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眠くてしばしばとする目を無理やりかっぴらきながら今日もひたすらデータ入力をこなしていた。
こんなひどい眠気に苛まれることになった原因はわかりきっている。昨日の夜、寝る前にちょっとだけと思って録画してたドラマを見始めたせいだ、完全に自業自得。
眠すぎる、早く定時にならないかな、なんていう考えがパソコンに表示されている時計に視線を誘導してしまう。ま、まだ10時半…。あーあんな時間にドラマなんて見なきゃよかった!朝から眠い日は1日がとんでもなく長いから憂鬱な気持ちが止まらない。フリスクを口に詰め込んだりコーヒーを飲んだりして眠気を紛らわそうとするけど、三大欲求のうちのひとつにはかなわなくて、瞬きの瞬間すら眠ってしまいそう…。あ…やばい寝る…。
「山田さん!」
びくっ!と体が跳ねた拍子にガン!と音を響かせて膝をデスクに盛大に打ち付けてしまった。い、痛い!恥ずかしい…!誤魔化すように「はい!」と返事をして声の主の元へ向かうと「四階の田中課長にこの書類渡してきて。」といくつかのファイルを手渡された。…眠気覚ましにちょうどいいか。わかりましたとファイルを受け取って、私は部署を出た。
眠気と戦うために階段を使ったことをひどく後悔した。普段の運動不足と今日の寝不足でなんだかひどく疲れた感じがする。たかだか2階から4階まで登るだけなのにふくらはぎは悲鳴を上げて口からひっきりなしに空気が出たり入ったり。…目隠しの人もあと時階段登っていったけどこんなふうにゼェゼェしたのかな、運動してそうな感じには見えなかったけど…。
手すりにつかまりながらおばあちゃんのようにゆっくり階段を登りなんとか4階にたどり着いた。…うん、我ながら体力が無さすぎる。運動しなきゃなあ。すっかり上がった息を整えてから目的のフロアに入る。ずらりと並んだデスクと部屋の広さは自分の部署とほぼ同じなんだけど、全然関わらない部署だから見かけたことない人しかいなくて、各々デスクに向かって真剣な目をしている。そして響くのはキーボードを叩く音のみで、会話の声は一切ない。
…息苦しい!なんか怖い!
雑念を振り払うようにひたすらフロアの奥にずんずんと進むと田中課長は眉間に皺を寄せてノートパソコンを叩いていた。田中課長、と声をかけると視線だけこちらに向ける。
「こちら、主任からです。」とファイルを手渡すと、ぶっきらぼうに「おう」とだけ返事が返ってきた。少しイラッとしたけど関わり合いの少ない人だからスルースルー。特に知ってる人がいるわけでもなく、私も用事はないのですぐにフロアを出た。
運悪く、エレベーターは1階に向かっていたので私は帰りも階段を使うことになってしまっていた。登りよりはマシだけど、眠気と疲労感でゆっくり降りないと落ちちゃいそう…!またしても手すりに体重をかけて登りで疲れ切ったふくらはぎの悲鳴を聞きながらゆっくり一段一段降りていく。ぺたんこのサンダルからはペタペタと気の抜ける足音がする。明日はふくらはぎが筋肉痛でバッキバキになりそうだなあ。大体、事務職はスカートっていう規則がいらないんだよ!だからこんなふくらはぎが脆弱なんだ。浮腫むし寒いしいいことなし!女性は身体を冷やしちゃいけないって知ってます?いや、完全に八つ当たりなのはわかってますけど…!眠気と疲れからか頭の中でプリプリと怒りが湧いてくる。あーもう、早く帰りたい!
階段の踊り場をのろのろと歩きながら理不尽な怒りを腹の中でぐつぐつ煮えたぎらせ足を踏み出すと
床がない。
私の体はバランスを崩して階段の下へ傾いていた。
宙に浮きかけた理解した。まだ踊り場だと認識して踏み出した一歩は、すでに階段の上だったんだ。
「危ない!!」
自力で止まれないほど角度のついた私の体は、その声と同時にピタリと止まった。無意識にどこかに捕まろうともがいて伸ばした手を力強く掴まれた感触。視線を向けるとそこには前髪で目を隠す彼がいた。目元は見えないけど、見えてる限りの表情から、ほっとした様子が窺える。
「やー、間一髪ッスね。大丈夫っスか?」
傾いてバランスの取れなかった私の全体重をいとも簡単にぐいと踊り場まで引き上げて彼は言う。
「………」
「…山田さん?大丈夫っスか?」
「…死ぬかと思いました…。」
「あ、よかった〜戻ってきたッスね」
「し!死ぬかと思いました〜っ!」
「2回言ったッスね」
急に押し寄せてきた落ちる恐怖を実感してへろへろと力を抜かす私を見た彼は口をへの字にして「本当ッスよ。慣れてる動作だからって油断してると怪我の元ッス!」と小さい子供に言うように注意する。
「本ッ当にありがとうございます…。ついにあなたに命すら助けられてしまいました…。」
「大袈裟ッスね〜、この高さから落ちても最悪何箇所か骨折るくらいッスよ!」
「いやそんな元気に言われても全然笑えないです。というか、私重いのに引き上げさせてしまってすみませんでした…呆然としててめちゃくちゃ体重かけちゃってましたけど…。」
「ん、ああ〜あれくらいは全然平気ッスよ!こう見えて自分結構体力も力も自信あるんで!」
「へぇー…そうなんですか?筋トレが趣味とかですか?」
「趣味とかでは無いんですけど、モブはそういう雑用多いんで、必然的にそうなっちゃった〜…みたいな感じッスね。」
言われてみれば、ワイシャツの隙間から見える手首は結構がっちりとしているように見える。ぱっと見は細身に見えるけれど、脱いだら結構すごいんじゃ…。
変な妄想をしていれば、彼は「怪我もないみたいですし、自分行きますね。足元注意ッスよ。」と念を押すように言って去る彼の背中に ありがとうございました!と声を投げかける。ひらり、動きと共に翻った彼の首から下がった社員証が光を反射してチカッと光った。…あ!名前!
また見逃した彼の名前に私は自分の間抜けさを呪った。
デスクに戻ると、さっきまでの眠気は嘘みたいに去っていた。代わりに彼に掴まれた手に残る、力強くギュッと握られた大きな手の感触や暖かさに取り憑かれてずっとソワソワしてしまっている。
よっつ
思ってる以上に体力と筋肉があるらしい
手が大きい
21.02.13