15 y ago
name
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シャンデリアがきらめき、グラスが触れ合う音が響く会場。nameはその中心にいると錯覚させるほどの存在感を放ちながら、ロシナンテの腕に手を絡めたまま、誰よりも優雅に夜の舞台へと踏み込んでいく。
グラスの揺れる音と絹の衣擦れが渦を巻く会場の只中、nameは余裕の笑みを崩さぬまま立つ。ロシナンテの腕に添えていた手がすっと外される。打ち合わせ通り、彼が裏の役目を果たすため、会場を離れる手筈だった。
その動きは誰の目にも自然で、護衛が持ち場を確認するかのようにしか映らない。だがnameは、その一瞬の微かな硬さを見逃さなかった。ロシナンテの視線が横顔に触れ、心配を隠しきれぬ色を帯びていたからだ。
「……ロシー、そんな顔しても仕方ないでしょ」
白粉を纏った唇が甘く弧を描く。グラスの縁をなぞりながら、あえて軽口を囁いた。
「俺は大丈夫だからね。むしろ、ここで一人の方が映えるってもんだよ」
ロシナンテは答えを文字にする余裕もなく、ただ短く頷いた。その影はすぐに群衆へと紛れ、消えていく。残されたnameは、息を潜めるどころか、むしろ堂々と視線を受け止めていた。煌びやかなドレスの裾をさりげなく揺らし、ワイングラスを掲げて微笑む。周囲の視線が次々と吸い寄せられるのを、彼は肌で感じ取っていた。男でも女でもない曖昧な美しさが、逆に人々を引き寄せる。さっきまで同伴していた背の高い無口な男の不在すら、誰も気に留めない。
今この場では、ただこの白いドレスの“令嬢”がパーティの中心だった。
「ごきげんよう。ええ、素敵な夜ね」
声をかけられれば、柔らかに返す。笑えば、周囲は自然と笑い返す。その軽やかな社交術は、生来の快楽主義に裏打ちされたものだった。内心のざらつきを誰にも悟らせず、むしろそれすら楽しみに変えてしまう。
――結局俺はこういう役が一番向いてるんだ。
胸の奥でそう呟き、グラスを傾ける。赤い液体が舌に広がる苦みと共に、自分が今まさに舞台の中心で踊っていることを確信していた。
ロシナンテが心配するほどの隙は見せない。むしろ彼がいない方が、自分の存在が際立つ。それを理解し、誇示するように、nameは一層艶やかに笑う。
金色の灯りの下、場を繋ぐどころか支配するように。まるでこの夜会そのものが、彼のために用意された舞台であるかのように。
弦楽器の調べが柔らかに流れる大広間。煌びやかなシャンデリアの光がガラスの屈折で床に揺れ、足元を淡く彩る。ロシナンテの影が完全に消えたことに気づいた来賓たちの視線が、すぐさまnameへと集中する。白いドレスに包まれた彼の姿は、男たちにとってまるで“隙を見せた獲物”のようで。
「おひとりでいらっしゃるのですか?」
「お手を取らせていただいても?」
立て続けに声がかかる。整えられた髪を軽く揺らしながら、nameはわずかに視線を伏せる。その所作は淑やかな令嬢そのもの。だが、下がった睫毛の奥では冷静に相手を見極めていた。
「……ご丁寧にありがとうございます。けれど、連れが席を外しているだけですの」
少し甘さを含んだ声で、曖昧に受け流す。にこりと微笑むだけで、相手の男たちは逆に距離を詰めあぐねる。挑発でも拒絶でもない、絶妙な“壁”。
内心では溜息と舌打ちのオンパレード。
(ほんと、こういうのって面倒だよね……。でも、大人しくしてる方が余計に“隙あり”って思われるし……まぁ、俺はかわすの得意だから)
グラスを傾けながら、男たちの視線を感じつつも、さりげなく会場の奥へと目を走らせる。揺れるドレスの裾越しに、警護の配置や人の流れを観察する。談笑の輪の影で交わされる視線、控えの扉の出入り――それらを細かく拾いながら、表情には一切出さない。
「失礼いたしますわ、少し喉が渇いてしまって……」
そう口にして数歩だけ移動すれば、追いすがろうとする男たちの歩調は自然と乱れる。距離を測るように彼らを翻弄しながら、nameは涼しい顔を崩さない。
(ロシー、ちゃんとやれてる?……こういう場でドジると目立つからな…)
胸の奥に小さな心配を抱えつつも、それを表に出すことはない。
艶やかな微笑を浮かべたまま、誰よりも優雅に立ち振る舞う。男たちの下心も、場のざわめきも、その笑みに呑み込まれていく。nameは舞台の中心で踊る役者のように――巧みにかわし、隠し、そして探り続けていた。
喧噪の渦の中、響くのは陽気な音楽とグラスの触れ合う音。けれど、その一角――煌めくシャンデリアの影が落ちる壁際で、nameは少しだけ肩を竦める。
相手はすでに顔を赤らめ、ワインの香りを強く漂わせた男。会話の途切れ目ごとに距離を詰め、グラスを片手に笑みを浮かべている。最初は軽くかわしていたが、やがてその勢いは増し、気づけば背中が壁に触れるほど追い詰められていて。
「お嬢さん……いや、あなたのような方が一人でいらっしゃるなんて、実に勿体ない」
酒気を含んだ息が近く、吐息すら熱い。男の視線は胸元から首筋を這うように動き、まるで値踏みするかのよう。nameは片手でグラスを持ったまま、わざとらしく肩をすくめる。艶やかな笑みを崩さぬまま、瞳の奥に退屈げな色を宿して。
「……あら、困りますわ。もうすぐ連れが戻りますのに」
表向きは穏やかに。けれど内心ではすでに呆れ顔だ。
(……ったく。酔っ払い相手って一番面倒くさいんだよね。無理やり突き飛ばすわけにもいかないし、強気に出たら余計騒ぎになるし……はぁ)
男はそんなnameの意に介さず、さらに腕を伸ばす。その手が壁際に置かれ、狭い空間が作られる。会場のざわめきに紛れれば、周囲はそれを「親密な会話」としか思わない。
「大丈夫、すぐには戻られないだろう。少しくらい……パーティを楽しませてくれても」
下心の滲んだ声が耳朶をかすめる。nameはわずかに顔を横へ逸らし、艶やかな髪飾りが光を受けて揺れた。
「……ほんと、強引なお方ですこと」
甘く響かせた声は、あえて反抗ではなく余裕を滲ませる。だが瞳の奥では明らかに「やれやれ」と嘆息していた。
(早く戻ってきなよ、ロシー……。俺、これ以上“淑女のふり”で粘るの、正直しんどいんだから)
表情ひとつ崩さず、場を荒立てぬように笑みを保ちながら、心の奥では鬱陶しさを隠そうともせずに。壁際で煌めく姿は、誰の目にも優雅な淑女。だがその実――退屈と面倒に舌打ちを飲み込む、快楽主義の“役者”の顔がそこにあった。
シャンデリアの光が揺らめく壁際、華やかな笑い声が飛び交う会場の只中で――その一角だけが、わずかに淀んだ。
酔いに顔を赤くした男の手が、ついにnameの身体へと伸びる。最初は肘先に軽く触れるだけだったが、それはすぐに手首から肩口へと這い上がり、ドレスの生地を掴むように指が沈む。
「な……っ」
咄嗟に声が漏れそうになったが、nameは瞬時に飲み込んだ。周囲の視線はまだ遠くの笑いと歓談に向けられており、この壁際で起きていることに気づく者はいない。騒ぎにすれば標的は自分たち。潜入の計画ごと瓦解しかねない。
(……最悪。こういう手合いが一番面倒なんだよ)
艶やかな笑みを貼りつけたまま、nameの心の内はげんなりと冷え込んでいく。頬に落ちる男の吐息は酒臭く、近すぎる距離に皮膚が粟立つ。指先が背中へ滑り込み、布越しに形を探るように這う感触がぞわりと這い上がった。
「おや……随分と細い腰だ」
「……っ」
下卑た囁きが耳に落ちる。nameは吐き気を堪えるように奥歯を噛みしめる。
(ゲッ……ほんとに触ってきやがった。……マジで気持ち悪い)
反射的に払いのけたい衝動が全身を走ったが、それを行えば一瞬で人目を集める。今はただ、役を演じ切るしかない。ドレスの裾を握りしめ、微笑を崩さぬまま、わずかに身体をずらす。まるで舞踏会のステップを踏むように。だが男の手は執拗に離れようとせず、追いかけ、肩から胸元へと滑ろうとする。
(……ほんと、こういう“触れるだけ”で満足するタイプならまだマシなのに。……あーもう、ほんっと面倒!)
胸の奥で毒づきながらも、口から零れる声はあくまで柔らかく装う。
「……お酒が少し回っていらっしゃるようね。休まれた方がよろしいのでは?」
拒絶ではなく、諭すような声音。それでも相手は意に介さない。
「君と話している方が酔いも醒める……いや、もっと酔いたいものだな」
酔漢の熱がじわじわと迫り、nameの肌には嫌悪の冷気が広がる。それでも、彼は笑みを崩さない。瞳の奥で小さく「ゲッ」と呟きながら――計算ずくの令嬢の仮面を決して外さなかった。
壁際に押しつけられるような形で、男の指がとうとうドレスの襟元を割り、布の内側へと忍び込んできた。冷たい指先が素肌に触れた瞬間、nameの背筋がぴくりと震える。
(……っ、マジで中まで入ってきやがった……!これ、ほんとにやばい……)
思わず出そうになる舌打ちをなんとか飲み込みつつ、外へ出すのは淑やかな微笑だけ。喉の奥にせり上がる嫌悪を押し殺し、視線を逸らして空気の重さを散らそうとした。けれど、男の呼気はさらに熱を帯び、手の動きも迷いがない。
もう流石に少しの騒ぎになってもいいからこいつをぶん殴ろうかという考えがnameの脳内をかけたその瞬間。
「……あーあ、ずいぶん酔ってんじゃないの。淑女を困らせるのは、あんまり格好良くねぇぞ」
低く落ちる声が横合いから響いた。涼やかでありながらも、どこか面倒くさそうな響き。だがその一言に、周囲の空気が確かに変わった。
男が振り返る。そこに立っていたのは、長身で無造作な髪を後ろに流した青年。ゆったりとした動作で歩み寄り、片手をポケットに突っ込んだまま、氷を浮かべたような眼差しを壁際へ投げていた。
「な、なんだ君は……」
酔っ払いの声が震える。けれど、その視線の奥に映った鋭さに押され、一歩退かざるを得なかった。nameは一瞬きょとんと目を見開く。助け舟――そう思うよりも先に、ぐっと胸の奥で呼吸が解ける。
(……誰?でも……助かった……!)
青年は壁際からnameを庇うように立ち、そのまま間合いを切り取る。飄々とした態度の奥にある無言の威圧感に、酔客は気まずさを隠せず、苦笑いを浮かべて退いた。
「……すみません。お連れがいないようだったから、つい」
今まで勢いはどこへやら。へらへらと言い訳を残して足早に群衆へ紛れていく男。
残されたのは、青年とname。nameは口元に形だけの微笑を浮かべつつも、胸の内ではまだ嫌悪のざらつきが残っておりすっきりとしない。
(はぁ……ほんと、面倒くさい。……でも、こいつ……俺のこと完全に女だと思ってるな)
青年はちらと視線を寄越し、わずかに肩をすくめる。
「……まったく。あんな連中ばっかじゃ、せっかくの夜会も台無しだ」
その声音は軽いが、眼差しはどこか探るように深かった。nameはグラスを持ち直し、涼しい顔で応じる。
「ふふ……ご忠告感謝しますわ。ですが、ご安心を。これくらい、慣れておりますから」
言いながらも、その心の奥で彼は首を傾げていた。
――この男、ただの来賓には見えない。どこか研ぎ澄まされた気配がある。互いに素性を知らぬまま、灯火に照らされた視線が交錯する。艶やかな社交の仮面の裏で、それぞれが別の目的を隠したまま――。
音楽と笑い声に満ちた広間の片隅。先ほどまでの不快な空気は消え、しかし代わりに新たな影がnameの隣に居座っていた。ゆるやかに壁に背を預けた青年は、片手にグラスを持ちながら、まるで居心地のよい定位置を見つけたかのように動こうとしない。
(……居残りか。助けてくれたのは事実だけど、ずっと傍にいられるのは逆にやりづらいな……)
nameは警戒を胸に隠し、表情には微笑を貼り付ける。視線を相手へ向けると、長身の男は気怠げな仕草でこちらを覗き込み、口元をわずかに歪めた。
「名前を伺っても?」
落ちる声音は穏やかだが、その奥にどこか探る響きが潜んでいる。nameはグラスを指先で揺らし、少し首を傾げてから答えた。
「……ブランシュと申しますわ。ですが、皆様には“ブラン”と気軽にお呼びいただければ」
伏し目がちに微笑む。わざとらしくない程度に甘さを混ぜ、その偽名が自然に受け入れられるよう調整する。
(偽名なんて使い慣れてるからね。嘘でも堂々と言い切れば真実に見える……)
青年は頷き、グラスを唇に運んだ。その所作は飄々としているが、瞳の奥だけは一瞬きらりと光を帯びたようで。nameはその隙を逃さない。唇に艶やかな笑みを浮かべ、囁くように切り込む。
「ところで……助けてくださった貴方様のお名前の方こそ、ぜひ伺いたいのですが」
声色は礼を尽くしつつも、深みに誘うような調子。恩を強調し、相手の警戒を解くための布石だった。青年は少し間を置き、グラスを回しながら答える。
「……クザン、だ」
その名を聞いた瞬間、nameは胸の奥で小さく反芻する。
(クザン……?聞いたことないな。どこの貴族か、それとも商人か……)
表情には疑念を微塵も見せず、あくまで柔らかに笑ってみせる。
「まぁ……素敵なお名前ですわね、クザン様」
グラスを軽く掲げる仕草は、令嬢そのものの優雅さを帯びていた。だがその心の奥では、見知らぬ名に対する小さな引っかかりと警戒が、静かに灯り続けていた。煌びやかな音楽とグラスの音に紛れ、二人の立つ壁際は不思議な静けさを纏う。
nameは笑みを絶やさぬまま、指先でグラスをくるりと回す。赤い液体が灯火を透かして艶やかに揺れ、その影が彼の頬に淡く映っていた。
「……しかし、“ブラン”嬢。ここでお一人とは、余程の度胸のようだ」
クザンの声音は低く、どこか飄々としているが、目の奥には探るような光と同時に淡い色気が混じっている。nameは頬を僅かに傾け、わざとらしく小首をかしげた。
「ふふ……度胸なんてありませんわ。ただ、連れが少し席を外しているだけというのが答えですもの」
伏せた睫毛の影から相手を覗き込む。その一瞬の視線は艶やかで、しかし内心では冷静に計算していた。
(……なるほど。最初は助け舟、でも今は完全に“女”として見てるな。単純に口説いてきてる。だったら――うまく乗って、情報でも引き出してやろうか)
「けれど……先程のようなこともありますし、貴方のように頼もしげなお方が側にいてくだされば心強いのですけれどね」
グラスを唇に寄せ、吐息混じりに紡ぐ。わざと甘さを帯びさせれば、男は思った通り口角を上げた。
「おや、それは光栄だ。……じゃあ、今夜は俺が護衛役ってことでいいか?」
軽口めいた響きだが、nameにはわかる。そこに隠れているのは単なる戯れではなく、“探り”の視線。
「ふふ……護衛役だなんて。けれど、先ほどのように助けていただけるなら、安心ですわね」
にじむ笑みの下で、心の中では舌を鳴らしていた。
(探ってるのは向こうも同じ……ここに来た目的、ただの遊びじゃないな。けど、俺のことは完全に“女”としか見てない。そこは利用できる)
会話は続く。貴族風の来賓についての軽い冗談、館の装飾の話、酒の香りについて。どれも他愛ない話題だったが、その合間にクザンの瞳は時折会場を横目で観察している。nameはその視線の揺れを逃さず、心中でほくそ笑んだ。
(やっぱり……この人、ただの客じゃない。俺と同じで“探しに来てる”。ふふ……面白いじゃん。だったら俺も、ちょっと踊ってみせるか)
甘やかな笑みを深めながら、グラスを掲げる。灯火に透かした赤が、彼の唇を艶めかしく彩った。
「……今夜は退屈せずに済みそうですわね、クザン様」
囁きに、相手の口元がわずかに歪む。探る者と、探られる者。艶やかな仮面の下で、二人の視線は静かに交わった。
グラスの揺れる音と絹の衣擦れが渦を巻く会場の只中、nameは余裕の笑みを崩さぬまま立つ。ロシナンテの腕に添えていた手がすっと外される。打ち合わせ通り、彼が裏の役目を果たすため、会場を離れる手筈だった。
その動きは誰の目にも自然で、護衛が持ち場を確認するかのようにしか映らない。だがnameは、その一瞬の微かな硬さを見逃さなかった。ロシナンテの視線が横顔に触れ、心配を隠しきれぬ色を帯びていたからだ。
「……ロシー、そんな顔しても仕方ないでしょ」
白粉を纏った唇が甘く弧を描く。グラスの縁をなぞりながら、あえて軽口を囁いた。
「俺は大丈夫だからね。むしろ、ここで一人の方が映えるってもんだよ」
ロシナンテは答えを文字にする余裕もなく、ただ短く頷いた。その影はすぐに群衆へと紛れ、消えていく。残されたnameは、息を潜めるどころか、むしろ堂々と視線を受け止めていた。煌びやかなドレスの裾をさりげなく揺らし、ワイングラスを掲げて微笑む。周囲の視線が次々と吸い寄せられるのを、彼は肌で感じ取っていた。男でも女でもない曖昧な美しさが、逆に人々を引き寄せる。さっきまで同伴していた背の高い無口な男の不在すら、誰も気に留めない。
今この場では、ただこの白いドレスの“令嬢”がパーティの中心だった。
「ごきげんよう。ええ、素敵な夜ね」
声をかけられれば、柔らかに返す。笑えば、周囲は自然と笑い返す。その軽やかな社交術は、生来の快楽主義に裏打ちされたものだった。内心のざらつきを誰にも悟らせず、むしろそれすら楽しみに変えてしまう。
――結局俺はこういう役が一番向いてるんだ。
胸の奥でそう呟き、グラスを傾ける。赤い液体が舌に広がる苦みと共に、自分が今まさに舞台の中心で踊っていることを確信していた。
ロシナンテが心配するほどの隙は見せない。むしろ彼がいない方が、自分の存在が際立つ。それを理解し、誇示するように、nameは一層艶やかに笑う。
金色の灯りの下、場を繋ぐどころか支配するように。まるでこの夜会そのものが、彼のために用意された舞台であるかのように。
弦楽器の調べが柔らかに流れる大広間。煌びやかなシャンデリアの光がガラスの屈折で床に揺れ、足元を淡く彩る。ロシナンテの影が完全に消えたことに気づいた来賓たちの視線が、すぐさまnameへと集中する。白いドレスに包まれた彼の姿は、男たちにとってまるで“隙を見せた獲物”のようで。
「おひとりでいらっしゃるのですか?」
「お手を取らせていただいても?」
立て続けに声がかかる。整えられた髪を軽く揺らしながら、nameはわずかに視線を伏せる。その所作は淑やかな令嬢そのもの。だが、下がった睫毛の奥では冷静に相手を見極めていた。
「……ご丁寧にありがとうございます。けれど、連れが席を外しているだけですの」
少し甘さを含んだ声で、曖昧に受け流す。にこりと微笑むだけで、相手の男たちは逆に距離を詰めあぐねる。挑発でも拒絶でもない、絶妙な“壁”。
内心では溜息と舌打ちのオンパレード。
(ほんと、こういうのって面倒だよね……。でも、大人しくしてる方が余計に“隙あり”って思われるし……まぁ、俺はかわすの得意だから)
グラスを傾けながら、男たちの視線を感じつつも、さりげなく会場の奥へと目を走らせる。揺れるドレスの裾越しに、警護の配置や人の流れを観察する。談笑の輪の影で交わされる視線、控えの扉の出入り――それらを細かく拾いながら、表情には一切出さない。
「失礼いたしますわ、少し喉が渇いてしまって……」
そう口にして数歩だけ移動すれば、追いすがろうとする男たちの歩調は自然と乱れる。距離を測るように彼らを翻弄しながら、nameは涼しい顔を崩さない。
(ロシー、ちゃんとやれてる?……こういう場でドジると目立つからな…)
胸の奥に小さな心配を抱えつつも、それを表に出すことはない。
艶やかな微笑を浮かべたまま、誰よりも優雅に立ち振る舞う。男たちの下心も、場のざわめきも、その笑みに呑み込まれていく。nameは舞台の中心で踊る役者のように――巧みにかわし、隠し、そして探り続けていた。
喧噪の渦の中、響くのは陽気な音楽とグラスの触れ合う音。けれど、その一角――煌めくシャンデリアの影が落ちる壁際で、nameは少しだけ肩を竦める。
相手はすでに顔を赤らめ、ワインの香りを強く漂わせた男。会話の途切れ目ごとに距離を詰め、グラスを片手に笑みを浮かべている。最初は軽くかわしていたが、やがてその勢いは増し、気づけば背中が壁に触れるほど追い詰められていて。
「お嬢さん……いや、あなたのような方が一人でいらっしゃるなんて、実に勿体ない」
酒気を含んだ息が近く、吐息すら熱い。男の視線は胸元から首筋を這うように動き、まるで値踏みするかのよう。nameは片手でグラスを持ったまま、わざとらしく肩をすくめる。艶やかな笑みを崩さぬまま、瞳の奥に退屈げな色を宿して。
「……あら、困りますわ。もうすぐ連れが戻りますのに」
表向きは穏やかに。けれど内心ではすでに呆れ顔だ。
(……ったく。酔っ払い相手って一番面倒くさいんだよね。無理やり突き飛ばすわけにもいかないし、強気に出たら余計騒ぎになるし……はぁ)
男はそんなnameの意に介さず、さらに腕を伸ばす。その手が壁際に置かれ、狭い空間が作られる。会場のざわめきに紛れれば、周囲はそれを「親密な会話」としか思わない。
「大丈夫、すぐには戻られないだろう。少しくらい……パーティを楽しませてくれても」
下心の滲んだ声が耳朶をかすめる。nameはわずかに顔を横へ逸らし、艶やかな髪飾りが光を受けて揺れた。
「……ほんと、強引なお方ですこと」
甘く響かせた声は、あえて反抗ではなく余裕を滲ませる。だが瞳の奥では明らかに「やれやれ」と嘆息していた。
(早く戻ってきなよ、ロシー……。俺、これ以上“淑女のふり”で粘るの、正直しんどいんだから)
表情ひとつ崩さず、場を荒立てぬように笑みを保ちながら、心の奥では鬱陶しさを隠そうともせずに。壁際で煌めく姿は、誰の目にも優雅な淑女。だがその実――退屈と面倒に舌打ちを飲み込む、快楽主義の“役者”の顔がそこにあった。
シャンデリアの光が揺らめく壁際、華やかな笑い声が飛び交う会場の只中で――その一角だけが、わずかに淀んだ。
酔いに顔を赤くした男の手が、ついにnameの身体へと伸びる。最初は肘先に軽く触れるだけだったが、それはすぐに手首から肩口へと這い上がり、ドレスの生地を掴むように指が沈む。
「な……っ」
咄嗟に声が漏れそうになったが、nameは瞬時に飲み込んだ。周囲の視線はまだ遠くの笑いと歓談に向けられており、この壁際で起きていることに気づく者はいない。騒ぎにすれば標的は自分たち。潜入の計画ごと瓦解しかねない。
(……最悪。こういう手合いが一番面倒なんだよ)
艶やかな笑みを貼りつけたまま、nameの心の内はげんなりと冷え込んでいく。頬に落ちる男の吐息は酒臭く、近すぎる距離に皮膚が粟立つ。指先が背中へ滑り込み、布越しに形を探るように這う感触がぞわりと這い上がった。
「おや……随分と細い腰だ」
「……っ」
下卑た囁きが耳に落ちる。nameは吐き気を堪えるように奥歯を噛みしめる。
(ゲッ……ほんとに触ってきやがった。……マジで気持ち悪い)
反射的に払いのけたい衝動が全身を走ったが、それを行えば一瞬で人目を集める。今はただ、役を演じ切るしかない。ドレスの裾を握りしめ、微笑を崩さぬまま、わずかに身体をずらす。まるで舞踏会のステップを踏むように。だが男の手は執拗に離れようとせず、追いかけ、肩から胸元へと滑ろうとする。
(……ほんと、こういう“触れるだけ”で満足するタイプならまだマシなのに。……あーもう、ほんっと面倒!)
胸の奥で毒づきながらも、口から零れる声はあくまで柔らかく装う。
「……お酒が少し回っていらっしゃるようね。休まれた方がよろしいのでは?」
拒絶ではなく、諭すような声音。それでも相手は意に介さない。
「君と話している方が酔いも醒める……いや、もっと酔いたいものだな」
酔漢の熱がじわじわと迫り、nameの肌には嫌悪の冷気が広がる。それでも、彼は笑みを崩さない。瞳の奥で小さく「ゲッ」と呟きながら――計算ずくの令嬢の仮面を決して外さなかった。
壁際に押しつけられるような形で、男の指がとうとうドレスの襟元を割り、布の内側へと忍び込んできた。冷たい指先が素肌に触れた瞬間、nameの背筋がぴくりと震える。
(……っ、マジで中まで入ってきやがった……!これ、ほんとにやばい……)
思わず出そうになる舌打ちをなんとか飲み込みつつ、外へ出すのは淑やかな微笑だけ。喉の奥にせり上がる嫌悪を押し殺し、視線を逸らして空気の重さを散らそうとした。けれど、男の呼気はさらに熱を帯び、手の動きも迷いがない。
もう流石に少しの騒ぎになってもいいからこいつをぶん殴ろうかという考えがnameの脳内をかけたその瞬間。
「……あーあ、ずいぶん酔ってんじゃないの。淑女を困らせるのは、あんまり格好良くねぇぞ」
低く落ちる声が横合いから響いた。涼やかでありながらも、どこか面倒くさそうな響き。だがその一言に、周囲の空気が確かに変わった。
男が振り返る。そこに立っていたのは、長身で無造作な髪を後ろに流した青年。ゆったりとした動作で歩み寄り、片手をポケットに突っ込んだまま、氷を浮かべたような眼差しを壁際へ投げていた。
「な、なんだ君は……」
酔っ払いの声が震える。けれど、その視線の奥に映った鋭さに押され、一歩退かざるを得なかった。nameは一瞬きょとんと目を見開く。助け舟――そう思うよりも先に、ぐっと胸の奥で呼吸が解ける。
(……誰?でも……助かった……!)
青年は壁際からnameを庇うように立ち、そのまま間合いを切り取る。飄々とした態度の奥にある無言の威圧感に、酔客は気まずさを隠せず、苦笑いを浮かべて退いた。
「……すみません。お連れがいないようだったから、つい」
今まで勢いはどこへやら。へらへらと言い訳を残して足早に群衆へ紛れていく男。
残されたのは、青年とname。nameは口元に形だけの微笑を浮かべつつも、胸の内ではまだ嫌悪のざらつきが残っておりすっきりとしない。
(はぁ……ほんと、面倒くさい。……でも、こいつ……俺のこと完全に女だと思ってるな)
青年はちらと視線を寄越し、わずかに肩をすくめる。
「……まったく。あんな連中ばっかじゃ、せっかくの夜会も台無しだ」
その声音は軽いが、眼差しはどこか探るように深かった。nameはグラスを持ち直し、涼しい顔で応じる。
「ふふ……ご忠告感謝しますわ。ですが、ご安心を。これくらい、慣れておりますから」
言いながらも、その心の奥で彼は首を傾げていた。
――この男、ただの来賓には見えない。どこか研ぎ澄まされた気配がある。互いに素性を知らぬまま、灯火に照らされた視線が交錯する。艶やかな社交の仮面の裏で、それぞれが別の目的を隠したまま――。
音楽と笑い声に満ちた広間の片隅。先ほどまでの不快な空気は消え、しかし代わりに新たな影がnameの隣に居座っていた。ゆるやかに壁に背を預けた青年は、片手にグラスを持ちながら、まるで居心地のよい定位置を見つけたかのように動こうとしない。
(……居残りか。助けてくれたのは事実だけど、ずっと傍にいられるのは逆にやりづらいな……)
nameは警戒を胸に隠し、表情には微笑を貼り付ける。視線を相手へ向けると、長身の男は気怠げな仕草でこちらを覗き込み、口元をわずかに歪めた。
「名前を伺っても?」
落ちる声音は穏やかだが、その奥にどこか探る響きが潜んでいる。nameはグラスを指先で揺らし、少し首を傾げてから答えた。
「……ブランシュと申しますわ。ですが、皆様には“ブラン”と気軽にお呼びいただければ」
伏し目がちに微笑む。わざとらしくない程度に甘さを混ぜ、その偽名が自然に受け入れられるよう調整する。
(偽名なんて使い慣れてるからね。嘘でも堂々と言い切れば真実に見える……)
青年は頷き、グラスを唇に運んだ。その所作は飄々としているが、瞳の奥だけは一瞬きらりと光を帯びたようで。nameはその隙を逃さない。唇に艶やかな笑みを浮かべ、囁くように切り込む。
「ところで……助けてくださった貴方様のお名前の方こそ、ぜひ伺いたいのですが」
声色は礼を尽くしつつも、深みに誘うような調子。恩を強調し、相手の警戒を解くための布石だった。青年は少し間を置き、グラスを回しながら答える。
「……クザン、だ」
その名を聞いた瞬間、nameは胸の奥で小さく反芻する。
(クザン……?聞いたことないな。どこの貴族か、それとも商人か……)
表情には疑念を微塵も見せず、あくまで柔らかに笑ってみせる。
「まぁ……素敵なお名前ですわね、クザン様」
グラスを軽く掲げる仕草は、令嬢そのものの優雅さを帯びていた。だがその心の奥では、見知らぬ名に対する小さな引っかかりと警戒が、静かに灯り続けていた。煌びやかな音楽とグラスの音に紛れ、二人の立つ壁際は不思議な静けさを纏う。
nameは笑みを絶やさぬまま、指先でグラスをくるりと回す。赤い液体が灯火を透かして艶やかに揺れ、その影が彼の頬に淡く映っていた。
「……しかし、“ブラン”嬢。ここでお一人とは、余程の度胸のようだ」
クザンの声音は低く、どこか飄々としているが、目の奥には探るような光と同時に淡い色気が混じっている。nameは頬を僅かに傾け、わざとらしく小首をかしげた。
「ふふ……度胸なんてありませんわ。ただ、連れが少し席を外しているだけというのが答えですもの」
伏せた睫毛の影から相手を覗き込む。その一瞬の視線は艶やかで、しかし内心では冷静に計算していた。
(……なるほど。最初は助け舟、でも今は完全に“女”として見てるな。単純に口説いてきてる。だったら――うまく乗って、情報でも引き出してやろうか)
「けれど……先程のようなこともありますし、貴方のように頼もしげなお方が側にいてくだされば心強いのですけれどね」
グラスを唇に寄せ、吐息混じりに紡ぐ。わざと甘さを帯びさせれば、男は思った通り口角を上げた。
「おや、それは光栄だ。……じゃあ、今夜は俺が護衛役ってことでいいか?」
軽口めいた響きだが、nameにはわかる。そこに隠れているのは単なる戯れではなく、“探り”の視線。
「ふふ……護衛役だなんて。けれど、先ほどのように助けていただけるなら、安心ですわね」
にじむ笑みの下で、心の中では舌を鳴らしていた。
(探ってるのは向こうも同じ……ここに来た目的、ただの遊びじゃないな。けど、俺のことは完全に“女”としか見てない。そこは利用できる)
会話は続く。貴族風の来賓についての軽い冗談、館の装飾の話、酒の香りについて。どれも他愛ない話題だったが、その合間にクザンの瞳は時折会場を横目で観察している。nameはその視線の揺れを逃さず、心中でほくそ笑んだ。
(やっぱり……この人、ただの客じゃない。俺と同じで“探しに来てる”。ふふ……面白いじゃん。だったら俺も、ちょっと踊ってみせるか)
甘やかな笑みを深めながら、グラスを掲げる。灯火に透かした赤が、彼の唇を艶めかしく彩った。
「……今夜は退屈せずに済みそうですわね、クザン様」
囁きに、相手の口元がわずかに歪む。探る者と、探られる者。艶やかな仮面の下で、二人の視線は静かに交わった。