13.dress rosa
name
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陽射しが強くなり始めた昼下がり、サウザンド・サニー号はドレスローザ近海に静かにその船体を滑らせていた。見上げる空は澄んでいたが、そこに浮かぶ白い雲はどこかざわついた心を映すように、形を定めぬまま風に流れていた。
甲板では、ローが広げた地図を指先でなぞりながら、作戦の概要を説明していた。彼の声はいつものように淡々と、けれどその奥に確かな緊張と警戒心を滲ませていた。
「――ここがグリーンビット。おれたちはシーザーの引き渡しに向かう。それまでの間、この船を死守してもらう。敵が動く可能性はある。油断するな」
nameはその言葉を、少し離れた位置からうっすらと耳にしていた。ナミがうんうんと頷き、チョッパーが真剣な眼差しで地図を覗き込んでいる。ももの助は若干緊張気味にナミの後ろに隠れ、ブルックは「いや〜、死人にも守らせていただきますよヨホホ!」と笑っていたが、目は冗談を抜いた真面目さを宿していた。
nameもこの“船を守る側”として残ることになっていたが――
(……戻ってきた)
木製の手すりにそっと指を這わせる。港の向こう、陽炎の揺れる街並み。遠目にもはっきりと分かる華やかさと異様な整然さ。それはこの地を支配していた男の“趣味”だった。完璧な支配。完璧な装飾。完璧な偽り。
――この国で、自分は“飼われていた”。
指先に走るかすかな震えを隠すように、nameは深く息を吸い込んだ。作戦説明が終わり、いよいよ部隊が動き出す。そのはずだったが、気づけば――
「……あいつら、もういねェのかよ」
ローが苛立ちを押し隠すようにため息を吐いた。地図を折り畳みながら、目を伏せる。
ルフィ、ゾロ、サンジ、錦えもん、そしてフランキー。作戦説明の途中から、気配は確かに“消えて”いた。指示を聞いた上で勝手に動いたか、あるいは――そもそも最初から聞いてすらいなかったか。
「……全く、話にならねぇ」
呟いたその声は、どこか諦めと慣れを含んでいて、甲板の空気にひとすじ、乾いた風が通り抜けた。
そのとき、nameは周囲の視線を盗むようにして、そっとローに近づいた。船の影に紛れるようにして、低い声で。
「……ロー様」
ローは顔を上げることなく、横目だけでnameを見た。
「なんだ」
声は淡々としていたが、その中には確かに、“今なら聞いてやる”という間があった。
nameは一瞬だけ躊躇い、そして囁くように続けた。
「……私に何かあったとしても、シェムの解毒方法……必ず誰かに、引き継いでください。あの薬が……他の誰かに使われる前に」
ローは目を細めた。風がnameの髪を揺らす。彼女の視線は街の彼方に向けられていて、決して自分を見ていない。けれどその声には、あまりに多くの想いがにじんでいた。
「戻ってこい」
ローの言葉は、静かで、短く、しかし鋭く突き刺さった。
「おれに治せるって言わせたんだ。なら、お前がここで終わる理由はねェ」
それは命令ではなく、願いでもなく――“当然のこと”として語られた言葉だった。nameは、ようやくほんの少しだけ視線を戻す。けれど、目の奥の震えは止まらない。
「……はい」
そう答えたその声は、どこか掠れていて、それでもかすかに強さを含んでいた。その背中を見送るように、ローは静かに視線を伏せた。陽射しはさらに強くなり、ドレスローザの街が、静かに彼らを迎え入れようとしていた。まるで、何もなかったかのような顔で。
港のざわめきが次第に遠ざかり、サウザンドサニー号の甲板には静寂が戻っていた。ローを先頭に、ルフィたちはすでに街の中へと姿を消していた。海風に揺れる帆と、まだかすかに残る足音の余韻だけが、彼らの背中を記憶に留めていた。
nameは手すりに寄りかかりながら、その背をただ黙って見送っていた。視界の端で、ナミが舵を調整し、ブルックがももの助に軽く冗談を飛ばしているのが見えたが、彼女の意識はそこにない。
(……行ってしまった)
まるで、自分だけが船に取り残されたかのような感覚。けれどその孤独は、今に始まったことでもなく、また新しいものでもなかった。
そんな中、トントン、と軽い足音とともに、小柄な影が近づいてくる。
「name、大丈夫なのか?」
振り返れば、そこにいたのはチョッパーだった。麦わらの一味の船医であり、小さな見た目とは裏腹に、医術に関しては確かな腕を持つ仲間。nameはわずかに首をかしげた。
「……ええ。少し、まだぼんやりしていますが……どうかしました?」
チョッパーはもじもじとしながらも、真剣な顔で薬箱のようなものを抱えていた。
「トラ男に頼まれてたんだぞ!お前、まだ完全に抜けたってわけじゃないんだろ?パンクハザード出る前よりはマシだけど……って、トラ男が言ってた!」
ローの顔が脳裏に浮かんで、nameは思わず苦笑を漏らした。
(……どこまで見ていたのかしら)
あの場で、あの夜でさえ、ローは冷静に“今”だけでなく“その後”まで見据えていたということだ。nameが再び薬に引き戻されることのないよう、細かに段取りをしていた。
「ありがとうございます……本当に」
チョッパーは照れ隠しのように鼻をこすりながら、首を横に振った。
「礼なんていいぞ!オレは医者だからな!」
その言葉が、どこか胸にしみた。
nameはチョッパーに連れられ、船内の食堂へと足を運んだ。今は誰もおらず、さっきまでの朝の賑わいが嘘のように、テーブルの上には食器も片付けられていた。
チョッパーは手際よく道具を取り出し、nameにベンチへ座るよう促す。彼女は素直に腕を差し出した。肌にはまだ微かに注射痕の名残があったが、血の色も戻りつつあり、あの崩壊寸前の身体からは回復してきているのが分かる。
「ちょっとチクッとするぞ!」
「はい……大丈夫です」
細い針が静かに肌を貫き、点滴が通される。チューブの先から、ぽたり、ぽたりと薬液が落ちるたび、身体の奥にじんわりとぬるい感覚が広がっていく。チョッパーはnameの顔色をじっと見ながら、しばらく脈をとっていたが、異常がないとわかると立ち上がった。
「しばらくこのまま安静にするんだぞ。なにかあったら呼んでくれ!」
「……ありがとう、チョッパーさま」
「“さま”はやめろってば〜!」
そう言い残し、少し照れながらも足早に船室の奥へと戻っていった。賑やかな足音が遠ざかっていく。
食堂には再び、静けさが満ちる。
点滴が腕に繋がれたまま、nameはただじっと天井を見つめていた。光の揺れ、船のわずかなきしみ、遠くから聞こえる波の音。それらはすべて、穏やかであるはずなのに――どこか居心地が悪かった。
(……また、ここで“待つ”んだ)
自分は何度、こうして“人”を待っただろう。名前を呼ばれるのを。迎えに来ると言われたその瞬間を。けれど今回は違う。今回は、“帰る場所”として待つのではない。自分が、どこに向かうのかを、決めるための時間だった。
――そう、自分に言い聞かせるようにして、nameはそっと目を閉じた。点滴の液が心拍とともに静かに身体へと沁みていく。その鼓動をひとつひとつ数えるようにして、孤独と向き合う時間が、また始まった。
カチ、カチ……。一定の間隔で落ちていく薬液の音が、まるで時間そのものの足音のように響いていた。細く繋がれたチューブの先を辿れば、腕に静かに刺さる針。そこから身体の奥へと薬液が染みてゆくたび、冷たくもあり、少しだけぬるくもある感触が内側を通り過ぎていく。
nameはベンチにもたれたまま、視線だけでその点滴を見つめていた。意識はおぼろげで、深く考えているわけではない。ただ、漂うように思考が流れ、立ち止まり、また別の場所へ流れていく。
(……ドレスローザ)
この島の名を聞くだけで、胸の奥に重く、鈍い痛みが湧く。明るく華やかな町並みも、石畳の広場も、どれだけの色で塗り固められていても、そこにあったのは支配と沈黙だった。表情を貼りつけた笑顔たち。無理矢理に踊らされる日々。ドフラミンゴの影の下で、息をすることすら計算されていた時間。
(いい思い出なんて、あるはずがない)
華やかであればあるほど、そこに自分の“居場所”はなかった。ただ生かされているだけの命。薬で繋がれた感情。すべてが、借り物で、仮初で、剥がれやすい仮面だった。
けれど、今は。身体を気遣ってくれる人がいる。名前を呼んでくれる人がいる。あっけらかんと「じゃあワニのとこに届ければいい」と言われた。すべてが、今までと違っていた。
……それなのに。
(……ほんとうに、帰れるんだろうか)
薬のことが解決して、ようやくこの身体が自由になって、それでもし本当に、ドフラミンゴがもう関与しない未来が来たとして。
自分は、クロコダイルの元に“帰っていい”のだろうか――。あの人は、本当に待っていてくれるのだろうか。もう、自分の存在なんて忘れているんじゃないか。もし戻ったとしても、居場所なんて――。nameは、薄く乾いた唇をかみしめた。
思考に濁りが混ざるのは、点滴のせいか、それとも不安のせいか。
カチ。カチ。薬液が、またひとつ落ちた。感情は、静かに、けれど確実に澱を巻いていく。
その胸の奥で、誰にも見せない問いが、かすかな熱を孕みながら、答えのないまま、じわじわと膨らんでいった。
甲板では、ローが広げた地図を指先でなぞりながら、作戦の概要を説明していた。彼の声はいつものように淡々と、けれどその奥に確かな緊張と警戒心を滲ませていた。
「――ここがグリーンビット。おれたちはシーザーの引き渡しに向かう。それまでの間、この船を死守してもらう。敵が動く可能性はある。油断するな」
nameはその言葉を、少し離れた位置からうっすらと耳にしていた。ナミがうんうんと頷き、チョッパーが真剣な眼差しで地図を覗き込んでいる。ももの助は若干緊張気味にナミの後ろに隠れ、ブルックは「いや〜、死人にも守らせていただきますよヨホホ!」と笑っていたが、目は冗談を抜いた真面目さを宿していた。
nameもこの“船を守る側”として残ることになっていたが――
(……戻ってきた)
木製の手すりにそっと指を這わせる。港の向こう、陽炎の揺れる街並み。遠目にもはっきりと分かる華やかさと異様な整然さ。それはこの地を支配していた男の“趣味”だった。完璧な支配。完璧な装飾。完璧な偽り。
――この国で、自分は“飼われていた”。
指先に走るかすかな震えを隠すように、nameは深く息を吸い込んだ。作戦説明が終わり、いよいよ部隊が動き出す。そのはずだったが、気づけば――
「……あいつら、もういねェのかよ」
ローが苛立ちを押し隠すようにため息を吐いた。地図を折り畳みながら、目を伏せる。
ルフィ、ゾロ、サンジ、錦えもん、そしてフランキー。作戦説明の途中から、気配は確かに“消えて”いた。指示を聞いた上で勝手に動いたか、あるいは――そもそも最初から聞いてすらいなかったか。
「……全く、話にならねぇ」
呟いたその声は、どこか諦めと慣れを含んでいて、甲板の空気にひとすじ、乾いた風が通り抜けた。
そのとき、nameは周囲の視線を盗むようにして、そっとローに近づいた。船の影に紛れるようにして、低い声で。
「……ロー様」
ローは顔を上げることなく、横目だけでnameを見た。
「なんだ」
声は淡々としていたが、その中には確かに、“今なら聞いてやる”という間があった。
nameは一瞬だけ躊躇い、そして囁くように続けた。
「……私に何かあったとしても、シェムの解毒方法……必ず誰かに、引き継いでください。あの薬が……他の誰かに使われる前に」
ローは目を細めた。風がnameの髪を揺らす。彼女の視線は街の彼方に向けられていて、決して自分を見ていない。けれどその声には、あまりに多くの想いがにじんでいた。
「戻ってこい」
ローの言葉は、静かで、短く、しかし鋭く突き刺さった。
「おれに治せるって言わせたんだ。なら、お前がここで終わる理由はねェ」
それは命令ではなく、願いでもなく――“当然のこと”として語られた言葉だった。nameは、ようやくほんの少しだけ視線を戻す。けれど、目の奥の震えは止まらない。
「……はい」
そう答えたその声は、どこか掠れていて、それでもかすかに強さを含んでいた。その背中を見送るように、ローは静かに視線を伏せた。陽射しはさらに強くなり、ドレスローザの街が、静かに彼らを迎え入れようとしていた。まるで、何もなかったかのような顔で。
港のざわめきが次第に遠ざかり、サウザンドサニー号の甲板には静寂が戻っていた。ローを先頭に、ルフィたちはすでに街の中へと姿を消していた。海風に揺れる帆と、まだかすかに残る足音の余韻だけが、彼らの背中を記憶に留めていた。
nameは手すりに寄りかかりながら、その背をただ黙って見送っていた。視界の端で、ナミが舵を調整し、ブルックがももの助に軽く冗談を飛ばしているのが見えたが、彼女の意識はそこにない。
(……行ってしまった)
まるで、自分だけが船に取り残されたかのような感覚。けれどその孤独は、今に始まったことでもなく、また新しいものでもなかった。
そんな中、トントン、と軽い足音とともに、小柄な影が近づいてくる。
「name、大丈夫なのか?」
振り返れば、そこにいたのはチョッパーだった。麦わらの一味の船医であり、小さな見た目とは裏腹に、医術に関しては確かな腕を持つ仲間。nameはわずかに首をかしげた。
「……ええ。少し、まだぼんやりしていますが……どうかしました?」
チョッパーはもじもじとしながらも、真剣な顔で薬箱のようなものを抱えていた。
「トラ男に頼まれてたんだぞ!お前、まだ完全に抜けたってわけじゃないんだろ?パンクハザード出る前よりはマシだけど……って、トラ男が言ってた!」
ローの顔が脳裏に浮かんで、nameは思わず苦笑を漏らした。
(……どこまで見ていたのかしら)
あの場で、あの夜でさえ、ローは冷静に“今”だけでなく“その後”まで見据えていたということだ。nameが再び薬に引き戻されることのないよう、細かに段取りをしていた。
「ありがとうございます……本当に」
チョッパーは照れ隠しのように鼻をこすりながら、首を横に振った。
「礼なんていいぞ!オレは医者だからな!」
その言葉が、どこか胸にしみた。
nameはチョッパーに連れられ、船内の食堂へと足を運んだ。今は誰もおらず、さっきまでの朝の賑わいが嘘のように、テーブルの上には食器も片付けられていた。
チョッパーは手際よく道具を取り出し、nameにベンチへ座るよう促す。彼女は素直に腕を差し出した。肌にはまだ微かに注射痕の名残があったが、血の色も戻りつつあり、あの崩壊寸前の身体からは回復してきているのが分かる。
「ちょっとチクッとするぞ!」
「はい……大丈夫です」
細い針が静かに肌を貫き、点滴が通される。チューブの先から、ぽたり、ぽたりと薬液が落ちるたび、身体の奥にじんわりとぬるい感覚が広がっていく。チョッパーはnameの顔色をじっと見ながら、しばらく脈をとっていたが、異常がないとわかると立ち上がった。
「しばらくこのまま安静にするんだぞ。なにかあったら呼んでくれ!」
「……ありがとう、チョッパーさま」
「“さま”はやめろってば〜!」
そう言い残し、少し照れながらも足早に船室の奥へと戻っていった。賑やかな足音が遠ざかっていく。
食堂には再び、静けさが満ちる。
点滴が腕に繋がれたまま、nameはただじっと天井を見つめていた。光の揺れ、船のわずかなきしみ、遠くから聞こえる波の音。それらはすべて、穏やかであるはずなのに――どこか居心地が悪かった。
(……また、ここで“待つ”んだ)
自分は何度、こうして“人”を待っただろう。名前を呼ばれるのを。迎えに来ると言われたその瞬間を。けれど今回は違う。今回は、“帰る場所”として待つのではない。自分が、どこに向かうのかを、決めるための時間だった。
――そう、自分に言い聞かせるようにして、nameはそっと目を閉じた。点滴の液が心拍とともに静かに身体へと沁みていく。その鼓動をひとつひとつ数えるようにして、孤独と向き合う時間が、また始まった。
カチ、カチ……。一定の間隔で落ちていく薬液の音が、まるで時間そのものの足音のように響いていた。細く繋がれたチューブの先を辿れば、腕に静かに刺さる針。そこから身体の奥へと薬液が染みてゆくたび、冷たくもあり、少しだけぬるくもある感触が内側を通り過ぎていく。
nameはベンチにもたれたまま、視線だけでその点滴を見つめていた。意識はおぼろげで、深く考えているわけではない。ただ、漂うように思考が流れ、立ち止まり、また別の場所へ流れていく。
(……ドレスローザ)
この島の名を聞くだけで、胸の奥に重く、鈍い痛みが湧く。明るく華やかな町並みも、石畳の広場も、どれだけの色で塗り固められていても、そこにあったのは支配と沈黙だった。表情を貼りつけた笑顔たち。無理矢理に踊らされる日々。ドフラミンゴの影の下で、息をすることすら計算されていた時間。
(いい思い出なんて、あるはずがない)
華やかであればあるほど、そこに自分の“居場所”はなかった。ただ生かされているだけの命。薬で繋がれた感情。すべてが、借り物で、仮初で、剥がれやすい仮面だった。
けれど、今は。身体を気遣ってくれる人がいる。名前を呼んでくれる人がいる。あっけらかんと「じゃあワニのとこに届ければいい」と言われた。すべてが、今までと違っていた。
……それなのに。
(……ほんとうに、帰れるんだろうか)
薬のことが解決して、ようやくこの身体が自由になって、それでもし本当に、ドフラミンゴがもう関与しない未来が来たとして。
自分は、クロコダイルの元に“帰っていい”のだろうか――。あの人は、本当に待っていてくれるのだろうか。もう、自分の存在なんて忘れているんじゃないか。もし戻ったとしても、居場所なんて――。nameは、薄く乾いた唇をかみしめた。
思考に濁りが混ざるのは、点滴のせいか、それとも不安のせいか。
カチ。カチ。薬液が、またひとつ落ちた。感情は、静かに、けれど確実に澱を巻いていく。
その胸の奥で、誰にも見せない問いが、かすかな熱を孕みながら、答えのないまま、じわじわと膨らんでいった。