15 y ago
name
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金属の軋む音と、乾いた銃声が廃倉庫に響き渡る。薄暗い天井の隙間から差し込む光が、舞い上がる埃を白く照らし、空気は火薬と鉄と、わずかな血の匂いを孕んでいた。
「はァ!?ちょっと、ロシーッ、まじでどうなってんのっ!!」
白いコートの裾を翻しながら、nameは壁際へ身を滑り込ませた。背後ではロシナンテが、爆ぜるような音と共に物陰へ飛び込む。弾がコンクリートを穿ち、砕けた破片が頬をかすめる。
「っ……も〜〜〜〜……っ、やっっっっと丸く収めそうだったのに……っ、なんで急に撃たれてんの!?今の、絶対ロシーのせいだよねぇ!?」
怒声混じりの叫びを上げながらも、nameの手元は正確だった。コートの内側から滑らせるように小型の拳銃を抜き、カバーの隙間からひょいと身を出して一発。銃声が響いた直後、遠くで誰かの悲鳴が上がり、銃弾の雨が一瞬だけ止む。
ロシナンテは物陰から顔を出し、無言で懐からメモを取り出す。ペンを走らせながら、どこか申し訳なさそうに眉を下げ――
【相手の名前、間違えたかもしれない】
「“かもしれない”じゃねぇんだよ!!」
叫ぶように返す声は怒気を含んでいたが、それ以上に呆れが勝っていた。nameの額には薄く汗が滲み、コートの襟元が揺れるたびに、鋭い目がぎらりと光る。銃を構えたまま、ロシナンテの方を睨みつけて、さらに喚く。
「こっちはさ〜、久々に交渉ちゃんと運んでたんだよ!?あっちは“白い悪魔”にビビってんだから、そのまま大人しくさせときゃよかったの!なに間違えて刺激してんの!?バカなの!?えっ!?バカなの!!?」
ロシナンテはその勢いにもたじろがず、落ち着き払ってもう一枚書き込む。
【でも、撃たれた後の反応は完璧だった】
「はァ……!?褒められても嬉しくないんだけど!?誰のせいで銃撃戦になってると思ってんのさ……ッ!」
その口調は完全に怒っているが、身のこなしには焦りはない。飛んでくる銃弾を軽やかにかわし、数発撃ち返しては距離を詰める。ロシナンテも、背を低くしながら別方向から回り込み、視界の外から敵を一人ずつ黙らせていく。火花のように弾ける瞬間と瞬間のあいだ、二人の動きは見事に噛み合っていた。まるでどちらかが先に動くのではなく、呼吸で繋がっているかのように。
「……もー……っ、靴ん中に泥入った……帰ったら絶対シャワー……っ、てか!ロシーが片付けてよね?俺知らないからね?」
ロシナンテは少し離れた位置から、それを聞いているのかいないのか、またひとり気絶させた相手を柱の陰へ蹴りやる。そして、ペンを走らせながら、目を細めて一言だけ掲げた。
【いつも通りで安心した】
「……その顔で言うな、ムカつく……っ」
ぶつぶつと文句を漏らしながら、nameは銃のスライドを戻し、弾の残りを確認する。その仕草ひとつすら、よそゆきの完璧な白いコートと相まって、どこか冷たく美しい。血と煙の中でなお、崩れない整った姿は、“悪魔”と呼ばれる名に相応しかった。そして、それを知っているのも、隣にいるロシナンテだけだった。
銃声が一瞬止み、静寂が戻る。戦いの幕引きはすぐそこだった。けれどnameはまだ、不満げにロシナンテの方を睨んだまま。
「あとでぜ〜〜〜〜ったい、なんか奢ってもらうから……っ」
それに対してロシナンテは――一度だけ、喉を揺らし、音もなく笑って見せた。悪びれもしないまま、掌にはもう次の言葉が描かれていた。
【了解。コーヒーでも酒でも、好きなだけどうぞ】
「……ったく、ほんと……ムカつくくせに、甘やかすのもズルいんだよ、ロシーは」
そう言いながら、nameはまた銃を構え、目を細める。その口元には、悔しげな笑みが滲んでいた。倉庫の中に響いていた銃声が、ようやく静まった。最後の一発がコンクリートの壁を抉り、崩れ落ちる粉塵が空気を濁らせる。空になった弾倉の重さが、腕に鈍く残る。
「……だ、ぁ……っ、もう……終わり、だよね……?」
nameは白いコートの裾をひるがえしながら、乱れた呼吸を整えようともせず、壁にもたれかかった。肩で息をし、額の汗を手の甲で拭いながら、周囲に転がる敵の気配を確認する。
反撃の気配はない。銃も静か。
それだけで、全身から力が抜けるような安堵が襲ってきた。少し離れた位置では、ロシナンテが倒れた敵の銃を蹴り飛ばし、そのまま懐からタバコを取り出していた。火のついた先端が赤く灯る。煙の匂いが、空気の重苦しさをさらに深く染める。
「……あー、……もう……絶対ドフラミンゴに怒られるじゃん……っつか、怒られるの俺でしょコレ。ねえ、ロシーはいいよなあ?ドフラミンゴってばロシーには甘いしさ……」
喚くように言いながら、nameも懐から一箱のタバコを取り出した。普段は持ち歩くことも少ないそれを、今は自然と指に挟み、唇に咥える。その一連の動作を見て、ロシナンテが一瞬だけ目を細める。軽く眉を上げ、煙を吐き出したあと、懐からメモを取り出してさらさらとペンを走らせた。
【珍しいな。お前が外で吸うなんて】
「……そりゃ、吸うでしょ、こんな時くらい……ってか吸わせて」
短く言い捨てて、タバコの先をロシナンテに突き出す。唇にはまだ悔しさが滲んでいて、軽く噛んだままのその姿に、どこか幼さが混じっていた。ロシナンテはゆっくりと身を寄せると、指に挟んでいた自分のタバコから、静かにnameの煙草に火を移した。
細く、ぴたりと火が伝わる。一瞬だけ指先が触れ、燃える紙の先に、ぽうっと赤が宿る。
その間中、二人は言葉を交わさない。ただ、煙だけがゆっくりと立ち上り、焼けた火薬と混じって倉庫の空気に溶けていく。
「……ん。……ありがと」
短く礼を言って、煙を吸い込む。喉が焼ける感覚に少しだけ咳き込んで、それでもどこか落ち着いたように息を吐く。白い煙が、nameの睫毛の隙間を抜けて昇っていった。
「……はー……なんか、……バカみたいだったな……今回」
ロシナンテは黙って隣に座り込む。メモをめくるでもなく、ただ煙をくゆらせていた。
「……っつーかさ、ロシー、またぼやっとした顔でドフラミンゴの前に出るつもり?俺だけめちゃくちゃ怒鳴られて、ロシーは横で立ってるだけ、みたいな。やめてよ?ね?マジで」
ロシナンテは口元だけで笑うと、ゆっくりとペンを走らせた。
【俺もちゃんと“怒られてる風”にはするよ】
「……“風”って言っちゃってるじゃんか……」
嘆くように、だがどこか楽しげに、nameは身をぐたっと横に倒す。白いコートが床に広がり、いつもの整った姿とは少し違う、疲れを滲ませた背中がそこにあった。
「……もうちょいで、うまくやれてたのにな……ほんと、あと少しだったのに……」
その悔しさは演技でも冗談でもなく、珍しく本音だった。ロシナンテはタバコを灰に落としながら、隣で静かに煙をくゆらせる。火薬のにおい、汗と埃の熱、そしてふたりの煙が交じり合って、静かに時間だけが過ぎていった。
任務は終わった。
けれど、報告と、怒られる時間はまだこれから。
それでも――
この一服だけは、誰にも邪魔されることなく、ふたりだけのものだった。
アジトの扉が重く閉じられた瞬間、空気の密度が変わるのがわかった。廊下に漂う香水と煙草の匂い、絨毯に染み付いた古い血の匂い、それらをすべて踏みしめながら、nameは無言で歩くロシナンテの隣を小さく息を吐きながらついていく。
「……なあロシー、ほんっとに、今日の件って俺のせいじゃなくない?」
返事は、ない。けれどロシナンテは小さく首をすくめただけで、それがすでに答えだった。薄暗い廊下の突き当たり。開かれたドアの先には、あの男がいた。カーテン越しの光に、ピンクの羽織がふわりと揺れている。長い脚を組み、執務椅子に身を沈めながら、まるでずっと待っていたかのように、ドフラミンゴはふたりを見据えていた。
「……よう。帰ってきたか」
その声は低く、どこか乾いている。けれど目は笑っていた。いや――あまりに愉しげすぎて、それはもはや“意地悪な子ども”のそれだった。
「で?仕事の報告……name、聞かせてもらおうか」
「え、俺……?あ、はい、えっと……」
思わず前に出され、nameはわかりやすく目を泳がせた。さっきまでの怒声混じりの文句はどこへやら、肩の力が抜けるどころか、背筋が過剰にまっすぐになる。
「……予定通り、半分までは上手くいってて、それで、えっと、そのあと……ちょーっと、予定外の銃撃戦になっちゃって……」
「“ちょっと”?」
椅子の背に指をかけ、ドフラミンゴがくいと前かがみになる。その動きに、nameはわかりやすく一歩、後ずさった。
「……い、いや、あの……っ、でも、最終的にはロシーと二人で全部片付けて――」
「ふーん。あの白い悪魔さまが、しくじるなんてなァ」
愉しげに目元を細める。その言葉の刃は柔らかく、けれど容赦なく、じわじわとnameの胸に刺さる。
「……ドフィ、それは言いすぎ。俺、しくじったってほどじゃ……」
「じゃあ、“ちょっと間抜けだった”くらいか?」
「……ぐ……っ」
歯を噛みしめたまま、小さく項垂れるnameの肩を、ロシナンテが軽く後ろから叩いた。片手にはメモ。
【俺のせい。nameは悪くない】
「……ッ、ロシー…今じゃない…」
「ふははっ」
ドフラミンゴが低く笑う。どこか喉の奥から転がるような、悪意を楽しむ音色。長身を立ち上げ、ゆっくりと距離を詰めてくるその足音は、重くなく、むしろ静かだった。けれどその一歩一歩が、nameの心を確実に圧迫してくる。
「なあ、name。俺が怒ってるように見えるか?」
「っ、え……」
「俺には、珍しく焦ってるお前を見る機会ってのが、あんまりないからなァ。今日は貴重だ」
にやりと唇が吊り上がったその直後、手が伸びる。nameの顎を指先で持ち上げるようにして掴み、そのまま顔を覗き込む。
「……びびってんな?」
「……びびってない……っ」
「嘘つけ。声、震えてる」
指先が喉元をなぞり、シャツのボタンを軽くひとつ外す。微かな音が、やけに空気に響いた。
「ま、こういう時は……“おしおき”って相場が決まってるよなァ」
囁きながら、そのままnameの腰に手を回す。
「っ……、ちょ、ドフィ、今、ロシーいるから……っ」
「気にすんな。ロシナンテ…気配消すの得意だろ?」
その言葉通り、ロシナンテは何も言わず、すでにドアの方へと向かっていた。nameの視線がそちらへ向き――
「っ、ロシー!ちょっと、置いてかないで!?」
顔を赤くしながらも、振り向きざまに訴える。ロシナンテは一度だけ振り返り、唇の端をゆるく吊り上げ――
【すまん】
その一言だけを残して、静かに部屋を後にした。扉が閉じる音が、やけに遠く響く。残された空間の中、ドフラミンゴの手が、シャツの奥へと滑り込んでいく。
「さて……何回で反省できるんだろうな、白い悪魔?」
その声に、nameの唇がわずかに震える。拒絶も抗議も、すべて呑まれそうな夜が、扉の向こうで静かに始まっていた。
「はァ!?ちょっと、ロシーッ、まじでどうなってんのっ!!」
白いコートの裾を翻しながら、nameは壁際へ身を滑り込ませた。背後ではロシナンテが、爆ぜるような音と共に物陰へ飛び込む。弾がコンクリートを穿ち、砕けた破片が頬をかすめる。
「っ……も〜〜〜〜……っ、やっっっっと丸く収めそうだったのに……っ、なんで急に撃たれてんの!?今の、絶対ロシーのせいだよねぇ!?」
怒声混じりの叫びを上げながらも、nameの手元は正確だった。コートの内側から滑らせるように小型の拳銃を抜き、カバーの隙間からひょいと身を出して一発。銃声が響いた直後、遠くで誰かの悲鳴が上がり、銃弾の雨が一瞬だけ止む。
ロシナンテは物陰から顔を出し、無言で懐からメモを取り出す。ペンを走らせながら、どこか申し訳なさそうに眉を下げ――
【相手の名前、間違えたかもしれない】
「“かもしれない”じゃねぇんだよ!!」
叫ぶように返す声は怒気を含んでいたが、それ以上に呆れが勝っていた。nameの額には薄く汗が滲み、コートの襟元が揺れるたびに、鋭い目がぎらりと光る。銃を構えたまま、ロシナンテの方を睨みつけて、さらに喚く。
「こっちはさ〜、久々に交渉ちゃんと運んでたんだよ!?あっちは“白い悪魔”にビビってんだから、そのまま大人しくさせときゃよかったの!なに間違えて刺激してんの!?バカなの!?えっ!?バカなの!!?」
ロシナンテはその勢いにもたじろがず、落ち着き払ってもう一枚書き込む。
【でも、撃たれた後の反応は完璧だった】
「はァ……!?褒められても嬉しくないんだけど!?誰のせいで銃撃戦になってると思ってんのさ……ッ!」
その口調は完全に怒っているが、身のこなしには焦りはない。飛んでくる銃弾を軽やかにかわし、数発撃ち返しては距離を詰める。ロシナンテも、背を低くしながら別方向から回り込み、視界の外から敵を一人ずつ黙らせていく。火花のように弾ける瞬間と瞬間のあいだ、二人の動きは見事に噛み合っていた。まるでどちらかが先に動くのではなく、呼吸で繋がっているかのように。
「……もー……っ、靴ん中に泥入った……帰ったら絶対シャワー……っ、てか!ロシーが片付けてよね?俺知らないからね?」
ロシナンテは少し離れた位置から、それを聞いているのかいないのか、またひとり気絶させた相手を柱の陰へ蹴りやる。そして、ペンを走らせながら、目を細めて一言だけ掲げた。
【いつも通りで安心した】
「……その顔で言うな、ムカつく……っ」
ぶつぶつと文句を漏らしながら、nameは銃のスライドを戻し、弾の残りを確認する。その仕草ひとつすら、よそゆきの完璧な白いコートと相まって、どこか冷たく美しい。血と煙の中でなお、崩れない整った姿は、“悪魔”と呼ばれる名に相応しかった。そして、それを知っているのも、隣にいるロシナンテだけだった。
銃声が一瞬止み、静寂が戻る。戦いの幕引きはすぐそこだった。けれどnameはまだ、不満げにロシナンテの方を睨んだまま。
「あとでぜ〜〜〜〜ったい、なんか奢ってもらうから……っ」
それに対してロシナンテは――一度だけ、喉を揺らし、音もなく笑って見せた。悪びれもしないまま、掌にはもう次の言葉が描かれていた。
【了解。コーヒーでも酒でも、好きなだけどうぞ】
「……ったく、ほんと……ムカつくくせに、甘やかすのもズルいんだよ、ロシーは」
そう言いながら、nameはまた銃を構え、目を細める。その口元には、悔しげな笑みが滲んでいた。倉庫の中に響いていた銃声が、ようやく静まった。最後の一発がコンクリートの壁を抉り、崩れ落ちる粉塵が空気を濁らせる。空になった弾倉の重さが、腕に鈍く残る。
「……だ、ぁ……っ、もう……終わり、だよね……?」
nameは白いコートの裾をひるがえしながら、乱れた呼吸を整えようともせず、壁にもたれかかった。肩で息をし、額の汗を手の甲で拭いながら、周囲に転がる敵の気配を確認する。
反撃の気配はない。銃も静か。
それだけで、全身から力が抜けるような安堵が襲ってきた。少し離れた位置では、ロシナンテが倒れた敵の銃を蹴り飛ばし、そのまま懐からタバコを取り出していた。火のついた先端が赤く灯る。煙の匂いが、空気の重苦しさをさらに深く染める。
「……あー、……もう……絶対ドフラミンゴに怒られるじゃん……っつか、怒られるの俺でしょコレ。ねえ、ロシーはいいよなあ?ドフラミンゴってばロシーには甘いしさ……」
喚くように言いながら、nameも懐から一箱のタバコを取り出した。普段は持ち歩くことも少ないそれを、今は自然と指に挟み、唇に咥える。その一連の動作を見て、ロシナンテが一瞬だけ目を細める。軽く眉を上げ、煙を吐き出したあと、懐からメモを取り出してさらさらとペンを走らせた。
【珍しいな。お前が外で吸うなんて】
「……そりゃ、吸うでしょ、こんな時くらい……ってか吸わせて」
短く言い捨てて、タバコの先をロシナンテに突き出す。唇にはまだ悔しさが滲んでいて、軽く噛んだままのその姿に、どこか幼さが混じっていた。ロシナンテはゆっくりと身を寄せると、指に挟んでいた自分のタバコから、静かにnameの煙草に火を移した。
細く、ぴたりと火が伝わる。一瞬だけ指先が触れ、燃える紙の先に、ぽうっと赤が宿る。
その間中、二人は言葉を交わさない。ただ、煙だけがゆっくりと立ち上り、焼けた火薬と混じって倉庫の空気に溶けていく。
「……ん。……ありがと」
短く礼を言って、煙を吸い込む。喉が焼ける感覚に少しだけ咳き込んで、それでもどこか落ち着いたように息を吐く。白い煙が、nameの睫毛の隙間を抜けて昇っていった。
「……はー……なんか、……バカみたいだったな……今回」
ロシナンテは黙って隣に座り込む。メモをめくるでもなく、ただ煙をくゆらせていた。
「……っつーかさ、ロシー、またぼやっとした顔でドフラミンゴの前に出るつもり?俺だけめちゃくちゃ怒鳴られて、ロシーは横で立ってるだけ、みたいな。やめてよ?ね?マジで」
ロシナンテは口元だけで笑うと、ゆっくりとペンを走らせた。
【俺もちゃんと“怒られてる風”にはするよ】
「……“風”って言っちゃってるじゃんか……」
嘆くように、だがどこか楽しげに、nameは身をぐたっと横に倒す。白いコートが床に広がり、いつもの整った姿とは少し違う、疲れを滲ませた背中がそこにあった。
「……もうちょいで、うまくやれてたのにな……ほんと、あと少しだったのに……」
その悔しさは演技でも冗談でもなく、珍しく本音だった。ロシナンテはタバコを灰に落としながら、隣で静かに煙をくゆらせる。火薬のにおい、汗と埃の熱、そしてふたりの煙が交じり合って、静かに時間だけが過ぎていった。
任務は終わった。
けれど、報告と、怒られる時間はまだこれから。
それでも――
この一服だけは、誰にも邪魔されることなく、ふたりだけのものだった。
アジトの扉が重く閉じられた瞬間、空気の密度が変わるのがわかった。廊下に漂う香水と煙草の匂い、絨毯に染み付いた古い血の匂い、それらをすべて踏みしめながら、nameは無言で歩くロシナンテの隣を小さく息を吐きながらついていく。
「……なあロシー、ほんっとに、今日の件って俺のせいじゃなくない?」
返事は、ない。けれどロシナンテは小さく首をすくめただけで、それがすでに答えだった。薄暗い廊下の突き当たり。開かれたドアの先には、あの男がいた。カーテン越しの光に、ピンクの羽織がふわりと揺れている。長い脚を組み、執務椅子に身を沈めながら、まるでずっと待っていたかのように、ドフラミンゴはふたりを見据えていた。
「……よう。帰ってきたか」
その声は低く、どこか乾いている。けれど目は笑っていた。いや――あまりに愉しげすぎて、それはもはや“意地悪な子ども”のそれだった。
「で?仕事の報告……name、聞かせてもらおうか」
「え、俺……?あ、はい、えっと……」
思わず前に出され、nameはわかりやすく目を泳がせた。さっきまでの怒声混じりの文句はどこへやら、肩の力が抜けるどころか、背筋が過剰にまっすぐになる。
「……予定通り、半分までは上手くいってて、それで、えっと、そのあと……ちょーっと、予定外の銃撃戦になっちゃって……」
「“ちょっと”?」
椅子の背に指をかけ、ドフラミンゴがくいと前かがみになる。その動きに、nameはわかりやすく一歩、後ずさった。
「……い、いや、あの……っ、でも、最終的にはロシーと二人で全部片付けて――」
「ふーん。あの白い悪魔さまが、しくじるなんてなァ」
愉しげに目元を細める。その言葉の刃は柔らかく、けれど容赦なく、じわじわとnameの胸に刺さる。
「……ドフィ、それは言いすぎ。俺、しくじったってほどじゃ……」
「じゃあ、“ちょっと間抜けだった”くらいか?」
「……ぐ……っ」
歯を噛みしめたまま、小さく項垂れるnameの肩を、ロシナンテが軽く後ろから叩いた。片手にはメモ。
【俺のせい。nameは悪くない】
「……ッ、ロシー…今じゃない…」
「ふははっ」
ドフラミンゴが低く笑う。どこか喉の奥から転がるような、悪意を楽しむ音色。長身を立ち上げ、ゆっくりと距離を詰めてくるその足音は、重くなく、むしろ静かだった。けれどその一歩一歩が、nameの心を確実に圧迫してくる。
「なあ、name。俺が怒ってるように見えるか?」
「っ、え……」
「俺には、珍しく焦ってるお前を見る機会ってのが、あんまりないからなァ。今日は貴重だ」
にやりと唇が吊り上がったその直後、手が伸びる。nameの顎を指先で持ち上げるようにして掴み、そのまま顔を覗き込む。
「……びびってんな?」
「……びびってない……っ」
「嘘つけ。声、震えてる」
指先が喉元をなぞり、シャツのボタンを軽くひとつ外す。微かな音が、やけに空気に響いた。
「ま、こういう時は……“おしおき”って相場が決まってるよなァ」
囁きながら、そのままnameの腰に手を回す。
「っ……、ちょ、ドフィ、今、ロシーいるから……っ」
「気にすんな。ロシナンテ…気配消すの得意だろ?」
その言葉通り、ロシナンテは何も言わず、すでにドアの方へと向かっていた。nameの視線がそちらへ向き――
「っ、ロシー!ちょっと、置いてかないで!?」
顔を赤くしながらも、振り向きざまに訴える。ロシナンテは一度だけ振り返り、唇の端をゆるく吊り上げ――
【すまん】
その一言だけを残して、静かに部屋を後にした。扉が閉じる音が、やけに遠く響く。残された空間の中、ドフラミンゴの手が、シャツの奥へと滑り込んでいく。
「さて……何回で反省できるんだろうな、白い悪魔?」
その声に、nameの唇がわずかに震える。拒絶も抗議も、すべて呑まれそうな夜が、扉の向こうで静かに始まっていた。