15 y ago
name
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昼をとうに過ぎた頃、陽はすでに西へと傾き始めていた。強い光が白く路地を焼き、地面にはくっきりとした影を落としている。そんな中、街の外れに構えられた石造りの邸宅に向かって、二つの背の高い影が静かに歩いていた。
「……はあ〜あ。まーた交渉ってやつ?あーしんど。なんで俺が、って感じなんだけど」
nameは口ではぶつくさと文句をこぼしていたが、その表情に本気の疲れや不満はない。長い睫毛の奥で金色の瞳がちらりとロシナンテを見上げる。
「なーんでいつもロシーは喋らんのに、ああいう場に顔出したがるんだか……まぁ、顔がいいからか、わかるけどさ」
皮肉交じりの口調に、ロシナンテは笑うでもなく無言で肩をすくめた。そのまま手元のメモ帳にさらりとペンを走らせ、一枚を破ってnameへ渡す。
【黙ってた方が説得力あるんだと。お前の話術が便利だからな】
「……あ〜〜〜、はいはい。どーもどうも、“便利”で結構。使い勝手いいですよー俺は」
舌打ちまじりに言いつつも、声に怒気はない。慣れきったふたりのやり取り。そして、その「慣れ」が生み出す呼吸の合い方もまた、近頃では磨きがかかってきていた。
やがて石造りの重厚な門扉が見えてくる。邸宅の前に立った瞬間、それまでの気の抜けた様子はすっと消えた。nameは背筋を正し、脚を止めて軽く息を整える。無意識のうちに、表情に影を落とすような微細な変化がその顔を横切った。
「……よし」
ロシナンテがちらと視線を寄越すと、nameは小さく頷いた。さっきまでの軽薄な調子はすっかり引っ込め、まるで別人のように落ち着き払った眼差し。細かい仕草のひとつひとつまで計算されているような気配をまとって、扉の前に立つ使用人へと声をかける。
「失礼いたします。“予定どおり”でお伺いしております」
透き通るように整えた声音。言葉の端々には礼儀と警戒心、そして必要最低限の威圧が織り込まれている。すでに、nameは“交渉人”としての仮面をきっちりと被っていた。ロシナンテは隣でただ静かに立っている。その沈黙が逆に、どこか不気味で重圧的に映るのは――おそらく、いつもの計算のうち。
先導されるまま屋敷の奥へと歩き出すと、nameの肩はほんのわずかに強張っていた。けれどその動きすらも、装いの一部に見えるほど、彼の所作は既に完成された役者のそれだった。
「じゃあ、ロシー。今日も“お利口”に見守っててね?」
ささやくように、少しだけ口角を上げて、nameは視線を送る。ロシナンテは一瞬だけ笑みを浮かべ、そして、無言で頷いた。邸宅の奥から聞こえてくる控えめな声と足音。その音の向こうで、また一つ、今日の仕事が始まろうとしていた。
重たく閉ざされた二重扉の向こう、窓のない応接間は、まるで地下にでも繋がっているかのように沈黙を孕んでいた。古い絨毯が音を吸い、燻った香の煙が緩やかに空気をくゆらせている。壁際に立つ使用人の視線は決して主客に触れず、だが、その場にいる全員が“互いに観察し合っている”という、ある種の緊張が確かに空気に満ちていた。対面する相手は、今回の取引の本体ではないにせよ、少なくともひとつの“顔”を担っている人物だった。
年は五十を過ぎたあたりか。豊かな体躯を包む深緑のローブは丁寧に刺繍され、指には金の環がいくつも重ねられている。静かに笑みをたたえるその男は、nameとロシナンテが着座してからもなお、悠然と己の盃を弄んでいた。
「……ふむ」
会話の端々で、男の返答は時に曖昧に濁り、時に言葉をずらす。ロシナンテの筆談も、nameの口舌も、いつものようには流れない。むしろ、すべてが“手応えなく滑っていく”ような感覚だけが残る。nameは静かに指先を組み、瞳を伏せたまま考える。その姿勢のまま、低く、丁寧な声音で応じ続けるが――内心の感覚は違っていた。
(……ちょっと、やりづらいな)
会話の節々に、試すような間。視線がすり寄ってくるたび、皮膚に感じるのは取引の匂いよりも、もっと濃く濁った“別種の興味”。nameに向けられるそれは、もはや言葉を介したものではなかった。
「……それにしても、君」
唐突に話題を逸らした男が、椅子からゆっくりと身を乗り出してきた。ややしゃがれた声が低く、くぐもった調子で続く。
「ずいぶんと“心得ている”ようだな。あの口の利き方、間の取り方……育ちがいいのか、躾がいいのか……いや、両方か?」
笑みは崩さず、言葉の端には油のような粘度がある。まるで、品を装ったまま底へ引き摺り込もうとするような――そんな声音。
nameは笑わなかった。ただ、伏せたままのまなざしをゆっくりと持ち上げ、その視線を真正面から返す。
「……恐縮です。長く商売に身を置いておりますので」
“商売”。
その一語に、皮肉と距離、そして明確な牽制を込めたつもりだった。だが男は、それすらも楽しげに鼻先で受け止める。
「なるほど、なるほど。……となれば、話は早い」
手にした盃がゆらりと揺れ、男の目線がじわりとnameの喉元を這い始める。
「いやはや簡単な話だ。君が“身体”を張れば、こちらも――それなりの誠意を見せよう」
その場がすっと凍りついた。いや、凍ったのは、見えない水面の下。表面は、あくまで穏やかなままだった。nameは、唇の端だけで笑った。
「……それは、“個人的な提案”として伺っておいても?」
その声音に、男は楽しげに肩を揺らす。
「ふふ。君がそう思うなら、それでもいい。だが……“話の通りやすさ”というのは、往々にして“関係性の密度”に比例するものだ。違うかね?」
ロシナンテがわずかに身じろぎ、筆記具を取ろうとしたその瞬間。
nameがそれを手で制す。細く、見えないところで触れる程度の動きだったが、確かに「任せて」という合図。
(……やっかいな奴だな)
けれど、こういう相手は珍しくない。むしろ“慣れている”。ただ、今日は少しだけ“ロシナンテが隣にいる”ということが、想定外だっただけ。
nameは椅子に背を預け、あえて余裕のある素振りで脚を組む。指先でそっと髪を耳にかけ、微笑んだ。
「“密度”ですか。なるほど……では、お伺いしますが――それは、“誰の承認”があれば成立するご提案でしょう?」
含みをもった問い。そして、nameの視線がわずかに横に流れる。無言のまま、それでも圧を放つロシナンテの存在が、この部屋のもうひとつの重みになっている。
――それを、男がどう受け取るか。この駆け引きは、まだ始まったばかりだった。
「……はあ〜あ。まーた交渉ってやつ?あーしんど。なんで俺が、って感じなんだけど」
nameは口ではぶつくさと文句をこぼしていたが、その表情に本気の疲れや不満はない。長い睫毛の奥で金色の瞳がちらりとロシナンテを見上げる。
「なーんでいつもロシーは喋らんのに、ああいう場に顔出したがるんだか……まぁ、顔がいいからか、わかるけどさ」
皮肉交じりの口調に、ロシナンテは笑うでもなく無言で肩をすくめた。そのまま手元のメモ帳にさらりとペンを走らせ、一枚を破ってnameへ渡す。
【黙ってた方が説得力あるんだと。お前の話術が便利だからな】
「……あ〜〜〜、はいはい。どーもどうも、“便利”で結構。使い勝手いいですよー俺は」
舌打ちまじりに言いつつも、声に怒気はない。慣れきったふたりのやり取り。そして、その「慣れ」が生み出す呼吸の合い方もまた、近頃では磨きがかかってきていた。
やがて石造りの重厚な門扉が見えてくる。邸宅の前に立った瞬間、それまでの気の抜けた様子はすっと消えた。nameは背筋を正し、脚を止めて軽く息を整える。無意識のうちに、表情に影を落とすような微細な変化がその顔を横切った。
「……よし」
ロシナンテがちらと視線を寄越すと、nameは小さく頷いた。さっきまでの軽薄な調子はすっかり引っ込め、まるで別人のように落ち着き払った眼差し。細かい仕草のひとつひとつまで計算されているような気配をまとって、扉の前に立つ使用人へと声をかける。
「失礼いたします。“予定どおり”でお伺いしております」
透き通るように整えた声音。言葉の端々には礼儀と警戒心、そして必要最低限の威圧が織り込まれている。すでに、nameは“交渉人”としての仮面をきっちりと被っていた。ロシナンテは隣でただ静かに立っている。その沈黙が逆に、どこか不気味で重圧的に映るのは――おそらく、いつもの計算のうち。
先導されるまま屋敷の奥へと歩き出すと、nameの肩はほんのわずかに強張っていた。けれどその動きすらも、装いの一部に見えるほど、彼の所作は既に完成された役者のそれだった。
「じゃあ、ロシー。今日も“お利口”に見守っててね?」
ささやくように、少しだけ口角を上げて、nameは視線を送る。ロシナンテは一瞬だけ笑みを浮かべ、そして、無言で頷いた。邸宅の奥から聞こえてくる控えめな声と足音。その音の向こうで、また一つ、今日の仕事が始まろうとしていた。
重たく閉ざされた二重扉の向こう、窓のない応接間は、まるで地下にでも繋がっているかのように沈黙を孕んでいた。古い絨毯が音を吸い、燻った香の煙が緩やかに空気をくゆらせている。壁際に立つ使用人の視線は決して主客に触れず、だが、その場にいる全員が“互いに観察し合っている”という、ある種の緊張が確かに空気に満ちていた。対面する相手は、今回の取引の本体ではないにせよ、少なくともひとつの“顔”を担っている人物だった。
年は五十を過ぎたあたりか。豊かな体躯を包む深緑のローブは丁寧に刺繍され、指には金の環がいくつも重ねられている。静かに笑みをたたえるその男は、nameとロシナンテが着座してからもなお、悠然と己の盃を弄んでいた。
「……ふむ」
会話の端々で、男の返答は時に曖昧に濁り、時に言葉をずらす。ロシナンテの筆談も、nameの口舌も、いつものようには流れない。むしろ、すべてが“手応えなく滑っていく”ような感覚だけが残る。nameは静かに指先を組み、瞳を伏せたまま考える。その姿勢のまま、低く、丁寧な声音で応じ続けるが――内心の感覚は違っていた。
(……ちょっと、やりづらいな)
会話の節々に、試すような間。視線がすり寄ってくるたび、皮膚に感じるのは取引の匂いよりも、もっと濃く濁った“別種の興味”。nameに向けられるそれは、もはや言葉を介したものではなかった。
「……それにしても、君」
唐突に話題を逸らした男が、椅子からゆっくりと身を乗り出してきた。ややしゃがれた声が低く、くぐもった調子で続く。
「ずいぶんと“心得ている”ようだな。あの口の利き方、間の取り方……育ちがいいのか、躾がいいのか……いや、両方か?」
笑みは崩さず、言葉の端には油のような粘度がある。まるで、品を装ったまま底へ引き摺り込もうとするような――そんな声音。
nameは笑わなかった。ただ、伏せたままのまなざしをゆっくりと持ち上げ、その視線を真正面から返す。
「……恐縮です。長く商売に身を置いておりますので」
“商売”。
その一語に、皮肉と距離、そして明確な牽制を込めたつもりだった。だが男は、それすらも楽しげに鼻先で受け止める。
「なるほど、なるほど。……となれば、話は早い」
手にした盃がゆらりと揺れ、男の目線がじわりとnameの喉元を這い始める。
「いやはや簡単な話だ。君が“身体”を張れば、こちらも――それなりの誠意を見せよう」
その場がすっと凍りついた。いや、凍ったのは、見えない水面の下。表面は、あくまで穏やかなままだった。nameは、唇の端だけで笑った。
「……それは、“個人的な提案”として伺っておいても?」
その声音に、男は楽しげに肩を揺らす。
「ふふ。君がそう思うなら、それでもいい。だが……“話の通りやすさ”というのは、往々にして“関係性の密度”に比例するものだ。違うかね?」
ロシナンテがわずかに身じろぎ、筆記具を取ろうとしたその瞬間。
nameがそれを手で制す。細く、見えないところで触れる程度の動きだったが、確かに「任せて」という合図。
(……やっかいな奴だな)
けれど、こういう相手は珍しくない。むしろ“慣れている”。ただ、今日は少しだけ“ロシナンテが隣にいる”ということが、想定外だっただけ。
nameは椅子に背を預け、あえて余裕のある素振りで脚を組む。指先でそっと髪を耳にかけ、微笑んだ。
「“密度”ですか。なるほど……では、お伺いしますが――それは、“誰の承認”があれば成立するご提案でしょう?」
含みをもった問い。そして、nameの視線がわずかに横に流れる。無言のまま、それでも圧を放つロシナンテの存在が、この部屋のもうひとつの重みになっている。
――それを、男がどう受け取るか。この駆け引きは、まだ始まったばかりだった。