15 y ago
name
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ロシナンテは、扉の前にもたれかかるようにして立っていた。
帽子の影が瞳の奥を隠している。
けれどその視線は、静かに、部屋の奥――着替えを渋々始めたnameの姿を捉えていた。
nameは、鏡の前で面倒くさそうにシャツの襟を引っ張りながら、小さくため息をつく。ゆるく落ちた髪をざっと手櫛で撫で、アクセサリーの類も普段よりは控えめに選びながら、何度も「あー」とか「うー」とか唸るような声を漏らしている。
――ふと、ロシナンテの脳裏に、数年前の光景が重なった。
あれは、自分が“コラソン”としてドン・キホーテファミリーに再び姿を現した直後のこと。
その日、彼は奇妙な男に出会った。自分よりも6つも若く、目が異様に綺麗で、他人の心を盗むような仕草で笑う――その名をnameと言った。
nameがファミリーに現れたのは、どこか唐突だった。
裏で誰と繋がっていたかは語られなかったし、ドフラミンゴは説明をほとんどしなかった。ただ「お前と組ませる」とだけ言われて。
最初の任務を終えた帰り道、無言で煙草をふかすロシナンテの隣で、nameは「ねえ、ロシーって呼んでいい?」とあっけらかんと聞いてきた。
まるで、こちらの裏側まで全部見透かしているような視線だった。感情の底を覗かれるような、掴みきれない透明な眼差し。誰にでも懐くように見えて、誰の懐にも入らせないような絶妙な距離感。陽気なのに、虚ろ。軽薄そうなのに、ふとした瞬間に底が知れなくなる。
そんな男に、ドフラミンゴが妙に気を許している風があったのも――ある意味で、当然だった。
(……懐柔したのは、どっちだったんだろうな)
ふとそんな思考がよぎり、ロシナンテは無意識に鼻で笑いそうになる。笑わない代わりに、指先で煙草を弄び、息の代わりに肩をゆっくり上下させた。
――あのときから、もうずいぶん経った。
任務を共に重ねるうちに、自然と隣にいるのが当たり前になった。海軍と海賊の二重の任務に心が擦り減っても、nameは何も言わずに隣にいてくれた。自分の正体を知った時も、「あー……やっぱね」と、肩を竦めて言っただけだった。その異常なまでの“無関心さ”が、逆に刺さった。
(……面倒だから、って。……それで全部終わらせるなよ)
けれど、どれだけ投げやりに見えても、nameはずっとロシナンテを裏切らなかった。その事実だけが、じわじわと染みるように信頼へと変わり――時折、自分でも驚くほど甘くなってしまうことがあった。
「……できたー。やっと着替えた……見てロシー、俺、えらい」
そんな声とともに、nameがやっとのことで着替えを済ませて出てくる。
余所行きの服。緩さを残しつつも、引き締まった襟元。髪はラフに整えていて、それでも艶があって、どこか艶めかしい。横を通り過ぎるとき、nameはロシナンテの腕を小突く。
「ほんとに、今日仕事?やんなっちゃうなあ……またあのタラシたちと情報戦っしょ。俺、あいつらの名前覚えてないもん」
ロシナンテは無言でメモ帳を取り出し、さらさらと書く。
【任務は任務。ドフィも見てる。】
「はいはい、ドフラミンゴね。ロシーってドフラミンゴには“真面目”って思われてるもんねぇ。えらいねぇ~」
わざと声を甘く伸ばして、笑いながらnameはロシナンテの前を歩く。くるりと一度振り返り、指先で自分の唇を撫でながら、ふっと笑ってみせる。
「ねぇ、今日の帰り、またロシーんとこ寄ってもいい?」
その問いにロシナンテは少しだけ立ち止まり、メモを出すでもなく、ただわずかに頷いた。
その仕草に、nameの唇が、ふっと緩んだ。廊下の窓の向こう、日が傾き始めている。
任務の重さとは裏腹に、ふたりの歩調はどこまでも軽やかで、絶妙な距離感で保たれていた。
それは、誰にも測れない絆であり、誰にも踏み込めない静謐な共犯関係だった。重たく飾り立てられた扉を押し開くと、部屋の奥にはいつものように高笑いと共に座る“王”の姿があった。
陽の光を斜めに受けた金髪とサングラス。
椅子にもたれかかるようにして脚を組み、指先には嗜みの葉巻。
ドン・キホーテ・ドフラミンゴ――その男が、今日もこの王座のような部屋の空気を支配していた。
「よう、よく来たなァ。ロシーに……name、か」
サングラスの奥から投げかけられた声に、nameはゆっくりと歩みを止めてぺこりと一礼。ただし、その動作の端々にどこか“面倒臭さ”が滲むのは相変わらずだった。
「どーもドフィ。今日も派手な椅子にどっしり座っててお元気そうで……」
「皮肉か?」
「敬意ですよぉ」
にこにこと笑いながらも、語尾には露骨なだるさが滲む。すでに、この空間に漂う“仕事の匂い”が、彼のテンションを落としているのは明らかだった。
ロシナンテは無言で隣に立ち、すぐに取り出した手帳に何かを書き始める。差し出されたページには、簡潔な筆跡でこう書かれていた。
【ドフィが直々にだ。適当に流せる案件じゃない。】
「……うぇ、もうこの時点で気が重いんだけど……ロシー、もっとやんわり言ってよ……俺のメンタルにも配慮して……」
小声でぶつぶつ文句を言いながら、nameはロシナンテの肘に寄りかかる。
その瞬間、軽く頭をこつんと小突かれた。
「……いっ……もう……っ」
振り返れば、ロシナンテは肩を竦めて、少しだけ目を細めていた。
“甘えるな”という表情。
けれど、その瞳にはかすかに笑みも滲んでいて、nameは「ちぇー……」と唇を尖らせてから、ドフラミンゴの方に向き直る。
「で、ドフィ。今回の仕事ってさ、まさかまた……あの長ったらしい情報屋の相手とか?」
「フッフッフ……ま、似たようなもんだな。例の取引先の代理人が来ててな、ちょいと“懐柔”してほしいんだよ」
「また〜?もう“懐柔”のプロって肩書きつけてもらっていい?俺の履歴書に書いとくからさ」
nameは両手を挙げて軽く伸びをするようにしながら、大げさな仕草で天井を仰いだ。
「こんな頑張ってんのにさ、ドフィからは特にご褒美もないし……俺、報われない男の筆頭だと思う」
「……ほぉ?」
ドフラミンゴの口元が、にやりと釣り上がった。陽に照らされたサングラスの奥に光が走る。
「ご褒美が欲しいなら、それなりの成果を見せてもらわないとなァ……なにせ俺は“実利主義”だからよォ?」
「ええー、ドフィのそういうところ、ほんと会社の上司って感じ〜……もっと情で動こうよ、情で……」
「ふふ……だが、情で見逃されるお前みたいな“厄介者”もそういねェぞ?」
ドフラミンゴの言葉に、ロシナンテの肩がわずかに震える。何か言いたげな気配を感じ取ったnameは、視線だけをロシナンテへと向けた。
「ロシー、なにか書きたいことがあるなら今がチャンスだよ。ほら、暴露でもなんでも……」
ロシナンテは無言で手帳を取り出し、数文字だけを記して見せる。
【図々しいにも程がある】
「ロシーまで!?ひどい、俺ひとりだけ悪者じゃん!」
両手をばっと広げて抗議するように立ち尽くすnameに、ドフラミンゴは喉の奥で笑いを漏らす。
「……いいじゃねぇか、name。そういう厚かましいやつ、俺は嫌いじゃねェよ」
「ふふ、それ褒め言葉として受け取っとく。……で、報酬はちゃんと頭の中に入れといてね?」
「ああ、考えといてやるよ。……成果次第で、な」
気怠くも、どこか艶を帯びたそのやりとりのなかで、部屋の空気はわずかに揺れ、濃くなる。このやり取り自体がもう“ファミリー”の中のある種の儀式のようで、そしてこの“面倒臭がりな色男”が、確かにこの組織の歯車として確立されていることを、誰もが知っていた。
陽がまた、ゆっくりと傾く。
そしてその陰影の中、ロシナンテとnameは再び任務へと向かうため、無言で踵を返した。ドフラミンゴの笑みだけが、その背中に静かに降り注いでいた。重く装飾された扉が静かに閉じられる。
足音は遠ざかり、コートの裾がひとつ風を起こして消えていく――
ドフラミンゴは椅子の背にもたれたまま、ふたりの背中を見送ったその姿勢のまま、しばらく微動だにしなかった。
ふ、と。視線を斜め上に向ける。天井の彫刻模様を追うように、彼の思考はゆっくりと過去へ滑っていった。
あれは――そう、雨上がりの黄昏時だったか。
面倒な取引を終えたばかりで、機嫌はどちらかといえば悪い方。部下を連れず、ひとり気まぐれに路地を歩いていたあの夕暮れのこと。雑踏の向こう、足音と罵声と、何かが割れる音。いつものように“世界が壊れていく”音がして、ドフラミンゴは特に気にも止めず、口角を引き上げて葉巻に火をつけようとしていた。
だがそのとき――
「やっと見つけた……!もう、どんだけ探させるの……早く帰ろ、パパ」
突然、ぴたりと彼の腕に縋りつくように絡まった男がいた。
見知らぬ若い男。服は乱れ、髪も濡れ、息を荒げながら、それでもどこか笑っていた。あまりに唐突で、あまりに堂々と、まるで当然のように“家族”を装ってみせたその様に、さすがのドフラミンゴも、数秒――思考が止まった。
「……は?」
その一言すら遅れた。
が、次の瞬間には視線の先、通りの向こうから何人もの男たちが追ってきているのが見えた。
顔には焦りと苛立ち。追われていた男の真の姿を映すような、その気配。
――そうか、そういうことか。
理解よりも先に、口元が歪む。呆れでも驚きでもない。愉悦だ。あまりに突拍子もなく、厚かましく、しかしこの状況を一撃でひっくり返した“面の皮の厚さ”が――たまらなく面白かった。
ドフラミンゴはゆっくりと笑うと、肩に巻きついた男を引き寄せながら、何食わぬ顔で通りを睨んだ。
そして、懐から銃を抜き、追手のうちのひとり――こちらに最も近づいてきた男の額に、何の警告もなく一発。音が路地に響き、残りの追手は一瞬で凍りついた。
「……なんだァ、俺の“モノ”に手ェ出すってのか?」
低く、笑いながらそう言い放ったその声に、残りの連中は一斉に逃げ散っていった。その光景を、腕にしがみついていた男――nameは、くすくすと笑いながら見下ろしていた。
「……やだ、ほんとに助けてくれるとは。ドンキホーテ・ドフラミンゴって、案外情あるんだね」
「……面白ェ奴だな、お前」
出会いは、それだけだった。ただ、それだけで十分だった。
あの時点で、すでに惹かれていたのかもしれない。図々しく、空気を読み、嘘を本物に変えるような男。誰よりも懐に入り込むのが上手いくせに、なぜか誰にも依存しない。軽薄そうな笑みの裏に、深い穴のような静けさを孕んでいる――そんな、掴みどころのない奴。
その日のうちに、ロシナンテの傍に置いた。冗談交じりに「拾いもんだ」と笑いながら。
だが実際には、nameという存在がどれだけこのファミリーにとって異質で、同時に重要な“駒”になるかを、本能的に見抜いていたのかもしれない。
「……なァ、ロシー。お前、今でもわかってんだろ?」
ひとりごとのように、ドフラミンゴは天井に向かってぽつりと呟く。
「お前があいつに惹かれてる理由は、俺と同じだ。……あいつはなァ、どこまでいっても“こっち側”の人間なんだよ」
狂気と理性、嘘と真実、愛と無関心。すべてを曖昧なまま、甘く笑ってやり過ごす。
だからこそ、手放せない。椅子に深く腰を下ろしながら、ドフラミンゴはもう一度、静かに笑った。熱の残る部屋に、彼の低い嗤いだけが、しばらくのあいだ木霊していた。日が傾きはじめた街道を、ふたりの影が長く伸びていた。
帽子の影が瞳の奥を隠している。
けれどその視線は、静かに、部屋の奥――着替えを渋々始めたnameの姿を捉えていた。
nameは、鏡の前で面倒くさそうにシャツの襟を引っ張りながら、小さくため息をつく。ゆるく落ちた髪をざっと手櫛で撫で、アクセサリーの類も普段よりは控えめに選びながら、何度も「あー」とか「うー」とか唸るような声を漏らしている。
――ふと、ロシナンテの脳裏に、数年前の光景が重なった。
あれは、自分が“コラソン”としてドン・キホーテファミリーに再び姿を現した直後のこと。
その日、彼は奇妙な男に出会った。自分よりも6つも若く、目が異様に綺麗で、他人の心を盗むような仕草で笑う――その名をnameと言った。
nameがファミリーに現れたのは、どこか唐突だった。
裏で誰と繋がっていたかは語られなかったし、ドフラミンゴは説明をほとんどしなかった。ただ「お前と組ませる」とだけ言われて。
最初の任務を終えた帰り道、無言で煙草をふかすロシナンテの隣で、nameは「ねえ、ロシーって呼んでいい?」とあっけらかんと聞いてきた。
まるで、こちらの裏側まで全部見透かしているような視線だった。感情の底を覗かれるような、掴みきれない透明な眼差し。誰にでも懐くように見えて、誰の懐にも入らせないような絶妙な距離感。陽気なのに、虚ろ。軽薄そうなのに、ふとした瞬間に底が知れなくなる。
そんな男に、ドフラミンゴが妙に気を許している風があったのも――ある意味で、当然だった。
(……懐柔したのは、どっちだったんだろうな)
ふとそんな思考がよぎり、ロシナンテは無意識に鼻で笑いそうになる。笑わない代わりに、指先で煙草を弄び、息の代わりに肩をゆっくり上下させた。
――あのときから、もうずいぶん経った。
任務を共に重ねるうちに、自然と隣にいるのが当たり前になった。海軍と海賊の二重の任務に心が擦り減っても、nameは何も言わずに隣にいてくれた。自分の正体を知った時も、「あー……やっぱね」と、肩を竦めて言っただけだった。その異常なまでの“無関心さ”が、逆に刺さった。
(……面倒だから、って。……それで全部終わらせるなよ)
けれど、どれだけ投げやりに見えても、nameはずっとロシナンテを裏切らなかった。その事実だけが、じわじわと染みるように信頼へと変わり――時折、自分でも驚くほど甘くなってしまうことがあった。
「……できたー。やっと着替えた……見てロシー、俺、えらい」
そんな声とともに、nameがやっとのことで着替えを済ませて出てくる。
余所行きの服。緩さを残しつつも、引き締まった襟元。髪はラフに整えていて、それでも艶があって、どこか艶めかしい。横を通り過ぎるとき、nameはロシナンテの腕を小突く。
「ほんとに、今日仕事?やんなっちゃうなあ……またあのタラシたちと情報戦っしょ。俺、あいつらの名前覚えてないもん」
ロシナンテは無言でメモ帳を取り出し、さらさらと書く。
【任務は任務。ドフィも見てる。】
「はいはい、ドフラミンゴね。ロシーってドフラミンゴには“真面目”って思われてるもんねぇ。えらいねぇ~」
わざと声を甘く伸ばして、笑いながらnameはロシナンテの前を歩く。くるりと一度振り返り、指先で自分の唇を撫でながら、ふっと笑ってみせる。
「ねぇ、今日の帰り、またロシーんとこ寄ってもいい?」
その問いにロシナンテは少しだけ立ち止まり、メモを出すでもなく、ただわずかに頷いた。
その仕草に、nameの唇が、ふっと緩んだ。廊下の窓の向こう、日が傾き始めている。
任務の重さとは裏腹に、ふたりの歩調はどこまでも軽やかで、絶妙な距離感で保たれていた。
それは、誰にも測れない絆であり、誰にも踏み込めない静謐な共犯関係だった。重たく飾り立てられた扉を押し開くと、部屋の奥にはいつものように高笑いと共に座る“王”の姿があった。
陽の光を斜めに受けた金髪とサングラス。
椅子にもたれかかるようにして脚を組み、指先には嗜みの葉巻。
ドン・キホーテ・ドフラミンゴ――その男が、今日もこの王座のような部屋の空気を支配していた。
「よう、よく来たなァ。ロシーに……name、か」
サングラスの奥から投げかけられた声に、nameはゆっくりと歩みを止めてぺこりと一礼。ただし、その動作の端々にどこか“面倒臭さ”が滲むのは相変わらずだった。
「どーもドフィ。今日も派手な椅子にどっしり座っててお元気そうで……」
「皮肉か?」
「敬意ですよぉ」
にこにこと笑いながらも、語尾には露骨なだるさが滲む。すでに、この空間に漂う“仕事の匂い”が、彼のテンションを落としているのは明らかだった。
ロシナンテは無言で隣に立ち、すぐに取り出した手帳に何かを書き始める。差し出されたページには、簡潔な筆跡でこう書かれていた。
【ドフィが直々にだ。適当に流せる案件じゃない。】
「……うぇ、もうこの時点で気が重いんだけど……ロシー、もっとやんわり言ってよ……俺のメンタルにも配慮して……」
小声でぶつぶつ文句を言いながら、nameはロシナンテの肘に寄りかかる。
その瞬間、軽く頭をこつんと小突かれた。
「……いっ……もう……っ」
振り返れば、ロシナンテは肩を竦めて、少しだけ目を細めていた。
“甘えるな”という表情。
けれど、その瞳にはかすかに笑みも滲んでいて、nameは「ちぇー……」と唇を尖らせてから、ドフラミンゴの方に向き直る。
「で、ドフィ。今回の仕事ってさ、まさかまた……あの長ったらしい情報屋の相手とか?」
「フッフッフ……ま、似たようなもんだな。例の取引先の代理人が来ててな、ちょいと“懐柔”してほしいんだよ」
「また〜?もう“懐柔”のプロって肩書きつけてもらっていい?俺の履歴書に書いとくからさ」
nameは両手を挙げて軽く伸びをするようにしながら、大げさな仕草で天井を仰いだ。
「こんな頑張ってんのにさ、ドフィからは特にご褒美もないし……俺、報われない男の筆頭だと思う」
「……ほぉ?」
ドフラミンゴの口元が、にやりと釣り上がった。陽に照らされたサングラスの奥に光が走る。
「ご褒美が欲しいなら、それなりの成果を見せてもらわないとなァ……なにせ俺は“実利主義”だからよォ?」
「ええー、ドフィのそういうところ、ほんと会社の上司って感じ〜……もっと情で動こうよ、情で……」
「ふふ……だが、情で見逃されるお前みたいな“厄介者”もそういねェぞ?」
ドフラミンゴの言葉に、ロシナンテの肩がわずかに震える。何か言いたげな気配を感じ取ったnameは、視線だけをロシナンテへと向けた。
「ロシー、なにか書きたいことがあるなら今がチャンスだよ。ほら、暴露でもなんでも……」
ロシナンテは無言で手帳を取り出し、数文字だけを記して見せる。
【図々しいにも程がある】
「ロシーまで!?ひどい、俺ひとりだけ悪者じゃん!」
両手をばっと広げて抗議するように立ち尽くすnameに、ドフラミンゴは喉の奥で笑いを漏らす。
「……いいじゃねぇか、name。そういう厚かましいやつ、俺は嫌いじゃねェよ」
「ふふ、それ褒め言葉として受け取っとく。……で、報酬はちゃんと頭の中に入れといてね?」
「ああ、考えといてやるよ。……成果次第で、な」
気怠くも、どこか艶を帯びたそのやりとりのなかで、部屋の空気はわずかに揺れ、濃くなる。このやり取り自体がもう“ファミリー”の中のある種の儀式のようで、そしてこの“面倒臭がりな色男”が、確かにこの組織の歯車として確立されていることを、誰もが知っていた。
陽がまた、ゆっくりと傾く。
そしてその陰影の中、ロシナンテとnameは再び任務へと向かうため、無言で踵を返した。ドフラミンゴの笑みだけが、その背中に静かに降り注いでいた。重く装飾された扉が静かに閉じられる。
足音は遠ざかり、コートの裾がひとつ風を起こして消えていく――
ドフラミンゴは椅子の背にもたれたまま、ふたりの背中を見送ったその姿勢のまま、しばらく微動だにしなかった。
ふ、と。視線を斜め上に向ける。天井の彫刻模様を追うように、彼の思考はゆっくりと過去へ滑っていった。
あれは――そう、雨上がりの黄昏時だったか。
面倒な取引を終えたばかりで、機嫌はどちらかといえば悪い方。部下を連れず、ひとり気まぐれに路地を歩いていたあの夕暮れのこと。雑踏の向こう、足音と罵声と、何かが割れる音。いつものように“世界が壊れていく”音がして、ドフラミンゴは特に気にも止めず、口角を引き上げて葉巻に火をつけようとしていた。
だがそのとき――
「やっと見つけた……!もう、どんだけ探させるの……早く帰ろ、パパ」
突然、ぴたりと彼の腕に縋りつくように絡まった男がいた。
見知らぬ若い男。服は乱れ、髪も濡れ、息を荒げながら、それでもどこか笑っていた。あまりに唐突で、あまりに堂々と、まるで当然のように“家族”を装ってみせたその様に、さすがのドフラミンゴも、数秒――思考が止まった。
「……は?」
その一言すら遅れた。
が、次の瞬間には視線の先、通りの向こうから何人もの男たちが追ってきているのが見えた。
顔には焦りと苛立ち。追われていた男の真の姿を映すような、その気配。
――そうか、そういうことか。
理解よりも先に、口元が歪む。呆れでも驚きでもない。愉悦だ。あまりに突拍子もなく、厚かましく、しかしこの状況を一撃でひっくり返した“面の皮の厚さ”が――たまらなく面白かった。
ドフラミンゴはゆっくりと笑うと、肩に巻きついた男を引き寄せながら、何食わぬ顔で通りを睨んだ。
そして、懐から銃を抜き、追手のうちのひとり――こちらに最も近づいてきた男の額に、何の警告もなく一発。音が路地に響き、残りの追手は一瞬で凍りついた。
「……なんだァ、俺の“モノ”に手ェ出すってのか?」
低く、笑いながらそう言い放ったその声に、残りの連中は一斉に逃げ散っていった。その光景を、腕にしがみついていた男――nameは、くすくすと笑いながら見下ろしていた。
「……やだ、ほんとに助けてくれるとは。ドンキホーテ・ドフラミンゴって、案外情あるんだね」
「……面白ェ奴だな、お前」
出会いは、それだけだった。ただ、それだけで十分だった。
あの時点で、すでに惹かれていたのかもしれない。図々しく、空気を読み、嘘を本物に変えるような男。誰よりも懐に入り込むのが上手いくせに、なぜか誰にも依存しない。軽薄そうな笑みの裏に、深い穴のような静けさを孕んでいる――そんな、掴みどころのない奴。
その日のうちに、ロシナンテの傍に置いた。冗談交じりに「拾いもんだ」と笑いながら。
だが実際には、nameという存在がどれだけこのファミリーにとって異質で、同時に重要な“駒”になるかを、本能的に見抜いていたのかもしれない。
「……なァ、ロシー。お前、今でもわかってんだろ?」
ひとりごとのように、ドフラミンゴは天井に向かってぽつりと呟く。
「お前があいつに惹かれてる理由は、俺と同じだ。……あいつはなァ、どこまでいっても“こっち側”の人間なんだよ」
狂気と理性、嘘と真実、愛と無関心。すべてを曖昧なまま、甘く笑ってやり過ごす。
だからこそ、手放せない。椅子に深く腰を下ろしながら、ドフラミンゴはもう一度、静かに笑った。熱の残る部屋に、彼の低い嗤いだけが、しばらくのあいだ木霊していた。日が傾きはじめた街道を、ふたりの影が長く伸びていた。