15 y ago
name
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煌びやかな光が断続的にまたたく、港町の夜。
海風はやや湿気を帯びていたが、賑やかな路地の奥ではそれすらも熱気にかき消されていた。艶やかに化粧を施された女たちの声、酔客の笑い声、ジャズめいた音楽。
その一角、格式高めのバーのテラス席で、ひときわ目を引く“白”がふわりと舞っていた。白いファーのコートに、黒のグローブ。腰のくびれを強調するようなシルエット。所作ひとつ、笑みひとつが計算されたような色気を帯び、まるでそれ自体が舞台装置のようだ。
nameだった。柔らかな髪がテーブルライトの下で艶やかに光る。今日の“相手”は、軍服を着た男。名を持つ将校だろう。きつめの酒を片手に、nameの話に食い入るように笑っている。
……その光景を、道の向こうからロシナンテはじっと見ていた。いつも通りの黒のロングコートに、道化のような帽子。その影の奥で、煙草をくわえたまま、目だけが鋭くnameをとらえている。
nameはそれにすぐに気がついた。
途端に表情筋がぴくりと動く。“ゲッ”という、心の声が額ににじむ。だが、接待中である。見つけた素振りを見せず、笑顔のままにグラスを傾ける。目線だけが泳ぎ、その視線の先に、彼が確かにいる。
ロシー。わざとだ、とnameはすぐに察した。あの男はこういう悪戯をする。わざわざ相手からは見えない斜め後方の席を選び、ぬけぬけと腰を下ろしてメニューを開く。まるでただの通りすがりのように、注文を済ませ、グラスに口をつけながら……視線だけはnameを見ている。ぞわりと、背筋を撫でられるような感覚。“見られてる”意識が、皮膚の表面をざわつかせる。
それでもnameは涼しい顔をして、話し相手の男に微笑み、時には小さく笑ってみせる。が、さりげない手の仕草はどこか固く、足先も落ち着きなくテーブルの下で揺れていた。しばらくして、ふいにウェイターがnameのもとへ。一枚の紙片が届けられる。――筆跡は見慣れたものだった。
【その白、よく目立つな。どうせならもう少し中身も上等なものにしたらどうだ?】
ぞっとするような文面だった。ロシナンテ特有の、からかいとも皮肉ともとれる筆致。nameはそれを見て、くっと笑う。小さく、そして疲れたような、けれどどこか諦め混じりの微笑み。白のコートは、今夜も汚れなかった。けれど、その内側は――確かに、少しだけ、擦り減っていた。
「……ロシー、ほんと、性格わる……」
呟く声は誰にも届かない。けれど、向こうの席でロシナンテは静かにグラスを掲げた。まるでそれが、答えであるかのように。
夜風が吹き抜ける。その白と黒のコントラストだけが、深く夜を切り取っていた。テラスの空気が、じわりと湿度を増していた。グラスの縁に残った唇の跡。笑うたびに揺れる睫毛の影。
nameの指先が、赤いワイングラスの脚を撫でるように滑り、そのまま艶やかな動作でテーブルを隔てた男の手へと自然に重なった。指先が指先を誘い、意味ありげな目線が交わる。わずかに口角を上げたnameは、まるで舞台役者のようだった。この場に求められているのは何か。自分がいま何を演じているか。それを理解し、受け入れてなお、身を差し出している。
――その光景を、通りの奥からロシナンテはじっと見ていた。
黒のコートの襟を立て、帽子の影に表情を沈めたまま、煙草の火だけがじわりと赤く明滅する。目の前で笑うnameの笑顔が、どこまでも“作られた”ものであることに、彼は気づいていた。それでも――否、それだからこそ――視線は逸らせなかった。
「……っ、」
nameの肩が、ふと一度だけ震えた。だが、それを“震え”として気づく者はいない。接待相手の男は完全に夢中だ。グラスを重ね、親しげに寄り添い、やがて男の手がnameの太腿へと伸びる。それを、笑顔のまま受け入れながら、nameは自然と身体を傾けていく。
横顔だけがロシナンテの視界に映るように――
白いファーの襟がふわりと揺れる。光の加減で、頬が紅潮しているようにも見える。けれどあれは、演技だ。自分で火を点け、熱を上げている。誘惑の、駆け引きの、甘くて冷たい仮面の中に、自分の身体を置いて。
“見てるの、知ってるから。”
そう言われている気がして、ロシナンテは煙草を深く吸った。目の奥がかすかに疼く。わざとらしい仕草で接待相手に笑いかけるnameの視線が、数秒だけこちらに流れる。その目の奥の、焦点が合わないような揺れに、彼は唇を噛んだ。
(……あいつ、)
ふっと、ひとつ息を吐く。溜息だった。それ以外に、できることがなかった。あの白は、もうずいぶん器用に、汚れを避けるようになった。
でも、器用になりすぎたそのぶん――きっと、誰よりも、自分の内側に擦り傷を作っていることも、知っている。それでもnameは笑っていた。艶やかに、いやらしく、プロの顔で。
あの白い悪魔の名のままに、取引を、肉体を、全部手段として――まるで何も感じていないかのように。けれど、あの視線の奥にちらりと見えた何かが。ロシナンテの胸の奥に、刺さったままだった。
海風はやや湿気を帯びていたが、賑やかな路地の奥ではそれすらも熱気にかき消されていた。艶やかに化粧を施された女たちの声、酔客の笑い声、ジャズめいた音楽。
その一角、格式高めのバーのテラス席で、ひときわ目を引く“白”がふわりと舞っていた。白いファーのコートに、黒のグローブ。腰のくびれを強調するようなシルエット。所作ひとつ、笑みひとつが計算されたような色気を帯び、まるでそれ自体が舞台装置のようだ。
nameだった。柔らかな髪がテーブルライトの下で艶やかに光る。今日の“相手”は、軍服を着た男。名を持つ将校だろう。きつめの酒を片手に、nameの話に食い入るように笑っている。
……その光景を、道の向こうからロシナンテはじっと見ていた。いつも通りの黒のロングコートに、道化のような帽子。その影の奥で、煙草をくわえたまま、目だけが鋭くnameをとらえている。
nameはそれにすぐに気がついた。
途端に表情筋がぴくりと動く。“ゲッ”という、心の声が額ににじむ。だが、接待中である。見つけた素振りを見せず、笑顔のままにグラスを傾ける。目線だけが泳ぎ、その視線の先に、彼が確かにいる。
ロシー。わざとだ、とnameはすぐに察した。あの男はこういう悪戯をする。わざわざ相手からは見えない斜め後方の席を選び、ぬけぬけと腰を下ろしてメニューを開く。まるでただの通りすがりのように、注文を済ませ、グラスに口をつけながら……視線だけはnameを見ている。ぞわりと、背筋を撫でられるような感覚。“見られてる”意識が、皮膚の表面をざわつかせる。
それでもnameは涼しい顔をして、話し相手の男に微笑み、時には小さく笑ってみせる。が、さりげない手の仕草はどこか固く、足先も落ち着きなくテーブルの下で揺れていた。しばらくして、ふいにウェイターがnameのもとへ。一枚の紙片が届けられる。――筆跡は見慣れたものだった。
【その白、よく目立つな。どうせならもう少し中身も上等なものにしたらどうだ?】
ぞっとするような文面だった。ロシナンテ特有の、からかいとも皮肉ともとれる筆致。nameはそれを見て、くっと笑う。小さく、そして疲れたような、けれどどこか諦め混じりの微笑み。白のコートは、今夜も汚れなかった。けれど、その内側は――確かに、少しだけ、擦り減っていた。
「……ロシー、ほんと、性格わる……」
呟く声は誰にも届かない。けれど、向こうの席でロシナンテは静かにグラスを掲げた。まるでそれが、答えであるかのように。
夜風が吹き抜ける。その白と黒のコントラストだけが、深く夜を切り取っていた。テラスの空気が、じわりと湿度を増していた。グラスの縁に残った唇の跡。笑うたびに揺れる睫毛の影。
nameの指先が、赤いワイングラスの脚を撫でるように滑り、そのまま艶やかな動作でテーブルを隔てた男の手へと自然に重なった。指先が指先を誘い、意味ありげな目線が交わる。わずかに口角を上げたnameは、まるで舞台役者のようだった。この場に求められているのは何か。自分がいま何を演じているか。それを理解し、受け入れてなお、身を差し出している。
――その光景を、通りの奥からロシナンテはじっと見ていた。
黒のコートの襟を立て、帽子の影に表情を沈めたまま、煙草の火だけがじわりと赤く明滅する。目の前で笑うnameの笑顔が、どこまでも“作られた”ものであることに、彼は気づいていた。それでも――否、それだからこそ――視線は逸らせなかった。
「……っ、」
nameの肩が、ふと一度だけ震えた。だが、それを“震え”として気づく者はいない。接待相手の男は完全に夢中だ。グラスを重ね、親しげに寄り添い、やがて男の手がnameの太腿へと伸びる。それを、笑顔のまま受け入れながら、nameは自然と身体を傾けていく。
横顔だけがロシナンテの視界に映るように――
白いファーの襟がふわりと揺れる。光の加減で、頬が紅潮しているようにも見える。けれどあれは、演技だ。自分で火を点け、熱を上げている。誘惑の、駆け引きの、甘くて冷たい仮面の中に、自分の身体を置いて。
“見てるの、知ってるから。”
そう言われている気がして、ロシナンテは煙草を深く吸った。目の奥がかすかに疼く。わざとらしい仕草で接待相手に笑いかけるnameの視線が、数秒だけこちらに流れる。その目の奥の、焦点が合わないような揺れに、彼は唇を噛んだ。
(……あいつ、)
ふっと、ひとつ息を吐く。溜息だった。それ以外に、できることがなかった。あの白は、もうずいぶん器用に、汚れを避けるようになった。
でも、器用になりすぎたそのぶん――きっと、誰よりも、自分の内側に擦り傷を作っていることも、知っている。それでもnameは笑っていた。艶やかに、いやらしく、プロの顔で。
あの白い悪魔の名のままに、取引を、肉体を、全部手段として――まるで何も感じていないかのように。けれど、あの視線の奥にちらりと見えた何かが。ロシナンテの胸の奥に、刺さったままだった。