15 y ago
name
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アジトの中庭――そこは、鉄と煙草と人の気配が入り混じる、独特の温度を持った空間だった。
午前と午後の境目のような時間帯、陽射しはすでに高く、影は地にぴたりと張り付いていた。
その張り詰めた空気の中、ちょうど一人の子供が吹き飛ばされるのが見えた。小柄な体が土埃を巻き上げて弧を描き、無様に地面に転がる。
「うわ、またやったんだ」
通りがかりに目撃したnameは、肩をすくめて苦笑を浮かべた。
その視線の先、アジトの一角――
黒い羽根のコートをまとった男が、無言のまま立っていた。肩を怒らせ、煙草の火を指先で消す仕草は冷酷にも見えるが、nameにはもうわかっている。
「あの子もまた、仲間に入れてほしいって言ったんだね。……ま、わかるけどさ」
子供たちは時折やってくる。噂や憧れ、力に魅せられて。けれど、ロシナンテは一貫して同じ対応をする。乱暴に、冷酷に、無慈悲に追い払う。それが彼なりの“優しさ”だと知っているのは、ごく限られた人間だけだった。
「ねえロシー、あんまり加減しないと、いつか子供の骨、粉々になっちゃうよ?」
冗談めかした調子で言いながら、nameは歩み寄ってくる。黒いコートの男が、ようやく彼の存在に気づいたように振り向いた。黙したままの眼差し。喉元から胸元にかけて開いたシャツの隙間から覗く皮膚が、汗にわずかに濡れている。nameはにやりと笑った。
「……でも、俺がその子の立場だったら、きっと、ロシーの暴力って……ちょっとした快楽にしかならないかも。ねぇ?」
からかうように言いながら、するりと手を伸ばす。ロシナンテの首元に片腕を絡め、その広い肩に自分の頬を寄せる。
「こうしてると、ほら……手、出してもらえるかもって、期待しちゃうじゃん?」
吐息混じりの声で囁きながら、もう片方の手でゆっくりと胸元のボタンをなぞる仕草をしてみせた。ロシナンテは、長い指を動かし始める。ポケットから取り出したメモに、器用に字を書き綴っていく。
【あいかわらず最低だな、お前】
淡々とした筆致に、nameはけらけらと笑った。
「でしょ?でもそれ、今に始まったことじゃないし……」
いたずらに揺らすように肩にすがり、身を預けたまま、今度はゆっくりと囁く。
「……っていうか、ほんとの用件、別なんだ」
ふわ、と羽毛が揺れる。その黒いコートの感触を背に受けながら、nameは少しだけ真顔をのぞかせた。
「ロシー、今日……お昼、食べた?」
一瞬、ロシナンテの手が止まる。
その隙に、nameは唇を近づけ、頬に触れるか触れないかの距離で続けた。
「パスタ、食べに行こ。たまには、外の空気も悪くないよ」
ロシナンテは軽く眉をひそめながらも、再び板に文字を走らせた。
【俺の分まで奢るなら行く】
その文字を見て、nameはふっと息を吐いた。
「いいよいいよ、お代は“暴力”で払ってもらおっかな。あとで、俺んちで?」
ちゃらけた笑顔の裏で、nameの声はどこか寂しげで。
それでも、誰よりも人の気配を読むロシナンテには、その“隙間”がちゃんと見えていた。黙って、コートの裾を翻すロシナンテ。その背を追うように、nameも足を並べる。真昼の光の中、黒い羽根が舞った。それはどこか異物で、同時に、揺るぎない“絆”のようでもあった。
港の潮風が、乾いた木の壁を越えて店内に流れ込んでいた。喧騒から一歩外れた、オープンテラスが開放的な小料理屋。昼下がりの空間はどこか緩やかな温度を帯びていた。
テーブルには二人分のパスタ。あたたかな湯気を立てながら、茹でたての麺に濃厚なトマトソースが絡み、バジルの香りがほんのりと漂う。
「ん~……やっぱここ、美味しい……ロシー、正解だよ」
nameは頬を満たしながら、満足そうに目を細める。昼の光を浴びて髪が柔らかく透けて見え、ほんのり赤らんだ頬はどこか無防備だった。
「ってかさ、今日吹っ飛ばされたあの子、たぶん前にも見た気がするんだよね。あれで何回目?三回?四回?」
ロシナンテは無言のまま、口元にナプキンを運びながら、首を傾げた。そして、胸元からスッと取り出したメモに、手馴れた仕草でペンを走らせる。
【七回目。懲りてない】
「うわ、七回……逆に根性ある。てか、俺より執着あるじゃん」
からかうような口調で、nameはくすくすと笑った。フォークをくるくると回し、赤いソースのついた麺をすくい上げる。軽やかな音と共に、再び口へと運ばれていく。
「ロシーってさ、たまにほんと非道なことするじゃん?でも、相手のことを思ってってとこが“甘い”んだよねぇ」
ちらと横目で見る。ロシナンテはチーズをかけながら、淡々と新たな言葉を書き綴る。
【お前はどうして毎回そういう嫌味っぽい言い方するんだ?】
「えー?嫌味じゃないよ。褒めてんのに」
頬を膨らませたまま、nameはテーブルに片肘をつき、顔を近づける。ロシナンテが視線を向けると、彼の目は柔らかく緩んでいた。
「なんか、ロシーとこうやってごはん食べてると、ちゃんと人間に戻れる気がするわ」
冗談めかして言いながらも、その言葉の端に、ほのかに滲むものがあった。
けれど、ロシナンテは追及しない。あえて触れずに、黙ってナプキンで口元を拭いながらメモにひとこと。
【人間じゃなかったのか?】
「んー……半分は、ちゃんとやってるよ。“いい子”のフリとか」
目元に浮かぶ笑みの奥には、張り詰めたような影がある。それを見透かすように、ロシナンテはしばらくnameを見ていた。そして、ゆっくりと書く。
【無理はすんな。俺の前でくらい】
nameは一瞬だけ目を伏せ、それから顔をしかめるようにして笑った。
「……やだなあ、そういうの言われると、サボれなくなるじゃん」
けれどその声は、どこか救われたように、ほんの少しだけ軽かった。二人の間に流れるのは、会話とも沈黙ともつかない時間。外の港には船の帆が揺れ、波の音がかすかに届く。皿の上でフォークがカチャリと音を立てた。
「……でもまぁ、一緒にごはん食べてくれるなら、それだけで俺はちょっと安心するよ、ロシー」
言いながら、nameは自分の皿の端に、ミートボールを一つそっと寄せた。それを見てロシナンテは眉をひそめ、メモを走らせる。
【子ども扱いするな】
「……してないってば~」
頬杖をついたまま、笑うnameの声が、店内にほんの少しだけ満ちていく。それはまるで、昼の光とトマトソースの香りに溶けていくような、静かで穏やかな時間だった。乾いた港の風と、皿に残ったトマトソースの匂い。どこか緩んだままの昼下がりの空気は、唐突に響いた破裂音によって切り裂かれた。
「……あー……最悪」
飛び散るガラスの破片、跳ねる椅子、悲鳴。
小料理屋の入口を蹴破るようにして飛び込んできた数人の男たちは、ためらいもなく銃口をこちらに向けていた。
「“あいつら”だ!ドン・キホーテファミリーの――!」
叫ぶ声と同時に、次弾が壁を撃ち抜く。木屑が宙に舞い、テーブルが傾いた。
「……真昼間から勘弁してよねぇ、こっちはランチ中なんだけど」
舌打ちとともに、nameはテーブルの下に転がるように身を滑らせる。
腰のホルダーからすばやくナイフを引き抜き、息を殺した。ロシナンテは椅子を蹴り飛ばすように立ち上がると、黒いコートの内側から銀の銃を抜く。
羽のように揺れる裾とともに、姿は影のように低く、鋭く動いた。耳に響く銃声はなく――けれどその拳銃から放たれた弾は、無音のまま敵の腕を穿ち、悲鳴を引き裂いた。
「え、ちょっとロシー!?銃持ってきてんの!?ずるっ!」
nameはカウンター下に身を滑り込ませながら、振り返って叫んだ。一人の襲撃者が近づいたのを察知し、逆手に構えたナイフで手首を狙い、切りつける。
「てか、銃持ってんのに今まで黙ってたの!?昼飯の時こそ武装解除してよ、怖っ……!」
ロシナンテは応戦の合間にnameを一瞥し、すばやくメモを掲げた。
【持ってない方が悪い。なんでナイフだけ?】
「えぇ~~~!?だってさぁ、重いんだもん、拳銃。今日はパスタだったから軽装でいいかなって……!」
声を張りながら、nameはテーブルを蹴って襲撃者の足元を崩し、背後から刃を深く突き刺す。返り血を避けるように肩をすくめ、舌打ちする。
「……てか、どっから漏れたの?俺たちの居場所」
ロシナンテは遮蔽物に身を隠しつつ、静かに板を走らせる。
【目立ちすぎた。お前が】
「おい失礼だな!?俺はただ普通に美味しくご飯食べてただけでしょ!?」
そう言いつつも、自分の装い――ゆるくまとめた髪、細身のパンツ、武器を隠したベルト――がまるで“用心棒”じみていることは自覚していた。しかもロシナンテの存在も目立つ。黒羽のコートに、静かすぎる挙動。昼の港に不釣り合いなほどの“静寂”。
「……まぁ、派手だよね俺ら」
ロシナンテが構えた銃口が、再び音もなく閃いた。撃ち抜かれた男が呻き、残りの襲撃者たちは怯みながらも応戦の手を止めない。nameはナイフを返し、肩で息を吐いた。
「……パスタの味、思い出せるかなぁ」
呟きは誰に向けたものでもない。けれど、ロシナンテの表情が一瞬だけ緩む。そして、メモに短く。
【また別の日に来よう】
nameは目を細めて笑う。
「……約束ね、ロシー」
乱雑に散った椅子と、皿の上の残り香の中で、ふたりの影だけがぶれずに戦場を切り裂いていた。
煙の匂いと、割れた皿の破片が、まだ床の上に生々しく残っていた。小料理屋の扉は軋んだ音を立てて風に揺れ、店主らしき男が遠巻きにこちらを見ていたが、近寄る気配はない。無理もない。あの銃撃と応戦。普通の昼下がりでは到底なかった。
nameはうんざりしたように、足元で呻いている男の襟首をつかんで引きずり起こした。
敵襲の中、唯一まともに息をしている生存者――というよりは、nameが「とりあえずひとりは生かしとくか」という基準で手加減しただけの存在だ。
「……マジでさぁ、なんでこういうのに限って生き残ってんの……」
片手にナイフ、もう片方で男の腕を背後にねじり上げ、動きを封じながらnameは小さく溜息を吐く。
「ロシー、これ連れて帰らなきゃダメ…だよねぇ…?店の中で尋問って、流石に気まずいっていうか……ほら、また来たいじゃんここ。パスタ、美味しかったし」
返ってきたのは、黒い羽の揺れる気配とともに差し出された。
【連れて帰るしかない。口を割らせねぇと】
「だよね~~~~」
nameは項垂れ、ぐいと男の腕を引き上げると、背中越しに「立て」と声を落とした。痛みに呻く声が上がるが、容赦はない。ロシナンテがすでに通りの先を歩き出していたからだ。
「ていうかさ、ロシー。これ帰って誰が尋問すんの?」
歩きながらの軽口。けれど、どこか本気だった。
「俺やだよ?今日。マジで。前の時、めっっちゃ面倒だったし……お昼だって全部食べれなかったし。あんなの趣味の人じゃなきゃやってらんないよ、ほんと」
ロシナンテは無言で一瞥をくれたあと、板にゆっくりと書いた。
【じゃあ、誰がやる?ドフィ?】
「それは……それは、ない……」
瞬時に顔をしかめ、nameはぶるりと肩を震わせた。あの男に任せたら、情報より先に相手の人格が消し飛ぶのは目に見えている。
「……あーもー……わかったよ、やるよ、やりゃいいんでしょ……でも今日のパスタ代、ロシーが出してよね」
文句を言いながらも、nameの歩みは止まらない。目の前にある“やるしかない現実”を、皮肉と軽口で塗り潰すようにして、静かに進んでいく。
港の風が二人の後ろ姿を押し、その羽織るコートとコートを、隣り合わせに靡かせた。一方は黒羽、もう一方は血と油で汚れた薄いシャツ。けれどその背中には、同じように、問答無用の“暴”と“粛”が並んでいた。
午前と午後の境目のような時間帯、陽射しはすでに高く、影は地にぴたりと張り付いていた。
その張り詰めた空気の中、ちょうど一人の子供が吹き飛ばされるのが見えた。小柄な体が土埃を巻き上げて弧を描き、無様に地面に転がる。
「うわ、またやったんだ」
通りがかりに目撃したnameは、肩をすくめて苦笑を浮かべた。
その視線の先、アジトの一角――
黒い羽根のコートをまとった男が、無言のまま立っていた。肩を怒らせ、煙草の火を指先で消す仕草は冷酷にも見えるが、nameにはもうわかっている。
「あの子もまた、仲間に入れてほしいって言ったんだね。……ま、わかるけどさ」
子供たちは時折やってくる。噂や憧れ、力に魅せられて。けれど、ロシナンテは一貫して同じ対応をする。乱暴に、冷酷に、無慈悲に追い払う。それが彼なりの“優しさ”だと知っているのは、ごく限られた人間だけだった。
「ねえロシー、あんまり加減しないと、いつか子供の骨、粉々になっちゃうよ?」
冗談めかした調子で言いながら、nameは歩み寄ってくる。黒いコートの男が、ようやく彼の存在に気づいたように振り向いた。黙したままの眼差し。喉元から胸元にかけて開いたシャツの隙間から覗く皮膚が、汗にわずかに濡れている。nameはにやりと笑った。
「……でも、俺がその子の立場だったら、きっと、ロシーの暴力って……ちょっとした快楽にしかならないかも。ねぇ?」
からかうように言いながら、するりと手を伸ばす。ロシナンテの首元に片腕を絡め、その広い肩に自分の頬を寄せる。
「こうしてると、ほら……手、出してもらえるかもって、期待しちゃうじゃん?」
吐息混じりの声で囁きながら、もう片方の手でゆっくりと胸元のボタンをなぞる仕草をしてみせた。ロシナンテは、長い指を動かし始める。ポケットから取り出したメモに、器用に字を書き綴っていく。
【あいかわらず最低だな、お前】
淡々とした筆致に、nameはけらけらと笑った。
「でしょ?でもそれ、今に始まったことじゃないし……」
いたずらに揺らすように肩にすがり、身を預けたまま、今度はゆっくりと囁く。
「……っていうか、ほんとの用件、別なんだ」
ふわ、と羽毛が揺れる。その黒いコートの感触を背に受けながら、nameは少しだけ真顔をのぞかせた。
「ロシー、今日……お昼、食べた?」
一瞬、ロシナンテの手が止まる。
その隙に、nameは唇を近づけ、頬に触れるか触れないかの距離で続けた。
「パスタ、食べに行こ。たまには、外の空気も悪くないよ」
ロシナンテは軽く眉をひそめながらも、再び板に文字を走らせた。
【俺の分まで奢るなら行く】
その文字を見て、nameはふっと息を吐いた。
「いいよいいよ、お代は“暴力”で払ってもらおっかな。あとで、俺んちで?」
ちゃらけた笑顔の裏で、nameの声はどこか寂しげで。
それでも、誰よりも人の気配を読むロシナンテには、その“隙間”がちゃんと見えていた。黙って、コートの裾を翻すロシナンテ。その背を追うように、nameも足を並べる。真昼の光の中、黒い羽根が舞った。それはどこか異物で、同時に、揺るぎない“絆”のようでもあった。
港の潮風が、乾いた木の壁を越えて店内に流れ込んでいた。喧騒から一歩外れた、オープンテラスが開放的な小料理屋。昼下がりの空間はどこか緩やかな温度を帯びていた。
テーブルには二人分のパスタ。あたたかな湯気を立てながら、茹でたての麺に濃厚なトマトソースが絡み、バジルの香りがほんのりと漂う。
「ん~……やっぱここ、美味しい……ロシー、正解だよ」
nameは頬を満たしながら、満足そうに目を細める。昼の光を浴びて髪が柔らかく透けて見え、ほんのり赤らんだ頬はどこか無防備だった。
「ってかさ、今日吹っ飛ばされたあの子、たぶん前にも見た気がするんだよね。あれで何回目?三回?四回?」
ロシナンテは無言のまま、口元にナプキンを運びながら、首を傾げた。そして、胸元からスッと取り出したメモに、手馴れた仕草でペンを走らせる。
【七回目。懲りてない】
「うわ、七回……逆に根性ある。てか、俺より執着あるじゃん」
からかうような口調で、nameはくすくすと笑った。フォークをくるくると回し、赤いソースのついた麺をすくい上げる。軽やかな音と共に、再び口へと運ばれていく。
「ロシーってさ、たまにほんと非道なことするじゃん?でも、相手のことを思ってってとこが“甘い”んだよねぇ」
ちらと横目で見る。ロシナンテはチーズをかけながら、淡々と新たな言葉を書き綴る。
【お前はどうして毎回そういう嫌味っぽい言い方するんだ?】
「えー?嫌味じゃないよ。褒めてんのに」
頬を膨らませたまま、nameはテーブルに片肘をつき、顔を近づける。ロシナンテが視線を向けると、彼の目は柔らかく緩んでいた。
「なんか、ロシーとこうやってごはん食べてると、ちゃんと人間に戻れる気がするわ」
冗談めかして言いながらも、その言葉の端に、ほのかに滲むものがあった。
けれど、ロシナンテは追及しない。あえて触れずに、黙ってナプキンで口元を拭いながらメモにひとこと。
【人間じゃなかったのか?】
「んー……半分は、ちゃんとやってるよ。“いい子”のフリとか」
目元に浮かぶ笑みの奥には、張り詰めたような影がある。それを見透かすように、ロシナンテはしばらくnameを見ていた。そして、ゆっくりと書く。
【無理はすんな。俺の前でくらい】
nameは一瞬だけ目を伏せ、それから顔をしかめるようにして笑った。
「……やだなあ、そういうの言われると、サボれなくなるじゃん」
けれどその声は、どこか救われたように、ほんの少しだけ軽かった。二人の間に流れるのは、会話とも沈黙ともつかない時間。外の港には船の帆が揺れ、波の音がかすかに届く。皿の上でフォークがカチャリと音を立てた。
「……でもまぁ、一緒にごはん食べてくれるなら、それだけで俺はちょっと安心するよ、ロシー」
言いながら、nameは自分の皿の端に、ミートボールを一つそっと寄せた。それを見てロシナンテは眉をひそめ、メモを走らせる。
【子ども扱いするな】
「……してないってば~」
頬杖をついたまま、笑うnameの声が、店内にほんの少しだけ満ちていく。それはまるで、昼の光とトマトソースの香りに溶けていくような、静かで穏やかな時間だった。乾いた港の風と、皿に残ったトマトソースの匂い。どこか緩んだままの昼下がりの空気は、唐突に響いた破裂音によって切り裂かれた。
「……あー……最悪」
飛び散るガラスの破片、跳ねる椅子、悲鳴。
小料理屋の入口を蹴破るようにして飛び込んできた数人の男たちは、ためらいもなく銃口をこちらに向けていた。
「“あいつら”だ!ドン・キホーテファミリーの――!」
叫ぶ声と同時に、次弾が壁を撃ち抜く。木屑が宙に舞い、テーブルが傾いた。
「……真昼間から勘弁してよねぇ、こっちはランチ中なんだけど」
舌打ちとともに、nameはテーブルの下に転がるように身を滑らせる。
腰のホルダーからすばやくナイフを引き抜き、息を殺した。ロシナンテは椅子を蹴り飛ばすように立ち上がると、黒いコートの内側から銀の銃を抜く。
羽のように揺れる裾とともに、姿は影のように低く、鋭く動いた。耳に響く銃声はなく――けれどその拳銃から放たれた弾は、無音のまま敵の腕を穿ち、悲鳴を引き裂いた。
「え、ちょっとロシー!?銃持ってきてんの!?ずるっ!」
nameはカウンター下に身を滑り込ませながら、振り返って叫んだ。一人の襲撃者が近づいたのを察知し、逆手に構えたナイフで手首を狙い、切りつける。
「てか、銃持ってんのに今まで黙ってたの!?昼飯の時こそ武装解除してよ、怖っ……!」
ロシナンテは応戦の合間にnameを一瞥し、すばやくメモを掲げた。
【持ってない方が悪い。なんでナイフだけ?】
「えぇ~~~!?だってさぁ、重いんだもん、拳銃。今日はパスタだったから軽装でいいかなって……!」
声を張りながら、nameはテーブルを蹴って襲撃者の足元を崩し、背後から刃を深く突き刺す。返り血を避けるように肩をすくめ、舌打ちする。
「……てか、どっから漏れたの?俺たちの居場所」
ロシナンテは遮蔽物に身を隠しつつ、静かに板を走らせる。
【目立ちすぎた。お前が】
「おい失礼だな!?俺はただ普通に美味しくご飯食べてただけでしょ!?」
そう言いつつも、自分の装い――ゆるくまとめた髪、細身のパンツ、武器を隠したベルト――がまるで“用心棒”じみていることは自覚していた。しかもロシナンテの存在も目立つ。黒羽のコートに、静かすぎる挙動。昼の港に不釣り合いなほどの“静寂”。
「……まぁ、派手だよね俺ら」
ロシナンテが構えた銃口が、再び音もなく閃いた。撃ち抜かれた男が呻き、残りの襲撃者たちは怯みながらも応戦の手を止めない。nameはナイフを返し、肩で息を吐いた。
「……パスタの味、思い出せるかなぁ」
呟きは誰に向けたものでもない。けれど、ロシナンテの表情が一瞬だけ緩む。そして、メモに短く。
【また別の日に来よう】
nameは目を細めて笑う。
「……約束ね、ロシー」
乱雑に散った椅子と、皿の上の残り香の中で、ふたりの影だけがぶれずに戦場を切り裂いていた。
煙の匂いと、割れた皿の破片が、まだ床の上に生々しく残っていた。小料理屋の扉は軋んだ音を立てて風に揺れ、店主らしき男が遠巻きにこちらを見ていたが、近寄る気配はない。無理もない。あの銃撃と応戦。普通の昼下がりでは到底なかった。
nameはうんざりしたように、足元で呻いている男の襟首をつかんで引きずり起こした。
敵襲の中、唯一まともに息をしている生存者――というよりは、nameが「とりあえずひとりは生かしとくか」という基準で手加減しただけの存在だ。
「……マジでさぁ、なんでこういうのに限って生き残ってんの……」
片手にナイフ、もう片方で男の腕を背後にねじり上げ、動きを封じながらnameは小さく溜息を吐く。
「ロシー、これ連れて帰らなきゃダメ…だよねぇ…?店の中で尋問って、流石に気まずいっていうか……ほら、また来たいじゃんここ。パスタ、美味しかったし」
返ってきたのは、黒い羽の揺れる気配とともに差し出された。
【連れて帰るしかない。口を割らせねぇと】
「だよね~~~~」
nameは項垂れ、ぐいと男の腕を引き上げると、背中越しに「立て」と声を落とした。痛みに呻く声が上がるが、容赦はない。ロシナンテがすでに通りの先を歩き出していたからだ。
「ていうかさ、ロシー。これ帰って誰が尋問すんの?」
歩きながらの軽口。けれど、どこか本気だった。
「俺やだよ?今日。マジで。前の時、めっっちゃ面倒だったし……お昼だって全部食べれなかったし。あんなの趣味の人じゃなきゃやってらんないよ、ほんと」
ロシナンテは無言で一瞥をくれたあと、板にゆっくりと書いた。
【じゃあ、誰がやる?ドフィ?】
「それは……それは、ない……」
瞬時に顔をしかめ、nameはぶるりと肩を震わせた。あの男に任せたら、情報より先に相手の人格が消し飛ぶのは目に見えている。
「……あーもー……わかったよ、やるよ、やりゃいいんでしょ……でも今日のパスタ代、ロシーが出してよね」
文句を言いながらも、nameの歩みは止まらない。目の前にある“やるしかない現実”を、皮肉と軽口で塗り潰すようにして、静かに進んでいく。
港の風が二人の後ろ姿を押し、その羽織るコートとコートを、隣り合わせに靡かせた。一方は黒羽、もう一方は血と油で汚れた薄いシャツ。けれどその背中には、同じように、問答無用の“暴”と“粛”が並んでいた。