Que Sera, Sera. -ケセラセラ-
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体育館の中は、聞き耳を立てているヤツも多く、というか大方こちらに耳だけ向けていたので、こちらは休憩中ということもあり、体育館の外に出た。ざわざわと、強めの風が吹いている。
「悪かった」
目の前には、サチの後ろ姿。後ろ姿なのは、研磨と入れ替わったのち、サチが慌てたように後ろを向いたから。おかげで表情は読めない。
『おそい』
「……勇気が出なかった、」
正直に紡げば、『それでも遅い』と返ってくる。
「……俺の苛立ちを、サチにぶつけた。思ってもないことを言った。ごめん」
『傷ついた』
「ごめん、」
ただひたすらに、謝ることしかできなかった。
サチがこちらをふり返る。しかしその表情からは、何も読み取れなかった。
『……文化祭は、交換条件だったの、ミズキと。だから、ミズキの方が友達として大切とかそういうんじゃない』
これは、先日俺が放った一言に由来する。
文化祭の劇の主役ということで、部活に来なくなったサチ。それが、最近仲良くなった橘ミズキというクラスメートとの約束だというから、その場の勢いに任せて「つい最近できたお友達には、そんな特別大サービスするんですねー」とか口に出してしまった。
交換条件の中身はよくわからないが、話したくはないのだろうから、追及はしない。
「友達関係に、優劣つけるのは、よくねーよな」
俺も、橘ミズキという女友達も、同じ土俵なのだと―――恋愛対象としては見てくれていないのだと―――痛感するわけだが、今はそういう話ではない。
『……そういうことじゃなくて。別に、ミズキが大切だから主役を引き受けたわけじゃなくて、』
「じゃなくて?」
『……いい。やっぱ言わない、言う必要ないし』
えー気になるじゃない。とは返せるほどには図々しくなれない。だって今、謝罪のターンなので。
「どうすれば、罪滅ぼしできますか。滅ぼせはしないと思いますケド」
『……その前に、鉄朗の話してよ』
なんであんなことを言ったのか、理由を話せと言っている。
「……面白くないデスよ?」
『いつも私にはそうさせるじゃん』
逃げられそうもないので、そして俺がやらかしている手前、頭も上げられないので、情けない自分の状況を吐露するしかない。その間、サチはやはり、無表情でこちらの話を聞いていた。
受験勉強がうまくいかない焦り。
バレーボールがほんの少しだけうまくいかない焦り。
少し体調を崩してから、なんだか調子が悪かったこと。
そして。
「サチが交友関係を広げて、んで、俺の知らない新しい世界を見つけたような気がして。置いてかれる気がした。焦りというより、……嫉妬、したのかな」
サチのすべてを知っているような気になって。
サチのことは、俺が守っていると慢心した。
大切な幼馴染だったのに、いつの間にか、俺の欲を都合よく満たす存在にしてしまっていたのだ。
『ふふ、何それ』
不意に彼女が笑う。久しぶりに見た表情に、こちらも少し、心が軽くなる。
『大丈夫だよ。……これから先、知らないところに行くのは鉄朗の方で、私じゃない。そして、私は家で鉄朗の進化を見ながら、すごーいってなるんだと思う』
「はっ、何だそれ。どこの親戚のおばちゃんだよ」
『おばちゃんじゃない。せめてお姉さんと言え』
「ってか、進化ってなに?」
『それはなんかほら、大学行ったり、就職したり? プロになったり? あとは、』
「あとは?」
『……結婚したり、子供ができたり』
何だよそれ。
ちゃんと笑って言えただろうか。
俺の将来も未来の家族も、サチにとってはエンタメ的な位置づけのようである。あくまで第三者。自分がその輪の中に入りうるとは微塵も思っていないし、そう思われていないということが、どうしようもなく、むなしさというか、寂しさというか、そんな感情を覚えた。
なんも伝わっていないんだよなあ。と思うのは、サチを傷つけたことに対する謝罪の場で、虫が良すぎるだろうか。
『鉄朗はさ、完璧主義者だよね。できてないけど』
「……サチさーん。オブラートって知ってる?」
『でも、完璧な人なんていないし、鉄朗だってできないことがあっていいよね。なんでもできたら人間として面白くないし』
受験勉強がうまくいかなくてもいいのだと。
バレーボールが不調でもいいのだと。
そう言いたいようだ。
『そういう時は、私が面倒見てあげる』
なんでもないように。そうすることが当たり前のように。
でもそれは、俺が彼女に向ける感情とは違うものだとはわかる。サチは、幼馴染に対するソレなのだ。
「そ? そりゃあ、心強いな」
でも、嬉しくないわけではない。
焦って、どんどん悪い方向に向かって、身動きとれなくなった、冷え固まったような気持ちが、少しずつ解凍されていく感覚だ。
『全然そう思ってないじゃん』
素直に喜んだのだが、幼馴染には不評のようである。
「喜んでますー」
反論したのだが、『まあ、だから、』と話をまとめられた。
『そんな焦んなくてもいいよ。鉄朗ががんばってるのはみんな知ってるし』
そうして、お決まりのように、頭の上に軽く手が添えられる。背伸びして、手を思い切り伸ばして、どうにか届いているのだが、初めてではないその行為に、どうしようもなく安心感を覚える。
「ふっ。おねえさん、なんで頭にこだわるんですか?」
『へこんでいるヤツには、これが一番効くでしょ』
まあ、確かに。
インハイ予選でされた時も、妙に心地よかったなあ、と思い出す。
「ああ、なんかわかったかも」
なんで俺がサチに惚れているのか。
サチが俺のことを受け止めてくれているからなのだと。
サチの前では、3年生であるとか主将であるとか受験生であるとか、なんかそういう肩書を取り繕わなくてすむ。いろんな失敗を一緒に重ねてきた、ただの幼馴染に戻れるわけで。それがとても、落ち着くというか心地よいというか、自然体でいられる。
『頭にこだわる理由が?』
さきほどまで、鋭く働いていた勘も、すぐに鳴りを潜めるところがまた、サチをサチたらしめている所以だと思う。察しがいいのか鈍感なのか。
「ちがうちがう」
『じゃあなにが?』
「んーサチさんには教えてあげない」
『……まあ興味ないけどー』
「ははっ、サチさんらしい」
『ところで黒尾さん。この合宿、まだ1セットも取れていないようですけど?』
サチにしてはめずらしく、したり顔である。
「うっせー。これから音駒の復活劇が始まるんですー」
『へえ?』
タイミングを計っていたかのように、「クロ、出番だよ」と。もう一人の幼馴染がドアから顔を出す。
「おー」
そちらに足を向けると、『焼き肉がいい』と声が追いかけてきた。
先延ばしにされた、罪滅ぼしの内容だとわかった。
「ふっ、相変わらずなことで」
『日程は任せる。1か月以内で』
「りょーかーい」
サチに背を向けたまま手を振って合図する。
先ほどまで負け続きだった練習試合だが、なんだか今回は勝てるような気がするのは、我ながらお調子者だと思う。
「良かったね、仲直りできて」
「おう。……サンキューな」
「別におれは何も」
研磨と話しながら、ふと考える。
損得勘定ばかりのヤツだと思っていたが、実はそれって、相手に負担をかけないためのものではなかろうか。焼き肉おごったから、今回の件はこれでおしまいね、とそういう区切りにはできるわけで。
そう考えたら―――本人がそこまで深く考えていたのかは正直わからないが―――、無性に、サチのことを抱きしめたくなった。そんな簡単にはできないけれども。
「いくら仲直りしたからって、その顔はだらしない」
もう一人の幼馴染にしっかり諫められた。
夜。自主練もとうに終わり、夕食も風呂も終わって、各自部屋でのんびりしていたところに、着信音が響く。ディスプレイを見ると、”橘”と、珍しい人物。というか、初めて電話がきた。登録していたことも忘れていた。
正直、まったく心当たりがないので、これはサチに何か連絡かな、とあたりをつける。またサチが、携帯の充電を忘れているとか連絡がつかないとか、そんなところだろうと。
「こんばんはー。珍しいデスね」
おちゃらけてみると、「お、なんか回復してる」とか帰ってくる。
「ん?」
「さっちーと仲直りできたんだ」
「……そりゃあまあ、なんとか」
「よかったね」
俺とサチとの関係は、まあサチがこぼしていたのだろう。なんだかぼろくそ言われている気もするが、全面的にこちらが悪いので文句は言えまい。
「ご丁寧にどうも」
「ところでさあ、さっちーから聞いた?」
この、俺には何の興味もない感じ、なんだかサチに似ている。
実は橘と話すのは、今日がほとんど初めてだったりする。連絡先を交換したときのこともよく覚えていない。
でも、付き合いやすいタイプだと思った。あとくされない感じというか、妙にさっぱりしているというか。だからサチもあんなになついているのだろう。
「何を?」
「あー、さっちー結局言わなかったんだ」
まあそうだよねえ、さっちーだもんねーと電話越しに聞こえてくる。
「あのー、なんの話?」
”さっちーだもんね”という言葉から推察できる二人の関係に、なんか悔しさを感じる。が、サチのことを一番理解しているのは俺だと、そういう驕りはよくないとこの数日で学んだので、どうにかその気持ちを押さえつける。
「なんでさっちーが、文化祭の主役を引き受けてくれたのか」
「ああ、なんか交換条件だったんだろ?」
「そ。その交換条件が何だったのか、教えてあげようと思って」
「……それはありがたいけど、俺が聞いていいヤツ?」
「んー、むしろ聞いてほしいヤツ。ま、さっちーは怒るだろうけどねえ、」
電話越しなのに、橘がどんな顔をしているのかが想像できる。めちゃくちゃニヤニヤしている。
その反応から、情報開示の代償の深刻さを推し量ることができるので、「どんな条件?」と話にのった。
「実はねえ。さっちーが主役をやってくれたのは、配役を好きにできるからで、」
「……サチさんが配役を、ねえ?」
いまいちピント来ない。
「わかってないねえ。いい? さっちーは、黒尾と夜久を劇に参加させないために、主役をやったの」
「えーと、それってどういう、」
「バレーボールに専念させてあげたいから、二人の分まで私が頑張ればいいでしょ、って」
いやあ、いいねえ、幼馴染って。と会話は続いていたが、急に声が遠のいたような錯覚に陥る。
サチは文化祭を、俺から離れて楽しんでいたのではなく、俺のために―――というのはおこがましいだろうか―――、一肌脱いでくれていたのだ。
あのサチが。バレーボールが好きで、人のことには興味のないサチが。
そのあと、どういう風に電話を切ったのか覚えていない。
ぶわっと顔が赤くなったせいか、夜久から「どうした、倉木か?」と、ニヤニヤしながら声をかけられる。
「いや橘」
「へえ、珍しいな。なんて?」
「……文化祭の時、俺ら暇だっただろ」
「ん? ああ、そういやそうだったな」
「あれ、サチが交換条件で主役やってくれたかららしい」
「??」
いてもたってもいられず、「ちょっと出てくる」と部屋を出た。
行先はもちろん、サチのいるマネージャーたちの部屋である。
35仲直り
海 「黒尾、楽しそうでよかったね」
夜久「辛気臭かったもんなあ、この1週間」
「悪かった」
目の前には、サチの後ろ姿。後ろ姿なのは、研磨と入れ替わったのち、サチが慌てたように後ろを向いたから。おかげで表情は読めない。
『おそい』
「……勇気が出なかった、」
正直に紡げば、『それでも遅い』と返ってくる。
「……俺の苛立ちを、サチにぶつけた。思ってもないことを言った。ごめん」
『傷ついた』
「ごめん、」
ただひたすらに、謝ることしかできなかった。
サチがこちらをふり返る。しかしその表情からは、何も読み取れなかった。
『……文化祭は、交換条件だったの、ミズキと。だから、ミズキの方が友達として大切とかそういうんじゃない』
これは、先日俺が放った一言に由来する。
文化祭の劇の主役ということで、部活に来なくなったサチ。それが、最近仲良くなった橘ミズキというクラスメートとの約束だというから、その場の勢いに任せて「つい最近できたお友達には、そんな特別大サービスするんですねー」とか口に出してしまった。
交換条件の中身はよくわからないが、話したくはないのだろうから、追及はしない。
「友達関係に、優劣つけるのは、よくねーよな」
俺も、橘ミズキという女友達も、同じ土俵なのだと―――恋愛対象としては見てくれていないのだと―――痛感するわけだが、今はそういう話ではない。
『……そういうことじゃなくて。別に、ミズキが大切だから主役を引き受けたわけじゃなくて、』
「じゃなくて?」
『……いい。やっぱ言わない、言う必要ないし』
えー気になるじゃない。とは返せるほどには図々しくなれない。だって今、謝罪のターンなので。
「どうすれば、罪滅ぼしできますか。滅ぼせはしないと思いますケド」
『……その前に、鉄朗の話してよ』
なんであんなことを言ったのか、理由を話せと言っている。
「……面白くないデスよ?」
『いつも私にはそうさせるじゃん』
逃げられそうもないので、そして俺がやらかしている手前、頭も上げられないので、情けない自分の状況を吐露するしかない。その間、サチはやはり、無表情でこちらの話を聞いていた。
受験勉強がうまくいかない焦り。
バレーボールがほんの少しだけうまくいかない焦り。
少し体調を崩してから、なんだか調子が悪かったこと。
そして。
「サチが交友関係を広げて、んで、俺の知らない新しい世界を見つけたような気がして。置いてかれる気がした。焦りというより、……嫉妬、したのかな」
サチのすべてを知っているような気になって。
サチのことは、俺が守っていると慢心した。
大切な幼馴染だったのに、いつの間にか、俺の欲を都合よく満たす存在にしてしまっていたのだ。
『ふふ、何それ』
不意に彼女が笑う。久しぶりに見た表情に、こちらも少し、心が軽くなる。
『大丈夫だよ。……これから先、知らないところに行くのは鉄朗の方で、私じゃない。そして、私は家で鉄朗の進化を見ながら、すごーいってなるんだと思う』
「はっ、何だそれ。どこの親戚のおばちゃんだよ」
『おばちゃんじゃない。せめてお姉さんと言え』
「ってか、進化ってなに?」
『それはなんかほら、大学行ったり、就職したり? プロになったり? あとは、』
「あとは?」
『……結婚したり、子供ができたり』
何だよそれ。
ちゃんと笑って言えただろうか。
俺の将来も未来の家族も、サチにとってはエンタメ的な位置づけのようである。あくまで第三者。自分がその輪の中に入りうるとは微塵も思っていないし、そう思われていないということが、どうしようもなく、むなしさというか、寂しさというか、そんな感情を覚えた。
なんも伝わっていないんだよなあ。と思うのは、サチを傷つけたことに対する謝罪の場で、虫が良すぎるだろうか。
『鉄朗はさ、完璧主義者だよね。できてないけど』
「……サチさーん。オブラートって知ってる?」
『でも、完璧な人なんていないし、鉄朗だってできないことがあっていいよね。なんでもできたら人間として面白くないし』
受験勉強がうまくいかなくてもいいのだと。
バレーボールが不調でもいいのだと。
そう言いたいようだ。
『そういう時は、私が面倒見てあげる』
なんでもないように。そうすることが当たり前のように。
でもそれは、俺が彼女に向ける感情とは違うものだとはわかる。サチは、幼馴染に対するソレなのだ。
「そ? そりゃあ、心強いな」
でも、嬉しくないわけではない。
焦って、どんどん悪い方向に向かって、身動きとれなくなった、冷え固まったような気持ちが、少しずつ解凍されていく感覚だ。
『全然そう思ってないじゃん』
素直に喜んだのだが、幼馴染には不評のようである。
「喜んでますー」
反論したのだが、『まあ、だから、』と話をまとめられた。
『そんな焦んなくてもいいよ。鉄朗ががんばってるのはみんな知ってるし』
そうして、お決まりのように、頭の上に軽く手が添えられる。背伸びして、手を思い切り伸ばして、どうにか届いているのだが、初めてではないその行為に、どうしようもなく安心感を覚える。
「ふっ。おねえさん、なんで頭にこだわるんですか?」
『へこんでいるヤツには、これが一番効くでしょ』
まあ、確かに。
インハイ予選でされた時も、妙に心地よかったなあ、と思い出す。
「ああ、なんかわかったかも」
なんで俺がサチに惚れているのか。
サチが俺のことを受け止めてくれているからなのだと。
サチの前では、3年生であるとか主将であるとか受験生であるとか、なんかそういう肩書を取り繕わなくてすむ。いろんな失敗を一緒に重ねてきた、ただの幼馴染に戻れるわけで。それがとても、落ち着くというか心地よいというか、自然体でいられる。
『頭にこだわる理由が?』
さきほどまで、鋭く働いていた勘も、すぐに鳴りを潜めるところがまた、サチをサチたらしめている所以だと思う。察しがいいのか鈍感なのか。
「ちがうちがう」
『じゃあなにが?』
「んーサチさんには教えてあげない」
『……まあ興味ないけどー』
「ははっ、サチさんらしい」
『ところで黒尾さん。この合宿、まだ1セットも取れていないようですけど?』
サチにしてはめずらしく、したり顔である。
「うっせー。これから音駒の復活劇が始まるんですー」
『へえ?』
タイミングを計っていたかのように、「クロ、出番だよ」と。もう一人の幼馴染がドアから顔を出す。
「おー」
そちらに足を向けると、『焼き肉がいい』と声が追いかけてきた。
先延ばしにされた、罪滅ぼしの内容だとわかった。
「ふっ、相変わらずなことで」
『日程は任せる。1か月以内で』
「りょーかーい」
サチに背を向けたまま手を振って合図する。
先ほどまで負け続きだった練習試合だが、なんだか今回は勝てるような気がするのは、我ながらお調子者だと思う。
「良かったね、仲直りできて」
「おう。……サンキューな」
「別におれは何も」
研磨と話しながら、ふと考える。
損得勘定ばかりのヤツだと思っていたが、実はそれって、相手に負担をかけないためのものではなかろうか。焼き肉おごったから、今回の件はこれでおしまいね、とそういう区切りにはできるわけで。
そう考えたら―――本人がそこまで深く考えていたのかは正直わからないが―――、無性に、サチのことを抱きしめたくなった。そんな簡単にはできないけれども。
「いくら仲直りしたからって、その顔はだらしない」
もう一人の幼馴染にしっかり諫められた。
夜。自主練もとうに終わり、夕食も風呂も終わって、各自部屋でのんびりしていたところに、着信音が響く。ディスプレイを見ると、”橘”と、珍しい人物。というか、初めて電話がきた。登録していたことも忘れていた。
正直、まったく心当たりがないので、これはサチに何か連絡かな、とあたりをつける。またサチが、携帯の充電を忘れているとか連絡がつかないとか、そんなところだろうと。
「こんばんはー。珍しいデスね」
おちゃらけてみると、「お、なんか回復してる」とか帰ってくる。
「ん?」
「さっちーと仲直りできたんだ」
「……そりゃあまあ、なんとか」
「よかったね」
俺とサチとの関係は、まあサチがこぼしていたのだろう。なんだかぼろくそ言われている気もするが、全面的にこちらが悪いので文句は言えまい。
「ご丁寧にどうも」
「ところでさあ、さっちーから聞いた?」
この、俺には何の興味もない感じ、なんだかサチに似ている。
実は橘と話すのは、今日がほとんど初めてだったりする。連絡先を交換したときのこともよく覚えていない。
でも、付き合いやすいタイプだと思った。あとくされない感じというか、妙にさっぱりしているというか。だからサチもあんなになついているのだろう。
「何を?」
「あー、さっちー結局言わなかったんだ」
まあそうだよねえ、さっちーだもんねーと電話越しに聞こえてくる。
「あのー、なんの話?」
”さっちーだもんね”という言葉から推察できる二人の関係に、なんか悔しさを感じる。が、サチのことを一番理解しているのは俺だと、そういう驕りはよくないとこの数日で学んだので、どうにかその気持ちを押さえつける。
「なんでさっちーが、文化祭の主役を引き受けてくれたのか」
「ああ、なんか交換条件だったんだろ?」
「そ。その交換条件が何だったのか、教えてあげようと思って」
「……それはありがたいけど、俺が聞いていいヤツ?」
「んー、むしろ聞いてほしいヤツ。ま、さっちーは怒るだろうけどねえ、」
電話越しなのに、橘がどんな顔をしているのかが想像できる。めちゃくちゃニヤニヤしている。
その反応から、情報開示の代償の深刻さを推し量ることができるので、「どんな条件?」と話にのった。
「実はねえ。さっちーが主役をやってくれたのは、配役を好きにできるからで、」
「……サチさんが配役を、ねえ?」
いまいちピント来ない。
「わかってないねえ。いい? さっちーは、黒尾と夜久を劇に参加させないために、主役をやったの」
「えーと、それってどういう、」
「バレーボールに専念させてあげたいから、二人の分まで私が頑張ればいいでしょ、って」
いやあ、いいねえ、幼馴染って。と会話は続いていたが、急に声が遠のいたような錯覚に陥る。
サチは文化祭を、俺から離れて楽しんでいたのではなく、俺のために―――というのはおこがましいだろうか―――、一肌脱いでくれていたのだ。
あのサチが。バレーボールが好きで、人のことには興味のないサチが。
そのあと、どういう風に電話を切ったのか覚えていない。
ぶわっと顔が赤くなったせいか、夜久から「どうした、倉木か?」と、ニヤニヤしながら声をかけられる。
「いや橘」
「へえ、珍しいな。なんて?」
「……文化祭の時、俺ら暇だっただろ」
「ん? ああ、そういやそうだったな」
「あれ、サチが交換条件で主役やってくれたかららしい」
「??」
いてもたってもいられず、「ちょっと出てくる」と部屋を出た。
行先はもちろん、サチのいるマネージャーたちの部屋である。
35仲直り
海 「黒尾、楽しそうでよかったね」
夜久「辛気臭かったもんなあ、この1週間」