15 y ago
name
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訓練場の石畳は乾いた音を響かせ、ディアマンテの剣が空を裂くたびに鋭い風切り音が残った。陽光を反射するその一撃を、nameはひらりと身を翻して避ける。白い裾がふわりと舞い、観客の目を惹くのは、まるで舞台上の役者のようだった。
「……避け続けるだけじゃ勝てねぇぞ、name!」
ディアマンテの声は挑発めいて響き渡る。剣先がほんの数寸をかすめるたび、ギャラリーから小さな息が漏れる。nameは軽く肩を竦め、面倒そうに笑いながら、逆に間合いを広げていった。
「だって、俺のメイン武器は銃だからねー。この距離感じゃ、どうしようもないんですー!」
わざと軽口を叩きながらも、額には汗が滲んでいる。目の奥では常に剣筋を読んでいて、ただ逃げ回っているわけではないことを示していた。それでも口調は崩さず、軽薄さすら装う。
「お前、面倒くさがってるだけだろ」
ディアマンテは嘲るように吐き捨て、足を踏み込み剣を振るう。nameは再び身を翻し、裾を揺らしながら回避。吐息を切らしながらも、口元には意地悪げな笑みが浮かぶ。
「いやいやぁ、ディアマンテの方がずるいんだもん。能力持ちだし!」
「……今のとこ、使ってないだろ?」
剣を構え直しながら返すディアマンテ。その声音には愉快そうな響きが混じる。
「それに、ヒラヒラ避けてるのはむしろお前の方じゃねぇか」
剣先が白い裾をかすめ、布がふわりと舞う。その姿は確かに「ヒラヒラ」としか言いようのない、軽やかな身のこなしだった。
「……っ、うるさいなぁ……」
ぼやきながらも、nameは一歩退き、再び剣筋を外す。その軽口と態度に、場の空気はどこか和やかな笑いを孕む。
石壁に凭れながら見ていたのは、ロシナンテだった。ロシナンテは腕を組み、真剣な眼差しでnameの動きを追っている。訓練場には緊張感と、どこか芝居めいた軽妙さが同居し、剣と影と笑いが交錯する不思議な空気が広がっていた。
石畳に響く金属音と、ひらひらと白い裾を翻すnameの姿。その場にいる誰もが今の状況を「仕方ない」と理解していたが、当の本人だけは心底げんなりとした顔を隠そうともしなかった。
そもそもの発端は数日前の仕事だ。貴族の屋敷に潜入した際、偶然にも海軍中将と鉢合わせてしまった。無事には切り抜けたものの、冷や汗ものの状況に戻ってから議題になったのは「戦力の底上げ」だった。
「name、お前も少しは鍛えておけ」
ドフラミンゴの声音は軽く、まるで冗談半分のようでいて、視線には確かな命令の色が宿っていた。その楽しげな笑みを見た瞬間、nameの心中は暗く沈む。
「ええー……やだよ、訓練なんて。いざとなったら銃あるし。それに……俺には、この身体もあるでしょ?」
白いコートをひるがえし、わざと色気を滲ませた仕草でドフラミンゴへと歩み寄る。視線を甘く絡め、腕に指先を沿わせて媚びるように身体を傾ける。
「だからさ、訓練とかいらなくない?ね、ドフィ……」
囁きに混じる吐息まで計算された甘さ。だが、ドフラミンゴは喉の奥で笑った。
「フッフッフ……お前のそういうところ、嫌いじゃねぇが……通じると思うか?」
愉快そうに笑いながら、あっさりと見透かされる。その隣で腕を組んでいたロシナンテは、半眼のまま筆談用のメモを掲げた。
【甘えて誤魔化そうとするな。鍛えた方がいいに決まってる】
「……ロシーまでさぁ……」
口を尖らせ、不満げに声を漏らす。だが返ってきたのは、ため息交じりにペンを走らせる音。
【銃も色仕掛けも万能じゃない。近接で詰められたらどうする】
「う……」
痛いところを突かれ、言葉に詰まる。
「じゃあ……ディアマンテとやってみろ。面白そうだしな」
ドフラミンゴの提案は、半ば命令のように軽やかに投げられた。
「……げっ」
思わず声が洩れる。目を丸くしたnameの反応に、ドフラミンゴは愉快げに笑い、ロシナンテは深い溜息をつく。
こうして今、訓練場でディアマンテの剣先を避け続ける羽目になったのだった。白い裾を翻し、冗談めかした軽口を叩きながら。
だが背後の石壁に凭れ、腕を組んで眺めるロシナンテの視線は、どこか真剣で鋭いものだった。nameがその眼差しを意識するたび、軽薄な笑みの裏でじわりと汗がにじむのを自覚せざるを得なかった。
白い裾を翻しながら、nameは相変わらず「面倒くさい」と顔に書いてあるような仕草でディアマンテの剣を避け続けていた。鋭い金属音が訓練場に散り、石畳には刃が擦れるたび細かな傷が刻まれていく。軽口を叩く声はいつもの調子で、余裕を装っているのもわかる。だがその余裕の下で、微かに汗を帯びた首筋や荒くなる呼吸は、限界に近いことを示していた。
ロシナンテは訓練場の端に立ち、腕を組みながらその様子をじっと見つめていた。視線は静かで、だが深い影を帯びている。彼は知っている。nameが「本気」を出した時、周囲が目に入らなくなり、爆発的な力を見せることを。追い詰められた時の彼は、まるで別人のように強くなる。だがその代償は大きく、理性を飛ばすような戦い方を続けていては、いつか命を落とす。
それを理解しているからこそ、nameが普段「やる気なさそうに」「適当に」立ち回る姿に、ロシナンテは苛立ちではなく、強い不安を抱いていた。軽口と笑みでごまかしているが、その奥には危うい脆さが透けて見える。銃を持っていれば距離を保てる。仲間がそばにいれば支え合える。けれど――もし自分がいない時に、あの酔っ払いのように、あるいは先日の海軍中将のように、厄介な存在に絡まれたら。
思考の端に浮かぶのは、あの夜、彼から「中将」という言葉を聞かされた時の胸の冷えだ。軽く受け流してみせたnameの声の奥に、僅かに震える動揺が混じっていた。笑って誤魔化していたが、確かに彼は怯えていた。あの表情を二度と見たくないと強く思う。
「……」
胸の奥に沈むのは、いつか取り返しのつかないことになるのでは、という危惧だった。銃も軽口も通じない相手に出会った時、nameがその場で力を爆発させれば、生き延びられるかもしれない。だが同時に、無茶をして命を削るかもしれない。自分がそばにいなければ、誰も彼を止められない。
その思いが、ロシナンテの背筋に重くのしかかる。石畳を跳ねるnameの影を追いながら、ペン先ではなく強張った指先で袖を握る。視線の奥で、ひとつの決意がじわりと固まっていく。
このまま放ってはおけない。
石畳を蹴るたびに、ディアマンテの剣先が閃光のように目の前を掠めていく。ひらひらと翻る布のように動きを読ませない男を相手に、nameは相変わらず肩を竦めて避け続けていた。口先では「ずるい」とか「能力持ちは反則」とか軽口を叩いているが、その声音の奥底には、ほんの僅かな焦りが滲んでいる。視線の端でロシナンテがこちらを見ているのもわかっていた。あの、影のように静かな眼差しは、叱責よりも重く、心にじわじわと染み込んでくる。
わかってる。
本当は自分が一番理解していた。自分が大した戦力ではないことも、銃という得意武器がなければ近距離戦では心許ないことも、そして何より「本気」を出せば一瞬だけ強くなれる代わりに、周囲が見えなくなり、自分自身を壊しかねないことも。ロシナンテが心配している理由を知らないはずがなかった。彼が視線の奥に隠している不安も、ディアマンテが面白そうに笑いながら「避けてるだけじゃ勝てねぇぞ」と煽ってくるのも、全部胸に突き刺さってくる。
nameは面倒そうに笑ってみせながらも、内心で長いため息を吐いた。こうして逃げ続けても、結局は終わらない。適当にやり過ごしたところで、ドフラミンゴが満足するはずもない。ディアマンテも遠慮なく追い詰めてくるだろうし、ロシナンテのあの眼差しはますます厳しくなるだけだ。そうなれば、最後に痛い目を見るのは自分。
(……しょうがないなぁ。ちょっとは“やる気出す”しかないか)
軽口でごまかす余裕を口元に残しながらも、瞳の奥では僅かに熱が戻ってくる。呼吸を整え、足裏に力を込める。空気の流れ、剣先の角度、布が翻るわずかな気配。それらを感覚の端で拾い、次の動きを読む。普段なら「面倒だ」と切り捨てるはずの集中を、あえて自分に強いる。
真っ向勝負でディアマンテに勝てるはずがないことは、百も承知だった。だが、何もせず避けてばかりでは、勝負は永遠に終わらない。終わらせるためには、自分から動くしかない。
nameの胸の奥で、ようやくひとつのスイッチが入った。
その瞬間、訓練場の空気がわずかに変わる。彼の纏う白いコートが翻り、ひらりと軽やかに石畳を蹴った。避けるだけの舞から、反撃を織り交ぜる舞踏へと。
ロシナンテの眼差しが、その変化を見逃すはずがなかった。
石畳を蹴る靴音が、乾いた訓練場に弾む。nameの身体はしなやかに反り、ディアマンテの長剣が閃光のように走る軌跡を紙一重で抜ける。ひらり、ひらりと白い裾が舞う姿は、戦いというより舞踏のよう。だがその動きの端に、今までなかった重みが滲み始めていた。避けるだけではなく、ほんの刹那に足先が軌跡を描き、相手の体勢を崩すように蹴りを放つ。
「お?」
ディアマンテの口端がにやりと吊り上がる。鋼の剣が空気を裂く中、蹴りを転化させたnameの動きは、ただ逃げていたときよりも格段に鋭かった。とはいえ、その蹴りが本気で彼に届くわけではない。打ち払われるでもなく、すっと身を傾けただけで回避される。その余裕は揺るがない。だが「少しやる気を出したな」と、その目が言葉より先に物語っていた。
nameは心底嫌そうに眉を寄せながらも、己の胸中で舌打ちする。
(……ったく。ほんとは見せたくなかったんだよ、こういうの)
自分の中で、感覚が一段階深く沈む。視界に映る剣先のきらめき、その前に揺れる布の端、空気のわずかな震え。それらが未来を予感させる断片として浮かび上がる。見聞色。その力が、薄い幕を押し開けるように彼の思考に流れ込み、ほんの一瞬先の光景を描き出す。
次に剣が振り下ろされる角度、その後に訪れる衝撃の強さ。それを見切った瞬間、nameの手が腰のホルスターへ滑り込んだ。銀の光が一閃、次の瞬間には銃口が剣の進路に割り込んでいる。
甲高い金属音が訓練場に弾けた。
剣と銃身がぶつかり合い、火花が飛び散る。片手で握られた銃はただの火器ではなく、彼にとってのもうひとつの「剣」だ。衝撃は腕に痺れるほど重くのしかかったが、踏み込んだ足が石畳に食い込み、決して退かない。
「へぇ……」
ディアマンテの目が細まる。驚きというより、愉快そうな響き。まだまだ余裕に満ちている。だが、そこには確かに評価の色も混じっていた。
nameは歯を食いしばりつつも、口元だけは軽薄に歪める。
「……はぁ…ほんと、やりたくなかったのに……こういうの。みせものじゃないんだってば」
声には面倒臭そうな響きが残っている。だが、その眼差しは確かに集中していた。未来を読み、銃を剣に押し当て、僅かな隙をついて体を流し込む。その一連の動きは、避け続けていた舞から、戦いへと変化していた。
ロシナンテは訓練場の隅で、その変化を静かに見守っていた。ただ視線が揺るぎなくnameを追い、口元にわずかな緊張を浮かべていた。これなら、まだ先へ進める。だが同時に、やはり危うい。
その複雑な思いを、彼は目だけで語っていた。
火花が散るたび、訓練場の乾いた空気は鋭く張りつめていった。
銃身と剣がぶつかる甲高い音は、最初こそ弾かれるように不安定だったが、何度も繰り返されるうちに、nameの手の内に馴染むような確かさが生まれていた。銃口の重みを支点に、腕と肩、腰まで繋げて受け止めると、剣の衝撃は石畳に吸い込まれ、僅かな反動すら攻撃の布石に変わる。
「……ッ!」
弾かれる勢いを利用して、nameの足が鋭く伸びた。しなやかな脚が石畳を蹴り、ディアマンテの胴へと鋭い蹴りが放たれる。布の裾が大きく翻り、舞のような動きの裏に、確かな殺気を孕んだ軌跡が描かれる。
しかし、ディアマンテは笑った。
軽く剣を傾けるだけで軌道をずらし、その蹴りを紙一重で外へと弾き流す。砂埃を巻き上げながら受け身をとるnameに向かい、彼はわざと大仰に肩を揺らした。
「おいおい……ようやく牙を見せたかと思えば、その程度か?」
挑発の声音が場の空気をさらに熱くする。nameは肩で息をしつつ、唇を尖らせて返す。
「……そもそも俺、銃がメインなんだからね?近接でこれだけやれてるだけでも褒めてほしいくらいだし」
言葉は軽口だが、額に滲む汗と目の奥の鋭さは、冗談では片付けられない集中の証だった。
再び剣が振り下ろされる。今度は正面から。
見聞色の感覚がわずかに未来を照らし、剣の落下する角度を察知した瞬間、nameは銃を逆手に握り直した。金属音が再び火花を散らし、剣と銃身が正面でぶつかる。衝撃で腕が痺れるが、歯を食いしばって耐え、そのまま足を軸にして横へ流れるように避けた。
「……ほぉ、ようやく戦ってる顔になったじゃねェか」
ディアマンテの声は愉悦を帯びていた。圧倒的な優位を崩されてはいない。だが、退屈だったはずの稽古が、今ようやく“遊び甲斐のあるもの”へと変わり始めたのだ。
nameは石畳にブーツの爪先を突き立て、荒い息を吐きながらも目尻を吊り上げた。
「面倒くさいけど……さっさと終わらせるために、ちょっとやる気出してるんだよ」
その声音はまだ軽く、挑発に似ている。
だが、銃身を剣に押し付けながら蹴りを放ち、また避け、また受け――その繰り返しに宿る気迫は、紛れもなく戦う者のそれだった。
石畳に響く金属音と布擦れの音は、やがてリズムを刻むように響き、nameの呼吸と一体化していた。
彼の中で「面倒」という言葉はまだ消えてはいない。だが、その裏でようやく芽吹き始めた戦意が、確かに場の空気を変えつつあった。
「……避け続けるだけじゃ勝てねぇぞ、name!」
ディアマンテの声は挑発めいて響き渡る。剣先がほんの数寸をかすめるたび、ギャラリーから小さな息が漏れる。nameは軽く肩を竦め、面倒そうに笑いながら、逆に間合いを広げていった。
「だって、俺のメイン武器は銃だからねー。この距離感じゃ、どうしようもないんですー!」
わざと軽口を叩きながらも、額には汗が滲んでいる。目の奥では常に剣筋を読んでいて、ただ逃げ回っているわけではないことを示していた。それでも口調は崩さず、軽薄さすら装う。
「お前、面倒くさがってるだけだろ」
ディアマンテは嘲るように吐き捨て、足を踏み込み剣を振るう。nameは再び身を翻し、裾を揺らしながら回避。吐息を切らしながらも、口元には意地悪げな笑みが浮かぶ。
「いやいやぁ、ディアマンテの方がずるいんだもん。能力持ちだし!」
「……今のとこ、使ってないだろ?」
剣を構え直しながら返すディアマンテ。その声音には愉快そうな響きが混じる。
「それに、ヒラヒラ避けてるのはむしろお前の方じゃねぇか」
剣先が白い裾をかすめ、布がふわりと舞う。その姿は確かに「ヒラヒラ」としか言いようのない、軽やかな身のこなしだった。
「……っ、うるさいなぁ……」
ぼやきながらも、nameは一歩退き、再び剣筋を外す。その軽口と態度に、場の空気はどこか和やかな笑いを孕む。
石壁に凭れながら見ていたのは、ロシナンテだった。ロシナンテは腕を組み、真剣な眼差しでnameの動きを追っている。訓練場には緊張感と、どこか芝居めいた軽妙さが同居し、剣と影と笑いが交錯する不思議な空気が広がっていた。
石畳に響く金属音と、ひらひらと白い裾を翻すnameの姿。その場にいる誰もが今の状況を「仕方ない」と理解していたが、当の本人だけは心底げんなりとした顔を隠そうともしなかった。
そもそもの発端は数日前の仕事だ。貴族の屋敷に潜入した際、偶然にも海軍中将と鉢合わせてしまった。無事には切り抜けたものの、冷や汗ものの状況に戻ってから議題になったのは「戦力の底上げ」だった。
「name、お前も少しは鍛えておけ」
ドフラミンゴの声音は軽く、まるで冗談半分のようでいて、視線には確かな命令の色が宿っていた。その楽しげな笑みを見た瞬間、nameの心中は暗く沈む。
「ええー……やだよ、訓練なんて。いざとなったら銃あるし。それに……俺には、この身体もあるでしょ?」
白いコートをひるがえし、わざと色気を滲ませた仕草でドフラミンゴへと歩み寄る。視線を甘く絡め、腕に指先を沿わせて媚びるように身体を傾ける。
「だからさ、訓練とかいらなくない?ね、ドフィ……」
囁きに混じる吐息まで計算された甘さ。だが、ドフラミンゴは喉の奥で笑った。
「フッフッフ……お前のそういうところ、嫌いじゃねぇが……通じると思うか?」
愉快そうに笑いながら、あっさりと見透かされる。その隣で腕を組んでいたロシナンテは、半眼のまま筆談用のメモを掲げた。
【甘えて誤魔化そうとするな。鍛えた方がいいに決まってる】
「……ロシーまでさぁ……」
口を尖らせ、不満げに声を漏らす。だが返ってきたのは、ため息交じりにペンを走らせる音。
【銃も色仕掛けも万能じゃない。近接で詰められたらどうする】
「う……」
痛いところを突かれ、言葉に詰まる。
「じゃあ……ディアマンテとやってみろ。面白そうだしな」
ドフラミンゴの提案は、半ば命令のように軽やかに投げられた。
「……げっ」
思わず声が洩れる。目を丸くしたnameの反応に、ドフラミンゴは愉快げに笑い、ロシナンテは深い溜息をつく。
こうして今、訓練場でディアマンテの剣先を避け続ける羽目になったのだった。白い裾を翻し、冗談めかした軽口を叩きながら。
だが背後の石壁に凭れ、腕を組んで眺めるロシナンテの視線は、どこか真剣で鋭いものだった。nameがその眼差しを意識するたび、軽薄な笑みの裏でじわりと汗がにじむのを自覚せざるを得なかった。
白い裾を翻しながら、nameは相変わらず「面倒くさい」と顔に書いてあるような仕草でディアマンテの剣を避け続けていた。鋭い金属音が訓練場に散り、石畳には刃が擦れるたび細かな傷が刻まれていく。軽口を叩く声はいつもの調子で、余裕を装っているのもわかる。だがその余裕の下で、微かに汗を帯びた首筋や荒くなる呼吸は、限界に近いことを示していた。
ロシナンテは訓練場の端に立ち、腕を組みながらその様子をじっと見つめていた。視線は静かで、だが深い影を帯びている。彼は知っている。nameが「本気」を出した時、周囲が目に入らなくなり、爆発的な力を見せることを。追い詰められた時の彼は、まるで別人のように強くなる。だがその代償は大きく、理性を飛ばすような戦い方を続けていては、いつか命を落とす。
それを理解しているからこそ、nameが普段「やる気なさそうに」「適当に」立ち回る姿に、ロシナンテは苛立ちではなく、強い不安を抱いていた。軽口と笑みでごまかしているが、その奥には危うい脆さが透けて見える。銃を持っていれば距離を保てる。仲間がそばにいれば支え合える。けれど――もし自分がいない時に、あの酔っ払いのように、あるいは先日の海軍中将のように、厄介な存在に絡まれたら。
思考の端に浮かぶのは、あの夜、彼から「中将」という言葉を聞かされた時の胸の冷えだ。軽く受け流してみせたnameの声の奥に、僅かに震える動揺が混じっていた。笑って誤魔化していたが、確かに彼は怯えていた。あの表情を二度と見たくないと強く思う。
「……」
胸の奥に沈むのは、いつか取り返しのつかないことになるのでは、という危惧だった。銃も軽口も通じない相手に出会った時、nameがその場で力を爆発させれば、生き延びられるかもしれない。だが同時に、無茶をして命を削るかもしれない。自分がそばにいなければ、誰も彼を止められない。
その思いが、ロシナンテの背筋に重くのしかかる。石畳を跳ねるnameの影を追いながら、ペン先ではなく強張った指先で袖を握る。視線の奥で、ひとつの決意がじわりと固まっていく。
このまま放ってはおけない。
石畳を蹴るたびに、ディアマンテの剣先が閃光のように目の前を掠めていく。ひらひらと翻る布のように動きを読ませない男を相手に、nameは相変わらず肩を竦めて避け続けていた。口先では「ずるい」とか「能力持ちは反則」とか軽口を叩いているが、その声音の奥底には、ほんの僅かな焦りが滲んでいる。視線の端でロシナンテがこちらを見ているのもわかっていた。あの、影のように静かな眼差しは、叱責よりも重く、心にじわじわと染み込んでくる。
わかってる。
本当は自分が一番理解していた。自分が大した戦力ではないことも、銃という得意武器がなければ近距離戦では心許ないことも、そして何より「本気」を出せば一瞬だけ強くなれる代わりに、周囲が見えなくなり、自分自身を壊しかねないことも。ロシナンテが心配している理由を知らないはずがなかった。彼が視線の奥に隠している不安も、ディアマンテが面白そうに笑いながら「避けてるだけじゃ勝てねぇぞ」と煽ってくるのも、全部胸に突き刺さってくる。
nameは面倒そうに笑ってみせながらも、内心で長いため息を吐いた。こうして逃げ続けても、結局は終わらない。適当にやり過ごしたところで、ドフラミンゴが満足するはずもない。ディアマンテも遠慮なく追い詰めてくるだろうし、ロシナンテのあの眼差しはますます厳しくなるだけだ。そうなれば、最後に痛い目を見るのは自分。
(……しょうがないなぁ。ちょっとは“やる気出す”しかないか)
軽口でごまかす余裕を口元に残しながらも、瞳の奥では僅かに熱が戻ってくる。呼吸を整え、足裏に力を込める。空気の流れ、剣先の角度、布が翻るわずかな気配。それらを感覚の端で拾い、次の動きを読む。普段なら「面倒だ」と切り捨てるはずの集中を、あえて自分に強いる。
真っ向勝負でディアマンテに勝てるはずがないことは、百も承知だった。だが、何もせず避けてばかりでは、勝負は永遠に終わらない。終わらせるためには、自分から動くしかない。
nameの胸の奥で、ようやくひとつのスイッチが入った。
その瞬間、訓練場の空気がわずかに変わる。彼の纏う白いコートが翻り、ひらりと軽やかに石畳を蹴った。避けるだけの舞から、反撃を織り交ぜる舞踏へと。
ロシナンテの眼差しが、その変化を見逃すはずがなかった。
石畳を蹴る靴音が、乾いた訓練場に弾む。nameの身体はしなやかに反り、ディアマンテの長剣が閃光のように走る軌跡を紙一重で抜ける。ひらり、ひらりと白い裾が舞う姿は、戦いというより舞踏のよう。だがその動きの端に、今までなかった重みが滲み始めていた。避けるだけではなく、ほんの刹那に足先が軌跡を描き、相手の体勢を崩すように蹴りを放つ。
「お?」
ディアマンテの口端がにやりと吊り上がる。鋼の剣が空気を裂く中、蹴りを転化させたnameの動きは、ただ逃げていたときよりも格段に鋭かった。とはいえ、その蹴りが本気で彼に届くわけではない。打ち払われるでもなく、すっと身を傾けただけで回避される。その余裕は揺るがない。だが「少しやる気を出したな」と、その目が言葉より先に物語っていた。
nameは心底嫌そうに眉を寄せながらも、己の胸中で舌打ちする。
(……ったく。ほんとは見せたくなかったんだよ、こういうの)
自分の中で、感覚が一段階深く沈む。視界に映る剣先のきらめき、その前に揺れる布の端、空気のわずかな震え。それらが未来を予感させる断片として浮かび上がる。見聞色。その力が、薄い幕を押し開けるように彼の思考に流れ込み、ほんの一瞬先の光景を描き出す。
次に剣が振り下ろされる角度、その後に訪れる衝撃の強さ。それを見切った瞬間、nameの手が腰のホルスターへ滑り込んだ。銀の光が一閃、次の瞬間には銃口が剣の進路に割り込んでいる。
甲高い金属音が訓練場に弾けた。
剣と銃身がぶつかり合い、火花が飛び散る。片手で握られた銃はただの火器ではなく、彼にとってのもうひとつの「剣」だ。衝撃は腕に痺れるほど重くのしかかったが、踏み込んだ足が石畳に食い込み、決して退かない。
「へぇ……」
ディアマンテの目が細まる。驚きというより、愉快そうな響き。まだまだ余裕に満ちている。だが、そこには確かに評価の色も混じっていた。
nameは歯を食いしばりつつも、口元だけは軽薄に歪める。
「……はぁ…ほんと、やりたくなかったのに……こういうの。みせものじゃないんだってば」
声には面倒臭そうな響きが残っている。だが、その眼差しは確かに集中していた。未来を読み、銃を剣に押し当て、僅かな隙をついて体を流し込む。その一連の動きは、避け続けていた舞から、戦いへと変化していた。
ロシナンテは訓練場の隅で、その変化を静かに見守っていた。ただ視線が揺るぎなくnameを追い、口元にわずかな緊張を浮かべていた。これなら、まだ先へ進める。だが同時に、やはり危うい。
その複雑な思いを、彼は目だけで語っていた。
火花が散るたび、訓練場の乾いた空気は鋭く張りつめていった。
銃身と剣がぶつかる甲高い音は、最初こそ弾かれるように不安定だったが、何度も繰り返されるうちに、nameの手の内に馴染むような確かさが生まれていた。銃口の重みを支点に、腕と肩、腰まで繋げて受け止めると、剣の衝撃は石畳に吸い込まれ、僅かな反動すら攻撃の布石に変わる。
「……ッ!」
弾かれる勢いを利用して、nameの足が鋭く伸びた。しなやかな脚が石畳を蹴り、ディアマンテの胴へと鋭い蹴りが放たれる。布の裾が大きく翻り、舞のような動きの裏に、確かな殺気を孕んだ軌跡が描かれる。
しかし、ディアマンテは笑った。
軽く剣を傾けるだけで軌道をずらし、その蹴りを紙一重で外へと弾き流す。砂埃を巻き上げながら受け身をとるnameに向かい、彼はわざと大仰に肩を揺らした。
「おいおい……ようやく牙を見せたかと思えば、その程度か?」
挑発の声音が場の空気をさらに熱くする。nameは肩で息をしつつ、唇を尖らせて返す。
「……そもそも俺、銃がメインなんだからね?近接でこれだけやれてるだけでも褒めてほしいくらいだし」
言葉は軽口だが、額に滲む汗と目の奥の鋭さは、冗談では片付けられない集中の証だった。
再び剣が振り下ろされる。今度は正面から。
見聞色の感覚がわずかに未来を照らし、剣の落下する角度を察知した瞬間、nameは銃を逆手に握り直した。金属音が再び火花を散らし、剣と銃身が正面でぶつかる。衝撃で腕が痺れるが、歯を食いしばって耐え、そのまま足を軸にして横へ流れるように避けた。
「……ほぉ、ようやく戦ってる顔になったじゃねェか」
ディアマンテの声は愉悦を帯びていた。圧倒的な優位を崩されてはいない。だが、退屈だったはずの稽古が、今ようやく“遊び甲斐のあるもの”へと変わり始めたのだ。
nameは石畳にブーツの爪先を突き立て、荒い息を吐きながらも目尻を吊り上げた。
「面倒くさいけど……さっさと終わらせるために、ちょっとやる気出してるんだよ」
その声音はまだ軽く、挑発に似ている。
だが、銃身を剣に押し付けながら蹴りを放ち、また避け、また受け――その繰り返しに宿る気迫は、紛れもなく戦う者のそれだった。
石畳に響く金属音と布擦れの音は、やがてリズムを刻むように響き、nameの呼吸と一体化していた。
彼の中で「面倒」という言葉はまだ消えてはいない。だが、その裏でようやく芽吹き始めた戦意が、確かに場の空気を変えつつあった。