Que Sera, Sera. -ケセラセラ-
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寝不足。寝不足というか、ほぼ寝ていない。起きすぎている状態なのだから、”過目覚め”とか言わないかな。
そんな思考に至っている自分を自覚し、いよいよ使えないなあ、と自嘲する。
”それ、恋”
かおりんの言葉を、始めは信じていなかった。だって、聞いていた恋とは全然違う。
もっと一緒にいたい。
付き合ってみたい。
この人いいな。
この人がいないと寂しいな。
以前かおりんから教えられたことはまったくあてはまらないのに。
私の鉄朗に対する気持ちは、恋というらしい。
「クロ」
コートでは、音駒が烏野と対戦している。
研磨との、長年合わせてきた熟成された速攻が、きれいに決まっている。
「っし」
気持ちよさそうに笑う鉄朗の顔は、やはりキラキラしていた。いつまでも見ていられるよなあ、と。
そして今度は、最近できた友人、ミズキの会話が思い出されて。
鉄朗がバレーをしている姿は、他の人とは違ってキラキラしている。
そのキラキラが、恋なのだという。
ずっと鉄朗を見ていたせいか、鉄朗と目が合う。
「?」な顔をしつつ、ニシシ、という擬態語がしっくりくるような顔で、笑いかけられる。
その顔に、その態度に、というか鉄朗という人そのものに、ドクン、ドクンと胸がなる。
心臓がうるさい。
ああ、これが、昨日ずっとかおりんが言っていた、胸の高鳴りというヤツか。
そんなことを考えながら、なんか悔しいので鉄朗には舌を出してべーをしておいた。
鉄朗と、どういう距離でいればいいのかわからない。
コート内では、今度は烏野が点を決めた。
そちらも、9番が10番の速攻を使っていた。
あれ。いつもは鉄朗と10番がぶつかることはあまりないんだけど、珍しいなあ。
音駒は熟練速攻って感じだけど、でもそろそろ烏野の速攻も、なんというか安定したというか熟練感が出てきたよなあ。
そんなことを上の空で考えていたら。
―――ガンッ
すごい音とともに、衝撃が走った。
一瞬何が起こったのかわからなくて、でも体は後ろの方へ投げ出される。
体育館に思い切りしりもちをついたときに、みぞおちの辺りに何かが当たったことを認識する。
近くにボールが転がっているから、誰かのスパイクが当たったらしい。
そういう状況判断はできるのだが、
―――息ができない
全国レベルの男子高校生の、おそらく全力スパイク。そして運悪くみぞおちに入った。
ツーっと、背筋を冷汗が伝うのがわかった。
「悪い」
「大丈夫か?」
ようやくその声を認識すると、少しずつ体育館のざわめきが耳に入ってきて。
隣コートの試合を中断させていることに思考をめぐらせられたので、片腕を上げて―――大丈夫だよ、の意―――、ふらふらする足取りで体育館の外へとどうにか逃げ出した。
息を吸いたいのに肺が動かない。
大丈夫、しばらくしたら治る。
なんとか段差に腰かけて、どうしようもない不安を押し殺す。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
何度も自分に言い聞かせて。
でも、思い出されるのは、前に過呼吸になったときの息苦しさで。
真っ暗な中に、自分ひとりだけがいるような。
もう何時間もそこに一人でいるような。
心細さを感じたら、なんかもう駄目だった。
―――呼吸ってどうやったらできるんだっけ。
……。
……。
「大丈夫」
鉄朗の声がすぐ隣に聞こえた。
冷汗をかいていた背中が、なんだかあたたかい。
「ゆっくりでいい。息をはくことに集中しろ」
鉄朗の声に合わせて、なんとか息を吐き出して、吐き出して、吐き出して。
何度も何度もそれをくり返して、ようやく、息の仕方を思い出せた。
『……助かった、ありがと、』
そして、どうしようもなく、鉄朗の隣は安心するのだと、自覚した。
あと半年もしたら、その鉄朗は自分の隣からいなくなるのだと思うと、すごくイヤだと思った。
幼馴染の安心したような顔が、すぐ近くにあった。
大きな手で、頭をくしゃくしゃにされた。
「ったく、黒尾さん、肝が冷えましたよ」
軽い調子で紡がれる言葉は、あえて軽い調子にしているのだとわかる。
軽い口調なのに、顔は優しく笑っていて。
好きだなあ、と思った。
ああ、これが、恋。
なんだ、ちゃんと好きって気持ち、わかるじゃん。
「クロ、」
「ああ。ちょっと見てくる」
昨日から、サチの様子がおかしかった。
なんか急に会話できなくなるし、雀田は気持ちの整理が必要とかいうし。しかし俺のせいではないらしい。意味が分からん。
今日は今日で、なんだかすげー見られている気がする。でもあきらかに寝不足とはわかる顔色で。
そんなところに、隣コートのボールが思い切りサチにぶつかった。打ち所が悪かったのか、青い顔をして体育館を出て行った。
ちょうど夜久と交代だったので、外へ様子を見に行くと。
やはり、うずくまっている。
「サチ? 大丈夫か? すごい音だったようデスけど」
言いながら隣にしゃがみこむ。返事はない。代わりに、荒い息遣いが聞こえてくる。
ひっ……はっ、ひゅ……っ、はっ……っ
インハイ予選で聞いたヤツ。
「サチさーん。大丈夫、ゆっくり息はいて」
背中をさすりながら、優しくゆっくり声をかけることを意識した。
あのあと、過呼吸について少し調べた。一度起こすと、くり返すことがあるらしい。そして過呼吸になった場合は、ゆっくり息を吐かせることがいい。あと安心させる。
声をかけながら、息を吐かせながら。背中をさすって、落ち着くのを待った。
少しずつ、少しずつ。
何度も名前を呼んだ。
どれくらい時間がたったのだろうか。
『助かった、ありがと、』
ようやく、そんな声が聞けた頃には、もうずいぶんと時間がたったように感じた。
「ったく、黒尾さん、肝が冷えましたよ」
軽口をたたけば、まだ少し疲れたような顔で、『油断した』と。
その言いぐさに、思わず「ぷ」と吹き出す。
「武士ですか」
『うるさい』
まだ少し心配だったので、体育館の中も気になったが、サチの背中には手を置いておく。ゆっくり、でもどこかおそるおそる、息をしているような、そんな頼りない背中だった。
「顔色悪いし、少し寝てたら?」
『……いい』
「そ?」
雀田に言って、あまり動かなくてもいいような作業にしてもらおう、と勝手に判断する。
「クロ。試合終わったから」
不意に後ろから、研磨の声がした。
事実のみの報告。おー、と右手を挙げておく。烏野がわちゃわちゃしているから、ウチが勝ったのだろう。
試合終わったから、まだそこにいてもいいよ。
そういう研磨の心遣いだった。
「なんか飲み物持ってこようか?」
俺の問いに、サチは首を横に振って答えた。そして、代わりに『もうちょっと、居て』とか言う。
あらあら。稀にみる素直モード。
言われた通り、隣で背中をさすっていると、ふふふ、とサチにしては珍しい笑い方をする。
「なになに。もしかしてさっき、頭でも打った?」
少し吹っ掛けてみると、それでもずいぶんとご機嫌である。
『ちょっと、大人になった気分』
「何ですか、ソレ。ボールと正面衝突しておいて?」
『……鉄朗はさ、鈍感だよね』
は。何それ。は?
呆れすぎて言葉に詰まる。
今この人、鈍感って言った?
「サチさん。ドンカンって意味、知ってる?」
『知ってる』
少しだけむっとした表情と声とともに、馬鹿にするなとでも言いたげな視線も一緒に返された。
なんだかよくわからないけども。
サチが思っていたより元気そうなので何よりだ。
少し、いつもよりもほんの少し、2人の空気が甘い気がしたのは、俺の思い過ごしなのだろうか。
38これが、恋
そういや、結局昨日のアレーーー急に会話が成り立たなくなったヤツーーーはなんだったのだろうか。
雀田に聞いても教えてくれなさそうだしなあ。
そんな思考に至っている自分を自覚し、いよいよ使えないなあ、と自嘲する。
”それ、恋”
かおりんの言葉を、始めは信じていなかった。だって、聞いていた恋とは全然違う。
もっと一緒にいたい。
付き合ってみたい。
この人いいな。
この人がいないと寂しいな。
以前かおりんから教えられたことはまったくあてはまらないのに。
私の鉄朗に対する気持ちは、恋というらしい。
「クロ」
コートでは、音駒が烏野と対戦している。
研磨との、長年合わせてきた熟成された速攻が、きれいに決まっている。
「っし」
気持ちよさそうに笑う鉄朗の顔は、やはりキラキラしていた。いつまでも見ていられるよなあ、と。
そして今度は、最近できた友人、ミズキの会話が思い出されて。
鉄朗がバレーをしている姿は、他の人とは違ってキラキラしている。
そのキラキラが、恋なのだという。
ずっと鉄朗を見ていたせいか、鉄朗と目が合う。
「?」な顔をしつつ、ニシシ、という擬態語がしっくりくるような顔で、笑いかけられる。
その顔に、その態度に、というか鉄朗という人そのものに、ドクン、ドクンと胸がなる。
心臓がうるさい。
ああ、これが、昨日ずっとかおりんが言っていた、胸の高鳴りというヤツか。
そんなことを考えながら、なんか悔しいので鉄朗には舌を出してべーをしておいた。
鉄朗と、どういう距離でいればいいのかわからない。
コート内では、今度は烏野が点を決めた。
そちらも、9番が10番の速攻を使っていた。
あれ。いつもは鉄朗と10番がぶつかることはあまりないんだけど、珍しいなあ。
音駒は熟練速攻って感じだけど、でもそろそろ烏野の速攻も、なんというか安定したというか熟練感が出てきたよなあ。
そんなことを上の空で考えていたら。
―――ガンッ
すごい音とともに、衝撃が走った。
一瞬何が起こったのかわからなくて、でも体は後ろの方へ投げ出される。
体育館に思い切りしりもちをついたときに、みぞおちの辺りに何かが当たったことを認識する。
近くにボールが転がっているから、誰かのスパイクが当たったらしい。
そういう状況判断はできるのだが、
―――息ができない
全国レベルの男子高校生の、おそらく全力スパイク。そして運悪くみぞおちに入った。
ツーっと、背筋を冷汗が伝うのがわかった。
「悪い」
「大丈夫か?」
ようやくその声を認識すると、少しずつ体育館のざわめきが耳に入ってきて。
隣コートの試合を中断させていることに思考をめぐらせられたので、片腕を上げて―――大丈夫だよ、の意―――、ふらふらする足取りで体育館の外へとどうにか逃げ出した。
息を吸いたいのに肺が動かない。
大丈夫、しばらくしたら治る。
なんとか段差に腰かけて、どうしようもない不安を押し殺す。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
何度も自分に言い聞かせて。
でも、思い出されるのは、前に過呼吸になったときの息苦しさで。
真っ暗な中に、自分ひとりだけがいるような。
もう何時間もそこに一人でいるような。
心細さを感じたら、なんかもう駄目だった。
―――呼吸ってどうやったらできるんだっけ。
……。
……。
「大丈夫」
鉄朗の声がすぐ隣に聞こえた。
冷汗をかいていた背中が、なんだかあたたかい。
「ゆっくりでいい。息をはくことに集中しろ」
鉄朗の声に合わせて、なんとか息を吐き出して、吐き出して、吐き出して。
何度も何度もそれをくり返して、ようやく、息の仕方を思い出せた。
『……助かった、ありがと、』
そして、どうしようもなく、鉄朗の隣は安心するのだと、自覚した。
あと半年もしたら、その鉄朗は自分の隣からいなくなるのだと思うと、すごくイヤだと思った。
幼馴染の安心したような顔が、すぐ近くにあった。
大きな手で、頭をくしゃくしゃにされた。
「ったく、黒尾さん、肝が冷えましたよ」
軽い調子で紡がれる言葉は、あえて軽い調子にしているのだとわかる。
軽い口調なのに、顔は優しく笑っていて。
好きだなあ、と思った。
ああ、これが、恋。
なんだ、ちゃんと好きって気持ち、わかるじゃん。
「クロ、」
「ああ。ちょっと見てくる」
昨日から、サチの様子がおかしかった。
なんか急に会話できなくなるし、雀田は気持ちの整理が必要とかいうし。しかし俺のせいではないらしい。意味が分からん。
今日は今日で、なんだかすげー見られている気がする。でもあきらかに寝不足とはわかる顔色で。
そんなところに、隣コートのボールが思い切りサチにぶつかった。打ち所が悪かったのか、青い顔をして体育館を出て行った。
ちょうど夜久と交代だったので、外へ様子を見に行くと。
やはり、うずくまっている。
「サチ? 大丈夫か? すごい音だったようデスけど」
言いながら隣にしゃがみこむ。返事はない。代わりに、荒い息遣いが聞こえてくる。
ひっ……はっ、ひゅ……っ、はっ……っ
インハイ予選で聞いたヤツ。
「サチさーん。大丈夫、ゆっくり息はいて」
背中をさすりながら、優しくゆっくり声をかけることを意識した。
あのあと、過呼吸について少し調べた。一度起こすと、くり返すことがあるらしい。そして過呼吸になった場合は、ゆっくり息を吐かせることがいい。あと安心させる。
声をかけながら、息を吐かせながら。背中をさすって、落ち着くのを待った。
少しずつ、少しずつ。
何度も名前を呼んだ。
どれくらい時間がたったのだろうか。
『助かった、ありがと、』
ようやく、そんな声が聞けた頃には、もうずいぶんと時間がたったように感じた。
「ったく、黒尾さん、肝が冷えましたよ」
軽口をたたけば、まだ少し疲れたような顔で、『油断した』と。
その言いぐさに、思わず「ぷ」と吹き出す。
「武士ですか」
『うるさい』
まだ少し心配だったので、体育館の中も気になったが、サチの背中には手を置いておく。ゆっくり、でもどこかおそるおそる、息をしているような、そんな頼りない背中だった。
「顔色悪いし、少し寝てたら?」
『……いい』
「そ?」
雀田に言って、あまり動かなくてもいいような作業にしてもらおう、と勝手に判断する。
「クロ。試合終わったから」
不意に後ろから、研磨の声がした。
事実のみの報告。おー、と右手を挙げておく。烏野がわちゃわちゃしているから、ウチが勝ったのだろう。
試合終わったから、まだそこにいてもいいよ。
そういう研磨の心遣いだった。
「なんか飲み物持ってこようか?」
俺の問いに、サチは首を横に振って答えた。そして、代わりに『もうちょっと、居て』とか言う。
あらあら。稀にみる素直モード。
言われた通り、隣で背中をさすっていると、ふふふ、とサチにしては珍しい笑い方をする。
「なになに。もしかしてさっき、頭でも打った?」
少し吹っ掛けてみると、それでもずいぶんとご機嫌である。
『ちょっと、大人になった気分』
「何ですか、ソレ。ボールと正面衝突しておいて?」
『……鉄朗はさ、鈍感だよね』
は。何それ。は?
呆れすぎて言葉に詰まる。
今この人、鈍感って言った?
「サチさん。ドンカンって意味、知ってる?」
『知ってる』
少しだけむっとした表情と声とともに、馬鹿にするなとでも言いたげな視線も一緒に返された。
なんだかよくわからないけども。
サチが思っていたより元気そうなので何よりだ。
少し、いつもよりもほんの少し、2人の空気が甘い気がしたのは、俺の思い過ごしなのだろうか。
38これが、恋
そういや、結局昨日のアレーーー急に会話が成り立たなくなったヤツーーーはなんだったのだろうか。
雀田に聞いても教えてくれなさそうだしなあ。