Que Sera, Sera. -ケセラセラ-
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最近のサチ先輩はとても忙しい。
いつくらいからかというと、夏休み半ばに春高一次予選があり、その前あたりから。早く帰って次の日あくびをしながら部活に来たり、そうかと思えば自主練の後も遅くまで残っていたり。
そんな忙しい夏休みが終わりそうな今日。
今年の夏休みの中で一番忙しい日。
「モップってどこですか」
「昼ご飯の準備しておく?」
「電池切れ!」
「ビブス破れました」
「審判ってお願いできますか」
「父兄の方から差し入れだってー」
「得点板、壊れました」
一番ピークの時には、これが一度にサチ先輩のもとへ集まった。音駒メンバーが試合に入っていたことも要因の一つだと思う。
3個目くらいから、私は考えることをやめた。どこから手をつけていいのやら。だけど、そんな状況をサチ先輩はものともしない。
『モップは芝山、電池は犬岡』
『昼ご飯の準備は咲良一緒に行って』
『ビブス破れたのはこっちにください。予備は体育館の隅にある』
誰が対応するのかを示して、そっちで解決してもらうようにしているらしい。
テキパキと捌かれていく注文に関心しつつ、他校のマネさんを引き連れて食堂へ赴く。準備といっても、昼は弁当を注文しているので、その受け取りと会場の設営である。
「サチ先輩、一人で大丈夫でしょうか」
顔なじみのかおり先輩に問えば、「大丈夫」と即答。
「だって、1年の頃から、あんな感じで捌いてるから。さっちーには余裕だよ」
「あ、れを、1年の頃から?」
「そうそう。すごいよねえ」
「うわあ、私あれ、来年できるのかな」
「無理に気負わなくてもいいよ、さっちーはさっちー。咲良は咲良のやり方があるし」
なんて会話をしながら昼食の準備を終え、体育館に戻ると、サチ先輩は外でジャグを作っているところだった。
「ええ、もう空っぽ? 今日暑いですもんね」
かわります、と隣に行くのだが、『またぶちまけられても困る』と。
「あああ、それを言われたら私何もできないじゃないですか」
『はは、開き直ってる』
「せっっっかく変わろうと思ったのに」
頬を膨らませると、ひんやりとした指で頬を押された。
『嘘、冗談。お願いします』
「まったく素直じゃないんだから」
生意気、と返されるかと思ったけど、サチ先輩の声を遮り、体育館の中からサチ先輩が呼ばれる。
「サチさーん」
『はーい』
やれやれという仕草をするのだけど、その忙しさが、サチ先輩は嫌いじゃないんだろうなあ、と思う。
だってとても、楽しそう。
「あとは寝るだけ~~~~」
『同じく~~~』
練習が終わり、夜ご飯も終わり、風呂も終わり。あとは眠るだけというところまできて、ようやく、肩の荷が下りた。明日になったらまた荷を背負わなければならないということはひとまず忘れる。
「二人ともお疲れ~」
マネ用の部屋で、だれかが引いてくれていた布団に、咲良と二人でダイブしていたところ、かおりんから声をかけられた。
『かおりんもお疲れ様~』
「さっちー、ちゃんとご飯食べたの?」
『食べた、食べた。食べないとやってられん』
「それならよかった?」
よかったという割には、私のことを信用していないらしい。「?」は咲良に向けられている。
「よくないです。食欲はなかった模様です」
なんて咲良が言う。
どうやら、晩御飯時にずっとひっつかれていたのは、私の食欲をモニタリングするためだったらしい。お前はどっちの味方だ、と心の中で文句を垂れる。
『うわ、チクられた』
「ちくられたとは何よ。咲良はさっちーの体調を気遣ってるんでしょ」
『体調管理くらい自分でできますー』
言い返したのだが、それは華麗にスルーされた。
「咲良、覚悟しておきなよ。そのうち、アイスクリーム買いに行こうって言いだすから」
「ええ、今日もですか?」
『さすがに今日はいいや。もう歩きたくなーい』
わちゃわちゃしていたところ、「さっちー、お客さん」と声が上がる。
『お客?』
絶対黒尾でしょ。かおりんが小さな声でつぶやくが、聞こえてますよー。
なんて言葉に出すことはせず、ニヤニヤしているかおりんや咲良を残して部屋を出る。
『うわ、ほんとに黒尾だ』
「うわっは傷つくでしょうが、うわって」
『げっ。ほんとに黒尾だ』
「言い直さなくていい。そしてげっ、も傷つく」
風呂上りなのか、寝ぐせのついていないしんなりした髪型の黒尾がいた。
手には何やら大きな袋を抱えている。
『それはもしかして?』
「こういう時だけ鼻が利くのね。男子部員からの差し入れです」
『おおお、さすが黒尾。気が利く。そういうところは評価高い』
「逆に評価低いところはどこですか」
なんか言っている黒尾をひとまず置き去りにし、マネの部屋の中へ声をかける。
『男子から差し入れもらったよーアイスクリームだって』
「きゃーうれしい」
「さすが黒尾」
「ありがと~」
梟谷の木兎を励ますときのような適当な感想とお礼が叫ばれ、黒尾も黒尾で「へいへーい」とか返事をする。
『おいしくいただきます~』
「ちょい待ち。サチさんはまだ」
『えええ、アイス溶ける』
「冷凍庫とか入れてもらえばいいでしょ」
早くアイス食べて寝たいんだけどなあ。
でも、黒尾がいつになく緊張しているような雰囲気だったので、仕方なく黒尾の要求をのむことにする。
後ろをついて歩くと、屋上に上がるための階段踊り場にたどり着く。屋上へは鍵がかかっているので上がれないけど。
『どうかしたの?』
問えば、頭の後ろをかきながら、ちょっとだけ目を逸らされる。
「明日さ、ちょうど夏祭りあるし、みんなで行くんだけど。サチさんも一緒にどうですか」
『なんでいきなり敬語』
言いながら、頭の中では違うことを考える。
毎年誘われているわけだが、人込みはあまり好きではないし、夏は暑いので毎年パスしていた行事だ。
今年もパスかな。人込みも嫌いだし、明日も今日と同じくらい疲れるのだから、そのあとにさらに歩き回るなんてとても。
いや、でも。
不意にいつもとは違う感情が思い出された。
この前夜久の誕プレを買いに行ったときにふと感じた、黒尾とは、この先ここまで近くなることはないんだよなあ、ということ。
小中高と同じ学校で過ごした。高3では初めて同じクラスにもなった。でもきっと、大学は違う道を行く。黒尾がバレーを続けるかはわからないし、私もどうするかまだ決めていない。
家は近所だけど、きっと卒業したら距離はできる。
それはちょっと寂しいな、と思うから。
まだこのままの関係性でいたい。同じ学校、同じクラス、気を許した幼馴染。
その関係での思い出を、作っておくのは悪くないような気がした。
『……人込みとかは苦手だけど。それでもいいなら、行ってもいい』
気づいたときには返事をしていて、ぱっと黒尾の顔が明るくなったことがわかった。
「マジ!?」
『うん、たぶん』
「じゃあ、明日、合宿後に家に帰るから、家まで迎えに行きます」
『わかった』
シュシュはどっちの色を付けていこうかなあ、とちょっとだけ悩んだ。
「サチ先輩、夏祭り行くんですね!」
黒尾からの呼び出しから帰ってきたさっちーに、先ほど連絡が回ってきたらしい咲良が意気揚々と話しかけている。
音駒は明日、夏祭りに出かけるらしい。
『気まぐれで行くことにした、たぶん』
「やった! サチ先輩は毎年来ないからって言われてたんです」
『うん、毎年行ってない』
「何着ていきます」
『服』
「やっぱり浴衣ですよね」
『却下』
「黒尾先輩に、サチ先輩が浴衣持ってるか聞いてみよーっと」
咲良は普段からこんな感じなのだろう。会話なのか?なんて野暮なつっこみはしない。さっちーと毎日過ごせば、こうなってしまうのだろうから。
そのうち、さっちーを置いて、ばたばたと教室を出ていったので、音駒でなんか作戦会議でもするのかもしれない。さっちーに浴衣を着せよう、みたいな。面白そうなので後で咲良から話を聞こう、と決める。
「珍しいね、さっちー人込み苦手じゃん」
一人になったさっちーに、遠慮なく話しかける。今日は忙しそうで、なかなか話すタイミングがなかった。
『うんそうなんだけどさ。これからみんな離れちゃうし、思い出は作っておいても悪くないなあ、と思った』
「へえええ。……黒尾と?」
『うん』
「へえええ。へえええ」
ニヤニヤしすぎたのか、自分の失言に気づいたさっちー。きっと一日動き回って疲れていることも関係している。たぶん今いろいろ聞きだせば、つらつらと本音がもらえる。と思う。
『あー違う。黒尾じゃなくて、みんなと、だって』
「はいはい。みんなとね。でも黒尾ともね」
『うるさいなー』
「そんなサチさんは、最近どうなんですか」
『最近とは?』
「この人いいな、とか付き合ってみたい、とかないの」
うわ、またこの話題か。なんてすぐ顔に出る。そういうところがおもしろくてかわいいところだなと思う。さっちーは人付き合いが苦手とかいうけど、付き合っている方からすると、結構楽しいのである。
『この人いいな、はよくわからない』
「じゃあ付き合ってみたい、は?」
『そっちもよくわからない』
まあ、この会話のくだりは、正直毎年やっているくだりである。こんなにきれいでモテそうな倉木サチという人物は、おそらくバレー愛が強すぎて、人間への愛がまったくわからないという。しかも、あれだけ毎日のように黒尾からの熱烈なラブコールをもらっておいて、である。
ほんと、鈍感にもほどがある。
「じゃあさあ。この人がいないと寂しいな、とか思ったり?」
『ああ、それなら最近あった』
「へえ。どういう時に?」
ここで誰に、と聞かないのは、私なりの気遣いというものだったりする。相手が黒尾となれば、周りからからかわれるから、とか言って、真面目に答えてくれなくなる。
『この前買い物行ったんだけど、お似合いの人と話をしていて、大学はさすがに行くところ違うし、そのうち結婚したよって突然連絡が入るんだろうな、って』
「ふーん。それでちょっと寂しくなったんだ」
『寂しいっていうか、この関係ももう終わりなんだなあ、って』
「ちなみに、そのお似合いの人ってどんな人?」
『中学で同じクラスだったらしい』
「仲良さげ?」
『仲良さげ』
「外見は」
『ああ、黒髪ロングでサラサラストレート』
フムフム。おそらく一緒に買い物に行ったのは黒尾で間違いないだろう。黒尾以外でさっちーと買い物に行ける人はいない。主に黒尾の日頃の頑張りのおかげで。
そうなるならば、さっちー、それは、ちょっとした嫉妬というのでは?
もちろん口には出さないけど。
「黒髪ロングなら、さっちーだって負けないでしょ」
『そりゃあ、日本人ですし。髪長いしね』
「サラサラでもあるよ」
『ストレートではない』
「えっと、」
黒尾は、と言いかけて、どうにかそのワードを引っ込める。
「黒髪ロングでさらさらストレートがいいの?」
『たぶん。前にそれらしいことを言ってた』
「へえ」
さっちーはどこまで気づいてるんだろう。
今の会話だと、黒尾の好みが黒髪ロングのさらさらストレートが好きということで、そしてさっちーはそういう子と黒尾が一緒にいて、寂しさを感じたわけだ。
「でもさあ、さっちーだってお似合いじゃない?」
『ええ、なんで?』
「なんでって、逆になんで?」
前々から思ってたけど、さっちーは、恋愛に興味がないというか、恋愛と自分が無縁と思ってるというか、自分事としてとらえられていないと思う。
目の前で起きていることが、ただの物語になっているような。
『なんでって……てかなんの話してんだっけ』
そこに思い至ってしまったらしい。
でもここまで来たら、追及してしまいたい。
「さっちーが黒尾に寂しいと感じたって話。違う?」
『……』
「おっかしいなあ、そういう話だと思ったんだけど」
『……不覚にも、ほんの一瞬だけそう思ったことは認める』
「おお」
ついに認めた。黒尾よかったね。さっちーが何かを感じ始めたよ。
『でもだってそうじゃん。小中高って一緒だった幼馴染とついにお別れか、って思ったら、少しくらい寂しくなるでしょ、人間だもの』
さっちーの寂しくなる理由、人間だからかよ。思わず心の中で盛大なツッコミをいれる。後から後からクツクツと笑いがこぼれるのは、もうしょうがない。
「じゃあさ」
『話したいならまずその笑いを抑えてからにしてくださーい』
ちょっとだけすねたさっちーがかわいい。
「ごめんごめん。でもさ、別にお別れなんてしなくてもよくない?」
『いやいや、ヤツと同じ大学に行けるほど、私は頭よくない』
この前話していた、世界史13点だか12点の話を思い出す。
そして、さっちーの言い分は否定できない。黒尾の頭の良さはあまり知らないけど、たぶんそれよりはいい。
「別に大学が別になるからって、お別れになることはないでしょ」
『そお?』
「それこそ、付き合っちゃえばいい話じゃん」
『え、そこで?』
「うん、そこで」
しばらくフリーズするさっちー。
『確認するけど、だれとだれが?』
「黒尾とさっちーが」
『……いやいやいやいや、ないでしょ』
「ええ、なんで?」
『だってあの黒尾だよ?』
「えー、だって結構かっこいいじゃん。高身長、まあイケメンの方だし。優しいし面倒見もいいし」
『うん、悔しいけどまあそうだね』
思っていたのと違う返答だったので、思わず「え」と口に出る。
「じゃあなんでないの? いいヤツじゃん、黒尾」
『いや、だから、その黒尾と私だよ? ないでしょ』
「え?」
『私が誰かと付き合う姿を、私が想像できない。ってか、付き合うってなんだ』
「……うん、まあさっちーならそうだろうね」
惜しいところまできているのに。ほんとうに惜しい。
さっちーは黒尾を恋愛対象として見れていないわけではない。恋愛をわかっていないだけ。そんなことがわかった今日の会話。
「好きだな~はわからなくてもさ。この人ともう少し一緒にいたいな、とか楽しいなとか。いなくなったら寂しいなあ、とか」
『んーまあ、その気持ちならなんとなくわかる』
眉間に皺を寄せながらも、なんとか想像でついてきてくれているので、もう少し深堀をしてみる。後で黒尾にいろいろとおごってもらえそうな気がする。
「で、付き合うっていうのは、なんだろうなあ。別に特別なことはしなくても、嬉しいときに報告したり、寂しいときに少し話をしたり、そんな感じじゃない?」
『……付き合うって、そんな感じなの?』
「そんな関係もあるよって話」
『遊園地に行くとか水族館に行くとかじゃなくて?』
「いや、もちろんそういう関係もあるけど。……さっちーはそういうことしたいの?」
『別に。今のところバレーの方が興味あるし。バレーの試合観戦なら喜んでついていくけどさ、デートってそういうことしないでしょ』
いやするよ。
寧ろ、黒尾とならそれできるだろ。
盛大なツッコミは心の中で。
これは、あれだ。黒尾へ教えてあげる案件としてとっておこう。
「相手がバレー好きなら、そういうのもありじゃない?」
『え、そうなの? よくわかんないな、付き合うって』
はあ、とため息が漏れる。さっちーから。
『いろいろ考えたら疲れた』だそうだ。
「そうね、さっちーにしてはよく頭を使いました」
『かおりん、アイスでも食べましょうよ』
「さっき食べたじゃん」
『いや、まだ残ってた。2個目行ける』
どれだけアイス好きなんだよ。
本日何度目かもわからない、心の中で放つツッコミ。
「おなか壊すからいいや。でも3個は食べないでよ。2個まで」
『うわ、今思ってたやつ』
そこでタイミング良く咲良が帰ってくる。
「サチせんぱーい。明日は浴衣着てきてくださいね」
『いやだからそれは却下したでしょ』
「ええ、サチ先輩の浴衣姿見たいです」
そんな騒がしい音駒マネたちを後ろに、黒尾に何をおごってもらうか、今からニヤニヤと考えるのであった。
27コイバナ
『浴衣なんて持ってませーん』
「大丈夫です、サチ先輩の家に浴衣はあります」
『ないって。だって私、小学生以降着たことないもん』
「黒尾先輩が、サチ先輩のお母さんに確認してました」
『はあ!?』
いつくらいからかというと、夏休み半ばに春高一次予選があり、その前あたりから。早く帰って次の日あくびをしながら部活に来たり、そうかと思えば自主練の後も遅くまで残っていたり。
そんな忙しい夏休みが終わりそうな今日。
今年の夏休みの中で一番忙しい日。
「モップってどこですか」
「昼ご飯の準備しておく?」
「電池切れ!」
「ビブス破れました」
「審判ってお願いできますか」
「父兄の方から差し入れだってー」
「得点板、壊れました」
一番ピークの時には、これが一度にサチ先輩のもとへ集まった。音駒メンバーが試合に入っていたことも要因の一つだと思う。
3個目くらいから、私は考えることをやめた。どこから手をつけていいのやら。だけど、そんな状況をサチ先輩はものともしない。
『モップは芝山、電池は犬岡』
『昼ご飯の準備は咲良一緒に行って』
『ビブス破れたのはこっちにください。予備は体育館の隅にある』
誰が対応するのかを示して、そっちで解決してもらうようにしているらしい。
テキパキと捌かれていく注文に関心しつつ、他校のマネさんを引き連れて食堂へ赴く。準備といっても、昼は弁当を注文しているので、その受け取りと会場の設営である。
「サチ先輩、一人で大丈夫でしょうか」
顔なじみのかおり先輩に問えば、「大丈夫」と即答。
「だって、1年の頃から、あんな感じで捌いてるから。さっちーには余裕だよ」
「あ、れを、1年の頃から?」
「そうそう。すごいよねえ」
「うわあ、私あれ、来年できるのかな」
「無理に気負わなくてもいいよ、さっちーはさっちー。咲良は咲良のやり方があるし」
なんて会話をしながら昼食の準備を終え、体育館に戻ると、サチ先輩は外でジャグを作っているところだった。
「ええ、もう空っぽ? 今日暑いですもんね」
かわります、と隣に行くのだが、『またぶちまけられても困る』と。
「あああ、それを言われたら私何もできないじゃないですか」
『はは、開き直ってる』
「せっっっかく変わろうと思ったのに」
頬を膨らませると、ひんやりとした指で頬を押された。
『嘘、冗談。お願いします』
「まったく素直じゃないんだから」
生意気、と返されるかと思ったけど、サチ先輩の声を遮り、体育館の中からサチ先輩が呼ばれる。
「サチさーん」
『はーい』
やれやれという仕草をするのだけど、その忙しさが、サチ先輩は嫌いじゃないんだろうなあ、と思う。
だってとても、楽しそう。
「あとは寝るだけ~~~~」
『同じく~~~』
練習が終わり、夜ご飯も終わり、風呂も終わり。あとは眠るだけというところまできて、ようやく、肩の荷が下りた。明日になったらまた荷を背負わなければならないということはひとまず忘れる。
「二人ともお疲れ~」
マネ用の部屋で、だれかが引いてくれていた布団に、咲良と二人でダイブしていたところ、かおりんから声をかけられた。
『かおりんもお疲れ様~』
「さっちー、ちゃんとご飯食べたの?」
『食べた、食べた。食べないとやってられん』
「それならよかった?」
よかったという割には、私のことを信用していないらしい。「?」は咲良に向けられている。
「よくないです。食欲はなかった模様です」
なんて咲良が言う。
どうやら、晩御飯時にずっとひっつかれていたのは、私の食欲をモニタリングするためだったらしい。お前はどっちの味方だ、と心の中で文句を垂れる。
『うわ、チクられた』
「ちくられたとは何よ。咲良はさっちーの体調を気遣ってるんでしょ」
『体調管理くらい自分でできますー』
言い返したのだが、それは華麗にスルーされた。
「咲良、覚悟しておきなよ。そのうち、アイスクリーム買いに行こうって言いだすから」
「ええ、今日もですか?」
『さすがに今日はいいや。もう歩きたくなーい』
わちゃわちゃしていたところ、「さっちー、お客さん」と声が上がる。
『お客?』
絶対黒尾でしょ。かおりんが小さな声でつぶやくが、聞こえてますよー。
なんて言葉に出すことはせず、ニヤニヤしているかおりんや咲良を残して部屋を出る。
『うわ、ほんとに黒尾だ』
「うわっは傷つくでしょうが、うわって」
『げっ。ほんとに黒尾だ』
「言い直さなくていい。そしてげっ、も傷つく」
風呂上りなのか、寝ぐせのついていないしんなりした髪型の黒尾がいた。
手には何やら大きな袋を抱えている。
『それはもしかして?』
「こういう時だけ鼻が利くのね。男子部員からの差し入れです」
『おおお、さすが黒尾。気が利く。そういうところは評価高い』
「逆に評価低いところはどこですか」
なんか言っている黒尾をひとまず置き去りにし、マネの部屋の中へ声をかける。
『男子から差し入れもらったよーアイスクリームだって』
「きゃーうれしい」
「さすが黒尾」
「ありがと~」
梟谷の木兎を励ますときのような適当な感想とお礼が叫ばれ、黒尾も黒尾で「へいへーい」とか返事をする。
『おいしくいただきます~』
「ちょい待ち。サチさんはまだ」
『えええ、アイス溶ける』
「冷凍庫とか入れてもらえばいいでしょ」
早くアイス食べて寝たいんだけどなあ。
でも、黒尾がいつになく緊張しているような雰囲気だったので、仕方なく黒尾の要求をのむことにする。
後ろをついて歩くと、屋上に上がるための階段踊り場にたどり着く。屋上へは鍵がかかっているので上がれないけど。
『どうかしたの?』
問えば、頭の後ろをかきながら、ちょっとだけ目を逸らされる。
「明日さ、ちょうど夏祭りあるし、みんなで行くんだけど。サチさんも一緒にどうですか」
『なんでいきなり敬語』
言いながら、頭の中では違うことを考える。
毎年誘われているわけだが、人込みはあまり好きではないし、夏は暑いので毎年パスしていた行事だ。
今年もパスかな。人込みも嫌いだし、明日も今日と同じくらい疲れるのだから、そのあとにさらに歩き回るなんてとても。
いや、でも。
不意にいつもとは違う感情が思い出された。
この前夜久の誕プレを買いに行ったときにふと感じた、黒尾とは、この先ここまで近くなることはないんだよなあ、ということ。
小中高と同じ学校で過ごした。高3では初めて同じクラスにもなった。でもきっと、大学は違う道を行く。黒尾がバレーを続けるかはわからないし、私もどうするかまだ決めていない。
家は近所だけど、きっと卒業したら距離はできる。
それはちょっと寂しいな、と思うから。
まだこのままの関係性でいたい。同じ学校、同じクラス、気を許した幼馴染。
その関係での思い出を、作っておくのは悪くないような気がした。
『……人込みとかは苦手だけど。それでもいいなら、行ってもいい』
気づいたときには返事をしていて、ぱっと黒尾の顔が明るくなったことがわかった。
「マジ!?」
『うん、たぶん』
「じゃあ、明日、合宿後に家に帰るから、家まで迎えに行きます」
『わかった』
シュシュはどっちの色を付けていこうかなあ、とちょっとだけ悩んだ。
「サチ先輩、夏祭り行くんですね!」
黒尾からの呼び出しから帰ってきたさっちーに、先ほど連絡が回ってきたらしい咲良が意気揚々と話しかけている。
音駒は明日、夏祭りに出かけるらしい。
『気まぐれで行くことにした、たぶん』
「やった! サチ先輩は毎年来ないからって言われてたんです」
『うん、毎年行ってない』
「何着ていきます」
『服』
「やっぱり浴衣ですよね」
『却下』
「黒尾先輩に、サチ先輩が浴衣持ってるか聞いてみよーっと」
咲良は普段からこんな感じなのだろう。会話なのか?なんて野暮なつっこみはしない。さっちーと毎日過ごせば、こうなってしまうのだろうから。
そのうち、さっちーを置いて、ばたばたと教室を出ていったので、音駒でなんか作戦会議でもするのかもしれない。さっちーに浴衣を着せよう、みたいな。面白そうなので後で咲良から話を聞こう、と決める。
「珍しいね、さっちー人込み苦手じゃん」
一人になったさっちーに、遠慮なく話しかける。今日は忙しそうで、なかなか話すタイミングがなかった。
『うんそうなんだけどさ。これからみんな離れちゃうし、思い出は作っておいても悪くないなあ、と思った』
「へえええ。……黒尾と?」
『うん』
「へえええ。へえええ」
ニヤニヤしすぎたのか、自分の失言に気づいたさっちー。きっと一日動き回って疲れていることも関係している。たぶん今いろいろ聞きだせば、つらつらと本音がもらえる。と思う。
『あー違う。黒尾じゃなくて、みんなと、だって』
「はいはい。みんなとね。でも黒尾ともね」
『うるさいなー』
「そんなサチさんは、最近どうなんですか」
『最近とは?』
「この人いいな、とか付き合ってみたい、とかないの」
うわ、またこの話題か。なんてすぐ顔に出る。そういうところがおもしろくてかわいいところだなと思う。さっちーは人付き合いが苦手とかいうけど、付き合っている方からすると、結構楽しいのである。
『この人いいな、はよくわからない』
「じゃあ付き合ってみたい、は?」
『そっちもよくわからない』
まあ、この会話のくだりは、正直毎年やっているくだりである。こんなにきれいでモテそうな倉木サチという人物は、おそらくバレー愛が強すぎて、人間への愛がまったくわからないという。しかも、あれだけ毎日のように黒尾からの熱烈なラブコールをもらっておいて、である。
ほんと、鈍感にもほどがある。
「じゃあさあ。この人がいないと寂しいな、とか思ったり?」
『ああ、それなら最近あった』
「へえ。どういう時に?」
ここで誰に、と聞かないのは、私なりの気遣いというものだったりする。相手が黒尾となれば、周りからからかわれるから、とか言って、真面目に答えてくれなくなる。
『この前買い物行ったんだけど、お似合いの人と話をしていて、大学はさすがに行くところ違うし、そのうち結婚したよって突然連絡が入るんだろうな、って』
「ふーん。それでちょっと寂しくなったんだ」
『寂しいっていうか、この関係ももう終わりなんだなあ、って』
「ちなみに、そのお似合いの人ってどんな人?」
『中学で同じクラスだったらしい』
「仲良さげ?」
『仲良さげ』
「外見は」
『ああ、黒髪ロングでサラサラストレート』
フムフム。おそらく一緒に買い物に行ったのは黒尾で間違いないだろう。黒尾以外でさっちーと買い物に行ける人はいない。主に黒尾の日頃の頑張りのおかげで。
そうなるならば、さっちー、それは、ちょっとした嫉妬というのでは?
もちろん口には出さないけど。
「黒髪ロングなら、さっちーだって負けないでしょ」
『そりゃあ、日本人ですし。髪長いしね』
「サラサラでもあるよ」
『ストレートではない』
「えっと、」
黒尾は、と言いかけて、どうにかそのワードを引っ込める。
「黒髪ロングでさらさらストレートがいいの?」
『たぶん。前にそれらしいことを言ってた』
「へえ」
さっちーはどこまで気づいてるんだろう。
今の会話だと、黒尾の好みが黒髪ロングのさらさらストレートが好きということで、そしてさっちーはそういう子と黒尾が一緒にいて、寂しさを感じたわけだ。
「でもさあ、さっちーだってお似合いじゃない?」
『ええ、なんで?』
「なんでって、逆になんで?」
前々から思ってたけど、さっちーは、恋愛に興味がないというか、恋愛と自分が無縁と思ってるというか、自分事としてとらえられていないと思う。
目の前で起きていることが、ただの物語になっているような。
『なんでって……てかなんの話してんだっけ』
そこに思い至ってしまったらしい。
でもここまで来たら、追及してしまいたい。
「さっちーが黒尾に寂しいと感じたって話。違う?」
『……』
「おっかしいなあ、そういう話だと思ったんだけど」
『……不覚にも、ほんの一瞬だけそう思ったことは認める』
「おお」
ついに認めた。黒尾よかったね。さっちーが何かを感じ始めたよ。
『でもだってそうじゃん。小中高って一緒だった幼馴染とついにお別れか、って思ったら、少しくらい寂しくなるでしょ、人間だもの』
さっちーの寂しくなる理由、人間だからかよ。思わず心の中で盛大なツッコミをいれる。後から後からクツクツと笑いがこぼれるのは、もうしょうがない。
「じゃあさ」
『話したいならまずその笑いを抑えてからにしてくださーい』
ちょっとだけすねたさっちーがかわいい。
「ごめんごめん。でもさ、別にお別れなんてしなくてもよくない?」
『いやいや、ヤツと同じ大学に行けるほど、私は頭よくない』
この前話していた、世界史13点だか12点の話を思い出す。
そして、さっちーの言い分は否定できない。黒尾の頭の良さはあまり知らないけど、たぶんそれよりはいい。
「別に大学が別になるからって、お別れになることはないでしょ」
『そお?』
「それこそ、付き合っちゃえばいい話じゃん」
『え、そこで?』
「うん、そこで」
しばらくフリーズするさっちー。
『確認するけど、だれとだれが?』
「黒尾とさっちーが」
『……いやいやいやいや、ないでしょ』
「ええ、なんで?」
『だってあの黒尾だよ?』
「えー、だって結構かっこいいじゃん。高身長、まあイケメンの方だし。優しいし面倒見もいいし」
『うん、悔しいけどまあそうだね』
思っていたのと違う返答だったので、思わず「え」と口に出る。
「じゃあなんでないの? いいヤツじゃん、黒尾」
『いや、だから、その黒尾と私だよ? ないでしょ』
「え?」
『私が誰かと付き合う姿を、私が想像できない。ってか、付き合うってなんだ』
「……うん、まあさっちーならそうだろうね」
惜しいところまできているのに。ほんとうに惜しい。
さっちーは黒尾を恋愛対象として見れていないわけではない。恋愛をわかっていないだけ。そんなことがわかった今日の会話。
「好きだな~はわからなくてもさ。この人ともう少し一緒にいたいな、とか楽しいなとか。いなくなったら寂しいなあ、とか」
『んーまあ、その気持ちならなんとなくわかる』
眉間に皺を寄せながらも、なんとか想像でついてきてくれているので、もう少し深堀をしてみる。後で黒尾にいろいろとおごってもらえそうな気がする。
「で、付き合うっていうのは、なんだろうなあ。別に特別なことはしなくても、嬉しいときに報告したり、寂しいときに少し話をしたり、そんな感じじゃない?」
『……付き合うって、そんな感じなの?』
「そんな関係もあるよって話」
『遊園地に行くとか水族館に行くとかじゃなくて?』
「いや、もちろんそういう関係もあるけど。……さっちーはそういうことしたいの?」
『別に。今のところバレーの方が興味あるし。バレーの試合観戦なら喜んでついていくけどさ、デートってそういうことしないでしょ』
いやするよ。
寧ろ、黒尾とならそれできるだろ。
盛大なツッコミは心の中で。
これは、あれだ。黒尾へ教えてあげる案件としてとっておこう。
「相手がバレー好きなら、そういうのもありじゃない?」
『え、そうなの? よくわかんないな、付き合うって』
はあ、とため息が漏れる。さっちーから。
『いろいろ考えたら疲れた』だそうだ。
「そうね、さっちーにしてはよく頭を使いました」
『かおりん、アイスでも食べましょうよ』
「さっき食べたじゃん」
『いや、まだ残ってた。2個目行ける』
どれだけアイス好きなんだよ。
本日何度目かもわからない、心の中で放つツッコミ。
「おなか壊すからいいや。でも3個は食べないでよ。2個まで」
『うわ、今思ってたやつ』
そこでタイミング良く咲良が帰ってくる。
「サチせんぱーい。明日は浴衣着てきてくださいね」
『いやだからそれは却下したでしょ』
「ええ、サチ先輩の浴衣姿見たいです」
そんな騒がしい音駒マネたちを後ろに、黒尾に何をおごってもらうか、今からニヤニヤと考えるのであった。
27コイバナ
『浴衣なんて持ってませーん』
「大丈夫です、サチ先輩の家に浴衣はあります」
『ないって。だって私、小学生以降着たことないもん』
「黒尾先輩が、サチ先輩のお母さんに確認してました」
『はあ!?』