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【凪茨】負けでもいいよ

 全ての物事には勝敗がつくものだと茨は言う。アイドルにだって人気という物差しで測れば優劣が一目瞭然であり、優れているものが勝っているということは理解ができる。けれどそれは偶像アイドルという概念に向けられているもので、生身の個人に向けた愛情になら勝敗などつかないのではないかと問えば、"好きになった方が負け"なんて言葉があると返された。

「……やっぱり、人間の感情は難しいね。私はそんなことにまで順位をつける意味を見出せそうにない」
「あっはっは!閣下の御心は純粋無垢でお優しいですからな!人類皆、見習って頂きたいものです! …まあ、中にはそのように常に自分が上だと思い込み優越感に浸りたがる者もいると言うお話ですので、必ずしもそう考えている人ばかりではないはずですがね」
「……それなら、茨はどう思うの?」
「自分、ですか? …いやぁ、そのような惚れた腫れたなどとは無縁の最低野郎ですから!アイドルとしてならまだしも、個人としてなんて想像するのも烏滸がましいというものでありますよ」

 ニコニコと形容するに相応しい取って付けたような笑顔とは裏腹に、返される言葉は相変わらず自虐的なもので自然と眉間に皺が寄っていくの自覚する。心にヤスリがかけられたようなざらりとした不快感が走って、思わず茨の頭へ手を載せていた。撫で付けるように髪に指を通せば当人は「閣下…?」ときょとんとした表情を浮かべている。その表情の方がさっきまでの笑顔よりかわいいと思うのは何故だろうか。茨は不思議そうにしながらも私の好きにさせてくれるようで、幾度か指を滑らせていると次第に不快感が薄れていき、段々と胸の内に温かいものが満ちてくる。……この気持ちは、なんて言うのだろう。分かるような、分からないような…でもまだ名前をつけられるほど明確でもない気がしている。けれど、これだけは伝えておこうかなとそっと耳元に唇を寄せた。

「……茨、私はね。 茨にだったら負けても良いと思うよ」
「……は? ……それは一体どういう…?」

 驚いたように丸まった目はあどけなさが増していてやっぱりかわいいなと思う。私はその瞳ににこりと笑みを返し、最後にもうひと撫でしてその手を退けた。先程よりも少しだけ血色の良くなっている彼の頬を見るに、答え合わせの日は意外と近いのかもしれない。心がまたじんわりと温かくなっていくのを感じて、私はひとり笑みを深めた。




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