15 y ago
name
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銃声が乾いた空気を裂いた。
訓練場に響き渡る轟音は、これまでの金属音や足音とは明らかに質を異にしていた。nameの指が引き金を引いた瞬間、迷いも、面倒がる軽口も消え、ただ研ぎ澄まされた動作がそこにあった。銃口から吐き出された火花は、目の前の剣閃を押し返すように閃き、煙と火薬の匂いが鼻腔を刺す。
その衝撃を逃さず、nameは体を翻した。ドレスの裾のように翻る上衣の陰から、ちらりと鋭い光がのぞく。
――ナイフ。
いつも懐に忍ばせながら、滅多に人前で見せない道具。短剣として扱うには軽すぎるが、飛び道具としても使える。nameにとっては銃に次ぐ“秘密兵器”のひとつだ。
「……ッ!」
空気を裂いて飛んだ刃は、ディアマンテの肩口を狙い澄ましたものだった。訓練ゆえ致命を避けているが、それでも、躊躇いのない放ち方は普段のnameの面倒くさげな態度からは想像できない鋭さを孕んでいた。
ディアマンテの目が細まる。その瞬間、空気がひらりと歪む。
カラン、と乾いた音を立ててナイフが石畳に落ちる。触れた瞬間、刃は薄布のようにへたり、まるで安物の鉄片に変わっていた。
「……やっと出したな」
ディアマンテの声音は愉悦に満ちていた。悪魔の実の力――ヒラヒラと物質を軽く操るその能力が発動し、nameの隠し玉は容易く無力化された。
「……あぁ~~~……もう、はいはい、おわりー!」
nameは両手を大げさに投げ出し、膝から崩れるようにその場へ座り込んだ。石畳に尻を落とす音が乾いた衝撃を立てる。額から汗が滴り、襟元にじっとりと濡れた跡を作る。
視線は半眼。唇は尖り、いつもの調子に戻ったようでありながら、その肩は上下に激しく揺れ、体力を使い切った証が隠しきれない。
「……もう無理。疲れた。だって近接とかさぁ、ほんと俺には合わないんだもん。銃があるし、それで十分でしょ……」
彼の口調はいつもの軽薄さを取り戻している。だがその声色の奥には、今の一瞬に見せた真剣さの残滓がまだ燻っていた。
ディアマンテは剣を肩に担ぎ直し、口端を吊り上げる。
「……フン、思ったよりやるじゃねぇか。お前、避けて逃げてるだけのガキだと思ってたが…」
その声音には皮肉と同時に、興味が含まれていた。
一方、座り込んだnameは、もう戦う気など微塵もなく、石畳に手をつきながら大きく息を吐いた。
「……だーから、面倒なんだよ、こういうのは……」
言葉は投げやりだが、彼の視線の奥にはまだ、燃え残った光が小さく瞬いていた。その光を見ていたのは、訓練場の隅に立つロシナンテだった。
石畳に尻を落としたまま、nameは両腕をばたりと投げ出し、大げさに息を吐いた。頬に貼りつく黒髪を手で払いのけ、汗に濡れた顔をしかめる。
「……だーかーらさぁ、やっぱ悪魔の実ってずるいんだよね。俺がちょっと本気出したら、はいヒラヒラ~って……あんなん勝てるわけないじゃん」
毒気の抜けた声に、ディアマンテは肩で笑った。長剣をひらりと翻して納めながら、目尻を細める。
「は、言い訳するには面白ぇもん見せてくれたけどな。お前、覇気使えんの、隠してたろ?」
その一言にnameはぎくりと肩を跳ねさせ、そっと目を逸らす。
「……いや、あれは……ほら、まだ上手に使えてるわけじゃないし?すぐ疲れるんだよ、ほんと。だから使いたくなかっただけ。別に隠してたわけじゃなくてぇ……」
ぶつぶつと苦しい言い訳を続けるnameの前に、ロシナンテが歩み寄る。長身の影が覆い被さるように落ち、その手元のメモにさらさらと走る筆跡が光を反射した。
【疲れるから、使いたくない?子供か、お前は】
差し出された一文に、nameは思わずむぐっと口を噤む。叱られたというより呆れられた温度に、内心で小さく頬を膨らませるしかなかった。
「……でもさ、俺だって自分なりに考えてんの。仕事の場でちゃんと実力つけたいから、こうして真面目に訓練受けてるんじゃん」
唇を尖らせながらも、言葉の端には小さな真剣さが滲む。ディアマンテは「おもしれぇな」と笑い、剣の切っ先で軽く石畳を突いた。
「まあ、さっきの一撃は悪くなかった。覇気も使えんなら……そうだな、及第点ってとこか」
その軽い評価に、nameは「えー……」と声を漏らし、石畳に背を預ける。
「そもそも俺、戦闘担当じゃないんだよ?なんでそんな本気で訓練しなきゃいけないのさ。俺の役目は、お色気担当、だもん」
そう言うや、ひらりと身を起こし、汗に濡れた身体を寄せてディアマンテの腰にふざけて腕を絡める。濡れた睫毛の下から上目遣いを向けるその仕草は、冗談半分の挑発。
「ほら、俺がこうして絡んだら、大抵の相手は隙ができるでしょ?」
ディアマンテは愉快そうに喉を震わせ、わざとらしく肩をすくめた。
「……確かに、悪くねぇ余興だ」
その光景にロシナンテは深く溜息をつく。メモをぱたりと閉じ、容赦なくnameの後頭部をこづいた。
「いったぁ!なにすんの、ロシー!」
【調子に乗るな】
短く書かれた文字を突き出され、nameはむくれた顔をしながらも、どこか安心したように笑みを零した。訓練場の空気はまだ熱を帯びていたが、三人の間にはそれぞれ違う温度の余韻が漂っていた。
石畳に座り込んだまま、ぐったりと背を壁に預けるnameの呼吸はまだ浅かった。汗に濡れた襟元を指でぱたぱた仰ぎながら、上目遣いでロシナンテをちらりと見やる。
「……ねぇロシー、もう俺疲れちゃったんだよ。だからさ……帰るまで抱っこー」
甘えを隠そうともしない声。普段の軽口と違い、今は完全に子供のような響きすら含んでいた。ロシナンテは溜息混じりにとじたメモを開き、さらさらとペンを走らせる。
【駄目だ。自分の足で歩け】
突き出された文字に、nameは「えぇー!」と声を上げ、両腕を大げさに広げる。
「ロシーってほんとつれない!ここまで頑張った俺にそれは冷たくない?甘えてもいいじゃん、少しくらい!」
だが返事はまた冷たい筆致で。
【聞き分けろ。甘やかす理由はない】
拗ねたnameは頬を膨らませたまま、視線をくるりと横へと逸らす。そこに立っていたディアマンテに、ふっと猫のように笑みを浮かべる。
「じゃあさ、ディアマンテ。俺、歩くの面倒だから……抱っこしてくれる?」
わざと甘ったるい声を作り、両腕を差し出す。その仕草にディアマンテは眉を上げ、次の瞬間、愉快そうに大笑した。
「ハハッ!面白ぇじゃねぇか。お望み通り、」
大きな腕が軽々と伸び、ひょいとnameの身体を持ち上げる。
「わっ……!」
思いがけない浮遊感に、nameの口元が綻ぶ。汗と熱にだらけた身体をそのまま預け、満足げに目を細めた。
だがその瞬間。
「……ッ」
ロシナンテの長身が影を落とす。
【甘やかすな】
短く、容赦のない筆跡が突き出される。視線は鋭く、今にも切り裂きそうなほどだった。
「ちぇー……ロシーってば嫉妬深いんだから」
nameは小声でぶつぶつ言いながらも、ディアマンテの腕からゆっくりと下ろされる。
「おろすの早すぎー。せっかく気持ちよかったのに……」
両手を腰に当て、ぶーぶー文句を言うその様子は、まるで拗ねる子供そのもの。対するディアマンテは肩を揺らして笑い、長剣を片手でひらつかせた。
「いやぁ……やっぱお前、見てて飽きねぇな。甘ったれんのも芸のうちか?」
ロシナンテは深く息を吐き、メモをぱたんと閉じた。その仕草には、呆れと心配と、言葉にならない苛立ちが混ざっていた。夕暮れの光が訓練場に差し込み、三人の影を長く伸ばす。空気はまだ熱を含みながらも、どこか奇妙な安堵を孕んでいた。
廊下に出ると、訓練場の熱気とは打って変わって、ひんやりとした空気が肌を撫でた。石造りの壁は夜の湿気を帯び、燭台に揺れる火が長く伸びた影を床に刻んでいる。nameはぐったりと肩を落とし、汗に濡れたシャツを扇ぐように引っ張りながら歩いていた。
「……はぁー……やっぱ疲れるんだよね、真面目に動くと。もう部屋戻ったら風呂入って寝るー」
ぶつくさと軽口を叩きながらも、どこか満足げな表情を浮かべていて。
その横を歩くロシナンテは、無言のままメモを開き、素早くペンを走らせた。
【訓練のたびに同じことを言ってる】
その一文を突きつけられ、nameは「うっ」と言葉に詰まり、次の瞬間に「だって事実だし!」と強気に言い返す。後ろから長い足取りでついてきていたディアマンテは、そのやり取りを見て大きく笑った。
「おいおい、ロシーの言う通りだろ。……でも、まぁ今日のは悪くなかったぜ。ドフィにも話してやらねぇとな」
廊下の先、曲がり角の陰に影が揺れる。ディアマンテはそこで立ち止まり、剣の柄を軽く叩きながら振り返った。
「俺はこのまま行く。ドフィに用事があるんでな。それに今日の訓練のことも報告してやる」
「えぇー、やだなぁ。言わなくていいじゃん…絶対またからかわれるもん」
nameは思い切り顔をしかめ、ロシナンテの袖を掴んで抗議するように引っ張る。ロシナンテはそんなnameを横目で見やり。
【自業自得】
短く冷ややかな筆致に、nameは「むぐぐ」と唸って顔を背ける。ディアマンテはその様子に愉快そうに肩を揺らした。
「ははっ、いい顔するじゃねぇか。ま、安心しろ。褒めてやる分もちゃんと伝えてやるよ。じゃあな」
手をひらりと振り、彼は長いマントを翻して廊下の奥へと歩み去る。残されたnameはなおも不満げに頬を膨らませていたが、その姿を横で見つめるロシナンテの瞳には、呆れと同時にわずかな安堵が滲んでいた。
石造りの廊下に足音が反響する。二人だけになった空気は、先ほどまでの喧騒よりもずっと静かで、互いの呼吸と心音が際立つようだった。
廊下に二人だけの気配が落ち着いた瞬間、nameはそれを待っていたかのように、ふわりとロシナンテの腕へと絡みついた。
「ん〜、やっとふたり。ロシー、さむい〜」
わざとらしく甘えた声を出し、くっつくように歩調を合わせる。汗の残る髪が揺れ、熱のこもった頬が彼の上腕にすり寄る。その動きは、少年のように無邪気で、それでいてどこか確信犯的な柔らかさを孕んでいた。
ロシナンテは驚いたように少し視線を落としたが、拒絶の意思は見せなかった。ただそのまま、無言のまま肩越しに目を細める。
逃げない。それを感じたnameは、にんまりと口角を上げたまま、ふにゃりとした声で話しかける。
「ロシー、俺今日がんばったと思わない? ねぇ、ねぇ、よしよしのひとつやふたつ、くれてもいいと思うんだけどなぁ〜?」
おどけた声音で言いながらも、瞳の奥ではほんの僅かに、期待と不安がせめぎ合っていた。冗談の仮面の下に、ほんのすこしだけ本気の顔を隠しているのは、ロシナンテなら見抜いていた。
だがロシナンテは、特に返事をせず、そのまま歩き続けた。数歩、沈黙の足音が廊下に重なり、やがて二人は静かに彼の部屋の前へと辿り着く。
鍵が回り、ゆっくりと開かれた扉の先は、彼独特の静けさに包まれた空間だった。香の残り香がほんのりと漂い、整然とした室内に入ったnameは、どことなく肩の力を抜いたように息を吐いた。
「……あー、落ち着く。やっぱロシーの部屋すきー」
そう言って、無防備にぽすんとソファに沈み込む。だが、その直後。
――くしゃり。
不意に、髪に温もりのある手が触れた。
それはいつものような拒絶や皮肉を含んだ視線ではなかった。指の腹がやさしく頭皮を撫でる。濡れた髪を整えるように、ゆっくりと、執拗なまでに優しく。爪を立てることもなく、ただ熱を伝えるようにして、手のひらが頭を包み込むように乗せられた。
「……え……?」
思わず見上げたnameの目が見開かれる。ロシナンテは無言のまま、ただ片手でnameの髪を撫で続けた。額の産毛に指先がふれ、こめかみから耳の後ろをゆっくりと。まるで、壊れ物を扱うかのように繊細で、しかし確かにその手は、甘やかしていた。
「……っ……」
驚きと共に、感情の波が押し寄せてくる。これほどまでにやさしく撫でられるのは、いつ以来だっただろう。頬がじわじわと熱を帯びるのを感じながら、nameは俯いて照れ隠しのように笑った。
「……なに、ロシー。どうしたの、急に。撫でるとか、してくれると思ってなかったし……」
口元を緩ませながら呟くnameに、ロシナンテはようやくメモを手に取り、一言だけ書きつける。
【自分からねだったくせに、何驚いてんだ】
それを見たnameは目を丸くし、それから「あーっ」と顔を赤くして叫んだ。
「うわ……そういうとこだけ意地悪するー! ロシーのくせに〜!」
それでも、撫でる手は止まらなかった。言葉ではごまかしても、その指先がどれだけの思いを伝えているか、nameはちゃんとわかっていた。撫でるほどに、髪の奥の頭皮が温かくなり、心の奥にまでその優しさが滲んでくる。
「……ほんとにさ、今日頑張ったんだよ、俺。ロシーの役に立ちたいから、ちゃんとやってるんだよ」
そう、ぽつりと漏らした声に、ロシナンテの指先がもう一度、優しく頭を撫で上げるように滑った。それだけで、nameは十分だった。言葉じゃなくても、触れてくれることが、こんなにも温かくて、うれしい。
その夜、nameはソファの上で、ロシナンテの傍に身を委ねたまま、しばらくの間、まどろむようにその撫でる手を受け入れていた。優しさは、時に何よりも強く、甘やかで、心をほどく薬だった。
訓練場に響き渡る轟音は、これまでの金属音や足音とは明らかに質を異にしていた。nameの指が引き金を引いた瞬間、迷いも、面倒がる軽口も消え、ただ研ぎ澄まされた動作がそこにあった。銃口から吐き出された火花は、目の前の剣閃を押し返すように閃き、煙と火薬の匂いが鼻腔を刺す。
その衝撃を逃さず、nameは体を翻した。ドレスの裾のように翻る上衣の陰から、ちらりと鋭い光がのぞく。
――ナイフ。
いつも懐に忍ばせながら、滅多に人前で見せない道具。短剣として扱うには軽すぎるが、飛び道具としても使える。nameにとっては銃に次ぐ“秘密兵器”のひとつだ。
「……ッ!」
空気を裂いて飛んだ刃は、ディアマンテの肩口を狙い澄ましたものだった。訓練ゆえ致命を避けているが、それでも、躊躇いのない放ち方は普段のnameの面倒くさげな態度からは想像できない鋭さを孕んでいた。
ディアマンテの目が細まる。その瞬間、空気がひらりと歪む。
カラン、と乾いた音を立ててナイフが石畳に落ちる。触れた瞬間、刃は薄布のようにへたり、まるで安物の鉄片に変わっていた。
「……やっと出したな」
ディアマンテの声音は愉悦に満ちていた。悪魔の実の力――ヒラヒラと物質を軽く操るその能力が発動し、nameの隠し玉は容易く無力化された。
「……あぁ~~~……もう、はいはい、おわりー!」
nameは両手を大げさに投げ出し、膝から崩れるようにその場へ座り込んだ。石畳に尻を落とす音が乾いた衝撃を立てる。額から汗が滴り、襟元にじっとりと濡れた跡を作る。
視線は半眼。唇は尖り、いつもの調子に戻ったようでありながら、その肩は上下に激しく揺れ、体力を使い切った証が隠しきれない。
「……もう無理。疲れた。だって近接とかさぁ、ほんと俺には合わないんだもん。銃があるし、それで十分でしょ……」
彼の口調はいつもの軽薄さを取り戻している。だがその声色の奥には、今の一瞬に見せた真剣さの残滓がまだ燻っていた。
ディアマンテは剣を肩に担ぎ直し、口端を吊り上げる。
「……フン、思ったよりやるじゃねぇか。お前、避けて逃げてるだけのガキだと思ってたが…」
その声音には皮肉と同時に、興味が含まれていた。
一方、座り込んだnameは、もう戦う気など微塵もなく、石畳に手をつきながら大きく息を吐いた。
「……だーから、面倒なんだよ、こういうのは……」
言葉は投げやりだが、彼の視線の奥にはまだ、燃え残った光が小さく瞬いていた。その光を見ていたのは、訓練場の隅に立つロシナンテだった。
石畳に尻を落としたまま、nameは両腕をばたりと投げ出し、大げさに息を吐いた。頬に貼りつく黒髪を手で払いのけ、汗に濡れた顔をしかめる。
「……だーかーらさぁ、やっぱ悪魔の実ってずるいんだよね。俺がちょっと本気出したら、はいヒラヒラ~って……あんなん勝てるわけないじゃん」
毒気の抜けた声に、ディアマンテは肩で笑った。長剣をひらりと翻して納めながら、目尻を細める。
「は、言い訳するには面白ぇもん見せてくれたけどな。お前、覇気使えんの、隠してたろ?」
その一言にnameはぎくりと肩を跳ねさせ、そっと目を逸らす。
「……いや、あれは……ほら、まだ上手に使えてるわけじゃないし?すぐ疲れるんだよ、ほんと。だから使いたくなかっただけ。別に隠してたわけじゃなくてぇ……」
ぶつぶつと苦しい言い訳を続けるnameの前に、ロシナンテが歩み寄る。長身の影が覆い被さるように落ち、その手元のメモにさらさらと走る筆跡が光を反射した。
【疲れるから、使いたくない?子供か、お前は】
差し出された一文に、nameは思わずむぐっと口を噤む。叱られたというより呆れられた温度に、内心で小さく頬を膨らませるしかなかった。
「……でもさ、俺だって自分なりに考えてんの。仕事の場でちゃんと実力つけたいから、こうして真面目に訓練受けてるんじゃん」
唇を尖らせながらも、言葉の端には小さな真剣さが滲む。ディアマンテは「おもしれぇな」と笑い、剣の切っ先で軽く石畳を突いた。
「まあ、さっきの一撃は悪くなかった。覇気も使えんなら……そうだな、及第点ってとこか」
その軽い評価に、nameは「えー……」と声を漏らし、石畳に背を預ける。
「そもそも俺、戦闘担当じゃないんだよ?なんでそんな本気で訓練しなきゃいけないのさ。俺の役目は、お色気担当、だもん」
そう言うや、ひらりと身を起こし、汗に濡れた身体を寄せてディアマンテの腰にふざけて腕を絡める。濡れた睫毛の下から上目遣いを向けるその仕草は、冗談半分の挑発。
「ほら、俺がこうして絡んだら、大抵の相手は隙ができるでしょ?」
ディアマンテは愉快そうに喉を震わせ、わざとらしく肩をすくめた。
「……確かに、悪くねぇ余興だ」
その光景にロシナンテは深く溜息をつく。メモをぱたりと閉じ、容赦なくnameの後頭部をこづいた。
「いったぁ!なにすんの、ロシー!」
【調子に乗るな】
短く書かれた文字を突き出され、nameはむくれた顔をしながらも、どこか安心したように笑みを零した。訓練場の空気はまだ熱を帯びていたが、三人の間にはそれぞれ違う温度の余韻が漂っていた。
石畳に座り込んだまま、ぐったりと背を壁に預けるnameの呼吸はまだ浅かった。汗に濡れた襟元を指でぱたぱた仰ぎながら、上目遣いでロシナンテをちらりと見やる。
「……ねぇロシー、もう俺疲れちゃったんだよ。だからさ……帰るまで抱っこー」
甘えを隠そうともしない声。普段の軽口と違い、今は完全に子供のような響きすら含んでいた。ロシナンテは溜息混じりにとじたメモを開き、さらさらとペンを走らせる。
【駄目だ。自分の足で歩け】
突き出された文字に、nameは「えぇー!」と声を上げ、両腕を大げさに広げる。
「ロシーってほんとつれない!ここまで頑張った俺にそれは冷たくない?甘えてもいいじゃん、少しくらい!」
だが返事はまた冷たい筆致で。
【聞き分けろ。甘やかす理由はない】
拗ねたnameは頬を膨らませたまま、視線をくるりと横へと逸らす。そこに立っていたディアマンテに、ふっと猫のように笑みを浮かべる。
「じゃあさ、ディアマンテ。俺、歩くの面倒だから……抱っこしてくれる?」
わざと甘ったるい声を作り、両腕を差し出す。その仕草にディアマンテは眉を上げ、次の瞬間、愉快そうに大笑した。
「ハハッ!面白ぇじゃねぇか。お望み通り、」
大きな腕が軽々と伸び、ひょいとnameの身体を持ち上げる。
「わっ……!」
思いがけない浮遊感に、nameの口元が綻ぶ。汗と熱にだらけた身体をそのまま預け、満足げに目を細めた。
だがその瞬間。
「……ッ」
ロシナンテの長身が影を落とす。
【甘やかすな】
短く、容赦のない筆跡が突き出される。視線は鋭く、今にも切り裂きそうなほどだった。
「ちぇー……ロシーってば嫉妬深いんだから」
nameは小声でぶつぶつ言いながらも、ディアマンテの腕からゆっくりと下ろされる。
「おろすの早すぎー。せっかく気持ちよかったのに……」
両手を腰に当て、ぶーぶー文句を言うその様子は、まるで拗ねる子供そのもの。対するディアマンテは肩を揺らして笑い、長剣を片手でひらつかせた。
「いやぁ……やっぱお前、見てて飽きねぇな。甘ったれんのも芸のうちか?」
ロシナンテは深く息を吐き、メモをぱたんと閉じた。その仕草には、呆れと心配と、言葉にならない苛立ちが混ざっていた。夕暮れの光が訓練場に差し込み、三人の影を長く伸ばす。空気はまだ熱を含みながらも、どこか奇妙な安堵を孕んでいた。
廊下に出ると、訓練場の熱気とは打って変わって、ひんやりとした空気が肌を撫でた。石造りの壁は夜の湿気を帯び、燭台に揺れる火が長く伸びた影を床に刻んでいる。nameはぐったりと肩を落とし、汗に濡れたシャツを扇ぐように引っ張りながら歩いていた。
「……はぁー……やっぱ疲れるんだよね、真面目に動くと。もう部屋戻ったら風呂入って寝るー」
ぶつくさと軽口を叩きながらも、どこか満足げな表情を浮かべていて。
その横を歩くロシナンテは、無言のままメモを開き、素早くペンを走らせた。
【訓練のたびに同じことを言ってる】
その一文を突きつけられ、nameは「うっ」と言葉に詰まり、次の瞬間に「だって事実だし!」と強気に言い返す。後ろから長い足取りでついてきていたディアマンテは、そのやり取りを見て大きく笑った。
「おいおい、ロシーの言う通りだろ。……でも、まぁ今日のは悪くなかったぜ。ドフィにも話してやらねぇとな」
廊下の先、曲がり角の陰に影が揺れる。ディアマンテはそこで立ち止まり、剣の柄を軽く叩きながら振り返った。
「俺はこのまま行く。ドフィに用事があるんでな。それに今日の訓練のことも報告してやる」
「えぇー、やだなぁ。言わなくていいじゃん…絶対またからかわれるもん」
nameは思い切り顔をしかめ、ロシナンテの袖を掴んで抗議するように引っ張る。ロシナンテはそんなnameを横目で見やり。
【自業自得】
短く冷ややかな筆致に、nameは「むぐぐ」と唸って顔を背ける。ディアマンテはその様子に愉快そうに肩を揺らした。
「ははっ、いい顔するじゃねぇか。ま、安心しろ。褒めてやる分もちゃんと伝えてやるよ。じゃあな」
手をひらりと振り、彼は長いマントを翻して廊下の奥へと歩み去る。残されたnameはなおも不満げに頬を膨らませていたが、その姿を横で見つめるロシナンテの瞳には、呆れと同時にわずかな安堵が滲んでいた。
石造りの廊下に足音が反響する。二人だけになった空気は、先ほどまでの喧騒よりもずっと静かで、互いの呼吸と心音が際立つようだった。
廊下に二人だけの気配が落ち着いた瞬間、nameはそれを待っていたかのように、ふわりとロシナンテの腕へと絡みついた。
「ん〜、やっとふたり。ロシー、さむい〜」
わざとらしく甘えた声を出し、くっつくように歩調を合わせる。汗の残る髪が揺れ、熱のこもった頬が彼の上腕にすり寄る。その動きは、少年のように無邪気で、それでいてどこか確信犯的な柔らかさを孕んでいた。
ロシナンテは驚いたように少し視線を落としたが、拒絶の意思は見せなかった。ただそのまま、無言のまま肩越しに目を細める。
逃げない。それを感じたnameは、にんまりと口角を上げたまま、ふにゃりとした声で話しかける。
「ロシー、俺今日がんばったと思わない? ねぇ、ねぇ、よしよしのひとつやふたつ、くれてもいいと思うんだけどなぁ〜?」
おどけた声音で言いながらも、瞳の奥ではほんの僅かに、期待と不安がせめぎ合っていた。冗談の仮面の下に、ほんのすこしだけ本気の顔を隠しているのは、ロシナンテなら見抜いていた。
だがロシナンテは、特に返事をせず、そのまま歩き続けた。数歩、沈黙の足音が廊下に重なり、やがて二人は静かに彼の部屋の前へと辿り着く。
鍵が回り、ゆっくりと開かれた扉の先は、彼独特の静けさに包まれた空間だった。香の残り香がほんのりと漂い、整然とした室内に入ったnameは、どことなく肩の力を抜いたように息を吐いた。
「……あー、落ち着く。やっぱロシーの部屋すきー」
そう言って、無防備にぽすんとソファに沈み込む。だが、その直後。
――くしゃり。
不意に、髪に温もりのある手が触れた。
それはいつものような拒絶や皮肉を含んだ視線ではなかった。指の腹がやさしく頭皮を撫でる。濡れた髪を整えるように、ゆっくりと、執拗なまでに優しく。爪を立てることもなく、ただ熱を伝えるようにして、手のひらが頭を包み込むように乗せられた。
「……え……?」
思わず見上げたnameの目が見開かれる。ロシナンテは無言のまま、ただ片手でnameの髪を撫で続けた。額の産毛に指先がふれ、こめかみから耳の後ろをゆっくりと。まるで、壊れ物を扱うかのように繊細で、しかし確かにその手は、甘やかしていた。
「……っ……」
驚きと共に、感情の波が押し寄せてくる。これほどまでにやさしく撫でられるのは、いつ以来だっただろう。頬がじわじわと熱を帯びるのを感じながら、nameは俯いて照れ隠しのように笑った。
「……なに、ロシー。どうしたの、急に。撫でるとか、してくれると思ってなかったし……」
口元を緩ませながら呟くnameに、ロシナンテはようやくメモを手に取り、一言だけ書きつける。
【自分からねだったくせに、何驚いてんだ】
それを見たnameは目を丸くし、それから「あーっ」と顔を赤くして叫んだ。
「うわ……そういうとこだけ意地悪するー! ロシーのくせに〜!」
それでも、撫でる手は止まらなかった。言葉ではごまかしても、その指先がどれだけの思いを伝えているか、nameはちゃんとわかっていた。撫でるほどに、髪の奥の頭皮が温かくなり、心の奥にまでその優しさが滲んでくる。
「……ほんとにさ、今日頑張ったんだよ、俺。ロシーの役に立ちたいから、ちゃんとやってるんだよ」
そう、ぽつりと漏らした声に、ロシナンテの指先がもう一度、優しく頭を撫で上げるように滑った。それだけで、nameは十分だった。言葉じゃなくても、触れてくれることが、こんなにも温かくて、うれしい。
その夜、nameはソファの上で、ロシナンテの傍に身を委ねたまま、しばらくの間、まどろむようにその撫でる手を受け入れていた。優しさは、時に何よりも強く、甘やかで、心をほどく薬だった。
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