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ちゅるる、と音を立てて社食の天ぷらうどんを啜った。
コーヒー事件から1週間が経つけれど、あれから彼の姿を見かけることはただの一度もなかった。他部署に書類を届けに行った時も、ミーティングの時も、食堂や帰りのエントランスにも、どこにも彼の姿は無かった。試しに同期の女の子に「髪の毛パーマかかってて前髪で目隠してて、〜ッス!って喋る男の人見た事ない?」と聞いてみたら「前髪で目隠してるとかやばくない?」と言われて終わった。ヤバいかどうかはどうでも良いんだよ!知ってるか知ってないかが知りたいんだよ!!八つ当たりのように麺の上に乗った海老の天ぷらをむしゃりと齧ると、つゆの染みた衣がぼとりとうどんの上に落ちた。
…いくら社員数が多い会社とはいえ、ここまで会えないなんてことある?もしかして、不幸な死を遂げた新入社員の霊とか!?私無意識に心霊体験しちゃってたのでは!?やば、なんか怖くなってきた…
ぞくりとする背中をすぼませて、ふと隣を見る。定食を咀嚼しながらこちらに顔を向ける、前髪で目を隠した彼がいた。
「…っ!?!?」びっくりしすぎて跳ねた体が机を揺らす。ガタンと音を立てて揺れた机の上のコップを慌てて抑えた。あぶない、こぼれるところだった…。彼は平然と咀嚼した食べ物を飲み込んでから「あ、自分驚かせちゃった感じスか?すみません〜」と、へらへらしながら言うもんだから若干イラッとした。
「えっ、いつの間にいたんですか!?」
「あなたが座ってから割とすぐッス。あっ!あなたをつけてたわけじゃないッスよ!ここしか空いてなかったから座ったってだけッスから!」
「それはそれでなんかイラッとする言い方…。」
「あ、すんません…」
「いえ、…座ってたの全然気付きませんでした。会社の中であなたの事探してたんですけど、全然見つからなくって。あの日見たのは新入社員の霊だったんじゃとか考え始めてました。」
「霊って…。殺さないで欲しいッス。というか、わざわざ自分なんか探してたッスか?」
「はい、この会社であんな親身になってくれる人初めてだったので…本当にありがとうございました。」
頭を下げると、彼は「お礼はあの時言ってもらったのでもういいッスよ」と微笑んだ。うーん、良い人。
「山田さんは2階のフロアでお仕事してるんスね。この間見かけました。」
「…え、なんで知ってるんですか!?フロアも、苗字も!」
「え、いやあ、自分結構山田さんの部署のフロア行く事多いんで。苗字はほら、今。」
彼が指差した先には、私の首からぶら下がる社員証。バッと彼の胸元に目を向けると、社員証はぶら下がってなかった。
「自分は休み時間は社員証ポケットにしまってるんで。」
「…名前くらい教えてくれても良いじゃないですか。」
「いやあ、自分の名前なんか知らなくていいッスよ」
ただのモブなんで。そう言って定食のカツをむしゃむしゃ頬張る彼。なんでそんな頑なに名前教えたがらないんだろう。名前にコンプレックスがあるとか…?表ではサラッと流してるけど本当はすごく嫌なのかも。うーん、もう直接聞くのはやめたほうがいいのかな。
「…まぁいいですけど。」
「そーッスよ、ほら、うどん伸びちゃうんで早く食べてください。」
箸で掴んだうどんは、表面がぶよぶよとして弾力はすっかりなくなっていた。
ふたつ 影が薄い、休憩中は社員証をしまう、名前は教えたくない
2021.01.28