Que Sera, Sera. -ケセラセラ-
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「うわー」
思わず声が漏れる。見ているのは、夏休み明けに行われた実力テストの結果で、それまでの成績と比べると順位が落ちている。点数は落ちていないから周りが頑張ったのだと思えばそれまでなのだが、その原因に考えを巡らせると、少しくらいは焦りもする。
既に3年生が引退している部活動も少なくなく、そうして暇になった3年連中がもりもりと勉強を始めていることになる。点数が変わらないのに順位が落ちた―――この結果が示すのは、そういうことだ。
ま、それはわかっていたことだし。焦らず行くしかないよなー。
そう言い聞かせながら、天井を仰ぎ見る。
部活行かねーとなあ。
わかってはいるが、なかなか体が動かない。先週の日曜の試合は無事に勝ち残った。チームとしての士気も申し分ないし、まとまりだってある。春高へ進める自信もある。バレーボールは相変わらず楽しい。
ただ、なんというか、毎日が息をつく間もない。うんそれだ。
「黒尾、行くぞー」
動けない理由を見つけたところで、クラスメイト兼チームメイトの夜久から声を掛けられる。タイムリミットである。さらば、俺の息をつく間よ。
「へーい」
ゆっくりと、重たい腰をあげた。
「さっちーさあ、毎日よくやるよねえ」
なんだかんだで仲良くなって、いつの間にかさっちー呼びになっている。隣で一緒に休憩をしているのは、私を主役に抜擢した、3年5組の脚本家、橘ミズキである。練習が始まると、脚本家から監督役の方まで侵出してきた。
『何が?』
「劇の練習。あんなにいやいやだったのにさ」
『そりゃあねえ。交換条件あるし』
「意外と律儀だよね」
ニヤニヤしているのがなんだか気に食わない。
『抜け出していいなら、さっさと部活へ行きますけど?』
「ああ、ごめんごめん。嘘、冗談。ちょっとからかっただけ」
『……部活に顔出しさせてくれたら許そう』
「ははは、何それ。別に私の許可がなくたって、顔出しくらいすればいいのに」
『じゃあ今日は早く切り上げて部活行くね』
「はいはーい。じゃあ、休憩はさっさと終わって始めますか」
そして約束通り、部活動が終わる前に開放された。
テキパキと準備を済ませ、体育館へ急ぐ。体育館の中をしばらく見ていると、やはり何か様子がおかしい。
誰のかって? クラスメートでありバレー部主将であり、そして幼馴染でもある黒尾鉄朗の、である。
具体的には説明が難しい。言葉では説明できない違和感が黒尾にまとわりついている。
「お、珍しく早いな、倉木」
『うん、まあね』
体育館シューズを履いて、ズカズカと目的の人物のところへ急ぐ。サーブ練習をしていたようだが、容赦なくその腕をつかむ。
「うぉお、サチさん。お早いお帰りで」
『ちょっと』
「ん?」
不思議そうな黒尾を、有無を言わさずコートの外へ連れ出して、体育館の外の階段に座らせた。
「なになにサチさん。もしかして逢引き?」
『んなわけないでしょ』
ここまで連れてきたときに引っ張ってきた腕からは、練習で生まれた熱を差し引いても、熱っぽい温度を検知できた。
『鉄朗たぶん、熱あるよ』
本人が気づいていないのだと思ってそういえば、心底驚いた顔をされた。
「……まさかばれるとは、思ってなかったわ」
『え、自覚あり?』
「そりゃあねえ。さすがにそれくらいはわかりますよ」
『じゃあさっさと帰りなよ』
「そういうわけにもいかないでしょ」
『いくでしょ。無理しすぎて体壊したら元も子もないよ』
だってサチもいないじゃん。
少しいじけたような、ふてくされたようなそんな声で。
鉄朗にしては珍しく、言葉を紡いだ後に、逞しい腕の中に顔をうずめ、ぐぐぐ、と背中を丸める。
『いや私がいないから何よ。会話の成立すらしないってよっぽどじゃん』
丸めた背中をさすると、はあ、と息を吐いた。
『……ほらもお、体調悪いんじゃん。上着持ってくるからちょっと待ってて』
「指摘されなかったら隠せてましたー」
『隠すな。帰れ』
「もう練習終わるし、終わるまでは、いる」
『はあ?』
時計を確認すると、練習が終わるまで残り15分といったところか。これなら、今帰っても後で帰っても変わらないか、と試算する。
『わかった。でも自主練はなしね。病人はさっさと帰ってさっさと眠ってください』
「ういー」
上着を取りに、体育館に戻ろうとしたところで、今度は鉄朗に腕をつかまれる。
「あのさ、」
『はいはい。黙っておくから。かっこつけ野郎』
そう言い置き、体育館の中へ戻る。
とたんに、むわっとした熱気が全身を襲う。
『研磨ー』
幼馴染の名前を呼ぶ。みんなサーブ練習をしているはずなのだが、研磨は体力の限界らしく、体育館の隅でぼけっとしている。
「やっぱクロ、調子悪かったみたいだね」
『うん。みんなにバレずに帰りたいってさ』
「わかった。適当に言い訳しとく」
『ありがと』
「あっちだよ」
研磨の指さす方には鉄朗の脱ぎ捨てた上着があった。さすがは幼馴染、阿吽の呼吸である。
『さすが研磨。ところでさあ、帰りの話なんだけど』
「それはサチの役目でしょ。俺はみんなに取り繕わないといけないし」
『えー、3人で帰ろうよ。鉄朗重いんだよ』
「俺まだ練習あるし」
『いや今さぼってただろ』
「それに3人で帰ったら怪しまれる」
『それは2人で帰っても同じでは?』
「クラスの出し物の関係ってことにしておく。なんか買い出し」
『それなら夜久も一緒にしないと』
「別に二人でいいでしょ。それに夜久くんもクロの不調には気づいてるだろうし、話あわせてくれると思うよ」
はいはい。何としても二人で帰れとな。
こちらの提案も尽きたので、研磨の指示に従うこととして、ひとまず上着を持って外へと向かう。
「っはあ、」
階段で座っていたのが、ゆっくりと立ち上がっている。
『ほら上着』
「サンキュ」
『研磨が言い訳考えてくれたー。ミーティング終わったら帰ろう』
「へいへい。言われた通りにしますよ」
その後は、いつものごとくミーティングを済ませて、研磨の作戦通り、クラスの買い出しということで二人で体育館を後にした。
体育館が見えなくなるまで、鉄朗が調子の悪い素振りを見せることはなく、”音駒高校男子バレーボール部主将”という肩書を、鉄朗はこうやってこなしているのだな、と思った。
しんどそうではあったが、なんとか電車に乗ると、はああああ、と大きく息を吐き、座ったとたんに動かなくなった。そのうち、規則正しい息遣いが聞こえてきたので、眠っているのだろう。
電車がカーブした振動で、こちら側に寄りかかってくる。
やっぱり重い。
主将さんの体重と温度を片側に感じながら、しばらく忙しかったからなあ、と最近のスケジュールを思い出す。
暑い夏休みはほぼ毎日練習があり、梟谷学園グループの合宿もハードだった。夏祭りにも行ったし、私の宿題も見てもらったし。しかもそれを、主将という肩書を背負いながらやっているのだから、疲れるのも無理はない。あとたぶん、受験勉強もしているのだろう。私はほぼしていないが。
『今日はゆっくり休んでくださいよ』
起こさないようにそっと頬をつっつく。
昔からバレー一筋の鉄朗には、これからもバレーを楽しんでほしいと思うから。
昼休みに、主役をお願いしているさっちーとご飯を食べることが当たり前になってきた。役をきっかけに仲良くなったわけなのだが、もっと前から知り合いだったような、そんな友人になりつつある。
「さっちーさあ、好き、なわけじゃあないんだよね?」
つい先日、劇の練習を早く切り上げたいと言い出した。交換条件によりいやいや参加している、割には毎日頑張るさっちーが、初めてそう言うものだから、どんな大事な用事かと思ったら。同じクラスの黒尾の様子を見に行ったという。なんか様子が変だったから気になったんだと。
あ、幼馴染という大切なキーワードを付け加えておかなければ。そしてその不調にはクラスの誰も気づいていなかった。さすが幼馴染である。幼馴染こわっ。
『なんのこと?』
すっとぼけているように見えるけど、彼女はこれが通常運転なのだ。
黒い髪を長く伸ばして、いつも飾り気のないゴムで一つにまとめている。いわゆるポニーテール。その黒い髪と相対して、肌は白く透き通っている。目元は、きりっとしていて、どこか猫を思わせるような感じ。
人はこういう人を、美人という。
「別にー。それよりさ、いい感じじゃない、うちのクラスの劇」
天は二物を与えず。
しかしこの美人は、容姿のほかにもう一つ、抜群の運動神経を与えられている。体育祭での活躍は前にも言ったけど、普通の体育でも、彼女の活躍は群を抜いている。
さりとて。二物は与えられたが、それ以外は正直壊滅的だ。コミュニケーション能力然り、恋愛感情察知能力然り。特に後者は目も当てられない。
こういうデメリットを見せられると、何かに秀でているのもどうかと思う。私は全部人並でいい。
『うーんどうなんだろうね。これまで劇なんて見たことないし』
「今までって、1、2年の時の文化祭は何してたのよ」
『部活?』
「当日の話よ。他のクラスの劇、鑑賞するでしょ」
『体育館に集まるの面倒くさくて、だらだらしてた』
なんで私はこんなヤツにひかれてしまったのか。はあ、というため息は自然と漏れる。まあでも、惹かれてしまったのだからしょうがない。今度、黒尾と”倉木サチを思う会”でも立ち上げようかな。
黒尾とは正直、共通の話題もなく、話しても盛り上がらないしそもそもほとんど話さないが、さっちーの話題を出せば、結構盛り上がるかもしれない。
「まいーや。客観的な感想は自分でよくわかるし。さっちーにはとにかく頑張ってもらえればいい。うん」
半ば自分に言い聞かせるように。
『おっけー。あんまり難しいことを求められたら困る』
「だよねー、わかってる」
『そこはちょっとくらい否定しなよ』
「生意気言わなーい」
そんな会話しながら食べるお弁当は、なかなか減らない。
20分ほどかけてようやく底が見えた弁当箱をカタカタと片付けをして、自販機で買ったグレープフルーツ味のジュースを口に含む。少しだけ感じる苦みが何とも言えない。
『ミズキはさ、なんで私のことを主役にしようと思ったの?』
同じく自販機で入手したジュースを飲んでいたさっちーに問われる。ちなみに彼女はリンゴジュース。よく飲んでいるから好きなのかもしれない。
「えー。なんでだろう」
体育祭で一目ぼれしたことは話した。だから、おそらく今回求めている答えは、自分のどこに、主役要素があったのか、ということだろう。
「目を引かれるって、劇をする上では大事だと思うんだよね。そんで、さっちーの凛とした感じが、役にあってるなあ、って」
長くすらっと伸びた手足。程よい場所に程よくついた筋肉。猫のようなきりっとした顔は目鼻立ちがはっきりしているので、舞台映えすること間違いなし。そして何より、この性格。一人で静かに立てる、凛とした感じ。何も考えていなさそうに見えて、彼女の中には一本の芯がしっかりと備わっていて、かといって頑なさは感じられない。
加えて、作品を一緒に作り上げるにあたり、とても相性が良い。主に私との。
『ふーん』
鼻でもほじっていそうな返事。麦わら帽子をかぶった某海賊の船長のような軽さである。もちろん実際にはほじってはいない。いないけれども。
「おーい、倉木さーん。自分で聞いたんなら、興味持ちなよ」
はーい、という返事もまた、右から左に聞き流しているのだ。まあ彼女と付き合っていれば日常茶飯事なのでそれ以上は追及しない。追及するだけ時間の無駄だ。
『そういえば、文化祭の準備なんか手伝う? 融通利かせてもらってる分、小道具系の準備とかあるなら労働させるけど』
”労働させる”って表現が、さっちーらしい。
「いやいーよ。最初の約束だし」
『そ? じゃあお言葉に甘えて』
ふふーんとうっすら笑っている。のがわかるようになったのは、ここ最近である。面と向かって話をするようになってから、感情の機微がわかるようになってきた。
「主役頼んどいてなんだけどさ。春高予選だっけ? 頑張ってよー、応援行くからさ」
バレーボールを話題にすれば、すぐにご機嫌になる。男子バレーボール部のマネージャーさんは、今日もご機嫌である。
31主将とマネージャー
海 「そういや、夜久たちのクラス、文化祭の準備ないの?」
夜久「たしかに。何も声がかからないな」
海 「……文化祭直前に、仕事が立て込まないといいね」
思わず声が漏れる。見ているのは、夏休み明けに行われた実力テストの結果で、それまでの成績と比べると順位が落ちている。点数は落ちていないから周りが頑張ったのだと思えばそれまでなのだが、その原因に考えを巡らせると、少しくらいは焦りもする。
既に3年生が引退している部活動も少なくなく、そうして暇になった3年連中がもりもりと勉強を始めていることになる。点数が変わらないのに順位が落ちた―――この結果が示すのは、そういうことだ。
ま、それはわかっていたことだし。焦らず行くしかないよなー。
そう言い聞かせながら、天井を仰ぎ見る。
部活行かねーとなあ。
わかってはいるが、なかなか体が動かない。先週の日曜の試合は無事に勝ち残った。チームとしての士気も申し分ないし、まとまりだってある。春高へ進める自信もある。バレーボールは相変わらず楽しい。
ただ、なんというか、毎日が息をつく間もない。うんそれだ。
「黒尾、行くぞー」
動けない理由を見つけたところで、クラスメイト兼チームメイトの夜久から声を掛けられる。タイムリミットである。さらば、俺の息をつく間よ。
「へーい」
ゆっくりと、重たい腰をあげた。
「さっちーさあ、毎日よくやるよねえ」
なんだかんだで仲良くなって、いつの間にかさっちー呼びになっている。隣で一緒に休憩をしているのは、私を主役に抜擢した、3年5組の脚本家、橘ミズキである。練習が始まると、脚本家から監督役の方まで侵出してきた。
『何が?』
「劇の練習。あんなにいやいやだったのにさ」
『そりゃあねえ。交換条件あるし』
「意外と律儀だよね」
ニヤニヤしているのがなんだか気に食わない。
『抜け出していいなら、さっさと部活へ行きますけど?』
「ああ、ごめんごめん。嘘、冗談。ちょっとからかっただけ」
『……部活に顔出しさせてくれたら許そう』
「ははは、何それ。別に私の許可がなくたって、顔出しくらいすればいいのに」
『じゃあ今日は早く切り上げて部活行くね』
「はいはーい。じゃあ、休憩はさっさと終わって始めますか」
そして約束通り、部活動が終わる前に開放された。
テキパキと準備を済ませ、体育館へ急ぐ。体育館の中をしばらく見ていると、やはり何か様子がおかしい。
誰のかって? クラスメートでありバレー部主将であり、そして幼馴染でもある黒尾鉄朗の、である。
具体的には説明が難しい。言葉では説明できない違和感が黒尾にまとわりついている。
「お、珍しく早いな、倉木」
『うん、まあね』
体育館シューズを履いて、ズカズカと目的の人物のところへ急ぐ。サーブ練習をしていたようだが、容赦なくその腕をつかむ。
「うぉお、サチさん。お早いお帰りで」
『ちょっと』
「ん?」
不思議そうな黒尾を、有無を言わさずコートの外へ連れ出して、体育館の外の階段に座らせた。
「なになにサチさん。もしかして逢引き?」
『んなわけないでしょ』
ここまで連れてきたときに引っ張ってきた腕からは、練習で生まれた熱を差し引いても、熱っぽい温度を検知できた。
『鉄朗たぶん、熱あるよ』
本人が気づいていないのだと思ってそういえば、心底驚いた顔をされた。
「……まさかばれるとは、思ってなかったわ」
『え、自覚あり?』
「そりゃあねえ。さすがにそれくらいはわかりますよ」
『じゃあさっさと帰りなよ』
「そういうわけにもいかないでしょ」
『いくでしょ。無理しすぎて体壊したら元も子もないよ』
だってサチもいないじゃん。
少しいじけたような、ふてくされたようなそんな声で。
鉄朗にしては珍しく、言葉を紡いだ後に、逞しい腕の中に顔をうずめ、ぐぐぐ、と背中を丸める。
『いや私がいないから何よ。会話の成立すらしないってよっぽどじゃん』
丸めた背中をさすると、はあ、と息を吐いた。
『……ほらもお、体調悪いんじゃん。上着持ってくるからちょっと待ってて』
「指摘されなかったら隠せてましたー」
『隠すな。帰れ』
「もう練習終わるし、終わるまでは、いる」
『はあ?』
時計を確認すると、練習が終わるまで残り15分といったところか。これなら、今帰っても後で帰っても変わらないか、と試算する。
『わかった。でも自主練はなしね。病人はさっさと帰ってさっさと眠ってください』
「ういー」
上着を取りに、体育館に戻ろうとしたところで、今度は鉄朗に腕をつかまれる。
「あのさ、」
『はいはい。黙っておくから。かっこつけ野郎』
そう言い置き、体育館の中へ戻る。
とたんに、むわっとした熱気が全身を襲う。
『研磨ー』
幼馴染の名前を呼ぶ。みんなサーブ練習をしているはずなのだが、研磨は体力の限界らしく、体育館の隅でぼけっとしている。
「やっぱクロ、調子悪かったみたいだね」
『うん。みんなにバレずに帰りたいってさ』
「わかった。適当に言い訳しとく」
『ありがと』
「あっちだよ」
研磨の指さす方には鉄朗の脱ぎ捨てた上着があった。さすがは幼馴染、阿吽の呼吸である。
『さすが研磨。ところでさあ、帰りの話なんだけど』
「それはサチの役目でしょ。俺はみんなに取り繕わないといけないし」
『えー、3人で帰ろうよ。鉄朗重いんだよ』
「俺まだ練習あるし」
『いや今さぼってただろ』
「それに3人で帰ったら怪しまれる」
『それは2人で帰っても同じでは?』
「クラスの出し物の関係ってことにしておく。なんか買い出し」
『それなら夜久も一緒にしないと』
「別に二人でいいでしょ。それに夜久くんもクロの不調には気づいてるだろうし、話あわせてくれると思うよ」
はいはい。何としても二人で帰れとな。
こちらの提案も尽きたので、研磨の指示に従うこととして、ひとまず上着を持って外へと向かう。
「っはあ、」
階段で座っていたのが、ゆっくりと立ち上がっている。
『ほら上着』
「サンキュ」
『研磨が言い訳考えてくれたー。ミーティング終わったら帰ろう』
「へいへい。言われた通りにしますよ」
その後は、いつものごとくミーティングを済ませて、研磨の作戦通り、クラスの買い出しということで二人で体育館を後にした。
体育館が見えなくなるまで、鉄朗が調子の悪い素振りを見せることはなく、”音駒高校男子バレーボール部主将”という肩書を、鉄朗はこうやってこなしているのだな、と思った。
しんどそうではあったが、なんとか電車に乗ると、はああああ、と大きく息を吐き、座ったとたんに動かなくなった。そのうち、規則正しい息遣いが聞こえてきたので、眠っているのだろう。
電車がカーブした振動で、こちら側に寄りかかってくる。
やっぱり重い。
主将さんの体重と温度を片側に感じながら、しばらく忙しかったからなあ、と最近のスケジュールを思い出す。
暑い夏休みはほぼ毎日練習があり、梟谷学園グループの合宿もハードだった。夏祭りにも行ったし、私の宿題も見てもらったし。しかもそれを、主将という肩書を背負いながらやっているのだから、疲れるのも無理はない。あとたぶん、受験勉強もしているのだろう。私はほぼしていないが。
『今日はゆっくり休んでくださいよ』
起こさないようにそっと頬をつっつく。
昔からバレー一筋の鉄朗には、これからもバレーを楽しんでほしいと思うから。
昼休みに、主役をお願いしているさっちーとご飯を食べることが当たり前になってきた。役をきっかけに仲良くなったわけなのだが、もっと前から知り合いだったような、そんな友人になりつつある。
「さっちーさあ、好き、なわけじゃあないんだよね?」
つい先日、劇の練習を早く切り上げたいと言い出した。交換条件によりいやいや参加している、割には毎日頑張るさっちーが、初めてそう言うものだから、どんな大事な用事かと思ったら。同じクラスの黒尾の様子を見に行ったという。なんか様子が変だったから気になったんだと。
あ、幼馴染という大切なキーワードを付け加えておかなければ。そしてその不調にはクラスの誰も気づいていなかった。さすが幼馴染である。幼馴染こわっ。
『なんのこと?』
すっとぼけているように見えるけど、彼女はこれが通常運転なのだ。
黒い髪を長く伸ばして、いつも飾り気のないゴムで一つにまとめている。いわゆるポニーテール。その黒い髪と相対して、肌は白く透き通っている。目元は、きりっとしていて、どこか猫を思わせるような感じ。
人はこういう人を、美人という。
「別にー。それよりさ、いい感じじゃない、うちのクラスの劇」
天は二物を与えず。
しかしこの美人は、容姿のほかにもう一つ、抜群の運動神経を与えられている。体育祭での活躍は前にも言ったけど、普通の体育でも、彼女の活躍は群を抜いている。
さりとて。二物は与えられたが、それ以外は正直壊滅的だ。コミュニケーション能力然り、恋愛感情察知能力然り。特に後者は目も当てられない。
こういうデメリットを見せられると、何かに秀でているのもどうかと思う。私は全部人並でいい。
『うーんどうなんだろうね。これまで劇なんて見たことないし』
「今までって、1、2年の時の文化祭は何してたのよ」
『部活?』
「当日の話よ。他のクラスの劇、鑑賞するでしょ」
『体育館に集まるの面倒くさくて、だらだらしてた』
なんで私はこんなヤツにひかれてしまったのか。はあ、というため息は自然と漏れる。まあでも、惹かれてしまったのだからしょうがない。今度、黒尾と”倉木サチを思う会”でも立ち上げようかな。
黒尾とは正直、共通の話題もなく、話しても盛り上がらないしそもそもほとんど話さないが、さっちーの話題を出せば、結構盛り上がるかもしれない。
「まいーや。客観的な感想は自分でよくわかるし。さっちーにはとにかく頑張ってもらえればいい。うん」
半ば自分に言い聞かせるように。
『おっけー。あんまり難しいことを求められたら困る』
「だよねー、わかってる」
『そこはちょっとくらい否定しなよ』
「生意気言わなーい」
そんな会話しながら食べるお弁当は、なかなか減らない。
20分ほどかけてようやく底が見えた弁当箱をカタカタと片付けをして、自販機で買ったグレープフルーツ味のジュースを口に含む。少しだけ感じる苦みが何とも言えない。
『ミズキはさ、なんで私のことを主役にしようと思ったの?』
同じく自販機で入手したジュースを飲んでいたさっちーに問われる。ちなみに彼女はリンゴジュース。よく飲んでいるから好きなのかもしれない。
「えー。なんでだろう」
体育祭で一目ぼれしたことは話した。だから、おそらく今回求めている答えは、自分のどこに、主役要素があったのか、ということだろう。
「目を引かれるって、劇をする上では大事だと思うんだよね。そんで、さっちーの凛とした感じが、役にあってるなあ、って」
長くすらっと伸びた手足。程よい場所に程よくついた筋肉。猫のようなきりっとした顔は目鼻立ちがはっきりしているので、舞台映えすること間違いなし。そして何より、この性格。一人で静かに立てる、凛とした感じ。何も考えていなさそうに見えて、彼女の中には一本の芯がしっかりと備わっていて、かといって頑なさは感じられない。
加えて、作品を一緒に作り上げるにあたり、とても相性が良い。主に私との。
『ふーん』
鼻でもほじっていそうな返事。麦わら帽子をかぶった某海賊の船長のような軽さである。もちろん実際にはほじってはいない。いないけれども。
「おーい、倉木さーん。自分で聞いたんなら、興味持ちなよ」
はーい、という返事もまた、右から左に聞き流しているのだ。まあ彼女と付き合っていれば日常茶飯事なのでそれ以上は追及しない。追及するだけ時間の無駄だ。
『そういえば、文化祭の準備なんか手伝う? 融通利かせてもらってる分、小道具系の準備とかあるなら労働させるけど』
”労働させる”って表現が、さっちーらしい。
「いやいーよ。最初の約束だし」
『そ? じゃあお言葉に甘えて』
ふふーんとうっすら笑っている。のがわかるようになったのは、ここ最近である。面と向かって話をするようになってから、感情の機微がわかるようになってきた。
「主役頼んどいてなんだけどさ。春高予選だっけ? 頑張ってよー、応援行くからさ」
バレーボールを話題にすれば、すぐにご機嫌になる。男子バレーボール部のマネージャーさんは、今日もご機嫌である。
31主将とマネージャー
海 「そういや、夜久たちのクラス、文化祭の準備ないの?」
夜久「たしかに。何も声がかからないな」
海 「……文化祭直前に、仕事が立て込まないといいね」