02.jaya:mock town
name
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レインディーズの周囲は沈黙に包まれていた。戦争が終わり、王宮も街も人々も新たな秩序へと再構築を始める中、その建物だけが取り残されたように静まり返っている。軍の黄色い封鎖線が無機質に張り巡らされ、かつて活気と狂騒が入り混じっていたこの場所には、もはや足音ひとつ響かない。けれど、nameは迷わなかった。
ただ立ち尽くすには、胸の内があまりにも飽和していた。
砂嵐に覆われた砂漠を越え、港に立ち尽くしていたあの朝から数日。nameは誰にも言わず、ひとりでこの建物へ戻ってきた。レインディーズに。クロコダイルがいた場所に。
「……いるわけ、ないのにね」
ぽつりと口の中でこぼした声は、埃に沈んだ空間に吸い込まれていった。
海軍の目を盗んで、裏手から抜け道を探した。昔、物資搬入に使われていた細い搬入口。鉄柵は壊れており、かろうじて身体を滑り込ませることができた。中に入った瞬間、ぬるい埃の匂いと、誰もいなくなった空気の重さが皮膚にまとわりつく。記憶のなかで騒がしかった調理場も、事務室も、すべてが静寂の中に沈んでいた。まるで、何もかもが「なかったこと」にされてしまったように。
だが、nameにとっては違った。ここは、彼に出会い、彼の紅茶を淹れ、彼の背中を遠くから見つめていた場所だった。滲むような記憶の断片が、足元に積もった埃の上を滑っていく。
執務室の扉は閉じられていた。けれど鍵はかかっていない。手をかけて、少しだけ力を込める。かすかな軋みとともに扉が開き、薄暗い部屋の中に光が差し込む。あのときと同じ配置、あのときと同じ空気。机、ソファ、窓の外の砂風。違うのは、そこに誰の気配も残っていないこと。
ふと、机の上に目が留まる。ティーカップ。nameがいつも紅茶を淹れていた、薄く繊細な磁器のカップ。だが中には、予想外のものがあった。
「……ライター……?」
それは、クロコダイルが常に持ち歩いていた高級品だった。金属製の重厚な本体。擦ると低く心地よい音を立てて炎を生む、彼の象徴のような品。いつも指先で弄んでいた、癖のように。
それが今、ぽつんとティーカップの中に置かれている。
違和感が、胸を締め付ける。彼がこれを置いていくはずがない。あの人は物に執着しないが、それでも無造作に手放すような人ではなかった。
「……わたし、に……?」
誰にも言ってはいけないとわかっていても、口の中でつぶやかずにはいられなかった。
ライターを手に取る。冷たい金属の感触が指先を貫いたあと、じんわりと温もりを帯びていく。まるで、まだ彼の体温が残っているかのように。それを手の中に握りしめたnameは、知らず知らず、肩を震わせていた。
ティーカップの中に、わざわざ入れていた。それは偶然でも、投げ捨てでもない。置くという行為、選ぶという意志。それが意味を持つなら、この行為も何かの形として、name1#に残されたのだと思いたかった。
――忘れるな、と。あるいは、また来いと。
どちらにせよ、nameの胸にあったものはひとつだった。
(わたし、あの人に会いに行く。もう一度、会いたい)
その決意は、ただの感傷ではなかった。あの朝、群衆の中でかわした最後の視線。たしかにそこには、言葉よりも深く、強く、託されたものがあった。
帰り際、部屋を出る直前。nameはもう一度振り返る。誰もいないはずの空間に、ふと気配を感じた。香りも、音も、視線もない。ただ確かに、そこに「いた」ような錯覚。
「……いってきます」
静かに呟いてから、nameは再び扉を閉めた。
その手には、ひとつの古いライターが握られていた。重さは小さく、だがそれ以上に、意味と想いが詰まっていた。
ただ立ち尽くすには、胸の内があまりにも飽和していた。
砂嵐に覆われた砂漠を越え、港に立ち尽くしていたあの朝から数日。nameは誰にも言わず、ひとりでこの建物へ戻ってきた。レインディーズに。クロコダイルがいた場所に。
「……いるわけ、ないのにね」
ぽつりと口の中でこぼした声は、埃に沈んだ空間に吸い込まれていった。
海軍の目を盗んで、裏手から抜け道を探した。昔、物資搬入に使われていた細い搬入口。鉄柵は壊れており、かろうじて身体を滑り込ませることができた。中に入った瞬間、ぬるい埃の匂いと、誰もいなくなった空気の重さが皮膚にまとわりつく。記憶のなかで騒がしかった調理場も、事務室も、すべてが静寂の中に沈んでいた。まるで、何もかもが「なかったこと」にされてしまったように。
だが、nameにとっては違った。ここは、彼に出会い、彼の紅茶を淹れ、彼の背中を遠くから見つめていた場所だった。滲むような記憶の断片が、足元に積もった埃の上を滑っていく。
執務室の扉は閉じられていた。けれど鍵はかかっていない。手をかけて、少しだけ力を込める。かすかな軋みとともに扉が開き、薄暗い部屋の中に光が差し込む。あのときと同じ配置、あのときと同じ空気。机、ソファ、窓の外の砂風。違うのは、そこに誰の気配も残っていないこと。
ふと、机の上に目が留まる。ティーカップ。nameがいつも紅茶を淹れていた、薄く繊細な磁器のカップ。だが中には、予想外のものがあった。
「……ライター……?」
それは、クロコダイルが常に持ち歩いていた高級品だった。金属製の重厚な本体。擦ると低く心地よい音を立てて炎を生む、彼の象徴のような品。いつも指先で弄んでいた、癖のように。
それが今、ぽつんとティーカップの中に置かれている。
違和感が、胸を締め付ける。彼がこれを置いていくはずがない。あの人は物に執着しないが、それでも無造作に手放すような人ではなかった。
「……わたし、に……?」
誰にも言ってはいけないとわかっていても、口の中でつぶやかずにはいられなかった。
ライターを手に取る。冷たい金属の感触が指先を貫いたあと、じんわりと温もりを帯びていく。まるで、まだ彼の体温が残っているかのように。それを手の中に握りしめたnameは、知らず知らず、肩を震わせていた。
ティーカップの中に、わざわざ入れていた。それは偶然でも、投げ捨てでもない。置くという行為、選ぶという意志。それが意味を持つなら、この行為も何かの形として、name1#に残されたのだと思いたかった。
――忘れるな、と。あるいは、また来いと。
どちらにせよ、nameの胸にあったものはひとつだった。
(わたし、あの人に会いに行く。もう一度、会いたい)
その決意は、ただの感傷ではなかった。あの朝、群衆の中でかわした最後の視線。たしかにそこには、言葉よりも深く、強く、託されたものがあった。
帰り際、部屋を出る直前。nameはもう一度振り返る。誰もいないはずの空間に、ふと気配を感じた。香りも、音も、視線もない。ただ確かに、そこに「いた」ような錯覚。
「……いってきます」
静かに呟いてから、nameは再び扉を閉めた。
その手には、ひとつの古いライターが握られていた。重さは小さく、だがそれ以上に、意味と想いが詰まっていた。