01_arabast
name
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アラバスタ王国――灼熱の陽が照りつける砂の国。
王都アルバーナの石造りの街並みは、ネフェルタリ王政のもとで平穏を保っていると表向きには謳われていた。
整った広場、白い壁に彩られた王宮、絢爛な市場。
けれどその明るさの裏には、常に影が伸びている。
貧民街。
王都の外れ、石畳もまばらな細道を進めば、乾いた埃と人いきれの混じった空気が漂う。
崩れかけた壁、すすけた布を垂らしただけの屋台、喧噪と怒声が絶えず響く細い路地。陽射しはここまで届かず、昼間でも陰鬱な色に包まれていて。
その片隅に、nameはいた。
年端もいかぬ頃から、家はなかった。いつからこうなったのかも、もう記憶は曖昧だった。両親の顔も声も、とうに薄れている。
ただ一つ確かなのは、いま自分がここで生き延びているという事実だけ。ボロボロのワンピースに、擦り切れた裾。腕は細く、脚にはいくつもの痣や切り傷が浮かんでいた。
昼間は顔を伏せて雑踏のなかをすり抜け、小さな施しを受けることもあれば、スリまがいの真似事をすることもあった。
夜は薄暗い飲み屋の裏口に身を寄せ、掃除や皿洗いを黙々とこなす。声は必要なときしか出さなかった。逆に言えば、余計な口をきけばすぐに叩かれるか追い出される。酒と汗と埃の染みついた床に膝をつき、汚れた布きれを動かす手元だけを見つめていた。
時折、そうした仕事の合間に、もっとあからさまな誘いも来た。
飲み屋の常連だった男たち。金になれば子供でも構わないという輩は少なくなかった。初めて身体を売ったのは、寒さと空腹に耐えかねた晩だった。震える声で値を聞かれ、黙って頷いた。
そのあとの記憶は朧げだ。
ただ、終わってからひとり路地裏に座り込み、拳で口を塞ぎながら泣いたことだけは覚えている。
それからは、生きるための手段の一つとして、当たり前のように身体を使うことも増えていった。ただ何も感じないふりだけが上手くなってゆく。
―そんな日々が淡々と積み重なっていった。
変化が訪れたのは、王都に新たな噂が流れはじめた頃だった。
クロコダイルという男がアラバスタに現れた、と。
最初は懐疑的だった街の者たちも、やがてその圧倒的な力と統率の前に次第に従っていく。
そのうちにネフェルタリ王政は形骸化し、クロコダイルが実質の王として君臨する時代が幕を開ける。
王宮前広場には新たな紋章が掲げられ、街の表通りには美しい装飾や潤沢な物資が流れ込んだ。
黄金と青の装いに彩られた兵たちが街を歩き、整備された石畳が道を広げる。市場は華やぎ、観光客すら見かけるようになった。
だが――影は変わらなかった。
いや、むしろ美しい表通りが整えば整うほど、見えにくくされた影はより深く、濃く、沈んでいく。貧民街はそのままだった。nameの暮らしも、さして大きく変わることはなかった。
相変わらず飲み屋の裏で汚れた床を擦り、客に必要とされれば薄く笑って従う。喉元に苦いものを押し込んで、気が付かないフリをして、ただ、生きていた。
王の名も、街の変化も、遠い世界のことのようだった。あのときはまだ、思いもしなかった。
その名を持つ男が――やがて自分のすべてを変える存在になるなどと。
その名が、クロコダイルだということを。
王都アルバーナの石造りの街並みは、ネフェルタリ王政のもとで平穏を保っていると表向きには謳われていた。
整った広場、白い壁に彩られた王宮、絢爛な市場。
けれどその明るさの裏には、常に影が伸びている。
貧民街。
王都の外れ、石畳もまばらな細道を進めば、乾いた埃と人いきれの混じった空気が漂う。
崩れかけた壁、すすけた布を垂らしただけの屋台、喧噪と怒声が絶えず響く細い路地。陽射しはここまで届かず、昼間でも陰鬱な色に包まれていて。
その片隅に、nameはいた。
年端もいかぬ頃から、家はなかった。いつからこうなったのかも、もう記憶は曖昧だった。両親の顔も声も、とうに薄れている。
ただ一つ確かなのは、いま自分がここで生き延びているという事実だけ。ボロボロのワンピースに、擦り切れた裾。腕は細く、脚にはいくつもの痣や切り傷が浮かんでいた。
昼間は顔を伏せて雑踏のなかをすり抜け、小さな施しを受けることもあれば、スリまがいの真似事をすることもあった。
夜は薄暗い飲み屋の裏口に身を寄せ、掃除や皿洗いを黙々とこなす。声は必要なときしか出さなかった。逆に言えば、余計な口をきけばすぐに叩かれるか追い出される。酒と汗と埃の染みついた床に膝をつき、汚れた布きれを動かす手元だけを見つめていた。
時折、そうした仕事の合間に、もっとあからさまな誘いも来た。
飲み屋の常連だった男たち。金になれば子供でも構わないという輩は少なくなかった。初めて身体を売ったのは、寒さと空腹に耐えかねた晩だった。震える声で値を聞かれ、黙って頷いた。
そのあとの記憶は朧げだ。
ただ、終わってからひとり路地裏に座り込み、拳で口を塞ぎながら泣いたことだけは覚えている。
それからは、生きるための手段の一つとして、当たり前のように身体を使うことも増えていった。ただ何も感じないふりだけが上手くなってゆく。
―そんな日々が淡々と積み重なっていった。
変化が訪れたのは、王都に新たな噂が流れはじめた頃だった。
クロコダイルという男がアラバスタに現れた、と。
最初は懐疑的だった街の者たちも、やがてその圧倒的な力と統率の前に次第に従っていく。
そのうちにネフェルタリ王政は形骸化し、クロコダイルが実質の王として君臨する時代が幕を開ける。
王宮前広場には新たな紋章が掲げられ、街の表通りには美しい装飾や潤沢な物資が流れ込んだ。
黄金と青の装いに彩られた兵たちが街を歩き、整備された石畳が道を広げる。市場は華やぎ、観光客すら見かけるようになった。
だが――影は変わらなかった。
いや、むしろ美しい表通りが整えば整うほど、見えにくくされた影はより深く、濃く、沈んでいく。貧民街はそのままだった。nameの暮らしも、さして大きく変わることはなかった。
相変わらず飲み屋の裏で汚れた床を擦り、客に必要とされれば薄く笑って従う。喉元に苦いものを押し込んで、気が付かないフリをして、ただ、生きていた。
王の名も、街の変化も、遠い世界のことのようだった。あのときはまだ、思いもしなかった。
その名を持つ男が――やがて自分のすべてを変える存在になるなどと。
その名が、クロコダイルだということを。
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