15 y ago
name
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昼過ぎの光は、淡く曇りがちな天気のせいか、どこか重く色褪せていた。静まり返った屋敷の中、足音ひとつなく静寂が満ちている。けれど、その空気を気にも留めず、ひとりの青年が気怠そうに身を投げ出していた。
ドフラミンゴの私室──広く、整えられた空間の中で、nameはまるで自室かのように、ソファに身体を横たえている。片膝を立て、片手は頭の下、もう片方の指先はソファの縁をリズムもなくなぞる。
ラフなシャツの裾から覗く腰骨、少し乱れた髪。その姿は無防備で、どこか甘ったるく、日常に溶け込んだ媚のようなものすら滲ませる。
「……ねぇ、ドフィ。なんか、めちゃくちゃ暇なんだけど」
呼びかける声は、まるで猫が喉を鳴らすように低く甘い。ソファの上で寝返りを打ち、上体だけを持ち上げて視線を向けると、部屋の奥の机に座っていたドフラミンゴが、愉しげに口角を上げているのが見えた。
「フッフッフ……お前、まさか俺の部屋でゴロゴロしてりゃ退屈が潰せると思ったのか?」
咎めるような声音ではなかった。むしろ、薄く笑いを帯びた声には、ほんのりとした愛着と愉快さが混ざっている。nameは肩をすくめ、わざとらしく鼻を鳴らす。
「だってロシーいないし。俺ひとりで出歩くと、また色々言われるんだもん……だったら、ここでくっついてた方が安全でしょ?」
甘えるような言い方とは裏腹に、全身からは緩慢な色気が漂っていた。慣れすぎた距離感。まるでドフラミンゴの空気の一部かのように、nameはこの部屋に馴染んでいる。
「フン……そんなに暇なら、仕事のひとつでも与えてやろうか?」
椅子から立ち上がるドフラミンゴの口調は、ぞんざいでいてどこか楽しげ。手にしていた書類の束をぱらりと持ち上げ、ちらつかせながらソファへ近づいてくる。その影が頭上に差すと、nameはすかさず顔をしかめ、小さく呻く。
「やだやだ、冗談じゃない。せっかくの休みだよ?そんなのしたくないもん……ってか、ドフィが代わりにやってくれてもいいくらいだよね」
無遠慮に転がるように姿勢を変え、今度は腹ばいになって頬をクッションに押し付ける。その様子に、ドフラミンゴは喉の奥で笑いを漏らし、片手でnameの髪をくしゃりと撫でた。
「フッフッフ……ほんと、飼い慣らされた猫みてェだな。俺の部屋に勝手に上がり込んで、甘えて、何もしねェで寝転がって……。そのうち、尻尾でも生えてくるんじゃねェのか?」
「しっぽ、あるかもね。ほら、ドフィにだけ見えるやつ……」
クッション越しのぼそりとした言葉。それを聞いたドフラミンゴは一瞬、目を細め、無言でその背中を見下ろす。ほんの刹那、何かを言おうとしたのか、彼の唇がわずかに動く。けれど、その言葉は結局、吐き出されることなく喉の奥へと飲み込まれた。かわりに、手にしていた書類をわざとらしくnameの背中にぽすりと落とす。
「だったら、その尻尾でも振って、金でも稼いできやがれ。可愛くしとけば、相手も緩くなるかもなァ?」
「え〜〜……それ、俺が可愛いって前提で言ってるよね。……じゃあ褒められたから、今日は休む〜」
nameは、またひとつ体をくねらせて、書類を床に落としながらごろりと寝返りを打つ。その仕草は無邪気さと艶の境界を曖昧にする。そしてその様子を眺めながら、ドフラミンゴはやれやれと肩をすくめ、再び机へと戻っていった。
執務と怠惰。静寂と甘え。奇妙に釣り合ったふたりの時間は、そんな風に、午後の光と共にゆっくりと流れていた。ソファの上で気ままに寝転ぶnameの足先が、ゆらりと揺れている。クッションを抱え込むようにして頬を埋め、ぬるく滲む午後の空気に甘えるようにまどろむその姿は、まるで飼い猫そのものだった。
静まり返った私室。机の向こうではドフラミンゴがペンを走らせ、淡々と文書を整えていたが、ふと、その沈黙を破るようにノック音が一度、そしてすぐに開く扉の音。
「……若様、報告があります」
扉の向こうから現れたのは、軍服を着崩した青年――グラディウスだった。
まだ若い顔立ちの中にも、眼差しには確かな忠誠と鋭さが宿る。けれど、その視線が室内を一瞥し、ソファに転がるnameを見つけた瞬間、わずかに眉が寄る。
「……またここでダラけてるのか、お前」
「はーい、おかえり、グラちゃん」
あっけらかんとした返事に、グラディウスはほんのりとした呆れを滲ませる。普段は厳しさもある彼だが、nameに対してはやや態度が緩い。それは年が近いこともあるが、何よりもこの妙に馴れ馴れしく軽口を飛ばすnameの“扱いづらさ”に慣れてしまったせいかもしれなかった。
「なんだそれ、またサボってんのか。……あの日以来、ろくに仕事してねぇじゃねえか」
「ひどくない?ちゃんとやってる日もあるよぉ?ロシが一緒の時はがんばってるもん」
「それってコラソン任せってことだろ」
「んふふ、バレた?」
nameはクッションから顔を上げてにやりと笑うと、今度はグラディウスの方へ身を乗り出す。ソファの背にもたれた体勢から、細い腕がひらりと伸び、ちょっかいを出すようにグラディウスの服の裾をつまんで引いた。
「ほらほら、俺、可愛いから許される〜?」
「……どの口が言ってんだ。ほんと、調子乗るなよ」
軽く振り払われたものの、グラディウスの声には怒気はない。ただ、こうして近寄られることには明確に照れのような苛立ちのような、若さゆえの戸惑いが混じっていた。
ドフラミンゴはそんなやりとりに耳を傾けながら、ふと手を止め、片肘をついて椅子に体を預ける。
「……フン、まるでガキどもの学芸会だな」
「あは、ドフィが教師役とか、ぜったい問題になるやつ~」
「クク……俺なら即、体罰だなァ」
言いながら、視線だけをちらりとnameに向けた。皮肉と嗜虐が入り混じるその眼差しに、nameは一瞬だけ喉を鳴らし、にやけながらも身を引く。その様子をグラディウスは見逃さず、やや眉を潜めながらも報告書を机に置いた。
「……こっちは片付いてます。次の出先も準備できてますが、nameは?」
「え、俺?え〜、どうしようかなぁ、グラちゃんが代わりにやってくれたらいいのに〜」
「誰がやるか」
呆れたように、すぐ返された。それでもnameは悪びれる様子もなく、ふいに立ち上がるとグラディウスの肩に肘を乗せ、片足でリズムを刻むように身体を揺らした。
「でもさ、グラちゃんがいると楽しいよね。いじりがいあるっていうか。なんか、すぐ赤くなるし」
「お前な……!」
「うそうそ、冗談だって〜……あ、でもちょっと赤くなってない?」
「なってねぇ!」
言い合いがほんの少しだけ本気に触れかける、その寸前。ふと空気を切るようにドフラミンゴが笑った。
「フッフッフ……仲良いなお前ら」
「ね、ドフィもそう思うよね〜。じゃあ、今度一緒におしごと行こっか、グラちゃん。手ぇ繋いでさぁ」
「死ね」
淡々と吐き捨てたグラディウスだったが、耳がほんのり赤く染まっているのは――誰の目にも明らかだった。部屋の中には、その赤みをからかうような、どこまでも柔らかく濃密な笑い声が、ふわりと、滲んでいた。
「──で、今日の報告は以上です。若様」
そう言って机に資料を置いたグラディウスが、一礼しながら身を引こうとしたその瞬間。ドフラミンゴがふと笑みを深める。一見、朗らかにさえ映るその微笑の奥に、何かしらの悪戯心が滲んだ気がして、nameはぞわりと背筋を這う感覚に身を固くした。
「……なぁ、name。そんなに暇そうならよ、グラディウスに着いて仕事、行ってこいよ。ちょうど準備できてるって話だしなァ?」
「──へ?」
冗談交じりだった部屋の空気が、ぴたりと静止する。nameはソファに座り直し、ぽかんと口を開いた。
「……ちょ、ちょっと待って、ドフィ……今から?え、やだ、無理、暑いし、面倒くさいし、服装だって今日ゆるゆるのだし……ていうか心の準備が……」
「準備も何も、どうせ一日中この部屋でゴロゴロしてただけだろうが」
「うぅ……」
抵抗の言葉を繰り出しながら、しかし目の前に立ち上がったドフラミンゴがゆるく懐を開いて寄ってくると、nameは本能的に身を引いた。けれどソファの背もたれに逃げ場はなく、唇を尖らせたまま肩をすくめる。ドフラミンゴの指が、nameの顎先を軽く持ち上げた。力は入っていない。けれど、容易に逃げることもできない。そんな微妙な力加減のまま、間近に迫る顔。いつになくいたずらな色の混じる金色の瞳が、まるで反応を愉しむように細められる。
「それとも……“えっち”なピンクの悪魔の頼みでも断るのかァ?」
「う……わ、わざとだ……そういうとこ、ほんとわざとだよ、ドフィ……」
頬に熱が灯るのを自覚しながら、nameは弱々しく睨み返す。指先が離れると同時に、肩の力が抜けてずるずるとソファに沈み込み、今にも溶けそうな声で呻いた。
「やだぁぁぁ……グラちゃんだけでいいじゃん、ねぇグラちゃん……一人で行ってよ……」
すがるようにグラディウスへ視線を向けるが、彼はそれを一蹴するように眉間を寄せる。
「……俺だって好きでやってんじゃねぇんだよ。若様の命令なら仕方ねぇだろ」
「グラちゃんつれない〜〜……」
「そもそもお前、サボりすぎなんだよ。昨日の午後もコラソンに任せっぱなしだったろ」
「だってロシのが書くの早いんだもん……てか、今日あいついないし……ほら、相方不在だし……俺単体じゃ機能しないっていうか……」
「言い訳ばっかじゃねえか!」
半分本気の、そして半分呆れた怒声がグラディウスから返ってきた。それでもnameは、ソファの上でもぞもぞと丸まり、ぐぬぬ……と唸り声のような反抗を繰り返すばかり。ドフラミンゴはそんな彼らを愉しげに眺め、低く笑う。
「フッフッフ……いいコンビじゃねぇか。ガキ同士で仲良くしてろよ。しっかり手ぇ繋いで、迷子になるなよ?」
「若様、俺は手を繋ぎません」
「グラちゃん照れてる~~!顔赤い~~!」
「照れてねぇ!てめぇが勝手に言ってるだけだろ!」
「ほらほら、準備しろ。グラディウス、先導しろ。……name」
ドフラミンゴはふいに真面目な声色を混ぜ、nameの名を呼んだ。その瞬間、nameの全身に緊張が走る。ソファに座ったまま、ゆっくりと顔を上げる。
「──サボるな。いいな?」
その声音にだけは逆らえない。どんなふざけた態度を取られても、内心の焦燥や恐怖を読み取られていても、この男に命令された時だけは。
「……はーい」
諦めきったような声。そのままソファから身を起こし、肩を落としたままドフラミンゴの机をぐるりと回って、グラディウスの背に並ぶ。
「……グラちゃん、よろしく……なんか今日はnameちゃん弱ってるから、優しくして……」
「黙ってついてこい、白い悪魔」
「うわ~~~ん……ッ」
ぼやく声とともに、扉が閉まる。再び静けさを取り戻した執務室に、ドフラミンゴの笑みだけが、しばらくの間、残っていた。
扉の前で腕を組み、壁にもたれかかるようにして待っていたグラディウスは、つま先で床を軽く叩く癖を繰り返していた。時間の経過に対する苛立ちというよりは、ただの癖。それでも、待たされているという意識が長く続けば、それは少しずつ熱を帯びてくる。
だが──。
「おまたせ、グラちゃん」
くぐもった声が扉の向こうから響き、すぐに扉が音を立てて開かれた。そこに立っていたのは、先ほどまでソファでゴロゴロとだらけていたのと同一人物とは思えないほど、きっちりと仕上げられた“name”だった。
「……ほぉ」
短く漏れたのは感嘆でも驚愕でもない、素直な感心の吐息だった。足元から視線を這わせる。しっかりとしたブーツ、艶のある黒いパンツ、ホルスターやポーチの位置も乱れなく、白いシャツにジャケットを合わせ、そして何より──あの、白いふわふわのロングコート。肩からふわりと羽織られたそれは、まるで何者にも触れさせない結界のように軽やかで、ひときわ目を引いた。髪もきちんと整えられ、乱れひとつない。少し巻かれた前髪の影から覗く瞳は、どこか気だるげなままだが、明らかに“仕事をする側”のそれだった。
「……10分も経ってねぇじゃねぇか。やりゃできんだな、お前」
「ひどくない?いつもやってないみたいな言い方~」
nameは口を尖らせながらも、どこか誇らしげにくるりと回って見せた。白のコートの裾が柔らかく風を孕み、香りのように彼の存在感を広げる。
「ほら、見てこの完璧さ。自分で言うのもなんだけど、見た目だけなら天使でしょ。白い悪魔じゃなくてさァ……って、グラちゃん?」
「……黙れ」
ばつが悪そうに目を逸らしたグラディウスに、nameは唇の端をくいっと上げた。
「も~う、ほんと照れ屋さんなんだからぁ」
「照れてねぇって言ってんだろ、毎回!」
ぴしゃりと言い返しながらも、その返しはいつもより少しだけ力が抜けていた。nameの“スイッチの入り方”を知っているからこそ、内心では舌を巻いている。彼のだらけた態度やふざけた言葉の裏に、きちんと自分の役割を弁えている節があることを、何度となく目にしてきた。
だからこそ──。
「……行くぞ。サボったら若様に言いつけるからな」
「こわぁ……じゃあ今日の晩ごはんグラちゃんの奢りね。付き合ってあげるんだから、当然でしょ?」
「逆だろ、それ……はァ、やってらんねぇ」
並んで歩き出す二人の間には、まるで兄弟のような気安さと、どこかスレスレの緊張感が同居していた。ドフラミンゴの命令で動く二人の背中が、次第に陽の傾いた回廊に溶けていく。まるでそれぞれの影が、互いの存在を引き寄せるように、ぴたりと歩幅を揃えて──そのまま、街の喧騒の中へと消えていった。
ドフラミンゴの私室──広く、整えられた空間の中で、nameはまるで自室かのように、ソファに身体を横たえている。片膝を立て、片手は頭の下、もう片方の指先はソファの縁をリズムもなくなぞる。
ラフなシャツの裾から覗く腰骨、少し乱れた髪。その姿は無防備で、どこか甘ったるく、日常に溶け込んだ媚のようなものすら滲ませる。
「……ねぇ、ドフィ。なんか、めちゃくちゃ暇なんだけど」
呼びかける声は、まるで猫が喉を鳴らすように低く甘い。ソファの上で寝返りを打ち、上体だけを持ち上げて視線を向けると、部屋の奥の机に座っていたドフラミンゴが、愉しげに口角を上げているのが見えた。
「フッフッフ……お前、まさか俺の部屋でゴロゴロしてりゃ退屈が潰せると思ったのか?」
咎めるような声音ではなかった。むしろ、薄く笑いを帯びた声には、ほんのりとした愛着と愉快さが混ざっている。nameは肩をすくめ、わざとらしく鼻を鳴らす。
「だってロシーいないし。俺ひとりで出歩くと、また色々言われるんだもん……だったら、ここでくっついてた方が安全でしょ?」
甘えるような言い方とは裏腹に、全身からは緩慢な色気が漂っていた。慣れすぎた距離感。まるでドフラミンゴの空気の一部かのように、nameはこの部屋に馴染んでいる。
「フン……そんなに暇なら、仕事のひとつでも与えてやろうか?」
椅子から立ち上がるドフラミンゴの口調は、ぞんざいでいてどこか楽しげ。手にしていた書類の束をぱらりと持ち上げ、ちらつかせながらソファへ近づいてくる。その影が頭上に差すと、nameはすかさず顔をしかめ、小さく呻く。
「やだやだ、冗談じゃない。せっかくの休みだよ?そんなのしたくないもん……ってか、ドフィが代わりにやってくれてもいいくらいだよね」
無遠慮に転がるように姿勢を変え、今度は腹ばいになって頬をクッションに押し付ける。その様子に、ドフラミンゴは喉の奥で笑いを漏らし、片手でnameの髪をくしゃりと撫でた。
「フッフッフ……ほんと、飼い慣らされた猫みてェだな。俺の部屋に勝手に上がり込んで、甘えて、何もしねェで寝転がって……。そのうち、尻尾でも生えてくるんじゃねェのか?」
「しっぽ、あるかもね。ほら、ドフィにだけ見えるやつ……」
クッション越しのぼそりとした言葉。それを聞いたドフラミンゴは一瞬、目を細め、無言でその背中を見下ろす。ほんの刹那、何かを言おうとしたのか、彼の唇がわずかに動く。けれど、その言葉は結局、吐き出されることなく喉の奥へと飲み込まれた。かわりに、手にしていた書類をわざとらしくnameの背中にぽすりと落とす。
「だったら、その尻尾でも振って、金でも稼いできやがれ。可愛くしとけば、相手も緩くなるかもなァ?」
「え〜〜……それ、俺が可愛いって前提で言ってるよね。……じゃあ褒められたから、今日は休む〜」
nameは、またひとつ体をくねらせて、書類を床に落としながらごろりと寝返りを打つ。その仕草は無邪気さと艶の境界を曖昧にする。そしてその様子を眺めながら、ドフラミンゴはやれやれと肩をすくめ、再び机へと戻っていった。
執務と怠惰。静寂と甘え。奇妙に釣り合ったふたりの時間は、そんな風に、午後の光と共にゆっくりと流れていた。ソファの上で気ままに寝転ぶnameの足先が、ゆらりと揺れている。クッションを抱え込むようにして頬を埋め、ぬるく滲む午後の空気に甘えるようにまどろむその姿は、まるで飼い猫そのものだった。
静まり返った私室。机の向こうではドフラミンゴがペンを走らせ、淡々と文書を整えていたが、ふと、その沈黙を破るようにノック音が一度、そしてすぐに開く扉の音。
「……若様、報告があります」
扉の向こうから現れたのは、軍服を着崩した青年――グラディウスだった。
まだ若い顔立ちの中にも、眼差しには確かな忠誠と鋭さが宿る。けれど、その視線が室内を一瞥し、ソファに転がるnameを見つけた瞬間、わずかに眉が寄る。
「……またここでダラけてるのか、お前」
「はーい、おかえり、グラちゃん」
あっけらかんとした返事に、グラディウスはほんのりとした呆れを滲ませる。普段は厳しさもある彼だが、nameに対してはやや態度が緩い。それは年が近いこともあるが、何よりもこの妙に馴れ馴れしく軽口を飛ばすnameの“扱いづらさ”に慣れてしまったせいかもしれなかった。
「なんだそれ、またサボってんのか。……あの日以来、ろくに仕事してねぇじゃねえか」
「ひどくない?ちゃんとやってる日もあるよぉ?ロシが一緒の時はがんばってるもん」
「それってコラソン任せってことだろ」
「んふふ、バレた?」
nameはクッションから顔を上げてにやりと笑うと、今度はグラディウスの方へ身を乗り出す。ソファの背にもたれた体勢から、細い腕がひらりと伸び、ちょっかいを出すようにグラディウスの服の裾をつまんで引いた。
「ほらほら、俺、可愛いから許される〜?」
「……どの口が言ってんだ。ほんと、調子乗るなよ」
軽く振り払われたものの、グラディウスの声には怒気はない。ただ、こうして近寄られることには明確に照れのような苛立ちのような、若さゆえの戸惑いが混じっていた。
ドフラミンゴはそんなやりとりに耳を傾けながら、ふと手を止め、片肘をついて椅子に体を預ける。
「……フン、まるでガキどもの学芸会だな」
「あは、ドフィが教師役とか、ぜったい問題になるやつ~」
「クク……俺なら即、体罰だなァ」
言いながら、視線だけをちらりとnameに向けた。皮肉と嗜虐が入り混じるその眼差しに、nameは一瞬だけ喉を鳴らし、にやけながらも身を引く。その様子をグラディウスは見逃さず、やや眉を潜めながらも報告書を机に置いた。
「……こっちは片付いてます。次の出先も準備できてますが、nameは?」
「え、俺?え〜、どうしようかなぁ、グラちゃんが代わりにやってくれたらいいのに〜」
「誰がやるか」
呆れたように、すぐ返された。それでもnameは悪びれる様子もなく、ふいに立ち上がるとグラディウスの肩に肘を乗せ、片足でリズムを刻むように身体を揺らした。
「でもさ、グラちゃんがいると楽しいよね。いじりがいあるっていうか。なんか、すぐ赤くなるし」
「お前な……!」
「うそうそ、冗談だって〜……あ、でもちょっと赤くなってない?」
「なってねぇ!」
言い合いがほんの少しだけ本気に触れかける、その寸前。ふと空気を切るようにドフラミンゴが笑った。
「フッフッフ……仲良いなお前ら」
「ね、ドフィもそう思うよね〜。じゃあ、今度一緒におしごと行こっか、グラちゃん。手ぇ繋いでさぁ」
「死ね」
淡々と吐き捨てたグラディウスだったが、耳がほんのり赤く染まっているのは――誰の目にも明らかだった。部屋の中には、その赤みをからかうような、どこまでも柔らかく濃密な笑い声が、ふわりと、滲んでいた。
「──で、今日の報告は以上です。若様」
そう言って机に資料を置いたグラディウスが、一礼しながら身を引こうとしたその瞬間。ドフラミンゴがふと笑みを深める。一見、朗らかにさえ映るその微笑の奥に、何かしらの悪戯心が滲んだ気がして、nameはぞわりと背筋を這う感覚に身を固くした。
「……なぁ、name。そんなに暇そうならよ、グラディウスに着いて仕事、行ってこいよ。ちょうど準備できてるって話だしなァ?」
「──へ?」
冗談交じりだった部屋の空気が、ぴたりと静止する。nameはソファに座り直し、ぽかんと口を開いた。
「……ちょ、ちょっと待って、ドフィ……今から?え、やだ、無理、暑いし、面倒くさいし、服装だって今日ゆるゆるのだし……ていうか心の準備が……」
「準備も何も、どうせ一日中この部屋でゴロゴロしてただけだろうが」
「うぅ……」
抵抗の言葉を繰り出しながら、しかし目の前に立ち上がったドフラミンゴがゆるく懐を開いて寄ってくると、nameは本能的に身を引いた。けれどソファの背もたれに逃げ場はなく、唇を尖らせたまま肩をすくめる。ドフラミンゴの指が、nameの顎先を軽く持ち上げた。力は入っていない。けれど、容易に逃げることもできない。そんな微妙な力加減のまま、間近に迫る顔。いつになくいたずらな色の混じる金色の瞳が、まるで反応を愉しむように細められる。
「それとも……“えっち”なピンクの悪魔の頼みでも断るのかァ?」
「う……わ、わざとだ……そういうとこ、ほんとわざとだよ、ドフィ……」
頬に熱が灯るのを自覚しながら、nameは弱々しく睨み返す。指先が離れると同時に、肩の力が抜けてずるずるとソファに沈み込み、今にも溶けそうな声で呻いた。
「やだぁぁぁ……グラちゃんだけでいいじゃん、ねぇグラちゃん……一人で行ってよ……」
すがるようにグラディウスへ視線を向けるが、彼はそれを一蹴するように眉間を寄せる。
「……俺だって好きでやってんじゃねぇんだよ。若様の命令なら仕方ねぇだろ」
「グラちゃんつれない〜〜……」
「そもそもお前、サボりすぎなんだよ。昨日の午後もコラソンに任せっぱなしだったろ」
「だってロシのが書くの早いんだもん……てか、今日あいついないし……ほら、相方不在だし……俺単体じゃ機能しないっていうか……」
「言い訳ばっかじゃねえか!」
半分本気の、そして半分呆れた怒声がグラディウスから返ってきた。それでもnameは、ソファの上でもぞもぞと丸まり、ぐぬぬ……と唸り声のような反抗を繰り返すばかり。ドフラミンゴはそんな彼らを愉しげに眺め、低く笑う。
「フッフッフ……いいコンビじゃねぇか。ガキ同士で仲良くしてろよ。しっかり手ぇ繋いで、迷子になるなよ?」
「若様、俺は手を繋ぎません」
「グラちゃん照れてる~~!顔赤い~~!」
「照れてねぇ!てめぇが勝手に言ってるだけだろ!」
「ほらほら、準備しろ。グラディウス、先導しろ。……name」
ドフラミンゴはふいに真面目な声色を混ぜ、nameの名を呼んだ。その瞬間、nameの全身に緊張が走る。ソファに座ったまま、ゆっくりと顔を上げる。
「──サボるな。いいな?」
その声音にだけは逆らえない。どんなふざけた態度を取られても、内心の焦燥や恐怖を読み取られていても、この男に命令された時だけは。
「……はーい」
諦めきったような声。そのままソファから身を起こし、肩を落としたままドフラミンゴの机をぐるりと回って、グラディウスの背に並ぶ。
「……グラちゃん、よろしく……なんか今日はnameちゃん弱ってるから、優しくして……」
「黙ってついてこい、白い悪魔」
「うわ~~~ん……ッ」
ぼやく声とともに、扉が閉まる。再び静けさを取り戻した執務室に、ドフラミンゴの笑みだけが、しばらくの間、残っていた。
扉の前で腕を組み、壁にもたれかかるようにして待っていたグラディウスは、つま先で床を軽く叩く癖を繰り返していた。時間の経過に対する苛立ちというよりは、ただの癖。それでも、待たされているという意識が長く続けば、それは少しずつ熱を帯びてくる。
だが──。
「おまたせ、グラちゃん」
くぐもった声が扉の向こうから響き、すぐに扉が音を立てて開かれた。そこに立っていたのは、先ほどまでソファでゴロゴロとだらけていたのと同一人物とは思えないほど、きっちりと仕上げられた“name”だった。
「……ほぉ」
短く漏れたのは感嘆でも驚愕でもない、素直な感心の吐息だった。足元から視線を這わせる。しっかりとしたブーツ、艶のある黒いパンツ、ホルスターやポーチの位置も乱れなく、白いシャツにジャケットを合わせ、そして何より──あの、白いふわふわのロングコート。肩からふわりと羽織られたそれは、まるで何者にも触れさせない結界のように軽やかで、ひときわ目を引いた。髪もきちんと整えられ、乱れひとつない。少し巻かれた前髪の影から覗く瞳は、どこか気だるげなままだが、明らかに“仕事をする側”のそれだった。
「……10分も経ってねぇじゃねぇか。やりゃできんだな、お前」
「ひどくない?いつもやってないみたいな言い方~」
nameは口を尖らせながらも、どこか誇らしげにくるりと回って見せた。白のコートの裾が柔らかく風を孕み、香りのように彼の存在感を広げる。
「ほら、見てこの完璧さ。自分で言うのもなんだけど、見た目だけなら天使でしょ。白い悪魔じゃなくてさァ……って、グラちゃん?」
「……黙れ」
ばつが悪そうに目を逸らしたグラディウスに、nameは唇の端をくいっと上げた。
「も~う、ほんと照れ屋さんなんだからぁ」
「照れてねぇって言ってんだろ、毎回!」
ぴしゃりと言い返しながらも、その返しはいつもより少しだけ力が抜けていた。nameの“スイッチの入り方”を知っているからこそ、内心では舌を巻いている。彼のだらけた態度やふざけた言葉の裏に、きちんと自分の役割を弁えている節があることを、何度となく目にしてきた。
だからこそ──。
「……行くぞ。サボったら若様に言いつけるからな」
「こわぁ……じゃあ今日の晩ごはんグラちゃんの奢りね。付き合ってあげるんだから、当然でしょ?」
「逆だろ、それ……はァ、やってらんねぇ」
並んで歩き出す二人の間には、まるで兄弟のような気安さと、どこかスレスレの緊張感が同居していた。ドフラミンゴの命令で動く二人の背中が、次第に陽の傾いた回廊に溶けていく。まるでそれぞれの影が、互いの存在を引き寄せるように、ぴたりと歩幅を揃えて──そのまま、街の喧騒の中へと消えていった。