センチメンタルジャーニー
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「ここ…ラボって言うより、」
「ただの倉庫。に、みえるでしょ?」
サイコパスの彼に手を引かれながら、棚の隙間を縫うように歩く。微かにラジオの音が聞こえる方へ向かって。
「ナマエちゃん、これ持って待ってて。そっから動かないでね」
無造作に私にマシンガンを渡して、彼は一番奥のコンテナに入っていってしまった。残されて何だか手持ち無沙汰になった私は、しげしげとマシンガンを見つめる。
こんな物、初めて持ったけど。意外と重いんだな。小さい頃遊んだ水鉄砲と形は似てるけど、もちろん引き金を引いたら本物の鉛の弾が飛び出すんだろう。
「目標発見。爆破します、なんちゃって…」
小さい頃のスパイごっこを思い出しながら、こっそり呟いてマシンガンを構えてみる。
懐かしいなぁ、こういう倉庫が近所にあったっけ。そこには入っちゃいけないって言われてたんだけど、駄目って言われると余計に入りたくなっちゃって。
「爆発まであと30秒。29、28、27…」
友達と日が暮れるまで遊んで、怒られたりしたっけ。それでもまた忍び込んで、私達だけの秘密だよ、なんて。
「20、19、18、17、…」
確かコンテナの中に、秘密基地を作ったりしたな。今みたいに水鉄砲を構えて、遊んだんだっけ。ほんと、笑っちゃう。
小さい頃は、好きだったんだよなぁ。スリルとか、そういうのに憧れてたっけ。怖がりの癖に。
スパイ小説とかスパイ映画とか、好きだったな、あ、今でも好きなんだけど。
「10、9、8、7、…」
小さい頃の私が知ったら喜ぶかな。今では、ごっこじゃなくて本物の殺し合いに巻き込まれてるみたい、なんて。微妙かな?
「3、2、いちっ…!」
いきなり手を引っ張られる。うわ、何?誰?悲鳴をあげようとした口は誰かの手に塞がれる。
「ひっ…!」
「ごめん、ちょっと静かに。」
びっ…くりした…!後ろから私を抱きしめる彼は、私の手からマシンガンを取ってちらりと外を覗いた。
「誰かいるんだよな…ナマエちゃん、危ねぇからここに隠れてな。」
「えっ、」
「これ、使い方わかるよな?」
マシンガンの代わりのつもりなのか、小さめの拳銃を渡される。引き金ひくだけだから、って、まぁそれくらいは私もわかりますけど。
「あああの、サイコパスさん、」
「いや、だから俺の名前は、…まあいいや。」
ようやく口を塞いでいた手が離れた。とん、と座り込んだ私を見下ろして、彼は私の唇に触れていた指をペロリとなめる。にやり、悪そうな笑みを浮かべて。
「…イチゴ味のグロスだ。」
「なっ、ちょっと、」
「つーわけで声たてたら危ないから、静かにしてなよ。『赤ずきん』ちゃん。」
*
イチゴ味じゃなくて、ラズベリー味なんだけど…。座り込んだ私は銃弾の音を聞かないように耳を塞ぎながら、現実逃避でそんなことを考えた。あとは、『赤ずきんちゃん』なんて気障ったらしいとかそんなことも。
拳銃を見つめて握りしめる。さっきから動悸が収まらない。悪い夢だったらいい。ごっこ遊びでも。
だけどこれは、夢でもごっこでもなくて、
いきなり横のコンテナが派手な音を立てながら爆発した。どどど、どうしよう、怖い。
ちらりと、暗がりの外から人影が覗く。だ、誰だろう。何だろう。こっちに来る。私、殺されるの?
コツリコツリ、誰かの足音が響いて、私の心臓の音もだんだん大きくなる。
…こわい。
…こわい、こわい、こわい、こわい………!
パニックになった脳みそは役に立たずに、反射的に私は引き金を引いていた。パンパンパン、乾いた音がする。
こわいこわいこわいこわいこわい、
私が何発も打った弾に当たった誰かはあっさりと倒れ込んだ。ヤバい、殺しちゃったかも。
近づいて確認した方がいいかな、まだ生きてたらどうしよう。
心臓がどきどきしすぎて、めまいがした。涙でにじんだ視界がぐにゃぐにゃ歪む。
倒れているのは、小太りの男。死んでるかな、生きてたらどうしよう、いや、死んでたらどうしよう、かな?
「ナマエちゃん、」
「……っ!!」
後ろから声がして、また拳銃を構える。誰かなんて考える余裕も、悲鳴をあげる余裕もない私は無言で引き金を引く。
「ちょ、ナマエちゃん落ち着いて、」
パンパンパンパン、銃声に混じって、慌てた声が聞こえる。
「うわ、落ち着いてナマエちゃん、大丈夫だから、」
言葉の意味を理解する前に、後ろから手が伸びてきて拳銃を取り上げた。ああ、なんだ、今度は敵じゃなかった。
「ご、ごめんなさいちょっとパニクった…」
「いや、今のは俺もパニクったよ…」
その場にへたりこんで、彼を涙目でみる。息が苦しい。
「あ、あの人、死んでる?」
「…普通は生きてるの?って聞くもんだぜ、マドモアゼル」
軽い調子で男に近づいて、大丈夫死んでるから、なんて。ヤバい、やっぱり殺しちゃったんだ。その事実が怖くてまた動悸が激しくなる。
「無茶するなぁナマエちゃん」
「もう、なんか、怖くて、ごめんなさい、」
「……だよな、むしろ俺がごめん。普通は怖ぇよな、」
目をつむると、吐き気がした。人前で吐くのはごめんだ、目をつむる私を彼は軽く抱きしめてくれる。少し吐き気がましになる気がして、煙草の香りを吸い込んだ。
「まぁ、これでも飲んで落ち着いて。」
差し出された瓶を言われるがままに飲み干す。変な味。視界のぐらぐらは収まらない。
「あの、この感じ前も、」
「…あァ、うん。ごめんな、ちょっと薬。」
「く、薬…。」
「ごめんな、このままだと俺も君に殺されそうだし、」
体の力が抜けていく。眠い。閉じようとする瞼の向こうで、彼が複雑そうに微笑む。
…一般人に薬、盛るんだ…ぐるぐる眉毛の癖に…
「…とりあえずお姫様抱っこはやめて下さいね、Mr.サイコパス…」
「…ナマエちゃんそれは違ぇんじゃ、つーか俺はMr.サイコパスじゃなくて、」
知ってるけど、絶対呼んでやらない。言おうとしたけど上手く口が動かなくって、そこでぷつんと意識が途切れた。
*
シャカシャカシャカ。
何かを泡立てる音で目を覚ました。あれ……ここどこ?
ぼんやりした頭で視線をさまよわせる。
「おはよう、マドモアゼル。」
声のした方に目をむけると、私に薬を盛ったサイコパスがドアの向こうからひょっこり顔を出してほほえんでいた。まだ眠い頭を振って起き上がる。なんか、おいしそうな、いい匂い。
あくびを一つ零して、状況を確認する。ふっかふかの大きいベッドから抜け出して、きょろきょろと部屋を見回す。
「あの…ここ……」
「ローマ。の、俺の家。」
「へー……」
…イタリア…なぜにローマ?キッチンにいる彼の方へ歩きながらふと気づいた。あれ?私こんなワンピース着てたっけ。
最後の記憶は、倉庫で薬を飲まされた所で途切れている。その時着てたのは、水色のドレス。『不思議の国のアリス』みたいな。もちろん私は夢遊病ではないから、自分で着替えたとも思えないし。
ちらりとサイコパスを見る。彼は、私の疑問なんかには気づかないみたいににっこりとほほえんでいる。
「…私、何着てる?」
「ワンピースだな。」
「うん、ワンピースだね。生成の。」
「あァ、うん。クソ似合うぜ、ナマエちゃん」
「そう?そりゃどーも。」
私の心境なんか知らない脳天気な彼と、ひとしきり笑いあう。
「ねぇ、ところで、私はどうやってこれを着たの?」
私が聞くとあからさまにしまったって顔で彼は目を反らした。まさか、あなたが着替えさせたなんて言わないよね?
「…あー…その、ナマエちゃん。職業柄、俺は真っ暗な中でもチョコと針金だけで爆弾を解体できるんだ。」
「あはは、それはご立派、さすがプロフェッショナルですね。…で、何が言いたいの?」
「…その、つまり、……目を瞑ってレディの服を着替えさせるくらいは………まぁ、ちょっと見たけど…」
「…………」
……最悪だ、このぐるぐる眉毛め。どうせ殴りかかっても避けられるだろうから、せめて思いっ切り睨みつけてやることにした。
「や、冗談、ほんとは見てねェから、……ほんと、ナマエちゃんの下着が黒だったことなんて俺ァちっとも」
……見てるじゃん、ばっちり。
*
エロエロサイコパス男め、捨てぜりふを残して逃げだそうとしたら手首を掴まれた、ので、思い切りふりほどいた。外にでるのは怖いので、ベッドルームに戻って鍵を掛けて閉じこもる。
『暗闇の中でも爆弾が解体できる』?
『ちょっと見たけど』?
…知らないよそんなん。本当に、もう、やだ。
ぶつぶつと呟きながら、ドアにもたれて三角座りをする。やっと一人で落ち着ける状況になったからか、ボロボロと涙がこぼれだして自分でもびっくりした。
あ……壁にクモの巣張ってる。
止まらない涙を拭うこともしないでぼんやりと壁を眺める。ナマエちゃん、と遠慮がちに扉を叩く音がしたけど返事はしないで、嗚咽もかみ殺してひたすら涙を流す。
何だって私は、スパイ映画みたいな殺し合いに巻き込まれたりしてるんだろう。
彼はともかく、何で飛行機に乗り合わせただけの私まで巻き込まれなきゃいけないわけ?
冷静に考えたらおかしい事だらけだ。
彼は結局何者で、何に追われてるの?
今まであのサイコパス男の事を鵜呑みにしてたけど、それで本当に良かったの?昨日、いや、一昨日かな?とにかく、ボストンで私を誘拐した黒づくめ達と一緒にいた方がましだったんじゃないの?
一度そんな事を考え出すと、もう何を信用して良いかわからなくなってくる。
私はこれからどうなるんだろう?このまま彼について行ったらどうなるのかな。無事にボストンに帰してくれるって言ったけど。
思い出してみると、彼が言った事に、特に根拠なんて、ない。
『安心で安全を保障』?
確かに黒づくめ達は私に銃を突きつけたりしたけど、彼だって私にもう二回も薬を盛ってるし。
このまま彼と一緒にいたら、もしかして。
*
些か突発的すぎる行動だったかもしれない。でもしょうがない、私だってどうして良いかわからないんだから。
窓から垂れ下がったシーツを引っ張り下ろして、証拠隠滅を図る。やっぱり、怪しいかな。窓全開だし。
それにしても、意外と低い階の部屋でよかった。あと、ベッドルームが面してるのが裏通りの方でよかった。
シーツを使って部屋から脱出なんて、三文小説みたいだけど、頑張ればできるもんだ。
鞄を抱きしめて、震える足を踏み出した。
イタリア語、わからないけど。大丈夫、パスポートもクレジットカードもあるから、空港まで行けば何とかなる。
泣きそうな気持ちで自分に言い聞かせた。
大丈夫、明後日にはボストンの実家に帰ってるはず。