10.dress rosa-2Y
name
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陽の傾きはすでに壁の向こうに沈みかけ、長く伸びたカーテンの影が床を斜めに切っていた。空気は静かで、まるで外界と断絶されたような穏やかさの中に、微かな吐息と、布擦れの音だけが存在していた。
低い椅子に腰かけるドフラミンゴの脚の間に、nameはじっと膝をついていた。顔を上げ、頬を寄せたその表情には、どこか力の抜けた安堵と、何かを許されたような静かな陶酔が滲んでいる。乾いた指先がnameの頬を撫で、前髪を払うように額へと滑っていく。
「……イイコだな」
低く喉を鳴らすような声が落ちて、nameの肩がわずかに震える。反応するように目を細め、小さく息をつくと、胸元からゆるりと力を抜いて、まるで身を委ねるようにドフラミンゴの脚へと寄りかかっていった。柔らかく沈むその重みを、ドフラミンゴは拒まず受け止める。
「……ドフィ」
甘えるような声音で呼ばれたその名に、ドフラミンゴは微かに口角を上げる。親しさを越えた支配と、それを受け入れきった者だけが許される呼び方――だがその声に、媚びはなかった。ただしっとりと、染みつくように空気の中に馴染んでいく。
唇が触れる。慣れた、繰り返される仕草。深くも激しくもない、むしろ日常のひとつのように与えられたキスに、nameは目を伏せたまま応じた。力なく、だが逃げずに、呼吸のなかに混じっていく体温と唾液。
(……もうすぐだ)
胸の奥、誰にも聞こえない場所で、nameはそっと自分に言い聞かせる。
(もう少し……あと、ほんの少しで)
約束の2年。その期限が近づいているという事実が、今の自分をようやく“過去”と結びつけてくれる。あの人は、自分を見捨てなかった。戻る場所はある。まだ、それを信じられる。
でもいまは――この場所で、役割を演じきらなければならない。
nameはもう一度、ドフラミンゴに身を預ける。思考を隠し、感情を閉じ、ただ与えられるものに従順な振る舞いで応じながら、その瞳の奥には、小さく消えない光が確かに灯っていた。
白い大理石の床に、かすかに靴音が響いた。整然と磨き上げられた王宮の廊下は、外の喧噪とは無縁の静寂を保ち、厚い絨毯の縁をかすめて歩くその影が、優雅さと違和を同時に滲ませる。
nameの足取りは乱れなく、姿勢も背筋もぴんと伸びていた。踵がなるべく音を立てないように下ろされ、衣擦れすらも控えめだ。歩幅は控えめで、振る舞いには一切の無駄がない。昔の自分なら、到底こんな場所を、こんなふうに歩けるはずがなかった。
一歩一歩進むたびに、ふと映り込む壁の装飾や窓の影が、どこか夢のように思える。けれど夢ではない。ここは現実、彼が“今、生きている場所”だった。
深紅と金の意匠がほどこされた裾の長い服は、肌を過剰に晒すことなく、けれど絞られた腰や鎖骨のラインを意識させるように縫われていた。足首まで届くその布の重みに慣れるまで、随分時間がかかった。手首には装飾を兼ねた軽い鎖が巻かれ、それが不規則に揺れるたび、小さく音を立てる。
髪は少し伸び、以前よりも柔らかく背に落ちていた。整えられ、巻かれ、香油を薄く含ませたそれは、nameの意志ではない“装飾”としての意味を持っていた。だが、抵抗することはなかった。むしろ、されるがままに受け入れた方が、得られるものが多いということを、時間が教えてくれた。
歩きながら、壁に掛けられた大きな鏡に一瞬だけ自分の姿が映る。その瞳には、怯えも憎しみも見えなかった。ただ、無色透明に近い静けさと、わずかな光だけが宿っていた。
(……こんなふうに、歩けるようになるなんて)
ほんの1年と10ヶ月前には、考えもしなかった。鳥籠の底で震え、何もできず、ただ与えられるものに身を晒すしかなかった日々。ドフラミンゴの指先ひとつ、視線ひとつに、支配され、翻弄され、壊されそうになりながら、ようやくここまで来た。
だが、それは屈したわけじゃない。
nameの中で、生き延びるという言葉は、ただの受動的な意味ではなくなっていた。自分で考え、選び、必要とされる情報を手に入れ、そして“帰る”こと――それが今の、そしてこれからの、彼のすべてだった。
長い廊下の終わりが見えてくる。背後から響く足音にも、特に気を払う様子はない。目を伏せ、表情を保ち、nameはただ前だけを見て歩き続けた。
その歩みの先に、約束の“あの日”があることを信じて。
ドレスローザ王宮の高窓から差し込む陽は、午後の室内に穏やかな白金の光を落としていた。厚みのあるカーテンの隙間から流れ込む風が、レース越しに薄く揺れ、遠くの街の喧騒すら届かぬ静寂のなか、ひとりの影が窓辺に腰を下ろしていた。
nameの姿は、いつもと変わらぬようでいて、どこか遠くを見ているような気配を纏っていた。脚を組み、膝の上に開かれたシガーケース。銀色の外装は手にしっくりと馴染み、磨かれた表面には淡く指紋が残る。ゆるやかに煙を立てているのは、細身の紙巻き――どこ産かも分からないがこのやわらかく鼻腔をくすぐる香りがnameは嫌いじゃなかった。生憎、それはこの部屋に似つかわしくないものだったが。
nameは一口、煙を吸い込むと、ゆっくりと細い吐息とともに吐き出した。白い煙が陽の中に漂い、溶けていく。呼吸のたびに肺の奥が少しだけ熱くなる感覚に、目を細める。部屋の空気が静かに動き、煙が髪に、衣に、薄く纏いつく。
シガーケースの端には、一本だけ異なる色味の葉巻が差し込まれていた。太く、短く、どこか重々しい存在感。触れるたびに、違う――そう思わせる一本。手を添えただけで、他と異なる油分、香り、太さがわかる。最初にそれを見た時からずっと、nameは手に取ることはあっても、火をつけたことは一度もなかった。
それは、あの人のものだった。預かった、と言うには軽すぎる。けれど贈られた、と言うには重すぎる。どちらでもなく、ただ黙って、託された一本。触れるたび、まだそこにあるような気配を纏っている。
(吸ったら、もう戻れなくなりそうで)
指先がケースの蓋を閉じると、金具が小さく音を立ててかちりと嵌った。煙草はあと半分ほど残っている。吸いきってしまえばまた時間が動き出す気がして、nameは煙をくゆらせたまま、窓の外を眺めた。
ドフラミンゴは、今日は外出している。理由は告げられていない。そもそも、この屋敷では彼の行動に意味を問うことは許されていない。だから今日のこの時間も、突然与えられた“自由”だった。けれど、自由とは言っても、それは手綱の緩んだ首輪のようなもの。いつでも締め直されることを知っている。
煙を吐きながら、nameは思う。
(たぶん……気がづいている。あの人が、気づかないわけない)
香り、衣についた匂い、隠したはずの灰皿の位置。何もかもが見透かされていてもおかしくない。けれどドフラミンゴは一度もそれに触れてこなかった。叱るでもなく、取り上げるでもなく、ただ何も言わない。
――甘やかされている、と言えば聞こえはいい。だがそれは、彼の掌の上にいるということに他ならなかった。
「……ドフィ、ですか」
そう呼ぶよう、そう呼んでもいい、とファミリーにのみ許された愛称。自分でも気づかぬうちに零れた名を、誰もいない部屋が静かに飲み込んだ。呼びたくて呼んでいるわけじゃない。傍にいながら気持ちはどこか遠く。呼んだ方が都合がいいから呼ぶ。冷めた気持ちと短くなる煙草。あと数回で火が唇に届きそうだった。
その日、nameはいつもより長く煙を燻らせた。指先で灰を落としながら、あと少しで来る“約束の時”に思いを馳せる。何もかもが変わってしまったこの場所で、それでもまだ胸の奥に残り続けている、確かな重さがあった。あの人へと繋がる、一本の煙のように。
陽が傾き、王宮の奥に斜陽が差し込む頃。
重厚な扉が内側から開かれ、ドフラミンゴの高い笑い声が廊下に微かに響いた。豪奢な長衣を風のようにはためかせて、彼はまっすぐにその“部屋”へと戻ってくる。まるで待ちわびた玩具のもとに帰るように。
扉が開いた音に、nameはわずかに振り返るだけだった。窓辺で一冊の本を膝に広げていたが、それは読み物ではなく、彼女が観察した情報や記憶を密かに整理するための仮面の道具だ。ドフラミンゴの気配が濃くなる。次の瞬間、思っていたよりも軽々と身体を持ち上げられ、驚きが声になる前に息を呑む。
「……ドフィ……?」
呼吸のように名を呼ぶと、彼は笑った。
「帰ったぞ、name」
返事の代わりに抱き上げられた身体が深く沈む。ソファ。nameの膝が沈み、彼の長い脚に挟まれる形になっていた。彼女は向かい合わせでドフラミンゴの上に跨らされていた。支えられる腰、背に回された手、太ももを伝う掌の熱が、皮膚の下で脈打つように滲む。
「……どうしたんですか、今日は。そんなにご機嫌で」
顔を覗き込むようにして聞けば、ドフラミンゴの口元に、いつもよりも緩やかな笑みが浮かんでいる。その笑みには毒も罠もなく、ただ“自分がすべてを支配している”という絶対的な自信だけが宿っていた。
「うまくいったんだよ。南の港の交易ルート、予定通りに取り込めた。おまけに――裏で海軍に押し付けた手土産も、あいつら嬉々として受け取っていきやがった」
愉快そうに、指が太ももを這う。服の上からでもその熱が伝わる。nameの脚はほんの僅かに強張ったが、それもすぐに解いてみせる。表情はやわらかく、喉元には何もない素振りで、ただ彼の言葉に頷いてみせた。
「……すごいですね。さすが……ドフィ」
「だろ?フッフッフ…さすが俺。そう思うよなァ、name」
撫でる手が、太ももの内側へ。だがそれ以上は進まない。まるで“飼い慣らした犬の毛並み”を確認するような手つきだった。愛玩と支配の境界は、とうに曖昧になっている。ドフラミンゴにとってnameは、逃げることのない籠の中の鳥だった。
――否。籠の中に自ら戻ることを選んだ、従順な“愛しい玩具”だった。
「最近のお前、いい顔するようになったよなァ……俺は好きだぜそういう顔」
その言葉に、nameの目元が僅かに揺れる。それを誤魔化すように笑った。ドフラミンゴは気づかない。彼女が平静を保つために、どれだけ指先に力を込めているかを。
心の奥では、別の声が響いていた。
――情報。ルート、交渉相手、海軍との裏引き……。
覚えておく。必ず。
(……もう少し、あと少し。あと……少しで)
甘く囁かれ、額にキスを落とされる。ドフラミンゴの目には、従順な女だけが映っている。そう見せてきた。そして今日もそれを演じ続ける。
彼の膝の上、太ももを撫でられながら、nameは微笑んでいた。
従順な顔で、裏切りの刃を胸に隠したまま――。
低い椅子に腰かけるドフラミンゴの脚の間に、nameはじっと膝をついていた。顔を上げ、頬を寄せたその表情には、どこか力の抜けた安堵と、何かを許されたような静かな陶酔が滲んでいる。乾いた指先がnameの頬を撫で、前髪を払うように額へと滑っていく。
「……イイコだな」
低く喉を鳴らすような声が落ちて、nameの肩がわずかに震える。反応するように目を細め、小さく息をつくと、胸元からゆるりと力を抜いて、まるで身を委ねるようにドフラミンゴの脚へと寄りかかっていった。柔らかく沈むその重みを、ドフラミンゴは拒まず受け止める。
「……ドフィ」
甘えるような声音で呼ばれたその名に、ドフラミンゴは微かに口角を上げる。親しさを越えた支配と、それを受け入れきった者だけが許される呼び方――だがその声に、媚びはなかった。ただしっとりと、染みつくように空気の中に馴染んでいく。
唇が触れる。慣れた、繰り返される仕草。深くも激しくもない、むしろ日常のひとつのように与えられたキスに、nameは目を伏せたまま応じた。力なく、だが逃げずに、呼吸のなかに混じっていく体温と唾液。
(……もうすぐだ)
胸の奥、誰にも聞こえない場所で、nameはそっと自分に言い聞かせる。
(もう少し……あと、ほんの少しで)
約束の2年。その期限が近づいているという事実が、今の自分をようやく“過去”と結びつけてくれる。あの人は、自分を見捨てなかった。戻る場所はある。まだ、それを信じられる。
でもいまは――この場所で、役割を演じきらなければならない。
nameはもう一度、ドフラミンゴに身を預ける。思考を隠し、感情を閉じ、ただ与えられるものに従順な振る舞いで応じながら、その瞳の奥には、小さく消えない光が確かに灯っていた。
白い大理石の床に、かすかに靴音が響いた。整然と磨き上げられた王宮の廊下は、外の喧噪とは無縁の静寂を保ち、厚い絨毯の縁をかすめて歩くその影が、優雅さと違和を同時に滲ませる。
nameの足取りは乱れなく、姿勢も背筋もぴんと伸びていた。踵がなるべく音を立てないように下ろされ、衣擦れすらも控えめだ。歩幅は控えめで、振る舞いには一切の無駄がない。昔の自分なら、到底こんな場所を、こんなふうに歩けるはずがなかった。
一歩一歩進むたびに、ふと映り込む壁の装飾や窓の影が、どこか夢のように思える。けれど夢ではない。ここは現実、彼が“今、生きている場所”だった。
深紅と金の意匠がほどこされた裾の長い服は、肌を過剰に晒すことなく、けれど絞られた腰や鎖骨のラインを意識させるように縫われていた。足首まで届くその布の重みに慣れるまで、随分時間がかかった。手首には装飾を兼ねた軽い鎖が巻かれ、それが不規則に揺れるたび、小さく音を立てる。
髪は少し伸び、以前よりも柔らかく背に落ちていた。整えられ、巻かれ、香油を薄く含ませたそれは、nameの意志ではない“装飾”としての意味を持っていた。だが、抵抗することはなかった。むしろ、されるがままに受け入れた方が、得られるものが多いということを、時間が教えてくれた。
歩きながら、壁に掛けられた大きな鏡に一瞬だけ自分の姿が映る。その瞳には、怯えも憎しみも見えなかった。ただ、無色透明に近い静けさと、わずかな光だけが宿っていた。
(……こんなふうに、歩けるようになるなんて)
ほんの1年と10ヶ月前には、考えもしなかった。鳥籠の底で震え、何もできず、ただ与えられるものに身を晒すしかなかった日々。ドフラミンゴの指先ひとつ、視線ひとつに、支配され、翻弄され、壊されそうになりながら、ようやくここまで来た。
だが、それは屈したわけじゃない。
nameの中で、生き延びるという言葉は、ただの受動的な意味ではなくなっていた。自分で考え、選び、必要とされる情報を手に入れ、そして“帰る”こと――それが今の、そしてこれからの、彼のすべてだった。
長い廊下の終わりが見えてくる。背後から響く足音にも、特に気を払う様子はない。目を伏せ、表情を保ち、nameはただ前だけを見て歩き続けた。
その歩みの先に、約束の“あの日”があることを信じて。
ドレスローザ王宮の高窓から差し込む陽は、午後の室内に穏やかな白金の光を落としていた。厚みのあるカーテンの隙間から流れ込む風が、レース越しに薄く揺れ、遠くの街の喧騒すら届かぬ静寂のなか、ひとりの影が窓辺に腰を下ろしていた。
nameの姿は、いつもと変わらぬようでいて、どこか遠くを見ているような気配を纏っていた。脚を組み、膝の上に開かれたシガーケース。銀色の外装は手にしっくりと馴染み、磨かれた表面には淡く指紋が残る。ゆるやかに煙を立てているのは、細身の紙巻き――どこ産かも分からないがこのやわらかく鼻腔をくすぐる香りがnameは嫌いじゃなかった。生憎、それはこの部屋に似つかわしくないものだったが。
nameは一口、煙を吸い込むと、ゆっくりと細い吐息とともに吐き出した。白い煙が陽の中に漂い、溶けていく。呼吸のたびに肺の奥が少しだけ熱くなる感覚に、目を細める。部屋の空気が静かに動き、煙が髪に、衣に、薄く纏いつく。
シガーケースの端には、一本だけ異なる色味の葉巻が差し込まれていた。太く、短く、どこか重々しい存在感。触れるたびに、違う――そう思わせる一本。手を添えただけで、他と異なる油分、香り、太さがわかる。最初にそれを見た時からずっと、nameは手に取ることはあっても、火をつけたことは一度もなかった。
それは、あの人のものだった。預かった、と言うには軽すぎる。けれど贈られた、と言うには重すぎる。どちらでもなく、ただ黙って、託された一本。触れるたび、まだそこにあるような気配を纏っている。
(吸ったら、もう戻れなくなりそうで)
指先がケースの蓋を閉じると、金具が小さく音を立ててかちりと嵌った。煙草はあと半分ほど残っている。吸いきってしまえばまた時間が動き出す気がして、nameは煙をくゆらせたまま、窓の外を眺めた。
ドフラミンゴは、今日は外出している。理由は告げられていない。そもそも、この屋敷では彼の行動に意味を問うことは許されていない。だから今日のこの時間も、突然与えられた“自由”だった。けれど、自由とは言っても、それは手綱の緩んだ首輪のようなもの。いつでも締め直されることを知っている。
煙を吐きながら、nameは思う。
(たぶん……気がづいている。あの人が、気づかないわけない)
香り、衣についた匂い、隠したはずの灰皿の位置。何もかもが見透かされていてもおかしくない。けれどドフラミンゴは一度もそれに触れてこなかった。叱るでもなく、取り上げるでもなく、ただ何も言わない。
――甘やかされている、と言えば聞こえはいい。だがそれは、彼の掌の上にいるということに他ならなかった。
「……ドフィ、ですか」
そう呼ぶよう、そう呼んでもいい、とファミリーにのみ許された愛称。自分でも気づかぬうちに零れた名を、誰もいない部屋が静かに飲み込んだ。呼びたくて呼んでいるわけじゃない。傍にいながら気持ちはどこか遠く。呼んだ方が都合がいいから呼ぶ。冷めた気持ちと短くなる煙草。あと数回で火が唇に届きそうだった。
その日、nameはいつもより長く煙を燻らせた。指先で灰を落としながら、あと少しで来る“約束の時”に思いを馳せる。何もかもが変わってしまったこの場所で、それでもまだ胸の奥に残り続けている、確かな重さがあった。あの人へと繋がる、一本の煙のように。
陽が傾き、王宮の奥に斜陽が差し込む頃。
重厚な扉が内側から開かれ、ドフラミンゴの高い笑い声が廊下に微かに響いた。豪奢な長衣を風のようにはためかせて、彼はまっすぐにその“部屋”へと戻ってくる。まるで待ちわびた玩具のもとに帰るように。
扉が開いた音に、nameはわずかに振り返るだけだった。窓辺で一冊の本を膝に広げていたが、それは読み物ではなく、彼女が観察した情報や記憶を密かに整理するための仮面の道具だ。ドフラミンゴの気配が濃くなる。次の瞬間、思っていたよりも軽々と身体を持ち上げられ、驚きが声になる前に息を呑む。
「……ドフィ……?」
呼吸のように名を呼ぶと、彼は笑った。
「帰ったぞ、name」
返事の代わりに抱き上げられた身体が深く沈む。ソファ。nameの膝が沈み、彼の長い脚に挟まれる形になっていた。彼女は向かい合わせでドフラミンゴの上に跨らされていた。支えられる腰、背に回された手、太ももを伝う掌の熱が、皮膚の下で脈打つように滲む。
「……どうしたんですか、今日は。そんなにご機嫌で」
顔を覗き込むようにして聞けば、ドフラミンゴの口元に、いつもよりも緩やかな笑みが浮かんでいる。その笑みには毒も罠もなく、ただ“自分がすべてを支配している”という絶対的な自信だけが宿っていた。
「うまくいったんだよ。南の港の交易ルート、予定通りに取り込めた。おまけに――裏で海軍に押し付けた手土産も、あいつら嬉々として受け取っていきやがった」
愉快そうに、指が太ももを這う。服の上からでもその熱が伝わる。nameの脚はほんの僅かに強張ったが、それもすぐに解いてみせる。表情はやわらかく、喉元には何もない素振りで、ただ彼の言葉に頷いてみせた。
「……すごいですね。さすが……ドフィ」
「だろ?フッフッフ…さすが俺。そう思うよなァ、name」
撫でる手が、太ももの内側へ。だがそれ以上は進まない。まるで“飼い慣らした犬の毛並み”を確認するような手つきだった。愛玩と支配の境界は、とうに曖昧になっている。ドフラミンゴにとってnameは、逃げることのない籠の中の鳥だった。
――否。籠の中に自ら戻ることを選んだ、従順な“愛しい玩具”だった。
「最近のお前、いい顔するようになったよなァ……俺は好きだぜそういう顔」
その言葉に、nameの目元が僅かに揺れる。それを誤魔化すように笑った。ドフラミンゴは気づかない。彼女が平静を保つために、どれだけ指先に力を込めているかを。
心の奥では、別の声が響いていた。
――情報。ルート、交渉相手、海軍との裏引き……。
覚えておく。必ず。
(……もう少し、あと少し。あと……少しで)
甘く囁かれ、額にキスを落とされる。ドフラミンゴの目には、従順な女だけが映っている。そう見せてきた。そして今日もそれを演じ続ける。
彼の膝の上、太ももを撫でられながら、nameは微笑んでいた。
従順な顔で、裏切りの刃を胸に隠したまま――。