Que Sera, Sera. -ケセラセラ-
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それはまさしく。一目ぼれだった。
その姿を一目見た瞬間に、演目も配役もすべて決められるくらい、激しい衝動に掻き立てられた。この人しかいないとそう思えた。
体育祭なんて、私にとってはただの苦行だ。走るのも嫌い、運動も嫌い、外で日焼けするのも嫌い。あと、他からの視線を向けられるのも大嫌いだ。
そんな地獄のような学校行事とも、今年でお別れだなあ、と一応それとなく感慨にふけっていたところだった。
目の前を、何かが駆け抜けた。遅れてやってくる生ぬるい風。必死に走者を追いかけている。
男子だろうか。走者に焦点をあてたところ、走っていたのは女子生徒だった。しかも同じクラス。名前を倉木サチという。
話しかけたことはない。クラスでは私と同じように、目立たないほうだったはずだ。授業中に発表もしなければ発言もしない。そんな彼女が、今、全校生徒が見守るクラス対抗リレーを、キラキラしながら走っている。
これまで2か月近く同じクラスにいたはずなのに、なぜ今までこの存在に気が付かなかったのだろうか。
気が付けば、その姿をずっと目で追っていた。一人抜き、二人抜き。あともう一人抜けば一位というところで、黒尾にバトンが渡された。次の主役は黒尾だったが、バトンを持っていない倉木サチから目が離せない。
しばらく歩きながら息を整え、行動を止めたころには、黒尾が1位を抜いてゴールを決めていた。
「わあっ」という歓声のようなどよめきのうようなものが、クラス内から沸いた。みな、1位を奪い取った黒尾の方に集まり、バカ騒ぎをしている。そんな黒尾の姿を倉木サチは遠目で見ているようだった。
黒尾が群衆の中から抜け出して倉木サチのところへ近寄ると、それまで見たことがないような顔で彼女が笑う。屈託のない笑みで、キラキラという表現が似合う。そんな笑顔に充てられてか、黒尾は優しい顔をしている。そして彼女の頭を持っていたバトンでコツンとした。
目の前にいるのにどこか遠くにいるようだったな、と、今思い返してもそう思う。
そんな彼女が、今、目の前にいる。
私の提案を聞き、なんだか不思議な顔をしていた。
『えーと。……あなたはなぜ私に声をかけたの』
その微妙な間から、私の名前がわからないのだろうということに気が付く。
「橘ミズキ。体育祭で一目ぼれしたの。文化祭の主役は倉木さんしかいない」
『へえ……』
「疑っているでしょ。でも事実なの。倉木さんしかいない」
『いろいろよくわかんないけど、とりあえず主役になるつもりはないし、そもそもクラスの出し物もまだ決まってないし、―――』
「大丈夫。絶対劇になる。私がそうさせる」
現在、夏休みが明けてすぐである。夏休みボケなんて言ってる暇は与えられなかった。すぐに学校が本格的にスタートし、そのまま文化祭までのカウントダウンが始まった。当日まで2週間と少ししかない。
まあ、毎年こんな感じなので、文化祭に命を懸けている私のようなヤツは、夏休み中にある程度準備をしておく。文芸部に所属する私にとっては、文化祭というのは脚本を手掛けることができる数少ない場なのである。そして体育祭で倉木サチを見たあの日から、その人を主役にするための台本をコツコツと書いていた。
『どこからそんな自信が来るんだか』
「そういうことで、お願い」
『えー。考える余地もなく却下です』
「そこをなんとか……」
『そろそろ部活行かないと』
どこか近づきがたい雰囲気をまとっていたのだが、話してみると意外と付き合いやすいと思った。女子特有の面倒くささがなくて、さっぱりとしている。はっきり受け答えをするところもいい。少なくとも私は気が楽だ。
「配役とか、倉木さんの好きにしていいからさ!」
倉木さんが手に入るのであれば、他は別に誰だっていい。
『そんなことを言われても困る。やらないってば』
「例えば黒尾とか誘ったらいいんじゃない? 相手役になってもらったら」
仲良しの黒尾の名前を出すと、思い切り嫌な顔をされた。
あれ。仲良しじゃなかった?
『いろいろ却下』
「ごめん、仲良しなんだと思ってた」
『まあ同じ部活だし。仲悪くはない』
「じゃあ、別にいいじゃない。一緒に演技したら楽しいと思うけど」
少し押し黙って、そして倉木さんが私を見つめた。
『文化祭に楽しさは求めてない』
じゃあ何を求めているの。そう聞こうとして、目の前の人物が何部に所属していて、そこがどんな目標をもって部活動を行っているのかを思い出す。
そしてひらめいた。この倉木サチという読めない人物が、何を求めているのか。そして、何を対価にすれば釣れるのかを。
「じゃあさ、こういうのはどう?」
提案する顔が、少しにやついていたかもしれない。
明日は春高バレーの予選大会である。ここを勝ち上がると、次の予選大会に進める。
ちなみに文化祭のちょうど2週間前にあたるのだが、毎年バレー部は、この学校行事を楽しむ余裕がない。といってもクラスに所属していることも事実で、だから裏方業のような地味な仕事を与えられることがほとんどである。
ほとんであったのに。
「……サチさん、今なんて言った?」
だから、自分の耳を疑った。
『しばらく練習には参加できないかも。来れたら極力来るけど』
「ああ、うん。そっちはわかったけども。その理由」
『文化祭の主役に抜擢された』
あのバレーしか興味なかったサチさんが!? そう続けると、『まあねー』と軽く流された。これはもう、この内容は聞くなという流れだ。そのままさっさと作業をしに倉庫の方へ向かってしまった。
一体何がどうなって主役などやるというのだろうか。弱みでも握られたか? そんな無粋なことを考える。
「おいおい、倉木、大丈夫かよ。人前でなんかできるタイプだっけ?」
「いやまったく」
「だよな。ってことは、やっぱ弱み握られたか?」
夜久との会話から、考えることはみな同じなのだと苦笑い。
「おーい研磨、なんか聞いてないか?」
もう一人の幼馴染へ声をかけるが、良い反応は得られない。同じマネージャーである咲良にも確認したが、何も知らないという。「サチ先輩が主役!? ビデオカメラもって参加しないと」とはしゃぐ始末である。
「おい黒尾。新手の嫌がらせってことはないよな」
「さすがにそれは。……うちのクラスの雰囲気、特段悪くはないよな」
「むしろいいよなあ」
「しかも、今回文化祭の劇の中心は、橘だろ? あいつは裏表はないヤツだし」
よくわからないけど、嫌がらせという線は薄いのではないだろうか。
そう結論づけているところに、サチの声が通る。
『咲良ー! しばらく来れないから、いろいろ確認するよ』
「はーい」
ばたばたと、練習前からマネージャーたちは忙しそうだ。
30 文化祭の対価
「よかったな。”愛しのサチ”の違う一面が見れるな」
「うっせー。やっくんは見るなよー」
「独占欲にまみれた男は見苦しいねえ」
その姿を一目見た瞬間に、演目も配役もすべて決められるくらい、激しい衝動に掻き立てられた。この人しかいないとそう思えた。
体育祭なんて、私にとってはただの苦行だ。走るのも嫌い、運動も嫌い、外で日焼けするのも嫌い。あと、他からの視線を向けられるのも大嫌いだ。
そんな地獄のような学校行事とも、今年でお別れだなあ、と一応それとなく感慨にふけっていたところだった。
目の前を、何かが駆け抜けた。遅れてやってくる生ぬるい風。必死に走者を追いかけている。
男子だろうか。走者に焦点をあてたところ、走っていたのは女子生徒だった。しかも同じクラス。名前を倉木サチという。
話しかけたことはない。クラスでは私と同じように、目立たないほうだったはずだ。授業中に発表もしなければ発言もしない。そんな彼女が、今、全校生徒が見守るクラス対抗リレーを、キラキラしながら走っている。
これまで2か月近く同じクラスにいたはずなのに、なぜ今までこの存在に気が付かなかったのだろうか。
気が付けば、その姿をずっと目で追っていた。一人抜き、二人抜き。あともう一人抜けば一位というところで、黒尾にバトンが渡された。次の主役は黒尾だったが、バトンを持っていない倉木サチから目が離せない。
しばらく歩きながら息を整え、行動を止めたころには、黒尾が1位を抜いてゴールを決めていた。
「わあっ」という歓声のようなどよめきのうようなものが、クラス内から沸いた。みな、1位を奪い取った黒尾の方に集まり、バカ騒ぎをしている。そんな黒尾の姿を倉木サチは遠目で見ているようだった。
黒尾が群衆の中から抜け出して倉木サチのところへ近寄ると、それまで見たことがないような顔で彼女が笑う。屈託のない笑みで、キラキラという表現が似合う。そんな笑顔に充てられてか、黒尾は優しい顔をしている。そして彼女の頭を持っていたバトンでコツンとした。
目の前にいるのにどこか遠くにいるようだったな、と、今思い返してもそう思う。
そんな彼女が、今、目の前にいる。
私の提案を聞き、なんだか不思議な顔をしていた。
『えーと。……あなたはなぜ私に声をかけたの』
その微妙な間から、私の名前がわからないのだろうということに気が付く。
「橘ミズキ。体育祭で一目ぼれしたの。文化祭の主役は倉木さんしかいない」
『へえ……』
「疑っているでしょ。でも事実なの。倉木さんしかいない」
『いろいろよくわかんないけど、とりあえず主役になるつもりはないし、そもそもクラスの出し物もまだ決まってないし、―――』
「大丈夫。絶対劇になる。私がそうさせる」
現在、夏休みが明けてすぐである。夏休みボケなんて言ってる暇は与えられなかった。すぐに学校が本格的にスタートし、そのまま文化祭までのカウントダウンが始まった。当日まで2週間と少ししかない。
まあ、毎年こんな感じなので、文化祭に命を懸けている私のようなヤツは、夏休み中にある程度準備をしておく。文芸部に所属する私にとっては、文化祭というのは脚本を手掛けることができる数少ない場なのである。そして体育祭で倉木サチを見たあの日から、その人を主役にするための台本をコツコツと書いていた。
『どこからそんな自信が来るんだか』
「そういうことで、お願い」
『えー。考える余地もなく却下です』
「そこをなんとか……」
『そろそろ部活行かないと』
どこか近づきがたい雰囲気をまとっていたのだが、話してみると意外と付き合いやすいと思った。女子特有の面倒くささがなくて、さっぱりとしている。はっきり受け答えをするところもいい。少なくとも私は気が楽だ。
「配役とか、倉木さんの好きにしていいからさ!」
倉木さんが手に入るのであれば、他は別に誰だっていい。
『そんなことを言われても困る。やらないってば』
「例えば黒尾とか誘ったらいいんじゃない? 相手役になってもらったら」
仲良しの黒尾の名前を出すと、思い切り嫌な顔をされた。
あれ。仲良しじゃなかった?
『いろいろ却下』
「ごめん、仲良しなんだと思ってた」
『まあ同じ部活だし。仲悪くはない』
「じゃあ、別にいいじゃない。一緒に演技したら楽しいと思うけど」
少し押し黙って、そして倉木さんが私を見つめた。
『文化祭に楽しさは求めてない』
じゃあ何を求めているの。そう聞こうとして、目の前の人物が何部に所属していて、そこがどんな目標をもって部活動を行っているのかを思い出す。
そしてひらめいた。この倉木サチという読めない人物が、何を求めているのか。そして、何を対価にすれば釣れるのかを。
「じゃあさ、こういうのはどう?」
提案する顔が、少しにやついていたかもしれない。
明日は春高バレーの予選大会である。ここを勝ち上がると、次の予選大会に進める。
ちなみに文化祭のちょうど2週間前にあたるのだが、毎年バレー部は、この学校行事を楽しむ余裕がない。といってもクラスに所属していることも事実で、だから裏方業のような地味な仕事を与えられることがほとんどである。
ほとんであったのに。
「……サチさん、今なんて言った?」
だから、自分の耳を疑った。
『しばらく練習には参加できないかも。来れたら極力来るけど』
「ああ、うん。そっちはわかったけども。その理由」
『文化祭の主役に抜擢された』
あのバレーしか興味なかったサチさんが!? そう続けると、『まあねー』と軽く流された。これはもう、この内容は聞くなという流れだ。そのままさっさと作業をしに倉庫の方へ向かってしまった。
一体何がどうなって主役などやるというのだろうか。弱みでも握られたか? そんな無粋なことを考える。
「おいおい、倉木、大丈夫かよ。人前でなんかできるタイプだっけ?」
「いやまったく」
「だよな。ってことは、やっぱ弱み握られたか?」
夜久との会話から、考えることはみな同じなのだと苦笑い。
「おーい研磨、なんか聞いてないか?」
もう一人の幼馴染へ声をかけるが、良い反応は得られない。同じマネージャーである咲良にも確認したが、何も知らないという。「サチ先輩が主役!? ビデオカメラもって参加しないと」とはしゃぐ始末である。
「おい黒尾。新手の嫌がらせってことはないよな」
「さすがにそれは。……うちのクラスの雰囲気、特段悪くはないよな」
「むしろいいよなあ」
「しかも、今回文化祭の劇の中心は、橘だろ? あいつは裏表はないヤツだし」
よくわからないけど、嫌がらせという線は薄いのではないだろうか。
そう結論づけているところに、サチの声が通る。
『咲良ー! しばらく来れないから、いろいろ確認するよ』
「はーい」
ばたばたと、練習前からマネージャーたちは忙しそうだ。
30 文化祭の対価
「よかったな。”愛しのサチ”の違う一面が見れるな」
「うっせー。やっくんは見るなよー」
「独占欲にまみれた男は見苦しいねえ」