Que Sera, Sera. -ケセラセラ-
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文化祭当日、3年5組有志で行われる演劇は、ロミオとジュリエット。橘曰く、オマージュらしい。
昨日、サチと言い合いになってから、一言も口をきいていない。しばらくは登下校もサチだけ別だったので、そこまで日常が変わることはなかったが、話をしたくてもできないというのは堪える。
しかし劇の時間は容赦なくやってくるわけで、心の整理がつけられないまま、ロミオとジュリエットを観覧することとなる。こんな状態で、サチはうまくやれるのだろうか、という心配はずっと心の片隅に同居している。何とかって? 俺のことはただの幼馴染なんだろ、という拗ねた心と、だ。
『どっちも槍をひけ!』
しかし、お目当ての人物が登場した瞬間。
ガツンと殴られたようなそんな気がした。
予想外の姿に目を奪われた。
主役と聞いてはいた。”文化祭の主役に抜擢されたから、しばらく練習には参加できないかも”と。だから、ジュリエット役なのだとばかり思っていた。
自分の情報はほとんど開示してくれない幼馴染は、男の格好をして、今、数メートル先の舞台に立っている。そう、彼女はロミオであった。
『僕は君のように陽気にはなれない』
『…ゆうべはとうとう眠れなかった』
『僕はきっとお前をとらえてみせる』
しかも、俺の心配などどこ吹く風で、普段の様子からはまったく想像できない、快活な姿がそこにはあった。
有力貴族であるモンタギュー家の長男として、誇りに満ちた姿。
かと思えば、一人の女性に恋をする、うっとしした姿。
時には勇敢に、剣を持って戦う姿。
どれも、俺の知らない幼馴染の姿だった。そんな表情もするんだな、と。
「サチ先輩、男役もがっごいい~」
隣で泣いているのはバレー部マネージャーの咲良で、サチ先輩の勇姿をみるのだと張り切っていた。そして感動のあまり泣いている。ちなみに一目姿を見た瞬間から泣いて拝んでいた。
「ほーんと、なんて凛々しい。こりゃあ、音駒の女子生徒が黙ってないわね」
意味深な視線とセリフを投げかけてくるのは、梟谷のマネージャーであり、サチと懇意にしている雀田である。昨日、俺とサチとで言い合いになったことを、おそらくまだ知らない。
返答に困っていると、周囲からささやき声が聞こえてくる。
「あれ誰? あんな人いたっけ?」「イケメン!」「終わったら声かけてみようよ」「3年5組なら、知っている先輩いるから聞いてみる」
雀田の言う通り、女子からの声が多数である。男子ではないことに少しほっとするが、ほっとしてもいいものか逡巡する。女子人気でもやばくないか? それを裏付けるように、雀田が続けた。
「ほらねー。もう、みんながさっちーを放っておかないよ。熱狂的な女子ファンは、付き合うことが目的じゃない分、すごいことになるよ」
それは、咲良を見ていればなんとなくわかった。確かに、咲良のようなサチ先輩大好きファンが増えると、それはそれで面倒くさいのかもしれない。
ただ、でも。今の俺には、それをどうこうする権利はない。
だって俺はサチを傷つけた。
「まあ、サチが真っ当な評価を得るのは、嬉しいことだし、しょうがないデス」
適当な返事をして、しかし視線は、”俺の知らない”サチから外すことができないでいた。
サチは、俺が守るのだと考えていた。傷ついたサチを守るのは俺の役目で、いつまでも俺の庇護のもとにいてくれるものだと。
もしかすると、庇護欲を満たしてくれる存在だと勘違いをしていたのかもしれない。
サチは俺に守られるだけの、弱い存在ではないというのに。
勝手に守って、勝手に囲って。彼女が自分で立ってしまえば、今度は彼女を傷つける側に回って。客観的に自分を顧みると、自分の幼さに、身勝手さに、マイナスな感情がどんどんあふれてくる。なんてかっこ悪い。
『さあ、毒よ! 僕を幸福と平和の国につれて行ってくれ』
物語は終盤である。
ロミオと添い遂げるために、仮死状態になる薬をジュリエットが飲む。
しかし、ジュリエットが本当に死んだと思い込んだロミオは、後を追うように命を絶つ。
仮死状態から生き返ったジュリエットは、ロミオの死に涙し、命を絶つ。
ジュリエットは、自分で自分の幸せをつかむために行動した。仮死状態の薬なんて、本当に目覚めるかわからないのに。
サチも、自分で自分の居場所を作り出せる。強いヤツなのだ。
悲しい物語に、少しだけ今の自分の状況を重ねた。
「ちょっと、夜久。あれ、なに」
こそこそと話しかけてきたのは、梟谷のマネである雀田で、あれ、というのは、いやーな空気をまとって数歩先を歩く黒尾のことである。
「あー、あれなあ。昨日やらかしたんだと」
「まさか、さっちーと?」
「そう。そのまさか」
「うわー。通りで、あのお通夜状態ね」
「お通夜状態って……たしかにな」
言いえて妙であった。
昨日・今日と部活は休みなのだが、心ここにあらず、な感じである。さすがにポーカーフェイスは取り繕っているが、3年間、ひたすらにバレーをしてきた付き合いともなれば、その落胆ぶりは見てとれる。
まあ、木兎には黒尾のまとう空気を感じ取ることはできないらしく、がやがやと前を歩いている。赤葦は知っていてあえてスルーを決め込んだらしい。
「で、何したの?」
「さあ? んな簡単に弱みを教えるわけねーだろ」
「ですよねー。そこは落ちても黒尾か。研磨くんならなんか知ってるかな?」
「昨日クラスでやらかしたっぽいから、知らないんじゃねーか? 倉木から直接聞けばいいだろ」
会話をしていれば、目的の場所にたどり着いてしまう。そして程よく向かいから主役が歩いてきた。
「さっちー! かっこよかったよ!」
雀田の声に、怪訝な顔をする、我らが主役。
『え、なんで来てるの? しかも劇見たの?』
「そりゃあもう。さっちーの晴れ舞台ですもの」
『……咲良か』
「せいかーい」
劇の衣装のままここまでやって来たらしく、少し離れたところで、黄色い声がきゃぴきゃぴと響いている。
「いい集客方法だな」
俺たちが今いるのは、3年5組の教室であり、コンセプトカフェとしてロミオとジュリエットをこれでもかと全面に出した模擬店である。
先ほど劇を見たやつらは、倉木の姿を追いかける形でここまでやってきた。そのまま客になる流れだろう。
『ミズキがさ、このまま教室まで歩けって言いだすもんで。あの子たち、私のこと男だと思ってるよね』
「いいじゃないの。それこそが模擬店をロミジュリ風にした理由じゃない」
返事をしたのは、倉木と一緒に歩いてきた橘で、今回の文化祭の総指揮者みたいな感じだ。さっぱりしていて付き合いやすい。
『まあ別になんでもいいけど』
相変わらずの温度である。先ほどまで、あんなに生き生きと演技していた人物とは思えない。いや、違うな。あの生き生きした姿の方が信じられないんだ。
『脱いでいいー? これ窮屈』
「まだダメ」
『えー』
「代わりにこっち着るならいいけど?」
代用品として提示されたのは、所謂メイド服で、そんな服をあの倉木が着るはずない。
『うわ、それならまだこっちの服のがいいや』
こうして倉木を扱うんだな、と素直に感心する。橘ミズキ、面白いやつもいたもんだ。
そういや、このうっすいやる気しか持ち合わせていない倉木に、どうやって主役をやらせたのか気になる。今度暇なときに聞いてみよう。
そんな決心をしたところで、クラスの中に視線を投げると、木兎と赤葦の相手をしながら、でもちらちらと倉木を視界にいれる黒尾の姿があった。
何があったのか知らないが、珍しくこじらせそうな気がする。
まあでも、知ったこっちゃない。たまにはすれ違いも必要だろ。
なんてもっともらしいことを言ってみるが、正直に言えば、面倒なので放置を決め込んだ。
こういうのは、俺が動いてもどうしようもないし。それに、こじれた仲を修正するのは、俺よりほかに適任者がいるのである。
「はいはーい。じゃあ、夜久暇そうだから店番でもどうぞ」
うちのクラスにはイケメンが複数名いて助かる。とか続けられる。
教室内からは、インスタントのコーヒーと甘い菓子の匂いが漂い始めていた。
33音駒の文化祭
木兎「さっちーすげーな」
黒尾「まあなー」
赤葦(木兎さん、地雷は踏まないでくださいよ)
何も気づいていない木兎にひやひやする赤葦さん。
昨日、サチと言い合いになってから、一言も口をきいていない。しばらくは登下校もサチだけ別だったので、そこまで日常が変わることはなかったが、話をしたくてもできないというのは堪える。
しかし劇の時間は容赦なくやってくるわけで、心の整理がつけられないまま、ロミオとジュリエットを観覧することとなる。こんな状態で、サチはうまくやれるのだろうか、という心配はずっと心の片隅に同居している。何とかって? 俺のことはただの幼馴染なんだろ、という拗ねた心と、だ。
『どっちも槍をひけ!』
しかし、お目当ての人物が登場した瞬間。
ガツンと殴られたようなそんな気がした。
予想外の姿に目を奪われた。
主役と聞いてはいた。”文化祭の主役に抜擢されたから、しばらく練習には参加できないかも”と。だから、ジュリエット役なのだとばかり思っていた。
自分の情報はほとんど開示してくれない幼馴染は、男の格好をして、今、数メートル先の舞台に立っている。そう、彼女はロミオであった。
『僕は君のように陽気にはなれない』
『…ゆうべはとうとう眠れなかった』
『僕はきっとお前をとらえてみせる』
しかも、俺の心配などどこ吹く風で、普段の様子からはまったく想像できない、快活な姿がそこにはあった。
有力貴族であるモンタギュー家の長男として、誇りに満ちた姿。
かと思えば、一人の女性に恋をする、うっとしした姿。
時には勇敢に、剣を持って戦う姿。
どれも、俺の知らない幼馴染の姿だった。そんな表情もするんだな、と。
「サチ先輩、男役もがっごいい~」
隣で泣いているのはバレー部マネージャーの咲良で、サチ先輩の勇姿をみるのだと張り切っていた。そして感動のあまり泣いている。ちなみに一目姿を見た瞬間から泣いて拝んでいた。
「ほーんと、なんて凛々しい。こりゃあ、音駒の女子生徒が黙ってないわね」
意味深な視線とセリフを投げかけてくるのは、梟谷のマネージャーであり、サチと懇意にしている雀田である。昨日、俺とサチとで言い合いになったことを、おそらくまだ知らない。
返答に困っていると、周囲からささやき声が聞こえてくる。
「あれ誰? あんな人いたっけ?」「イケメン!」「終わったら声かけてみようよ」「3年5組なら、知っている先輩いるから聞いてみる」
雀田の言う通り、女子からの声が多数である。男子ではないことに少しほっとするが、ほっとしてもいいものか逡巡する。女子人気でもやばくないか? それを裏付けるように、雀田が続けた。
「ほらねー。もう、みんながさっちーを放っておかないよ。熱狂的な女子ファンは、付き合うことが目的じゃない分、すごいことになるよ」
それは、咲良を見ていればなんとなくわかった。確かに、咲良のようなサチ先輩大好きファンが増えると、それはそれで面倒くさいのかもしれない。
ただ、でも。今の俺には、それをどうこうする権利はない。
だって俺はサチを傷つけた。
「まあ、サチが真っ当な評価を得るのは、嬉しいことだし、しょうがないデス」
適当な返事をして、しかし視線は、”俺の知らない”サチから外すことができないでいた。
サチは、俺が守るのだと考えていた。傷ついたサチを守るのは俺の役目で、いつまでも俺の庇護のもとにいてくれるものだと。
もしかすると、庇護欲を満たしてくれる存在だと勘違いをしていたのかもしれない。
サチは俺に守られるだけの、弱い存在ではないというのに。
勝手に守って、勝手に囲って。彼女が自分で立ってしまえば、今度は彼女を傷つける側に回って。客観的に自分を顧みると、自分の幼さに、身勝手さに、マイナスな感情がどんどんあふれてくる。なんてかっこ悪い。
『さあ、毒よ! 僕を幸福と平和の国につれて行ってくれ』
物語は終盤である。
ロミオと添い遂げるために、仮死状態になる薬をジュリエットが飲む。
しかし、ジュリエットが本当に死んだと思い込んだロミオは、後を追うように命を絶つ。
仮死状態から生き返ったジュリエットは、ロミオの死に涙し、命を絶つ。
ジュリエットは、自分で自分の幸せをつかむために行動した。仮死状態の薬なんて、本当に目覚めるかわからないのに。
サチも、自分で自分の居場所を作り出せる。強いヤツなのだ。
悲しい物語に、少しだけ今の自分の状況を重ねた。
「ちょっと、夜久。あれ、なに」
こそこそと話しかけてきたのは、梟谷のマネである雀田で、あれ、というのは、いやーな空気をまとって数歩先を歩く黒尾のことである。
「あー、あれなあ。昨日やらかしたんだと」
「まさか、さっちーと?」
「そう。そのまさか」
「うわー。通りで、あのお通夜状態ね」
「お通夜状態って……たしかにな」
言いえて妙であった。
昨日・今日と部活は休みなのだが、心ここにあらず、な感じである。さすがにポーカーフェイスは取り繕っているが、3年間、ひたすらにバレーをしてきた付き合いともなれば、その落胆ぶりは見てとれる。
まあ、木兎には黒尾のまとう空気を感じ取ることはできないらしく、がやがやと前を歩いている。赤葦は知っていてあえてスルーを決め込んだらしい。
「で、何したの?」
「さあ? んな簡単に弱みを教えるわけねーだろ」
「ですよねー。そこは落ちても黒尾か。研磨くんならなんか知ってるかな?」
「昨日クラスでやらかしたっぽいから、知らないんじゃねーか? 倉木から直接聞けばいいだろ」
会話をしていれば、目的の場所にたどり着いてしまう。そして程よく向かいから主役が歩いてきた。
「さっちー! かっこよかったよ!」
雀田の声に、怪訝な顔をする、我らが主役。
『え、なんで来てるの? しかも劇見たの?』
「そりゃあもう。さっちーの晴れ舞台ですもの」
『……咲良か』
「せいかーい」
劇の衣装のままここまでやって来たらしく、少し離れたところで、黄色い声がきゃぴきゃぴと響いている。
「いい集客方法だな」
俺たちが今いるのは、3年5組の教室であり、コンセプトカフェとしてロミオとジュリエットをこれでもかと全面に出した模擬店である。
先ほど劇を見たやつらは、倉木の姿を追いかける形でここまでやってきた。そのまま客になる流れだろう。
『ミズキがさ、このまま教室まで歩けって言いだすもんで。あの子たち、私のこと男だと思ってるよね』
「いいじゃないの。それこそが模擬店をロミジュリ風にした理由じゃない」
返事をしたのは、倉木と一緒に歩いてきた橘で、今回の文化祭の総指揮者みたいな感じだ。さっぱりしていて付き合いやすい。
『まあ別になんでもいいけど』
相変わらずの温度である。先ほどまで、あんなに生き生きと演技していた人物とは思えない。いや、違うな。あの生き生きした姿の方が信じられないんだ。
『脱いでいいー? これ窮屈』
「まだダメ」
『えー』
「代わりにこっち着るならいいけど?」
代用品として提示されたのは、所謂メイド服で、そんな服をあの倉木が着るはずない。
『うわ、それならまだこっちの服のがいいや』
こうして倉木を扱うんだな、と素直に感心する。橘ミズキ、面白いやつもいたもんだ。
そういや、このうっすいやる気しか持ち合わせていない倉木に、どうやって主役をやらせたのか気になる。今度暇なときに聞いてみよう。
そんな決心をしたところで、クラスの中に視線を投げると、木兎と赤葦の相手をしながら、でもちらちらと倉木を視界にいれる黒尾の姿があった。
何があったのか知らないが、珍しくこじらせそうな気がする。
まあでも、知ったこっちゃない。たまにはすれ違いも必要だろ。
なんてもっともらしいことを言ってみるが、正直に言えば、面倒なので放置を決め込んだ。
こういうのは、俺が動いてもどうしようもないし。それに、こじれた仲を修正するのは、俺よりほかに適任者がいるのである。
「はいはーい。じゃあ、夜久暇そうだから店番でもどうぞ」
うちのクラスにはイケメンが複数名いて助かる。とか続けられる。
教室内からは、インスタントのコーヒーと甘い菓子の匂いが漂い始めていた。
33音駒の文化祭
木兎「さっちーすげーな」
黒尾「まあなー」
赤葦(木兎さん、地雷は踏まないでくださいよ)
何も気づいていない木兎にひやひやする赤葦さん。