Que Sera, Sera. -ケセラセラ-
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「ちょっとー、さっちーさぼるなー」
文化祭前日。この日は一日中、文化祭準備に充てられる。この日に一気に準備を進めるわけなのだけど、みんな時間が無限にあると錯覚してしまうのか、なかなか作業は進まない。
働きアリの法則とはよく言ったもので、作業中のクラスを客観視すると、2割はさぼり、6割はしゃべりながらもなんとなく作業して、2割のエリートが頑張っている。ちなみにこのエリート集団はほとんどが劇のメンバーである。
『うわ、見つかった』
「うわ、じゃないわ。うわ、じゃ。そんなんじゃ徹夜になるよ」
ちなみにちなみに、さぼりの2割に属していたこの倉木サチという人物は、明日の劇の主役である。
私たちのクラスは、意見が真っ二つに割れてしまい、劇と模擬店と二つを行うことになった―――正式には、クラスの出し物は模擬店で、劇は有志で行うことになっている。
劇のほうは、先述した2割のエリートでほぼ完成しており、今日は、ずっと先延ばしにしていた模擬店の方の準備にとりかかっている。
劇がロミオとジュリエットのオマージュである。一大プロジェクトの演劇は絶対成功するという自信があったので、模擬店はコンセプトカフェということで、ロミジュリの世界観に合わせた内装とメニューにする予定だ。劇を見た人たちは、こぞって来店するに違いない。
『もう疲れたーむりー』
飾りつけ用の花を作っているのだけど、7、8個くらい作ったところで飽きがきたようだ。まあ、さっちーにしては頑張ったほう。
「わかったわかった。じゃあ、黒尾の方手伝ってきて」
『何やってるんだっけ』
「看板づくり。廊下にいるよ」
『廊下! おっけー』
少し声が明るくなったのは、廊下ならさぼれると思ったのだろうか。
黒尾と夜久の元に送れば、さっちーをうまく使ってくれるだろう、という魂胆から。黒尾の奮闘ぶりを見たいとかいう下心では決してない。
思えば、黒尾も不遇だと思う。
高身長で整った顔立ち、少々胡散臭くはあるが、中身は優しくて気遣いできるヤツ。スポーツもできるし頭もよい。そんななんでも持ち合わせた黒尾だが、意中の人物にはなかなか振り向いてもらえない。というか気づいてもらえない。鈍感さには定評がある。主に男子バレー部から。
黒尾って結構ハイスぺ男子なのに。
「まったくもって不遇ですなあ」
思わず漏れた本音は、誰に聞き取られるでもなく、独り言ちることとなった。
廊下で作業をしていたところ、ふらふらと幼馴染がやってきた。手には雑巾を持っていて―――といいうか、おそらく橘から持たされたのだと思うが―――、サチにしてはやる気である。
外は雨が降っていて、少し空いた窓から、外の湿気が入り込んでいた。低気圧のせいか、かすかに頭痛がする。
「あらあらあら。男子バレーボール部を放りっぱなしのサチさんじゃあありませんか」
”文化祭の主役に抜擢されたから、しばらく練習には参加できないかも”その宣言通り、平日の部活動にはきれいさっぱりこなくなった。一度だけ部活に来た日も、家まで隠し通そうと思っていた俺の不調をすんなり見破り、世話を焼かれたわけだが、俺を連れ帰るというミッションを完遂するために、部活動滞在時間は20分か30分かそこら。
世話を焼かれたことを棚にあげて、少し冷たい言い方になってしまった。
まあでもいつもこんな風に揶揄しているから、大丈夫だろうと高を括っていたら。
『なんで機嫌悪いのよ。しょうがないじゃーん。私の体は一つしかないんだから』
しれっと機嫌が悪いことに気づかれた。先日の不調を見抜かれたことも含めて、なんでもお見通しなのがなんかムカつく。いや、普段なら嬉しい気持ちが勝るのだろうが、なんというか、焦っているときにそういうスペックを見せられると、余裕がなくなる。
「それでも顔出しくらいはできるでしょーが。そもそも文化祭なんて、これまで真面目に参加したことなかったデショ」
なんでこんなにつっかかっているのか、自分でもわからない。文化祭に真面目に参加して何が悪いというのだ。学校行事に前向きに参加する、世間一般的にはとても良いことである。
『咲良もいるし、私いなくても回るじゃん。文化祭については、まあミズキと約束しちゃったし』
ってか、”倉木さん”ね、といつもの決まり文句のように付け加えられる。部活動ではさすがに面倒くさくなったのか正されなくなったが、クラスで名前を呼ぶと、必ず訂正される。それだけ過敏になっているらしい。なんでも、俺と仲良くしていることを知られたら、人間関係が面倒になるとのことだった。
そうやって俺のことは遠ざけるくせに、クラスでいつの間にか仲良しになった友人のことは名前で呼び捨てにするほど距離を詰める。
加えて、あれだけ学校行事に後ろ向きなこいつを、これだけ前向きにさせたのが、つい最近ポッと出てきた橘ミズキであるということが―――俺にはサチにそんな変化をさせられないということが―――俺に焦燥感を与えている。
「つい最近できたお友達には、そんな特別大サービスするんですねー」
段ボールを塗っていた手に力が入る。その勢いで筆のはしから絵の具が飛び散った。幼馴染が、持っていた雑巾ですかさずそれを拭き上げる。
『別に、ミズキに対するサービスではない』
「は? じゃあ誰にサービスしてんだよ」
『別に誰だっていいじゃん。明後日で終わるんだし、明後日からは普通に部活出るんだから、』
なんで俺には何も教えてくれないのか。
先日の体調不良もまだ引きずっていて、受験勉強がうまくいかない焦りもあって。そしてサチとの縮まらない、というかサチ自身によって距離をとられているような関係性に、辟易していて。
要するに、この日の俺は、どうしようもなく苛立っていた。
「文化祭終わったら打ち上げっつってたし、主役なんだからそっちに出ればいいだろ。無理に部活来なくたっていい」
明日は体育館が使えないために、部活動は中止であるが、日曜日の文化祭終わりには、いくつかの部活は活動する。クラスの打ち上げも日曜日に開催されるため、バレー部の練習に参加すれば、打ち上げには出られない。
返事がないので、雑巾を持っている幼馴染を視界に入れた。
入れたとたんに、心臓が早鐘を打つ。
サチが、ひっぱたかれたかのような顔で、今まで俺にみせたことないような表情で固まっている。
そんな顔を見てようやく、自分の言動を思い返したわけで。
何よりもバレーボールを愛するサチの、今となっては唯一のバレーボールに打ち込める場所を、俺は否定した―――最低だ。
「わり、言い過ぎた」
『……鉄朗の気持ちはよくわかった。日曜日は打ち上げに参加するから』
そういい置いて、持っていた雑巾をその辺に放り、サチはまた教室内に戻っていった。
いつもなら、追いすがっていた。でも今日は、追いかけられなかった。
大切に大切にしていた幼馴染を、傷つけた。しかも、サチには何の非もない。自分の余裕のなさのせいで。
その事実が、自分の幼稚さを表しているようで、サチを傷つけたくせして、サチを追いかけて謝る権利はないような気がして。
「くそ」
ぐちゃぐちゃな思考を整理することもできず、目の前の段ボールを、ただただ真っ黒に塗りつぶし続ける。窓の外は相変わらずの雨で、ズキズキとこめかみの痛みが主張を増していた。
32俺のことは遠ざけるくせに
夜久「おーい何してんだよ」
黒尾「自分の幼稚さに打ちひしがれています」
夜久(こりゃあ、なんかあったな。倉木に事情を聴くか、研磨にサポート依頼するか)
文化祭前日。この日は一日中、文化祭準備に充てられる。この日に一気に準備を進めるわけなのだけど、みんな時間が無限にあると錯覚してしまうのか、なかなか作業は進まない。
働きアリの法則とはよく言ったもので、作業中のクラスを客観視すると、2割はさぼり、6割はしゃべりながらもなんとなく作業して、2割のエリートが頑張っている。ちなみにこのエリート集団はほとんどが劇のメンバーである。
『うわ、見つかった』
「うわ、じゃないわ。うわ、じゃ。そんなんじゃ徹夜になるよ」
ちなみにちなみに、さぼりの2割に属していたこの倉木サチという人物は、明日の劇の主役である。
私たちのクラスは、意見が真っ二つに割れてしまい、劇と模擬店と二つを行うことになった―――正式には、クラスの出し物は模擬店で、劇は有志で行うことになっている。
劇のほうは、先述した2割のエリートでほぼ完成しており、今日は、ずっと先延ばしにしていた模擬店の方の準備にとりかかっている。
劇がロミオとジュリエットのオマージュである。一大プロジェクトの演劇は絶対成功するという自信があったので、模擬店はコンセプトカフェということで、ロミジュリの世界観に合わせた内装とメニューにする予定だ。劇を見た人たちは、こぞって来店するに違いない。
『もう疲れたーむりー』
飾りつけ用の花を作っているのだけど、7、8個くらい作ったところで飽きがきたようだ。まあ、さっちーにしては頑張ったほう。
「わかったわかった。じゃあ、黒尾の方手伝ってきて」
『何やってるんだっけ』
「看板づくり。廊下にいるよ」
『廊下! おっけー』
少し声が明るくなったのは、廊下ならさぼれると思ったのだろうか。
黒尾と夜久の元に送れば、さっちーをうまく使ってくれるだろう、という魂胆から。黒尾の奮闘ぶりを見たいとかいう下心では決してない。
思えば、黒尾も不遇だと思う。
高身長で整った顔立ち、少々胡散臭くはあるが、中身は優しくて気遣いできるヤツ。スポーツもできるし頭もよい。そんななんでも持ち合わせた黒尾だが、意中の人物にはなかなか振り向いてもらえない。というか気づいてもらえない。鈍感さには定評がある。主に男子バレー部から。
黒尾って結構ハイスぺ男子なのに。
「まったくもって不遇ですなあ」
思わず漏れた本音は、誰に聞き取られるでもなく、独り言ちることとなった。
廊下で作業をしていたところ、ふらふらと幼馴染がやってきた。手には雑巾を持っていて―――といいうか、おそらく橘から持たされたのだと思うが―――、サチにしてはやる気である。
外は雨が降っていて、少し空いた窓から、外の湿気が入り込んでいた。低気圧のせいか、かすかに頭痛がする。
「あらあらあら。男子バレーボール部を放りっぱなしのサチさんじゃあありませんか」
”文化祭の主役に抜擢されたから、しばらく練習には参加できないかも”その宣言通り、平日の部活動にはきれいさっぱりこなくなった。一度だけ部活に来た日も、家まで隠し通そうと思っていた俺の不調をすんなり見破り、世話を焼かれたわけだが、俺を連れ帰るというミッションを完遂するために、部活動滞在時間は20分か30分かそこら。
世話を焼かれたことを棚にあげて、少し冷たい言い方になってしまった。
まあでもいつもこんな風に揶揄しているから、大丈夫だろうと高を括っていたら。
『なんで機嫌悪いのよ。しょうがないじゃーん。私の体は一つしかないんだから』
しれっと機嫌が悪いことに気づかれた。先日の不調を見抜かれたことも含めて、なんでもお見通しなのがなんかムカつく。いや、普段なら嬉しい気持ちが勝るのだろうが、なんというか、焦っているときにそういうスペックを見せられると、余裕がなくなる。
「それでも顔出しくらいはできるでしょーが。そもそも文化祭なんて、これまで真面目に参加したことなかったデショ」
なんでこんなにつっかかっているのか、自分でもわからない。文化祭に真面目に参加して何が悪いというのだ。学校行事に前向きに参加する、世間一般的にはとても良いことである。
『咲良もいるし、私いなくても回るじゃん。文化祭については、まあミズキと約束しちゃったし』
ってか、”倉木さん”ね、といつもの決まり文句のように付け加えられる。部活動ではさすがに面倒くさくなったのか正されなくなったが、クラスで名前を呼ぶと、必ず訂正される。それだけ過敏になっているらしい。なんでも、俺と仲良くしていることを知られたら、人間関係が面倒になるとのことだった。
そうやって俺のことは遠ざけるくせに、クラスでいつの間にか仲良しになった友人のことは名前で呼び捨てにするほど距離を詰める。
加えて、あれだけ学校行事に後ろ向きなこいつを、これだけ前向きにさせたのが、つい最近ポッと出てきた橘ミズキであるということが―――俺にはサチにそんな変化をさせられないということが―――俺に焦燥感を与えている。
「つい最近できたお友達には、そんな特別大サービスするんですねー」
段ボールを塗っていた手に力が入る。その勢いで筆のはしから絵の具が飛び散った。幼馴染が、持っていた雑巾ですかさずそれを拭き上げる。
『別に、ミズキに対するサービスではない』
「は? じゃあ誰にサービスしてんだよ」
『別に誰だっていいじゃん。明後日で終わるんだし、明後日からは普通に部活出るんだから、』
なんで俺には何も教えてくれないのか。
先日の体調不良もまだ引きずっていて、受験勉強がうまくいかない焦りもあって。そしてサチとの縮まらない、というかサチ自身によって距離をとられているような関係性に、辟易していて。
要するに、この日の俺は、どうしようもなく苛立っていた。
「文化祭終わったら打ち上げっつってたし、主役なんだからそっちに出ればいいだろ。無理に部活来なくたっていい」
明日は体育館が使えないために、部活動は中止であるが、日曜日の文化祭終わりには、いくつかの部活は活動する。クラスの打ち上げも日曜日に開催されるため、バレー部の練習に参加すれば、打ち上げには出られない。
返事がないので、雑巾を持っている幼馴染を視界に入れた。
入れたとたんに、心臓が早鐘を打つ。
サチが、ひっぱたかれたかのような顔で、今まで俺にみせたことないような表情で固まっている。
そんな顔を見てようやく、自分の言動を思い返したわけで。
何よりもバレーボールを愛するサチの、今となっては唯一のバレーボールに打ち込める場所を、俺は否定した―――最低だ。
「わり、言い過ぎた」
『……鉄朗の気持ちはよくわかった。日曜日は打ち上げに参加するから』
そういい置いて、持っていた雑巾をその辺に放り、サチはまた教室内に戻っていった。
いつもなら、追いすがっていた。でも今日は、追いかけられなかった。
大切に大切にしていた幼馴染を、傷つけた。しかも、サチには何の非もない。自分の余裕のなさのせいで。
その事実が、自分の幼稚さを表しているようで、サチを傷つけたくせして、サチを追いかけて謝る権利はないような気がして。
「くそ」
ぐちゃぐちゃな思考を整理することもできず、目の前の段ボールを、ただただ真っ黒に塗りつぶし続ける。窓の外は相変わらずの雨で、ズキズキとこめかみの痛みが主張を増していた。
32俺のことは遠ざけるくせに
夜久「おーい何してんだよ」
黒尾「自分の幼稚さに打ちひしがれています」
夜久(こりゃあ、なんかあったな。倉木に事情を聴くか、研磨にサポート依頼するか)