15 y ago
name
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廊下の空気は湿気を孕みながらも静かだった。石造りの床にかすかに響く足音の残響も、いまは止んでいた。天井からぶら下がるランプの光が、磨かれた壁面に柔らかく滲んでいる。
その静けさのなかで、nameはぽつんと壁際に腰掛けていた。片膝を立て、頬杖をつきながら、ぼんやりと空間を眺めている。脚をぶらぶらと揺らし、口にはキャンディの棒。仕事前とは思えないほど気の抜けた表情だったが、その耳は周囲の気配をちゃんと拾っている。
「……おかえり、グラちゃん」
くぐもった声が、階段を上がってきたばかりの足音に向けて放たれた。
グラディウスは一瞬立ち止まり、面倒くさそうに眉をしかめる。だが、そのまま素通りするほど冷たくもない。ブーツの爪先をコツリと床に鳴らしながら、横目でnameを見やる。
「……なんでお前がそんなとこでだらけてんだ。もうすぐ時間だろ」
「うん、でもロシーがまだなんだもん。俺が先に行っても、どうせ“付き添いもいないのか”って文句言われるし」
軽く肩をすくめ、舌先で飴玉を転がすnameの目元には、妙に人懐っこい光がある。グラディウスはそれを知っている。この男のこういう間合いの詰め方が、厄介であり、時に気が抜けるほど自然だということも。
「……ったく。お前、ほんとにあいつに甘やかされすぎなんじゃねぇのか」
「えー?グラちゃんが言う?」
「俺はお前を甘やかしてねぇ」
「知ってる。だから好き」
にやりと笑ったその顔に、グラディウスはまた眉をひそめた。額を片手で軽く押さえながら、視線を外す。
「仕事終わったばっかの俺に絡むな。疲れてんだよ」
「でも帰ってきたグラちゃん見ると、なんかホッとするんだよねぇ。うちにちゃんと“帰ってくる奴”って、貴重だから?」
その一言に、グラディウスの目がわずかに動いた。けれど言葉にはしない。代わりに壁に寄りかかり、懐から煙草を取り出して火をつけた。
「……お前なぁ、そういうことさらっと言うからタチ悪いんだよ」
「言わなきゃ伝わんないでしょ?俺、損するのキライなんだ」
煙がふわりと立ち上がる。nameの瞳がその煙を追って細められる。けれど、微笑んだその顔にはどこか本音の温度がにじんでいた。
「ロシー来るまで、ここでグラちゃんと喋っててもいい?」
「ああもう……勝手にしろ」
投げるように言いながらも、グラディウスは隣に立ち続ける。煙草の煙と飴の甘い匂いが、廊下の空気にゆるやかに混ざっていった。無言の間に漂うのは、互いに線を引きながらも、どこか馴染んでいる距離感だった。冷たくもなく、けれど馴れ合いすぎもしない、そんな絶妙な静けさの中に、足音がまたひとつ加わるまで。
廊下に緩んだ沈黙が漂っていた。グラディウスの煙草がほとんど灰になりかけたころ、ようやく階段の下から慌ただしい気配がのぼってくる。重めのブーツが石床を急くように打ち、間延びしていた空気を打ち砕く。
「おそーい、ロシー」
わざとらしいほど甘えた声が、すぐさま階段を上がってきた男に向けて放たれた。nameは頬をふくらませ、立ち上がって腕を組む。背後からの光がロシナンテの影を長く引き、コートの裾が階段の端をかすめて揺れていた。
ロシナンテは肩をすくめ、ポケットからメモを取り出す。手馴れた様子で数行を走らせ、ページをnameに見せる。
【寝坊した。で、シャツ裏返しで出た。途中で気づいて着替えに戻った。】
nameが肩を震わせ、口元を抑えて笑った。
「……それ、絶対途中で誰かに見られてたよ。さっすがうちのロシー、ドジの役満じゃん」
ロシナンテは眉をしかめてページを閉じかけたが、その動きを遮るようにグラディウスが短く口を開く。
「……ったく、コラソン。相変わらずだな」
ぼそりと呟き、グラディウスは煙草の火を指先でもみ消す。スーツの内ポケットにそれをしまいながら、もう一度nameを横目で見る。
「じゃ、俺は若に報告してくる。……ダラけすぎんなよ、お前」
「はーい、気をつけまーす」
nameは軽く手を振りながら、けれどその後ろ姿をしばらく目で追った。グラディウスの背中はまっすぐで、振り返ることはなかったが、その足取りには疲れと馴染みが混ざっていた。
ロシナンテが小さく肩をすくめ、nameの横に並ぶ。nameは一歩遅れてロシナンテを見上げる。
「……ロシーってば、グラちゃんと俺が仲良しなの、ちょっと気になる?」
首を傾け、悪戯っぽい笑みを浮かべる。指先でロシナンテの袖をつまみながら、さらに煽るように囁く。
「もしかして……嫉妬?やだやだ、嬉しい〜」
ロシナンテは呆れたように首を振り、メモを再び開いた。
【してない。お前が勝手に甘えに行ってるだけだろ】
「うん、そうだよ?グラちゃんって甘やかしてくれないから、逆に構いたくなっちゃうの。ロシーは……ねぇ、甘やかしてくれるじゃん」
軽口のように言いながらも、どこか探るような声音が一瞬だけ混ざった。それを読み取ったのか、ロシナンテの動きがわずかに止まる。けれどすぐにいつもの調子でノートを閉じ、nameの頭を軽く叩くようにペシリとメモを当てる。
「いて。……ったく、はいはい、仕事行くよ。今日もちゃんと“従順な部下”やりますので、ご指導ご鞭撻よろしくね、コラソンさん」
肩を並べて歩き出す。廊下を抜けた先、扉の向こうには日差しがにじむ中庭の空。その光のなかで、並ぶふたりの影が、ひとつ伸びて交差していく。ふざけた笑みと、静かな筆談。その緩やかな距離が、確かに“この場所での日常”の一部となっていた。
その静けさのなかで、nameはぽつんと壁際に腰掛けていた。片膝を立て、頬杖をつきながら、ぼんやりと空間を眺めている。脚をぶらぶらと揺らし、口にはキャンディの棒。仕事前とは思えないほど気の抜けた表情だったが、その耳は周囲の気配をちゃんと拾っている。
「……おかえり、グラちゃん」
くぐもった声が、階段を上がってきたばかりの足音に向けて放たれた。
グラディウスは一瞬立ち止まり、面倒くさそうに眉をしかめる。だが、そのまま素通りするほど冷たくもない。ブーツの爪先をコツリと床に鳴らしながら、横目でnameを見やる。
「……なんでお前がそんなとこでだらけてんだ。もうすぐ時間だろ」
「うん、でもロシーがまだなんだもん。俺が先に行っても、どうせ“付き添いもいないのか”って文句言われるし」
軽く肩をすくめ、舌先で飴玉を転がすnameの目元には、妙に人懐っこい光がある。グラディウスはそれを知っている。この男のこういう間合いの詰め方が、厄介であり、時に気が抜けるほど自然だということも。
「……ったく。お前、ほんとにあいつに甘やかされすぎなんじゃねぇのか」
「えー?グラちゃんが言う?」
「俺はお前を甘やかしてねぇ」
「知ってる。だから好き」
にやりと笑ったその顔に、グラディウスはまた眉をひそめた。額を片手で軽く押さえながら、視線を外す。
「仕事終わったばっかの俺に絡むな。疲れてんだよ」
「でも帰ってきたグラちゃん見ると、なんかホッとするんだよねぇ。うちにちゃんと“帰ってくる奴”って、貴重だから?」
その一言に、グラディウスの目がわずかに動いた。けれど言葉にはしない。代わりに壁に寄りかかり、懐から煙草を取り出して火をつけた。
「……お前なぁ、そういうことさらっと言うからタチ悪いんだよ」
「言わなきゃ伝わんないでしょ?俺、損するのキライなんだ」
煙がふわりと立ち上がる。nameの瞳がその煙を追って細められる。けれど、微笑んだその顔にはどこか本音の温度がにじんでいた。
「ロシー来るまで、ここでグラちゃんと喋っててもいい?」
「ああもう……勝手にしろ」
投げるように言いながらも、グラディウスは隣に立ち続ける。煙草の煙と飴の甘い匂いが、廊下の空気にゆるやかに混ざっていった。無言の間に漂うのは、互いに線を引きながらも、どこか馴染んでいる距離感だった。冷たくもなく、けれど馴れ合いすぎもしない、そんな絶妙な静けさの中に、足音がまたひとつ加わるまで。
廊下に緩んだ沈黙が漂っていた。グラディウスの煙草がほとんど灰になりかけたころ、ようやく階段の下から慌ただしい気配がのぼってくる。重めのブーツが石床を急くように打ち、間延びしていた空気を打ち砕く。
「おそーい、ロシー」
わざとらしいほど甘えた声が、すぐさま階段を上がってきた男に向けて放たれた。nameは頬をふくらませ、立ち上がって腕を組む。背後からの光がロシナンテの影を長く引き、コートの裾が階段の端をかすめて揺れていた。
ロシナンテは肩をすくめ、ポケットからメモを取り出す。手馴れた様子で数行を走らせ、ページをnameに見せる。
【寝坊した。で、シャツ裏返しで出た。途中で気づいて着替えに戻った。】
nameが肩を震わせ、口元を抑えて笑った。
「……それ、絶対途中で誰かに見られてたよ。さっすがうちのロシー、ドジの役満じゃん」
ロシナンテは眉をしかめてページを閉じかけたが、その動きを遮るようにグラディウスが短く口を開く。
「……ったく、コラソン。相変わらずだな」
ぼそりと呟き、グラディウスは煙草の火を指先でもみ消す。スーツの内ポケットにそれをしまいながら、もう一度nameを横目で見る。
「じゃ、俺は若に報告してくる。……ダラけすぎんなよ、お前」
「はーい、気をつけまーす」
nameは軽く手を振りながら、けれどその後ろ姿をしばらく目で追った。グラディウスの背中はまっすぐで、振り返ることはなかったが、その足取りには疲れと馴染みが混ざっていた。
ロシナンテが小さく肩をすくめ、nameの横に並ぶ。nameは一歩遅れてロシナンテを見上げる。
「……ロシーってば、グラちゃんと俺が仲良しなの、ちょっと気になる?」
首を傾け、悪戯っぽい笑みを浮かべる。指先でロシナンテの袖をつまみながら、さらに煽るように囁く。
「もしかして……嫉妬?やだやだ、嬉しい〜」
ロシナンテは呆れたように首を振り、メモを再び開いた。
【してない。お前が勝手に甘えに行ってるだけだろ】
「うん、そうだよ?グラちゃんって甘やかしてくれないから、逆に構いたくなっちゃうの。ロシーは……ねぇ、甘やかしてくれるじゃん」
軽口のように言いながらも、どこか探るような声音が一瞬だけ混ざった。それを読み取ったのか、ロシナンテの動きがわずかに止まる。けれどすぐにいつもの調子でノートを閉じ、nameの頭を軽く叩くようにペシリとメモを当てる。
「いて。……ったく、はいはい、仕事行くよ。今日もちゃんと“従順な部下”やりますので、ご指導ご鞭撻よろしくね、コラソンさん」
肩を並べて歩き出す。廊下を抜けた先、扉の向こうには日差しがにじむ中庭の空。その光のなかで、並ぶふたりの影が、ひとつ伸びて交差していく。ふざけた笑みと、静かな筆談。その緩やかな距離が、確かに“この場所での日常”の一部となっていた。