Que Sera, Sera. -ケセラセラ-
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森然合宿が無事に終わり、暑い暑い夏休みの練習が今日も始まる。そんな時分に今日も事件が起こる。
咲良は、張り切りすぎるとやらかしてしまうタイプで、しかしここ最近は大きなやらかしもなく、慣れてきたのかな、なんて思っていたのだけれど。
『咲良ー。準備どう?』
「ばっちりです!」
準備とは、練習中の飲み物のことで、ジャグを満タンに用意してもらっていた。私はというと、猫又監督と直井コーチと練習前に打ち合わせがあり、たった今体育館に到着したところだった。
『じゃ、重いから二人で運ぼうか』
女子の平均身長ほどしかない咲良には、このジャグを運ぶのは結構大変なようだ。私が一人で持ってもいいのだが、それだと一応3年と1年で先輩・後輩という関係なので、恐縮してしまうらしい(最近の咲良はそんなことないと思うけど)。
ということで、所定の位置まで二人で持っていくことが日課になりつつある。
「あ、ちょっと待ってください、」
そっちまで持っていきます。と言いながら、一人で持てなかったジャグを咲良が一人で持っている。育ったなあ、と思ったのもつかの間。ジャグの蓋が閉まっていないことに気が付く。
『咲良、置いて、蓋が閉まってない』
その場に置いてくれれば何も問題なくことは収まったのだけど。
「え? あれ、ほんとだ、蓋…あ、水道の上、にっ―――」
おそらく咲良の視線がジャグから水道の方へ向けられ、すぐ近くの段差に気が付かなかったのだろう。段差に躓き、持っていたジャグの中身が綺麗に放り投げだされ。
8割方、私の体に降りかかった。
嘘でしょ、と思うことだろう。私も思った。
でもそんなウソみたいなことをしでかすのが咲良ゆかという人物。最近、やらかしてなかったから、大きなやらかしが襲ってきたのだと、自分に言い聞かせる。
しかしここで終わらないのが咲良である。
「っっっっっっっっっ」
咲良が声にならない叫びをあげている。ジャグをその場に置いて、走ってこちらに近づいてくる。
が、話はそれだけでは終わらない。
「きゃっ」
今度は短い悲鳴とともに、咲良が大きく転び、その勢いのまま体育館の扉へと突っ込む。
ダーンッ
扉と咲良がぶつかった音があたり一面に響き渡る。
『大丈夫?』
結構大きな音がした。さすがに、あきれる前に心配が勝って近寄ると、指先からうっすら血がにじんでいる。
「だいじょうぶ、です」
『大丈夫じゃないでしょ。どれどれ』
けがをしたのは左手のようだ。そこまで傷は深くはなさそうだけど、血がわらわらと溢れてくる。
「すごい音したけど、どうした」
そこへやってきたのは黒尾である。『咲良がケガした、救急箱持ってきて』と告げれば、部員にそそくさと指示を出してくれるので助かる。
「すみませ、」
泣き出しそうな勢いの咲良に、適当な声をかけながら頭をなでる。
『大丈夫、今に始まったことではない』そんなことを言ったら、咲良の頬がぷっくりと膨れた。
「それは思ってても今言うべきではないと思います」
『ほんとのことだからしょうがない』
「辛辣」
そこへ救急箱が到着し、受け取ろうとしたところ、「はいはい、咲良は中へ。サチさんはあちらへ」なんて黒尾が私たちを引き離す。
『ん?』
「手当くらい、野郎でもできる。サチさんもこの状況をどうにかしないとデショ」
びしょ濡れですけど。
そこでようやく、自分の状況を思い出す。そういえば咲良にジャグの中身をぶっかけられたんだった。
改めて自分を見ると、Tシャツも半パンもびっしょりである。そしてもう一つ、嫌な事実に思いいたり、そっと斜めにかけていたバックに目を向ける。チャック全開。
『ぃやあああ、ノートがっ』
夜な夜なコツコツと書き溜めていた他校情報のノートがやられていた。
慌ててバックに手を突っ込むが、そんな私の手を無慈悲にも黒尾が引っ張る。
「いやいやいや、ノートの心配じゃなくて、自分の心配しなさいよ」
『私はどうにでもなるけど、ノートはどうにもならない』
ふざけていると思われるかもしれないが、大真面目である。
だって、手は汚れても石鹸で洗えば復活するけど、ノートは汚れたら洗えないでしょ?
黒尾の手を振り払おうとするのだけど、大きくて力強い手はなかなか手ごわい。
「サチ! 聞け」
『今こうしている間にも、ノートに水が―――』
「透けてるから。そっちが先」
一瞬フリーズする。どういうこと。
そしてようやく、事態を飲み込んだ。私今日、白Tじゃん。
ぶわっと顔が赤くなったのが、自分でもわかった。
『えーと、』
透けているというのはつまり、シャツが濡れて下着が透けているということで。キャミは着ているから大丈夫だと思うけどでも。
「はいはい、じゃあこれ着ましょうね」
差し出されたのは、1と書かれたビブス。黒尾が着ていたものだろうけど、今はそれでもありがたい。
『…汗臭くない?』
「贅沢言いいなさんな。ってか、まだ練習始まる前だし、臭くないですー」
どうだろうか、とビブスのにおいをかいでみる。
確かに汗のにおいはしなくて、いい匂いがした。なんだっけこの匂い、と考えて、それが黒尾の匂いであるという事実に行き着き、なんか照れた。
ん? なんで照れる必要があるんだっけ。
「あ! 嗅ぐな! 臭かったら困るでしょうが!」
黒尾の力強い手が、私の鼻をつまむ。
『ちょっとくそ尾』その力強い手を振りほどくと、驚くほど簡単に離れていく。
「着替え、あんのか?」
『……ない』
「でしょうね、」
ちょっと待ってろ。そういって黒尾が体育館の方へ向かう。
言われた通り、その場に立ち尽くしていれば、何か指示を出して再びこちらにやってくる。
「しょうがないから、黒尾さんのTシャツでも貸してあげますよ」
『そりゃあご親切にどうも』
そうして部室でTシャツを受け取り、黒尾が出入り口を見張ってくれるというので、部室でそのまま着替えをする。
サイズがでかいのは、もうしょうがない。ちょっと格好悪いけど。
でも誤算だったのは、自分から黒尾の匂いがする。いつも嗅いでいる匂いのはずなのに、なんかドキドキしてそわそわした。
「入るぞ?」
『んー』
入ってきた黒尾は、着替えるときに没収した私のカバンを持っている。
「研磨からの伝言。濡れたノートは、冷凍庫に入れろ、ってさ」
『冷凍庫? なんで?』
「さあ。まあ、ほかに方法もないからやってみようぜ」
黒尾が中にたまった水分をひっくり返して流してくれていたが、ノートはしっかり濡れている。ちなみに、カバンの中は少し甘いスポーツ飲料の匂いが充満していた。
「……やっぱでかいな」
何を言っているのかと黒尾を見ると、目があった。黒尾がどこか気まずそうなのは気のせいだろうか。
『何が?』
「シャツ」
『そりゃあねえ。身長どれだけ違うと思ってるのよ』
言いながら、昔はそんなに身長変わらなかったのになあ、と思い出し、負けていることがなんか悔しい。
「靴は?」
『あ~、やられている』
「だよなあ。シューズも濡れてた。から、干してる」
『靴も干しておけば乾くかな。暑いし』
「さすがにシューズは二足ないしな」
『いいよ裸足で。ひんやりして気持ちいかも』
「ま夏だしな。じゃあ、シューズ必要なことは今日はしないってことで」
『へーい』
体育館までは、部室に置いてあるスリッパを失敬した。が、男子が履いているヤツだから、結構でかくて歩きづらい。
くそう、女子の中では私、身長高い方なんだけどな。
心の中で悪態をつきつつ部室棟の階段を下りる。
「サチ先輩、ごめんなさい~」
体育館では、泣きはらした顔の咲良。
の隣で、新しくジャグを作っている1年生。
『さっきも言ったけど、今に始まったことじゃないから大丈夫』
「うう、でも」
『血止まった?』
「止まりました」
『元気?』
「元気です」
『じゃあ今日は咲良が、ボール拾いとかボール出しとかやって~。私、シューズないから裏方します』
「うう~、ごめんなさ―――」
『そろそろ咲良も、そっちの仕事覚えないといけないし、ちょうどよかったんじゃない』
慰めるのはこれくらいでいいだろうか。
咲良を見ると、それでも落ち込んでいる。もうどうしようもないので、ちょうどとなりに黒尾がいることだし、頼れる主将にお任せすることにした。咲良もその方がいいだろう。
『じゃ、あとは黒尾よろしく』
今日は裏方となれば、やりたいことはいろいろとある。ボールの空気の調整とか、救急箱の中身の確認とか。時間が余ったら、この前の合宿のデータ分析でもしたいなあ、とか。
「おーいサチさん?」
『久しぶりの裏方なので、やることがたくさんある』
「……まいーや。りょーかーい」
黒尾の了承も得られたから、そのまま体育館の中へと歩を進めた。
後輩の対応を投げられた。
なんとなくサチの思考回路はわかるので、サチらしいなあ、と思いながらその後輩であるところの咲良を見るのだが、先ほどよりもさらに落ち込んでいる。
一回引っ込んだ涙がまた浮かんでいるくらいには、落ち込んでいる。
そして、こっちの気持ちもなんとなくわかってしまうから、俺は今、主将をやっているんだろなあ、とか思う。
「そんなに落ち込まなくてもいいんでないの?」
「……サチ先輩の、大事な、ノートっ、ダメにしちゃったから、」
「あー、あれねえ。研磨先輩がなんか裏技見つけてくれたから、大丈夫っぽいよ」
「そ、そうなんですかっ!?」
涙目でまっすぐこちらを見上げる咲良に、健気だなあ、と。思わず頭をポンポンとなでていた。
「だからそんな落ち込まなくてもいいですヨ」
「……うう、でも、サチ先輩、なんか怒ってたし、」
「ええ、そう?」
「そりゃあ、ジャグをかけられて怒らないわけないですけど、」
でも。
そういいながら、その先は言葉にならない。うつむいてすぐに、ぽろぽろと何かが地面を濡らした。
おそらく咲良は、先ほどのサチの対応を考えているのだと思う。言い方がちょっと冷たいなあ、とかね。そして、咲良の相手をしているのが、サチではなく俺ということもまた、サチが怒っている所以なのだと考えているのだろう。可哀想に。まったくそんなことはない。
「あのな、咲良。思い出してみてほしんだけど、サチさんって、そういうヤツ」
「……どういうヤツですか?」
「人付き合い苦手。人を慰めるのも苦手。言い方が冷たい。なんかいろいろ鈍感」
「そりゃあそうですけど」
「だからね、怒ってないのよ、別に」
その説明では納得しないらしい。
「たぶん、サチの思考回路は、
咲良まだ泣いてるなーフォロー難しいなーここは主将にでも任せればいいでしょ。じゃよろしくー私やりたいことたくさんあるしー。
なんですよねえ」
「……あ、あああ」
「そういうヤツだよ、サチは。あれが通常運転。だから、あの言動には全く他意はないし、落ち込まなくていい。寧ろ、まったく気を使われていないあたり、嬉しく思っていいヤツ」
まあ、まったく気を使っていないわけではないのだけど。気を使っていなければ、俺をフォロー係に置いていくことはしないだろうから。
「そう、ですよね。サチ先輩ですもんね」
「そうそう。サチ先輩ですから」
ようやく涙が引っ込んだようなので、じゃあ練習始めますか、と。
先ほどよりは元気よく、体育館の中へと入っていく咲良を見送った。
25 音駒マネ'sの日常
夜久「焦ってたなあ」
海「焦ってたねえ」
夜久「”全員救急箱持って、体育館の隅に集まれ”だもんな。救急箱なんて1個しかないし。言い方あるだろ、なんの訓練だよ」
海「倉木と咲良が入って、黒尾も格段に面白くなってるよね」
咲良は、張り切りすぎるとやらかしてしまうタイプで、しかしここ最近は大きなやらかしもなく、慣れてきたのかな、なんて思っていたのだけれど。
『咲良ー。準備どう?』
「ばっちりです!」
準備とは、練習中の飲み物のことで、ジャグを満タンに用意してもらっていた。私はというと、猫又監督と直井コーチと練習前に打ち合わせがあり、たった今体育館に到着したところだった。
『じゃ、重いから二人で運ぼうか』
女子の平均身長ほどしかない咲良には、このジャグを運ぶのは結構大変なようだ。私が一人で持ってもいいのだが、それだと一応3年と1年で先輩・後輩という関係なので、恐縮してしまうらしい(最近の咲良はそんなことないと思うけど)。
ということで、所定の位置まで二人で持っていくことが日課になりつつある。
「あ、ちょっと待ってください、」
そっちまで持っていきます。と言いながら、一人で持てなかったジャグを咲良が一人で持っている。育ったなあ、と思ったのもつかの間。ジャグの蓋が閉まっていないことに気が付く。
『咲良、置いて、蓋が閉まってない』
その場に置いてくれれば何も問題なくことは収まったのだけど。
「え? あれ、ほんとだ、蓋…あ、水道の上、にっ―――」
おそらく咲良の視線がジャグから水道の方へ向けられ、すぐ近くの段差に気が付かなかったのだろう。段差に躓き、持っていたジャグの中身が綺麗に放り投げだされ。
8割方、私の体に降りかかった。
嘘でしょ、と思うことだろう。私も思った。
でもそんなウソみたいなことをしでかすのが咲良ゆかという人物。最近、やらかしてなかったから、大きなやらかしが襲ってきたのだと、自分に言い聞かせる。
しかしここで終わらないのが咲良である。
「っっっっっっっっっ」
咲良が声にならない叫びをあげている。ジャグをその場に置いて、走ってこちらに近づいてくる。
が、話はそれだけでは終わらない。
「きゃっ」
今度は短い悲鳴とともに、咲良が大きく転び、その勢いのまま体育館の扉へと突っ込む。
ダーンッ
扉と咲良がぶつかった音があたり一面に響き渡る。
『大丈夫?』
結構大きな音がした。さすがに、あきれる前に心配が勝って近寄ると、指先からうっすら血がにじんでいる。
「だいじょうぶ、です」
『大丈夫じゃないでしょ。どれどれ』
けがをしたのは左手のようだ。そこまで傷は深くはなさそうだけど、血がわらわらと溢れてくる。
「すごい音したけど、どうした」
そこへやってきたのは黒尾である。『咲良がケガした、救急箱持ってきて』と告げれば、部員にそそくさと指示を出してくれるので助かる。
「すみませ、」
泣き出しそうな勢いの咲良に、適当な声をかけながら頭をなでる。
『大丈夫、今に始まったことではない』そんなことを言ったら、咲良の頬がぷっくりと膨れた。
「それは思ってても今言うべきではないと思います」
『ほんとのことだからしょうがない』
「辛辣」
そこへ救急箱が到着し、受け取ろうとしたところ、「はいはい、咲良は中へ。サチさんはあちらへ」なんて黒尾が私たちを引き離す。
『ん?』
「手当くらい、野郎でもできる。サチさんもこの状況をどうにかしないとデショ」
びしょ濡れですけど。
そこでようやく、自分の状況を思い出す。そういえば咲良にジャグの中身をぶっかけられたんだった。
改めて自分を見ると、Tシャツも半パンもびっしょりである。そしてもう一つ、嫌な事実に思いいたり、そっと斜めにかけていたバックに目を向ける。チャック全開。
『ぃやあああ、ノートがっ』
夜な夜なコツコツと書き溜めていた他校情報のノートがやられていた。
慌ててバックに手を突っ込むが、そんな私の手を無慈悲にも黒尾が引っ張る。
「いやいやいや、ノートの心配じゃなくて、自分の心配しなさいよ」
『私はどうにでもなるけど、ノートはどうにもならない』
ふざけていると思われるかもしれないが、大真面目である。
だって、手は汚れても石鹸で洗えば復活するけど、ノートは汚れたら洗えないでしょ?
黒尾の手を振り払おうとするのだけど、大きくて力強い手はなかなか手ごわい。
「サチ! 聞け」
『今こうしている間にも、ノートに水が―――』
「透けてるから。そっちが先」
一瞬フリーズする。どういうこと。
そしてようやく、事態を飲み込んだ。私今日、白Tじゃん。
ぶわっと顔が赤くなったのが、自分でもわかった。
『えーと、』
透けているというのはつまり、シャツが濡れて下着が透けているということで。キャミは着ているから大丈夫だと思うけどでも。
「はいはい、じゃあこれ着ましょうね」
差し出されたのは、1と書かれたビブス。黒尾が着ていたものだろうけど、今はそれでもありがたい。
『…汗臭くない?』
「贅沢言いいなさんな。ってか、まだ練習始まる前だし、臭くないですー」
どうだろうか、とビブスのにおいをかいでみる。
確かに汗のにおいはしなくて、いい匂いがした。なんだっけこの匂い、と考えて、それが黒尾の匂いであるという事実に行き着き、なんか照れた。
ん? なんで照れる必要があるんだっけ。
「あ! 嗅ぐな! 臭かったら困るでしょうが!」
黒尾の力強い手が、私の鼻をつまむ。
『ちょっとくそ尾』その力強い手を振りほどくと、驚くほど簡単に離れていく。
「着替え、あんのか?」
『……ない』
「でしょうね、」
ちょっと待ってろ。そういって黒尾が体育館の方へ向かう。
言われた通り、その場に立ち尽くしていれば、何か指示を出して再びこちらにやってくる。
「しょうがないから、黒尾さんのTシャツでも貸してあげますよ」
『そりゃあご親切にどうも』
そうして部室でTシャツを受け取り、黒尾が出入り口を見張ってくれるというので、部室でそのまま着替えをする。
サイズがでかいのは、もうしょうがない。ちょっと格好悪いけど。
でも誤算だったのは、自分から黒尾の匂いがする。いつも嗅いでいる匂いのはずなのに、なんかドキドキしてそわそわした。
「入るぞ?」
『んー』
入ってきた黒尾は、着替えるときに没収した私のカバンを持っている。
「研磨からの伝言。濡れたノートは、冷凍庫に入れろ、ってさ」
『冷凍庫? なんで?』
「さあ。まあ、ほかに方法もないからやってみようぜ」
黒尾が中にたまった水分をひっくり返して流してくれていたが、ノートはしっかり濡れている。ちなみに、カバンの中は少し甘いスポーツ飲料の匂いが充満していた。
「……やっぱでかいな」
何を言っているのかと黒尾を見ると、目があった。黒尾がどこか気まずそうなのは気のせいだろうか。
『何が?』
「シャツ」
『そりゃあねえ。身長どれだけ違うと思ってるのよ』
言いながら、昔はそんなに身長変わらなかったのになあ、と思い出し、負けていることがなんか悔しい。
「靴は?」
『あ~、やられている』
「だよなあ。シューズも濡れてた。から、干してる」
『靴も干しておけば乾くかな。暑いし』
「さすがにシューズは二足ないしな」
『いいよ裸足で。ひんやりして気持ちいかも』
「ま夏だしな。じゃあ、シューズ必要なことは今日はしないってことで」
『へーい』
体育館までは、部室に置いてあるスリッパを失敬した。が、男子が履いているヤツだから、結構でかくて歩きづらい。
くそう、女子の中では私、身長高い方なんだけどな。
心の中で悪態をつきつつ部室棟の階段を下りる。
「サチ先輩、ごめんなさい~」
体育館では、泣きはらした顔の咲良。
の隣で、新しくジャグを作っている1年生。
『さっきも言ったけど、今に始まったことじゃないから大丈夫』
「うう、でも」
『血止まった?』
「止まりました」
『元気?』
「元気です」
『じゃあ今日は咲良が、ボール拾いとかボール出しとかやって~。私、シューズないから裏方します』
「うう~、ごめんなさ―――」
『そろそろ咲良も、そっちの仕事覚えないといけないし、ちょうどよかったんじゃない』
慰めるのはこれくらいでいいだろうか。
咲良を見ると、それでも落ち込んでいる。もうどうしようもないので、ちょうどとなりに黒尾がいることだし、頼れる主将にお任せすることにした。咲良もその方がいいだろう。
『じゃ、あとは黒尾よろしく』
今日は裏方となれば、やりたいことはいろいろとある。ボールの空気の調整とか、救急箱の中身の確認とか。時間が余ったら、この前の合宿のデータ分析でもしたいなあ、とか。
「おーいサチさん?」
『久しぶりの裏方なので、やることがたくさんある』
「……まいーや。りょーかーい」
黒尾の了承も得られたから、そのまま体育館の中へと歩を進めた。
後輩の対応を投げられた。
なんとなくサチの思考回路はわかるので、サチらしいなあ、と思いながらその後輩であるところの咲良を見るのだが、先ほどよりもさらに落ち込んでいる。
一回引っ込んだ涙がまた浮かんでいるくらいには、落ち込んでいる。
そして、こっちの気持ちもなんとなくわかってしまうから、俺は今、主将をやっているんだろなあ、とか思う。
「そんなに落ち込まなくてもいいんでないの?」
「……サチ先輩の、大事な、ノートっ、ダメにしちゃったから、」
「あー、あれねえ。研磨先輩がなんか裏技見つけてくれたから、大丈夫っぽいよ」
「そ、そうなんですかっ!?」
涙目でまっすぐこちらを見上げる咲良に、健気だなあ、と。思わず頭をポンポンとなでていた。
「だからそんな落ち込まなくてもいいですヨ」
「……うう、でも、サチ先輩、なんか怒ってたし、」
「ええ、そう?」
「そりゃあ、ジャグをかけられて怒らないわけないですけど、」
でも。
そういいながら、その先は言葉にならない。うつむいてすぐに、ぽろぽろと何かが地面を濡らした。
おそらく咲良は、先ほどのサチの対応を考えているのだと思う。言い方がちょっと冷たいなあ、とかね。そして、咲良の相手をしているのが、サチではなく俺ということもまた、サチが怒っている所以なのだと考えているのだろう。可哀想に。まったくそんなことはない。
「あのな、咲良。思い出してみてほしんだけど、サチさんって、そういうヤツ」
「……どういうヤツですか?」
「人付き合い苦手。人を慰めるのも苦手。言い方が冷たい。なんかいろいろ鈍感」
「そりゃあそうですけど」
「だからね、怒ってないのよ、別に」
その説明では納得しないらしい。
「たぶん、サチの思考回路は、
咲良まだ泣いてるなーフォロー難しいなーここは主将にでも任せればいいでしょ。じゃよろしくー私やりたいことたくさんあるしー。
なんですよねえ」
「……あ、あああ」
「そういうヤツだよ、サチは。あれが通常運転。だから、あの言動には全く他意はないし、落ち込まなくていい。寧ろ、まったく気を使われていないあたり、嬉しく思っていいヤツ」
まあ、まったく気を使っていないわけではないのだけど。気を使っていなければ、俺をフォロー係に置いていくことはしないだろうから。
「そう、ですよね。サチ先輩ですもんね」
「そうそう。サチ先輩ですから」
ようやく涙が引っ込んだようなので、じゃあ練習始めますか、と。
先ほどよりは元気よく、体育館の中へと入っていく咲良を見送った。
25 音駒マネ'sの日常
夜久「焦ってたなあ」
海「焦ってたねえ」
夜久「”全員救急箱持って、体育館の隅に集まれ”だもんな。救急箱なんて1個しかないし。言い方あるだろ、なんの訓練だよ」
海「倉木と咲良が入って、黒尾も格段に面白くなってるよね」