出る水分をぬぐっていたら。
不意に、視界が暗くなった。すぐに、知っている匂いが後を追ってくる。
ソレが、鉄朗のジャージであることに気付くのに、鉄朗の匂いであることに、少し時間がかかる。
幼馴染の大きなジャージが、私の頭から下をすっぽり隠してくれていた。泣いている姿を誰にも見られないようにしてくれているのだとわかった。
『てつろ、』
「んー?」
ポンポン、とジャージ越しに、頭を優しくなでることを忘れない幼馴染。
困ったときには、いつも鉄朗が隣にいてくれるよなあ、と。
この人がいなくなったら、私は前を向いて歩けるのだろうか。
そんな不安が一瞬頭をよぎったのだけど、そのままやり過ごすこととする。
今はただ、この優しさをありがたく享受しようと思う。
40他人ではない、元チームメイトたちへ