センチメンタルジャーニー
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
どうしよう、どうしようどうしよう、どうしよう。
助かった安心感のような、驚きのような。訳が分からなくなりながら私はどうしようどうしようと口走りながら彼の元へ駆け寄った。
「さ、サンジさん、やだ、怪我、」
「あ、ナマエちゅわん初めて俺の名前呼んでくれた、」
「ど、どうしよう血が、絆創膏持ってないや、いやそんなレベルじゃないし、」
「ナマエちゃん?」
「ああもう、何で私の事なんか助けに来たわけ?助けたら何か良いことあるわけ?ないでしょ?しかも私、酷いことたくさん言ったのに、」
「ナマエちゃん…ナマエちゃん落ち着いて、あばら折れた程度だから大丈夫」
「あああ、あばら折れたなんてポッキーが折れたみたいに簡単に言わないで、」
どうしよう、どうしよう、どうしようどうし、
「ナマエちゃん、」
慌てながらぼろぼろと涙をこぼす、顔に指が触れた。
「ごめんな、顔。跡になってる」
「今は私の事なんて、」
「よくねェよ、ごめんな。」
壊れ物でも触るみたいな手つきで殴られた跡に指が触れた、だけ、なのになぜか顔が熱くなっていく。あれ、なんで?
*
床に倒れたジャブラさんはぴくりとも動かない。死んでるのかな、いや、生きてるのかな。思ったけど、近づいて確かめにいくのも怖い。涙がなかなか止まらない私に狼狽するサンジさんは、なぜかきつく私を抱きしめてくれる、けど、今は私の事よりも自分の怪我の心配をしてほしい。
「…なんで助けになんて、」
「だって巻き込んじまったの俺だから、」
「見捨てて行けばいいでしょ。助けたって良い事なんてないじゃない。」
「ナマエちゃん何言って、」
「あーもう、何で、……ほんとごめんなさい、私迷惑で、もう、なんか、本当にッ……」
やばい、駄目だ。さっきから涙が止まらない。
私は悪くないし巻き込まれただけの運の悪い被害者だと思ってたけど、(まぁ今だってそれは変わりないんだけど)そんなの関係なく、サンジさんは私を見殺しにだってできたのに。ていうか、私だったら多分さっさと見捨てて自分の仕事に専念すると思う。
だって、ぶっちゃけ面倒臭いでしょ?私だったら、こんなとこまで助けに来て、わざわざ怪我したりしない。
頭をぐるぐると回る理屈は、まとまりがつかなくて口に出せない。
泣かないでとかごめんとか、慌てた彼の声がふってくる、けど、無理。涙が止まらない。
「ナマエちゃん、ごめん、」
「ほんと、…私の事なんて助けに来てる場合じゃ、な、」
「…ナマエちゃんってば、」
言い掛けた私の唇に、サンジさんの指が触れる。そのまま彼が近づいてきて、何か柔らかいもの、というか、唇が触れた、というかつまり、あれだ、そう、キス。
混乱する前に、するりと入り込んだ舌が、私の舌を絡め取って好き勝手動く。体から力が抜けていって、何も考えられなくて。最後に下唇を甘噛みされて、唇が離れた。…上手いな、キス。ぼんやり思う。やっぱりね、めちゃくちゃ遊んでそうだしな。でも、あれ?今そんな事言ってる場合だっけ?
「ちょ、な、な、ちょっと、」
「あ、い、いやごめん、涙止まるんじゃねェかと」
「涙って、な、ちょっと、どういう」
私以上に慌てて混乱した顔で、彼がぱっと体を離した。確かに涙は止まった。びっくりして。確かに、止まったけどさ…!
「えーと、いや、つい、」
「…つい?」
「いやその、何だ。ほら、あァ、涙、止まったろ?プリンセス。」
「………最低…。」
*
「ナマエちゅわんごめんってば、そろそろ許してくれよほほ…」
「……あの、」
「あ、その眼鏡かい?うん。すげぇ似合うぜ。クソ可愛いってまじで」
「ちがくて。…結局、何で助けてくれるんですか?」
「…何で?」
サンジさんの部屋に帰って、とりあえず傷に絆創膏を貼りまくる。応急処置にもならないけど、絶対に病院には行かないって言うんだから仕方がない。
「あなたが巻き込んだにしても、…こんな怪我までして、私を助けにくるメリットはないでしょ…」
「……まぁ、ないけど。」
「実際、私は何も知らされてないんだから、捕まった所で情報が漏れる危険もないし。ていうか、私に何も教えないのはそのためでしょ?いつでも、見殺しにしていいように。なのに何で、」
「……ナマエちゃんずれてんなぁ…」
「なっ、ずれ、」
面白くって仕方がないって感じでくつくつと笑い出す。まさかそんな反応をされると思ってなかった、から、面食らってしまう。なんで、私、ずれたこと言ったっけ?
「普通さぁ、こんな状況だったら俺の事なんか心配してくれないぜ。」
「いや心配とかじゃなくて、」
「何で助けるってさ…よくそんなややこしい事まで考えたね。」
「なっ、」
「そんなん考えなくても助けられて守られとけばいいんだよ君は。巻き込んだのは俺だし、悪いのも、怖い思いさせてんのも俺なんだから」
「いや、確かに悪いのはあなたですけど」
「そこは否定してくれねぇのか、プリンセス…」
わかったようなわからないような。でも、サンジさんが凄く優しい目で私を見たりするから、なんかまぁ良いかって思ってしまったりして。
複雑な気分でぐるぐる考えてると、派手な音を立ててお腹が鳴った。…そう言えば、私は何食分食いっぱぐれてるんだろう?えーと、一番最近食べたのは…、まさか、あの朝のオムレツだっけ…?
「ナマエちゃん、とりあえず晩飯食う?」
「…そうします…」
*
おなか減った。ベッドルームでぼんやりしながら夕飯を待つ。美味しそうな匂い。誰かに夕飯を作ってもらうのなんて、多分三年ぶりだ。確か前は、元彼がパスタを作ってくれたっけ。茹で時間間違えてぐにょぐにょのパスタだったけど、私の為に作ってくれたって所が嬉しくて………あれ?彼のこと考えても特に涙が出ない。
さっきまで涙腺が崩壊するんじゃないかってくらい泣いてたのに、今までは彼のこと考えるだけで二時間は泣けたのに……何でだろう…
さっきと同じように、ドアの横に三角座りして待つ。この部屋、落ち着くなぁ。微かに漂ってる煙草の香りとか、男物のコロンの香りとか。目の前に降りてきた蜘蛛を眺めながらすんすんと匂いを嗅ぐ。なんだろう、この香水は、
「ナマエちゅあんできたぜ……っぎゃああああ!」
「!?………なに、いきなりどうし、」
「…く、く、く、」
「く?」
「く、……危ねェプリンセスどいてな、落ち着くんだ、こ、ここは俺が、」
「…ちょっと、どうしたってのよ、」
「く、く、」
「く、何?」
「く、…蜘蛛…!」
「ああ、蜘蛛。」
*
「頼むナマエちゃんお願いだから早く殺してくれ」
「何言ってるんですか…かわいそうでしょ、捕まえて逃がすからコップ貸して」
スパイだかエージェントたが、そんな物騒な仕事してる癖に、さっきまで銃弾の雨のなかで乱闘してた癖に……たかだか蜘蛛ごときで。
コップの中にクモを閉じ込めて、窓の外に逃がしてやる。ごめんよ、恨まないでおくれ。クモにそう声をかけてから窓を閉める、私の後ろからずっと顔をのぞかせていたサンジさんがびっくりした顔で見る。…悪いけど、笑ってしまう。そういえば、小さい頃近所に住んでた子も虫嫌いだったなぁ。男の子だったのに。
「…ふっ、」
「…ありがとうプリンセスクソ助かった…」
「ああそれはよかっ、…よかった、……ぶふっ、やだ、…ふふっ…だめだあはははクモで、スパイの癖にクモであはははは」
「………ナマエちゅあん傷つくから」
「ぎゃああああなんて凄い悲鳴で、あんなおとなしいクモなのに、…危ないなんて、危な、あはははひひっ、」
ダメだ。止まらない。あんな蜘蛛ごときで。私にまとわりついて子供みたいに。スパイだかエージェントたが物騒なサイコパスの癖に。ものすごく気障な癖に。サンジさんの声も聞こえないくらいに笑ってしまう。
「あは、ははは、あは、…ぶふっ、やばい無理あははは」
「………」
「スパイなのに、す、スパイダーが、すっ、あはははスパ、あははは」
「……」
…あんな蜘蛛ごときで、凄い悲鳴あげ、…あーおかしい。笑いすぎてたってらんない。座り込んで見上げた彼の顔が涙でにじんだ。あーやばい笑い涙でてる。
「あはは、はは、く、くもで、はは………はぁ、」
「…落ち着いたかい、プリンセス。」
*
「サンジさん、虫だめなんですね、意外と」
「頼むナマエちゃんもうその話は、」
「あーもう、思い出しただけでおかしい」
会話しながらラザニアを口に運ぶ。あ、すごい美味しい。決まり悪そうな顔をするサンジさんは、さっきまでの物騒な雰囲気から程遠くて、可愛い。
「はは、でも、よかった。」
「何がだい…」
「今のクモ、退治できなかったでしょ?私がいなかったら。」
「…そうだな、多分俺一人だとダメだった。クソ助かったよ」
「ふふ、うん。でしょ?」
久しぶりにこんなに笑った、そう続けてから顔をあげたらサンジさんが凄く優しい顔で私を見ていた。さっきと同じだ、そんな顔で見られると私はどうしたらいいかわからなくなる。…なんで?
「俺も、よかった。」
「な、なにがですか」
「ナマエちゃん、さっきすげぇ泣いてたし…笑った顔、すげぇ可愛いのな。見れて得した」
「…気障だって、言われるでしょ…」
「はは、まァな。」
気障だ。やっぱりただの気障な台詞。そう思うのに、顔が熱くなるのは、何でなんだろう。もう少し彼と一緒にいてみたいなんて、少しだけそう思うのは。
「…これからの予定は?」
「明後日発の急行列車に乗って、スペインへ向かうつもり」
「スペイン?」
「あァ、ちょっくら薬の開発者を迎えに」
「えーと、『ランブル』の?」
「そう。…あいつ、俺の苦労もしらねェで脳天気に鉄道旅行してやがる。クソガキめ。…で、『ランブル』とクソガキをスペインの実家に帰したら、週末までに君をボストンに」
「という事は、後四日…」
「そ、あと四日の辛抱。よろしくな、プリンセス。」
あと、四日。あと四日で、ボストンの実家に帰れる。嬉しいと思わなきゃいけない、というか嬉しいはずなのに。
あと四日で、この気障なサイコパスともお別れなんだ。
「そうですね、よろしく。Mr.サイコパス。」
「だから、Mr.プリンスな、ナマエちゃん…」
*
「じゃあ、明日は、」
「んー…どうせ暇だから、…ナマエちゃん?」
デザートのアップルパイ、ものすごく美味しい。添えられているバニラアイスをサクサクのパイ生地に絡ませる。
サックサクのとろとろで、美味しい。オムレツもさっきのラザニアもすごく美味しかったけど、このアップルパイも凄く美味しい。口に入れると、シナモンがふわりと香った。美味しい、凄い美味しい。こんな美味しいの初めて、
「ナマエちゃん、口。」
ああ、自分から話はじめたくせにアップルパイに夢中になってた。サンジさんが口の端についたクリームを拭ってくれる……野良猫に餌をやるマリア様みたいな顔、
「ゆっくり食べな。おかわりあるから。」
ふわりと微笑む。この笑顔も、あと四日で見られなくなるんだ。……って、だから、それがどうしたっていうんだろう。
「…明日は、どうするんですか?」
「1日暇…だから、観光でもするかい?」
「だ、大丈夫なんですか?」
「まぁ、目立たなけりゃな。」
緊張感、ないなぁ。いいのかな、そんなんで。でもまぁサンジさんが大丈夫っていうんならきっと大丈夫。さっきからちりちりと感じるセンチメンタルを無視して、私は笑った。せっかくローマに来てるんだから、やりたい事はたくさんあるのだ。
「だったら、私アイスクリームが食べたいです。石段で。」
「いいけど、なんでピンポイントに石段でアイスクリーム…」
「『ローマの休日』みたいでしょ?」
「はは、なるほどな。仰せのままに、プリンセス。」
ローマと言えば、それしか思いつかない。ベタだけど、ロマンチックな私の大好きな映画。
城を抜け出して追われる王女様を、自分のアパートに匿う新聞記者。
少しだけ今の私達の状況と似ている。まぁ、私達にそんなロマンチックな事情は生まれっこないんだろうけど。
甘くて感傷的でロマンチックな癖に。そういえば、あの映画は切ない終わり方だったな。新聞記者と王女様の恋。住む世界が違いすぎる二人は、最後の記者会見でやっとお互いの本当の姿で邂逅して、すました顔で言葉を交わして。
…住む世界が違いすぎる、なんて。だからそれがどうしたっていうんだろう。紅茶を淹れる彼を眺める。…本当の姿、か。
「…あなたは、誰?」
「え?」
「ふふ、…何でもないですよ。Mr.サイコパス。」
聞こえないくらいに小さい声でこっそりつぶやいた。聞いても答えなんて出ない質問。きっと、私は一生彼が誰なのかを知ることはできないのに。
気障で優しくて意外と傷つきやすくて、強い癖に虫が苦手な、ねぇ、あなたは誰?