むかしむかしのお話
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ボムっ!
そんな小さな爆発音にも、びくりと肩を震わせて怖がる私は、とんでもなくビビリなんだろう。
「あーーー!!!!?」
爆発音の次に、私の大好きな人の叫び声。きっとまた、何か嫌な事をされたに違いない。
ちらりと教室の中を覗き見る。思った通り、ツンツン頭の彼、爆豪勝己らとその他に、もじゃもじゃ頭の私の大好きな、緑谷出久くんがいじめられていた。
何をされたか具体的にわからないけど、あの人、爆豪くんの標的はいつもいず君だった。幼稚園の頃から、あの人は自分より弱い人をいじめていた。いず君は優しいからいじめられている人を見ると放っておけなかった。だからいつも助けに入って、返り討ちにされて。私はずっと、隣で大丈夫?って、ただただ心配することしか出来なかった。
いず君を、いじめないで
喉の奥から手を伸ばして、喉壁を伝うその言葉を必死に飲み込んだのは、今日だけじゃない。こんなこと言ったら、私もいじめられてしまう。ごめんなさい、ごめんなさい。心の内でいず君に向かって謝ることしか出来ない。
背に当たる壁がひんやりと、私の背中を冷やしていく。このまま、心臓まで冷えちゃうんじゃないかってくらい、冷たい。きっと私を怒ってるんだ、見てることしか出来ない私を。
こうして私がいず君の教室の壁に隠れている間にも、どんどん会話は進んでいく。私、いず君と帰りたいだけ、なのに。
「つーわけでさ」
嫌に、彼の声が教室に響く。彼らしか居ない空間は、いず君が居ることを否定するみたいに。
「雄英受けるなナードくん」
カッ、と、一気に身体中に血が巡って、熱くなった。
私は小さい頃からいず君が好きで、ヒーローに憧れてるいず君が好きで、ヒーローが大好きないず君が好きで。いず君が雄英志望なのも知ってるから、その夢を、馬鹿にされたくない。
でも、ただ熱くなるだけで、唇を噛み締めることしか出来なくて、私の足は1歩もその場を動かない。ただ、強く拳を握り締めるだけ。あぁ、私、本当に弱い。
「いやいや…さすがに言い返せよ」
「言ってやんなよ。可哀想に中三になってもまだ彼は現実が見えてないのです」
そんなひどい言葉を掛け乍コツコツと、足音と声がこちらの方へ向かってくる。ここはドアだから、仕方ない。けど、けど。恐怖から心臓がばっくんばっくん、うるさくて仕方ない。向こうのドアから出てくれればいいのに、なんでここなの。なんて理不尽な気持ちを吐露するも、否が応でも彼の足音は近づいて。
「…あ?」
その瞬間、ひゅ、と喉が鳴った。心臓が1センチ、体内で浮いた。本当に怖いものが目の前に現れたら声が出ないのって、本当なのね。
「、うたちゃん!」
いず君の声が遠くに聞こえる。今、私の視界いっぱいに爆豪くんの鋭いツリ目が浮かび上がってる。この目に睨まれて、いず君、ずっとずっとこんな気持ちだったのかな。来る日も来る日もこんな目に睨まれて、怖くないわけ、ないもんね、いず君、
「……………」
ギロり、効果音が付きそうなほど、彼の鋭い瞳は私を捉えて離さない。私も、目を逸らせなかった。逸らすことを許さないような、そんな気がしたから。
目が乾いて薄い涙の膜が浮かび上がりかけた時、私の大好きな背中が目の前に広がった。いず君が私を守るようにして、爆豪くんとの間に入ってくれたんだ。乾いた瞳がだんだん潤むのがわかる、けど、ここで泣いてなんて、いられない。
きゅ、と唇を結んで爆豪くんを見詰めていたいず君が私の手を握って歩き出す。誰もいない廊下が私達の足音で彩られていく。
「おいデク!まだ話し終わっちゃいねぇぞ!」
後ろから聞こえる彼の怒号に肩を縮こまらせるけど、それを察してかいず君は握る手を少しだけ、ほんの少しだけ力を込めて、握ってくれた。
やっとの事で爆豪くんから逃れて、玄関で靴を履き替える。鉛みたいに重くて仕方なくて、動く事も出来なかった内履きは、いず君と居ると直ぐに軽くなる。それを脱いで通学用の靴に履き替え、外に出れば身体が飛んでいきそうな程、軽くなった。
もちろんそんなのは錯覚だけど、ほんとに飛んで言ってしまう気がして慌ててたら、いず君はまた手を差し伸べてくれた。また手を繋いでくれるところも、好き。
「うたちゃん、気分、軽くなった?」
「うん、すぅってなった」
不思議。いず君と居れば、なんだって軽くなりそう。さっきまで吸っていた重苦しくて嫌な空気も、いず君と手を繋いで、外に出れば残すこと無く身体から出ていく気がして気持ちがいい。
やっぱり、いず君と居ると幸せ。
「あ、ごめん、こっち言ってもいい?」
校門を目指そうとする私の手を くん、と控え目に引っ張っては校門とは真逆を指差す。素直に頷きながらも、何があるのだろうと思考を廻らす。確かあっちには、学校で飼育している鯉しかいないと思うんだけど…。いず君は餌やりの当番じゃないし、私も違う。周りの花壇の水やり当番でもない。不思議に思いつつ、いず君の顔を伺う。
あ、この顔、悔しがってる。
「…あ、あった」
「いず君、これ、」
「あー、…うん、はは、少しだけかっちゃんに燃やされちゃった」
鯉が住む池の中には1冊のノートが落ちていた。軽く焦げた、ノート。これ、私知ってる。いず君がずっと書いてた、ヒーロー分析ノート…あの時の音、これを、燃やした、音…?
いず君は餌じゃないよバカ、って鯉に言いつつ、池のノートを手繰り寄せている。このノート、いず君は進級する時に13冊目なんだって、嬉しそうに私だけに、教えてくれて、私もいず君が楽しそうで、嬉しくて。
どうしようもない怒りが、腹の辺りをぐつぐつと煮た。酷いよ、こんなの。いず君がどれだけ、このノートを、どんな気持ちで書いてきたか知らないのに、…
「…行こっか、うたちゃん」
きっと顔に出てたんだろうな、私隠すの苦手だから。私が何も出来なくて、ひとりで勝手に怒っている時、悔しくなっている時、悲しくなっている時。彼は決まって、困ったように笑うんだ。
いず君はどうして、
そう思い掛けて、怖かった。何も出来ない私が、どうして怒らないのって。怒ってるに決まってる、こんなに大事なノートをこんなにされて、自分の夢を馬鹿にされて。私以上に悔しいし、怒ってる。…助けに入れない私が、言えた義理じゃないのに。
「……いず君、」
消えそうな私の声。そんな小さい声も聞き漏らさずに、こっちを見た。それから大好きな、いつもの優しい声で、
「大丈夫だよ」
って、言った。