センチメンタルジャーニー
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「ほら、ナマエちゃん危ねぇから手、」
「あはは酔ってない酔ってない、ぜぇんぜん酔ってませんって」
「いやプリンセス、君は明らかに酔ってるから」
私もそう思う。泥酔していても意外と頭の中は冷静なもので、明日の朝起きたら私の奇行にどうやって言い訳するかを考えてるんだから、今の状況には中々馬鹿馬鹿しいものがあった。
サンジさんは笑い上戸と化した私の手を辛抱強く引いてくれて、そのお陰でふらふらしながらも何とか歩ける、
と思ったらいきなり体ががくんと何かにはまったような、
「あれ、何か動けないや…」
「……そりゃ溝にはまってるからな。ナマエちゃん、酔うとクソすげぇな」
「うん、ごめんなさい、さんじさん…」
「…………」
こんなに酔っぱらうのは久しぶりだ。レストランで料理と一緒に出てきたワインは甘口で凄く美味しくて、子供舌な私でも飲めてしまうブドウジュースみたいな味で。調子に乗って頼んだカクテルも甘くて美味しくて。
いつもならこんなに飲み過ぎたりしないんだけど、今日はサンジさんが一緒だから何か大丈夫な気になってしまった。でろんでろんに酔っ払っても、きっとこの人なら何とかしてくれるような気がして、サンジさんの事なんて何一つわからないのに、何故か彼と一緒なら大丈夫なんて、妙に確信を持ってしまって。
困り切った表情のサンジさんを見上げていたらふわりと体が浮いた。
「本当に君は、世話が焼けるよ。プリンセス。」
だからプリンセスじゃないし…。
お姫様抱っこは恥ずかしいからやめて下さい。思ったのとほぼ同時に口に出ていた私の声は、さっきまでと打って変わって冷静な調子だった。だから、私はプリンセスじゃないし。さっきまでの浮かれ気分から一変して、一気に沈んでいく思考はあの映画のラストシーンを思い浮かべていた。
お姫様なんて呼ばないでよ。お姫様だったら、あの映画と同じようにたった1日の恋で満足して、それっきりで城に帰らなきゃいけないでしょう?それじゃあ嫌なんだってば。そんな短さじゃ嫌なんだってば、そう、あとたった3日でさよならなんて私はそんなのは。
昼間は抑えつけていたとんでもない考えが、たががきれたみたいに溢れ出して頭の中をぐるぐるとまわりだす。
微かに漂う煙草の香りとか、甘くて低い癖のある声とか、拳銃だとかそんな物騒な物ばかりに慣れてる癖に酷く優しく私に触る指とか。
嫌なんだってば。後3日、というか2日、であっさりさよならなんて嫌だ。私はお姫様でもなんでもない平凡な村人Aだから、一緒にいたのがたった一週間なんて満足できない。
たった一週間の、恋だとか。ロマンチックすぎ、何考えてるんだろう。
私のセンチメンタルな考えなんて知る由もないサイコパス男は、甘くて低い癖のある声で笑いながら言った。
「これくらいの役得はあってもいいだろ?お姫様。」
「………」
私がお姫様役なら、あなたは一体何役な訳?新聞記者役なんて言われたら泣きそうだから、そんな馬鹿げた質問の代わりに呟いた。気障。
「サンジさん、気障。ぐるぐる眉毛の癖に、サイコパスの癖に」
「ナマエちゅわぁん、まじで意外と傷つくからさぁ」
「何かわいこぶってるんですか、スパイの癖に」
「…なんでいきなりそんな辛辣なの」
「うるさい、怖がりの癖に。大の男がクモなんて怖がってなっさけない」
「ナマエちゃんひでぇ…」
ほんと、情けない声。スパイの癖に、サイコパスの癖に、気障な癖に。
酷いなんて、よくわからないことに巻き込んでおいて、よく言う。勝手に巻き込んでおいて、頼んでもないのに助けておいて、抱きしめてキスしておいて、好きに、させておいて。
たったの4日間で、私に恋させておいて。
それで後二日でさよならなんて、そっちの方がよっぽど酷い。
*
「脱がせて」
「…ッ……いやいや…いやいやいや、落ち着いて、落ち着くんだプリンセス。ここは一旦冷静に、」
「良いから早く脱がせて、靴。」
「…あァ靴…この状況で靴のことかマドモアゼル…」
落ち着くも何もない。眠くて仕方ないんだから、この人は一体私の何を見て落ち着いてないなんて思ったんだろう。口を開くのもだるいから、まぁ言わないでおくけど。ベッドに横たえられて、足首にひんやりした指が触れる。
「…ついでにストッキングもお願い…」
「えっ!?」
「大丈夫大丈夫、靴下みたいなやつだから引っ張ったら脱げるし…」
「…ナマエちゃんさぁ、そんな事言って襲われたら文句言えないぜ」
「いいですよべつに襲っても」
「えっ!?」
「襲いたいなら、襲えば?なかったことにしてあげますよ。」
「………」
靴のストラップを外しにかかった手が、ぴたりと動きを止めた。べつに、襲われたってこの人にだったら悪くはない。後2日、何もないまま過ごすくらいならむしろいいんじゃないの?
さっきからのとんでもない考えの続きが、まとまりもなく頭の中でもやもやと広がっていく。
自慢じゃないけど私は身持ちは堅い方、あ、本当に自慢にならないな。でもサンジさんはきっと、違うでしょ?きっとあなたは据え膳は残さず平らげるタイプ。後2日で別れる私なんて、後腐れもなくて一晩限りにはぴったりじゃないか。
「ナマエちゃん、」
ひんやりした指が、唇に触れた。ふわりと漂うのは煙草の香り。後2日で二度と感じられなくなるその香りを思いっきり吸い込んだ。重なった唇も、入ってきた舌もやっぱり苦い味がして、この人には煙草の香りが染み着いてるんだろうなとかそんな事を考えたらなぜか泣きそうになった。
遠慮がちに動く舌に自分の舌を絡めて、飴を舐めるみたいに。昔読んだ雑誌には確か、力を抜いてチュパチャップスを舐めるみたいにすると良いって書いてあったっけ。
きっと、これが最後なんだ。そんなセンチメンタルも、段々激しくなるキスで押し流されてしまって。もっともっと。最後なんだったらもっと欲しい。苦い舌の味も、ひんやりしたこの手の感触も、甘くて低い癖のある声の響きも、もっと、
「ほら、もう眠りな。いい子だから。」
唇が離れて、すれすれの所で囁く声。サンジさんは少し困ったみたいな顔をして微笑んで、くしゃりと私の頭を撫でた。
「ねぇ、襲わないの?据え膳だよ?」
「…まぁ、な。そうだけど。」
「なかったことにしてあげるんだよ?後腐れも、ないよ?あと2日だもん。しかも酔ってるんだから、お酒のせいにだってできちゃうのに?それとも、」
「そうかもしれねぇけどさ、ナマエちゃん。君は、」
「それとも私じゃ、据え膳にもならない?」
「そうじゃなくて、」
まただ。昨日私を迎えに来たときと同じ、困ったみたいな気まずそうな顔。昨日と同じように、そんな顔をさせてるのは私だ。違う。こんな顔をしてほしいんじゃないのに。じわりじわりとにじむ涙を酷く優しい仕草でぬぐって、サンジさんは気まずそうに言う。泣かないで、なんて。
「あなたには関係ないでしょ、私が泣こうが」
「…ナマエちゃん」
「私のことがどうでもいいんなら、」
「君の泣いてる顔なんてみたくねぇんだ」
「私の事なんてどうでも良い癖に、気障。」
「だからどうでもよくねぇって」
「どうでもよくないなら何なの。私の事ちょっとでも、」
好き?言う前に煙草の香りに包まれて、大きな手が私の事を引き寄せた。シャツを着た胸元に頭を押し付けられたら、甘くて低い癖のある声が響く。
「もう寝な、ナマエちゃん。君が寝るまでこうしてるから。」
「……サンジさん、」
「ほら、お休み。」
もっともっと。そう思ったはずなのに、この香りを嗅ぐと何故か落ち着いてしまう。別に眠れない訳じゃないんだけど。ゆるゆると瞼がさがってくるけど、言われた通りに寝るのもしゃくだからもう一回だけ声に出す。私の、とんでもない考え。
「サンジさん、」
「………」
「どうでもよくないんなら、私は何なんですか」
「………」
「ねぇ、私の事、ちょっとでも好き?」
「……………」
返事がないと思ったら、こいつ寝てるんじゃん…。いいよもう、知らない。ぐるぐる眉毛め。腕をすり抜けてベッドの端にいこうとするけど、意外と抱きしめる力が強くて身動きがとれない。
あーあ。
結局、この人の言うとおりに眠るしかないんだ。あきらめて目を閉じて、息を吸い込んだ。
煙草の香り。
明日になったら、きっとこんなセンチメンタルも忘れたみたいにして私は 振る舞うんだろう。多分、この人と一緒に眠るのなんてこれが最初で最後なのに。
あと2日、か。
*
「うん、ごめんなさい、サンジさん…」
あ、これはやばい。クソ可愛い…って、なに考えてんだ。
細くて震えてる声。涙目で俺を見上げて、指を絡めて。
なんなのナマエちゃん誘ってんの?…って、そんな訳はないか。下戸ならあんなに飲まなきゃいいのに、本当にこの子は世話が焼ける。
かなり酔ってるらしいナマエちゃんは、抱き上げてもぐったりと寄りかかったまま。あーあ、寝ちまったかな、と思った頃にやけに冷静な声が返ってきた。
「お姫様抱っこは恥ずかしいからやめて下さい。」
…素面の時は冷静で大人しい癖してさぁ…騒ぐだけ騒いで、散々俺にからんで、誘うみたいな事だってしておいてあっさり寝ようとしたり。いきなり冷静になってみたり。この子は酔ったら意外と厄介な性格をして、……いや、酔ってなくても厄介な性格をしてるかもしれない。あっさりと怪しいサイコパスのことを信用して、巻き込まれた癖に俺の心配をしてみたり。本当に君といると調子狂う、けど、それも悪くないとか。そんな事を思ってしまうのは、
…なに考えてるんだろうな本当に。
思考がとんでもない方向に向かいそうになって、頭を振る。このまま一緒に、なんて現実味のない冗談だ。そもそも俺が勝手に巻き込んでおいて、彼女の幸せで退屈な日常をあっさり打ち壊しておいて。
俺の腕の中で力なく眠るナマエちゃん、の、髪の毛の香りがふわりと漂って、それはやっぱり甘い香りのように感じて。体温の高い体の感触とか、少しずれてる性格とか、俺のことをからかって笑う顔とか、甘く柔らかく響く声、とか。俺の手には華奢すぎる白くて細い手とか、
いっそこのまま俺と一緒に、なんて冗談にしかならない。後2日、だったらせめて今だけでも、なんて。馬鹿みたいに感傷的だ。まるで今酔っ払って寝てるどっかの誰かさんみたいな。そう思ったら妙におかしくて、笑い声と一緒に言葉を絞り出した。
「これくらいの役得はあってもいいだろ?お姫様。」
お姫様と言うには平凡すぎるなんて言うかもしれない。それだって住む世界が違いすぎる俺にとっては似たような物だ。君の好きなあの映画に例えて言うなら、俺はさしずめ、
ぼんやりと考えていた思考は彼女の妙に醒めた声に遮られた。気障。
「サンジさん、気障。ぐるぐる眉毛の癖に、サイコパスの癖に」
「ナマエちゅわぁん、まじで意外と傷つくからさぁ」
「何かわいこぶってるんですか、スパイの癖に」
「…なんでいきなりそんな辛辣なの」
「うるさい、怖がりの癖に。大の男がクモなんて怖がってなっさけない」
…可愛い顔して意外と辛辣なんだよな、ナマエちゃん…気障とかあんま言われたこと、いや、ある、あるけど、この子みたいに真顔で言われると結構傷つく。
「ナマエちゃんひでぇ…」
彼女の言うとおりなっさけない声を出した俺を見上げて微かに笑う。それから目を閉じて、困った顔はなかなか素敵ですよ、サイコパス。なんて。
「ナマエちゅわんひでぇ……、ナマエちゃん?」
あ、寝ちまった。普通寝ないだろ、こんな怪しいサイコパス男に抱き上げられてたら。無意識なんだろうけど、本当にこの子は危機感がなくて嫌になる。俺の腕の中で眠る、平凡で少しずれてて平和で、辛辣でその癖無防備な彼女。寝息を聞きながら、さっきと同じようにあの映画についてぼんやりと考えた。
例えばあの新聞記者が、サイコパス野郎だったら映画のラストシーンはどうなってただろう?
*
「ほら、着いたぜ。眠り姫。」
ベッドに下ろしてやると、ぼんやりと薄目を開けて俺を見上げた。さんじさん、柔らかい声が名前を紡ぐ。赤い唇が、彼女の甘ったるい声で。…ああ、なんかこれはまずい。非常にまずい。
このまま寝ちまって良いから、そう言ってぎこちない手つきで頭を撫でたら上目遣いでこっちを見る。潤んだ目。鬱陶しそうに胸元のスカーフをほどく、白くて細い指先。甘ったるい香り。やばい、やばいやばいやばい。これはやばい。非常にまずい、頭の冷静な部分が警報を鳴らすのにナマエちゃんから目が離せない。また、唇が開いて、物欲しそうな声が俺をよんだ。そしてよりによって、
「脱がせて」
「…ッ……いやいや…いやいやいや、落ち着いて、落ち着くんだプリンセス。ここは一旦冷静に、」
まずいだろ、さすがにまずいだろプリンセス。酔っ払って暑いんだか知んないけどさ、さすがに無意識でそれを言うのはまずい。いや、本当に無意識か?誘ってるんだとしたらそれはそれでまずい。ああでも良いような、まずくないような、いやいや、いやいやいや、
「良いから早く脱がせて、靴。」
「…あァ靴…この状況で靴のことかマドモアゼル…」
馬鹿、ああもうなに考えてんだ俺は。この子が誘ってるとか、そんな訳ないじゃねぇか。自分に言い聞かせながら靴のストラップに手を掛けたら、追い討ちを掛けるようにさらに甘ったるい声。
「…ついでにストッキングもお願い…」
「えっ!?」
「大丈夫大丈夫、靴下みたいなやつだから引っ張ったら脱げるし…」
「…ナマエちゃんさぁ、そんな事言って襲われたら文句言えないぜ」
「いいですよべつに襲っても」
「えっ!?」
「襲いたいなら、襲えば?なかったことにしてあげますよ。」
「………」
…終いにゃほんとに襲っちまうぞ、いや、でも、いやいやいや、
赤い唇。顔を近づけたら甘い香りがして、頭の芯が痺れたみたいになって。ああ、まずい、まずいけど、
*
…ほんとにこの子は、厄介だ。酔ってなくても厄介だけど、酔ったらその五倍は厄介だ。後2日、なんて。彼女から伝染した甘い感傷に浸りながら、泣き疲れて眠るナマエちゃんの寝顔を眺める。
後腐れもない、明日になったら何事も無かったみたいにすればいい。俺は据え膳は残らず平らげる主義だし、この子の言うとおりにそうする事だってできた。できた、んだけど、
後2日、明日になったら元通り何事も無かったみたいに。
俺は本当に、何を考えてるんだろう。からかって笑う顔、アイスクリームを口元にくっつけた間抜けな顔、泣き顔とか、少しずれててセンチメンタルな性格とか。
甘ったるい香りも、唇も、白くて柔らかい肌、も。
今日だけなんかじゃきっと足りなくなる。後2日、なんてそんなんじゃ足りねえんだ。そう、本当はもっと、
湧いて出てきそうになる色んな物を押し殺して、代わりにナマエちゃんをきつめに抱きしめる。どうでもいい、訳がない。一晩で忘れられる訳がないんだ。あーあ、本当に、どうしたもんかね…呟いたら彼女が身じろぎして、俺の名前を呼んだ。サンジさん、
「どうでもよくないんなら、私は何なんですか」
「………」
言える訳ない、そんなとんでもない事。本当にこの子はとんでもない事を言い出す。とりあえず寝たふりをする俺に、独り言のような声。
「ねぇ、私の事、ちょっとでも好き?」
「……………」
この子は、なんでこうも俺を狂わせようとするんだろう。抑えつけていたあれやそれやがどろどろと溶け出して、頭の中で回る。例えば。あの新聞記者が、サイコパス野郎だったら。城を抜け出した姫君を攫って逃げたりするんだろうか。
好きだよ、一週間じゃ足りねぇんだ。体温の高い手の感触だって、甘い香りだって唇だって、足りるわけがないんだ、本当はもっと欲しい、
もしそう言ったら、君は俺に攫われてくれる訳?
そんな事したって後にも先にも進めやしないだろうに、センチメンタルな考えは勝手に一人歩きする。
平凡で平和な彼女。俺の事をあっさり狂わせる、何もかもが甘ったるい彼女。足りないんならいっそこのまま君を連れ去って、
…ばかばかしい、冗談みたいな想像。こんなの、ただの甘ったるい感傷だ。この子を平凡で退屈な幸せから引っ張り出しておいて、今度は離したくない、なんて。後2日か、呟いた声はやっぱりやけに感傷的で。
後にも先にも進めない感覚。甘い香りを吸い込みながらずるずると眠りに落ちる。
ああもう、やばい、ジャムった。