15 y ago
name
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アジトの地下に設けられた射撃場は、昼夜問わず薄暗く、湿気と火薬の匂いが絶えず漂っていた。壁に貼られた防音材は古びて擦れ、時折微かに水滴の落ちる音が天井から響いてくる。まるで息を潜めた獣の腹の中のような空間だった。
乾いた破裂音が、空気を震わせた。的に正確に収束する銃弾の音を確かめるように、nameは片手で銃口を下ろし、もう一方の手で軽く耳を揉んだ。耳栓はしているが、音の振動が鼓膜の奥にまだ残っている。
グラディウスが扉を押して入ってきたのは、その直後だった。
「……お前がここにいるとはな。珍しい」
一瞬、息を飲むような間があった。
無理もない。グラディウスはnameのことを、戦闘よりも男たちの膝上かロシナンテの部屋のベッドの上にいる存在だと思っていたからだ。いわば飾りか、気まぐれな愛玩。それが銃を手に、珍しく真面目な顔して、真っ直ぐに標的を撃ち抜いている姿など、想像すらしたことがなかった。
「んー?」
nameは気だるげに振り返り、唇の端を引き上げる。手元の銃を、丁寧にセーフティに戻しながら肩をすくめた。
「メンテみたいなもん。ほら、たまには動かさないと錆びるでしょ、こういうのって」
軽口のように言ったその声には、笑いと、それを包む柔らかな毒が混じっていた。指先は慣れた手つきでマガジンを抜き、テーブルの上で並べた弾薬の列を整理する。無造作に見えて、規則正しい配置。銃身の手入れも抜かりがなく、動作には年季すら感じさせた。
「……お前、そういう顔もできるんだな」
グラディウスが眉をひそめたのは、戸惑いというよりは、少しばかりの警戒だった。
「それ、褒めてる?それとも貶してる?」
nameはくすりと笑って、今度は反対の手で銃を構え直す。的に向けた視線は真っ直ぐで、あの気怠げな雰囲気とは裏腹に、どこか鋭さが宿っていた。
グラディウスは答えなかった。けれど、その沈黙がすべてを語っていた。nameは再び銃口を定め、引き金を絞る。乾いた音が鳴り響き、弾は真ん中に近い位置へ食い込んだ。その刹那、照明の反射で銃身がわずかに光を返す。その光の中で、彼の目だけが静かに笑っていた。
「……ま、たまには“仕事してます”って顔もしとかないと、ね」
肩越しにちらりと向けたその一言。
それはグラディウスへの冗談であり、同時に、己に向けた皮肉でもあった。グラディウスは鼻を鳴らし、だがそれ以上何も言わずに別の射線に移動していく。静かに火薬の匂いが空気に沁みる中で、ふたりの間には微妙な緊張と、割れかけた硝子のような静寂が残された。
だがそれを破るのは、次の一発。ふたたび射撃音が響く。
銃口から吐き出された火薬の匂いが濃くなり、地下の空気がわずかに揺らぐ。
グラディウスの肩越しに、正確に撃ち抜かれた弾痕が並ぶ標的が見えた。過不足ない力と、躊躇のない引き金の感触。それはまるで、彼自身の性質そのものを表すようだった。
「へぇ……やっぱグラちゃんって、こういうのも上手いんだね」
射線の後ろから、軽やかにかかる声。銃を下ろしたグラディウスが不機嫌そうに肩をすくめると、そこにはすでにnameが立っていた。片手にはさっきまで使っていた自分の拳銃。けれど構える気配もなく、ただその口元にはいつものように挑発的な笑み。
「見てたけどさー……こう、スッて撃って、バンって当たるじゃん?俺もああいうの、やってみたいなぁって思ってさ」
わざとらしい口調に、グラディウスの眉がピクリと動く。
「……冗談だろ」
「ほんとだよー。ねぇ、教えてよ。グラちゃん、優しいもんね?」
にこ、と無邪気さすら感じさせる笑みを浮かべながら、nameは一歩、また一歩と近づく。射撃場の薄明かりが彼の横顔を斜めに照らし、かすかに汗のにじんだ首筋が影を落とす。
その影が、ひどく甘く、意図的にすら見えた。
「……俺に構うな」
グラディウスは一蹴するように言い放ち、次の弾を装填しようと銃に手をかけた。が、その手元にすっとnameの指先が伸びる。
「構ってないよ。お願いしてるの。ね?ちゃんと俺、教わる気あるし」
しなやかに伸びた手が、弾の並ぶテーブルの縁をなぞる。わざと音を立てるように、指先で薬莢をカラカラと転がした。
「……お前、そうやって誰にでもやってんのか?」
「んーん、グラちゃんが特別」
nameは悪びれる様子もなく言い放ち、グラディウスの真正面に立つ。
ふわりと立ち上るのは、先ほどまで吸っていた煙草の残り香と、name特有の柔らかい甘い匂い。
「……マジでうぜぇ」
グラディウスが舌打ちをする。だが、その言葉の裏にある感情は、嫌悪とも違っていた。鬱陶しさ、戸惑い、そしてなにより――この男に触れると自分が乱れる、という苛立ち。
「一発だけだ。教えてやるから、黙って見てろ」
「やった!ありがと、グラちゃん」
ぱん、と手を打ち合わせたnameの声は妙に弾んでいて、まるで恋人に何か買ってもらった少女のようだ。けれど、その表情の裏に潜むものはもっと濃く、深く、何かを見透かすような静かな光をたたえていた。
グラディウスは深く息をついて、銃を構える。その背を見つめながら、nameはふ、と片目を細めた。
――いろんな人に教えてもらうの、俺、好きなんだよね。それぞれ違ってて、でもみんな、少しずつ“クセ”がある。その“クセ”の先にあるものが、時々、とても面白くてたまらない。
狙いを定めるグラディウスの肩越しに、nameの口元がかすかに弧を描く。まるで火薬と硝煙と、張り詰めた緊張のその狭間で、なにかもて遊ぶように。
射撃場に乾いた音が鳴り響いた。弾丸が的に命中した瞬間、わずかに木片が跳ね、静寂が再び空間を包み込む。
「ふん、上出来じゃねぇか」
グラディウスが無表情のままぽつりと呟く。その視線の先、標的の中心から少しだけ外れた弾痕が揺らいでいた。銃を下ろしたnameは、少し首を傾げてからグラディウスの顔をちらりと覗き込む。
「ねぇ、けっこう当たってたよね?グラちゃん、俺のこと見くびってたんじゃない?」
冗談めかすような口ぶりとは裏腹に、nameの構えや呼吸は、すでに実戦をくぐってきた者のそれだった。指先の揺れはない。構えたときの足の開きも無駄がない。そしてなにより、発砲の瞬間に一切の躊躇がない。
「見くびってねぇ。けど――クセはあるな」
「……クセ?」
グラディウスは無言のまま一歩、nameの背後に回る。ふいに後ろから伸びてきた手が、nameの肩甲骨のあたりに触れた。親指と中指で軽く押しながら、わずかにズレた重心の癖をなぞるように示す。
「撃つ瞬間、左にほんの少し肩が落ちてんだ。多分、昔誰かに“右目で狙え”って教わったろ。けど、それ、今のフォームに合ってねぇ」
耳元に落ちる声は、いつもの怒鳴るような調子とは違い、ひどく静かで、どこか熱を帯びていた。nameは一瞬だけ目を細め、肩口に触れる指の圧を感じ取る。
「……さっすが、グラちゃん。細かいね」
「クセってのはな、命取りになる。特にお前みてぇな――“無邪気なふりして、ちゃんと殺しに来るタイプ”は」
言いながらグラディウスは一歩下がる。指を離された肩口には、かすかに火照りが残るような錯覚。nameは少し首をすくめるようにして、くるりとグラディウスを振り返った。
「うわ、それなんかすっごい褒められた気がするんだけど」
「勘違いだ」
「でもでも、今のグラちゃんの教え方、俺的にちょっと……ゾクッときた」
にやりと笑って、指で銃のフレームをなぞるname。その様子を見たグラディウスは明らかに眉間に皺を寄せたが、口にする前に、nameが弾を込める手付きでさらりと遮る。
「……ま、ありがと。グラちゃんの言う通り、命取りになるのは困るから。ね?せっかく“今”あるこの身体、大事にしないとさ」
その言葉にはどこか、冗談には聞こえない重さが滲んでいた。グラディウスは返す言葉を失ったまま、わずかに目を細める。照明の届かない影の中で、ほんの一瞬、彼の胸に沈んでいた何かが――かき混ぜられた気がした。
一通りの射撃を終え、銃を丁寧に手入れしながら、nameはそのままグラディウスの横に腰を落とした。重たい音を立てて椅子に身体を預け、額の汗を腕で拭いながら小さく息をつく。
「んー、さすがグラちゃん。やっぱ教えるのうまいね。おかげでだいぶ感覚、戻ってきたかも」
言葉とは裏腹に、その目元にはふざけた色が浮かんでいる。礼を言うそぶりをしつつも、肘でグラディウスの腕をつつきながら、ちらちらと視線を送る。
「先生って、呼んじゃおっかなぁ……?ねぇ、“先生”?」
茶化すように伸ばした声とともに、nameはわざとらしく身体を傾ける。
肩と肩が触れ合いそうな距離。呼気さえも肌に触れるような、無遠慮な距離感。グラディウスは眉を跳ね上げると、反射的にその額に軽く拳を落とした。
「いてっ」
「調子に乗んな、バカ」
「ひどーい、可愛い生徒にその仕打ち?」
軽く小突かれた頭を押さえながら、nameはそれでも笑っている。その笑みはどこか、甘えにも似た無防備な色を孕んでいて、グラディウスの神経をかすかに苛立たせた。
「つーか、グラちゃん。ほんとはもっと俺に教えたいって思ったり……してない?」
「黙れ、帰れ」
ぴしゃりと遮るようなその声音には、呆れと警戒、そしてほんの僅かに滲む動揺。その反応すら面白がるように、nameは笑ってみせる。
「ふふ、そうやって“しっしっ”って追い払おうとするの、逆に可愛いよね」
「二度と射撃場来んな」
「えー、やだー、せっかくの“先生”との秘密の時間なのに」
「殺すぞ」
「えっ、そういうプレイ?」
再び軽く殴られそうになったのを、ひらりと身を捻ってかわすname。そのまま小さく笑いながら、銃を鞄に仕舞い込む。冗談めかしたやりとりの背後には、しかし妙な緊張感が漂っていた。触れそうで触れない距離。踏み込みすぎれば、簡単に崩れそうな綱の上。けれど、そんなぎりぎりの境界線こそが、今のnameにとっては一番心地のいいバランスだった。
「ま、また遊んでね、グラちゃん」
軽やかな声とともに、nameは扉のほうへと歩き出す。背後で、グラディウスが深く長いため息をついたのが、聞こえた。