午後に、コーヒーを一杯
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彼に翻弄される日々が続いたと思えば、彼はパッタリと来なくなってしまった。
(前も来ない時はあったけれど、今は1ヶ月以上来てくれてない……こんなに間隔が空くのは初めて……何かあったのかな……)
もしかして飽きられた?だとしても、唐突すぎる。来てくれないとすごく、不安だ。
「あ。名前ちゃん?ちょっといいかな。」
「あ、はい。どうかしましたか?」
締めの作業である現金の確認をしていると店長が声をかけてきた。私は作業の手を止め、店長の方を向く。
「あの、よく来た白髪の男性、覚えてる?」
「ああ、赤木さんですよね。最近あまり見かけませんけど……」
「実はね、あの人を出入り禁止にしたの。」
「え……」
「あの人、噂によるとヤクザとか、そういう裏の組織とちょっと関わりがあるみたいで……そういう人が来る店ってバレると、お客さんが来なくなっちゃうからねー。来ないとは思うけど、今度また来てたら、注意してね!」
『出入り禁止』その言葉が私の心をズシンと重く暗くした。つまり、もう彼は、来ないっていう事? やっと仲良くなれたのに。彼の恋人になれるかも、なんて。そんな淡い事を考えてしまっていた自分が情けない。
彼と私が会えていたのも、この喫茶店があるからだ。この場所の出会いが無くなれば、もうほぼ会えない。
でも、彼は私がここで働いてるって知っている。
出入り禁止になったとしても、店の前で私が帰宅するのを待つことぐらいだったら出来るだろう。
それすらもしないという事は、彼にとって、私はその程度の存在だったのだろう。
ただ、もう1つだけわがままを言えるなら、もう一度、彼に会いたいな……
私は彼を追い求めて前に一度彼を追った道を辿る日々が続いた。
出勤前と、後。雨の日も風の日も、ひたすらに彼の影を追い求めた。
そして、ついに出勤後のある昼下がりに彼を見つけた。
「っーー!待って!赤木さん!」
「……名前。」
「すみません、出入り禁止になったなんて知らなくて」
「……別に。店長の判断は懸命。名前もオレと一緒にいると火の粉が降りかかる。早く去った方がいい。」
「嫌ですっ……! だって、私、赤木さんのことが好きなんです……! どんな事が起きようとも……しげるさんと一緒に居たい……!」
私は今まで彼に翻弄され続ける日々だった。
けれど、今、心から自分の思いを告げられた。
「……名前もオレの立場になればわかるかもね。」
そう意味を含めた表情で彼は言い放ち、その場を去っていった。
ーー
『名前もオレの立場になればわかるかもね。』
彼が最後に言い放ったあの言葉。どういった意味があるんだろう。
彼の立場……彼とは沢山お話が出来たけれど、彼の生活について尋ねる質問は少なかったかも。
もっと彼について知る質問をしていたら分かったのかな……。
私は考えながら締めの作業として、カフェの清掃をしていた。
一通り清掃を終わらせた私は、彼との思い出を振り返ろうと思い、彼のいる席へと向かった。
(そうそう、観葉植物があって、彼の顔がよく見れなかったんだよね)
観葉植物を通り過ぎ、私は彼の席へ着いた。
(あ、メニューが傾いてる。)
直そうとした拍子に、ついうっかりメニューを落としてしまった。
「あ」
私は拾おうと椅子を引き、椅子と机の間の隙間にしゃがみ、メニューを探した。薄いぺらぺらのメニューを床から拾うのになかなか困難した。
(やっと取れた……)
勢いよく立ち上がったため、くらりと眩暈がして後ろに引いていた椅子に座り込んだ。
眩暈が収まり、私は辺りを見渡す。そして私はあることに気がつく。
「嘘、ここって……」
私はその事実を確認すべく、もう残りの1つの卓の席へと座り、確信した。
そして、元の赤木が座っていた席へと戻る。
(ここ、私がいるドリップ場がよく見える……!!)
私からは観葉植物が邪魔をしてよく見えなかったが、こちらからはよく見える。
もう1つの席からじゃ死角になって全く見えないのに。まさか、赤木さんがいつもここに座っていたのはーー。
ふとテーブルを見ると、木製で出来たテーブルの脇が取れそうなのに気がつく。
(……お客さんの席に座ることなんてないから気がつかなかった、誰かが怪我したら危ないな)
そう思い、ペキリと剥がす。あとでここはテープか何かで補強しよう。そう思い、剥がした箇所に目をやると、そこには剥がした跡は何もなかった。
(あれ、私、剥がしたのに?)
取った木の端を見ると、誰かが人為的に付けたのであろうボンドの跡が付いていた。
(誰かが意図的にテーブルの脇につけたんだ、何のためだろう。)
取った木の凹凸に違和感があり、なんだろう?とそれに目をやった。
そこには彫刻刀か何かでこう彫られていた。
『赤木しげる 090-XXX-XXX』
「……しげるさんっ…! 」
彼が意図的に付けたんだ、私に連絡先に教えるために……!
『オレの立場』って、お客さんとしての立場って事だったんだっ……!
私をずっとこの席から見守っていて、彼もまた、私のことが気になっていたんだ……!
私は居ても立っても居られず急いでお店から出て、電話ボックスの受話器に手をかけ、彼へとダイヤルを回した。
この電話が彼へ繋がるまで後5秒ーー。
彼らがまた出会うまで後2日ーー。
彼らが一緒に暮らすまで後1年ーー。
彼らが永遠に幸せになるまで後ーー。
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