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体調が悪い。でも貴重な有給を使いたくないし、風邪薬を飲んでいけばなんとかなるだろうと思って甘く見ていた私が馬鹿だった。
段々と肩周りと背中周りがゾクゾクとしてきて、喉がイガイガする。頭がぼーっとしてさっきから仕事が全く捗らない。あーこれ、ヤバいかもしれない…。
「山田さん、マスクなんて珍しいわね。」
「主任…。今朝からちょっと風邪気味みたいなので…。」
「あら、大丈夫?なんだか顔色もあまり良くないみたいだけど…。」
少し距離をとりながらそう伝えてくる主任からは、私への心配よりも自分が風邪をひきたくないという気持ちがひしひしと伝わってくる。心配したふりしてんじゃねえ…。
「朝は調子良かったんですけど少しだけ寒気がしてきたので、熱だけ測ってきても良いでしょうか…。」
「いいけど、もし熱があったらすぐ報告しなさいよ。」
「わかりました。」
ゾクゾクする肩周りをさすりながら、椅子からのっそりと立ち上がって休憩室に向かった。
ピピピピ、と 測定完了の音が誰もいない休憩室に小さく響いた。脇の下から引き抜いた体温計の画面に表示された数字は37度5分。熱自体はそこまで高くないのにこんなにゾクゾクするということは、もっと熱が上がってくるかもしれない。…とりあえず急ぎの仕事だけでも終わらせて帰ったほうがいいな。
主任に熱と体調を伝えると、急ぎの仕事が終わったら帰る許可があっさり降りた。人にうつしても悪いのですぐにでも帰りたいけれど、この仕事だけは私しか対応できない仕事だからしょうがない…。
出来るだけ人と喋らず、黙々とパソコンを打ち込み続けるけど全く集中できない。少し入力してから見返すと文字の打ち間違いや入力間違いのオンパレードで、それをまた打ち直す…なんて繰り返していたら、仕事が終わる頃には午後も折り返し地点になっていた。嘘だろ…!?
手早く身支度を済ませて主任に早退することを伝えてエレベーターに向かった。寒気が午前中の比ではなくなってる。こんな時に限ってエレベーターは途中の階で人を乗せてるのかなかなかこの階に辿り着かないし…あ、なんか、立ってるのも辛いかも…。
目の前が真っ白になりかけて慌ててしゃがみ込むと、エレベーターの扉が開く音がした。降りてきた人は1人のようで、しゃがみ込んだ視線の先に革靴が見えるので営業の人だろう。
「えっ…!?大丈夫ですか!?」と頭上から若い男の人の声。気を遣わせるのも悪いので「すみません、大丈夫です。」と立ち上がると、またスッと血の気が引く感覚。ぐわんぐわんと地面が揺れたような感覚に耐えきれず倒れそうになると、その人は私の肩を支えてくれた。顔を見ると全く知らない男の人だった。あの人だったらよかったのに なんて考えたけどそんな都合の良い偶然なんかあるわけなかった。都合の良い期待をしすぎだ。
「ちょ…全然大丈夫じゃなさそうですけど…!」
「早退するので平気です。すみません邪魔してしまって…」
「いやいや、この状態で放っとけないですよ!俺これからもう一回外回りなんで、ついでに医者まで乗せて行きますよ!待っててください!」
よく通る声で捲し立てるように言い放つと、駆け足でどこかへ行ってしまった。ここまで体調が悪いとお言葉に甘えた方がいいかもしれない…。ロビーの隅で小さくなりながら目を瞑るとグッと倦怠感が強くなって身体がズンズン重くなり、それと同時に強い眠気が襲ってくる。あー、こんなひどい風邪ひいたのいつぶりだろう…。倦怠感と眠気の大波が私の意識を攫おうと何度も何度も押し寄せてくる。飲み込まれまいと必死に目を開けていると、遠くからさっきの男の人の声が聞こえた。誰かと喋ってるようで、「じゃあ任せます!よろしくお願いします!」と聞こえてきた。本当によく通る声だなあ〜と今にも失ってしまいそうな意識でふわふわ考えていると、「山田さん」と名前を呼ばれた。
…誰だろう、さっきの人と声が違う。正直もう私の意識は限界で顔を上げることすら難しい。今にも意識がふっと落ちてしまいそうだった。その人は私が眠りそうな事に気付いたのか「こんなところで寝たら駄目ッス、立てますか?」と優しく腕を引っ張って立ち上がらせてくれた。
…ん?あれ?
「あ、気付きました?」
「あ、あ、あ…!?」
聞き覚えのある喋り方にバッと顔を上げると、そこには相変わらず厚い前髪で目元を隠した彼がいた。嘘でしょなんで…!?さっきこの人に会いたいとか思ったけど嘘嘘嘘!!だって今見た目ボロボロだもん!!慌てて手櫛で髪を整えると、目隠しの彼は再度口を開いた。
「とりあえずお医者さん行くッスよ〜。車まで歩けます?あ、おんぶします?」
「あ、歩けます…!」
さっきまでの眠気が嘘みたいにパッと覚めた。ふらつく足元で立ち上がると、「フラフラじゃないッスか、自分につかまってくださいッス。」と腕を差し出してくれる。ああ、こんな体調じゃなかったら最高だったのに…!お言葉に甘えて腕を控えめに握ると、やはり思ってたよりも太くて硬い腕をスーツ越しに感じた。きゅん。私のペースにあわせてゆっくり歩いてくれる彼の優しさが風邪で荒れ果てた心に染み渡っていく…というかなんでこの人が急に現れたんだ?乗り込んだエレベーターが降下し始めたところで私は口を開いた。
「あの、」
「なんスか?」
「さっきの人は…」
「ああ、佐藤くんはこれからもう一回外回り出るって言ってたので、事情聞いて自分が代わるって言ったんスよ。そしたら山田さんがいて驚いたッス〜。」
ポン、と音がして扉が開く。駐車場は玄関ロビーのすぐ目の前なので、1台停まっている社用車を使う事はすぐに分かった。彼は ちなみに、自分も近場まで買い出しあるので全然気にしないでくださいッス、と軽く言ってから、さ、乗ってください と助手席のドアを開けてくれた。ありがとうございます、と伝えてボスンと身体をまるで投げ落とすように助手席に座ると(力が入らなくてそうにしかならなかった)彼はすぐに運転席に乗り込んで慣れた手つきでエンジンを入れて車を発進させた。
エンジンの音やカチカチと規則正しく鳴るウインカー、心地よい揺れでさっきまで身を潜めていた眠気がぐぐっと襲ってくる。薄れゆく意識の中、彼の声だけは聞こえていた。
「さっき山田さんがいて驚いたって言ったッスけど、本当に何となくなく山田さんなんじゃないかなーって思ってたんスよね。」
それは…どういう意味?熱に浮かされた脳みそでもわかる、そんな言い方はずるいよ。口を動かして声を出してるつもりなのに、眠気でほぼ全ての回路がシャットダウンされ始めた私の口からは全く声が出てる気がしない。
私だと思ったから佐藤くんと代わってくれたみたいな言い方に思えちゃいますよ、私、チョロい女だから。同じ気持ちでいてくれてるのかななんて期待しちゃいますよ。
朦朧とした意識の中、なんとか伝えようとはくはくと口を動かすけど、きっと声は出ていない。
「山田さん」と彼が私を呼んでから何か言葉を続けた気がしたけど、私はそのままスイッチが切れたように眠りに落ちた。
ななつ
やっぱり腕は筋肉質
運転慣れてる
思わせぶりなことを言う
21.05.24
段々と肩周りと背中周りがゾクゾクとしてきて、喉がイガイガする。頭がぼーっとしてさっきから仕事が全く捗らない。あーこれ、ヤバいかもしれない…。
「山田さん、マスクなんて珍しいわね。」
「主任…。今朝からちょっと風邪気味みたいなので…。」
「あら、大丈夫?なんだか顔色もあまり良くないみたいだけど…。」
少し距離をとりながらそう伝えてくる主任からは、私への心配よりも自分が風邪をひきたくないという気持ちがひしひしと伝わってくる。心配したふりしてんじゃねえ…。
「朝は調子良かったんですけど少しだけ寒気がしてきたので、熱だけ測ってきても良いでしょうか…。」
「いいけど、もし熱があったらすぐ報告しなさいよ。」
「わかりました。」
ゾクゾクする肩周りをさすりながら、椅子からのっそりと立ち上がって休憩室に向かった。
ピピピピ、と 測定完了の音が誰もいない休憩室に小さく響いた。脇の下から引き抜いた体温計の画面に表示された数字は37度5分。熱自体はそこまで高くないのにこんなにゾクゾクするということは、もっと熱が上がってくるかもしれない。…とりあえず急ぎの仕事だけでも終わらせて帰ったほうがいいな。
主任に熱と体調を伝えると、急ぎの仕事が終わったら帰る許可があっさり降りた。人にうつしても悪いのですぐにでも帰りたいけれど、この仕事だけは私しか対応できない仕事だからしょうがない…。
出来るだけ人と喋らず、黙々とパソコンを打ち込み続けるけど全く集中できない。少し入力してから見返すと文字の打ち間違いや入力間違いのオンパレードで、それをまた打ち直す…なんて繰り返していたら、仕事が終わる頃には午後も折り返し地点になっていた。嘘だろ…!?
手早く身支度を済ませて主任に早退することを伝えてエレベーターに向かった。寒気が午前中の比ではなくなってる。こんな時に限ってエレベーターは途中の階で人を乗せてるのかなかなかこの階に辿り着かないし…あ、なんか、立ってるのも辛いかも…。
目の前が真っ白になりかけて慌ててしゃがみ込むと、エレベーターの扉が開く音がした。降りてきた人は1人のようで、しゃがみ込んだ視線の先に革靴が見えるので営業の人だろう。
「えっ…!?大丈夫ですか!?」と頭上から若い男の人の声。気を遣わせるのも悪いので「すみません、大丈夫です。」と立ち上がると、またスッと血の気が引く感覚。ぐわんぐわんと地面が揺れたような感覚に耐えきれず倒れそうになると、その人は私の肩を支えてくれた。顔を見ると全く知らない男の人だった。あの人だったらよかったのに なんて考えたけどそんな都合の良い偶然なんかあるわけなかった。都合の良い期待をしすぎだ。
「ちょ…全然大丈夫じゃなさそうですけど…!」
「早退するので平気です。すみません邪魔してしまって…」
「いやいや、この状態で放っとけないですよ!俺これからもう一回外回りなんで、ついでに医者まで乗せて行きますよ!待っててください!」
よく通る声で捲し立てるように言い放つと、駆け足でどこかへ行ってしまった。ここまで体調が悪いとお言葉に甘えた方がいいかもしれない…。ロビーの隅で小さくなりながら目を瞑るとグッと倦怠感が強くなって身体がズンズン重くなり、それと同時に強い眠気が襲ってくる。あー、こんなひどい風邪ひいたのいつぶりだろう…。倦怠感と眠気の大波が私の意識を攫おうと何度も何度も押し寄せてくる。飲み込まれまいと必死に目を開けていると、遠くからさっきの男の人の声が聞こえた。誰かと喋ってるようで、「じゃあ任せます!よろしくお願いします!」と聞こえてきた。本当によく通る声だなあ〜と今にも失ってしまいそうな意識でふわふわ考えていると、「山田さん」と名前を呼ばれた。
…誰だろう、さっきの人と声が違う。正直もう私の意識は限界で顔を上げることすら難しい。今にも意識がふっと落ちてしまいそうだった。その人は私が眠りそうな事に気付いたのか「こんなところで寝たら駄目ッス、立てますか?」と優しく腕を引っ張って立ち上がらせてくれた。
…ん?あれ?
「あ、気付きました?」
「あ、あ、あ…!?」
聞き覚えのある喋り方にバッと顔を上げると、そこには相変わらず厚い前髪で目元を隠した彼がいた。嘘でしょなんで…!?さっきこの人に会いたいとか思ったけど嘘嘘嘘!!だって今見た目ボロボロだもん!!慌てて手櫛で髪を整えると、目隠しの彼は再度口を開いた。
「とりあえずお医者さん行くッスよ〜。車まで歩けます?あ、おんぶします?」
「あ、歩けます…!」
さっきまでの眠気が嘘みたいにパッと覚めた。ふらつく足元で立ち上がると、「フラフラじゃないッスか、自分につかまってくださいッス。」と腕を差し出してくれる。ああ、こんな体調じゃなかったら最高だったのに…!お言葉に甘えて腕を控えめに握ると、やはり思ってたよりも太くて硬い腕をスーツ越しに感じた。きゅん。私のペースにあわせてゆっくり歩いてくれる彼の優しさが風邪で荒れ果てた心に染み渡っていく…というかなんでこの人が急に現れたんだ?乗り込んだエレベーターが降下し始めたところで私は口を開いた。
「あの、」
「なんスか?」
「さっきの人は…」
「ああ、佐藤くんはこれからもう一回外回り出るって言ってたので、事情聞いて自分が代わるって言ったんスよ。そしたら山田さんがいて驚いたッス〜。」
ポン、と音がして扉が開く。駐車場は玄関ロビーのすぐ目の前なので、1台停まっている社用車を使う事はすぐに分かった。彼は ちなみに、自分も近場まで買い出しあるので全然気にしないでくださいッス、と軽く言ってから、さ、乗ってください と助手席のドアを開けてくれた。ありがとうございます、と伝えてボスンと身体をまるで投げ落とすように助手席に座ると(力が入らなくてそうにしかならなかった)彼はすぐに運転席に乗り込んで慣れた手つきでエンジンを入れて車を発進させた。
エンジンの音やカチカチと規則正しく鳴るウインカー、心地よい揺れでさっきまで身を潜めていた眠気がぐぐっと襲ってくる。薄れゆく意識の中、彼の声だけは聞こえていた。
「さっき山田さんがいて驚いたって言ったッスけど、本当に何となくなく山田さんなんじゃないかなーって思ってたんスよね。」
それは…どういう意味?熱に浮かされた脳みそでもわかる、そんな言い方はずるいよ。口を動かして声を出してるつもりなのに、眠気でほぼ全ての回路がシャットダウンされ始めた私の口からは全く声が出てる気がしない。
私だと思ったから佐藤くんと代わってくれたみたいな言い方に思えちゃいますよ、私、チョロい女だから。同じ気持ちでいてくれてるのかななんて期待しちゃいますよ。
朦朧とした意識の中、なんとか伝えようとはくはくと口を動かすけど、きっと声は出ていない。
「山田さん」と彼が私を呼んでから何か言葉を続けた気がしたけど、私はそのままスイッチが切れたように眠りに落ちた。
ななつ
やっぱり腕は筋肉質
運転慣れてる
思わせぶりなことを言う
21.05.24
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