03.winter island
name
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海は、まるで世界の終わりのように荒れていた。
灰色の空と鉛の海とが境を失い、怒涛の唸りと共に船を揺さぶる。上下左右も分からないような揺れが、四六時中、骨の髄まで叩きつけてくる。
船体はきしみ、帆は破れ、潮は容赦なく甲板を洗い続ける。
その只中で、nameは吐き気とめまい、悪寒と頭痛、すべてを抱え込んで、細く折れそうな身体を船室の片隅に押し込んでいた。
潮の匂いすらもう感じ取れない。感覚が鈍く、ただ波に飲まれぬよう必死で生きていた。
言葉をかけてくれる船員はいた。水を差し出し、毛布をかけてくれる者もいた。
だがそれは、遠くにいる誰かの好意のようにしか感じられなかった。
身体の芯まで弱り果てた今、nameにとっての唯一の拠り所は――
震える指で握りしめる、小さな金属の塊。
クロコダイルのものだった、あのライター。
濡れぬよう、傷つかぬよう、ずっと服の奥にしまっていたそれを、nameは喉が詰まるような思いでそっと握りしめる。
カチッ
火はつかない。ただ開閉するだけの乾いた音が、唯一、自分の世界に響いた。
(……クロコダイル様……)
熱を持った手のひらに冷たい金属が触れるたび、あの人の無言の横顔が脳裏に浮かぶ。
呼吸を浅くしながら、船室の揺れの中で瞼を閉じれば、思い出すのは――
……ジョーカー。
――天夜叉。
あの男に会った夜の、あの湿った倉庫の空気。
笑っていた。あの男は、あのときも、昔も。
レインディーズの奥、nameがまだ使い物にならない小さなメイドだった頃。
クロコダイル様の命で、廊下の角でじっと膝をついて控えていたあの時間。
部屋の奥から届いた、低く笑う声。
「お前もこんなもん、飼ってんのか?……なァ、クロコダイル」
からかうように、愉しそうに。
声だけでも、ドフラミンゴという男がどれだけ人を苛立たせるかよくわかった。
そのたびに、クロコダイルの返事は低く、冷ややかだった。
「黙れ、ドフラミンゴ」
nameは、知っていた。
ジャヤで再びあの男と会ったとき、ジョーカーという偽名の裏に隠されたその本名を。
けれど、口に出すことはしなかった。
それは、たぶん――
(……クロコダイル様が、あの男のことを“嫌っていた”から……)
好きな人が嫌うものは、できれば目にも口にも出したくない。
ただそれだけの、子供じみた、けれど胸に深く刻まれた感情。
ジョーカー――天夜叉の名を封じたまま、嘘を重ねて切り抜けた。
その代償は、重く、身体に残っている。
カチッ
またライターの蓋が跳ねる。火は、つかない。
でも、あの人の残り香のような温度が、手の中にある。
船は今も、波に揺られながら進んでいる。
頭がぼんやりとする。船のどこかで怒号が飛び交っている。
でもそれも、遠い世界のことのようだ。
nameは静かに、膝を抱え込んだまま目を閉じる。
目の裏には、重いコートをまとい、煙草を咥えたあの男の背が、何度も何度も浮かんでは消えた。
クロコダイル様がいた、レインディーズ。
すべてが崩れた日常のなかで、唯一、戻りたいと願える場所。
(……帰りたい……)
そう心で呟いた瞬間、熱がこみ上げた。
ただの海風が頬に触れただけで、涙が滲む。
苦しさも、薬の影響も、潮の匂いも、すべての底にあるその想いだけが、確かに胸を叩いていた。
クロコダイル様の元へ――
たとえ、どんな毒に染まっても。
この旅が終わるとき、たどり着くのは、ただひとつ。
その背だけ。
灰色の空と鉛の海とが境を失い、怒涛の唸りと共に船を揺さぶる。上下左右も分からないような揺れが、四六時中、骨の髄まで叩きつけてくる。
船体はきしみ、帆は破れ、潮は容赦なく甲板を洗い続ける。
その只中で、nameは吐き気とめまい、悪寒と頭痛、すべてを抱え込んで、細く折れそうな身体を船室の片隅に押し込んでいた。
潮の匂いすらもう感じ取れない。感覚が鈍く、ただ波に飲まれぬよう必死で生きていた。
言葉をかけてくれる船員はいた。水を差し出し、毛布をかけてくれる者もいた。
だがそれは、遠くにいる誰かの好意のようにしか感じられなかった。
身体の芯まで弱り果てた今、nameにとっての唯一の拠り所は――
震える指で握りしめる、小さな金属の塊。
クロコダイルのものだった、あのライター。
濡れぬよう、傷つかぬよう、ずっと服の奥にしまっていたそれを、nameは喉が詰まるような思いでそっと握りしめる。
カチッ
火はつかない。ただ開閉するだけの乾いた音が、唯一、自分の世界に響いた。
(……クロコダイル様……)
熱を持った手のひらに冷たい金属が触れるたび、あの人の無言の横顔が脳裏に浮かぶ。
呼吸を浅くしながら、船室の揺れの中で瞼を閉じれば、思い出すのは――
……ジョーカー。
――天夜叉。
あの男に会った夜の、あの湿った倉庫の空気。
笑っていた。あの男は、あのときも、昔も。
レインディーズの奥、nameがまだ使い物にならない小さなメイドだった頃。
クロコダイル様の命で、廊下の角でじっと膝をついて控えていたあの時間。
部屋の奥から届いた、低く笑う声。
「お前もこんなもん、飼ってんのか?……なァ、クロコダイル」
からかうように、愉しそうに。
声だけでも、ドフラミンゴという男がどれだけ人を苛立たせるかよくわかった。
そのたびに、クロコダイルの返事は低く、冷ややかだった。
「黙れ、ドフラミンゴ」
nameは、知っていた。
ジャヤで再びあの男と会ったとき、ジョーカーという偽名の裏に隠されたその本名を。
けれど、口に出すことはしなかった。
それは、たぶん――
(……クロコダイル様が、あの男のことを“嫌っていた”から……)
好きな人が嫌うものは、できれば目にも口にも出したくない。
ただそれだけの、子供じみた、けれど胸に深く刻まれた感情。
ジョーカー――天夜叉の名を封じたまま、嘘を重ねて切り抜けた。
その代償は、重く、身体に残っている。
カチッ
またライターの蓋が跳ねる。火は、つかない。
でも、あの人の残り香のような温度が、手の中にある。
船は今も、波に揺られながら進んでいる。
頭がぼんやりとする。船のどこかで怒号が飛び交っている。
でもそれも、遠い世界のことのようだ。
nameは静かに、膝を抱え込んだまま目を閉じる。
目の裏には、重いコートをまとい、煙草を咥えたあの男の背が、何度も何度も浮かんでは消えた。
クロコダイル様がいた、レインディーズ。
すべてが崩れた日常のなかで、唯一、戻りたいと願える場所。
(……帰りたい……)
そう心で呟いた瞬間、熱がこみ上げた。
ただの海風が頬に触れただけで、涙が滲む。
苦しさも、薬の影響も、潮の匂いも、すべての底にあるその想いだけが、確かに胸を叩いていた。
クロコダイル様の元へ――
たとえ、どんな毒に染まっても。
この旅が終わるとき、たどり着くのは、ただひとつ。
その背だけ。