15 y ago
name
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朝焼けの気配すら感じられない薄闇の中、nameは静かに寝台に横たわっていた。シーツに包まれた身体はすでに汗を吸い取り、何度も寝返りを打った形跡が皺となって表れている。額には冷えた布。
だが、その冷却効果も追いつかないほどに、体温は内側からじわじわと上がっていた。喉奥が渇き、呼吸のたびに熱が肺にこもる。意識は浅く、現実と夢とを繰り返しながら、ふわふわと漂うような感覚。視界は霞み、天井の輪郭すらぼやけて見える。
「……ん……、ロシー……」
かすれた声がこぼれる。その小さな呼びかけに反応するように、椅子の軋む音が鳴った。ベッドサイドに置かれた椅子に腰かけていたロシナンテが、ゆっくりと身体を起こし、こちらに身を乗り出す。
「……起きたか」
低く、掠れた声。けれどその響きには、明らかな安堵が混ざっていた。大きな掌がそっと布の上から額に触れる。熱が皮膚越しにも伝わってくるのか、ロシナンテの眉間がわずかに寄る。
「……まだ下がってねぇな」
「ん……、ごめ……、なんか、ぼーってして……」
喋ろうとするが、喉が焼けたように痛み、すぐに咳き込んでしまう。咳が引いたのを見計らい、ロシナンテは枕元に置いた水差しからグラスへと水を注ぎ、そっと唇へ添えた。
「無理に話さなくていい。水、少しずつ飲め」
ロシナンテの指先が頬に触れたまま、グラスを傾ける。ひんやりとした水が喉を通るたび、ほんの僅かではあるが熱が引くような気がした。
「……ん……ありがと、ロシー」
その言葉に、ロシナンテはふ、と息を吐く。
「……ふざけてるから熱が出るんだ」
咎めるような言葉とは裏腹に、その声音はどこか緩く、優しかった。nameは視線を彷徨わせ、ぼんやりと笑う。
「……だって、ロシーが、かっこよかったから……」
「……おだててももうナニもしねぇぞ、今日は」
呆れ混じりの声。けれどすぐに、ロシナンテはタバコを一本取り出し、火もつけずにそれを指先で弄ぶだけに留める。
しばしの静寂のあと、ロシナンテはふと口を開く。
「……ドフィには、今日の仕事キャンセルしてくれって伝えた。お前の看病が先だってな」
「……え……」
思わず、目を見開く。それほど、ドフラミンゴが“仕事”より優先することなど稀だということを、nameはよく知っていた。
「……え、でも、だいじょぶ……?ドフラミンゴ怒ってない……?」
「怒るわけねぇだろ。あいつも“子供”じゃねぇんだよ、もう。ファミリーが風邪ひいたくらいで機嫌損ねるほど、ちっちぇえ男じゃねぇ……たぶんな」
冗談めかして笑うその顔。けれど、nameのために言葉を選んでいるのがわかった。それが逆に胸を締めつける。
「……ごめ……な、ロシー……」
「謝るな。バカがバカやって熱出して、手がかかるのも今に始まったことじゃねぇ。……けど、お前がベッドの上でぐったりしてる方が、よっぽど落ち着かねぇよ」
ロシナンテはそう言って、そっと手を差し出す。その大きな掌に、自分の手を重ねるようにしてnameは握り返した。熱のこもった指先が、その温もりを少しだけ預けるように震える。
「……ありがと……ロシー……」
「……さっさと治して、また俺のこと誘うんだろ?」
その言葉に、nameはかすかに笑い、まぶたを閉じる。静かな呼吸が落ち着きを取り戻し、シーツの中の身体もようやく、深い眠りへと沈んでいった。
ロシナンテは立ち上がらず、椅子に腰かけたまま、ただ静かにその寝顔を見つめる。タバコは吸われることがないまま、指の間でくるりと回されていた。
ロシナンテは椅子に深く背を預け、しばらく黙っていた。薄くかかった毛布の下、熱に浮かされたまま眠るnameの顔は、まるで別人のように静かで、無防備で。少し開いた唇からは、かすかな吐息が漏れている。濡れた睫毛が頬に落とす影はまだ熱の名残を孕んでおり、汗ばんだ額には冷えた布が置かれたままだ。
さっきまでのやりとり――あの、ふにゃりと媚びたような笑みや、誘うような言葉の数々――それらがすべて幻だったかのように、今のnameには一片の色気すらなかった。
ただ、寝台の上で熱に浮かされてうわ言のように名を呼んでいた、年相応の、若すぎる青年。
「……こうして見りゃ、ほんと、ガキだな……」
ぼそりと漏らした声に応えるものはなかった。天井の照明は絞られ、部屋の空気はぬるく、心地よい沈黙に包まれている。
歳の差なんて気にしないような態度で、いつもぐいぐい距離を詰めてくる。笑って、ふざけて、時には艶を帯びた目で揺さぶってくる。そのたびにロシナンテは、内心でブレーキを踏んでいた。子供じゃない。そう言い張るような視線を向けられるたびに、逆に年齢の壁が際立つ様な気がして。
(……でも、まあ、こんなもんだよな。まだ十八だ)
色々あったにせよ、何かを背負い込んでいるようなふりをしていても、芯はまだ柔らかい。経験や器用さで武装しているように見せかけて、その実、驚くほど無垢なところがある。
ふと、nameの頬に掛かった前髪を指で払いのけた。その指が触れた頬は、まだ火照っていた。柔らかく、湿っている。
「……お前さ、もっとちゃんと、甘えとけよ……誰かに」
低く押し殺した声。まるでそれは、眠る相手に聞かせるというより、自分に向けた呟きだった。ロシナンテは立ち上がり、そっと濡れた布を替える。
その手際は慣れているというより、丁寧だった。ゆっくりと、急かさず、何度も温度を確かめながら。熱が下がらないのを感じるたび、どこか胸の奥が重くなる。
あと少し我慢させていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。けれど、あの時のnameの目を思い出すと――誘っているくせに、どこか不安げな、縋るようなまなざし――突き放すにはあまりにも細く震えていた。
「……ドフィには怒られてもいい。お前のこと、見てたくなったんだよ。……ちゃんと、俺が」
胸の奥で燻るような罪悪感を押し込めながら、ロシナンテはもう一度椅子に腰を下ろす。足元には飲みかけの水差し。シーツの隙間から覗く、細い足首と、薄く上気した肌。そのすべてが、彼の責任下にあると告げていた。
「……夢の中ぐらい、ちゃんと安心してすごせよ、name」
そう呟きながら、ロシナンテは足を組み直し、タバコを咥え――火をつけず、ただ口の端で弄ぶだけにとどめた。
この夜は、まだ終わらない。
夢のなかで、nameはまた“あの船”にいた。潮の匂いが鼻腔を刺す。
まだ幼かったはずの自分の手が、船べりをぎゅっと握っていた。指は細く、力なく、波の音に掻き消されるような嗚咽が喉の奥で震えていた。
甲板のきしむ音。遠くで笑い声がする。酔った男たちの、野卑な笑い声。そのなかに、義父の、あの男の足音が混ざるのがわかった。ゆっくりと、確実に近づいてくる。
酒の匂い、塩の匂い、汗と――獣のような、濁った欲の匂い。
「name。こっちに来い」
低く、命令のような声。逆らえばどうなるかは、もう嫌というほど知っていた。泣けば殴られ、逃げれば鎖を足首に括られた。まだ、たったの十歳にもならなかった。意味なんて知らなかった。けれど、触れられた場所は熱を持ち、じくじくと痛み、夜になるのが怖くて眠れなかった。
一度の航海では終わらなかった。何度も、何度も。港を出ては海に出て、そのたびに「手伝い」といく名目で連れて行かれた。
そのうち、義父だけでは済まなくなった。彼が笑って仲間たちに言う。「こいつは物わかりがいい」「寂しがり屋なんだ」と。船室の暗がりに押し込められ、順番に嗤いながら背中を撫でられた。唾液と汗と、自分の悲鳴が混ざった狭い空間。
目を閉じても、終わらなかった。どれだけ身体を固くしても、突き破られる感覚は止まらなかった。声を上げれば、「おとなしくしてろ」と言って頬を平手で叩かれ、血が滲んだ。染みになった寝台。あれを洗うのはいつもnameの仕事だった。
ようやく帰港した日。
身体中が痣だらけで、引きずるようにして家へ戻ったnameを、母は真っすぐに見て。無言で睨んだその目には、怒りも、悲しみもなかった。
ただ――吐き気を堪えるように、顔を歪め。
「……汚らわしい」
その一言で、明確に、自分の中で何かがぽきりと音を立てて折れた気がした。以来、母の手が伸びてくることはなかった。その夜、布団を借りに行ったnameの袖を、母は掴まずに避けた。まるで穢れにでも触れたかのように。
(ああ、そうか。俺は、汚いんだ)
そう思ってからは、笑うのも上手くなった。男の手に慣れるのも早かった。どうせなら、と割り切って、媚びる術も身につけた。気持ちよさそうにさせれば痛みは減るし、面倒も少ない。そうして“生き方”を選んだ――いや、選ばされた。
けれど今、熱に浮かされた頭のなかで、そのすべてが濁った水のように揺らいでいた。震える肩。冷たくなった足先。目を覚ましたくても、夢の出口が見つからない。
喉が渇いている。誰か、手を、握って。うわ言のように漏れたのは、母の名でも、義父の名でもなく。
「……ロ、シー……」
その声は、掠れていた。
けれど、聞こえた気がして、隣の男がぴくりと眉を動かす。ロシナンテの指先が、汗で湿った前髪をゆっくりと撫でていく。布団の中で魘されていたnameの眉間は深く寄っていたが、撫でる動きに合わせるように、わずかに緩んでいった。
「……ん……」
かすかな声。熱に浮かされたまぶたが震え、やがてゆっくりと持ち上がる。
にじんだ瞳が、暗がりの中でロシナンテを映す。
その一瞬――まるで別の何かを見たかのように、怯える光が宿る。
けれどすぐに、それが「ロシー」だと気づくと、緊張の糸が切れたように目尻が下がり、へにゃりとした笑みを浮かべる。
「……ロシー、いた……よかった」
声はかすれて弱々しい。それでも軽口を手放すことはしない。布団の中から片腕だけを伸ばして、彼のシャツの裾をちょん、と摘んだ。
「……ねぇ……俺、今すっごい……子供みたいじゃない?……ちょっと、やだなぁ……」
笑うには力が足りず、言葉は途切れ途切れだった。ロシナンテは小さく息をつき、椅子を寄せてベッドの端に腰を下ろす。
「子供みたいでいいだろ。熱あるんだから」
「ふふ……ロシーに甘えていいの、こういう時くらい?……ありがと」
目を細めて、弱々しいけれど確かに嬉しそうに口角を上げる。その表情にロシナンテの胸は少しだけ詰まり、けれど言葉にする代わりに頭をもう一度撫でた。
「……ん、つめた……」
囁くような声。まぶたはもう重く、落ちかけている。まだ熱は高い。呼吸も浅い。それでも、撫でられるたびに安心したように身を沈め、また眠りへと沈んでいった。
ロシナンテはその横顔をしばらく見つめ、胸の奥に湧き上がるざらついた感情を、深い息で押し殺した。
悪夢を見ていたことなど知る由もないまま――ただ、今のnameを守ることだけを考えて、彼の額に落ちる髪をそっと指先で払った。
だが、その冷却効果も追いつかないほどに、体温は内側からじわじわと上がっていた。喉奥が渇き、呼吸のたびに熱が肺にこもる。意識は浅く、現実と夢とを繰り返しながら、ふわふわと漂うような感覚。視界は霞み、天井の輪郭すらぼやけて見える。
「……ん……、ロシー……」
かすれた声がこぼれる。その小さな呼びかけに反応するように、椅子の軋む音が鳴った。ベッドサイドに置かれた椅子に腰かけていたロシナンテが、ゆっくりと身体を起こし、こちらに身を乗り出す。
「……起きたか」
低く、掠れた声。けれどその響きには、明らかな安堵が混ざっていた。大きな掌がそっと布の上から額に触れる。熱が皮膚越しにも伝わってくるのか、ロシナンテの眉間がわずかに寄る。
「……まだ下がってねぇな」
「ん……、ごめ……、なんか、ぼーってして……」
喋ろうとするが、喉が焼けたように痛み、すぐに咳き込んでしまう。咳が引いたのを見計らい、ロシナンテは枕元に置いた水差しからグラスへと水を注ぎ、そっと唇へ添えた。
「無理に話さなくていい。水、少しずつ飲め」
ロシナンテの指先が頬に触れたまま、グラスを傾ける。ひんやりとした水が喉を通るたび、ほんの僅かではあるが熱が引くような気がした。
「……ん……ありがと、ロシー」
その言葉に、ロシナンテはふ、と息を吐く。
「……ふざけてるから熱が出るんだ」
咎めるような言葉とは裏腹に、その声音はどこか緩く、優しかった。nameは視線を彷徨わせ、ぼんやりと笑う。
「……だって、ロシーが、かっこよかったから……」
「……おだててももうナニもしねぇぞ、今日は」
呆れ混じりの声。けれどすぐに、ロシナンテはタバコを一本取り出し、火もつけずにそれを指先で弄ぶだけに留める。
しばしの静寂のあと、ロシナンテはふと口を開く。
「……ドフィには、今日の仕事キャンセルしてくれって伝えた。お前の看病が先だってな」
「……え……」
思わず、目を見開く。それほど、ドフラミンゴが“仕事”より優先することなど稀だということを、nameはよく知っていた。
「……え、でも、だいじょぶ……?ドフラミンゴ怒ってない……?」
「怒るわけねぇだろ。あいつも“子供”じゃねぇんだよ、もう。ファミリーが風邪ひいたくらいで機嫌損ねるほど、ちっちぇえ男じゃねぇ……たぶんな」
冗談めかして笑うその顔。けれど、nameのために言葉を選んでいるのがわかった。それが逆に胸を締めつける。
「……ごめ……な、ロシー……」
「謝るな。バカがバカやって熱出して、手がかかるのも今に始まったことじゃねぇ。……けど、お前がベッドの上でぐったりしてる方が、よっぽど落ち着かねぇよ」
ロシナンテはそう言って、そっと手を差し出す。その大きな掌に、自分の手を重ねるようにしてnameは握り返した。熱のこもった指先が、その温もりを少しだけ預けるように震える。
「……ありがと……ロシー……」
「……さっさと治して、また俺のこと誘うんだろ?」
その言葉に、nameはかすかに笑い、まぶたを閉じる。静かな呼吸が落ち着きを取り戻し、シーツの中の身体もようやく、深い眠りへと沈んでいった。
ロシナンテは立ち上がらず、椅子に腰かけたまま、ただ静かにその寝顔を見つめる。タバコは吸われることがないまま、指の間でくるりと回されていた。
ロシナンテは椅子に深く背を預け、しばらく黙っていた。薄くかかった毛布の下、熱に浮かされたまま眠るnameの顔は、まるで別人のように静かで、無防備で。少し開いた唇からは、かすかな吐息が漏れている。濡れた睫毛が頬に落とす影はまだ熱の名残を孕んでおり、汗ばんだ額には冷えた布が置かれたままだ。
さっきまでのやりとり――あの、ふにゃりと媚びたような笑みや、誘うような言葉の数々――それらがすべて幻だったかのように、今のnameには一片の色気すらなかった。
ただ、寝台の上で熱に浮かされてうわ言のように名を呼んでいた、年相応の、若すぎる青年。
「……こうして見りゃ、ほんと、ガキだな……」
ぼそりと漏らした声に応えるものはなかった。天井の照明は絞られ、部屋の空気はぬるく、心地よい沈黙に包まれている。
歳の差なんて気にしないような態度で、いつもぐいぐい距離を詰めてくる。笑って、ふざけて、時には艶を帯びた目で揺さぶってくる。そのたびにロシナンテは、内心でブレーキを踏んでいた。子供じゃない。そう言い張るような視線を向けられるたびに、逆に年齢の壁が際立つ様な気がして。
(……でも、まあ、こんなもんだよな。まだ十八だ)
色々あったにせよ、何かを背負い込んでいるようなふりをしていても、芯はまだ柔らかい。経験や器用さで武装しているように見せかけて、その実、驚くほど無垢なところがある。
ふと、nameの頬に掛かった前髪を指で払いのけた。その指が触れた頬は、まだ火照っていた。柔らかく、湿っている。
「……お前さ、もっとちゃんと、甘えとけよ……誰かに」
低く押し殺した声。まるでそれは、眠る相手に聞かせるというより、自分に向けた呟きだった。ロシナンテは立ち上がり、そっと濡れた布を替える。
その手際は慣れているというより、丁寧だった。ゆっくりと、急かさず、何度も温度を確かめながら。熱が下がらないのを感じるたび、どこか胸の奥が重くなる。
あと少し我慢させていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。けれど、あの時のnameの目を思い出すと――誘っているくせに、どこか不安げな、縋るようなまなざし――突き放すにはあまりにも細く震えていた。
「……ドフィには怒られてもいい。お前のこと、見てたくなったんだよ。……ちゃんと、俺が」
胸の奥で燻るような罪悪感を押し込めながら、ロシナンテはもう一度椅子に腰を下ろす。足元には飲みかけの水差し。シーツの隙間から覗く、細い足首と、薄く上気した肌。そのすべてが、彼の責任下にあると告げていた。
「……夢の中ぐらい、ちゃんと安心してすごせよ、name」
そう呟きながら、ロシナンテは足を組み直し、タバコを咥え――火をつけず、ただ口の端で弄ぶだけにとどめた。
この夜は、まだ終わらない。
夢のなかで、nameはまた“あの船”にいた。潮の匂いが鼻腔を刺す。
まだ幼かったはずの自分の手が、船べりをぎゅっと握っていた。指は細く、力なく、波の音に掻き消されるような嗚咽が喉の奥で震えていた。
甲板のきしむ音。遠くで笑い声がする。酔った男たちの、野卑な笑い声。そのなかに、義父の、あの男の足音が混ざるのがわかった。ゆっくりと、確実に近づいてくる。
酒の匂い、塩の匂い、汗と――獣のような、濁った欲の匂い。
「name。こっちに来い」
低く、命令のような声。逆らえばどうなるかは、もう嫌というほど知っていた。泣けば殴られ、逃げれば鎖を足首に括られた。まだ、たったの十歳にもならなかった。意味なんて知らなかった。けれど、触れられた場所は熱を持ち、じくじくと痛み、夜になるのが怖くて眠れなかった。
一度の航海では終わらなかった。何度も、何度も。港を出ては海に出て、そのたびに「手伝い」といく名目で連れて行かれた。
そのうち、義父だけでは済まなくなった。彼が笑って仲間たちに言う。「こいつは物わかりがいい」「寂しがり屋なんだ」と。船室の暗がりに押し込められ、順番に嗤いながら背中を撫でられた。唾液と汗と、自分の悲鳴が混ざった狭い空間。
目を閉じても、終わらなかった。どれだけ身体を固くしても、突き破られる感覚は止まらなかった。声を上げれば、「おとなしくしてろ」と言って頬を平手で叩かれ、血が滲んだ。染みになった寝台。あれを洗うのはいつもnameの仕事だった。
ようやく帰港した日。
身体中が痣だらけで、引きずるようにして家へ戻ったnameを、母は真っすぐに見て。無言で睨んだその目には、怒りも、悲しみもなかった。
ただ――吐き気を堪えるように、顔を歪め。
「……汚らわしい」
その一言で、明確に、自分の中で何かがぽきりと音を立てて折れた気がした。以来、母の手が伸びてくることはなかった。その夜、布団を借りに行ったnameの袖を、母は掴まずに避けた。まるで穢れにでも触れたかのように。
(ああ、そうか。俺は、汚いんだ)
そう思ってからは、笑うのも上手くなった。男の手に慣れるのも早かった。どうせなら、と割り切って、媚びる術も身につけた。気持ちよさそうにさせれば痛みは減るし、面倒も少ない。そうして“生き方”を選んだ――いや、選ばされた。
けれど今、熱に浮かされた頭のなかで、そのすべてが濁った水のように揺らいでいた。震える肩。冷たくなった足先。目を覚ましたくても、夢の出口が見つからない。
喉が渇いている。誰か、手を、握って。うわ言のように漏れたのは、母の名でも、義父の名でもなく。
「……ロ、シー……」
その声は、掠れていた。
けれど、聞こえた気がして、隣の男がぴくりと眉を動かす。ロシナンテの指先が、汗で湿った前髪をゆっくりと撫でていく。布団の中で魘されていたnameの眉間は深く寄っていたが、撫でる動きに合わせるように、わずかに緩んでいった。
「……ん……」
かすかな声。熱に浮かされたまぶたが震え、やがてゆっくりと持ち上がる。
にじんだ瞳が、暗がりの中でロシナンテを映す。
その一瞬――まるで別の何かを見たかのように、怯える光が宿る。
けれどすぐに、それが「ロシー」だと気づくと、緊張の糸が切れたように目尻が下がり、へにゃりとした笑みを浮かべる。
「……ロシー、いた……よかった」
声はかすれて弱々しい。それでも軽口を手放すことはしない。布団の中から片腕だけを伸ばして、彼のシャツの裾をちょん、と摘んだ。
「……ねぇ……俺、今すっごい……子供みたいじゃない?……ちょっと、やだなぁ……」
笑うには力が足りず、言葉は途切れ途切れだった。ロシナンテは小さく息をつき、椅子を寄せてベッドの端に腰を下ろす。
「子供みたいでいいだろ。熱あるんだから」
「ふふ……ロシーに甘えていいの、こういう時くらい?……ありがと」
目を細めて、弱々しいけれど確かに嬉しそうに口角を上げる。その表情にロシナンテの胸は少しだけ詰まり、けれど言葉にする代わりに頭をもう一度撫でた。
「……ん、つめた……」
囁くような声。まぶたはもう重く、落ちかけている。まだ熱は高い。呼吸も浅い。それでも、撫でられるたびに安心したように身を沈め、また眠りへと沈んでいった。
ロシナンテはその横顔をしばらく見つめ、胸の奥に湧き上がるざらついた感情を、深い息で押し殺した。
悪夢を見ていたことなど知る由もないまま――ただ、今のnameを守ることだけを考えて、彼の額に落ちる髪をそっと指先で払った。